燃え盛る炎の中、男が蛮族の一体を斬り伏せた。
三〇代半ばの人間だ。精悍な顔つきに、鍛え上げられた体躯。
装飾が施された金属鎧を身に纏い、手には長剣と盾を携えている。
「―――ここはもういい!! お前は下がれっ!!」
“ファイアボール”を放つと同時に、近くにいた蛮族を斬り伏せた男は、こちらを向いて後退するよう促した。
それに首を振って、両手で構えた長銃を撃つ。即座にリロード。
「旦那様が後退されないのなら、私も残ります」
「……ったく、ウチの従者は頑固だな!!」
男は悪態をつきながらも笑った。
ならば付き合えと告げる彼に、当然ですと頷いて笑う。
周囲の蛮族どもは、ボガードとオーガを中心とした編成だ。男は呪文と剣で、自分は銃で、当たる端から薙ぎ倒す。
弾薬とマナの大半を消費したものの、相当な数を減らすことができた。
(これなら)
何とかなるかも知れない。
そんな淡い希望は、突然走り抜けた白い閃光によって吹き飛ばされた。
「……ぁ」
「あれが親玉か」
男が上空を見上げて舌打ちをする。
そこには二体の竜の姿があった。もっとも、本物のドラゴンではない。
蛮族の中でも上位種とされるドレイク、その竜化後の姿だ。
共に大きい。銅色の鱗を持つ個体と、赤く鱗を煌かせる個体。おそらくは、共に爵位持ち。
「……俺が時間を稼ぐ。お前は逃げろ」
「嫌です」
改めて告げられた言葉に、即答する。だが、今度は男も退かない。
「これは、主としての命令だ。必ず生き延びて、このことを神殿に伝えろ」
「……ダメです。それなら、私が残ります」
「ダメだ。お前じゃ、大して時間を稼げん」
「私でも旦那様でも、大して変わりません」
「……頼むよ」
必死に首を振る自分に、彼は笑いかけた。
これが最後だから、そう告げる男に唇を噛み締める。
「私の……ご主人様は、頑固で……困ります」
「ははは。色々と苦労を掛けるな」
男が笑う。一歩後退し、その背中を目に焼き付ける。
「貴方にお仕えできて、良かったです」
「ああ。俺も、お前が従者でよかった。ありがとう。……行け!!」
その声を合図に、背後の森へと向かって走り始める。
「逃げられると思ったのか?」
「ハハハ。カワイイね」
「逃がすに決まっているだろうが、このトカゲ野郎共!!」
そんな声が聞こえた直後、一際周囲が明るくなる。光源は背後だ。
反射的に振り返れば、真っ白な光に呑み込まれる戦士の背中が目に入った。
「…………っ!!」
零れ落ちる涙を手で拭って。
漏れそうになる嗚咽を呑み込んで。
萎えそうになる足を、折れそうになる心を必死に支えながら―――
彼女―――イーリス・ベルステラは、惨めに敗走した。
―――ゴーシャの村が壊滅した。
その話を聞いたのは、夏の本番、八月に入ってすぐのことだった。
思わず腰を浮かしたギルバールの隣で、レクターがリッタへと硬い表情を向ける。
「……蛮族の襲撃、ですか」
「そう。その場に居合わせた遺跡の調査隊のおかげで、村人のいくらかは逃げ延びたらしいんだけどね。
……それで、あんた達に依頼が入ってるんだけど、ちょっと奥の部屋に来てもらえるかしら?」
「……依頼、名指しで?」
「ゴーシャの村での一件があるから、かな」
「そういうこと。もっとも、神殿はあんた達二人のことを前から知ってたような口ぶりだったけど」
アルトリートとレクターに「前に何かやった?」と問いながら、店の女将は三人を奥の部屋へと案内する。
冒険者の店に舞い込んで来る依頼には、込み入った内容のモノも珍しくない。
そのため、外には出せないような話をするために、個室が設けられているのが通例だ。
“水晶の欠片亭”も例外ではなく、一階の奥に防音処理を施された部屋が存在している。
「あ~」
「微妙に心当たりが……」
「何をやらかしたんじゃ?」
「別に悪いことはしてないぞ」
言いながら、リッタの後に続いて部屋の中に入る。
そこには、店の女将だけでなく、もう一人女性の姿があった。
「……メイドさんだ」
結い上げた黒髪に、ホワイトブリム。
ほっそりとした体を包むのは、丈の長い濃紺のワンピースに白いエプロン。
折り返しのない襟をキッチリと留めて、一部の隙も見当たらない、しかし控えめな様子で佇むその姿。
レクターの言葉どおり―――まさしくメイドサーヴァントのソレだった。
(……ルーンフォーク?)
耳に相当する部分が、センサーを思わせる形状の人工物となっているのに気が付いて、アルトリートは彼女の種族を判別する。
ルーンフォークは、魔動機文明時代に生み出された人造人間達の末裔だ。
ジェネレーターと呼ばれる装置から生まれる彼等は、元々は、人族に対する奉仕種族として生み出されたとされている。
もっとも、魔動機文明が滅びて三百年が経過した現在では、人族を構成する一種族として認知されており、彼等を下位の存在として見る者は少ない。
とは言え、元々の出自故か、人に仕えることをライフワークとする者も多いらしいが。
「こちらは、イーリス・ベルステラさん」
「はじめまして。今回の依頼にあたり、神殿より皆様へご説明を行うこととなりました。イーリスと申します」
メイド―――イーリスがお辞儀をする。
優雅とさえ言えるその仕草からは、彼女が格好だけのメイドではないことを示していた。
(……神殿からの依頼だよな?)
何故、メイドがやってくるのか。
首を傾げるアルトリート達に、彼女はゆっくりと顔を上げ―――
「……何の真似だ?」
「素晴らしい反応ですね」
突如、突きつけられた銃口を睨みながら、アルトリートは低い声を出す。
その手には、咄嗟に抜いたアトカースがある。その黒刃を彼女の首筋に触れさせたまま、再度、理由を問うた。
「まさか、悪ふざけ、ってわけでもないだろう?」
「大変失礼いたしました。ご説明の前に、皆様の力量を確認させて頂いた次第です」
全員が身構えていることを確認したイーリスは、その言葉と共に銃を下ろした。
それに合わせて、アルトリートも剣を引く。
手にしていた小型の拳銃と球状の装置―――マギスフィアを傍らのテーブルに置いて、彼女は深々と頭を下げた。
「……あたしは席を外すけれど、続けるなら外でやってちょうだいね」
「はい。申し訳ございません。女将様にも大変なご迷惑を」
リッタに頭を下げるイーリスを見ながら、アルトリートはため息をついた。
「……それで、わざわざこちらの反感を買ってまで、力を試した理由を聞いてもいいか?」
「はい。ですが、その前に改めて自己紹介を」
アルトリートの言葉に、イーリスは頷いた。
真っ直ぐに三人へと目を向けて、彼女は再び己の素性を語る。
「私は、イーリス・ベルステラ。
先日のゴーシャの村襲撃に居合わせた調査隊メンバーの一人、ルーカス・ベルステラの従者です」
昏い、凍りつくような炎を瞳の奥に宿らせて、ルーンフォークのメイドはそう名乗った。
ゴーシャの村が蛮族の襲撃を受けたのは、一昨日の夜のことだったという。
「私を含め、五名の調査隊が村に到着した夜のことでした」
「……五名?」
「先遣隊でしたので」
人数が少ないのはそのためだと、首を傾げたレクターに彼女は補足した。
遺跡の調査隊を編成するにあたっては、当然ながら人数や人選などの検討を行う必要がある。
が、その検討を行えるだけの情報がない場合、少数で遺跡に入り、簡単な事前調査を行う先遣隊が派遣されるらしい。
やっていることは、基本的に冒険者と変わりない。
しかし、彼等もまた調査隊の一員として選抜され得る知識や経験を持った専門家であるため、収集される情報の精度や密度が段違いなのだという。
「……そういえば、魔法文明期の遺跡であること、改造ゴーレムが配置されていること、くらいしか情報集めてなかったね」
「いえ。大変良くまとめられていると、ルーカスは感心していたようです」
ずさんな調査で申し訳なかったというレクターの言葉に、イーリスが首を振った。
話を戻す。
「襲撃は、本当に突然でした。
それでも、五人のうち二人が村人達の避難誘導を、三人が時間稼ぎのため蛮族達に応戦したのですが……」
それが、どれほどの意味を成したのかは分からないと、彼女は頭を振った。
応戦組は多勢に無勢の状況ですぐに一人が倒れ、残る二人―――イーリスとルーカスで必死に抵抗を続けたが、それも敵の首領が現れるまでだったという。
「ドレイク……銅色に輝く鱗を持つ者と、赤く輝く鱗を持った者。その二体が指揮官だろうと、ルーカスは判断しました」
「爵位持ち。それも二体か」
「男爵位と子爵位、かな。子爵の方は亜種である可能性もあるけれど」
「ふむ。大物じゃな」
共に通常のドレイクよりもずっと大きな体躯を誇っていたと聞き、アルトリートは目を細める。
レクターが口元に手を当てながら推測を口にし、その隣でギルバールが目を閉じた。
「なるほど。爵位持ちのドレイク二体が敵になるなら、力量を測るくらいは必要か」
「大変失礼いたしました」
対抗どころか、対応すら出来ないような者を連れて行っても邪魔になるだけだ。
納得してため息をつくアルトリートに、イーリスは改めて頭を下げた。
「それで、俺達はそちらのお眼鏡に叶ったのか?」
「……少なくとも、私の足手まといになることはない。そう判断いたしました」
「では、この依頼は俺達が受けて問題ないんだな?」
「はい」
頷くイーリスを見て、アルトリートは傍らの二人へと視線を向ける。
無言で二人が頷く。
イーリスの同行が前提になっていることに関しては、何も言うつもりはない。
この場所に彼女の主がいないこと、そして彼女の瞳に宿る昏い炎を見れば、その心情は容易に察することが出来る。
口を出すだけ無意味だろう。
「それで、出発はいつ?」
「皆様の準備が済み次第、すぐに」
「じゃあ……すぐに出ようか」
アルトリート達は席を立った。
ゴーシャの村にほど近い山中に、武装した一団の姿があった。
数は、五〇名前後。
手にしている盾や身に着けている鎧など、各々の装備には一様に円と水滴を組み合わせた紋章を見ることが出来る。
“水の神”ルーフェリアに仕える神官戦士達だ。
その役割は女神の敵の排除であり、この国の人々の守護だ。ゆえにこそ、その表情はとても険しい。
ゴーシャの村を襲った惨劇は、彼等にとって痛恨の出来事だった。
偶然村に居合わせた遺跡調査隊の奮戦によって、全滅という最悪の事態こそ免れたものの、失われた命は決して少なくない。
「…………」
神官戦士隊の隊長―――ジルベールは、憎悪と憤怒で高まる内圧を下げるように、ゆっくりと息をはいた。
通報を受けて急行した自分達に、引き連れていた村人を託して倒れた男のことを思い出す。
もう一人、彼と同じように村人の誘導にあたった者が居たそうだが、合流前に蛮族どもの凶刃に倒れているという。
そして、村人を逃がすため蛮族達に応戦した者の内、生き残ったのは事態を知らせてくれたルーンフォークの女性一人だけ……
(彼等の死に報いることになるかは分からないが)
奴らに思い知らせてやろう。
夜通し走り続けた疲労により、話を終えると同時に昏倒した彼女が、冒険者を伴ってこちらにやって来る。
その姿を見つめながら、ジルベールは亡くなった者達へと誓いを捧げた。
蛮族どもが、叫び声を上げながら向かって来る。
数は二十。しかも、練度が高い。
ボガードやゴブリンを中心とした一隊からは、突然の遭遇に慌てる様子は全く見られなかった。
互いにフォローし合える距離を保ち、躊躇することなく突っ込んでくる姿を見て、アルトリートは舌打ちをする。
「……面倒な」
「互いの援護を考えて動くあたり、随分と質が高いようじゃな」
横に並んだギルバールが、唸るような声を出す。
ゴブリンやボガードが、これほど秩序だった動きをとることは珍しい。
その様から背後にいるだろう組織の力を窺いながら、アルトリートは前へと飛び出した。
(魔法使いは優先して排除しないと)
自分達の存在は、出来る限り敵に知られないようにする。
与えられた自分達の役割。それを念頭において、アルトリートは動く。
今回は、神官戦士隊と足並みを揃えて動く必要がある。
山中に設けられた神官戦士隊の野営地で、ジルベールより伝えられた今回の作戦の詳細を思い出す。
自分達に求められたことは非常に単純だった。蛮族達の首領―――ドレイクの撃破だ。
村には、未だ蛮族達が留まっている。それらを神官戦士隊が囮となって引き付け、守りが薄くなったところを強襲する。
頭を潰せば、後は烏合の衆。さほど苦もなく蹴散らせるだろう。
(“ディメンジョン・ゲート”でいきなり村の中に転移して、雑魚を薙ぎ倒しながらドレイクを探す、でも良かったんだが)
危険すぎると却下された。
これ以上の犠牲を出すつもりはない。そう言って首を振ったジルベールの表情を思い出し、アルトリートは小さく笑う。
煮えたぎる怒りを内に抱えて、それでも冷静さを失わない彼になら、安心して従うことが出来る。
(怒り狂ってるのに堅実な方策を考えられるって、何気に凄いよな)
自分には無理だと考えながら、アルトリートは足と手を動かす。
標的に定めたゴブリンシャーマンへと疾走しながら、行きがけの駄賃とばかりにすれ違った蛮族を斬り裂いた。
「ギ!?」
「もう遅い」
前衛の間を事も無げにすり抜けてきた敵の姿に、慌てて後退しようとするゴブリンの魔法使いを一刀で斬り伏せる。
後方に情報を伝えられては面倒なことになる。
他に、魔法を使う素振りを見せる者はいないか、アルトリートは周囲を確認し、捉えた仲間の姿に眉をひそめた。
(イーリス?)
押し包むように殺到する蛮族達と、それを迎え撃つギルバール。
その側方へとメイドが回りこむように移動している。
(……距離が近すぎる。あれじゃ、乱戦に巻き込まれるぞ)
メイド服の上から外套を羽織り、背中に長銃を背負った彼女の両手には、前に見たのとは異なる大型拳銃が一挺ずつ握られている。
アルトリートの視線の先で、イーリスが足を止めた。蛮族達へと銃口を向ける。
一瞬、いやな予感が脳裏を過ぎった。
「おい。まさか」
引き金が引かれた。
鳴り響いた銃声は二つ。
広範囲に弾がばら撒かれる。ギルバール達の周囲にあった木々が弾け飛んだ。
同時に、蛮族達が血煙を上げながら倒れるのを見て、アルトリートはその正体を悟る。
“ショットガン・バレット”
魔動機術の一つで、弾丸にマナを込めることで散弾化し、面制圧を可能とするものだ。
(―――ギルバールは!?)
範囲内には、当然ながらドワーフの姿もある。
慌てて様子を確認すると、彼は驚いた様子ではあったものの、動きを止めることなく残りの蛮族達にモールを叩きつけていた。
どうやら、巻き添えを食らったということはないらしい。
「……確認は後だな」
ギルバールが傷を負わなかったのは、彼女が意図した結果なのか、それとも単に幸運だっただけか。
前者―――イーリスが“魔法制御”を持っていることを祈りながら、アルトリートは行動を再開した。
結論から言えば、イーリスはギルバールに弾が当たる危険性を度外視して撃ったらしい。
蛮族達を全滅させた後、確認できた事実に、アルトリートとレクターはため息をついた。
「―――ギルバール様の鎧であれば、十分に耐えられると判断いたしました」
「まぁ、確かに防弾加工は施しておるからの」
謝罪をした上でのメイドの説明に、ギルバールは苦笑いを浮かべる。
彼女の行ったことは、確かに効果的ではあったのだ。
イーリスの“ショットガン・バレット”により、短時間で蛮族達の部隊が半壊した結果は否定できない。
だが、それならばギルバールと接敵する前に撃てば良い話だと、そこまで考えてアルトリートは渋面になった。
(……俺が突っ込んだからか)
だとするならば、今回の件の原因は自分にある。
複雑な表情を浮かべて黙り込んだアルトリートの隣で、レクターが口を開いた。
「それで、どうするの? あまり時間はないハズだけど」
「私と一緒には戦えないということであれば、パーティーから外して頂いても構いません」
今回の件についての対応を問うレクターの隣で、必要なら行動を別にする旨を口にするイーリス。
こちらの判断に任せるという二人の言葉に、アルトリートとギルバールは顔を見合わせた。
イーリスの様子はかなり危ういものがある。
正直なところ、一緒に行動するのは怖い。だが、別行動はもっと恐ろしい。
「……今回の件は、俺にも責任がある。というか、原因は俺だから何もいえない」
少し考えて、アルトリートは判断をギルバールに投げた。
撃たれたのは彼なので、ギルバールが決めれば良い。そんな意味を込めて視線を向ける。
「ワシは気にしておらんよ。さすがに少々たまげたがの。
ただ、次からは事前に何をするかくらいは教えておいてくれんか。今回のように時間がない場合は別じゃが」
「……承知いたしました。以後はそのように」
懐が深いのか、イーリスの様子に思うところがあったのか、ギルバールの出した答えは不問にするというモノだった。
その言葉に、イーリスは一瞬目を瞬かせた後、しっかりと頷いて見せた。
炭と化した柱だけが残された焼け跡。
壁を打ち壊され、今にも崩壊しそうな家々。
腐臭や血の臭いを嗅ぎ取ることは出来ないが、漂っている死の気配は否応なく感じ取らされる。
―――ひと月ぶりに目にしたゴーシャの村は、その様相を一変させていた。
「これは……」
「酷いね」
「…………」
中途半端にかつての面影が残っている。
それだけに変わってしまった部分が目に付いて、ギルバールとレクターが呻いた。
アルトリートは無言のまま、村の様子を目に焼き付ける。
村長の家の辺りを見れば、焼け落ちた残骸の姿を捉えることができた。
「……多いな」
「百近い数がいますね」
滅ぼした村をうろつく蛮族達。その姿を睨みながら呟いたアルトリートに、イーリスが頷いた。
先日、彼女や彼女の主達が与えた損害は、すでに補填されているらしい。
そう、自身の記憶と照合しながら告げたイーリスの口調は、これまでと同様、淡々としたものだった。
だが。
(平気なわけがないよな)
長銃を持つ手が震えている。
それを目にして、アルトリートは内心で頭を振った。
「さて……上手く引き付けてくれると良いんだけど」
「お手並み拝見といったところじゃな」
アルトリート達は、ゴーシャの村の北側―――直線距離にして五、六〇〇メートル程度の位置にいる。
ジルベール率いる神官戦士隊の動きに呼応できるよう、村を見下ろせる地点を潜伏先として選んだのだ。
あまり高低差があるとは言えないが、建物の多くが壊されているせいで村全体に視線が通る。
「……はじまった」
村の東側で鬨の声が上がった。
それに反応して、蛮族達が慌しく動き始める。
陽動の可能性も考慮しているのだろう。
村の中で待機していた連中の大半は東へと向かったものの、残る三方―――北、南、西への展開も忘れていない。
「ま、あんまり意味はないけどね」
村の中央付近―――辛うじて無事だった建物から十名の蛮族が出てくる。
その内の四名が、他の者達の指示を受けて四方へと走った。
伝令を飛ばすということは、あそこが指揮所なのだろう。その様を見て、レクターは笑った。
一気に分厚くなった村の外周と比べて、中枢たる中央はがら空きだ。
「それじゃ、仕掛けようか」
レクターが先ず方針を説明する。
先ず、村の中央へと“テレポート”で転移する。そして、今外にいる連中を薙ぎ倒す。
その後、建物内部に突入、ドレイクがいれば撃破。
以上だ。
「余裕があれば、数体は生かしておいてね。情報が欲しいから」
「分かった。情報源は俺が確保するから、ギルバールとイーリスは好きに動いてくれ」
「承知しました。私は周辺と建物の警戒を」
「ならばワシがアヤツらを薙ぎ払おう」
「転移と同時に、“スリープ”の準備をするから、討ち漏らしの処理は任せてくれていいよ」
全員で顔を見合わせて頷く。
では、とレクターが詠唱を開始した。
「真、第十三階位の転―――」
レクターは、蛮族達の数メートル手前を見据える。
「瞬間、移動、空間……」
ギルバールがモールを肩に担いだ。
イーリスがいつでも撃てるよう、長銃を持ち直す。
身構える二人の隣で、アルトリートは自然体のまま待つ。
「強化―――“転移”」
魔力が解放される。
瞬き一つの間に世界が切り替わった。
一瞬で周囲の状況が変わったためか、平衡感覚がわずかに狂う。
目の前には、何やら話をしている蛮族達の背中。
「―――っ!!」
傾ぎかける体を無理やり立て直して、アルトリートは強く地面を蹴った。
蛮族達は未だこちらに気がつかない。
無防備に向けられた背中へと一瞬で近づき、剣を振るった。
「ギャッ!?」
「…………っ!?」
側頭部へと打ち込まれた剣の腹に、白目を剥いてオーガウィザードが倒れる。
驚愕の表情でこちらを見る蛮族達と目が合った。アルトリートは嘲笑うような表情を見せ付ける。
その硬直が解ける前にさらにもう一体。手近にいた白い仮面を身に着けた蛮族に双剣を叩き込んだ。
「―――っ!?」
「後はよろしく」
「うむ。任された」
仮面に大きな亀裂を入れて、フェイスレスが仰向けに倒れる。同時に、アルトリートは身を伏せた。
間髪入れず、頭上を身の毛がよだつような轟風が駆け抜けた。
「―――!?」
不意を突かれた蛮族達は避けられない。
風を纏った戦棍に骨を砕かれ、内臓を圧壊され、叫び声すら上げられずに、三体の蛮族が宙を舞った。
投げ捨てられた人形のように、地面の上をバウンドして転がっていく。
「ヒッ!?」
運良くギルバールの攻撃範囲から外れていたオーガが悲鳴を上げた。
慌てて逃げようと踵を返し、直後、イーリスに膝裏を撃ち抜かれて転倒する。
「はい。お休みなさい」
レクターが呪文を解き放ち、小さく笑う。
確保できた情報源は三名。半分を生け捕りというのは、上々の結果と言っても良いだろう。
「建物の中を調べます。マギスフィア起動、“ライフセンサー”」
深い眠りに落ちた蛮族を尻目に、イーリスが小さく呟く。
彼女の傍らに浮かぶ二つの球体。その一つが入力されたコマンドを受けて赤い輝きを纏う。
魔動機術“ライフセンサー”発動。瞬間、マナが波紋のように広がり、建物内部へと浸透していった。
「どうじゃ?」
「……反応ありません。建物の中にいたのは、ここにいる者で全てのようです」
イーリスが首を横に振る。
つまり、ドレイクはこの村にいないか、前線に出ているということになる。
「じゃあ、早速だけど、情報源に役立ってもらおうか」
「そうだな」
レクターとアルトリートは頷いた。