夢は、見なかった。
目覚めてからすぐに自分の体を軽く動かしながら自己検査、特に間接部分が問題ない事を確認して柔軟体操。
足を捻ろうと折れようともこの服を着ている限り望むまま動くことが出来るのだろうが、わざわざ痛みを伴うような事は行いたくはない。
ポケットに入れた小道具を確認、最後に鏡で自分の顔に浮かんでいる表情を確認して外に出た。
食事は普通に美味い、この街だと『美食』と言う観念もあるから下手をすると前世の食事より美味かったりして侮れないのだ。
今日は腹六分目程度に調節、本来ダンジョンに挑戦するには動きやすいよう超高カロリーかつ量を少なめにするべきだが今の俺には関係ない。
昨日飲んだ薬(丸薬)は一粒だけで一日持つ程に凄まじかったが、結局は満腹感も得られず無意味な空腹感があった。
精神的にも現状的にも余裕が出来たからこそ味わえる食事、幸せをそれこそ噛み締めながら食べる。
執事服で食事所(値段はそれなり)に現れた事で少々視線を集めたが、特に気にすることも無く終わりナフキンで口元を拭った。
誰かしらに絡まれるようなお約束的イベントもないまま、幾つかの視線が俺を観察しているような気もするが無視して支払いを済ませダンジョンへと向かう。
何か得体の知れない気持ち悪いものを見るかのような視線でこちらを見る守衛をスルーし、今日は3階あたりまで昇りたいと思いつつダンジョンアタック。
入ったダンジョンの中は前回と変わる事無く、灯りがあり汚れも無く宮殿のような内装をしていた。
誰かしら入る度に内装や構造、空間さえ変わってしまうらしいダンジョンもあるらしいが挑戦する冒険者達の気が知れないね。
そんな風に別のダンジョンの事やそれに挑戦する冒険者達をディスっていたら、現れたのは昨日と同じ最弱な魔物が一体。
名前も無く『魔物』で統一されているらしいのだが、誰か分かりやすいよう名前とか考えたりしなかったのだろうか。
とりあえず暫定的にこの魔物を『のっぺる』と俺の中で名義してみたが、特に意味は無い。
魔物に対しての行動としては、前回と全く同じ行動で倒してみる。
結果、方法は同じだが比べるのが馬鹿らしいほどに余裕を持って動くことが出来た。
執事服と一緒に授けられたナイフが、予想していた通り食器にあるまじき切れ味を発揮したが油断は禁物である。
上階への階段を探しながらある程度歩いたのだが、次に現れたのは『のっぺる』が二体。
出来れば数が増えるよりも、強さを一段階上げる程度にして単体で現れて欲しかったのだが仕方がない。
横並びでのっそりと移動している二体の『のっぺる』へと向かいダッシュ、気を付けるのは非現実的な動きで移動する事。
腕を振って足を前に出すような走り方はせず、まるでゲーム画面で動くキャラクターのように前進。
体を斜めに倒し、地を蹴り飛び出すようにして、腕はナイフをポケットから取り出し逆手に持ち替える。
そして二体の『のっぺる』の間を通るために側転、ナイフを持っていない手もポケットからナイフを取り出し装備した。
側転中に体を捻り、順手と逆手に持ったナイフが『のっぺる』達の核をなぞる様に横回転。
念のために『のっぺる』達に背を向けないよう気を付けながら着地、ナイフを確認するがやはり魔物の破片は付いていない。
それでも形は大事なのでナプキンで二本のナイフを拭き、ポケットへと直し一礼。
顔を上げると、何故か宝箱があった。
驚きも猜疑の顔に出さないよう気を付けながら、宝箱を開ける。
予想では執事服の時に入っていなかった靴か手袋、もしくはもっと別な武器だと思っていたのだが入っていたのは妙に平べったい何か。
手に持ち見えやすいよう掲げ、裏表を確認。
どうみても、のっぺりした仮面である。
服装や動きはお気に召したが、美形じゃないから顔出しはNGなんですね分かります。
……神殺しを成功させたと言う話は聞いたことがないけれど、機会があれば情報を集めるとしよう。
で、仮面だけど当然装着します。
呼吸も視覚も嗅覚も阻害しない、手で触らなければ装着している事を忘れそうな程にフィットしている仮面。
相変わらず神様の作り出したアイテムに常識や物理法則が適応しない、と言うか世界の法則さえ捻じ曲げるらしいから今更なのか。
仮面越しで執事服を見たら、何故か鑑定結果が情報として認識出来てしまったんですけど明日あたりに死ぬかも知れませんね。
運のステータスがポイント消費形式だった場合、今の俺はマイナスになっている事間違いなし。
やべぇ、こんな幸運が連続で続いて許されるのだろうか。
≪舞い上がりそうになる心を落ち着ける、自分が特別な存在であり物語の主人公だと錯覚したくなる気持ちを押し殺す≫
厨二病乙、身の程を知れ凡人、他にも色々と自虐的過ぎて鬱になりそうな言葉を心の中で繰り返す。
間違えてはいけない、調子に乗ってはいけない。
美しくも可愛くもない自分がはしゃぐ姿は滑稽であり、あんなに練習した笑顔も美の神からすればなんとか許容範囲であったに過ぎない。
深呼吸、自分が落ち着いてきた事を自覚し未だ残っている宝箱に一礼。
顔を上げて宝箱が消えたいるのを確認し、何も言わずダンジョンを歩く。
初志貫徹、その言葉を心に刻み直し先へと進むのだ。
でも今日は、2階に上がれば戻っても良いはずだと自分に言い聞かせながら。
※登場人物の全員が主人公である『人生』と言う題名の物語