今日は日曜日。
上条は西条に呼ばれる事も無く、休日を謳歌するはずだった。
なにやら先日あったモノレールの事故に妖怪が関係しているらしく、西条は情報を集めるために方々に連絡を付けているとの事。
となれば上条の出る幕も無く、今日はゆっくり出来るはずだった。そう、はずだったのだ。
上条の部屋には同居人がいる。
インデックスという名の少女だ。つい一ヶ月程前に巻き込まれた騒動で、上条は彼女を保護する立場となっていた。
色々と曰くつきの少女だが、ここでは割愛する。
そして、ここ数日は上条の多忙もあり、隣人の妹にインデックスの食事などの世話をお願いしていた。つまり保護者である上条は、インデックスをほぼ放置していたのだった。
それがインデックスの機嫌を損ね、上条は休日ながら彼女のご機嫌取りに終始せねばならなくなった。
「はむっ! ~~~ッ! とうま~、これもっと買ってきて!」
「って、まだ食うのかよ」
上条は対面に座るインデックスを見て、呆れた声を出す。
場所は有名なファストフード店の二階。
インデックスのご機嫌を取るのには食べ物が一番、という事を上条はこの一ヶ月の生活で嫌でも身に染みている。
インデックスという名の少女は目を引く容姿をしていた。真っ白な修道服に身を包み、フードの隙間からは銀糸の様な髪がキラキラと光りながら垂れ下がっている。
年齢は十代前半だが、幼いながらも可憐な顔立ちをしていた。ティーン雑誌の少女モデルと言われても違和感ないだろう。
だが、この場所で周囲の視線を集めているのは、彼女の容姿故では無かった。
「はむっ! はむっ! はむっ!」
小さな口を高速で動かす様はどこかリスを想起させるが、咀嚼量はその比では無い。
トレイ二つに山と盛られたハンバーガーが、次々と包み紙だけになっていく。
数えられるだけでも、上条の一週間分の摂取カロリー量をとっくに越えていた。周囲の客もインデックスの食事量に唖然としている。されとて、当の本人であるインデックスは何処吹く風。悠然と食事を続けていた。
普段から食いしん坊だが、ストレスのせいか今日はいつにも増して量が多い。
だがこの少女、恐ろしい事にこれだけ食べても太らないのだ。
少なくとも上条の見える範囲では、インデックスの体型に変化は無い。体型もむしろ痩せ型だ。
(栄養が全部脳みそにでもいってるのかねぇ)
上条はインデックスの驚異的な記憶力を知っている。完全記憶能力者というらしく、一度見た事を忘れないらしい。カロリーの行き先も自ずと推測できる。
「とうま~!、はやく、はやく」
そんな事をボーッと考えていた上条に、インデックスの食事の催促の声がかかる。
「へいへい、この新作のハンバーガー五個で良いよな」
「十個だよとうま、十個、十個!」
「五個で十分ですっ!」
上条は何故か敬語で答えつつ立ち上がり、レジへ向かった。
普段の上条ならインデックスの横暴に涙を流している所だが、今日はいつもと違う。
(西条さんには頭が上がらないな)
懐のマネーカードには西条に貰った数日分の給料が入っている。優に上条の一年分の生活費を越える金額だ。
この額があればインデックスの暴食も恐るるに足らず。……と思いつつも、実際は恐くてそこそこのお値段のレストランには行かず、安全圏だろう低価格なファストフードに頼った上条だった。それでも懐から消えていく金額は中々の量なのだが。
階下のレジへ向かう上条の視界に、不穏なものが過ぎった。
「ん?」
見れば同年代くらいの少女が、数名の男達に囲まれている。どうやら店内でナンパに掴まっているらしい。
「ねぇねぇ、それってコスプレ? カワイイじゃん」
「そういうの趣味なんだ。俺たちさ、ソレ系の店知ってるから一緒に行かない?」
男達は早口で少女に詰め寄る。対して少女は席に一人で座り、顔を俯けにして黙っている。
(タチの悪いナンパだなぁ)
気弱そうな少女を男達が強引に誘い出している光景に、上条は呆れながら踵を返す。
ため息を吐きつつ近づくと、男達が邪魔で見えなかった少女の衣装が見えてくる。白い着物に緋袴。おおよそこの近代都市には似つかわしくない伝統的な衣装である。上条は神社で見かける巫女さんの姿を思い出した。
(巫女さん? やっぱりコスプレ?)
どうにも衣装にばかり目が向いていたが、少女の顔立ちも綺麗であった。
俯き加減ではっきり見えないが、それでも上条の視界に映る横顔は秀麗だ。日本人とは思えないぐらいの白い肌に、腰まで伸びた黒髪が強いコントラストを印象付ける。スラリとした鼻筋、長い睫毛が下を向き、唇はほんのりとピンク色に染まっている。
けっして華美では無い。大和撫子、という言葉が当てはまりそうだ。
男達は未だ諦めを見せず、少女に言葉をかけ続けている。
そこで少女に反応があった。伏せていた顔をゆっくりと上げ、男達を見つめる。
男達は期待に表情を綻ばせた。
「――ま」
「え、何?」
少女の小さな呟きに、男達は問い返す。
「邪魔」
今度は上条にもはっきり聞こえた。少女の明確な拒絶に、男達の表情が強張る。
少女の瞳が暗く揺れた。空気が変わる。
少女の手がそっと伸ばされ、男達に触れようとする。彼女自身の均衡を欠いた精神が、自らの〝異能〟を発揮しようとしていた。
「おっと、大丈夫か」
少女の伸ばされた手が、第三者に掴まれていた。パリン、と小さな音が響く。〝異能〟が消える。
「え?」
先程までの張り詰めた雰囲気は消え、少女はただ掴まれた手を見つめる。
上条は少女の手を掴むなり、強引に男達の囲いから引っ張り出す。
「あ、ちょっとすいませんねー。この子と待ち合わせしてたんで」
白々しい言葉を並べつつ、上条は少女を引っ張りながらファストフード店の階段を降りていく。
「お、おい! ちょっと待てよ!」
背後から男達の声が聞こえるものの、上条は無視をして急ぐ。
少女はただ引っ張られるままに身を任せた。それよりも掴まれた手に驚きを隠せない。
よたよたと歩きながら、ただ上条の右手を見つめ、久しく感じていなかった微かな温もりに安堵を感じていた。
上条と少女はファストフード店を出た後、一本隣の通りまで走り一息を吐く。
「ふぅ、ここまで来れば大丈夫だろ。悪かったな、無理やり引っ張っちまってさ」
上条の言葉に、少女は無言のままプルプルと首を横に振った。
「そっか。やっぱりあいつら知り合いじゃ無かったんだな。勘違いだったら恥ずかしいしさ」
ハハハと上条は笑う。少女は繋ぎっぱなしな手を見つめる。上条も少女の視線で気付いた様だ。
「おわっ、悪い」
「あっ……」
パッと離された手に、少女は名残惜しそうな声を漏らす。
なんとなく微妙な空気が二人を包み、上条は無言のまま頭をボリボリと掻く。
「えーと、うん。それじゃ俺はここで――」
「姫神」
少女は上条の言葉を遮る。
「え、何?」
「姫神秋沙」
少女の言葉に、上条は逡巡する。
「ひめがみ、あいさ?」
「そう。名前」
あぁなるほど、と上条も合点がいく。どうやら自己紹介しているらしい。
「そっか姫神か。俺は上条当麻だ」
「上条……」
少女――姫神秋沙は噛み締めるように言葉を呟く。
ふと、姫神の視線がビルの壁面に設置された街頭ビジョンで止まる。表示されている時間を見て、何かを思い出したらしい。
「そろそろ行かないと」
「うん? なんか待ち合わせしてるのか?」
上条も姫神の視線を追い、現在時刻を確認する。
「ありがとう、ございます。上条、さん」
ボソボソと小さな声で途切れ途切れながら礼を言い、お辞儀をする。
姫神は上条の右手をチラリと見た後、名残惜しそうにしながら背を向けた。
「――あぁ」
思わず見とれ、返事が遅くなった上条だが、気付けば姫神は雑踏に消えていた。
「って、しまった!」
そこでインデックスをファストフード店に置き去りにした事を、上条は思い出した。
サーっと顔を青くしながら、店へ駆け戻る。
走りながらも、頭の片隅に姫神の顔がこびり付いていた。
(姫神か、綺麗な子だったな。でも――)
それ以上に寂しさを感じさせる子だったと、上条は思った。
その後、新作バーガーを二十個買わせられた上に、怒ったインデックスに頭を噛み付かれる上条だった。
◆
「あれ、佐天さん。ソレ、どうしたんですか?」
「ん? あぁ、コレね」
明けて次の週の水曜日。
朝のホームルーム前の時間に、佐天涙子はクラスメイトの初春飾利に問いかけられていた。
初春が指差すのは涙子の制服の袖口。夏服の半袖の影に、チラリと包帯が見えたからだ。
「あははは。先週の土曜にね、ちょこっと肩口切っちゃってさ~。でも、もうほとんど治ってるんだよ、うん」
それは先週の土曜、《飛頭蛮》との戦いで受けた傷であった。
だが、実際には言葉の通りほとんど完治していた。というか次の日には痛みも完全に無くなっている。
愛衣の治癒魔法とやらにより傷口を治してもらったのもあるのだが、《獣の槍》の効果でもあるらしい。
《槍》を使っている間に負った傷は治りやすくなるらしい。《石喰い》と戦った次の日にも、手足の小さな傷が全部消えていた様な気がする。
治りはしたものの、まだ薄っすらと傷口があり、大事をとって包帯を巻いているのだ。
普段は制服でうまく誤魔化していたのだが、今日は見えてしまったらしい。
「本当に大丈夫なんですか? それに肩口って、一人だと包帯巻くのも難しくありません?」
「さ、最初は人に助けてもらったけど、ほらもう傷はほぼ治ってるから。今は適当にグルグルーっとね」
空元気を見せるように肩をグルグル回す涙子。わざわざ心配かけまいとしている友人の素振りに、初春は苦笑いを浮かべる。
「もう、佐天さんったら。でも、本当に怪我とかには気をつけてくださいね。最近はすごく物騒ですから……」
この一週間程、奇妙な事件が多発している事を風紀委員である初春は実感していた。
「う、うん」
そして、それらの事件のほとんどに関与しているのが涙子だったりする。
さすがに日曜日は休んだものの、今週の月曜と火曜は愛衣と放課後に街を探索していた。
その際に怪異に会ったのも一度や二度では無い。さすがに《飛頭蛮》程の妖怪は出ず、ほとんどが低級霊や雑霊と区分される弱い妖怪だ。
ただし、耐性の低い人間に容易く憑りつき、超能力を暴走させるのでたちが悪かったりする。
羽生を中心とする怪異は、確かに《学園都市》に広がっていた。
強力な結界により無菌状態とも言えた《学園都市》と、人間の闇を伝い蔓延していく《妖怪(バケモノ)》は相性が良過ぎる。真っ白いキャンパスは容易く汚れるのだ。
ホームルームのベルと共にクラスメイト達が席に戻っていく。同時に担任教師が教室へ入ってきた。
涙子は席に戻っていく親友の背中を見て、そっとため息を吐いた。
◆
「佐倉さん、今日こそはご一緒に帰りませんか?」
放課後、帰りの準備をしていた愛衣にクラスメイトが声をかけてくる。
「その、ご一緒したいのは山々なのですが……す、すいません。今日もちょっと用事が……」
「そう、ですか。それではまた機会があったら」
「は、はい! ぜ、ぜひ!」
クラスメイトは残念そうな顔をして帰っていく。
愛衣がいるのは常盤台中学。《学園都市》の中でも名門と呼ばれるお嬢様学校、その一年生教室での出来事だった。
麻帆良からの留学生として来た愛衣に、クラスメイト達は暖かく迎え入れてくれている。今のところはイジメややっかみと言った事は起きていないが、このままだと遠からず愛衣の存在は浮く事だろう。先週から頻繁にあるクラスメイトの誘いを、ほぼ全て断っているのだ。
愛衣としてもせっかくの留学。もっと楽しみたいのだが、立場と状況がそれを許してくれない。
理由を他人に話す、という選択肢も取ることが出来ない。
(あはは、お姉さま、早く帰ってきてください!)
高音は未だ《学園都市》に戻ってきていない。対外的には風邪による体調不良という事にして、高音の部屋では魔法具で作られた彼女を模した人形が病床に伏せている。
数回メールで連絡があったものの、調べものとやらは難航しているらしい。
クラスメイトに挨拶しながら帰宅の途につく。
学校を出て、レンガ敷きのお洒落な街並みを歩いた。《学舎の園》と呼ばれる隔離区画。幾つかのお嬢様学校をまとめて集め、様々な商店と共に壁で周囲を囲った場所だ。もちろん学校関係者の出入りは自由。超能力者のいる《学園都市》故の極端なセキュリティ対策だった。
《学舎の園》のゲートから外に出て、バスに揺られること十分。涙子との待ち合わせ場所に着く。
先週の出会いから、愛衣と涙子はほぼ毎日会っていた。
最初は何気ない涙子の優しさから始まった付き合いだが、短いながら最早戦友と言ってもいい間柄になっていた。
そして、二人には引き下がれない理由も出来てしまった。
愛衣の知る限り、この《学園都市》の状況に対応できる人間は少ない。愛衣に涙子に高音と、あのメガネをかけた男子高校生。そして――。
(そういえば、あの男の人)
《石喰い》の時に愛衣達に静止を呼びかけた男性。思い返せば彼にも魔力らしき力を感じていた。
愛衣は未だこの《学園都市》に、オカルトGメンの捜査官が来ている事を知らない。
男性が敵なのか、味方なのか判断は出来ないものの、安易な接触は危険だと思う愛衣がいる。
(獣の槍に、妖怪、学園都市、麻帆良……一体どうすれば)
麻帆良の代表としての立場、学園都市という特殊性、友人が持つ強力な霊具。どれをとっても最善の選択が見出せなかった。
麻帆良や学園都市への連絡が組織間の軋轢となるかも知れないし、それが派生して大事に至るかもしれない。
このまま現状を放置すれば被害がより大きくなっていくかもしれない。いや、既になっていた。
だが、愛衣は十三歳の少女なのだ。彼女一人で判断出来る事は少ない。
ましてや、彼女が友誼を感じている涙子が持つ槍は特殊な霊具。愛衣の選択によっては、彼女を『売る』という事になってしまいかねない。
愛衣としては出来るだけ速やかに羽生を説得、または除霊してしまいたい。そして、涙子に害が及ばぬ形で事件を終結させたかった。
どうすれば最良で、何が最善なのかも判らない。出来ることなら声高に危機の真相を叫びたいくらいだが、その行動は大きな火種となる。
心に溜まった鬱屈を、ため息として吐き出す。
そこへ。
「おーい、佐倉さ~ん」
涙子が小走りに走りよって来た。
涙子の元気な姿に、思わず苦笑いを浮かべる。
今はまだ解決の糸口が掴めない。それでも、やるべき事はあるのだ。
愛衣は気を引き締める。
《学園都市》の夜の闇には魑魅魍魎が棲み付いている。
彼女達が飛び込むのは、戦場だった。
◆
涙子は長い前髪で隠れた顔を腕で拭う。
夜とは言え、初夏のこの時期にあれだけ走り回れば汗もかくというものだ。
愛衣と合流した後、涙子達は愛衣の魔法で、妖怪や怨霊といった怪異の探索を行なった。
ここ数日繰り返していく行動でもある。さすがに二人で探索できる範囲などたかが知れているが、それでも低級霊の類は涙子達の生活圏に多く現れていた。羽生の作為的なものも感じていた。
例え羽生の意図した事と言っても、放置は出来ない。
二人は黒い影や小さな人魂といったバケモノを、次々と屠っていく。
だが、初日に見た様に、低級な怪異ほど数が多い。
今日に至っては愛衣と二人で退治しようとした低級霊は散らばってしまい、二人で分かれて処理する事となった。
〝外〟では対して問題にならない低級霊でも、《学園都市》では強大な害悪となる。
超能力者に憑りついた際の脅威を、涙子は身を持って知っている。
《槍》を手にした涙子の周囲には、何人かの男性が倒れている。風体からして碌でも無い輩だと感じられるが、彼らも被害者だった。
場所はいつもの如く、《学園都市》にある雑踏。周囲をビルの無機質な壁に囲まれ、人通りのほとんど無い場所だ。
怪異は人の少ない闇を好む。必然この様な場所へ行き着く。
そして、素行の悪い男達は人通りの少ないこの場所でたむろし、悪霊の被害にあったというわけだ。
涙子は《槍》を持ちつつ、周囲の気配を探る。どうやら妖力の類は感じられないらしい。
気を緩め、倒れている人影達を探る。
「とりあえずは大丈夫かな?」
見た目は薄汚れてるものの、命に別状は無さそうだ。
チラリと周囲の壁を見れば、真新しいひび割れやコゲ痕といった物が見える。先程の戦闘で、悪霊に憑りつかれた男達が使った、暴走した超能力の結果だ。
涙子としても良心が咎められるが、男達はここに置いていくしかないと決断する。
早く現場を去ろうと、路地を駆け出す涙子。
愛衣との合流をするために携帯電話を取り出そうとするが、路地の中央に落ちているぬいぐるみを見て足を止めた。
「ぬいぐるみ?」
クマのぬいぐるみだった。新品同様といったぬいぐるみが、小汚い路地裏に置かれているのに違和感を感じる。
自然と手が伸びていた。ぬいぐるみを掴もうとすると、急に頭に警鐘が鳴る。
「――ッ」
不意の直感に、ビクッと手を引っ込める。
その瞬間、ぬいぐるみが爆発した。
《槍》の能力により、涙子は体の筋肉を総動員して背後へ跳躍する。だが、伸ばしていた指先は軽く火傷していた。
「痛ッ」
痛みに軽く呻く。背後へ着地した時、何かを踏む。カチリという音と共に、足元でパンパンと何かが弾けた。
「うわっ!」
落ち着いて見ればただの爆竹だと判断できただろうが、先程の爆発により過敏になり、力の限り前方へ駆けてしまった。気付けば細い路地の袋小路に行き着いてしまう。
人が横に二人程しか並べない幅で、周囲は高いビルの壁面に囲まれ、光も微かな月明かりのみだ。
「ふ~ん、本当にいたんだ。毛玉ナンチャラ」
背後からの声。涙子の退路を断たんとばかりに、一人の少女が立っていた。
ビルの壁面に背を預けながら、くちゃくちゃとガムを噛み、口元で風船を膨らます。
涙子は何が起きてるのか判断できず、声が出せない。鼻腔にガムの甘ったるいグレープ臭が香る。
夜の闇が少女の姿を隠しているが、月明かりがチラリと路地を照らし出し、姿が垣間見えた。
涙子と同じくらいの年齢だろうか。金髪を背中まで伸ばした美少女だ。見るからに外国人、しかも欧米系。青い瞳が挑発的にこちらを見ている、どこか猫を思わせた。
頭にはベレー帽をかぶり、ブレザーにチェックのスカートという姿はミッション系の学生の印象だ。
少女の名前はフレンダ。この《学園都市》の闇に身を置く一人だった。
フレンダは微かな明りしかない路地ながら、涙子の体躯をしげしげと観察する。
「長い髪で隠れてるけど、あんた女でしょ。結局、骨格とか隠しきれてない訳よ」
「えっ」
涙子は思わず声を漏らす。小さい声だったが、その声の音程の高さに、フレンダは益々確信を持ち、笑みを強くした。
「あんたさ、暴れすぎ。おかげでアタシらのとこまでこんな仕事回ってくるしさ」
少女はグチグチと文句を言う。だが、二人の間の空気は逆に引き締まっていく。
フレンダの瞳が、好戦的な輝きを放った。
「コスプレ野郎の始末。安すぎるせいで、あたし一人に押し付けられるし。まぁ一人分と考えれば、そこそこ金になるからいいんだけどね」
「し、始末って」
妖怪じゃない、純粋な人間から向けられる殺意に、涙子は緊張する。問いかけも自然と漏れた。
「ふん、ちゃんと喋れるじゃん、『毛玉女』。その格好って何? 結局コスプレなわけ? ダッサ……つか、女として終わってるし」
フレンダは質問を流しながら、涙子を貶す。涙子もフレンダの言葉に血が昇った。
「くっ! 好きでこんな格好してるわけじゃないわよ!」
「プハハハハ、怒った怒った。単純だね、毛玉女。で、なんだっけ始末の意味だっけ」
フレンダは腹を押さえながら笑っていたが、笑いつつも瞳だけは剣呑。地団駄を踏む涙子を鋭い視線で貫く。
「〝殺す〟って事だよ」
カチリ、と何かを押す音が聞こえ、爆音が路地に響いた。
第十一話 END