<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

チラシの裏SS投稿掲示板


[広告]


No.25239の一覧
[0] 【習作】誤植の冒険譚(ソードワールド2.0)[ころりんちょ](2015/12/27 06:20)
[1] #0 “絶望の檻”(上)[ころりんちょ](2011/08/20 15:12)
[2] #1-1 “湧き水の村”(上)[ころりんちょ](2011/01/16 20:10)
[3] #1-2 “湧き水の村”(下)[ころりんちょ](2011/08/20 15:17)
[4] #2-1 “ルーフェリアの玄関口”(上)[ころりんちょ](2011/01/16 20:26)
[5] #2-2 “ルーフェリアの玄関口”(下)[ころりんちょ](2011/01/16 20:35)
[6] #3-1 “はじめての依頼”(上)[ころりんちょ](2011/01/30 18:56)
[7] #3-2 “はじめての依頼”(下)[ころりんちょ](2011/01/30 19:15)
[8] #4-1 “駆け出し”(上)[ころりんちょ](2011/01/30 20:59)
[9] #4-2 “駆け出し”(下)[ころりんちょ](2011/01/30 21:05)
[10] #5-1 “弾丸侍女”(上)[ころりんちょ](2011/08/20 15:25)
[11] #5-2 “弾丸侍女”(下)[ころりんちょ](2011/02/06 07:42)
[12] #6-1 “開幕前夜”(上)[ころりんちょ](2011/02/15 14:18)
[13] #6-2 “開幕前夜”(下)[ころりんちょ](2011/08/20 15:35)
[14] #7-1 “Aspect of ... ”(上)[ころりんちょ](2011/08/20 15:40)
[15] #7-2 “Aspect of ... ”(中)[ころりんちょ](2011/08/20 15:51)
[16] #7-3 “Aspect of ... ”(下)[ころりんちょ](2011/08/20 15:51)
[17] 幕間 “祭りの夜”[ころりんちょ](2013/03/04 02:14)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[25239] 幕間 “祭りの夜”
Name: ころりんちょ◆a22df586 ID:f6675878 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/03/04 02:14
 
 日が沈み、夜の闇に包まれたカナリスの都。
 時刻は、十九時を少し回ったあたり。日が暮れるのが随分と早くなった近頃では、そろそろ通りから人影が途絶え始める頃合だ。

 だが、今日はいつもと様子が異なっている。

 建物や街路樹の間に縄が張り巡らされ、そこに無数の照明具が吊るされている。
 それらが生む暖かな光に照らされた通りには、幾つもの露店が軒を連ねていた。
 甘い焼き菓子の香りに、肉の焦げる香ばしい匂い。そこら中で食欲を誘う匂いが漂う中、売り子達の小気味良い声が響き渡る。
 広場では大道芸人の技に喝采が上がり、酔っ払いが音のハズレた歌声を披露してブーイングを浴びている。
 客引きのために呪歌―――“キュアリオスティ”や“チャーミング”を使ったのがバレて、吟遊詩人が警備にこっ酷く叱られているのはご愛嬌。

 人影が途絶えるなどトンでもない。
 これからが本番とばかりに、際限なくその数が増えていく。

 溢れんばかりの活気を呑みこんで、秋の終わりを告げる夜は賑やかに更けていく。
 これより始まるのは年に一度の無礼講―――十日をかけて秋の収穫を祝う“水神祭”だ。 


「盛況じゃな」
「日が暮れた後のカナリスで、これだけ人が多いのは初めて見た気がするな」
「今年は中止も検討されてたけど、むしろ例年以上に凄いことになってるね」
「中止?」
「うん。今の状況で祭りなど開いている場合だろうか、って」
「…………」

 ルネの言葉に、アルトリートは僅かに目を細める。
 先の大侵攻からひと月半ほど。
 国内の混乱は概ね沈静化し、破壊された街や村の復旧も徐々に進みつつある。
 だが、完全復旧がいつ頃になるかの見通しは立っておらず、未だ多くの避難民がカナリスに残っているのが実情だ。
 もうすぐ冬が訪れることもあり、不安を抱えたまま日々を過ごしている者は決して少なくない。

「まぁ、まだ避難生活を送っている人も多いしな」
「うん。でも、大司教が『だからこそ』って開催を決めたらしいよ」
「だからこそ」

 繰り返しながら、アルトリートは周りを歩く人々の様子を窺う。

 買って貰った焼き菓子を頬張る幼子。
 手を繋ぎ、顔を寄せ合って言葉を交わす年若い男女。
 肩を組んで陽気な歌を披露する酔っ払い。
 皆一様に笑顔を浮かべ、祭りの喧騒に溶け込んでいる。そうした者達の中には、避難民の姿もきっとあるハズだ。

「……なるほど」
「さて、それじゃボク達もパーッと遊ぼっか!! ほら、行くよ~」
「こら、待たんかっ! 勝手に動き回っては、はぐれてしまうじゃろッ」

 軽く手を打ち鳴らし、ルネが露店の一つに向かって駆け出した。その後をギルバールが慌てた様子で追いかける。
 当然のことながら、二人とも普段の武装した姿ではない。
 ルネは流行らしい薄紅色の民族衣装で身を飾っているし、ギルバールはゆったりとした濃紺の平服を身に纏っている。
 かくいうアルトリートも最近になって仕立ててもらった白灰色の民族衣装を身に着けており、普段とは印象が随分異なる。
 もっとも、腰の帯には双剣を差しているし、左の袖口から覗く腕輪は魔法の発動体だ。履いているブーツもいつもの通りと、二人と違ってしっかりと武装しているのだが。

「あははははっ!! ほら早くっ!」
「じゃから、少し待てと言うに」
「……娘に振り回されるお父さんだな」

 長い金髪を揺らして笑うルネと、それに翻弄されるギルバール。その姿から連想した言葉にアルトリートは苦笑を浮かべる。
 小さく頭を振って、二人の後を追いかけようと足を踏み出し―――直後、唐突に湧き上がった大きな歓声に思わず動きを止めた。

「何だ?」

 目を丸くしながら周囲を見回す。
 今は大量の屋台が軒を連ねているとはいえ、元々は大きな建物のない閑散とした通りだ。歓声の出所を特定するのはそれほど難しくない。
 アルトリートは声の聞こえてくる方向へと視線を向け、わずかに眉をひそめる。
 
「あっちは、確か……」
「ザイア神殿だよ。武闘大会が始まったみたいだね」
「……武闘大会?」

 動きを止めているアルトリートに気が付いて戻ってきたのか、いつの間にかルネがすぐ傍らに立っている。
 少し遅れてギルバールが合流したのを確認し、彼女は一つ頷いて解説を続けた。

「そう。日ごろの鍛錬の成果を見せるって意味もあって、ザイア神殿が主催してるの。参加は自由だから、誰でも出場できるよ」
「ほぅ。知っておれば、ワシも参加したのじゃが」
「そっか。ゴメン、事前に教えておけば良かったね。ちなみにルールは何でもあり、もちろん相手の人を殺しちゃったりとかはダメだけど」
「……流れ弾とかどうするんだ?」

 銃や射撃系の魔法の使用が許されるのなら、外れた攻撃が観客に当たったりするのではないか。
 そう考えて首を傾げるアルトリートに、ルネは笑いながら首を振った。
 近づいてみれば分かるとの答えに、何となく興味を惹かれてザイア神殿へと向かうことにする。

 そして―――

「なるほど。これなら流れ弾の心配はいらぬのぅ」
「……こんなところで何やってるんだ、あの人」
「年に一度の楽しみなんだから、大目に見てあげて」

 ルネが苦笑を浮かべる。
 会場は、特設リング及び参加選手達の待機場所と、その周囲を囲む観客席の二つの区画で構成されていた。
 それらを分かつのは、透明な壁だ。触ってみれば分かるが、氷で出来ている。
 かつて見た氷の天蓋を小さくしたようなドームと、その向こう側で選手代表として挨拶を行っている人物を目にして、アルトリートは半眼になった。

「出場せんで正解じゃったかもしれんな。いや、こういう機会でないと挑戦できぬことを考えると……」

 世界最硬を誇る希少金属―――マナタイト合金の鎧とヒーターシールドで身を固め、背に負うのはフランベルジュ。
 大人げとか、自重とか、そういう言葉が欠片も見当たらない完全武装の彼は、とてもとても楽しそうな様子で黄色い歓声に手を振って応えている。 
 その様子を目にして、ギルバールが複雑な表情で唸り声を上げた。

「ちなみに、決勝の後に飛び入りで優勝者に挑戦する機会があるから、何だったら挑んでみたら?」
「ううむ。装備を取りに戻ろうかの」
「俺はパスだな」

 どうも本気で考えているらしきギルバールの隣で、アルトリートは即座に首を横に振った。
 対照的な二人の反応にルネが楽しげに笑う。ちなみに、決勝は二十二時の予定らしい。
 と、周囲の歓声が一際大きくなった。

「む、どうやら始まるようじゃな」

 選手の名前を高らかに告げる司会の声に応えて、盾と剣を組み合わせた紋章―――“騎士神”ザイアの聖印を盾に印した戦士が、特設リングへと足を踏み入れる。
 対するのは、先程まで挨拶を行っていた人物。つまり、前大会チャンピオンにして今大会『一般枠』参加のバトエルデン・エラーだ。
『シード枠』を蹴飛ばしての出場という司会の紹介に、「自重しろッ」と誰かの野次が飛び、ドッと笑い声が上がった。

「そう言えば“アイスドーム”で閉鎖されてるのに、何で声が届くんだ?」
「マギテック協会、脅威の技術力がどうとかって前に聞いたけど」
「……左様か」

 深く考えては駄目らしい。
 何となく疲れを覚えながら、アルトリートは自重しない大司教の試合へと視線を向けた。


◆ ◆ ◆


 煌びやかな明かりの下、仮面で顔を隠した男女が穏やかに談笑している。
 ホールを包み込むのは、楽師の奏でる音楽を打ち消さない程度のざわめき。
 賑やかな外の喧騒とは異なった、品のある落ち着いた空気が辺りを漂っている。

(もっとも、会話の内容は下品極まりないけどね)

 紳士淑女を気取る者たちの姿を冷めた目で眺めながら、レクターは手にしていたグラスに口をつけた。
 漏れ聞こえてくる会話はどれも自慢ばかりだ。あるいは、己の自慢へと繋げるための称賛といったところか。
 それも当然といえば当然なのだろう。
 この集まりは、己のコレクションを自慢する場であり、同時にさらなるコレクションを手に入れるためのものなのだから。

「あら。浮かない顔をされていらっしゃいますね」
「いや。こういう場は初めてで緊張しているんですよ」

 傍らから掛けられた声にレクターは肩をすくめながら応える。
 視線を向ければ、そこには美しい金髪を結い上げ、値の張りそうなドレスに身を包んだ妙齢の女性が立っていた。
 レクターをこの場へと誘ったご婦人である。名前はエルシアというらしい。本名かは怪しいところだが。
 エルシアがくすりと笑った。

「気楽になさってくださいな」
「ははは。そうは言ってもね」
「レクター様が気後れされるような格式の高い集まりではありませんから」
「……欲望丸出しが過ぎて、単に呆れられているだけでしょう」

 エルシアとは逆側から声が割り込んでくる。
 視線を向けるまでもなく声の主は分かっている。レクターに同行してこの場に来たイーリスだ。
 もっとも服装は普段のメイド服ではなく、この場のゲストの一人に相応しい落ち着いた色調のドレスであったが。
 冷たい声で彼女は続けた。

「もっとも、格式の高い集まりではない、というのは確かでしょうが」
「あら、単に言葉の裏を考える必要がない、という意味であって、欲望丸出しであるから格式が低いというワケではありませんわよ」
「なるほど。人の裏をかくことばかり考えている方の言葉は違いますね」

 エルシアが穏やかに笑い、イーリスが冷たく微笑む。
 両手の花から迸る稲妻を幻視して、レクターは小さく苦笑いを浮かべた。

(まぁ、仕方がないか)

 エルシアの正体を考えれば、イーリスが警戒するのも無理はない。
 これでも随分とマシになったのだ。これくらいは甘受しよう。そんなことを考えながら、レクターは小さくため息をついた。
 

 
 ―――祭りの夜、一人寂しげに佇んでいる女性がいたらどうするか。
 アルトリートならば、気にも止めないだろう。その女性がよほどに思い詰めた様子だった、といった状況でない限り。
 レクターならば。

『やぁ、こんばんは。よかったら、その辺りでお茶でも如何ですか?』

 にこやかに笑いかけながら、声をかける。
 もっとも、相応の警戒心を持っているのなら、いきなりそんな風に声をかけられて、ホイホイと付いてくることはないだろう。
 レクターとしても、軽い挨拶程度のつもりでしかなく、了承されるなど全く考えていなかった。
 ゆえに。

『はい。私なんかでよろしければ』

 そんな風にアッサリと頷かれ、若干浮き足立ったのも仕方のないことだろう。多分。
 とはいえ、近くのオープンカフェの席につくまで名前さえ聞いていなかった事は、ぐうの音も出ない程の大失態だ。

(やれやれ、何というか調子が狂ってるね)

 エルシアと名乗った女性は、レクターの向かいの席に座り、香茶の入ったカップに口を付けている。
 その上品な仕草を見るまでもなく、唐突に話しかけてきた男に付いてくるようなタイプには全く見えない。
 訝しがる内心が外に出ていたのだろうか。エルシアは、レクターの視線の先で小さく首を傾げてみせた。

「あの、何か?」
「ああ、いえ。席が空いていて良かったな、と。
 誘っておきながら、行くアテがないという恥ずかしい事態にならなくて良かったと、胸をなで下ろしていた所ですよ」
「まぁ」

 誤魔化すように軽くおどけてみせるレクターに、エルシアは口元に手を当ててクスクスと笑って応えた。
 そのまま彼女は軽く周囲を見回して、小さく頷く。

「でも確かに。たまたま席が空いたところだったなんて、とても幸運でしたね」
「本当に」

 祭りの夜である。店はどこも満席の状態だ。
 この店もレクター達がやってくるのと同時に席が空いたとのことであり、本当に幸運だったと言えるだろう。
 内心冷や汗ものだったと、レクターは香茶に口を付けてため息を隠す。

「ところで、お一人でどうされたのですか? あなた程に綺麗な方なら、一緒に祭り見物をする相手がいないということもないでしょうに」
「そんな。私、こういう所は初めてで……どうすれば良いのか分からなくて」

 箱入り娘がちょっと冒険してみたけれど、結局勝手が分からずに途方に暮れていた。
 そんな感じだろうかと、彼女の言葉からレクターはアタリを付ける。
 なら、ここはオーソドックスに色々と露店を冷やかしながら、催し物を回ってみるのが良いだろう。
 カナリスの地図を脳裏に描き、予め収集していた祭りのイベント情報と照らし合わせながら、レクターは口を開いた。

「なるほど。では、一緒に色々と見て回り―――」
「――それはお止めになられたほうが良いかと」
「え?」

 唐突に割り込んできた声。
 それがよく知っているものであることに気がついて、レクターは背後へと視線を向ける。
 そこには、メイド服に身を包んだ一人の女性が佇んでいた。買い物でもしていたらしく、その手には紙袋が一つ抱えられている。

「イーリス?」
「はい。ご歓談中、大変申し訳ございません。ですが、相手が相手でしたので」

 差し出がましいとは思ったのですが。そう続けたイーリスの言葉にレクターは首を傾げる。
 エルシアへと視線を戻せば、彼女は穏やかな笑みを浮かべたままこちらを見つめていた。

「相手?」
「はい。 ……“水底の月”の大幹部が、こんなところで何をしているのですか?」
「無粋なことをされますのね」

 霜の降りたイーリスの視線を受けながら、エルシアは笑みを崩すことなくゆっくりと香茶を口に含んだ。
 その反応を見て、レクターは自分が何やら色々と見誤っていたことに気がつく。
 仮にも一流の使い手であるイーリスから殺気を向けられて、平然としているような者が単なるお嬢様なワケがない。

(箱入りなんてトンでもない。これは―――)

「あなたが相手でなければ、こんな真似はいたしません。何を企んでいるのですか?」
「企んでいる、なんて。私は、単に新進気鋭の冒険者であるレクター様とお話がしたいと思っただけですわ。
 確かに何も知らぬ娘の振りはしましたが、まさかギルドの幹部などと名乗るワケにもいかないでしょう」
「……単に話をするためだけに、店を一つ丸ごと押さえたと? ずいぶんと暇なのですね」
「丸ごと押さえる?」

 レクターが首を傾げれば、ここの客は全て彼女の部下ですとイーリスが答えた。
 その言葉に思わず周囲の客の様子を見回す。

「本当に?」
「はい。そうでしょう?」
「……本当に無粋なこと。ええ、その通りですわ、レクター様。この店は、私が手配して押さえさせていただきました」

 偶然この店に来たハズなのだが、どうやら知らず誘導されていたらしい。
 考えてみれば、エルシアほどの美女が一人寂しく佇んでいる、という状況自体がおかしいのだ。
 つまり、仕込みは自分が声を掛ける前から始まっていたということなのだろう。

「なぜそんなことを……」
「落ち着いてお話ができる場所を確保するためです。邪魔が入ってしまって、あまり意味がありませんでしたが」
「いや、そうではなくて―――」
「先の大侵攻の英雄。星槌の魔術師。
 その貴方と話をしようと思うのです、これくらいの仕込みをする価値はあると思いますが」
「…………」
「レクター様。“水底の月”というのは、ルーフェリア王国の裏社会を取り仕切るギルドの一つです」

 その情報網を考えれば、先の事件の詳細を知らぬハズはない。そう続けられたイーリスの言葉に、レクターは小さくため息をついた。
 エルシアが、小さく居住いを正す。そして、静かに頭を下げた。

「ご不快な思いをさせてしまった事は謝ります。ですが、もう少しだけ私の話にお付き合い頂けないでしょうか」
「女性に騙されるのは、それはそれで楽しいので別に構わないけれど―――」
「……レクター様」

 イーリスの冷たい声にレクターは軽く手を振って笑う。

「その感じからすると単に世間話がしたい、というワケではないんだろうね。きっと」
「はい。と言っても、他愛のない話をしてみたいというのも事実なのですが」

 エルシアは「本当ですよ」といたずらっぽく笑った後、すぐに笑みを消した。
 真っ直ぐにレクターを見つめながら言葉を続ける。

「仕事を依頼したいのです」

 内容は、今日の二十時より開催予定となっているオークション。
 その主催を行なっている者たちの掃討を手伝ってもらいたい。彼女はそう言って言葉を切った。



 レクターが彼女の言葉に頷いた理由は二つある。
 ひとつは、言うまでもなく『女性の頼みである』からだが、もう一つはもう少し打算的な考えからだ。

(盗賊ギルド―――裏社会の住人とのつながりも欲しかったところだし。ここで貸しを作っておくのも悪くない)

 情報源は多ければ多いほどよい。無論、踊らされることのないようにする必要はあるが。
 そこまで考えて、レクターは横目でエルシアの方を窺った。
 彼女は、一見すると邪気のない―――優しげな微笑みを浮かべている。

(いや、怖いね)

 注意していても、踊らされるかも知れない。しかも、そのことに自覚すらできないまま。
 若干の寒気と高揚を同時に覚えながら、エルシアの横顔を見つめる。

「レクター様?」
「ああ、いや。それにしても、随分と警備が薄い気がするけれど」

 小首を傾げたエルシアに、何でもないと手を振ってレクターは話題を変える。
 その言葉のとおり、ホール内には警備の者らしき姿は見当たらない。
 入り口で受けた手荷物検査にしても、武器こそ持ち込めなかったが、イーリスの収納ブレスレットやレクターのマナリング等は特に何も言われることなくスルーされていた。

「魔法の品を見逃していたら、武器の持ち込みを警戒する意味はないような……」
「“マナサーチ”を別室で使用して、魔法の品を持ち込んでいないか確認している可能性はありますが……」
「担当者はこちらの手の者ですので、私たちが咎められることはないでしょう」

 エルシアの言葉を予想していたのか、イーリスは特に表情を変えることはしなかった。
「そうでしょうね」と当然のように頷く彼女の反応を見ながら、レクターは内心乾いた笑いを上げる。

「もっとも“マナサーチ”込みで考えても警備が甘いのは確かです。ですが、それは何が起こっても鎮圧できるという自信の顕れなのでしょう」
「なるほど」

 ここで取り扱っている『商品』を考えれば、妥当な考えではあるのだろう。
 レクターはエルシアの言葉に頷きを返す。
 と。ホールの奥の扉が開き、入ってきた男が恭しい仕草で一礼した。

「お集まり頂きました紳士淑女の皆様―――!」
 
 よく通る声がホール内へと響きわたる。
 その声を受けて、ざわついていたホール内が静まる。爆発寸前の熱を内包した沈黙が広まった。
 期待の篭められた視線を一身に受けて、男が言葉を続ける。

「お時間となりました! これより、奥の会場へとお進みください!」

 先ほどまでを大きく上回るざわつきがホール内を満たす。
 案内の者たちの誘導を受けながら、仮面で素性を隠した男女が奥の部屋へと進み始めた。


◆ ◆ ◆


 無数に備え付けられた照明具や魔法の光によって、煌びやかな夜を演出するカナリスの都。
 だが、さすがに街の隅々までというワケにはいかないらしい。
 先を進むルネとギルバールの背を追いながら、アルトリートは小さくため息をついた。

「……何もこんなところを通らなくても良いだろうに」

 大通りと大通りの間を走る細い路地。
 照明の類は全くなく、辺りは完全に闇に覆われている。周囲の建物が音を遮断しているのか、祭りの喧騒もどこか遠い。
 当然のことながら人の気配はなく、代わりに怪物の影を闇に見てしまいそうな、そんな昏い小路。

(“オウルビジョン”のおかげで視界は効くが……)
 
 だからといって、進んで通りたいと思える道ではない。
 最近になって習得した練技の効果により、金色の光を帯びた瞳で周囲を見回しながら、アルトリートはもう一度ため息ををついた。
 
「早くしないとパレードに間に合わなくなるよ!」
「ああ。分かってる」

 先を歩いているルネの言葉に、小さく肩を竦めて歩みを速くする。
 ほどなくして追いついた彼女に、半ば呆れの混じった視線を向けながら口を開いた。

「もうちょっとマシな道はないのか?」
「明るいところはどうしても人混みが凄いから」
「それを避けて進むには、こうした裏路地を通るしかない、か。確かに道理じゃが……」

 ギルバールが苦笑いを浮かべ言葉を切る。
 その先に続く言葉はアルトリートのものと同じ内容になるのだろう。

“水神祭”初日。最初の夜に行われるイベントの一つに、仮装行列の行進がある。
 カナリスにまつわる伝説や過去の著名人などを模した仮装を身にまとった一団が、旧水路地区一帯を練り歩くというものだ。
 初日の夜の目玉イベントと言えるソレを見物するため、アルトリート達は穴場スポットを目指して移動を続けているのだが……

『何となくやっかいごとに遭遇しそうだ』

 アルトリートとギルバールが抱いている危惧は、同じものだろう。
 不用意に足を踏み入れた愚か者を待ち受けるにせよ、哀れな獲物を引きずり込むにせよ、こうした人気のない路地は絶好の場所と言える。
 万が一そうした連中に遭遇するようなことがあれば、せっかくの祭り見物が台無しになる。
 それはそれで将来の禍根を断てるため良いことではあるのだが、できれば祭りの夜くらい平和に過ごしたいというのが、正直なところだった。

 ―――だが。

「……ん?」

 いくつか角を曲がり、そろそろこの細い路地を抜けるだろうかといったところで、アルトリートは足を止めた。
 角の向こう側から、言い争う声らしきものが聞こえてきたからだ。

「―――っ!?」
「―――――ッ!」

 穏やかでない様子に、近くの二人と思わず顔を見合わせる。
 直後、獣の咆哮があたりに響き渡った。強烈な殺意を孕んだソレを耳にして、アルトリート達は弾かれるようにその場を駆け出す。
 アルトリート、ルネ、ギルバールの順に角を曲がり――――

「っ!?」

 そこで繰り広げられていた光景に、小さく息を呑んだ。

 最初に目に入ったのは、ぐったりとした様子で倒れている幼い子供とそれを庇うように立っている神官の背中だ。
 次いで、牙を剥いて、彼等に襲いかかろうとしている大型の獣。それが五体。
 
(マズイっ!!)

 神官は、襲いかかってくる獣に対して、手にしていたメイスを構えてはいる。
 だが、壁さえも足場にして疾走する獣の動きに対応できていない。しかも、よく見れば既に負傷している。
 一、二体程度ならばともかく、五体相手では何十秒と保たないだろう。
 割って入るため、アルトリートは狭い路地を矢のように疾駆した。

「ハ―――ッ!!」

 神官の頭上を飛び越えながら、長剣を一閃。中空で獣を斬り捨てた後、壁面を蹴って体の進行方向をねじ曲げる。
 軽業師も真っ青な動きを見せながら、さらに別の一体を叩き斬って神官の傍らへと着地。
 突然の闖入者に驚いたのか、大きく距離を取った残る三体を見据えながら、アルトリートは軽く剣を振って血を払った。
 と。

「――なっ!?」

 焦ったような声が路地の奥―――獣たちよりも更に向こう側から上がる。
 視線を向ければ、二つの人影を捉えることができた。

 ヒラヒラとした飾りをふんだんに施された衣装。それを身にまとう洋梨型の体。
 デップリとした体に比べて手足は妙に細く、頭はボサボサの髪で鳥の巣のような有様となっている。
 顔にはデカデカと珍妙な化粧が施されていた。
 道化師。
 そんな珍妙な格好をした彼等が、ここで何をしているのか。
 考えるまでもない。

「…………っ!!」

 二人組の反応は、とてつもなく早かった。
 即座に踵を返して走り出す。つまり、その場に獣を残して逃げ出したのだ。

「はぁ?」

 遁走のお手本とでも言うかのような彼等の動きに、アルトリートは一瞬呆気に取られた。その結果、再び襲いかかってきた獣への対応が遅れる。

「くっ!?」

 身を躱しながら剣を振るが、寸でのところで届かない。
 距離を取った獣の姿を見据え、舌打ちをする。
 漆黒の毛並と、闇の中で赤く輝く瞳を備えた四足の獣。知識のない者ならば、大型の狼などと判断するかもしれない。
 だが、アルトリートはこの狼が何かを知っている。何しろ己の愛剣を手にする際に、これでもかという程に斬り捨てた魔物だ。

「……アザービースト」

 そう呼ばれる下位魔神の一種。
 アルトリート達からすれば大した脅威ではない。一〇秒あれば仕留められる程度の相手だ。
 だが―――

(こんなものを使役する連中を取り逃がしたら……!!)
「あ……あの、貴方は」

 二人組を追いかけようにも、傍らで混乱している神官と意識を失っている子供を放置するわけにもいかない。
 遠ざかっていく足音に歯噛みをしながら、双剣の柄を強く握りしめる。
 そうして、動くに動けなくなっていたアルトリートの背を押したのは、仲間の声だった。

「アルトリート、追って!」
「ここはワシ等が引き受けよう!!」

 頼れる仲間の言葉にアルトリートは小さく笑った。
 逡巡など、あるはずもない。

「“水晶の欠片亭”で落ち合おう」
「うん」
「応よっ!!」

 その答えを背に、アルトリートは駆け出した。
 それを阻止しようと魔神が飛び掛ってくるが、もはや構うつもりはない。

「―――ルーフェリア様。悪しき獣を討つための鉄槌を!!」

 直後、“ゴッド・フィスト”の直撃を受け、鈍い音と共にアザービーストが吹き飛ぶ。
 それを尻目にアルトリートは、道化師二人の追跡を開始した。


◆ ◆ ◆



 エルシアの工作のおかげだろう、レクター達に宛てがわれたのは最前列の席だった。
 座り心地の良い椅子に腰を下ろしながら、レクターは自分達の手札を脳裏で確認する。
 自分が持ち込んだ、赤、白、金のSランクマテリアルカードが各2枚づつ、叡智の腕輪が一つ。
 隣に座っているイーリスの収納ブレスレットの中に、長銃と二丁の大型拳銃、小型マギスフィア一機に中型二機、大型一機を放り込んだバッグが一つ。
 そして。

(妖精魔法と短剣をある程度使えるエルシアと、こうした荒事専門の人員が会場内に五名。会場外に十数名待機している)

 ギルド側の体制は万全、と言えるのかどうかは判断がつかない。
 だから、イーリスと自分の二人だけで制圧することを基本に、“水底の月”の面々は保険程度に考えておくのが良いだろう。

「皆様、お席には着かれましたでしょうか? それでは、最初の品はこちら―――」

 オークションが始まった。



 穢れの酒、ロズベルト伯爵家所蔵の夕陽のルビー、夢薬、レッドアイポーションにドリームダスト―――……
 よくもこれだけ色々と集めて来たものだと、レクターは呆れ混じりの感心を覚える。
 同時に、それらを手に入れるため声高に叫ばれている金額にも。このオークションで動く金は、最終的に避難民たち全員を春まで食わせられるくらいの額になるハズだ。
 その事実に、レクターは何となく不条理なものを感じ、同時に世の中そんなものだろうと小さく首を振った。

(……ポケットの中にあるマテリアルカードを一枚売り払うだけで、二ヶ月以上宿暮らしができるくらいの金になったりするしね)

 あるところにはある。そういう事なのだろう。
 身も蓋もない結論に、レクターは胸中でため息をつく。
 と、イーリスが僅かに身じろぎをした。同時にエルシアが小さく押し殺した声を漏らす。

「そろそろ真打が出てくるようですね」
「……あれが?」

 その言葉に、ステージ脇からメイド服姿のスタッフによって押されて来た台車へと視線を向ける。
 そこには、一〇個ほどの壺が並べられていた。壺といっても陶器ではなく、何らかの金属で出来ている。
 何やら呪的な印象を見るものに与える紋様の刻まれたその表面は、照明の光を受けて鈍色の輝きを放っていた。
 司会が高らかに品物の説明を始める。

「さぁ! それでは本日の目玉となる品のご紹介です。こちらは、さる遺跡より発見された魔法文明期の遺産!
 一見すると単なる金属製の壺でしかないこの一品!! 勿論、ただの壺ではございませんっ!! こちらの品は、何と――――」

 小気味よい調子の口上を切って溜めを作り、ゆっくりと客席を見回す。
 この場にいる者たちだけの秘密だ、そう言わんばかりの様子で口元に指を一本当てる。

「何と―――魔神を使役することが出来るという逸品なのです」

 ざわり、と空気が揺れた。
 周りの者たちに驚きはない。むしろ「やっと出てきた」―――そんな呟きが漏れ聞こえそうな空気の中、レクターは目を細める。
 その視線の先で、司会が得意げに頷いてみせた。

「もちろん、聡明な皆様方のことです。お疑いもあることでしょう。魔神を簡単に使役できるわけがない、と。
 私もそう思います。ですから、今回はこの場にて実演を行いたいと思います」

 ご覧下さい。そう続けられた言葉に従い、ステージ上で待機していたメイドが壺の一つを手にとる。
 三、二、一と拍子を取る司会の言葉に合わせて、彼女は壺を頭上へと掲げてみせた。
 そして――――

「間違いないね」
「そのようですね」

 小さな悲鳴の混じったどよめきが起こる中、マテリアルカードを取り出しながら呟いたレクターにイーリスが頷く。
 ちらりと視線を向ければ、彼女はすでにブレスレットを腕から外していた。
 その足元にいつの間にかバッグが現れているが、皆の視線がステージ上に釘付けとなっているためか、気がついた者はいないようだった。

 ステージの上には、先程まで存在しなかった異形が立っている。

 醜悪。その一言に尽きる。
 大きさは牛と同じくらいだろうか。基本的な外観は四足獣のソレだ。
 もっとも、常に腐敗と再生を繰り返すその姿は、地上におけるいかなる獣とも異なるものだが。
 ツン、と鼻をつく腐敗臭に眉を潜めながら、レクターはその正体を看破した。低くつぶやく。

「テラービースト」

 エルシアが静かに立ち上がる。そっと手を挙げた。

「おや? お嬢様、何か御用ですか?」
「ええ。ソレ、いただいていくことにしますわ」
「ははは。もう少々お待ちください。それでは、一万ガメルから―――」
「ああ。結構ですよ」

 全て『こちらの言い値』で買わせていただきますので。そう続けながら、エルシアが手を振り下ろした。
 直後、客席から数名の男が立ち上がる。
 同時にレクターとイーリスも行動を開始した。

「マテリアルカード展開。“イニシアティブブースト”」

 手の中でカードが弾ける。イーリスがバッグから取り出した二丁拳銃を構えた。
 その周囲に、四基のマギスフィアがふわりと浮かび上がる。

「“レーザーバレット”装填。“ターゲットサイト”、“ホーミングレーザー”起動」

 照準が魔神を捉える。銃声が二つ、室内に響き渡った。
 完全な不意打ちとして襲いかかった銃弾に、テラービーストの反応は間に合わなかったようだ。
 光弾の直撃を受けて、その体が大きく揺れる。

「もう一度」

 間髪入れずに追加の銃声が一つ。
 だが、今度は魔神の反応の方が早い。大きく横に跳んで光条を避けた。
 弾丸に付与された追尾効果をも振り切る大跳躍。着地の後には、即座にこちらへと飛びかかってくるだろう。
 しかし、イーリスは慌てず冷静な瞳でその動きを追いかける。
 そして。

「最期です」

 四度目の銃声。
 着地の瞬間に合わせて撃ち込まれた弾丸。それを避ける術はない。
 出現から数秒―――それで、恐怖の名を冠する獣は敢え無く退場となった。出落ちである。

「さて……」

 突然の事態に反応できない司会とステージ上のメイド。
 何が起こったか分からないまま、その場に凍り付くその姿を見て、レクターは二人の一時放置を決定。
 直後、ステージ脇から武装した男たちが会場へと飛び込んでくる。数は四人。また、背後からも扉が乱暴に開け放たれる音が聞こえた。

「何事だっ!!」

 悠長に怒声を上げるステージ上の男たちを見据えながら、レクターは薄く笑った。
 扱っている物の割には、人材の質は高くないらしい。

「真、第一階位の幻。ささやき、誘い―――睡眠」

 おやすみなさい。そう続けられた言葉に従い、男たちはその場に崩れ落ちた。
 その様を確認すると、レクターはその場から歩み出る。傍らを追従するイーリスの姿を視界の端に捉えながら、そのままステージへと上がった。
 そこで、ようやく事態を飲み込めたらしい周囲の客達の間から悲鳴が―――

「お静かに。殺しはしませんが、煩い方には強引に眠って頂きますので」

 穏やかな語調。そのクセ、周囲の雑音に邪魔されることなく浸透する言葉。
 透き通るような声音とは裏腹に、聞く者の背筋を粟立たせるその声は、恐慌寸前となっていた客達の動きを一瞬で凍りつかせた。

「良い子です。しばらくの間、そのままお利口にしていて下さいね」
「……いや、怖いね」

 にこやかに告げるエルシアの姿を眺めながら、レクターはポツリとつぶやく。
 その言葉に、「だから言ったのに」と、立ち尽くしていたメイドから壺を取り上げ、司会のいる場所へと行くよう銃で脅しながらイーリスが応えた。
 君も十分怖い。レクターはその言葉をギリギリで飲み込んだ。
 

◆ ◆ ◆


 さらなるルネの一撃を警戒したのか、魔神どもはそれ以上アルトリートを追おうとはしなかった。
 ギルバールが、神官を庇うように進み出ながら口を開く。

「お主は後ろに下がって、その童を守ってくれ」
「ですが……」

 神官の男が躊躇した様子を見せる。
 彼は人々を守る立場にある者だ。ろくに武装もしていない一般人に庇われるわけにはいかない。
 だが、自分の力量ではこの状況に対処が難しいことも理解している。

「大丈夫だよ。出来れば、そのメイスをギルバールに貸してもらえると助かるけど」
「……!」

 葛藤する神官の背を押すように、ルネが軽い調子で口を挟む。
 その言葉―――正確には彼女が口にした『ギルバール』という名に、神官は一瞬目を見張る。
 束の間、二人へと交互に視線を向けた後、彼は小さく頷いた。ギルバールへとメイスを渡し、気を失っている男の子を抱き上げ、後ろへと下がる。

「わかりました。確かに、私では足手まといになる。
 他でもない“神殿の盟友”たる貴方達が戦うのであれば、私は下がっていた方が良いでしょうね」
「“神殿の盟友”? なんじゃそれは?」

 神官から受け取ったメイスの具合を確かめながら、ギルバールが耳慣れない呼称に首を傾げる。
 ルネは「さあね」と、とぼけた様子で楽しげに笑ってみせた。

「まぁ、何でもよいが……のッ!!」

 お喋りの時間は終わりらしい。
 再び襲い掛かってきた魔神に、ギルバールは体内のマナを操作しながら戦鉾を振るう。
 練技の効果により、大幅に引き上げられた筋力が遺憾なく発揮される。メイスが唸りを伴って打ち下ろされ、先頭を走る魔神へと襲い掛かった。

「……!!」

 受ければタダでは済まないと理解しているのか、魔神は戦鉾の軌道から逃れるため進行方向を真横に変更した。
 壁に着地して、そのまま三次元的な動きへと移ろうとする。
 が。

「ぬんッ!」
「―――!?」

 ルーフェリアに来たばかりのギルバール相手であったなら、有効な動きだったかも知れない。
 しかし、この国で少なからず修羅場を潜った経験により、さらに技に磨きを掛けたギルバールにとって、魔神の動きは『少々変則的』程度でしかない。
 悪魔的な器用さを以って、メイスを操り、的確に魔神の動きを追跡し―――壁に着地した直後のその身を一撃で叩き潰した。
 骨が砕け散る音が響く。壁に赤い華が咲いた。
 これで残りは二体だ。
 だからといって安心などできない。
 一体が倒される間に、残る二体は壁を足場としてギルバールの頭上を駆け抜ける。その先にいるのは、術者であるルネと神官、そして無力な子供だけだ。

「下がって!!」

 神官へと鋭く指示を飛ばしながら、ルネが前へと出る。
 先ほどの神聖魔法を脅威と判じたのか、それとも単に仕留めやすいと考えたのか、魔神二体が頭上からルネへと襲い掛かった。
 狙いを付ける暇など与えない。そう言わんばかりの速度で迫り―――

「女神様、ぶっとばしてっ!!」

“フォース・エクスプロージョン”
 ルネの祈りを受け、全方位に放射された衝撃波の直撃を被ることになった。
 狙ってか偶然か、揃って同じ―――ギルバールのいる方向へと魔神の体が宙を舞う。
 あんまりな祈りの言葉とそれに応えての奇跡の顕現に、神官が唖然とした表情を浮かべる。それを背に、ルネは魔神達の終焉を宣告した。

「ギルバール!!」
「うむッ!」

 空中にいる魔神達に追撃を避ける術はない。
 落下先付近。そこでメイスを構えるドワーフの姿に、二体の魔神は絶望の声を上げた。


◆ ◆ ◆


 警備が薄かったのは、どんな輩からの襲撃にも対応できるという自信の顕れであったらしい。
 もっとも、その根拠に見合うだけの戦力も、準備もしていなかったようだが。
 オークションの中断から三十分も経たないうちに、“水底の月”の面々はオークション会場となった建物内を完全に掌握していた。
 主催側の面々はいずれも捕縛され、逃げ出せたものは皆無。
 制圧にあたっては、新手の魔神が何体か出てきたものの、いずれもレクターとイーリスにとって脅威となるほどではなく、速やかに殲滅されていた。
 人的被害は軽傷者が数名といったところらしい。

「上々といったところですね。レクター様、ご協力に感謝します」

 部下からの報告を受けて、エルシアはご機嫌な様子で微笑みを浮かべる。
 もっとも、不機嫌であったとしてもこの笑顔なのだろう。そんなことを考えながら、レクターは首を振った。

「正直。私達の協力は不要だったのでは?」
「いえ。お二人が魔神を速やかに排除してくださったおかげで、混乱を最小限に抑えることができました」

 乱戦にならなかったのは、レクターとイーリスの助力の賜物だと、エルシアは頭を下げる。
 いやいや、と軽く手を振りながら、レクターは顔を動かす。視線の先には、一箇所にまとめられた真鍮の壺。

「……あんなもの。どこから持ってきたのやら」
「確かに、出処が気になりますね。単に召異魔法による産物とも考えにくいですし」
「……召異魔法?」
「あら? ご存知ありませんか?」

 聞いたことのない単語に、レクターが首を傾げる。それに意外そうな様子でエルシアが説明する。
 魔神を操る技術で、生贄を捧げて魔神を召喚したり、その能力を一時的に自分に憑依させるものらしい。
 その魔法の使い手なら魔神を予め封入具に入れておき、必要なときに解放することができるのだそうだ。
 もっとも、その大半が法に触れるものであることから、使い手は非常に少なく、また人前に出てくることは皆無に等しいようだが。

「博識なレクター様であれば、ご存知かと思っていましたが」
「ははは。お恥ずかしい。私にも知らないことは沢山ありますよ」

 苦笑を浮かべながら、レクターは肩をすくめる。
 自分の知らない技能の存在。当然、召異魔法とやら以外にもあるはずだ。今後はその辺りの情報も収集しようと心に決める。
 気分を入れ替えるように、小さく息をつく。

「さて。これで、今回の件は終了でよろしいですか?」
「いいえ。もう一つ、お願いしたいことがあります」
「……?」

 訝しげなレクターの視線を受け、エルシアが頷く。

「ここは、彼等の拠点ではありません。その証拠に、この場にいたのは末端の構成員ばかりでした」
「つまり」
「はい。すぐに場所を割り出しますので、そちらの制圧もお願い出来ますか?」

 どうやら、そう簡単には解放してくれないらしい。
 笑顔で告げるエルシア。その隣で、「だから言ったのに」と無言の圧力をかけてくるイーリス。
 さてどうしたものかと、レクターは苦笑交じりにため息をついた。
 

◆ ◆ ◆


 入り組んだ路地を必死に走る。
 幾つもの角を曲がり、時には建物の中を通って別の路地へと抜ける。そんなことを繰り返しながら、男たちは一目散に逃げ続けていた。

「くそッ!! 何で撒けないんだよ」

 隣を走る相棒が悪態をつく。それを聞きながら、男は上がり始めた息を必死に呑み込んだ。
 先ほどから後ろを追い掛けてくる足音。それとの距離が一向に離れない。それどころか急速に縮まりつつあるのに気が付いて、背筋が寒くなる。
 
(どうしてこんなことに)

 男たちはカナリスで『仕事』をするにあたり、雇用主の代理人を名乗る人物から要注意人物についてレクチャーを受けていた。
 その中でも特に注意の必要な人物。
 出会ってはならない。万が一出会ったらとにかく逃げろ。そう言われた連中の中に、神殿関係者から“神殿の盟友”と呼ばれる冒険者パーティーがあった。
 何やらルーフェリア神官達から絶大な信頼を受けているらしい彼らは、バトエルデン・エラーと並ぶ最重要危険人物として挙げられていた。
 彼らについて、代理人は真面目な顔をして言ったものだ。

『戦おうなどと考えるな。下位魔神では時間稼ぎにしか使えん』

 その言葉を思い出し、男は胸中で喚き声を上げた。

(時間稼ぎにもならないじゃないかっ!!)

 アザービースト。
 下位の魔神ではあるが、男たちが使役しているのは通常よりも遥かに強化された個体だ。
 そのため、その戦闘能力は正規の訓練を受けた兵士が複数で挑まねば対応できないものとなっている。
 それをゴミクズ同然に斬り伏せた人間。
 どっちがバケモノだと歯噛みをする。同時にそんなものに追われているという恐怖に、足が萎えそうになる。
 半ば折れかかった心を必死に支えながら、男は相棒とともに昏い路地を走る。
 そして。

「ぎゃっ!?」
「お、おいっ!?」

 傍らを走る相棒が悲鳴を上げて転倒した。
 何が起こったのか理解できない。
 思わず足を止めて、男は転倒した相棒へと振り返り―――そのまま走り去っておけば良かったと深く後悔した。

「あ……ああ」

 ―――昏い闇の中、倒れた相棒の傍らに佇む人影。
 その爛と輝く金色の瞳に射竦められ、男はこの逃走劇の終焉を悟った。


◆ ◆ ◆


 翌日。
 外出したレクターを除く四人のところへと客が訪れたのは、昼を過ぎたあたりのことだった。
 なぜか不機嫌そうなイーリスの様子に首を傾げていたアルトリートとルネ、ギルバールの三人は、その客に多分に見覚えがあった。
 昨夜、路地裏で出会った神官だ。
 
「昨夜は、大変お世話になりました」
「怪我はもう良いので?」
「はい。それほど深い傷ではありませんでしたから。子供についても、問題なく親元に返すことができました」
「それは良かった。……結局、連中は何だったんでしょうね?」

 深々と頭を下げる神官に、アルトリートは首を傾げた。脳裏にあるのは、昨夜の件の事だ。
 魔神の使役という割と洒落にならないことを行った一方で、妙に素人じみた動きが見られた連中。
 何というか、三流犯罪組織が唐突に強大な力を得て増長した挙句、不相応な相手に喧嘩を売って叩き潰された。そんな印象が強い。
 連覇を逃したと、額に青筋を立てながら対応に動いた大司教を思い起こして口にした所感に、神官は同意の頷きを返す。
 ただ、と神官が続けた。

「連中が持っていた壺。どうやら、それが魔神の使役を可能としていたようなのですが、その出処が、まだ判明していません」
「というと?」
「どうも、彼等も別の者から渡されたようです。……子どもの身柄と引き換えに」
「……ほぅ」

 その言葉にアルトリートは目を細める。
 捕らえた男の証言の結果、彼らがある種の犯罪組織に属していたことは分かっている。
 そして、カナリスにあった連中の拠点は、昨夜の内に神殿の者達―――どうも、裏側でそれ以外の者も動いていたようだが―――によって制圧されている。
 その際、少なくない数の子供たちが捕らえられていたのを思い返し、アルトリートは自分の声が低くなるのを自覚する。

「取引の相手方についての情報は?」
「詳細については、まだ。ただ、何人か中継を入れて、自分たちの存在を隠蔽しているようですね」
「……気に入らんの。子供を食い物に、と言うのが特に」

 黙って聞いていたギルバールが低い唸り声を上げた。隣に座っているルネもまた、同感だと無言で頷く。
 イーリスは特に反応こそ見せていないものの、その表情は硬い。
 そんな様子をちらりと見て、神官は一つ頷いて口を開く。

「皆さんには、今後、今回の件の黒幕の捕縛ないしは討伐の依頼をお願いしたいと考えているところです。
 その際には、ご協力をお願いできるでしょうか?」
「仲間がひとり席を外していますので、今すぐ確約はできませんが……」
「私は異存ありません」
「ワシは個人でも受けるつもりじゃがの」
「ボクは無料でも受けるよ」
「―――こう言っているので、まず間違いなく受けさせていただくことになると思います」

 苦笑を浮かべながら続けたアルトリートに、神官もほっとした様子で笑みを浮かべたのだった。



 案内されたテーブルには、優雅な様子でお茶を嗜む美女が待っていた。

「待たせてしまったかな?」
「いいえ。私もつい先ほど来たところですから。……思っていたよりも随分と早かったので驚きました」

 少なくとも、あと三十分くらいはお待ちするものと思っていたのですが。そう続ける彼女の言葉に嘘はないだろう。
“水晶の欠片亭”からこの場所まで、徒歩で三十分くらいの距離だ。
 そして、レクターが“水晶の欠片亭”で彼女からのメッセージ――昨日お話をしたカフェでお待ちしております、という言伝を受けてから、数分も経過していない。

「あまり女性を待たせるのは主義に反するからね」
「あら。殿方のことを考えながら待つというのは、それはそれで楽しいのですよ?」
「それは光栄だけど、なんだか嫉妬しそうだね」

 君の想像の中の自分に。そう続けたレクターに、エルシアは「まぁ」とクスクスと笑ってみせた後、居住まいを正した。

「さて。このまま、他愛のないお話を続けたいのですけれど、先に済ませるべきことがありますね。
 レクター様。この度は本当にありがとうございました。おかげで、私達は私達の役割を全うすることができました」
「役割?」
「はい。この都市における水面下の秩序を保つという」
「水面下の秩序」

 レクターの呟きにエルシアは神妙な顔で頷いてみせる。
 裏社会とはいえ無法ではない。裏社会には裏社会なりの理があり、それを無視する者には相応の制裁を加えなければならない。
 そう続ける彼女に、レクターはわずかに首を傾げた。

「……その理屈はわかるけど、今回は何が裏社会の理に抵触したのかな?」
「魔神の取り扱い」

 レクターの問いに対し、エルシアはこのルーフェリア王国における最大の禁忌であると答えた。
 理由については知らないが、魔神関係の犯罪については神殿が非常に苛烈な対応をすることから、裏社会の住人たちも手を出さないようにするという不文律を定めたらしい。

「……普通は、『神殿が厳しく取り締まるから、裏で上手いことやろう』って考えるものだと思っていたけど」
「他のことであれば、そういった部分もあります。
 ですが……魔神に関する神殿の対応を見ていると、それは国のあり方に影響を与えかねない危険をはらんでいると思えたのですよ」
「……うん」
「私達は、裏社会――湖の底で蠢く者ではありますが、だからこそ、必要以上に湖水が濁るのはお断りです」

 まして湖が干上がるような事は論外だと、彼女は続けた。

「私達にとっても、この国は大事な故郷なのですから」
「……、なるほど」

 はにかむような表情を一瞬見せたエルシアに、レクターは一瞬見とれてしまう。
 取り繕うように頷いたレクターに、彼女は一瞬不思議そうな表情を浮かべたが、特に追求することはしなかった。
 代わりに、少しだけイタズラっぽい表情を浮かべてみせる。

「さて、レクター様。この後、お時間はありますか?」
「ええ。大丈夫ですが」
「それは良かった。それでは、少し祭りを見て回りませんか?」

 その誘いに、レクターが否と言うはずはなかった。


前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.037013053894043