※時系列再計算の結果63年入学に修正
ミッドチルダから程ほどに離れた商業都市の郊外の森。
そこで地面から5m程の宙に浮かぶ少年と、足元から白光を放つ帯のような道を作って疾走する女性が戦っていた。
少年は水色の魔力光を纏った矢をスフィアから連射するが、女性は巧みに全身を動かして避けながら
当たりそうな矢は的確にナックルをつけた両手で捌きながら速度を落とさずに接近してくる。
距離をとろうとする少年だったが、女性の足についたローラーのスピードの前で、その動きは緩慢と言えた。
女性が少年まで残り5m程になった時、少年は拳に水色の魔力を纏わせて撃つ。が、そこに女性の姿はなかった。
少年は周囲を見渡し、はっとしたように上を向く、そこには体を捻り、少年へ拳を振り下ろす女性の姿があった。
間一髪防御が間に合い、両腕をクロスさせて耐えた少年だったが、女性は拳を引き絞る。
そして彼我の距離は1mもなく。そこからは一方的な展開しかなかった。
防ぐ、捌く、避ける、凌ぐ。
女性の四肢を鞭のようにしならせた連撃を、両手に纏った氷の籠手で必死に捌く。反撃の隙などかけらもない。
だが連撃の衝撃に耐えきれずに籠手は砕け散る。少年は一端距離を取ろうと動くが
「遅い!」
「……ッ!」
それを目の前の女性が許す筈もなく、一直線に懐に突っ込んで拳を振り込んでくる。
少年は咄嗟に右手を前に突出して氷の盾を作ったが、女性のナックルからカートリッジが排出され、瞬間的に拳に纏った魔力が増大するとあっけなく壊される。
そして少年の顔の前には女性の右拳が当たる寸前で止まっていた。
「よし、今日はここまでにしよっか」
「ふぅ……ありがとうございました」
「でもヴェル君大分強くなったよね~才能って恐ろしいわ。基本の型はもうマスターしちゃってるし」
「そりゃ、あれだけ扱かれれば嫌でも覚えますよ。それでも懐に入られたら反撃すら出来ないのは絶望を感じますけど」
「あはは、ヴェル君って凄く飲みこみが早いしつい張り切っちゃって」
「その"つい"さえ無ければって旦那さんから言われた事ありません?」
「ゔっ……。大丈夫よ、修業開始して一年ちょっとで私の格闘をある程度捌けるんだから。このまま体も成長していけば反撃する余裕も出てくるわよ」
「だといいんですけど」
否応なし強制フラグのナカジマ家の若奥様と始まったマンツーマンの個人レッスンだったが
とてもじゃないが4歳の子供にさせるものではなかった。この一年弱、よく耐えたものだと思う。
週一回の直接指導のある日以外は彼女が考えた訓練メニューでの体作りと基本の型を毎日。
それが終わり、ようやく魔法の鍛錬となる。
この一年でアイスニードルはフリーズランサーへと昇華し、最大で2m程のスフィアを形成して一度に放つ事が出来る矢の数は50本を超えた。
5秒間ほど連続で斉射すれば、発射本数は優に千本を超える。
しかし、それをクイントさんに魔力付与した拳で捌かれ、避けられた時はふざけんなと叫びたくなった。
流石に少しは掠ったらしくナックルや服の端々が白く凍っていたが。
曰く「こんなしんどい魔法初めてだったけど、直線射撃なら弾道見切ればなんとかなるわね」だとか。こんなチートなのに本当に死ぬのだろうかこの人妻。
ちなみに他の技だが、アイストーネードは元ネタと違い、れいとうビームの代わりの直射魔法として放つ技になったものの
流石にクイントさんに主人公組のような魔力にモノを言わせた防御力はなく、そもそも射程重視の溜め技にしてしまったため、近接格闘では使えない。
そしてブリザードのような天候操作型だが、まだ制御が難しく、効果が不安定なので絶賛訓練中である。うっかり完全凍結とかシャレにならない。
専らクイントさんとの試合で使うのはフロストダイバーや、氷の盾、アイスニードル、フリーズランサーといった近中距離技と格闘からの〆技としての近接高速射撃である。
獅子の形にするのは流石に恥ずかしいので、ショートバスターのように威力を犠牲にして速度を重視した魔力を拳に乗せて放つ事にしている。
後は先ほどの籠手ようにその場しのぎで魔力で錬成した氷の武具。作ろうと思えば剣とか槍とかもいけるが、今はクイントさんを相手にするために籠手をメインにしている。
「でも本当に強くなったよねヴェル君。陸戦魔導師としてはBくらいは楽に超えてると思うよ?空戦はわからないけど」
「それを言ったらクイントさんなんてこないだ陸戦AAAとっちゃったじゃないですか」
そうなのである。この人妻、ちょっくら試験受けてくるとか言って陸戦ランクAAから+をすっとばしてAAAを取ってしまった。
「ヴェル君の魔法って直線射撃だけど量が凄いし当たるとバリアごと凍って視界を塞がれちゃうから、避けるのもつい力が入っちゃうのよね~。だからランク試験の魔力弾が温く感じちゃった」
いっちょやってみっかで2ランクアップとかどこの戦闘民族だ。あぁだから死亡フラグも立ってるのか。
例えAAAでもクイントさん一人では恐らく壊滅フラグは折れないだろう。
もっともクイントさんが全力で回避と撤退に回ればどうなるかわからないが。
と、そんな事を考えているとクイントさんからコール音が鳴った。
「はい、クイントです。…はい、わかりました。30分で行きます。ごめんヴェル君。支援要請貰っちゃったから行くね!お疲れ~!」
「お疲れ様でした」
クイントさんが部隊内でも隊長のオーバーSに迫る勢いになったとかで、事件が起きた時はよく駆り出されるようになったのだとか。
こうして非番の日ですら呼び出しを受ける事も最近増えてきた。
ちなみにクイントさんの回りで自分に近接格闘を教えていると知っているのは旦那や一部の人間だけらしく、こうして訓練している時の通信は音声通信で行っている。
修業している事がバレるのはともかく、教えている人間がAAランクの陸戦で、自分のランクが一年でB相当にまで上がっている事がバレればまた勧誘されそうだし助かっている。
「魔法奥様は今日も元気に走り回って事件を解決しています、と」
『あれじゃ亭主も子供とか考えるわけないわよね』
「子供を作れないとか以前に子供育てる余裕がねぇよな…」
そう、クイントさんは子供を作れない体である。成長期に流行病で高熱を出した時に作れなくなったのだとか。
女性にとってそれは致命的である。だがクイントさんはそれを耐えた人であり、それを知った時は不覚にも尊敬してしまった。
だが旦那が慰めてくれただのそこからベッドインだのと惚気られてその尊敬は3秒持たなかったが。
「しかし今日も一方的な展開になったな」
『4歳であれだけ動ければ大したものだって言われてたけど?』
「まぁ、さすがに身長差が凄い事になってるからどうしても俺は浮かなきゃいけないし、リーチに関してはどうにもならんが、せめてクロスレンジでも捌き切れるくらいにはならないとなぁ」
『でも凍結魔法で作った盾や籠手は衝撃にそこまで強くないから、クイントの打撃に対しては脆いのよね』
「となると、回避主体で捌くか、クロスレンジから一瞬で脱出できるような技がいるわけか…」
なんとかして回避力とスピードを上げられないものかと悩む中
5月の誕生日を迎え、母親と二人で簡単に祝ってもらった翌日、父親からとある小包がきた。
空けてみると、中に入っていたのはデバイスだった。
「お前が孤高のヒーローを目指すのならかっこいいデバイスがいるだろ!名前はお前が考えてやれ!」
誕生日を祝う言葉どころか激しくどうでもいいメッセージと共に入っていたデバイスは光沢のある銀色の長方形で。
中心よりやや上が子気味いい音と共に開き、中には特徴的な丸い穴の形の防風カバーとホイール。
「Zippo型のデバイスってどうなんだ…」
説明書が同封されていたのでそれを見てみると、このデバイスはストレージ型で
魔法は登録されていない状態らしい。なんでもとある管理世界で意気投合した技術者が父親の頼みを受けて制作したオリジナルだとか。
余談だが、うちの父親は愛煙家だったりする。恐らく意気投合したのはタバコの話なのだろう。
そして、俺の定期検査の結果の魔力の質を鑑みて、俺の凍結変換された魔力でもある程度運用は出来るようになっているらしい。
つまりリンカーコアで凍結魔力を純粋な魔力に変換してから送る必要がないのだ。これは素直に嬉しいのだが
「ご丁寧に火も付く…誰得デバイスと言わざるをえない」
『寒い時に重宝するデバイスじゃない?』
「あのバカ親父はそんな皮肉を考えられる思考回路を持ってねぇよ」
相変わらずのやり取りをしつつ、どう扱ったものかと考える。
バリアジャケットやその他のサポート魔法の類を詰め込むのが自然なのだろう。
「バリアジャケットねぇ…あぁホイホイとかっこいいんだかエロいんだか厨二臭いんだかよくわからない服装を原作連中はよく平気で着れるよな」
『あら?クイントの揺れて弾む谷間に動揺したのはどこの誰「おいやめろ馬鹿」』
初めての模擬戦で懐に入られた瞬間に拳で吹き飛ばされたのは黒歴史だ。
超スピードだとか催眠術だとかそんなチャチなもんじゃねぇ、もっと恐ろしい管理局支給バリアジャケットの片鱗を味わったのもどうでもいいことである。
と、そんな事よりもだ
「今までは訓練着のままレティニアが魔力強化してたから個人的には割とどうでもいいが。さてどうしたものか」
そして就寝後。
「まぁ基礎的な体捌きや型はほぼ終わったから、後は自分で戦闘技法を考えながらバリアジャケットを考えなければいけないわけだが」
そう言う俺の前には、相も変わらず淀みに腰まで浸かった黒い髪の女。レティニアである。
「そういえば、彼女の場合デバイスはあのナックルがストレージ、補助としてローラーブーツを使っているのよね」
「あぁ、近代ベルカ式のブーストアップによる高速機動、一点集中型って奴だな」
「ヴェルの目指してるセルシウスの格闘スタイルはどういうものだったの?」
「飛葉翻歩で悉くこっちのコンボを外され後ろに回られては凍刃十連撃からフリーズランサーか獅吼爆砕陣の〆技。懐かしいトラウマの思い出だ」
「またよくわからない技名が出たわね…飛葉翻歩って?」
「物理系攻撃を避けて相手の後ろに回り込む極悪スキル」
「成程…それが使えればかなり美味しいわね」
確かに美味しいだろう。あのぬるっとした動きで攻撃を外す動作は高速移動技法といい勝負だ。
「だがさすがにリアルで飛葉翻歩なんて…まて、似た事は出来るかもしれない。要はアイススケートで行けばいいんだよな…」
「アイススケート?」
「お前の世界では無かったか?足場を氷にしてその上をブレードのついた靴で滑る」
「あぁ、ソリの人間版みたいなものなのね…楽しそうね」
「楽しそうって…まぁ娯楽だしな。だがクイントさんのローラーブーツだって俺の世界じゃ娯楽だったからなぁ」
「でも、ローラーブーツと同じ使用法も出来るから、彼女の戦法をより取り込めるわね」
「あぁ、だけど、ローラーブーツは直線軌道、こっちは直線じゃなくてもいいんだ」
「どういうこと?」
「横だろうが前だろうが滑って動ける。スケートで言えばフリーラインスケートが近い動きだな」
「よくわからないけど、それでその飛葉翻歩に近い技が出来るのね?」
「あぁ。まずは始めてみない事にはなんとも言えないがな。とりあえずバリアジャケットを考えるのは後にして靴だな」
目指すは平面上における全方位移動である。
これが出来れば今まで防いで捌くのがやっとだったクイントさんの高速直線移動からの連撃を闘牛士のごとく避けて捌ける筈だ。
飛行魔法よりも自分の魔力を通した氷の足場を滑る方が確実に移動速度は速い。
悪路だろうが水の上だろうが空中だろうが凍らせて無理やり整地してスケートリンクにしてしまえばいい。
こうして自分のクロスレンジの切り札になりそうなものを思いつき、俺はいつものように母親から起こされて朝を迎えた。
「なにそれズルい!私もやりたい!」
「ふはは、ローラーブーツでサーフボードの動きはできまい!目指せカットバックドロップターン!実在しない技だけど!」
そして半年後、空中に氷の道を作って放置すると氷の塊が落下してとんでもない事になったので
自分が通った後は微細な氷として砕け散るように設定したりと色々と問題にぶち当たったがなんとか形にすることが出来た。
父親からもらったデバイスにはとりあえずセルシウスのズボン版のようなバリアジャケットを突っ込んだ。
肩が出てるけど凍結属性にとって寒さは苦ではないしバリアジャケット自体の温度調節もあって問題なし。
そして氷の足場だったが、レティニアに足場の形成、デバイスには推進力や姿勢制御の補助を組み込む事でなんとかなった。
進行方向は前だろうと横だろうと自由自在。スケートのようにも、ボードのようにも動けるのでクイントさんのスピードにも対応できるようになった。
もっとも、まだ完全回避できるほど初速を得る事が出来ず、飛葉翻歩はマスターできていないのだが。
ちなみにクイントさんはローラーブーツで俺の魔力でスケートリンクと化した地面でも問題なく走っている。なんという無限軌道。
そして今は何故かクイントさんと模擬戦という名の鬼ごっこをしている。
「拳の勢いは流されるし前を向いたまま横にスライドされるのがこんなに厄介だとは……」
「まぁローラーもブレードも無しにこんな事が出来るのは俺だけなんで」
突っ込んでくるクイントさんに上体を向けたまま、猛スピードで滑る。
前を向かないと事故るぞと思うがそこもきちんと対応した。一度事故って盛大にコケたのは黒歴史である。
デバイスにはバリアジャケットとこの氷の足場関連の魔法しか登録していないのにも関わらず
既に限界容量の8割近くが埋まっている。バリアジャケットと火器管制に3割、実は残り5割は全てこの氷の足場のためのプログラムである。
障害物からの安全装置や危機回避パターン、レティニアの足場生成とのリンク、推進魔力への変換
進行方向に対しての足の置き方の切り替え(スケートとボードの切り替え)等、必要なものを全て詰め込んだ結果こうなった。
そして完成したのは、こと滑る事に関しては他の追随を許さない夢のような魔法。
ピンクのボールがアイスをコピーすると滑って移動するのも納得である。
この魔法を作れたのはレティニアの汎用性と丁度よく送られてきたZippo型デバイスがストレージで演算能力重視だったから。
父親には感謝して、喋る事のないストレージとはいえデバイスにも名前くらいはあげようと思ったのだが
「流石にライターにセルシウスとか付けたらダメだろ」
『火を点ける道具なのに氷の精霊の名前ってのも乙だと思うわよ』
名前を決めるので少しもめた。
結局5月に貰ったのに因んで、アースラのように聖人から取る事にした。
5月の聖人と言えば、男の聖人が4人いる。
セルヴァティウス、マメルトゥス、パンクラティウス、ボニファティウスである。
「どれも厨二センスのかけらも無いな…バルディッシュとか安直厨二ネームをつけられないのが辛いとは思わなかった…」
『確かにちょっと微妙ね…ちなみに女の場合は?』
「冷たいゾフィ―(Kalte Sophie)。まぁ、俺の誕生日が15日だし、ソフィアでいいか……」
という適当な理由でデバイスの名前はドイツ語のKalteから英語のFrostにしてフロストソフィアと言う事に。
火を灯す事の出来る冷たい聖女である。
「Zippo売りの少女だな」
『なにそれ?』
「マッチを売ろうと雪の降る夜に徘徊した幼女が次の日には死んでいる恐ろしい童話だ」
『周りの人間は助けなかったの?』
「童話の作者が生きてた時代はお金がなければ体を売ればいいじゃないを地でいってたからな。
体を売れない無力な少女、回りは誰も助けてくれないなら死ぬしかない」
『……そう、悲しい童話なのね』
「でもマッチしかない世界でZippoを売れば将来は大金持ちだったろうな」
『ふふ、それは夢のある話ね』
「あぁ、魔法のアイテムだよ」
とくだらないやり取りを挟みつつ、回避力とスピードを得た事でよりクイントさんとの修業は濃いものとなっていった。
時は新暦62年の冬。もうすぐ63年となり、6歳を迎えるこの身には教育機関への入学が控えている。