――――22日目
やっと熊肉を全部薫製か干し肉にすることができた。血の匂いに釣られてきた野犬も餌食にしていたら、一匹も来なくなった。残念。
――――26日目
コートを失ってからというもの、家でかなり寒い思いをすることになった。コートを買いに行くことにした。
COAMも持っているが、この時代で使えるかどうか。企業が世界を支配していないというのに、企業保証通貨が使えるはずもない。補助通貨として旧日本銀行券が使われていた。21世紀初頭の旧日本銀行券はその偽造の難度とコスト的な問題から今でも使われている。偽造が横行した旧USドルよりは信頼できるとして、クレイドルではこれが主流だったという。恐らくこの世界でも使えるだろう。
というわけで、金はそれなりにある。移動は徒歩か電車か。ここは思い切って電車でいこう。電車ならあまり迷うはずがない。
麻帆良は日本のどこにあるかすら知らない俺は、無謀にも適当に切符を買い適当に電車に乗り適当に乗り換えて、今どこかを高速で移動している。時間と太陽の位置から察するに、西へ移動しているようだ。
尿意をもよおし、トイレに向かう。流石に盗られはしないだろうと、リュックは自由席とやらの席に放置する。何が自由なのか知らんが。
向こうの車両が騒がしい。と思ったらカエルが大量に湧いていた。ついでに魔法少年と制服の少女達も湧いていた。いやいや違う、普通に乗っていたんだろう。これは幸運だ、彼らは麻帆良の人間、地理に詳しいはず。一同についていけば元の場所に戻れる。ならばすることは一つ。姿を見られないようそこらへんの一般人類のふりをしてひたすら尾行するのみ。俺は姿を覚えられるわけには行かないのだ。行政に森を追い出され戸籍がないことを理由に国外退去とか、正直勘弁だ。
ところが世界はそううまくいくようにはなっていないようだ。とりあえず見つからないよう別の車両のトイレに行って、飛んできたうまそうな燕を反射的に捕まえたら、侍少女とエンカウントした。なんか殺意丸出しで睨んでくるのだけど。
とりあえず、下手に動揺したらやましいことがあるととらえられかねない。堂々と、そして普通を装う。
「それを、渡してください」
その代名詞が何を指すのか。燕が欲しいのか? いや、そんなまさか。文明世界で生きる学生服の少女が燕を食おうなんてあり得るはずがない。
そう思って手元を見ると、燕が手紙をくわえていた。これか。
「ん」
手紙だけ渡す。燕はその時点で首を折る。逃げられてはかなわないからだが、途端、紙切れに化けた。
もう驚かない。どうせこれも魔法なのだろう。
「桜咲さん! あ、あなたはあの時の!」
「やあ。あのあとちゃんと病院に行ったか?」
魔法少年まで来る始末。
冷静に、落ち着いて話す。下手に取り乱したら侍少女に斬られる。
「え? あ、ハイ、大丈夫でした」
「ならいい。じゃな」
すぐにその場を去る。どうにか生き延びた。だがどうしよう、尾行しづらくなったぞ。
――――side S.S
親書を奪った式神を先回りして撃破しようとしたが失敗してしまった。見事に避けられ、慌ててその後を追う。
しかし、式神は術者らしき男? にの手に渡ってしまった。
その身は隙だらけで、しかし逆に攻めがたい。どの隙を突けばいいのかわからない。あるいは、誘われているのかもしれない。私の殺気を受けて平然としているのだ、相応の実力はあるはず。
「それを、渡してください」
一応の警告をしておく。これに従わなければ、確実に敵だ。
男? は首を傾げ、式神に眼を向ける。やっと気づいたとでも言いたげな、白々しい芝居だ。と思ったが、何を思ったか男? は式神を壊し、
「ん」
親書を差し出してきた。
罠か、それとも。若干混乱しながらも、一切の敵意を感じない彼? から親書を受け取る。
「桜咲さん! あ、あなたはあの時の!」
背後からの声に驚く。こんな近づかれるまで気づかないとは。あまりにも目の前の男? が測り知れず、必要以上に警戒していたからか。
声の主はネギ先生。しかし、この男? と知り合いなのだろうか。やはり敵ではないのか?
「やあ。あのあとちゃんと病院に行ったか?」
「え? あ、ハイ、大丈夫でした」
「ならいい。じゃな」
ネギ先生の身を案じるだけで、男? はどこかへ去っていった。
「ネギ先生、彼? をご存じなのですか?」
味方なら、ネギ先生が正体を知っているはず。しかし返ってきた答えは
「エヴァンジェリンさんとの決闘で、エヴァンジェリンさんともども助けていただきました。命の恩人です」
「……魔法先生とか、応援とかではないのですか?」
「え? さぁ、それはわからないです」
余計わからない、グレーな存在ということがわかっただけだった。
――――side end
麻帆良の中を走っていると思っていた電車は、日本横断鉄道だったようだ。
「京都」の文字を見て愕然とした。乗り越し料金を払える気がしないので、巧く人の眼を盗み監視カメラの視界を避け、どうにか駅外へ脱出した。魔法少年を見失ったかと思ったが、駅前でぐずぐずしてくれていたので助かった。そのまま尾行を続ける。侍少女に忍者少女もいるからかなり警戒しないと。魔法少年も含めこの三人は俺の顔を知っている。
行先は清水寺。幾度もの戦争や汚染で消失した文化財。あの世界では再建されたとはいえオリジナルを見れるとは。感動だ。
「ここが清水寺の本堂、いわゆる清水の舞台ですね。本来は本尊の観音さまに脳や踊りを楽しんでもらう装置であり、国宝に指定されています。有名な『清水の舞台から飛び降りたつもりで……』の言葉通り、江戸時代実際に234件の飛び降り事件が記録されていますが、生存率は84%と意外に高く……」
なるほど、ためになるな。
こういったことは歴史の授業でも流す程度だったしな。そんなことよりウロボロスとか宇宙開発史とかを重点的にやっていたし。
物思いに耽っていると、連中が移動を始めた。見つからないよう尾行しないと。
「……いいところだ」
隠れていたため見れなかった景色に、一瞬見とれた。本当に、いいところだ。
そして見失いそうになるのはお約束というやつか。
階段を降りたり上ったり、木や建造物など遮蔽物が多いおかげでこっそりとついていける。
しかしなんであんなところに落とし穴が? タチ悪いな。
そういえば音羽の滝に行くとか言っていたな。先回りすれば隠れやすい。善は急げだ。
見つからないよう移動する。無敵砲台大尉の教えは充分この身の糧となっている。VRシミュレータでノーキルノーアラートを出した俺の実力を見せてやる。
Standby...ok...go!
走る必要はない。激しい動きは目につく。普通に歩けばいいのだ。
「ふー」
音羽の滝の屋根。なぜか酒樽があったので失敬する。酒は命の水である。どこかの言葉でアクアビット。汚染はされていません。
しかしどうやって運ぼうか。ロープで腕にぶら下げる方向で行くか。目立つ……
敵はホテル嵐山にあり。居場所はわかったがどこへ行くべきか。巨大なリュックと酒樽を持った俺は、不覚にも一行を見失った。あまりに目立つため、慎重になりすぎたのが原因だ。辛うじて今日の宿泊先を聞き取ることはできたが。
とりあえず通行人の片っ端から道を尋ね、どうにかたどり着くも日は暮れていた。監視に適し人通りのない場所に移動し、飯にする。干肉を食らい、ポン酒を飲む。うむ、なかなかいい酒だ。ついつい深酒をしてしまう。
ガサガサと誰かが近づいてくるが、酔った俺は警戒心が薄れている。あー人が来ちょるー、くらいにしか思ってない。
「おわっ!?」
「なんっ!?」
そのまま俺の背につまづいて、酒樽に頭からダイヴイン。
「なん、そんな呑みたかったそ?」
じたばたする綺麗な足を鑑賞する。が、だんだんと力がなくなっていく。
「焦るけぇよ。んなんじゃ、急性アル中まっしぐらぞ」
酒樽から引っ張り出す。意識はあるようだがかなり朦朧としている。呼吸は普通。回復体位にして寝かせておけば問題はないだろう。冷えるだろうから濡れた服を全部脱がして、タオルで酒を拭き、リュックの寝袋に入れてやる。服はそこらの木にロープを渡し、干していればいずれ乾く。念のため、生理食塩水のパックと点滴を用意する。
しかし美人だな。キツイ眼つきに長い黒髪。スタイルもいいし、かなりの好みだ。酔った勢いで襲ったりはしない。ヤリたい盛りの十代だが、俺は我慢のできる子。紳士でも変態紳士でも、寝ている間にとか、そんな至誠に悖ることはしないのである。
興奮したらいい感じに回ってきた。ねむ……
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