とある男の話をしよう。
彼は世界を救った、その実績がある。きっと勇者のような心を持った青年、誰もがそう想像する英雄像。
勇者? “彼”が?
否、勇者のくせになまいきだと宣った事がある。
彼は勇者なんかじゃない、何処にでも居る一般人だ、ただし目付きが悪いヒキコモリ。
そんな彼が世界を救った、冗談のような話だが事実。
機転とハッタリだけで生き延びた先にあったもの、それは――
聖魔杯というバトルロイヤルがあった、優勝者には世界を律する権利が与えられる。彼はヒキコモリから変わりたくて、とある電子精霊に発破かけられて、それに参加する。
目付きの悪さから実力者だと勘違いされ、果てはとある吸血鬼から魔眼王とまで畏れられた。
ちなみにその時の彼のコメント。
「僕は神だ」
慣れない酒に酔っていたので記憶にないらしい。
借金を返済するために悪の結社に入ったり、パートナーの電子精霊や正義感ある女刑事に想われたり、柄の悪い精霊から命を狙われたりと色んな経験を経て、今の彼がある。
その彼の名は。
イリヤスフィール・フォン・アインツベルンは困惑していた、英霊召喚をしたのだが出てきた青年に。
鋭い眼光は歴戦の戦士と言える、それはいい。問題はその格好。何処にでも居る一般人と変わらない服装なのは、どういう事だろう?
(あれ? もしかして私、失敗した?)
イリヤにはとある赤い少女のような“うっかり”はない、召喚も間違いなく成功した。狙ったクラスはバーサーカーだったのだが……この青年がそうなのだろうか、今にも鋭い眼光でこちらを睨み付けているように見える彼が。
沈黙、アインツベルン城の一室。見つめあう銀髪の少女イリヤと茶髪の青年、会話がない。全くない。
川村ヒデオは戸惑っていた、今日も今日とて巫女服を着た少女に引っ張られ現場で仕事をした帰り道。
気が付けば中世に出てきそうな城の中、はっきり言おう。場違いだ、元ヒキコモリかつニートな自分が居ていい場所じゃない。
(……帰ろう、そのためには目の前に居る少女から聞かないと)
幼い少女、きっと姫のような立場に居るに違いない。気品が感じられる、だからヒデオは失礼のないように怖がらせないように精一杯の勇気を振り絞り笑顔を浮かべ(睨み付けています)声を掛けようとして。
「あの……」
「イリヤお嬢様、ご無事ですかぁーっ!?」
召喚の儀式から戻らないイリヤを心配したメイドにぶっ飛ばされた!
宙を舞うヒデオ、見つめるイリヤ、状況を理解できないメイド。
これが始まり、何の因果か過酷な運命を背負ったイリヤと魔眼王ヒデオの邂逅。
かくて第五次聖杯戦争が幕を開ける!
何だ。何が起きたと殴られた頬を押さえながら視線を向ければ、そこには少女を庇うように立ちふさがるメイドさん。一瞬謎のが浮かんだが彼女にしては胸の発育がいい、そんなことを思っていたら。
がごん。
突如頭上にタライ落下、クリティカルヒット! また沈む、その時視界には『なんか失礼な想像を感じた、成敗。謎のメイド』と書かれていた紙が。
いや本当すみません、流石は先代聖魔王閣下。マジ半端ない。
気絶したヒデオを見てイリヤはため息を吐く、何となくだが今回の聖杯戦争は負けたかなぁと思いながら。
目が覚めて白い豪華な装飾の天井が映る、身を起こしヒデオは周囲を見渡した。何がなんだか分からない、のでノアレを呼ぼうとしたら。
“うふふ、あーっ面白かったわぁ。タライでゴン、うぷぷっ!”
質が悪い、人の不幸を笑う見た目小学生のゴスロリ少女。そうだった、彼女はこんな性格破綻娘。まあいい、ならば唯一無二のパートナーを。そう思って携帯を開く、そこには《にはは。にほほっ、マスター今時タライって。にはははっ!》と表示されている。
神になったとはいえ元が極悪愉快型ウィルス、他人の不幸が蜜の味。
……。
……さーて死のうかな。
“はいはい、死なれたら困るのよね。せっかくお呼ばれしたんだから”
今聞き捨てならないことを聞いた、お呼ばれした?
“そうよ、ちなみに本体関係でね。詳しいことはロリっ娘に聞いたら?”
ロリっ娘、ああ気を失う前に見た姫のような子か。姫には嫌な思い出しかないのだがエルシアとか、さてどうする。
とりあえず誰かが来るのを待とう、勝手に動いたら迷子になりそうな気がする経験上。しばらくして、がちゃりとドアが開く音。部屋に入ってきたのは姫(仮)とメイドさん、怖がらせないようにサングラスを掛け直し向かい合う。
「うっ……妙な迫力が、アサシンかしら?」
「イリヤお嬢様、いざとなったら令呪で……!」
アサシン、暗殺者?
……はいはい目付きが悪いですよ、生れ付きなんだから仕方ない。勘違いには慣れている、それよりメイドさん。令呪って何ですか。
「はぁ? 令呪を知らない? 貴方サーヴァントでしょう、真名はクラスは!?」
真名? クラス? 後者は分からないが前者は名前だろう、問い詰めてくる姫(仮)に答える。
「川村ヒデオです」
唖然とするイリヤ、どう見ても一般人かつ素人。アインツベルンの術式に不備はなかった、ならばこの青年に原因がある。ヒデオの正体を見極めよう、色々情報交換してみたらとんでもない答えが返ってきた。
召喚師って。精霊や神様を召喚できる? 後目からビームって何よ、目からビームって! 宝具にしては今イチのような気がするわね、その考えが覆されるのは実際に見てから。
(……とんでもない者、喚んじゃった?)
ヒデオの目から放たれたビーム、アインツベルンの森が半壊。戦慄するイリヤ、今回の聖杯戦争はただじゃすまない!
未だ見ぬ六人のマスターとサーヴァント、彼らの冥福をイリヤは祈った。