ミッドチルダの教育機関というのは2パターンである。
魔力適性のある人間の通う魔法学校とそれ以外の学校である。魔導師訓練校も騎士養成学校も当然魔法学校の部類である。
魔法学校は初等学校と高等学校が存在し、初等部から入学した場合、高等部へはほぼエスカレーター式となる。
高等部では航空学部と陸上学部に分かれており、更に学部の中で射撃、格闘、拘束等の各戦闘学科や、通信やデバイス技師の学科に細かく分かれ、希望したものを取る事で単位としている。
それを卒業すれば、管理局や警備や運送会社等を含めた魔法関連企業へ就職するのが一般的である。もちろん研究機関も存在し、魔導師向けの大学のような所も一応ある。
それ以外の魔力適性のない人向けの学校は概ね地球の教育制度に近いが、初等部を出た後にそれぞれの専門学校や普通高校へと進む事が出来る。
ちなみに魔導師訓練校も騎士養成学校も高等学校扱いだが、付属初等学校も存在している。勧誘を受けたのはその初等学校である。
学校といえば、去年クロノ・ハラオウンは10歳でクラナガンにある管理局傘下の航空魔導師訓練校に初等部から飛び級して入学したらしい。
男なのに「10歳ですけどー」って言ってるのだろうか。想像してちょっと引いた。
まぁ、という事は恐らく卒業後一度目の執務官試験に落ち、翌年14歳で合格するのだろう。
高等部を卒業すると、管理局の教導施設を始め、各機関の専門部署へ入り更に研修や実習を経てから正規採用となるのが一般的であるが
クロノは初等部在学中に嘱託魔導師試験を受け、既に管理局内で働いていたため、そのまま執務官として動けたのだろう。
何せ赴任先が親の膝元であるアースラだ、多少の無理は親の七光りでどうにかなるし、クロノにはそれだけの実力もあったのだろうし。
さて、そんな事よりも自分の入る学校を決めなければならないのだが
「魔法訓練のある殺伐とした学校なんて行きたくないでござる。甘酸っぱい普通の学園青春がいいでござる」
『ヴェルが小学生に混じって甘酸っぱい学園生活なんて無理でしょう?』
氷の女王の無慈悲な現実を告げる言葉にため息をつきたくなる。
まぁ確かに自分の中の年齢はもう20代後半。6歳児に混ざって遊ぶ歳ではない。
だが、それでなくともここ最近大人しかった勧誘が再び息を吹き返してきたのだ。
オーバーSの魔法素質を持つ人間をなんとかして魔導師訓練校付属に入れようという必死さがウザい。
定期的に移動技能の練習と言う名のXゲームでストレスを発散するにも限度があった。
「仕舞には不登校で引きこもりになるぞ」
『ただの子供ならともかく、中身はいい年した人間が?』
「言ってみただけだよコンチクショウ……」
そう言いながら森の中に出来たU字型をしたり縁石のような形をしている氷の地面で滑って遊んでいたのを止め、U字型のフィールドの縁に腰を下ろして考える。
ここはいつもの訓練場所にしている郊外の森である。だが今現在はクイントさん曰く「ちょっとしたレジャー施設よね」と言われた氷の遊具が占領している。
実はこれを発動させる為の形状記憶や状態維持等の無駄に大量の補助術式をソフィアに入れた事で、めでたくソフィアのストレージは容量一杯になってしまった。
まぁ他に入れるような術式もなく、いざとなればいくつか消せば容量が開くのだ、さして問題ではない。
さて、選択肢は魔導師訓練校は当然除外するとして、魔法学校か騎士養成学校。
この時期に魔法学校の初等部にいる死亡フラグを持っている原作キャラクターはまずいない筈だ。
騎士養成学校は恐らくカリム・グラシアやヴェロッサ・アコース等が上の学年にいるかもしれないが、騎士はベルカ式魔法を用いる必要がある。
自分のストレージデバイスであるフロストソフィアに入っているのは八芒星を円で囲む魔法陣のミッド式。
レティニアが組み上げる凍結魔法は六芒星を円で囲む魔法陣を描くが、これは凍結魔力を制御するために編み出した変則ミッド式と周囲には説明している。
つまり自分は一部変則と言う事にしているものの、基本的には純粋なミッドチルダ式の魔導師ということになる。
なのはやフェイトのように近代ベルカ式に出来ない事もないが、恐らくカートリッジシステムを積むのは厳しいと思われる。
純粋な魔力の塊であるカートリッジの魔力を取り込む事こそ出来るが、それはあくまで純粋な魔力であり、自分の凍結属性を持った魔力とは一緒に運用は出来ない。
つまりどれだけカートリッジをロードしたところで、自分の魔力はレティニアがリンカーコアで凍結魔力に変化させた分が一定時間ごとに増えるだけで瞬間的に増えるというのは無理なのである。
これは思わぬ弊害だった。魔力回復スピードこそ早いが、外部供給で増やす事は一切できない。恐らく無印でなのはがフェイトに自分の魔力を与えていたが、あれも自分に対してはあまり意味がないと思われる。
『今じゃフリーズランサーやフロストダイバー程度はほぼ永久に撃ちつづける事も出来るならカートリッジなんていらないでしょう?』
「連射すれば耐久スペル状態だからなぁ…まぁそもそも、ベルカ式とか以前に一度断っている誘いだしな、今更感がありすぎる」
ここは無難に地元の魔法学校で6年過ごすというのが理想だと結論づけた。
その旨を母親に話し、特に何の問題もなく入学手続きを済ませ。
そして春。入学式である。
魔法初等学校において、教える事は一般教育を中心として、魔法倫理と基礎的な魔法講座が多い。
信じられない事だが、初等部を卒業するまでの6年間に、日本でいう中学校程度の国語、社会、理科を教える。
といってもミッドチルダ語に漢字はないし、騎士養成学校ではベルカ語が必修だがそんな事もない。
社会は旧暦時代のおとぎ話のような話と、新暦に至ってからの歴史的な出来事が殆ど。
理科に関しては魔法という真っ向から喧嘩を売るようなふざけたものがあるため、もっぱら魔法運用における化学や物理がメインとなる。
そして数学においては、一部の公式は高校レベルを超えた所までいく。
もちろん内容は魔法のための演算式が基本であり、それと併せて魔法制御、魔法プログラムの講義も進む。
この世界において魔法とは制御の演算を自分が、術式の演算をデバイスを行う事で行使を可能としている。
これらの魔法行使のための制御演算式については、別に学校でしか教えない、という事はない。
ちなみに俺はレティニアが感覚で術式の演算が出来ると知ってからは図書館通いや親に参考書を買ってもらい自力で覚えた。
さて、つつがなく入学式も終わり、母親は保護者説明会へ。
そして自分はクラスへと入る。ここらへんは日本の学校と変わらないな、と思いつつ、自分の出席番号の席に座る。
6歳といえばそれなりに騒がしいものである。近くの席に座る子供からの挨拶や自己紹介に適当に受け答えしながら先生の到着を待つ。
『ぶっちゃけ辛い』
『原作キャラや両親以外の前で猫を被るのが当たり前になったものね』
一応ご近所では理性的な受け答えをするがしょっちゅう一人で出かける子供程度の認識である。
もちろん次元航行船の艦長の息子だったりと、知る人から見たらそれなりに将来有望な子に見えるのだろうが。
だがこれで勧誘というストレス発生機も消滅し、後は戦闘機人事件までになんとかSクラスまで強くなる。恐らく後二年か三年のうち。
氷の足場を作る魔法と飛葉翻歩によって、クイントさんの全力攻撃をなんとか捌けるようになり、多少反撃の余裕も出てきたが、それはあくまでクイントさん一人が相手の場合だ。
回避と防御に関してはAAAとタメを張れるようになったが、最終的には前衛を捌きながら、後衛を牽制して攻撃を食らわないレベルにするのが目標である。
対ナンバーズに関してはとにかく時間を稼ぐしかない。各個撃破が望ましいが、波状攻撃を受けても耐えられるようにしなければならない。
複数から襲われた場合の理想は閉鎖空間に誘導してから逃げ場無しのブリザードで氷漬けにしてしまう事だ。
あれからようやく制御も安定して行えるようになり、今では範囲内の物体を悉く中を凍らせないまま氷漬けに出来るようになった。
"吹雪"がようやく"粉雪"になった感じである。セルシウス度で計ればきっと-120度くらいになっているだろうから、粉雪ってレベルじゃないが。
クイントさんクラスの身体強化型でも抜け出すのに5分はかかり、凍らなくても確実に相手の動きを鈍らせる(バリアジャケットでも完全な温度緩和は無理)極悪魔法だが、制御を安定させるために10秒程の溜めが必要である。
ほぼ溜め無しで撃てる凍結属性獅子戦吼で打ち抜くのと違い、回避不可能なのは美味しいが、溜めている間は相手を捌く必要がある。
もちろんその間は他の攻撃魔法は使えない。これが出来るかどうかで大分話が変わってくる。
とつらつらと考え事をしているうちに先生が教室に入り、簡単な説明を終え、自己紹介が始まった。
番号的には後ろの方なのでぼーっと眺めては拍手を繰り返していたが
「シャリオ・フィニーノです!好きなものはデバイスです!えっと、隣のクラスのグリフィス君と友達です!みなさんよろしくおねがいします!」
メガネをかけた女の子の自己紹介で危うく椅子から落ちそうになった。
『これは再びEFBを使う時が来たか』
『漏れなく無差別殺人犯ね……何、また原作キャラなの?』
まさか自分の住んでる街に六課のデバイス魔改造担当と若白髪が心配な副官が住んでいるとはこれっぽっちも知らなかった。
だが、心を落ち着けて考え直す。彼女たちは結果的に原作に登場するキャラクターなだけで、死亡フラグを持ちこむ要素ではない。
そもそも学校なんていう閉鎖社会はグループ単位の付き合いが殆どだ。
シャーリーとグリフィスが所属するグループに入らなければ関わる可能性はないと言っていい。
そうすれば必然的に、グリフィスの母親のレティ・ロウランとも関わる事はないだろう。
もっとも、クイントさんというスバギンフラグの人間に関わっている時点で、脇役と関わった程度どうって事ないという現実逃避も多分にあったが。
『あぁ、驚きはしたが、距離を保ってれば何の問題もない相手だ』
そう言ってレティニアに説明をしながら自分の番を待つ。
そしてとうとう自分の番が来たので立ち上がり
「ヴェル・ロンドです。趣味は読書とウィンタースポーツです。よろしくおねがいします」
とあたりさわりのない紹介をする。余談だがこのミッドチルダにもそれなりにウィンタースポーツは存在した。
もっともオリンピックの用なスポーツ選手権的なものもなく、雪は山にしか降らないので認知度はそこまで高くないが。
さて、自分が自己紹介をした途端、何故かシャーリーの目線が変わった気がしたのだが…気のせいだよな?
「初めまして!次元航行船の艦長の息子さんのディル君だよね?」
一回目のホームルームが終わり、入学式の全日程を終了して、後は帰るだけと渡されたプリントを鞄にしまっていると
好奇心一杯の表情を向けるシャリオ・フィニーノが目の前に立っているという状況が出来上がっていた。
『どういうことなの……』
『さぁ?』
とりあえずプリントを全て鞄にしまい込み、改めて彼女に向き直り
「そうだけど」
と返事をすると、彼女は笑顔で
「じゃあじゃあ、レアスキル持ってるんだよね?それも完全凍結っていうオーバーSクラスの!」
と、さらに割ととんでもない事を言いやがった。
オーバーSと聞いて、教室に残っていた数人の子供が騒ぎ始めるが
「ただの冷凍庫要らずなだけだよ」
と作り笑顔を浮かべながらもなんとか返す。というかこいつはどっから聞いてきた?
「そんなことないよ~。一定範囲を絶対零度にしちゃうなんてかっこいいよ!」
やめてくれ。かっこいいとか言われるとリアル厨二病がざわざわする。
そう思いつつも
「ねぇ、俺の事どこで聞いたの?」
予想はついたが話を変えるために聞いてみる。
「グリフィス君のお母さんが管理局の偉い人でね?それでこの街にはディルさんっていう艦長さんが住んでて息子さんも将来有望なんだって聞いたの!」
もうほんとやめてくれよそういうの。
「そうなんだ。でも俺は管理局に入るつもりないから」
そう言うと彼女は不思議そうな顔をして
「どうして?そんな凄い力を持ってるのに……」
「凄い力があるからって管理局に入らなきゃいけないわけでもないしね」
「それはそうだけど……ヴェル君は何かなりたいものがあるの?」
「特にないけど、それは管理局も同じ。特に入る理由がないから」
「んー、よくわからないけど。私はデバイスが好きだから、デバイスの沢山ある管理局で働けたら楽しいだろうなぁって思うよ?」
「じゃあどうしてこの学校に?管理局で働くなら魔導師訓練付属の方がいいんじゃない?」
そう言うとシャーリーは少し顔を俯かせて
「私もそう言ったんだけど、お父さんとお母さんがまずは普通の魔法学校に行けって」
「そりゃまた……」
現実を見てるご両親だな、と思う。
魔導師訓練校はいわば管理局員養殖場だ。卒業生の8割が管理局に入る事は誰もが知っている。
付属とはいえ恐らく学校というものの本質である社会常識といったものを教える事は殆ど行われないだろう。
あるのはただ管理局員としての心構えや魔法講義を淡々とこなす毎日。
そりゃ両親も可愛い娘の将来を仕事漬けにしたいとは思わないだろう。
「でも、グリフィス君のお母さんもその方がいいって言ってたし。グリフィス君も同じ学校に入る事になったから卒業したらグリフィス君と魔導師訓練校を受験するの!」
「そっか、頑張れ」
「うん!」
「それじゃまたあし「それでどうしてヴェル君は管理局に入りたくないの?」最近このパターンばっかりだよ…」
彼女の母親が様子を見に来た事でようやく開放され、自分もさっさと母親の元へ行く。
「ごめん母さん」
「あらあら、早速クラスメイトから質問攻めにされたのかしらー?」
「一人だけ熱心に聞いてくる子がいてさ」
「あら、女の子ー?」
「不本意ながら」
「ヴェルも隅におけないわねー」
「そういう類の質問ならどれほどよかったことか…」
そんなやり取りをしながら家に帰ろうと校門を出た所で
「ヴェルくーん!一緒に帰ろー!」
そんな声がかかり、嫌な予感がしつつも振り返ると、そこには先ほどのメガネの少女シャーリーとメガネの少年グリフィス・ロウラン。
そしてそれぞれの背後には栗色の髪をした女性と、紫色の髪の女性。シャーリーの母親と、グリフィスの母親レティ・ロウランである。
「ねぇ母さん、急用を思い出したって事にして俺だけ先に帰っててもいいかな?」
「あら、照れてるのー?」
「いや、恐れてるの」
リンディ茶フラグを回避して以降、レティ・ロウランのフラグも叩き折ったと思っていたのが運の尽きである。
それでなくても彼女の所属は管理局本局運用部、人材スカウトから資材調達までをこなす所の大ボスである。
これは前々から考えていたが恐らく、リンディさんから俺の意志を知って彼女は近づいてこなかったのだろう。
事実、管理局からの勧誘はクラナガンからのものと、ギル・グレアムの個人的なものだけであった。
運用部からのスカウトは表向きなものが一回だけであったし。
運用部の大ボスが自分と同じ街に住んでいたというのは今日初めて知った事であったが
それまでに一度も、本人からの勧誘も無かったということは、だ
「初めましてヴェル・ロンド君。ねぇ、管理局に入らない?」
「初めましてレティ提督。謹んでお断りします」
こちらに近づいてきた彼女は開口一番に笑顔でこう言い放った。
やはり間違いなく彼女は自分の事を知っているのだろう。
だからこちらも貴女の事は知っているぞという意味を込めて返す。
こちらの世界にきたとき、原作キャラクターでミッドチルダ出身の魔導師に関してはある程度調べた。
その中でも一番簡単に調べる事が出来たのがリンディ、レティ両提督である。
自分の父親と同じ階級であり、本局務めの父親にとってそれなりに関わる機会のある人物である。
たまの休みにふらっと帰ってきた父親に職場の事をそれなりに聞く事ができた。
なんでも、父親や、彼女たちは生え抜き組と呼ばれる世代なのだそうだ。
その中でもハラオウン家は歴史に名を残す事もあるほどの偉人を代々輩出してきた旧暦時代から続く名家の一つなのだそうだ。
レアスキルである羽はハラオウン家の先祖が旧暦時代にミッドチルダ以外の世界から崩壊を逃れてきた名残であり羽によって得られる恩恵は個人によって違う。
だがいくらレアスキルが優秀だろうと、魔力量の適性に関してはまちまちであり、ハラオウン家もなるべく魔力量の高い血を入れようとした結果
羽は何代かに一人という隔世遺伝はおろか先祖がえりのようなものとなってしまった。
慌てて純血に戻そうとしたときには既に新暦。近親相姦は忌避される時代になっていた。
それによりハラオウン家は没落、と言うほどではないものの、その力を失い、ありふれた裕福な家庭の一つになってしまったのだとか。
だがそんな中、リンディ・ハラオウンが生まれる。
彼女は先祖がえりの4枚羽と、高い魔力量を持ったハラオウン家の歴史の集大成のようなサラブレッドであった。
両親はそのことを喜び彼女にお家再興を託すが、彼女にそんな考えは無かったらしく、その持ちえた力を誇示するような人間には育たなかった。
だが、その正義感と能力の高さを活かせる場所として彼女が管理局を選んでしまったのは果たしてよかったのか悪かったのか。
同じ提督職についていたクライドが婿養子に入り、ハラオウン家は再び管理局という組織の中で力を大きくした。
本局にとっては対次元犯罪の優秀な手駒の筆頭であり、亭主クライドが死んでからは仕事で心を殺すかのように働いていると父親は教えてくれた。
レティ・ロウラン―旧姓レティ・ルプノーレは歴史こそハラオウン家より短いものの、特化した技能持ちを多く持つルプノーレ家始まって以来の才女と言われている女性である。
彼女には魔法関連のレアスキルと呼ばれるものはない。
だがその思考速度は入局後に人事、資材関連の部署へ配属されてからは、20人分の仕事を1人で余裕でこなす程だそうだ。
これはもう一種の固有技能と呼んでいいだろう。
原作でも言っていたが彼女は「優秀ならば過去や出自は問わない」という事を有言実行しており
他の次元世界で優秀な人材を見つけた報告を受けてはスカウトの担当官を回し、時には本人も直接交渉に出向くのだとか。
彼女がまず揃えたのは自分の後釜となれる人事、資材関連の処理能力が高い者であり、彼女の部下たちは彼女がスカウトに周っている間も完璧に仕事をこなす事で有名なのだという。
だが、職場の部下と結婚してからは家事に集中し、子供が出来てからは育児に集中すると言って仕事は独身時代ほど詰め込む事はなくなったと、これも父親から語られた事である。
さて、そんな事を知っているバカ親父ことディル・ロンドの事も少しだけ話しておく。
ロンド家は前にも話した通りごくごく普通である。
別に古の先祖が特殊だとか代々特化技能持ちだとかそんなチャチなもの一つない至って普通の家庭である。
父親の管理局へ入ったきっかけを聞くまでは、と言いたくなるが。
ディル・ロンドは管理局に入る前、別の次元世界に住んでいた両親の元に生まれた。
ロンド家の一人息子として生まれたディル・ロンドは、13歳の時に次元災害に巻き込まれ、そこで偶然見つけた魔法の杖の力を使って災害を防ぐというなんともお約束な事をしたのだという。
テンプレすぎるだろうと激しく突っ込みたい衝動に駆られたが
「夢があるだろ!?あの時こいつ『私の力を使え』って喋ったんだぜ!」
と嬉しそうに語る父親に
『ディル、私はあの時そんな事は言っていません。私の制止の声を無視して私を勝手に使ったんです』
とツッコミを入れる父親の待機状態の銃弾型デバイスを見て、何も言う気が起きなくなったのは今はどうでもいい話である。
「相変わらずディルとはアイラは仲いいわねー」
などと呟いているうちの母親が、父親が管理局員になってからとある次元世界で救った亡国のレジスタントで実は王族最後の生き残りの姫君だったなんて事は流石にないだろう。
うん、ないと言ったらないのである。聞いたら負けである。うちは至って普通の家庭である。
と、脳内で誰も聞いていないだろう説明をしているうちに、うちの母親はシャーリーの母親と世間話をし始め、少しだけおどおどした様子で挨拶をしてきたグリフィスはシャーリーと話し始め。
会話誘導でもしたのか彼女たちはこちらから意識を離しており、いつの間にか俺の隣に並んだ完璧な女性を体現している彼女は不敵な笑みを浮かべて
「ふふ、リンディから聞いていたけど、本当に容赦のない子なのね?」
「生憎と心が凍ってますので。それにしても本局の人事と資材の要である貴女が入学式に来るとは驚きです」
「あら、息子の入学式の時くらい無理を言っても仕事を休むのが母親というものよ?」
「成程、確かにそれが母親ってものですね。うちの父親とは大違いです」
「ディル艦長は未発見次元世界の惑星探索をしてる人だから来られないのも仕方ないわ。私の主人も休んだ私の代わりに頑張ってくれてるもの」
なんとなくそんな気はしていたがやっぱり尻に敷いてるのか…姉さん女房ってこえぇ。
「それに、ヴェル君はレアスキル以前に6歳とは思えないほど理性的だわ。それだけでも十分人材としては貴重よ」
「…レアスキル以外の理由で欲しいなんて初めて言われました。ですが理性的に考えた結果、入れない理由がありまして」
「それは管理局も聖王教会も断った理由かしら?」
「個人的な理由ですけど、入るのを断るには十分ですから」
「ちなみにその理由は他の人にどうにかできる事かしら?それとも時間が解決してくれる理由かしら?」
そう言われて考える。
他の人にどうにかできる、というより他の人がどうにかするまで解決しない理由である。
無印はどうでもいいが、A'sに関しては自分の絶対零度ではどうにもならないと思う。凍らせた側から再生するし、仮に凍結させても次元転移で逃げられる。
だからこそ断ったのであり、これは自分が関わる事は恐らくないんじゃないかと思っている。
StSだが、確かにStSが終われば直接的に自分に関わってきそうな死亡フラグというのは消滅するかもしれない。
というより、StS終了後がどうなったのかが分からないから、その後で自分の事を狙う存在がいるかどうかは分からないのだ。
自分が知っているのはあくまでアニメ本編のみである。転生前にAfterや続編らしきものが漫画やらドラマCDやらでやってると小耳に挟んだが、視聴しておくべきだったと今更悔いても遅い。
まぁあくまで魔砲少女が出てくる萌えアニメだからStSの裏設定というか黒い所をやったとは限らないのだが。
恐らくスカリエッティの逮捕から管理局が人造魔導師の開発を裏でやっていたのは緘口令が敷かれるかもしれないが、排除はされるだろう。
それによって自分が研究素体として狙われたりすると言う事はなくなる、と思いたいが
「そうですね……時間が解決してくれる可能性はあります」
「そう。何年くらいかかりそうなのかはわかっていたりするの?」
「わかりませんねぇ……数年程度じゃどうにもならないでしょうし、10年以上経ってもなくならないかもしれませんし」
そう答えると、レティさんは少し考えてから
「長いわね…リンディから聞いて想像していたけど相当な理由みたいね?」
「そりゃ、自分の人生に関わる事ですからね。必死ですよ」
「そう。私が解決してあげられる理由ではないのね?」
「提督にどうにかできるなら真っ先に父親に泣きついてますよ」
「そう…でもディル艦長は不在が多いわ。私なら自分の手元に貴方を置いておける」
「置いたらただの餌になるだけですよ。前に餌を置かないでくださいって言うでしょう?」
「それはつまり、ヴェル君にとって管理局は檻に入れられた猛獣って事かしら?」
「猛獣ならまだなんとかなったんですけど、狂気に染まってしまった古き竜だったもので」
「あら、それは大変ね。じゃあそれを止める勇者御一行もいるのかしら?」
「…見かけこそ万民を助ける竜でしたが、誰も見ていない所で暴れる竜を退治するために勇者一行は罠や飛び道具を駆使します。
ですが魔法の杖を持ったもう一人の勇者御一行が現れて、竜を攻撃する最初の勇者を止めようとするんですよ。「その竜は悪い竜じゃない」と」
「……それで?」
「最初の勇者は問答無用で竜も後から来た勇者も攻撃したため、やむなく彼は最初の勇者を倒します。ですが最初の勇者は倒される前に竜を狂わせていた色の違う鱗を砕いたんですよ」
「それで、その竜と勇者達はどうなったの?」
「正気になった竜がその後どうしたのか。最初の勇者が負けた後どうなったのか。後から来た勇者が真実を知ったのか、それとも知らないままなのか。続きを知る前に寝ちゃったんですよ」
「そう、なの…」
そう言って考え込むレティさん。
「続きが気になっちゃいますか?」
「…えぇ、でも竜が正気に戻ったのならハッピーエンドのお話なのよね?」
「ですが狂った竜に襲われた勇者以外の人間にとってはたまったもんじゃないですけど、ね」
その言葉にハッとした表情を浮かべたレティさんだったがすぐに元の表情に戻り
「そうね。確かに犠牲は出ているわ。でもこれ以上の犠牲はなくなった、と思えば」
「じゃあ自分の大切な人が竜に食べられていた、なんて人はどうなりますか?」
「それは……」
「家族を失った悲しみに耐えきれず壊れる?それとも復讐の炎を燃え上がらせて狂いますかね?竜は悪くない、と言った所で何故鱗が竜を狂わせていたのかが分からないとどうしようもないですし」
「そう、ね。とてもじゃないけどその人たちの前でハッピーエンドだなんて言えないわ」
「まぁ、原因がわかって、その仇を自分の手で討つくらいの事はしないと遺恨は残りますね」
「じゃあ、正気に戻った竜が心優しい竜なら、罪を償っていくのでしょうね」
「えぇ。きっとそうすると思います」
「深いお話ね。してくれたのはお父さんかしら?」
「いえ、夢で見たおとぎ話ですよ」
「でも、さっき続きを知る前に寝ちゃったと言っていたわよね?」
「夢の中で夢を見る事もあるって、知りませんでした?」
「成程、それは知らなかったわ」
本当に疲れる。こういう人にはどれだけ抵抗しても喋らされる。
誘導尋問や会話誘導の恐ろしい所は会話と会話の中間を操る事だ。
自分にはそれを真正面から回避する方法はない。
ならば、あらかじめ喋る内容を限定的に変えておくしかない。
この例え話に嘘はなく、だがどれも同じ時系列で起きる事ではない。
前半はJS事件、後半は闇の書事件の例え話だ。
これにより、カリムの予言にJS事件が既に出ていたとしても噛みあう事はない。
だが彼女は気づいただろう。俺が管理局に入らないのは狂った竜の犠牲になるのが嫌だから、だと。
そしてそれをこんな遠回しに言ったのだ、こちらがなんらかの根拠があって言っているとも。
だからこそ彼女は聞いてくるだろう。
「ねぇ、今のお話、他の誰かにしたことは?」
「いえ、最後がわからないおとぎ話なんて子供には受けませんし、話したのはレティさんが初めてですよ」
「そう。興味深いおとぎ話だったわ。ねぇ、私とそのおとぎ話の続きを考えてみない?」
「自分の夢に出てきたおとぎ話を語るだけでも恥ずかしいのに、一緒に考えるなんて出来るわけないじゃないですか」
「ふふ、それは残念ね」
「レティさんの考えた続きを聞かせてもらえるなら喜んで」
「あら、ルクレさんはおとぎ話を語ってはくれないのかしら?」
「両親が生きたおとぎ話ですから」
「な、成程……」
さて、そんな会話をしていると向こうの話のネタが尽きたのか前の方で会話をしていたシャーリーがこちらを向いて
「レティさん、お話終わったー?」
「えぇ、フられちゃったわ。私じゃ駄目って言われちゃったわ」
「レティさんでも駄目だったの?ヴェル君って理想が高いんだねー」
女性というのはいきなりこういうやり取りをするから恐ろしい。
まして片方は小学一年なのにもかかわらず、何を言ってんだこの人妻。
あとシャーリー、俺の理想が高いんじゃない。俺の理想に対して回りのクオリティが高すぎるんだ。
「あら、ヴェル、女性の気持ちを踏みにじるのはよくないわよー?」
そして母親の空気を読まずに感じた台詞が更に場をカオスにする。
「ヴェル君…父さんから母さんを取らないでよ……」
グリフィス、お前もいつか通る道だぞ。
というかお前この環境で揉まれたらそりゃ堅物にならざるをえないよな…。
「あらあら、男の子を苛めちゃ駄目よレティ」
シャーリーのお母さんが最後の良心と思ったが
「ふふ、ちゃんと後でフォローするわよ?」
「そう、なら問題ないわね」
そんなこともなく。
レティさんとの会話で精神が摩耗している所に追い打ちをかけられ、そろそろ胃が痛みだすんじゃないかと思った頃にようやく分かれ道でフィニーノ、ロウラン親子から解放された。
そしてその日が終わり、いつもの夢の中。
「この世界がこんなに腹黒い女性が多いと誰が想像したであろうか…絶望した」
「尻に敷くタイプは私だけで十分だというのに」
「お前は敷くんじゃなくて居座るタイプだろ。原作キャラの半分以上が敷くタイプばっかりなんだぜ…嘘みたいだろ…」
ツンデレも敷くタイプと仮定した場合とんでもないことに…いや、これ以上考えるのはやめよう。
「…それで、どうしてレティ・ロウランの誘いを受けたの?」
「レティさん自体は悪い人じゃないし。まぁ、本人があぁ言ってたんだし大丈夫だろう」
別に管理局に入る事になったわけではない。
シャーリーやグリフィスと共に本局に見学にこないか、という誘いを受けただけである。
ミッドチルダからの転送ポートで本局に行き、レティさんの職場や各種施設を見学して帰るだけである。
本局にはギル・グレアムがいるが、流石に本局内部で何かしようとは思わない筈だ。
呼び出して個人的な勧誘くらいはあるかもしれないが、いつもの通り「危険な事は避ける主義ですので」と断ればいいだけである。
恐らくないだろうが、もしクライドの復讐云々なんて真実を語り出したら「俺を殺人犯にするつもりか」とでも言ってやればいいだろう。
残念だがA'sに介入する気は自分にはこれっぽっちもないのだ。自分が介入することで関西弁少女を氷漬けにしなくてはならなくなったりしたらたまったものではない。
流石に無理やり俺をどうこうは今の時点ではない筈だ。
何よりレティさんは俺を誘う時にさりげなく
(サーチャーをつけるわ)
と口だけを動かして俺に言ってくれた。
あのおとぎ話を子供の出鱈目と一蹴することなく、まして問いただそうともせずにこうしてくれるのは素直に嬉しかった。
「まぁ、そのうち詳しく聞かれるだろうけどな」
「そうね。その時にどうするかは決めているの?」
「時期と状況と聞かれる内容によるな…未来予知とか適当に理由つけようが、俺の正体をバラそうが聖王教会一直線だしなぁ」
それっぽい根拠と証拠を手に入れるなんて事も考えてみるが、いわば私的捜査=ナンバーズ遭遇フラグになりそうでヤバイ。
今の所レティさんにはいつ何が何処で起きるかも話していない。闇の書については「遺族ならこう考える」としか言っていない
となると残るはJS事件だが…6歳の時点で予兆させる何か……か。
と、考えているとレティニアがどこか呆れた顔をしながら
「ヴェルってその時になってから考えるタイプよね…確実に」
「いや、ある程度は考えるけど、転生してから突発的な事が多すぎるんだよ…お前とかリンディさんとかクイントさんとか」
「やっぱりヴェルはそういう運命なのよ」
「たまには幸福な運命を引き当てたいぜ」
心の潤いを切に願う魔法学校初等部入学一日目の夜であった。