時の庭園。かつてミッドチルダ南部の辺境、アルトセイムに存在した移動庭園である。
名も知られていない魔導師が、アルトセイムに屋敷を建てた際に、そのまま移動できる空中庭園として作り上げたものを
プレシア・テスタロッサが買い取り、更に多額の資金をつぎ込んで次元航行システムまで取り付けた。
そして現在、時空の狭間に停泊している時の庭園の一角にて
時の庭園の主はいつもの黒い魔導師服に身を包み、姿見程の大きさの鏡の前に立っていた。
鏡に写っている自分を眺めながら、プレシアは何か思いつめたかのような顔をしていた。
「○○○、あの娘みたいな……可愛い娘が好きなのかしら……」
「も、もしかして!? ○○○は……ロリ……ううん、そんなことないわ……○○○はただ可愛い娘が好きなのよ……そうよ、そうに決まってるわ」
「え、えっ!? ということは、○○○……○○○は、プレシアのことまだ本気で可愛いと思ってるの? プレシアが可愛いから……抱いてるの?」
「確かに、まだプレシアは全然可愛いわ……髪の毛なんてこんな風にしたら……」
「やん、いやぁん! プレシア……やっぱりまだまだ可愛い……○○○、まだきっとプレシアに惚れてる……」
「そうだわ……あの、あの服似合うかしら……ん、んん……こんな感じに……」
「ああぁ! やだわぁ、プレシアすごい可愛い……いやぁ~ん、可愛すぎるわ……」
「きっと、あの娘なんかより全然可愛い……ううっ、可愛すぎるぅ!」
「いやいや…ないだろう常識的に……」
『おはようヴェル。どうしたの?』
「なんか凄い夢を見た気がするんだが……思い出せん」
フェイトに拉致られた翌日、プレシアにいつ見つかって襲われるかと意識を向けすぎて何かとんでもない夢を見てしまった気がしながら目が覚める。
内容はよく思い出せないが、なんかプレシアさん頬に手を当ててやたらクネクネしてたような…ないな。年を考えろ年を。
「一人に意識を向けすぎると他の死亡フラグに気付かないなんて事もあるからな。ひとまず置いておこう」
『意識を広げすぎると注意力が散漫になるわよ?』
「いや、注意しすぎててもダメなんだって」
そんな事を話ながら寝ていたソファーから起き上がり、軽く体をほぐす。
フェイトとアルフは俺と会った事で探索を切り上げ一緒に帰宅したのでそのまま寝ている。時刻は7時過ぎ。
「さて、とりあえず朝飯なんだが…冷蔵庫になんか入ってるのか?」
なんて事を呟きながら、ひとまず洗面台に行って顔を洗う。ようやく頭がすっきりしたところで、台所に向かい
「お待ちかねの気になるテスタロッサ家の食事事情は……」
冷蔵庫を開けた。そしてすぐに閉めた。
「まぁ、そんな予感はしてたんだが、これはなぁ…」
恐る恐るもう一度冷蔵庫を開ける。中に入っていたのはいわゆる「栄養ドリンク」的な黒くて小さいビンがダース単位。
ラベルがないのを見るに、地球で売られている市販品ではなく、次元世界のどこかで作られたかして、プレシアが支給したものだろう。
他にも何かないか探したが、あったのは固形タイプの機能食品らしきものとミネラルウォーターだけ。
「いや、マジでテスタロッサ家凄いな。まぁ、のんびり食事作るなんて余裕もないんだろうけど」
『どうする?』
「まだスーパーの類はやってないし、あるとすれば……」
リビングに戻り、一応の書置きを残してマンションを出る。
お金は昨日のうちにフェイトからいくらか貰っている。生活用品代としてもらったのだが致し方あるまい。
しばらく街の商店街の方に向かって歩いていると、ちらほらと人を見かけはじめた。
海鳴市と違い隣の街はそれほど大きいわけではない。
どちらかというと海鳴市の企業区画で働く人のベッドタウン扱いといったところだろうか。
いわゆる閑静な住宅街という奴が大半を占めている。
ゴミ出しに出てきたと思われるいかにも主婦といった女性に挨拶をしながら、目的の場所はないか聞いてみると
「それなら商店街の方にあるわよ。見かけない顔だけど越してきたのかしら?」
「いえ、こっちに親戚が住んでまして。学校を少し休学してこっちに遊びにきてるんですよ」
質問を上手く躱しながら目的の場所に着く。
「とりあえず今朝はコンビニだな。調理器具もあんまり揃ってないし材料もないならどうしようもないだろ」
『そういえばヴェルって氷菓子以外の料理はできるの?』
「まぁ人並みには出来る」
なんて事を呟きながらコンビニに入り、サンドイッチ等を買って帰る。
フェイト達の分もと多めに買ったが、まぁ残ってもアルフが消費するだろ。
セーフハウスに戻って買ってきたものを取り出していると、フェイトが起きてきた。
「おはようフェイト。朝飯買ってきた」
「あ、おはようございます」
「ん、とりあえず顔洗ってきな」
なんてやり取りを交わして自分はキッチンへ。
買ってきたものの一つであるコーヒーを淹れるためにお湯を沸かす。
ガス給湯器から直接っていうのもなんとなくアレなので、やかんに水を入れ、コンロの上に置く。
湯が沸くまでリビングで座って待つ。
「しかしなんだ、結構いいとこ住んでる割に食事は最低限ってかなり矛盾してないか?」
『食事っていうよりエサね』
「まぁそうなんだろうけどな」
プレシアからしたらフェイトに渡した金も自分の道具の維持費みたいなもんだろう。
このセーフハウスだって金にものを言わせて手に入る場所で一番手間がかからなかったとかだろうし。
他の世界はともかくこの地球においては、すんなり住める場所が手に入るなんて都合のいいことはない。精神干渉系の魔法でも限界はある。
しかし偽造書類の用意とかそういうのをしてるプレシアさんが想像できんが……まぁ本人がやってるわけないか。
フェイトもアルフも出来るわけないだろうし、人を操って用意したとかそんなところだろう。
それでもこういうものの用意にはそれなりに時間がかかる。
早いうちから当たりをつけて準備したのは間違いない。
ジュエルシードを積んだ次元航行船を叩き落とした時点で既に動いていたんだろう。
予想ではこっちの街に落ちると考えて準備したものの、誤差で隣の街にジュエルシードが落ちてしまったとかそんなところか。
そして隣の街から海鳴に探しに出るフェイトはそれでなくても移動時間というものが付きまとう。
転送魔法という手も管理局や一般人に見つかる可能性を考えると使えない。
管理外とはいえ地球出身の管理局員が結構いるのがこのリリカル世界だ。
そのあたりがなのはに先を越されまくった原因なのだろう。着いたら終わってたってパターン。フェイトカワイソス。
なんてレティニアと話していると顔を洗い終えたフェイトが戻ってきた。
「あの、朝ご飯って一体?」
「あぁゴメン、とりあえずなんか口に入れるかって思って冷蔵庫の中勝手に見させてもらった。流石に栄養ドリンクとブロックタイプの機能食しかないのには驚いたが」
「あ、それは……普段は外食とかで……それに朝は食べないから……」
「まぁ、そうだろうな。お母さんの所で食うわけにもいかんだろうし、実際一人暮らしは最終的に自炊か外食かに落ち着くもんだ」
「そう、ですか?」
「そんなもんだ。自炊なんてこれっぽっちも心得がないならこうもなるだろう。さて、コーヒー淹れるが飲むか?」
「あ、はい」
と、脳内でプレシアの黒い話を考えてるなどこれっぽっちも見せずに受け答えする。
正直プレシアがどれだけ黒い事をしてようが、自分に害がなければ何をやろうが知ったこっちゃない。
娘を生き返らせるという高尚な理由があるんだし、知識欲と探究心を満たすために人様に迷惑かけるスカさんよりよっぽどいいだろう。
「お早うフェイトー。ん、ヴェルも起きてたのかい」
「おはようアルフ」
「おはようさん。朝飯買ってきてるから顔洗って好きなの食え。ドッグフード食ってるわけじゃないんだろ?」
「おはよ。まぁ人間の体を得てからはあんまり食べなくなったけど食えないわけじゃないよ?あれはあれで美味しい」
「マジか」
「アルフって基本なんでも食べるから……」
「ほう、なんでも食うのか」
「ふふん、アタシに食えないものはあんまりない」
「便利だなぁ使い魔……」
「そこで便利って使い魔をなんだと思ってるのさ……」
なんてやり取りをしながらも、三人で朝食を食べ、一息ついてふと気になって問いかけた
「そういえば探索は昼間はあんまりやってないの?」
「警察って現地の機関が怖くてねぇ……こんな時間にどうしたの?はもうトラウマだよ……」
「日本人じゃない人からやたらと話しかけられますし……」
どうやらフェイト一味にとって最大の敵は青い国家権力と外人のようだ。
そりゃそうだろう、金髪少女がデカい犬ひきつれて日中の街中歩いてりゃ目立つってレベルじゃない。
「だろうな…俺も大分追いかけられた。この世界は動きにくいってレベルじゃないよな」
「ですよねやっぱり……」
「治安はいいけどやっぱりねぇ……」
某魔法先生の認識阻害の魔法なんて都合のいいものは存在しない。
幻惑系に似たようなのがあるが、それもあくまで一定範囲内の認識をごまかすだけで、一定以上離れた位置からは普通にバレる。
更に幻惑系は本人の素質に左右されやすく、固有技能に近い扱いなのでフェイトが使えるわけでもない。
そういえばスカさんの所の4番さんはそういうの出来ないのだろうか?
……ダメか、あの人って幻惑というよりただのステルスだし。
まぁそんなわけでとりあえず動ける時間帯になるまでは待機、という事になる。
発動していない状態のジュエルシードはただの石ころにしか見えないわけで、肉眼で探索する以外に方法はない。
だが、溜めこんでいる魔力が飽和状態になって周囲の願いを探知しようとすると、一定の魔力を放出する。
それを頼りに探すのが定石なのだが、広域スキャンなんてアースラみたく衛星軌道上からでもないと出来ないのでこっちは基本アルフだけが頼り。
ぶっちゃけると発動した時に放出される魔力を検知してから駆け付けるのが確実だったりする。
「んじゃ、とりあえず俺は生活用品と食材を買いに行ってくるわ」
まぁ、そんな事を考えても俺には一切関係ないというわけで、生活用品と食材を買いに行く。
「あ、私も行きます!」
「ヴェルって料理できるのかい?」
「まぁそれなりには?」
そんなわけで再び少年少女と犬一匹で外に出る事になった。
食器はあったがフライパンやら包丁やらもないという凄まじい状態だったりするので
なんとか午前中のうちに買い揃えなければいけない。服もないし。
早い店は9時には開くのでそれまでにそのほかの家事について話し合う。
「洗濯?きにすんな誰もが通る道だ」
話し合い終了。具体的には"お約束"なイベントが起きないように配慮するだけでいい。
つまりフェイトとアルフで洗濯。俺は料理で掃除は三人で一緒に。
9時になったので部屋を出て、商店街の方へ。
適当な服と調理器具、生活用品や服を買い、最後に食料品店へ。
「なんか食べたいものとかある?っつってもフェイトのお金だから聞くのもアレなんだが」
「特には……」
「アタシは美味しければなんでもいいさ」
春先なので新野菜が美味しそう、ということでアスパラガスとキャベツとタマネギをとりあえず確保。
灰汁抜き済のたけのこも出ていたので
「よし、今日のお昼は味噌ラーメンだな」
ネギともやしと人参をカゴに突っ込み別のコーナーに向かう。
中華麺、ひき肉、味噌、にんにく、しょうが、ごま油、豆板醤、干ししいたけ等もカゴに突っ込む。
『少女にラーメンをすすらせる。我ながら鬼畜』
『鬼畜かどうかはともかく、本気で作るの?』
『フェイトにラーメンすすらせるのは鬼畜の所業だろ。まぁ、ミッドにもラーメンはあったし大丈夫だろ』
そう、地球からの食文化の流入がそこそこ多いミッドチルダは何故かラーメンもある。
まぁラーメンどころか麺類全般あるという謎の小麦粉文化なんだが。
淀みなく材料をカゴに突っ込んでいく俺を不思議そうに眺めるフェイトに時々食材の説明なんかをしながらも買い物を終えて店の外に出る。
(ずいぶん買ったねぇ)
なんて店の前で座って待っていたアルフに
(そういえばお前ってネギ類食えるの…?)
普通に食えると聞いて一安心。やっぱ使い魔便利じゃん。
味噌ラーメンとか食べたことないという二人に
「まぁ楽しみにしておけ」
なんて言いながら帰宅。
時間は丁度11時を回ったところだ。
「今から準備すると丁度昼になるかな」
「わかりました」
「アタシも全然おっけー」
というわけで台所に向かい調理開始。
別に達人を目指してるとかそういうわけでもないので、干ししいたけをスライスし、水で戻す。
下準備として野菜をカットして冷蔵庫に入れておく。とりあえずはしいたけが戻るまで手持無沙汰になった。
ちなみにフェイトにがっつり鶏がらとか魚介ベースの出汁じゃアレだというので干ししいたけの出汁をベースにするつもり。
リビングに戻るとフェイトはおらず、アルフだけがいた。
「あれ、フェイトは?」
「ん、デバイスの方にちょっと調整をね」
「ふーん」
まぁ関係ないだろうということでアルフにミッドでの話なんかをしつつ、時間を潰していると、フェイトが部屋から出てきた。
「さて、んじゃ昼飯作るか」
「あ、手伝います」
「んじゃ、丼ぶり出してくれるかな、そこの取っ手がある所に入ってるから」
ラーメンの丼ぶりが何故セーフハウスの食器棚にあったのかはこの際突っ込まない。
恐らく備え付けの棚に始めから入っていたとかそんな理由だろう。
案の定、フェイト達は壁に食器棚が埋まっている事を知らなかったらしく、
「こんな所に収納スペースが……」
なんて呟きながら丼ぶりを三つ出してるし。
そんなフェイトを尻目にこっちは朝のうちに見つけておいた調理器具の中から鍋でお湯を沸かしながら、野菜とひき肉をフライパンで炒めていく。
しいたけから出た出汁を温め、調味料を加えてスープも作っていく。
『ガスコンロもご丁寧に三つ使えるタイプだし、ラーメンハウスとしてやっていける気がする』
『普通の家は二つだものね』
『ミッドも代替ガスとはいえ普通に使ってるからな』
ミッドでは魔力を用いた代替エネルギーが普及している。
ガスにしろ電気にしろ、化石燃料といった資源エネルギーを用いている地球と違い
ミッドでは魔力作用によって電気を起こしたり、物質を魔力で変化させて可燃性ガスにしたりといった技術がある。
太陽光や地熱といった地球でも開発されている技術ももちろんあるが、それはインフラの整備されていない地方などで使われている。
次元世界において、エネルギー資源を巡った争いなんかがないのはこれが理由だ。
あれだけの数の次元世界を管理していれば、全人口を賄えるくらいの資源はありそうだが
そういったものを巡っての争いというのはどこの次元世界でもあったことらしく、管理世界においては魔法を用いた代替エネルギーへと切り替わっていったらしい。
といっても切り替わったのが旧暦以前の話らしいのだが。
ちなみにこういった知識が魔法学校高等部の試験に出るらしい。
なんて考えながらも手は休まず動き、あっという間に味噌ラーメン三つ完成。
「んじゃ、食おうぜ」
「えっと、いただきます」
「お、美味いじゃんコレ」
すでに人間モードになって食い始めてる一匹をスルーしながらも食事開始。
フェイトは箸使えるのか、という疑問があったが、何故か普通に使えていた。
「前にリニス…母さんの使い魔が和食を作ってくれた事があって」
「へぇ、和食作れる使い魔がいたのか」
「はい。もういないんですけど」
リニスの話や自分の話をしながらもラーメンを食べ終えた。
手持無沙汰になるのもあれなので部屋を掃除したり、途中ジュエルシードの発動を感じてフェイトとアルフが飛び出していったものの、やはりなのはに先を越されて空振りで帰ってきたりとその日一日はそれなりにあわただしく過ごし、日が暮れると二人は探索のために出かけていった。
余談だが、ラーメン食べてるフェイトは普通でした。
『おかしい。鬼畜ルートだと思っていたのに違和感がない…だと…?』
『そもそもどうして少女にラーメンが鬼畜なのよ?』
『……あれ?そういえばなんで鬼畜なんだろうな?』