――――28日目
今日も朝から木漏れ日を浴び、だんだんと戻ってくる体温を感じながら思う。
「コート……」
トレンチコートは偉大である。野外で寝るときは黒体放射しないよう気をつける必要があるが、体温を保持し雨を弾き白刃を防ぎ凶弾を止めてくれる。
この旅の本来の目的は、コートを得るためではなかったか。なのになぜ俺はこんな場所にいるのだろう。機会があれば問答無用で手に入れよう。
今や寝巻代わりのギリースーツを脱ぎ、出撃準備を完了する。今日はどんなトラブルがあるのやら。
あ、食糧尽きてる。
サブジェクトは私服である。サブジェクトだけではない、生徒どもも私服である。恐ろしく尾行がやりにくくなった。森林生活はプロを自称できるが、尾行はアマチュアなのだ。服の特徴をしっかり覚えて、細心の注意を以て行動しないと。今回だって裏口から脱出されてしまったのだ。少女のかしましい声がなければ脱出にすら気付かなかっただろう。
と、さっそくゲーセンなどという混雑極まりない場所へ。裏口から脱出はあり得ないとはいえないが、可能性は少ないだろう。一応外からも観察できることだし。
……お、抜け出してきた。ツインテ少女と二人っきり、いや、昨日のおとなしそうな少女が尾行している。行く先は……駅。
降り立った場所は、神社。長い石段は遮蔽物がないが、その両脇は竹林。隠れるには微妙だが……って、走り出した!
全力で追いかける。竹林の中に入る暇はない。振り向かれたらアウトだが、その前に見失った。どれだけ足が速いんだ。まったく。とりあえず竹林に入って先を進む。この上の神社に用があるはずだから、参道に沿って竹林を進めばいずれたどり着く。はず。なのだが。
――――この竹、さっきもみたな。あの休憩所も、この竹も、あの竹も、あの竹も、この竹も。ループしているようだ。
まさか、尾行がばれて閉じ込められた?
魔法か、ぬかったわ。
どこかにループの起点と終点があるはず。見覚えのある竹の近くに、あってはならない竹があれば、そこが終点にして起点。そこを調べれば何かできる、か・も。
途中、おとなしそうな少女を見つけたが、隠れているようなので放っておいた。藪をつつく趣味はない。
そんな怪しい場所はすぐ見つかる訳で。不自然に竹の密度が薄いラインが。その細い線の上には一本の竹も生えていなかったり、苔が切られたように途切れていたり。ここだ。
竹林に仕掛けがあるとは思えず、参道に戻れば、線上に鳥居が一つ。これか。
これに何かしらの仕掛けがあるはずだが、素人の俺が見てそれがわかる訳もなく。壊すなんて恐れ多いこともできず、そもそも壊す方法がない。どうしたものかと思っていると、ガサガサと竹林から人の気配が。
「あ、あなたは!」
ワンパターンですねわかります。なんで君は俺と遭遇するとそう言うかな。もうどんだけ驚いても外見に出ないようになった。平常心が悟りの域に入ってるぞ、これ。
というか、俺の尾行に気づいていたわけではないのか。とすると、こいつらも閉じ込められている? 誰に?
完全に戦闘体制なのを考えると、嫌な予感しかしないが。
「ネギ、知ってるの?」
「はい、エヴァンジェリンさんと戦った時に助けてくれた人です。あと新幹線の中で――――」
気絶したり溺れたりしてる子供を放置できるわけがないだろうに。まったく、英雄を見るような目でみやがって。
向うでは何やら盛り上がっているようだ。妖精みたいなちっこい侍少女とか、喋るオコジョとかいるが、まあ、おかしくはない。野良AMIDAとかメタトロンに汚染された超人とかソルディオス・オービットとかアンサラーとかBETAとかアクアビット本社に比べれば、実害がないだけまし。敵意は抱かれていないようだし。
「そういえば、何をしてるんですか?」
さぁて、どうごまかすか。ここで「いや、おまえらを尾行して」なんてことを言ったら即処刑なのは確定だろう。変態ストーカーに人権はないのだ。幸い、今までの遭遇は偶然と思われていることだし、こいつらもループに閉じ込められている現状を鑑みて……
「竹林を調べていた。どうやらここがループの終点にして起点のようだ」
話題のすり替えが最良の選択肢だった。ついでに彼らにヒントを与えられるかも知れない。俺はファンタジックな能力など持たない一般人類なのだ。利用できるものを可能な限り利用しでもしなければ、こんなファンタジー世界で生き残ることなどできまい。
「ここが、ですか?」
「ちょうどこの鳥居を境界に、竹や苔が奇妙に途切れている」
「なるほど、確かに」
ミニ侍少女が実際に見てきたらしい。百聞は一見に如かず。まあ、こんな怪しい人間の言うことなど信じられないだろうから妥当かな。
『何か仕掛けてあるとすればここですぜ、兄貴』
やっぱそうなるか。解説ありがとう、おいしそうなオコジョ君。
『! なんか今寒気が……』
「来た!?」
敵なんだろうな。うん。魔法少年、なんか呪文っぽいもの詠唱してるし。もしものときの自衛のためにスコップを装備しておこう。
「え? なんでそんなもの持ってんのよ?」
「スコップを馬鹿にするな。第一次世界大戦では塹壕で最も人を殺した兵器だぞ」
こんなトンデモ連中に対しどれほどの役に立つかは知らないが。汚染があってもいいから護身用手乗りソルディオス・オービットも常備しておくべきだった。『強盗ネクストやBETAに襲われたときも安心! 自動コジマ浄化装置付! 自立飛行機能付でペットにも! 美しいコジマの光で癒し効果も! 今ならコジマ物質500発分増量!』なんて売り文句が胡散くさかったが、普通にコンビニに置いてあったし。新聞にも強盗撃破の記事が載ったし。買ったけど、確かリュックには入れてなかった。そういえばこのスコップはGA製だったな。
ときにツインテ少女よ、なぜそんな青い顔をしているのかね?
「そんなんで人叩いたら死ぬわよ!」
「叩いたくらいじゃ早々死なない。刺し殺したり、殴り倒した敵の首に当てて足を」
「もういいわよ!」
ほほう、中学生には刺激が強すぎたか。
と、ぐだぐだやっているうちに戦闘は始まっていた。一応、魔法少年からは眼を離していないが。
あ、分身みたいなの全部撃墜された。を、追撃の光の矢が命中したかな? 足が止まった……ところにサンダラ。
「ちょっと何よすごいじゃん!」
『やったぜ! さすが兄貴!』
「いえっ、まだです!」
「感電してない」
感電したときの反応。全ての筋肉が収縮する故のあの妙なポーズではなく、腕をクロスした防御体制だった。人間は電気で動く、故に電撃を食らえば自由を奪われ、それに抗う術はない。何かしらの方法で防いだのだろう。接地しないとか、実は接地したアルミ繊維の服を着てるとか、EN防御が鬼だとか、属性防御にサンダガをジャンクションしてるとか、リコの花を装備してるとか、パラサイトエナジーとか。
理由はどうだっていい、犬耳少年が水没王子並みの速度で接近中なのが問題だ。
「なかなかやるやないかチビ助!! 今のはまともに食らったらヤバかったわ」
なるほど、手数が足りなかったのか。わかりやすく言うなら、武器腕コジマの後に左背コジマ、オマケのコジマミサイルまでは避けられたものの、ダメ押しのアサルトアンプリファイヤー付アサルトアーマーをかませば終わっていたという訳か。やはり未知の相手にはオーバーキル程度がちょうどいいという教訓だな。
ツインテ少女がなにやら気合いれて啖呵切っているが、あ、避けられて回りこまれて、魔法少年にダイレクトアタック。そっからコンボ。うーむ、どうしよう。魔法少年倒されたら永久ループ脱出の術は失われるし、あの犬耳少年に皆殺しにされかねん。ツインテ少女も犬に捕獲されてるし。ん? 犬?
盛大に腹が鳴る。毛並みはいい。栄養状態がいいと思われる。首輪はない。というか敵である。では吶喊。
「いただきます。はいだらぁぁぁぁぁ!」
――――side S.S
リュックの人、おそらく麻帆良のエージェントが変な掛け声の後、いつの間にかエージェントを襲おうとしていた犬が全部消えてた。ほんの少しネギ先生の方を見ていた隙にだ。
なぜか落胆して、ネギ先生にも私たちにも離れている微妙な場所でただ立ってるエージェント。何故あの人はネギ先生を助けない!?
「ハハハハ、護衛のパートナーが戦闘不能なら西洋魔術氏なんてカスみたいなもんや! 遠距離攻撃を凌ぎ呪文唱える間をやらんかったら怖くも何ともない! どうやチビ助!」
ネギ先生がボコボコにされて殴り飛ばされて、追い打ちにかかる敵が
「How do you like me nooooow!!」
パカーンと、変にマヌケな音がした。エージェントが、スコップを敵の足元にフルスイングしてた。さっきと同じ場所で。一歩も動いていない。
「へ……?」
「契約執行0.5秒間、ネギ・スプリングフィールド」
そこからネギ先生の逆襲が始まった。
ダッシュの勢いそのままに、スコップでこけてくるくる回って空を飛ぶ敵に、ネギ先生がカウンターを叩き込み、
「白き雷!!」
視界が真っ白に染まる。
「ネギ――――!?」
視界が回復すると、そこにはうずくまる敵と、堂々と立っているネギが。
「どうだ! これがボクの力だ!」
呪文唱える隙というお膳立てはあったけど、まあ、納得できるかな。
「すごい……ネギ先生と敵の未来位置を予想して、しかも気も魔力も使わず最小限の力と動きだけで、相手の力を全て利用してカウンターに最適な位置に吹き飛ばす……ネギ先生も、あの状況から最高のタイミングで強化とカウンター、そして魔力パンチ。二人ともただものではありません」
『あのリュックのエージェントも完璧に兄貴とアイツのこと読み切ってたぜ! じゃねえとあんな綺麗なカウンター決まらねぇ! それにしても、付け焼き刃の魔力パンチを当てるために決定的な反撃チャンスをうかがうためたぁいえ、無茶するぜ』
しかしあの作戦、考えてすぐできるほど簡単ではないはず。エージェントの手助けがあったものの、10歳でこの気力と才気、一体どこから……そしてあのエージェント、外見は私とそう変わらない年齢なのに、魔力も気も感じず、動作はまるで一般人の素人にしか見えないのに、あの先読みに、一瞬のスコップによる足払いは完璧とも言える美しさを伴っていた。あの若さで一体どれほどの修羅場をくぐってきたのだろう……
――――side end
犬、狩ったら消えた。鬱。
期待は裏切られると絶望と化す。思えば魔法でできた犬だったのだろうけど、所詮は獣、関節構造は一緒で横には素早く動けない。これは狩れる、食えると思ったのに。
あの犬耳、どうしてくれよう?
「うおっ!?」
俺のすぐ横を魔法少年が飛んでいった。それを追うかのようにこっちへ突進してくる犬耳。一歩が長い、即ち地に足がついていない間は方向転換ができない。予測着地点はここ。殴っても意味はないだろうから、おもいっくそ足を払う。
「How do you like me nooooow!!」
いつぞやかの映画でみた、大統領の怒りの咆哮をあげ、スコップをフルスイング。
人間は速度が上がるほど不安定になる。高速移動体がバランスを崩せばフッ飛ぶのは当たり前、速度を維持したまま地面にキスしたり何かにぶつかったりと追加ダメージを与えることができる。
予想通りフッ飛び、を、魔法少年にカウンターくらってやんの。ざまぁ。
そこから流れるように空中コンボ、『かみなり』。これは決まった。『きゅうしょに あたった!』『こうかは ばつぐんだ!』。今度は防御できなかったようだ。電撃を食らって無事な生物は存在しないのだ。
やれやれ、やっと危険な状況を脱したかな。
『よぉっしゃ! 後はここから脱出するだけだぜ!』
そう、この鳥居をゆっくり調べてもらって、俺はまた尾行モードに移行するのだ。
「ま、待てェ!」
電撃を食らって無事な生物はいない。ならばこいつは何なのだろうか。そういえばアンブレラ事件で大暴れしたB.O.W.や、N.M.C.事件で暗躍したNo.9は高圧電流を食らっても平然と再起動したと聞くが……こいつもそんなクリーチャーと同類?
「た……ただの人間にここまでやられたんは初めてや……さっきのは……取り消すで……ネギ……スプリングフィールド」
一気に頭が冷えた。なんてこったい、怒りに任せて俺はなんてことを。完璧に眼ぇつけられちゃったよ。
しかも、第二形態。バキボキと生々しい音。あ、そんなにグロくない。
27.Jan.2011 ver.0.00