最前列にボガードソーズマンが二体。その後ろにボガードトルーパーとゴブリンシャーマンが一体ずつ。最後尾にボガードが五体。
蛮族達の編成は、そんなものだった。
(何で、蛮族がここに?)
ここ最近、村の近辺で蛮族の姿を見たことはない。そう言っていたジャンの話を思い出し、アルトリートは目を細める。
「で、どうする?」
「村の近くだし、放置するわけにも行かないだろう」
「道理じゃな」
レクターに答えた言葉に、ギルバールが頷いた。
蛮族達は、アルトリート達と同様、ゴーレムの足跡を気にしているらしい。
そちらに完全に意識をとられているようで、かなり近い位置にいるにも関わらず、アルトリート達に気が付く気配はなかった。
(チャンスだな)
ほぼ無警戒な有様に、アルトリートが笑う。
「シャーマンは残して。後で事情を尋くから」
「了解」
「分かった、ゴブリンの方じゃな」
レクターの指示にアルトリートとギルバールは頷いた。即座に行動を開始する。
アルトリートが先行する。隊列の背後から強襲を仕掛けた。
「―――っ!?」
遅まきながらこちらに気が付いたボガード達をすり抜けて、アルトリートは隊長格と思われるボガードトルーパーに肉薄する。
剣と盾で武装した蛮族が何事か叫び声を上げた。
その剣が振り上げられるより早く、アルトリートの双剣が閃く。
「―――ビ、ギャッ!?」
悲鳴を上げて、血が噴出す首筋を押さえる。だが、それで出血を抑えられるワケも無く、トルーパーはその場に崩れ落ちた。
「ぬうんっ!!」
背後で豪快な気勢が上がる。
同時に、骨が砕け散る音が辺りに響いた。一瞬遅れて、何か重いものが木に激突したような音。
反撃を仕掛けてきたソーズマン二体を斬り伏せて振り返れば、暴風と化したギルバールの姿が目に入った。
アルトリートの視線の先で、文字通り、くの字に折れ曲がったボガードが宙を舞う。
(……うげ)
立て続けに仲間を殺され、一対一では叶わぬと見たのだろう。
残っていた三体のボガードが、同時にギルバールへと襲い掛かった。
「むんっ!!」
だが、ギルバールは動じない。慌てることなく、戦棍を薙ぎ払う。
空気を抉りぬきながら振るわれた鈍器が、ボガードの一体を捉える。
長柄の先端に据えられた鉄球が骨を砕き、内臓を破裂させた。哀れなボガードは、口や鼻から大量の体液を撒き散らしながら吹き飛んだ。
だが、それで彼の一撃は終わらない。
凄まじい膂力で振り抜かれた戦棍は、たかが蛮族一体を血祭りにした程度では満足せず―――
「ギびゃァッ!?」
「―――ガッ!?」
残るニ体も同様の末路を辿る羽目となった。
蛮族達の目的は、この周辺で消息を絶った部隊の捜索だったらしい。
怯えるゴブリンシャーマンへの尋問の結果に、アルトリートは空を見上げた。
ため息をつく。
「つまり、ゴーレムとは無関係か」
「無関係とは限らないと思うよ。消息を絶ったという蛮族達が、未発見の遺跡を暴いた可能性だってあるし」
「そのあたりの事情は、シャーマンは知らないのか?」
「付近に遺跡があるかどうかも含めて、知らないって」
そう続けるレクターの言葉に、アルトリートは舌打ちをした。
ギルバールが口を開く。
「それで、これからどうするかの?」
「とりあえず、このシャーマンには眠ってもらうよ。まだ聞くべきことがあるしね。例えば、背後にいる組織のこととか」
レクターがゴブリンシャーマンへと視線を向ければ、蛮族の魔法使いはビクリと体を振るわせた。
「じゃあ、早いこと縛り上げて眠らせるか」
「そうだね。……って、え?」
邪悪な笑みを浮かべて縄を取り出したレクターが、唐突に動きを止めた。
その表情を神妙なものに変えて、彼は両目を閉じる。
「……ゴーレムを見つけたよ。現在地はここから北東に三時間くらいの位置。西に向かって歩いてる」
「……っ!!」
その言葉に、アルトリートとギルバールが息を呑んだ。
遊んでいる場合ではないと、ゴブリンシャーマンを速やかに縛り上げて眠らせた後、地図を広げる。
自分たちとゴーレムの現在地を確認して、レクターが頷いた。
「私たちは、このまま北に向かおう。多分、それで鉢合わせることになる」
今度は北へと折れているゴーレムの足跡。
こちらが仕掛ける直前、蛮族達が気にしていたソレを見据えながら彼は断言した。
西へと向かっていたゴーレムは、南に進路を変えたらしい。
北へと進み始めて一時間後のことだ。伝えられたゴーレムの動向はレクターの予想どおりだった。
そのことに、アルトリートは背後の相棒へと顔を向ける。
「結局、ゴーレムの進路はどういうものなんだ?」
「おそらく、短期間に同じところをグルグルと回っているんだと思う」
仮にジャンが最初にゴーレムを見つけたところをスタート地点とする。
先ずは北に向かい、ある程度進んだところで西へ、その後同じように南、東、そして再び北へ―――反時計周りの順路で動いているのだと、レクターは説明する。
「つまり、足跡が沢山あったのは……」
「周回してたからだろうね。多分、一日に三周くらいしてるんじゃないかな」
「なるほどの。じゃが、何のためにじゃ?」
「多分、中心に遺跡か何かがあるんじゃないかな。ゴーレムは哨戒活動を行っているんだと思う」
「……どっかの馬鹿が、封印でも解いたか」
「多分ね」
アルトリートのついた悪態に、レクターがため息をつく。
その馬鹿はおそらく消息を絶ったという蛮族だろう。レクターもアルトリートも確信めいたものを抱いている。
「俺は、ここで迎え撃つのがいいと思う」
今、アルトリート達がいるのは、若干開けた場所だ。木々がなく、青い空を見上げることが出来る。
傾斜もなく動き回るのに支障がないことを考えれば、真っ向勝負にこれ以上適した場所はないだろう。
「真正面から挑むの?」
「変な小細工仕掛けて裏目に出るよりは、キッチリ準備をして正面から挑んだほうが安全だと思うが」
「ここならばモールを振るのも楽じゃ。ワシは賛成じゃな」
周囲を見回したギルバールが、アルトリートの意見に賛同する。
二人がいいのなら、ここにしようとレクターも頷いた。
遭遇まで、あと一時間ほどあるらしい。三人はそのまま待機を続けることにする。
「…………」
沈黙の中、アルトリートは目を閉じて待つ。風が梢を揺らす音や、鳥の鳴き声が聞こえる。
「……お主らは、この仕事が終わったらどうするつもりじゃ?」
「うん? 当分は“水晶の欠片亭”を拠点にするつもりだけど」
「そうか。もし、お主らが良ければ、この後もワシとパーティーを組んではもらえまいか。
ワシはお主らを気に入った。出来れば、もうしばらく共に仕事をしたい」
「だ、そうだけど。アルトリート?」
直球で告げられたギルバールの言葉に、レクターが笑う。アルトリートは目を開いた。
「じゃあ、一つだけ条件」
「何じゃ?」
「アンタの過去が原因で俺たちに迷惑が掛かったとしても、勝手に消えるのはナシで」
「……約束しよう」
これからよろしく、と三人は顔を見合わせて笑った。
「ところで、ギルバールの過去って何?」
「何でもデュボール王国の騎士を数名半殺しにしたらしい」
「うわぁ……」
「ま、待たんか! それだけじゃと、何かワシが逃亡中の犯罪者みたいではないか!」
ドン引きするレクター。慌てて説明を始めるギルバール。ニヤニヤと笑うアルトリート。
負けることなど微塵も考えていない三人は、特に気負った様子も無くゴーレムがやって来るのを待つ。
上空を舞っていたクルーガーが三人の下に舞い降りる。
「そろそろだけど、準備はいい?」
「ああ」
「うむ」
肩に鴉の使い魔を乗せた魔術師の言葉に、前衛二人は頷いた。
先程から、足の裏から伝わる振動が大きくなっている。金属が擦れ合う音が聞こえるに至って、アルトリートは双剣を抜き放った。
「お出ましだな」
木々の合間から、鋼の巨人が姿を見せる。
その姿を見て、なるほどとアルトリートは頷いた。確かに巨大な騎士だ。
ユニコーンを思わせる角を具えた頭部や、少し大き目の肩当など、多分に儀礼用の要素を含んだシルエット。
鈍色の輝きを放つ鋼の装甲は見るからに頑丈そうで、少々の攻撃など事も無げに弾くだろう。
その手には、三メートル近い大きさの戦斧が握られている。
「カッコイイ」
「……まあ、それには同意するが」
レクターが呟いた言葉に、アルトリートは半眼になる。
そんなことを言っている場合かと、いつでも動けるように身構えた。
ゴーレムの動きを観察する。
(明らかに特注品だよな)
装甲が通常のものよりずっと分厚い。
そのクセ、動きは普通のゴーレムよりも遥かに滑らかだ。
アイアンゴーレムであることは間違いないが、そのスペックは別物と考えるべきだろう。
(ええと、確か弱点は……)
「“エンサイクロペディア”」
タイミング良く、レクターが賦術を発動させる。
―――弱点は純エネルギー属性。
脳裏に浮かび上がった知識に、アルトリートは眉をひそめた。
賦術の対象はレクターのハズだ。ならば、突然脳裏に浮かんだこの知識は彼の物なのだろうか。賦術の効果がイマイチ見えない。
チラリとギルバールの方へと視線を向ければ、彼は特に戸惑った様子も無くゴーレムを見上げていた。
(……これが当たり前なのか)
害があるわけではないし、まあいいかとアルトリートは頭を振った。考えるべきことは他にある。
「来るぞっ!!」
ギルバールが声を上げる。ゴーレムの動きが変わった。移動速度が、歩行から駆け足へと切り替わる。
「“イニシアティブブースト”」
突進してくるゴーレムを迎え撃つため、アルトリートは前に飛び出した。
賦術により一時的に引上げられた反応速度を以って、戦いの主導権を握らんと一気に間合いを詰める。
「“パラライズミスト”! “クラッシュファング”!」
続けて、レクターの声が響く。
瞬間、ゴーレムの動きが僅かに鈍り、また戦斧の輝きも心なしか曇ったように思えた。
(……報酬、カード代で吹き飛んでるんじゃないだろうな)
立て続けに四つの賦術を使用したレクターに、一瞬、そんな不安が脳裏を過ぎった。
アルトリートはゴーレムの左足へと取り付く。双剣を振るった。四度、火花が飛び散る。
「……硬ぇ」
装甲を斬り裂くことは出来たが、足を切断するには至らない。
剣から伝わってきた手応えに、アルトリートは顔をしかめた。
「ぬうん!!」
反対側では、ゴーレムの右足にギルバールが戦棍を叩き付けていた。
“マッスルベアー”―――特殊な呼吸法により体内のマナを活性化、一時的に筋力を引上げての一撃が巨人の体を揺るがす。
だが、さすがにボガードと同じようにはいかないらしい。鋼の巨人の体勢が揺らいだのは、ホンの一瞬だけだった。
近すぎる間合いを嫌ってか、ゴーレムが後方へと飛び退る。
思った以上に身軽な動きに、アルトリートとギルバールの反応が遅れた。
そこに、大戦斧が振るわれる。
「うおっ!?」
「むぅ!?」
二人を同時に巻き込む軌道。
ギルバールは咄嗟に身を伏せ、アルトリートは上へと跳ぶことで一撃を回避する。
薙ぎ払われた戦斧が、壮絶な音を立てて空を切った。
(おいおい)
どうやら、“薙ぎ払い”持ちのゴーレムらしい。
自分の下を通過していった風鳴りに、アルトリートは冷や汗をかいた。
(この分だと、左半身も何かあるな)
そう考え、アルトリートは視線を巨人の左腕へと移す。同時に己の失策を悟った。
「―――ちっ!!」
ゴーレムが左掌をアルトリートへと向ける。そこには、三つの宝玉が埋め込まれていた。
その一つが強い輝きを放つ。マナが溢れ出し―――何らかの、おそらくは攻性の魔法が発動した。
落下途中のアルトリートによける術など無い。
咄嗟に頭を庇うため、両手を交差する。歯を食い縛った。
「グッ―――!?」
着地の直前。叩きつけられた衝撃に、アルトリートの体が弾き飛ばされた。
物凄い勢いで視界が回る。吹っ飛びかける意識を繋ぎ止め、衝撃に逆らうことなく地面の上を転がった。
「あ、アルトリートっ!?」
「大丈夫か!?」
レクターとギルバールの声が聞こえる。
直撃を受けた時には死ぬかと思ったが、意外と大丈夫らしい。涙目になりながらも、アルトリートは身を起こした。
ペルセヴェランテのおかげだろう。若干ではあるが痛みが和らぎつつある。
魔剣に感謝しながら口を開く。
「……左腕。多分、三つほど魔法を搭載してる。一つは、今の……」
「“ショック”の魔法だね。……これは、早めに片付けないとマズイかな」
抵抗の余地なく衝撃を叩きつけてくる魔法。レクターなど、当たり所が悪ければアッサリと沈むだろう。
魔術師が表情を歪めながら、呪文を唱え、魔力を解放した。
“エネルギー・ジャベリン”
レクターの魔力によって編まれた白光の槍は、文字通り閃光となってゴーレムへと向かい―――
直撃する寸前、ゴーレムの左掌が放った光に弾かれて、その矛先を反転させた。
「なっ!?」
己の魔力に打たれ、レクターが片膝をつく。
「魔法をはね返すじゃと!?」
「……“マジック・リフレクション”」
一旦後退したギルバールの声を聞きながら、アルトリートは舌打ちをした。
痛みで声を出せないレクターに代わり、その正体を看破する。一回だけ、行使された魔法をはね返す真語魔法。
「こうなると、残る一つも見せてもらいたいものだな」
リクエストに応えたというわけではないだろうが、突如旋風が起こる。
今度は何じゃ、とギルバールが声を荒げた。
出現した風の渦は、急速にその半径を狭めていき―――最終的にゴーレムが握る戦斧へと収斂した。
「“ソニック・ウェポン”だね」
立ち上がったレクターが、ウンザリとした表情を浮かべる。
射撃、魔法防御、近接強化。他の場所にも何か仕込んでいないことを祈りながら、アルトリートはため息をついた。
「……本当にあれはゴーレムか?」
「正直、自信がなくなってきた」
レクターの返事を聞きながら、ギルバールの隣に並ぶ。
「ギルバール。あの斧を紙一重で避けたりしないように。見えない刃で引き裂かれることになる」
「心得た」
動きを止めてこちらの出方を窺うゴーレムに、二人して突撃を敢行した。
「ワシが囮となろう!」
「頼む!」
短く言葉を交わし、二人は左右に散開した。
薙ぎ払い対策として、あえてタイミングをズラしながらゴーレムとの距離を詰める。
「―――そうじゃ、来いっ!!」
ギルバールの目論見どおり、ゴーレムは先ず足の遅いドワーフを血祭りにあげるつもりらしい。
戦斧を振り上げ、ギルバールの頭へと叩きつけるように振り下ろした。
衝撃音。
(うお、すげ!!)
ドワーフの戦士は、戦斧の一撃を受け止めていた。
彼の得物―――オーガモールが巨大な戦斧を受け止めて、軋み声を上げている。
非常識極まりない光景を視界の端で捉え、アルトリートは内心で喝采を上げた。
同時に急加速。一瞬で再び左足へと肉薄すると、ゴーレムがアルトリートへと左掌をかざした。
「ハッ!! 前衛にばかり気を取られてていいのか? 木偶の坊」
“ショック”を発動させるため、輝きを強める宝玉に、アルトリートが歯を剥き出しにして笑った。
“マジック・リフレクション”の効果は、すでに失われている。
「―――“光槍”」
レクターが再度放った“エネルギー・ジャベリン”が、今度こそ、ゴーレムの左肘に突き刺さった。
圧縮されたマナの槍が分厚い装甲を貫通する。肘が完全に破壊されたことで左腕の機能が停止したのか、宝玉が輝きを失った。
「はぁっ!!」
アルトリートが鋭い息吹と共に斬撃を放つ。
“魔力撃”の青白い輝きを纏い、魔剣が二振り奔る。
左右から挟み込むように走った斬撃は、狙い過たずにゴーレムの左足を断ち斬った。
「仕上げじゃ!!」
横倒しにゴーレムが倒れる。その下敷きになるのはゴメンと、一旦距離をとったアルトリートの視界にギルバールの姿が映った。
彼は躊躇無くゴーレムの頭部へと駆け寄ると、戦棍を思い切り振り被る。
「むんっ!!」
破滅的な音を立てて、ゴーレムの頭がひしゃげた。
人間で言えば、コメカミに相当する部分を中心に大きく歪んだ頭部を見て、レクターが「ああ、勿体無い」と場違いな声を上げた。
まだ機能停止はしていないらしい。鋼の巨人が立ち上がろうともがく。
数十秒後―――アイアンゴーレムは見るも無惨なスクラップと化していた。
レクターの予想は正しかった。
ゴーレムの移動経路の中心。そこで見つけた代物を、アルトリート達は観察する。
ポッカリと口を開けている地下施設への降り口。ゴーレムが通れるだけあり、かなりの大きさだ。
「何でいままで見つからなかったんだ?」
「地上構造物がないから、近くに来ても気がつけなかったんじゃないかな」
“イリュージョン”あたりの魔法が掛かっていた可能性もあると、レクターは続けた。
「さて……では下りるかの」
「正直なところ、すげぇ嫌なんだが。仕方が無いよな」
「鬼も蛇も出てこないことを祈ろうか」
物凄く嫌そうにアルトリートが先頭に立って階段を下りる。その後ろを、レクター、ギルバールの順に続く。
長い長い階段を下りきれば、そこは大きなホールとなっていた。
なぜか、灯りも無いのにボンヤリと明るい。
「これは、凄いのう」
「何か、微妙に覚えがあるんだが……」
その光景に感嘆の声を上げるギルバールの横で、アルトリートは嫌そうに顔をしかめた。
規模は違うし、アチラの方がずっと高度な技術で作られていたと思うが、ホール内の様子に見覚えがある。
具体的に言うと、自分たちの始まりの場所。
「まあ、同じ魔法文明期の遺跡だからね。似ていて当然だと思うよ」
「むぅ」
唸るアルトリートに、レクターが苦笑する。
ホール内を探索してみれば、ホールは正方形で、四方の壁に一つずつ出入口があることが分かった。
一つは、先程アルトリート達が下りて来た外へと続く階段との接点だ。
残る三つには大きな扉が据えつけられており、開け放たれているのは一つだけだった。
「……ここを開けた結果、あのゴーレムが出てきたとか?」
「普通は、このホールに『第一の守護者』的な感じで据えられてる物だと思うんだけど」
「先に行ってみるしかあるまい」
階段の正面に位置する扉をくぐって、奥へと延びる通路に足を踏み入れる。
かなり広い。幅も高さも十メートル近い。
ホールと同様、ボンヤリとした光の中、慎重に前へと進む。
「これだけ広ければ、ゴーレムが暴れる分には何ら支障がないの」
「そうだな……と」
アルトリートは足を止めた。
「これ……は」
「侵入者の末路じゃな」
「原形ないけどね」
三人の視線の先には、大量の血痕と、ズタボロになった装備の残骸らしき何かが転がっていた。
遺体と呼べるようなものは見当たらない。もしかしたら、散らばっている残骸の中に該当するものがあるのかも知れない。
それが人族のものであるのか、蛮族のものであるのかも分からない。
それこそ、何名いたのかさえ判別不能な惨状に、アルトリートはため息をついた。
「……あのゴーレムの仕業だと思うか?」
「何ともいえない、かな」
「この有様ではの……」
哀れな探索者達の冥福を祈り、アルトリート達はもう少しだけ進むことにする。
そして、通路の終端にたどり着いた。大扉の前で足を止める。
「……レクター?」
「うん。この扉は開けられてないよ。今もちゃんと封印されてるみたいだ」
扉を調べたレクターが、二人を振り返って告げた。
やはり魔法で封じられているらしい。
「多分、あのゴーレムはこの扉を守っていたんじゃないかな」
「そして、この扉のところまで来た侵入者を叩き潰したと……」
あの惨状を作り出した守護者の存在が見当たらない以上、それしかないだろう。レクターの推測に、アルトリートは頷いた。
「じゃが、それでは何故ゴーレムは外に出る必要があったのじゃ?
ここの門番が、施設周辺の哨戒を行うというのは酷く不自然に思うが」
「確かにそうだな」
「うん。おかしいよね」
ギルバールの疑問に、アルトリートとレクターは首を傾げる。
三人でしばらく考えるが、答えは出ない。
「……とりあえず、通路の入り口の扉を封鎖して、後は国に報告するってことでどうだ?」
正直な話、あんな「ゴーレムのようなナニカ」が護っている遺跡を攻略する余力は無い。
そう続けたアルトリートの意見に、異論を唱える者はいなかった。
―――店内は、陽気な笑い声や食欲を誘う料理の匂いで満たされている。
“水晶の欠片亭”―――その一角に、冒険者三人組の姿があった。
他の客達と同様、笑顔を浮かべている彼等のテーブルには、鳥肉の揚げ物や豚の腸詰め、蒸かしたジャガイモやサラダなどが山盛りになって並べられている。
それらを前にして、彼等は各々のジョッキを掲げた。
「それでは、はじめての依頼達成に―――」
『乾杯!!』
アルトリートの音頭で、祝杯を挙げる。
「…………くぅっ!! これぞ、冒険者の醍醐味じゃなっ!!」
「確かに」
一息でジョッキの中身―――エールを飲み干して、ギルバールが上機嫌に笑った。
その一言に頷きながら、アルトリートはおかわりを注文し、大皿に盛られた料理を取り分ける。
ゴーシャの村での一件から四日。
彼等は無事、“水晶の欠片亭”へと帰還していた。
何ゆえ四日も掛かったのかと言えば、他にゴーレムがいないか森を探索したり、捕らえたゴブリンシャーマンを官憲に引き渡したりしていたせいだ。
ちなみに、発見した遺跡については、リッタを通じて神殿へと報告している。
その内、調査隊が組まれることになるだろうと、彼女は言っていた。
「何にせよ、全員無事でよかった」
レクターが上機嫌でジョッキに口をつける。
その言葉に、ギルバールがニカリと笑った。
「お主らがおらなんだら、ワシは今頃死んでおるの」
「それは、お互い様だと思うよ」
「つまり、今回の成功は三人でパーティーを組んでいたがゆえの結果ってことだな」
顔を見合わせて、笑い声を上げる。
「お、やってるね。あんた達、正式にパーティーを組むことになったんだって?」
「リッタさん」
振り返れば、ジョッキを複数持った女将が立っていた。
テーブルの上にそれらを置きながら、彼女もまた上機嫌に笑う。
「これからもこの店を贔屓にしてくれるとありがたいねぇ」
「勿論ですよ」
リッタの言葉に、レクターが即答する。
少なくとも、彼がいる限り他の店を拠点にすることはないだろう。
「ありがと。よし、それじゃあ、お祝いにアタシが料理を作ってあげようか?」
「是非お願いします!」
「ほぅ! 女将の手料理か、それは楽しみじゃな」
「え? いや、ちょっと」
リッタが満面の笑みで告げた言葉に、レクターが再び即答した。
楽しげに笑うギルバールの横で、アルトリート一人が表情を引きつらせる。
「それじゃあ、ちょっと待っておくれ」
「はい!」
「うむ。楽しみにしておるぞ」
「…………」
ウキウキとした様子で厨房へと向かう女将の背中を、アルトリートは何も言えずに見送った。
レクターへと視線を向ければ、彼は胸を張って口を開いた。
「女性の手料理を断るとか、私にできるわけないだろ」
「……そうか」
頷くと、アルトリートはジョッキの中身を一息に飲み干した。
リッタ・ハルモニア。
彼女は、その独特の味覚センスによって“味覚の冒険者”なる異名を与えられている。
「ああ。相手にとって不足は無い」
今宵―――彼等は新たなる冒険に挑むことになる。