――――27日目
起きると美女はまだ寝ていた。地下にいながら日の出とともに起きる習性をこの数週間で得た俺は、一般人類より早く起きて行動する。この美女は酒に頭から突っ込んだからシャワーなり何なり身支度する時間が必要だろう。早めに起こしておこう。
「おーい、起きろー」
「……なんや」
「朝だ」
「そうか……頭いたい……」
そりゃそうだ。頭から酒樽に突っ込めばそうもなろう。
のっそりと起きだす美女に、俺は乾いた服を渡す。
「なんやこれ……」
「覚えてないか? 酒樽に突っ込んだ」
「ああ、そうなんか……え?」
やっと気づいたか。
俺は酒の残りを瓶に移す作業に移る。
「早く着てくれ。寝袋をしまいたい」
色々と不可抗力だったし、ここは全てなかったことにするのが一番である。
「昨日……」
「昨日は何もなかった。お互いの幸せのために」
そう、酔っぱらっていたからといって女性を全裸に剥いた上でその躯を拭き上げるという失態を犯している。何が眠っている間に襲わないから紳士だ。これでは俺は変態紳士じゃないか! よし、開き直ろう。あれだ、YesロリータNoタッチみたいな精神で。賢者タイムではないが、今の俺は賢者だ。心頭を滅却して煩悩の炎が涼しい。
平静を装っても内心は混乱の極み。ああ、綺麗だったな。あの裸体は芸術品だな。
「もういいか?」
「ま、まだや」
満ちた幾つかの酒瓶をリュックに詰め、残った酒を飲み干し、樽を分解しにかかる。リュックから工具を取り出し、パカンパカンとばらして、それもリュックに詰めていく。家に帰ったら組み直して水瓶にするのだ。
「もうええよ」
「ん」
ロープを回収し、寝袋をたたみリュックに詰め、出撃準備が整う。
「じゃな」
こんな美人との出会いはもったいない気もするが、こちとら自由人にしてホームレス。森での地下生活が得意な野人である。同じ自由人でも伝説の物理学者とホームレスではその意味に数百年以上前の地上とクレイドルほどの差が存在する。口説き落としたとしても戸籍も職もなのもない十代少年と付き合って、苦労以外の何ができよう。いや、苦労しかできない。
「ま、待ちぃ!」
「縁があったらまた逢えるさ」
俺に円があれば、そして職と戸籍があれば婚姻届と一緒に辱めた責任をとりに来るのだが。本当に、お互いの幸せのために。さらば、名も知らぬ美人よ。
――――side C.A
「昨日は何もなかった。お互いの幸せのために」
それは、ウチがお嬢さま狙おうとしたこと見逃すゆうんか? それとも、次はないって脅しとるんやろか?
どっちにしろ、ようわからん男……なんやろか? おそらく、西のエージェント。やけどウチを拘束せんのがおかしい。
こっちに背ぇ向けて隙だらけやし、魔力も気も感じられん。せやけど、夜にウチを酒樽に放り込んだんは間違いなくコイツや。一瞬見えた姿は普通に酒呑んどる風にしか見えんやったけど、酔っぱらいがあんな綺麗に気配消して、いや、そもそもウチの進路上におることがおかしいんや。ここ襲うんはウチと月詠はん以外誰も知らんはず。なのにここで首謀者のウチを待ち構えるなんて、どんだけ先見の明があるんや。もしかして、カエルとか落とし穴とか酒とか、ちょっかいかけすぎたんか? 音羽の滝は成功せぇへんかったけど、あ? あの酒樽、音羽の滝で使ったやつやないか! つことはコイツが?
なるほど、コイツは因果応報とでも言いたかったんやろうけど、甘いわ。この落とし前、今つけた――――
「もういいか?」
「ま、まだや」
いまのはマズかったわ。もし思いとどまらず襲ったら反撃食ろうとった。酒瓶を握りしめて、こっちが首をかっ切る前にウチの頭がザクロやった。
もう一度、と思とったら、今度はハンマー握って樽を壊しにかかりおった。だめや、完全に警戒されとる。さっきまでは瓶や、うまくすれば死にはせんかった。でも今度はハンマー。確実に殺す気や。
そうやな、せっかく今は見逃してくれはるんやから、危険冒してまでコイツ襲う意味はあらへん。
「もうええよ」
「ん」
樽の残骸やら寝袋やらをアホみたいに大きなリュックに手早く詰めて、男? は一言
「じゃな」
つってどこかに向かう。
「ま、待ちぃ!」
なんで引き止めたんか、ウチにはわからん。やけど、口が勝手に叫んどった。
「縁があったらまた逢えるさ」
男? はこっちを振り向きもせず、森の奥に消えよった。
すぐに追ったけど、一瞬で見失ったわ。あんな重いもん持って、こんな森の中で気の気配もさせずにようやるわ。
しかし……縁があればまた逢えるか。フン、次もその余裕があるとええな。
――――side end
魔法少年を必死に奈良公園まで追いかけた。死ぬかと思った。本気でリュックを捨てることを考えた。人間が車両に追いつけるはずがないのであれば、こっちも車両に乗ればいい。ただし軽車両。カギのかかってないチャリをちょっと借りる。見事にパンクしていたが、この際路面抵抗は無視する。森の脚力を舐めるな、だ。確か自転車に制限速度はなかったはず。たとえガスタービンバイクと同じ速度で走ったとしても何の問題もない。車道を走っても問題ない程度の速度で走っている。
結果、疲労の極み。そして最悪なことに隠れる場所が少ない。バスの近くでじっと観察していよう。幸い、双眼鏡もあることだし。
そういえば、あの魔法少年は何者なんだろうか。周りの生徒は中学生……に見えないが中学生らしいし、その中で10歳ほどの少年がスーツを着ている。そういえば、女子校のようだが。うーむ。何者だ、あの魔法少年。
「くそ……」
なんか巨大建造物に入りやがった。出てくるのを待つか……
を、出てきた。一緒にいたおとなしそうな子が。泣きながら。謎は深まるばかり。
時々移動しながら観察。結局あのおとなしそうな子と一緒だが……
ん? 逃げた。あれ? 何があった!? 魔法少年が倒れた!
謎は深まるばかり……
幸いにも、もう帰るようだ。まあ、当然か。魔法少年は重要人物らしいし。
目的地がホテル嵐山だから、徒歩でも問題ないだろう。さーて、チャリを元の場所に戻そうか。
また張りこみをしている。出入口は限られているから、見つからないように潜んでいればいい。
じーっと待つこと数時間。時計がないから終わりのないマラソンのような気分になるが、日が暮れれば出ることはあるまい。
を、出てきた。何しに? やたら落ち込んでいるように見えるが。
あ、猫。を轢きそうになってる車!
「っ――――!!」
反射的に飛び出す。犬は食えるが猫はダメだ。可能な限り助けなければ!
と思ったら魔法少年が車を吹き飛ばして助けた。
「よかったよガッフゥ!?」
何があった!? ちょ、もしかして車か!? 空気抵抗を無視できる質量と速度の物体が空中に投げ上げられた場合、物体にかかる力は垂直方向の重力だけであって、水平方向では等速直線運動をするわけだ。足が地についていないからブレーキもかけられない。
森に生きる人類は熊や猪と戦い勝利することはできる。しかし金属の塊である車両には勝てない。
「く……」
悲鳴を上げた手前、既に見つかっていると判断していい。下手をすれば変質者かストーカーとして国家権力に突き出されかねない。病院も却下。名簿に何かしらの記録が残るようであればアウト。全力で逃げるしかないが、この躯でどこまでできるか、それが問題だ。
――――side K.A
「よかったよガッフゥ!?」
変な声が聞こえたと思ったら、ネギ先生が吹き飛ばした車に人が跳ねられていた。
反射的に写真を撮ったけど、これってどうなるんだろ。猫助けて人殺しちゃだめでしょ。
「く……」
唖然としていたら、彼? は森に消えてしまった。
意外と元気そう……でもないか。腕が変な方向向いてたし。ネギ先生は気づいてないみたい。救急車呼ぼうにも、患者はいないし。頭を切り替えよう。
うーん、巨大リュックの不審な……男? 面白そうだけど情報が少ないし、追いかけても見つかるとは思えないし、ネギ先生の方が大スクープだ。
オコジョ喋ったり、飛んだり。うん、こっちにしよう。
――――side end
森の中で誰もいないことを確認し、脱臼した右腕を元に戻す。多少の打撲以外、他におかしなところはない。脳振盪の症状もないし、頭は反射的に護るようにしている。脳には強い衝撃はいっていない。内臓も特に問題なく動いている。破裂とかはない。奇跡だ。この巨大リュックを捨てようと思った自分が愚かしく感じる。こいつのおかげで何度も命を助けられたというのに。今回だってクッションになって、アスファルトという凶器から身を守ってくれたのだ。
とりあえず今日はもう寝よう。そう思った時。
「うわあああああぁぁぁぁぁん」
なんじゃこりゃ。魔法少年の咆哮か? ついでにどっかで竜巻みたいな暴風が荒れ狂っているようだ。
「ボク、先生やりたいのに――――」
魔法少年は、もしや教師だったのか? 色々納得だ。しかし……うるさい。
「なああああ!?」
女の子の声? って、全裸にバスタオルの少女が空を……放物線を描いている。
「チィィィッ!!」
魔法少年に関わってから厄介事ばかりだ。少女を救うのも紳士……いや、変態紳士の仕事!!
落下予測地点に向かい全力疾走。木にロープを張り、張力としなりを利用して衝撃を緩和する!
迫撃砲で精密狙撃する俺の位置把握能力を見せてやる!
「朝倉さん!」
杖で空を飛び少女の手を掴む魔法少年。いいぞ、諸悪の根源!
と思ったら、ちゅるんと手を滑らせやがった。大馬鹿野郎!!
水平方向の速度がほぼゼロ。垂直落下しているせいで、張ったロープが意味を成さない。
取れる行動はというと……
「うわっ! いててて……」
木の上から飛び上がりその質量を持って少女の落下の勢いを殺し、さらにクッションになることで怪我を防ぐ。少女を救うのは変態紳士の義務……だが、痛いものは痛い。
「あ、朝倉さん! 大丈夫ですか?」
「あはは、大丈夫」
そう、そのまま何もなかったかのようにこの少女をつれて戻ってくれ。頼むから。俺のことはいい、早く行け。これは断じて死亡フラグじゃないから。
「それよりも、大丈夫ですか?」
少女よ、おまえもか。気付くなという方が無理な注文だとは思うが、それでも気付かないでほしいと願うのはいけないことだろうか。
少女はその軽い躯を俺の背から退け、俺はもさーっと、多分擬音にすればそんな音になるだろう動きで立ち上がる。
「問題ない」
「あ、あなたは!」
「あーっ、さっき跳ねられた人!」
またか魔法少年教師。なんかワンパターンだな。
跳ねられた人って……見ていたというわけか。
「ええ!? 跳ねられたって……」
「ネギ先生の飛ばした車によ。腕が変な方向向いてたんだよ?」
「あうう、ボクはなんてことを……」
なんかどんどん大げさになっていく。
「気にするな。それより、早く行け。騒ぎになる前に」
脱臼していた右腕でしっしっと追い払う。そして、逃げる。
サーマルゴーグルでもない限り、森で逃げる俺を捕えることは不可能だ。
この緑あふれる日本にいる限り、俺の逃走能力は揺るがないのだ。
――――side K.A
助けてもらったのはいいけど、その人はさっきの跳ねられた不審者だった。たぶん、男。
さっき折れてた腕がもう普通に動かせていることから、たぶん、普通の人じゃないんだろう。ネギ先生も知っている人みたいだし、この人も魔法使い?
「ねえネギ先生、今の人は誰?」
「えっと、名前は知らないんですけど、よく助けてくれる人です。エヴァンジェリンさんが言うには、ものすごく強いとか。」
確定かな。多分、修業中のネギ先生を影からサポートする魔法使いなんだろう。
一筋縄じゃいかなそうだけど、次に会えたら話を聞いてみよう。
――――side end
12.Jan.2011 ver.0.00
12.Jan.2011 ver.0.01
14.Jan.2011 ver.0.02