――――15日目
白いオコジョを見つけた。
まだ熊の肉は残っているが、狩りの練習だ。特に小動物は捕えにくい。
一時間ほど追いかけ、結局逃げられた。
――――17日目
森に生息する忍者の生態についてちょっとした観察日記を書けるくらいには、彼女を知ることができた。と思う。変態的に聞こえるな。
ともかく、2日テント暮らしをした後は5日ほどいなくなる。彼女がドラム缶風呂を用意している間は我が家に戻る。俺は、文明から離れている間こそ紳士であるべきだと思っている。女の子の観察は紳士のやることではない気もするが、退屈だから仕方ない。
それにしても、風呂とはうらやましい。俺は人に見つかる訳にも行かないので、狼煙となり得そうな火は使えない。真夜中に漁を兼ねて川で身を清めるのが日課だ。
いくつか掘ったセーフハウスの中で、崩落の危険のなさそうなのは4つ。森林迷彩ビニルシートは貴重なので、川原で拾った直径2mほどの平たい石で蓋をしている。家も同様に石の蓋をした。森林迷彩ビニルシートだと、人工物ゆえに剥がされる可能性もあるし、何より落とし穴になる可能性もある。
人が出入りする穴をふさいだので、空気穴と囲炉裏穴を掘った。どちらもある程度上に掘っていき、だんだんと穴を小さくしていくことで人が落ちることを防いだ。囲炉裏が使えないことに若干の絶望を覚えたが、夜なら煙も見えないだろうし、地下だから火も見えないだろうと高を括り、火を使っている間はいつでも逃げられるよう身構えておくことにした。これで川魚が食える。
――――18日目
忍者少女、侍少女の次は魔法少年だ。木の棒にまたがって空を飛んでいた。ものすごい落ち込んでいるようだ。
と思ったら木にぶつかって落ちた。まずいな、あれは最悪死んでいるかも。水場があったから、うまくすれば無傷かも。
とにかく人命救助だ。ギリースーツに着替える時間はない。だいたいの位置は把握しているから、すぐに最短経路を割り出し走る。あの忍者のようにぽんぽん跳ぶことはできないし、あれほど速くは移動できないが、地に足跡をつけずスプリンターがごとく森を走れる人類はそうそういないと自負している。
「んー?」
がさりと音がした方に眼を向けると、忍者。
「ひっ」
悲鳴の方には魔法少年。やっちまった。うぃはぶこんぷらまいす。
いや落ち着け、怪しくない程度に
「無事ならいい。少年、空を飛ぶときは常に周囲を警戒しろ。死角から何が飛んでくるかわからん」
空を飛べばちょっとした不注意で大地と熱いキスを交わすのは常識だ。エースたちは幾多ものFox4を乗り越えて、スキマニア・クグロフとなる。
敵は母なる大地や人工建造物だけではない。地を這う鋼の獣が打ち上げてくるSAMや竹槍、あるいはAAMや魔力砲撃などなど。高度9500から上では致命的な衛星兵器の攻撃があるし、衛星軌道レールガンやレーザー攻撃もあるかもしれない。今ではそれらは英雄や傭兵が叩き潰してくれた後だったが、この世界はまだ2000年くらいだろう。N.M.C.事件、桜花作戦、大陸戦争、シャドー・モセス事件、プラント占拠事件、ベルカ事変とたった十年で色々なことがあった激動の時代だったらしい。
「あ、ハイ」
「暗くなる前に帰るんだぞ」
とりあえず逃げることにする。いくら忍者少女が素早く三次元機動ができると言っても、森を知り尽くした俺を一度見失えば二度と見つけることはできないだろう。ギリースーツがあれば完璧だが、別になくとも隠れる場所はあるのだ。
今日は家でおとなしくしておこう。航空偵察と忍者が相手では分が悪い。
――――20日目
不覚。魚を獲っていたら川に流される。
最終逃走経路としていずれ調べるつもりだったので泳ぎ、遥か下流まで流される。巨大な湖にたどり着く。大きな吊橋があったり島らしき場所に巨大建造物があったり、陸には都市があったり。この湖は学園都市内にあるらしい。
既に日は暮れて星が出ていた。流されるまま流されていたら、かなり河口から離れてしまったようだ。泳ぐのが面倒だ。しばらく休憩して森に戻ろう。
と、しばらくプカプカ浮いていたら街の灯が一斉に消えた。ついでにどこかで爆音に銃声が聞こえた。すわテロリズムか、などと思っても俺には何もできない。とりあえず最も近い橋げたに向かうことにする、が、なんか騒がしいのが近づいてくる。魔法少年にメカ娘に魔法少女らしき存在。空を飛んできた。
なんか爆発している。そういえばこのころはPT事件や闇の書事件があったはず。魔法なんてのは企業が求める軍事力としては認められるものでもなかったし、素質あるものが希少だったから廃れるまでもなく流行らなかったとか。似たような戦力であるネクストはあんなにも流行ったというのに。なんかおかしい。
現実逃避はここまでにして、被害を受けないようにしないと。あ、魔法少年の木の棒が落ちてきた。回収しておこう。橋の上に上がるには陸まで泳がねばなるまい。上もおとなしくなったことだし、と思いきや、また何か光。また沈静化。これはなんだ、あれか、油断させておいてってやつか。そしてまた更に騒がしくなる。もう戦闘の音じゃない。コジマキャノンでもチャージしているのか? 何かの動力炉からエネルギーでも引いてきているのか? そんな音がする。史跡見学で見たグレートウォール動力部みたいだ。
「を?」
「やりおったな小僧……フフ……期待通りだよ、流石は奴の息子だ……」
全裸の魔法少女が浮いていた。どうやら彼女が悪役のようだ。ついでに戦闘もクライマックスのようだ。
「だがまだ決着はついていないぞ」
俺としては、もうやめてほしいのだが。おとなしく負けを認めてくれれば、俺は魔法少年に杖を渡し、そして森へ帰れるのだ。
ところがどっこい。何があったのか、魔法少女が落ちてきた。棒が俺の手を離れ飛んでいくが、橋桁にぶつかる。ついでに魔法少年まで身投げをするという、何この状況。
「なんでだァァァ!?」
どぼーんどぼーんと約二名ほど春の水泳大会にご招待。
魔法少女は気絶、魔法少年はこの低い水温にいきなり飛び込んだせいで足でも釣ったか、溺れている。
「ああもう!」
魔法少年はまだ多少の時間がある。まずは沈みゆく魔法少女を全力で回収する。いつの間にか都市に灯が戻り、そのおかげでどうにかその腕を掴むことができた。
気絶している相手は暴れないからいい。背負うようにし、コートのベルトを抜き、俺の躯と魔法少女の躯を縛る。
「二人目!」
いまだ暴れる魔法少年の背後から近づき、脇の下から手を回しその躯を掴む。
「あうあうあうあう……」
「いいか、暴れるな」
もはや混乱の極地なのだろう。魔法少年は眼を回している。幸いにして暴れる雰囲気はない。
棒が流れてきて、万が一の場合に備え浮力を得るためにそれを掴んで魔法少年のベルトに突っ込む。2lのペットボトルも掴み、中身を抜いてフロートにする。後は陸地を目指して泳ぐだけ。やれやれ。人力船野人号ってね。
最も近いであろう橋のたもとを目指す。使えるのは足と左腕だけ、バラスト付。しかし森で鍛えられた足腰はそんな状況でも速力を失うことはない。
しかし、どうしようか。魔法少女をコートで包み、魔法少年ともども簡単な診断を施したがただ意識がないだけのようだ。両方とも自発呼吸はあるし心拍数も問題ない。瞳孔反応は光源がないから心もとないが、おそらく水面で頭を叩いたりはしていないようだ。
しかたない。この姿を見られるのはなるべく避けたいが、それでも助けた責任がある。ぺしぺしと魔法少女の頬を叩く。患者が意識を取り戻し、無事動けるようになるまでが看病だ。
「おーい、起きろー」
「う……く……なんだ、貴様」
初対面の俺を誰何できるということは、判断能力に異常はないようだ。
「意識ははっきりしているな。よし、一応後で病院に行くこと。ちゃんと検査しないと、後で死んで後悔しても遅いからさ」
おそらく大丈夫であろう魔法少女を放置して、魔法少年を起こしにかかる。
「おーい、起きろー」
「ううん……エヴァンジェ……あれ?」
どうも反応が悪いな。隊長の名前を呼ぶあたり……あれ? この時代にエヴァンジェ隊長はいたっけ。
「え? どうしてあなたがここに?」
「優雅に水泳を楽しんでいたところに少年とそこの魔法少女が落ちてきた、それだけだ。まったく、もっとよく考えて行動しろ」
「え? あ、でも、杖が間に合えば……」
「杖ってこれか?」
「あ、ボクの杖! 拾ってくれたんですか?」
「見事に橋桁に引っ掛かっていたぞ、まったく。まあ、女の子を守ろうとする姿勢は嫌いではないよ。……ふむ、大丈夫そうだな。簡単に診てみたが、ちゃんと病院で診てもらえ。じゃな」
とっととこの場を去るに限る。約二名ほどの気配が近づいてくる。これ以上目撃者を増やすわけにはいかない。
湖に飛び込み河口へ戻る。潜水で50mも泳げば、たいていの人間は相手を見失う。なるべく水面を荒らさないようにそれなりの深さを泳ぎ、ゆっくり浮上し息継ぎするのがコツだ。
――――side E.A.K.M
助けられたのだろう。目覚めて至近にあった顔はズブ濡れで、険しい顔で私を見ていた。知らない顔だった。
「なんだ、貴様」
「意識ははっきりしているな。よし、一応後で病院に行くこと。ちゃんと検査しないと、後で死んで後悔しても遅いからさ」
関係者とは思えない言葉。しかしこの状況から鑑みるに一般人ではなかろう。私の隣に、これも同じくズブ濡れの坊やが寝かされていた。恐らく、この男? があの後ここまで運んできたのだろう。無謀にも私を助けようとした坊やと一緒に。あの距離を私と坊やを泳いで運ぶ、普通の人間にできることなのだろうか。私に着せられているコートも濡れていることから、こいつはこんな重装備で泳いでいたことになる。
男? は私の様子を確認すると、坊やを起こしにかかった。どうやらこいつらは知り合いらしい。
「優雅に水泳を楽しんでいたところに少年とそこの魔法少女が落ちてきた、それだけだ。まったく、もっとよく考えて行動しろ」
まったくその通りだ。いやマテ、魔法少女とはもしかして私のことか?
それ以前に、この時期に水泳など、嘘をつくにしてももっとましな嘘があろう。おそらくこいつは坊やのバックアッパーなのだろう。救助に飛び込んだというのなら、恐らくあの場所の近くにいたはずだ。一切の気配を感じなかった、そして今も一般人のように気配を偽っていることから、かなりの強者であることが伺える。実際の戦闘能力はどれほどか想像もつかん。こういった手あいは厄介だ、文字通り測り知れん。もしかしたらタカミチやジジイを上回るかも知れん。
「え? あ、でも、杖が間に合えば……」
「杖ってこれか?」
「あ、ボクの杖! 拾ってくれたんですか?」
坊やの杖まで回収するか。あの暗い、しかも水上でよくやるものだ。
「見事に橋桁に引っ掛かっていたぞ、まったく。まあ、女の子を守ろうとする姿勢は嫌いではないよ。……ふむ、大丈夫そうだな。簡単に診てみたが、ちゃんと病院で診てもらえ。じゃな」
そう言うな否や、湖に飛び込む男?。浮いてくるかと思えば、水面は静かなままだった。やはりただものではない。今度ジジイに聞いてみるか。
――――side end
11.Jan.2011 ver.0.00
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