空腹は天敵である。この世に空腹が存在する限り、人類から争いは消えはしない。どこにだって貧困は存在するのだから。この飽食の極みとも言える日本において、俺が空腹でぶちキレたように。
「うおっ」
「きゃー」
犬耳の拳で石畳が吹き飛ぶ。だがそこまで脅威ではない。日本の特産品だったら死んでいた。
それにしても、よく避けれたな俺。褒めてやりたいくらいだ。
『相手するこたねぇせ兄貴! 放っといて脱出だ!』
いいことを言ったオコジョ!
「ううん……」
なのになぜこの魔法少年は戦う気満々なのでしょう? 呪文詠唱始めているし。
幸いなのは、さっきの攻撃を鑑みるに、犬耳は俺を警戒しているものの再優先攻撃目標は魔法少年だということ。
ならば選択肢は一つ。魔法少年から離れること。
「早……!」
フレスベルクがメビウスに喧嘩を売るような状況か、それともフラジールに雷電が挑むような感じか。鈍重な移動砲台が高機動ブレオン機に勝てないような、そんな状況。
回りこまれて完全にロストしている。
「左ですセンセー!」
左? あ、こっち右だった。なんか嫌な感触がスコップ越しに感じられたんだが。気のせいだ。
魔法少年が殴り飛ばした犬耳がスコップの柄にぶつかって空中コンボなんて繋がってなんかいない。
「あ、右です」
反射的に左へ跳ぶ。左に魔法少年がいて、犬耳にボディアタックなんてしていない。していないぞ。
「上!」
今度は避けられた。犬耳が放り出したスコップ踏んでこけたりはしていない。断じて。魔法少年の攻撃でダウンしているんだ。
「右後ろ回し蹴り、だそうです」
え? それはどこから来るんだ?
「なにぷっ!?」
「っ!?」
頭が飛んでくる。ちゃんと躯はついているが。
いつの間にか足元に戻ってきたスコップで、襲い来る頭をフルスイング。
「がふっ……!」
パニックって怖いな。あれがもし味方?だったら、今頃俺は死んでいた。
犬耳の動きが眼に見えるほど遅くなって、そのお蔭で冷静になることができたが、結構凄いことしてないか、俺。一瞬でスコップ拾い上げてフルスイングだぞ。火事場の馬鹿力というやつだろうか。
そうこうしているうちに、魔法少年達は脱出手段を見つけたらしい。よっしゃ、脱出だ……ってオイ! 脚速いな、俺をおいていく気か!?
「お、ちょ、ちょっと、待っ」
『無間方処返しの呪!』
あんんんんのチビ侍少女ォォォォォォ!! 俺もろとも犬耳を閉じ込めやがった!!
「アカン……もう動けへん……」
犬耳はゲームオーバーのようだ。煙を吹きながらゆっくりと人の形に戻りつつある。今のうちに拘束しよう。
「あ? ねえちゃんも閉じ込められたんか?」
「…………」
無言でスコップを犬耳の頭の横に突き立てる。さすがGA製、地殻も掘れると豪語するだけある。見事に石に突き刺さった。
「な、なんや」
動けない今がチャンス。犬耳は完璧に人間の関節構造に戻っている。これならば、物理的に一切力が出せない縛り方ができる。自転車のペダルが完璧な垂直状態だと、真上からどんなに踏み込んでもクランクが回らないように。テコの作用点と支点が遠く、支点と力点が近ければ1gの物体すら持ち上げられないように。小指を伸ばしたまま固定すると握力が出ないように。
インシュロック、各種ワイヤー、リングスリーブと圧着ペンチを取り出す。全て有澤の子会社の製品だが、恐ろしく頑丈で重宝していた。
「い、いだだっだだだ!? 何するんや!」
俺は答えない。
緩くては意味がない。関節の自由度を制限するのだから。そして、たとえ関節を外してとしても逃れることはできない。骨に由来しない筋肉のみの力で抜けられるほど、この拘束は甘くない。そしてどんな筋肉をしていようと、無理に降りほどこうとすれば逆に骨を砕きかねない。ついでに細いワイヤーでハムのように縛り上げれば完璧。骨を砕いて抜け出ようとしても、ワイヤーで切り身になるという寸法だ。
「ふう」
「なんが『ふう』や! いい仕事したみたいに満足げな顔しおって!」
「動くな」
服がズタズタで、魔法少年の攻撃が上半身に集中していたのが幸運だった――――というのだろうか?とりあえず手当するために暴れられては困るので拘束した訳だが。『ねえちゃん』と呼ばれた腹いせではない。
アルコール、添え木はそこらの竹を切り出し、針と糸を出す。ところどころに岩などにぶつけたであろう裂傷、雷による電紋や裂傷など、それらに治療を施していく。
「な、なんや、治療してくれるんか?」
「俺に危害を加えないのであれば、拘束も解く」
「なんでそんなことするんや? 俺らは敵どうし……」
「変に恨みを買うよりは、こっちのほうがいいだろ。おまえは彼らの足止めに失敗、もう争う意味はない」
俺は敵じゃありませんよー、と、必死のアピール。元気になって即殺されてはたまらない。
「それでも、俺を殺すなりすればよかったんやないか? あんたらみたいなんは普通ここで俺を殺すで。それに、なんでさっき手加減した?」
なんか不穏な言葉がチラホラ聞こえた気がしたんだが。え? もしかして俺何か勘違いされてる?
殺すって、なんでそんな話になるんだ。あんな人がポンポン飛ぶような戦闘で死なない諸君を今の俺の火力で殺せるはずもないし、ならばと、治療して恩を売るつもりだったんだが。
俺みたいなのって、俺はそんな凶悪な人間に見えるのか?
しかも、手加減。笑うしかない。ちょっと怒って野生動物蹴散らして、偶然飛んできたところにフルスイングしただけなんだが、もしかして偶然じゃなくて俺が狙ってやったとか思っている?
好都合か? いや、うまくごまかすべきか? ええい!
「……殺して、恨まれて、殺されて、恨んで、繰り返す。歴史の常だが、不毛だしな」
嘘は言ってないぞ、嘘は。一度荒廃しまくって、復興したとはいえ殺伐とした世界、癒しってものくらいはあってもいいだろう。黒衣の天使とかブラックナイチンゲール呼ばわりは勘弁だったが。
「殺しとうないけ手加減したんか。随分と甘いねえちゃんに負けたんやな……あだだだだだだっ!?」
断じて、俺は怒ってない。断じて。
「俺は食う以外にはなるべく殺さない。あと、手加減はした覚えはない」
「ッチ、俺とは戦ってすらおらんってことか」
いやいや、なんでそうなる。あれが俺の全力だ。
「女は殴らん主義やけど、ねえちゃんは例外や。いつか本気出させたる!」
「じゃあ、さっきの二人に無傷で勝てたらな」
うん。この条件なら問題あるまい。せっかく誤解されているんだ、前提条件が極めて高難度だから、というか無傷ってのが不可能。かすり傷でも負ったらその時点で終了。これでも機械工学と医学を修めた身、内外の損傷の一つすら見逃さない。
「よっしゃ! 二言はねーな?」
「ああ」
もし条件を達して戻ってきたら……そうだな、今のうちから遺書は書いておくべきだな。
「じゃあな」
ワイヤーを回収して、とっとと姿をくらます。治療は終わっているが、もうしばらくは動くことはないだろう。衰弱がみられたので栄養剤を注射したくらいだ。匂いを辿られるとまずいので、『お外の消臭元 逃走用』を設置。
「あ、待たんかい! ってもうおらん」
ふははは、逃げ足は速いのだよ。逃げ足というか隠れる技術だが。一度見失えば二度とは見つからない。特に森では。
さて、この閉鎖区域からどう脱出するか。
答えは簡単。穴を掘ればよかったのだ。この無限ループは地下には影響を及ぼしていなかった。境界をざっと調べてみて、地下の植物の根に違和感を覚えたのがきっかけだった。
まさかとは思ったが、ものは試し、横穴を掘ってみたらうまく出ることができた。石段の斜面にトンネルを開けてしまったが、緊急事態だ、許されて然るべきだろう。
さて、現在の問題は魔法少年一行とはぐれたことだ。どうしよう?
そういえば目的地はこの先の神社らしいし、そこなら見つかるか?
とりあえず神社に潜伏してみることにする。また無限ループに閉じ込められても脱出手段もある。今度は逆方向に穴を掘ればいいのだ。
GA製のスコップは結界をも掘れるのではないか? と、ふと思ったが、無限ループ脱出できることに変わりはないので気にしないでおく。
と思っていたら何事もなく神社が見えてきた。可能な限り見つからないように、森の中から探し回る。BFFのHMD、これはいいものだ。望遠モードで遠くまで見えるのは当たり前、包囲を示してくれたり、人のみならず機動兵器や重要物を判別してマーキングしてくれたり、何ヶ所かに設置したカメラと連動したりとやたら便利だ。
夕方。
暗視モードに切り替えるか悩む頃、HMDでぼーっと見回す。ギリースーツなら、少なくとも見られて悟られることはない。たとえ樹の上であろうと。本当はオクトカムを装備したいが、電源と整備が確保できない現状、あまり多用できない。
「お、やっと来た」
ぞろぞろと、魔法少年が女子を引き連れやってきた。
大歓迎されていた。それ以外に特筆すべきことはなかった。うらやましいとか思ったことはない。ずっと待っていて、「俺ストーカーじゃね?」とか思ったりはしてない。
様子がおかしい。何が? と言われても答えることはできないが、気づいたら背後にN.M.C.がいたような。
振り向いても何もない。当然か。
お、魔法少年の連れが……逃げてる? 裸足で森の中へ。別の場所では魔法少年が慌てている。何かあったな、こりゃ。
魔法少年は強いし放置するとして、あの逃げてる小さな子の方に急がないと。あの子の向かう方は罠だらけである。致死性ではないものの、拘束されている間に殺されてしまう可能性もあるわけで。そうならないように、どうにかしないとな。
「待て」
「な、なんですか!」
「こっから先は罠だらけ、逃げるならこっちだ」
警戒されているようだ。うーむ。
「あー、まあ、信じる信じないはそっちの勝手だがな。ああ、追っ手はいない」
多分、HMD送られるカメラの映像は怪しい者を映しているが、それはここに向かう気配はない。5人くらいの少数だからか。厄介だな。
「じゃな」
この子に下手についていくべきではない。疑われているのなら、俺は下手についていったりしない方がいい。
さーて、戻って監視を続行しよう。
――――side F.A
そこにいた人物、恐らく彼は、脅威だ。草葉にまみれ、顔に妙な機械的な仮面をつけていたが、恐らくは後者は魔導具。今回のターゲットの護衛として雇われた麻帆良のエージェントだろう。
一度振り向いてこちらを確実に視認したようだが、動く気配はない。わずかに感じる気配は素人そのものだが、素人の気配がこんなに希薄なはずがない。僕を脅威として見ていないか、それとも。
とにかく脅威であることは間違いないので、とりあえず石になってもらうことにした。
「その慢心、後悔するといいよ。ヴィシュ・タル・リ・シュタル・ヴァンゲイト……小さき王、八つ足のトカゲ、邪眼の王よ、時を奪う独の息吹よ。石の息吹」
石化魔法を放った……が、既に彼はいない。
「な……?」
慌てて彼を探すが、元々気配が希薄で見つけられたのが奇跡と思える程だ。もはや二度と見つからないだろう。
そして僕は魔法を使ったことにより姿を晒してしまった。これはまずい。どこから攻撃が来るかわからない。あの希薄な気配から、彼は暗殺などが得意とみた。早く隠れないと……
「…………」
天と地が逆転した。右足首に締め付けられる感触。罠にかかったようだ。
なるほど、だから彼は僕を放置したのか。見れば、そこら中に罠が仕掛けられている。おそらく見えているものは囮、本命は巧妙に隠されているだろう。僕はその囮にかかったようだけど。
すぐに縄……ではなく蔦を切り、地面に降り立ったら落とし穴。これは本当に見事に隠してあった。幸い、殺傷能力は皆無。警告の意味だろう。最初から僕達の襲撃を読んでいたにしろ、僕を発見してから仕掛けたにしろ、恐るべき脅威だ。
彼がどんな妨害に来るとしても、まだ僕は目的を果たしていない。
――――side end
竜巻が起きたと思ったら戦闘が始まっていた。バケモノどもに囲まれて――――あ、魔法少年が逃げた。
侍少女とツインテ少女が戦っている。というか、あの数相手によく戦えるなぁ。
とりあえず、流れ弾とかでカメラ壊されるわけにも行かないので回収に回る。あー忙しい。
つつがなく回収も終わり、ぼえーっと観戦している。真・大統領無双3のプレイ動画でも見ている気分だな。あれは名作だった。と思ったら、何やら苦戦しだした。どうもボス戦らしい。
ピンチっぽいが、俺にはどうしようも……あろ?
「これは……」
いやいやいやいやいやいやいやいや、これは残弾が残り少ないし威力もわからないし……
と、悩んでいる間に戦況はどんどん悪化していく。
「仕方ない。使うか」
とっても危険な物質をその球体の尻に差し込み、鮮やかな緑色の光を確認する。
HMDとの接続は良好。あると知っていれば、カメラじゃなくてこれを使うべきだった。
まさか持ってきているとは思わなかった、護身用手乗りソルディオス・オービット6個パック500発増量お得パック。
コジマ物質500発分が1カートリッジ。10+1カートリッジ*6基分で66カートリッジ。予備に買った分は300カートリッジ。コジマ物質ってアホみたいに安くて強いから兵器転用できたわけだ。コジマキャノンの弾薬費は砲の修理洗浄費やENキャパシタがほとんどだって言っていたし、ネクストの修理費にコジマ物質は含まれないし。
「さぁ、行け。あれ?」
今度はガンマン少女と格闘少女の無双が始まってた。魔法少年の仲間、いや、たぶん生徒にあんなのがいた気がする。
手乗りソルディオス・オービットは緑に光って目立つ。流れ弾のようなものが飛んできたり。困った。これだけの距離があるからどうにかなっているが、近づかれるとまずい。そもそもかなり弾速は遅いし、特に気にすることもない。光より速いレールキャノンとかスナイパーキャノンとかを避ける人がざらにいたし。光に近い速度でビュンビュンカッ飛ぶ機動兵器を操る軍人もいたし。というかフレームランナーはともかくリンクスを一般人類と見るべきではないか。レイヴンでいう強化人間だし。
さっさと手乗りソルディオスを待機モードにし防コ袋に入れる。浄コキャップを取り付けリュックに放り込みスタコラサッサ。森はいい、地球が与えてくれた至高の要塞だ。こちらからは見たい放題・攻撃し放題。銃弾も重厚な樹の柵で止められる。これだけ離れていれば、今のここのような流体力学的ベストポイントに陣取れば、まず弾は当たらない。石などもなく、跳弾もあり得ない。穴を掘れば更に被弾率は下がる。今回は座るだけで充分とみた。
再び観戦と洒落こむ。
「すげー」
黄金柏葉剣付の魔王や管理局の白き魔王が生きてたころは、こんなのが常識だったんだろうか?
やれやれ、いつの時代も物騒なのは変わりないということか。
――――side M.T
依頼内容は敵の殲滅。いつも通り。
麻帆良を襲撃する連中とそう変わりはなかった。彼あるいは彼女を見つけるまでは。
樹の上でギリースーツを着て暗視ゴーグルらしきものをつけていた。顔も表情もわからない。気配も殺気もなく、魔眼でなければ見つけられなかっただろう。神楽坂明日菜と桜咲刹那の戦闘を監視しているようだった。
この時点で彼――――暫定的にこう呼ぶことにする――――は、まだ敵か味方かわからない、グレーの状態だった。が、彼が放った緑の光で敵と確信した。魔力を感じないということは、秘匿に特化したアサシン系の魔法使い。あるいは、魔道具を使う殺し屋かエージェントか。
私とクーフェイが戦闘に参加し、こっそりと何発かを彼に向けて撃った。絶対に当たる、私には確信があった。
それはあっさりと裏切られた。あまりに自然な動作で避けられた。まるで偶然のように。
もう一回。前より弾数を多く。今度はひょいひょいと避けられる。まるで銃弾が見えているかのように。
隠密行動を優先しているのか、緑の魔法を消し、森の中へ逃げ込む。その最中にも攻撃をしたが、ことごとく避けられる。彼の挙動をみるたびに、私の中で当たる確率がどんどん下がってゆく。どう撃っても当たらない。至近距離でも機関銃でも避けてしまいそうだと思い始めてしまう。
しかし彼は森の中で突然座り込み、特に何もする気配を見せない。
これはチャンスだ。森の中だからと、もう見えてないとでも思ったのだろう。
私はリロードを行い、14発全てを彼に向けて撃った。逃げられないよう、直撃コースと回避予測地点に向け、7発ずつ。12.7mmは一発でも命中すればかなりの深手となる。私は最悪でも、彼の行動不能にできると思った。
そして弾丸は――――全てが彼にかすりすらせず、あらぬ方向へ逸れていった。
背筋に冷や汗が流れる。
結界だ。しかも呪印付の弾丸にすら効果があるほどの強力なもの。そしてその強力な結界の気配すら悟らせない、空前絶後の隠匿能力。レベルが違いすぎる。彼は、サウザンドマスターに比肩する実力者だ。
もはや攻撃は無意味。しかし、彼は私に見つかって攻撃を断念した。楽観ではあるが、もはや攻撃はないと見ていいだろう。たとえ攻撃したとしても、それは無意味だ。
その予想は当たり、その姿が見えなくなるまで、彼は一切の行動を見せなかった。
今回は運がよかった。だが、次があるとは思えない。無駄かもしれないが、警戒するよう皆に伝えないと……
7.Jun.2011 ver.0.00