絵を担いだ羽生は、学園都市の夜の中を走り抜けている。
忌まわしき部屋に閉じ込められ数十年。やっとあの場所から出ることが出来た。
あのまま時が過ぎれば、いずれ彼はそのまま消滅していただろう。
鬼に生まれ変わり、莫大な妖力を持つようになっても、獣の槍には敵わない。
あれは妖怪(バケモノ)にとって天敵なのだ。
ただ、不幸中の幸いだったのは、彼がこの地の地脈制御に媒介に使われた事だ。
この《学園都市》が作られる際に、霊的な浄化、及び整理が必要不可欠だった。
塀で囲まれたこの街を、超能力の余波で満たすためには、妖怪(バケモノ)や地脈の起伏は邪魔である。その制御のために使われたのが獣の槍であり、羽生なのだ。
自らの本体たる『絵』には地脈から莫大な霊力が注ぎ込まれ、妖力へと置換されていた。そしてそれを獣の槍が消滅させていくのだ。
それがあの部屋で行なわれていたこと。
この地に振舞われる地脈からの霊力は、羽生を含めた幾つかの封印により消滅させられ、変わりに何百万という学生達の能力余波により、科学的な人工聖地へと形作られていた。
今、羽生は槍の封印を解かれ、『絵』には地脈からの莫大な霊力が注ぎ込まれている。
この都市を覆う霊的な『壁』も、羽生が消えたことにより一部が崩れた。
その方向は奇しくも北東。風水でいう鬼門の方向である。
そして、《学園都市》の北東にある場所、そこは――。
『さて、どうしたものかな』
羽生は一人ごちた。
彼の生きがいはこの『絵』。いや、この『絵』に書かれた一人娘だった。
だが、もう娘は居ない。
自らも醜い鬼になり、全ては『絵』と『記憶』の中に、娘との失われた日々があるばかりだ。
何もかもが遅すぎた。娘への狂おしい愛情は、もう吐き出される場所が無い。
《学園都市》の一つのビルの屋上で、羽生は空を見上げる。
空だけは昔と変わらなかった。
コトリ、と脇に置いた絵の中には『娘』が居た。
見る人が見れば狂気を感じるだろう。真っ暗な闇の中、椅子にひっそりと座る裸の少女。
だが、羽生から見れば愛おしい娘。
暗く沈んだ色合いも、彼が娘の一面を正確に切り取ったものだった。
月の光に照らされた『娘』の陰影に、羽生はうっとりとした。
『……』
周囲に気配を感じた。
羽生は目を細め、周囲を睥睨する。
絵を守るように立ち、屋上に設置された一枚のドアを睨み続ける。
ゆっくりとドアが開き、出てきたのは二人の女性だ。
一人は大きなメガネをかけ、細長い狐の様な目をした女。首の後ろで束ねた黒い長髪を、背中に流している。
パンツルックのスーツ姿であり、背の高さが生かし、しっかりと着こなしている。
「羽生道雄画伯、で間違いないですか?」
『あぁ』
女の関西風のイントネーションの言葉に、羽生は短く返す。
今の彼にとって、目の前の女どもは虫ケラに等しい。力を振るえば、あっという間にミンチにする事が出来るだろう。
そんな彼の気配を察知したのか、長身メガネの女の後ろから、もう一人の女――少女が一歩を踏み出した。
こちらもメガネをかけた少女だ。だが、身長はさほど高くない。羽生は知らないが、ゴシックロリータと呼ばれるフリルだらけの服を着ている。
腰元には短めの日本刀が二本見える。
頬を紅潮させ、どこかフラフラとした調子で長身の女の前に立った。
その様子に、羽生は多少いぶかしんだ。
(火精……か? 女の内部から、術を感じる)
長身の女は少女に声をかけた。
「ええんですわ、月詠はん」
「え~、でも~」
そう言いながら長身の女に、月詠と呼ばれた少女は下げさせられてしまう。月詠は渋々といった体。
「お初にお目にかかりますな、羽入はん。ウチは天ヶ崎千草といいます。まぁ、しがない陰陽師をやってはります」
『私を、払いにでも来たのかい?』
「いえいえ、とんでもありまへん。むしろ〝取引〟に来ました」
『取引?』
取引。相手は偶然では無く、自分に会いに来た。
つまり、この女は自分が封印を解かれる一因の状況に、一枚噛んでいるのだろう。そう羽生は見当をつける。
『自由になった私に、これ以上に利になる様なものがあると――』
「『娘』はん」
『――』
千草の一言に、羽生の言葉が詰まる。その反応に気を良くし、千草は笑みを浮かべつつ、口を開いた。
「『娘』はんに、会いとうないですか?」
『……貴様、娘を愚弄する気か』
淡い期待を持たせる腹積もりか、と羽生は怒りを滲ませ周囲に殺気を放つ。月詠はそれに反応し、二刀を抜き放つ。
「そんなつもりはありまへん。ただ素直にそう聞いただけですえ」
それらを全て流し、千草は言葉を続ける。
「『娘』はんに会わせたります。だから、私達に協力してくれまへんか」
千草が手で合図を送ると、ドアからもう一人少女が入ってくる。
白い着物に緋袴。それは涙子が見かけた巫女姿の少女と同じだった。
「彼女は学園都市に保護されている『原石』と呼ばれる能力者の一人です。『吸血殺し(ディープブラッド)』なんて呼ばれとりますが、まぁ彼女の事を把握してないんでっしゃろね」
風が吹いた。『吸血殺し』の黒い髪が流れた。一瞬、髪に白色が刺す。
「彼女の力の一端しか、その言葉は現してまへん。彼女の能力は――」
千草の言葉は風にかき消された。
ただ、千草の言葉をしっかりと聞いた羽生は首肯をする。
幾つかの言葉を交わし、羽生の顔に狂喜が浮かぶ。
そして、羽生は『絵』に力を込め、妖怪(バケモノ)を『絵』から吐き出した。
『学園都市』にゆっくりと、妖怪(バケモノ)が広がり始める。
◆
学校の教室。
授業中でありながら、涙子は頬杖を付きながらニヤニヤ笑うばかりで、教師の言葉など聞いてはいなかった。
朝から甚だ不振な態度だったので、クラスメイトの初春飾利も怪訝な視線を涙子に送っている。
涙子が思い出すのは昨日の事だ。
愛衣と出会い、ショッピングをした。
途中不思議な出来事にあったり、変な幽霊とも出会った。
そして、獣の槍。
自らが手にしてしまった異能の力を思うと、知らず頬が緩む。
超能力に憧れて来たこの街だが、そこで知ったのは『自分には才能が無い』という事だけなのだ。
学園都市に来て二ヶ月しか経っていないが、その短い期間に涙子は〝あきらめ〟を知ってしまった。
1を2にする事と、0を1にする事には果てしない隔たりがある。レベル0である自分に何が出来るのか。この街で生活した二ヶ月で痛いほど分かった。
そんな中現れた獣の槍に、涙子は心奪われてしまった。
槍を使った時の体に巡る万能感。
あれほど遠くにあった能力者の存在が、まるで自分のすぐ近くにある様に感じる。
ふと、手の平を見つめた。
今もこの手の平の中。正確には体の中に、獣の槍は納められている。
昨日の夜の事を思い出すと、更に笑みがこぼれた。
◆
槍を体内に持ちつつ、寮に帰宅した涙子。
手早く食事を取った後、姿見に向かい立った。
「槍よ」
一言そう呟くと、手の平からスルスルと無骨な槍がせり出し、手の中へ収まる。
槍を持ったまま、意識を〝戦い〟へと切り替える。もちろん何かと戦うわけでは無いが、言わばスイッチの様なものだった。
一度しか槍を使っていないのに、使い手たる涙子の中にはそのスイッチが明確に存在し、そして感じられた。
カチリ、とスイッチを切り替えると、涙子の体は一変する。
普段でさえ長い髪が更に伸び、フローリングの床に髪が放射線状に広がる。おかげで自分の顔や体、服さえ隠れるほどだ。
「うぇぇ……わたしこんなんだったんだ……」
鏡に写る自分の姿は、一昔前にヒットしたホラー映画の主人公を思い出させた。
不快な姿を認めつつも、涙子はそれ以上の期待感に心躍らせていた。
槍の重さは無い。体に力が溢れ、まるで体に羽が生えたようだ。
涙子はふと窓の外を見た後、ベランダに出てみた。
街は静かだ。昼間はあれだけの喧騒に満ちている学園都市も、夜には静寂に包まれる。この都市特有のものだ。
夜闇にポツポツと光が見える。空には星、そして月。初夏の爽やかな涼しさが頬に当たる。
涙子の住む寮は、車道に面している。ベランダの下も車道で、その向かい側には同じぐらいの高さの建物が建っている。
ベランダの欄干に手をかけ、その上に昇った。細い欄干に二本足で立つので、少しドキドキした。
だが、恐怖は無い。一歩踏み外せば車道へまっ逆さまだ。なのに、あるはずの恐怖がまるで槍に吸い取られる様に感じられる。
涙子はそのまま、思うが侭に欄干を蹴った。体にグンと重圧がかかりながら、宙を舞う。
「うわぁ……」
知らず、感嘆の声が漏れた。
体が空に浮かんでいる、と錯覚する程の滞空時間。
目指すは向かいの建物の屋上。常であれば間違いなく届かない距離も、今の涙子には余裕を持って辿り着けた。
向かいの建物の屋上、その淵に裸足の足先をかけ、そのまま更に飛び上がる。
自分の真下を、数々の建物が流れていった。
ビルの屋上、太陽光発電のパネル、各種アンテナ。そんなものを真上から見下ろす事で、見慣れた物が新鮮に感じられる。自分の力を実感できた。
「すごい! すごいよ!!」
走りながらも、涙子はただ「すごい!」と叫ぶばかり。髪が後ろに流れ、長い尾を引いている。一歩飛ぶ毎に二、三十メートルは飛んでいた。
自分の周囲を、建物がすごい勢いで流れていく。様々な高さのある学園都市のビル群も、今の涙子にしてみればアスレチックアトラクションに等しい。
ピョンピョンと跳ね飛びながら、空中を駆け巡る。
「あははははははは!」
雲が掴めそうだった。月にまで行けそうだった。
触れれるはずの無い、行くことができるはずがない場所に、容易く手が届きそうだ。
幼い頃にテレビで見て憧れた、女の子の変身ヒーローを思い出す。
もし、彼女達が実在するなら、こんな気分だったのだろうか。
(まぁ、アッチは可愛い格好してて、コッチはホラーな姿だけどね)
苦笑いをしつつも、心の躍動は止まらない。
もはや愛衣の言葉など頭に無く、思うが侭に体を動かした。
その日、涙子が部屋に戻ったのは深夜三時過ぎだった。
◆
空を駆ける時の痺れる感覚が、未だに脳内にこびり付いている。
それらを反すうしていたら、いつの間にか昼休みになっていた。
口の端から垂れていた涎に気付き、手の甲でゴシゴシと拭う。
「佐天さん、今日は本当にどうしたんですか?」
涙子の席に近づき、そう聞くのは初春飾利だ。
昨日、涙子が待ち合わせ場所で待っていた少女である。
短めに切りそろえられた前髪の上には、何故か花輪がある。身長は涙子より少し低いくらいだろうか。どうにも花輪が目を引く少女だが、それ以外はこれと言って目立つ特徴が無い。
「ど、どうしたって、何が?」
「だって今日の授業中、ずーっとニヤニヤしてたじゃないですか。クラスのみんな気味悪がってましたよ」
「え……そんなに」
初春に言われ、やっと気付いた涙子は気まずそうな顔をする。
槍の事で頭がいっぱいになり、周囲にまで気が回らなかったのだ。
そんな涙子と初春の話の輪に加わる少女達がいた。
「確かに、今日の佐天さんはキモかったな。何かを思い出しニヤニヤと……ま、まさか男! 男なのかー!」
自分で言った言葉に絶叫し、頭を抱えている少女はクラスメイトの明石薫だ。
「せやなー、怪しすぎるで。今日になって急にあんな調子になったからな」
薫の後ろからメガネのブリッジを上げながら、興味津々といった感じで見つめる少女、野上葵である。
「な、何も無いわよ! お、男って私にそんなのいるわけないジャン!」
「本当かしら……」
ススス、っと気配を殺して涙子の背後に近づく、少しカールが効いたショートカットの少女は三宮紫穂だ。
「さ、三宮さんッ!」
紫穂の気配に気付き、バッっと離れる涙子。
「チッ……別にそんなに恐がらなくたっていいじゃない。私の能力なんて表層の真偽を量る程度のものよ……たぶん」
「た、たぶんって言った! それに舌打ちまでしたでしょ!」
涙子のツッコミに、紫穂はプイと顔を背ける。
薫、葵、紫穂はクラスでも仲の良い三人組だ。
そして《学園都市》に小学生の時から住んでいる、生粋の学園都市っ子でもある。新参の涙子に親切にしてくれる気の良い子達だが、下世話な話が大好きで、いつもこの手の気配があると話に突っ込んでくる。
彼女らは、この柵川中学にありながらレベル3という『強能力者』にカテゴリーされるエースだ。本来であれば、涙子の友人でもある『レベル5』御坂美琴がいる常盤台中学に居たっておかしくないのだ。
と言うのも、彼女らがレベル3になったのはつい最近というのが理由である。
小学生の頃は能力の向上が見られず、レベル1で落ち着いていた彼女達だった。
だが、中学に進学した後、彼女らが所属する能力開発研究所『B.A.B.E.L.』に、新しい能力開発の主任が来たとか。
皆本なるその男性主任が作った、新しいアプローチの能力開発に、彼女ら三人はバッチリ適合し、二ヶ月という短期間でレベル3にまで向上したのだ。
しかもレベル3とは言っても、限りなくレベル4に近い3らしい。
皆本という男性はイケメンで頭が良く、運動神経も良いという、所謂勝ち組らしい。
彼女ら三人は彼にメロメロで、この二ヶ月の間に涙子は耳が腐るのではないかというぐらいノロケ話を聞いていた。
そんな彼女達の内の一人、三宮紫穂の能力は『読心能力(サイコメトリー)』。
触れた者の心理を読んだり、物質の残留思念を読むのだ。
本来、校内での無断の能力使用は厳禁だが、この手の話になると容赦なく使うのが紫穂だった。
「と、とにかく! 男が出来たとか、そういうの無いから!」
「ほんとかいな~」
「ホント、ホントよ!」
葵の突っ込みに、涙子はすぐに返した。
三人娘がニタニタと見つめる中、涙子は必死で否定する。その姿が面白くて、更にからかわれるのが続く。
初春はそんなやり取りを見つつ、「アハハ」と乾いた笑いを浮かべるのだった。
◆
「ふむ」
オカルトGメンと呼ばれる組織に所属する西条輝彦は、《学園都市》の中を歩いていた。
元々彼はある案件を追って、学園都市内部への捜査申請を行なっていた。
そして昨日、外から感じられるほどの妖力の膨らみを都市内部から感じた。
なんとか都市の上層部と掛け合い、捜査の許可が下り、彼はこうやって都市内を歩いているのだ。
とは言っても、《学園都市》は広い。その上、人員は彼一人という状況だ。
ゴースト・スィーパーという職業がある。云わば現代版除霊師であり、国際資格でもある。
元々オカルト――魔法世界は秘匿主義である。
だがその秘匿とて、いつも万全では無い。
そのための対抗策として、人々の生活に根付く魔法的障害への対応ぐらいは世間一般に公開しよう、として作られたのがゴースト・スィーパーなのだ。
これは長らくある魔法世界での魔法秘匿派と非秘匿派の衝突、その緩和にも使われている。
そんなゴースト・スィーパー、通称GSの仕事は幅広い。仕事のほとんどは「人に害を為す悪霊や妖怪の除去」という括りにまとめられるが、霊にしろ妖怪にしろ多種多様。臨機応変な対応を求められる大変な仕事だ。故に、GSというのは高給取りである。『霊具』と呼ばれる仕事道具とて、億単位のモノまである。近年、大企業がGSと専門契約を結ぶ事も少なくない。
しかし、GS制度が出来て四十年近くになるが、そういった仕事内容がメディアに載る事は少なかったりする。これには魔法界の圧力があったりするのだが……。
西条が所属するオカルトGメンとは、云わばGSのお役所版であり、国際警察機構と呼ばれる世界的治安組織のオカルト部門なのである。
大規模な霊障などを未然に防ぐという役割もあり、西条はその霊障を防ぐための捜査をしていたのだ。
第七学区と呼ばれる場所を歩きながら、西条は周囲を観察した。自らの霊感もフルに発動させ、この街そのものを探ろうとする。
そんな真剣な顔立ちの西条を、通りがかる女子学生たちは思わず見つめてしまう。
濃い顔立ちだがハンサムなのだ。だが、西条が大事そうに持っている物を見ると、学生達は少しガッカリしながら去っていってしまう。
西条が手に持っているのは『見鬼くん』と呼ばれる霊具であり、云わば妖怪レーダーとも言える物だ。
小さな立方体の上に、更に小さな人形が乗っていて、妖気のある方向を指差すのだ。見方によっては、どこかの観光地の古めかしい土産の様である。簡単に言えば見た目がマヌケなのだ。
西条はどこか思案気に、そんな『見鬼くん』を見つめる。
(反応が過敏、いやノイズが少ないのか。この街は極端に霊力の歪みが少ない、それに――)
周りを見れば学生だらけ。社会人などはほとんど見かけない状況だ。
(超能力とやらの余波か? 霊感が狂わされてる気がする。厄介な場所だ)
西条の手には写真が二枚。一枚は大きなメガネをかけた女性が写っている、もう一枚は――。
(関西呪術協会、天ヶ崎千草か)
関西呪術協会からの依頼だった。関西呪術協会とは、国内を二分する魔法勢力の片割れである。
それと同時に様々な火種を抱える組織でもある。
東の麻帆良、強いては西洋を中心とした魔法文化と、とにかく折り合いが悪いのだ。
更に利権の問題もある。関西呪術協会の最大の産業と言えば『破魔札』が上げられる。GS御用達の品で、西条も今まで幾度使ったか数えられない程だ。
利益は莫大で、今までその利権を巡り、何度組織内で抗争が起きたか分からない。徐々に衰退していく陰陽寮の中で、唯一それだけが彼ら『陰陽師』を生き長らえさせている。
その関西呪術協会の強硬派の若手、天ヶ崎千草が失踪した事により事件は浮き彫りになる。
根強い反西洋魔法主義者であり、彼女が消えた事が何かしらを企てているのは明白だった。
当初は組織自らが始末をつけようと奔走するも、彼女の姿が《学園都市》内に消えた事により、一変した。
『魔法』同士の対立で無く、『魔法』と『科学』の対立となると、事は更に厄介だ。尻に火が付いた関西呪術協会は、中立的魔法組織『オカルトGメン』に泣きつく事により、今に至っている。
(一体何をするつもりやら。それにしたって人員を確保できなかったのは痛い。幾ら何でも僕一人じゃ無理があるぞ)
《学園都市》に大量の人員や物資を運び込むわけにもいかず、なら優秀な人材を連れていこうとしても、オカルトGメンに優秀な人材は少ない。優秀な人材はフリーになるのがこの業界の定石だからだ。
彼の右腕たる部下もいるが、彼はある理由により一緒には来れなかった。
(せめてオカルトに対応できる様な人材を、この都市内で確保したいものだな)
『超能力』、それらが多種多様な力を持っているのは知っているが、果たして悪霊などに対抗できるのか、甚だ疑問だ。だが、可能性が無いわけではない。
「とにかく最善を尽くそう」
西条は気合を入れなおし、周囲の情報を集めていく。『見鬼くん』の集めたデータは、彼がベースとしたホテルの一室のパソコン内に送られ、緻密な情報統計を取っている。
ふと西条が角を曲がった時、一人の男子学生とぶつかってしまう。
「おっと、すまない」
「あ、いえいえ。こちらこそすいませんでした」
ぶつかった衝撃で『見鬼くん』を落としてしまった。だが、莫大な魔力を内包する精霊石を核として作られた『見鬼くん』には、この程度の衝撃では壊れない様に内部に術式が込められている。
「これ、お兄さんのですか?」
「あぁ、そうなんだ。ありが――」
落とした『見鬼くん』を男子学生が拾ってあげようと〝右手〟で触れた、その時――。
パキン。
まるでガラスが割れた様な音と共に、『見鬼くん』がバラバラになる。内部にある精霊石も破片となり、地面に散らばった。
「わわわ! す、すいませんー! い、幾らですか、弁償します!」
男子学生は慌てて謝るも、西条はそれ所では無かった。今、確かに術式が〝壊された〟のだ。その事実に、思わず笑みが漏れる。
(棚からなんとやら――)
心の奥底で陰湿な笑みを浮かべつつ、表面上は爽やかさを保ち、男子学生に問いかけた。
「ハハハ、それぐらいいさ。そんな事よりも君にお願いがあるんだ、少し付き合ってくれないかい?」
第四話 END