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No.25179の一覧
[0] 【習作】プレーヤー召喚(現実→ファンタジー、R-15)[三叉路](2011/03/03 06:48)
[1] 第1話[三叉路](2010/12/30 23:23)
[2] 第2話[三叉路](2011/01/15 19:04)
[3] 第3話[三叉路](2011/01/15 19:05)
[4] 第4話[三叉路](2011/01/15 19:16)
[5] 第5話[三叉路](2011/01/15 19:17)
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[25179] 第5話
Name: 三叉路◆53a32b9e ID:3503d6aa 前を表示する
Date: 2011/01/15 19:17



     ◇



「これが前金だ。ちゃんとこなしたら、残りも払ってやる」

 男に手渡された銀貨の輝きに、リヴィエは目を奪われた。
 その輝きを、おずおずと手に包む。

「これもお前のものだ。しっかりやれよ」

 続いて渡されたのは、小さな宝石のついた金細工の指輪だった。

「あ、あの……」
「いいから取っとけ。相手はギルドの親方だ。心付けも豪勢なもんだな、ええ?」
「あ、ありがとうございますっ!」

 手のひらのものを、リヴィエはぎゅっと握りしめる。
 寒村育ちのリヴィエは、二十二の今になるまで、装飾品を身につけたことがなかった。伸ばし放題の茜色の髪は後ろで一つにくくられているだけで、化粧っけの一つもない。手にしたこれも、高価な物という認識でしかなかった。
 売れば、しばらくは余裕ができる。娘にも美味しいものを食べさせられる。

「よし、行け。この通りを六軒先だ。間違えるなよ」
「は、はい」

 狭い裏通りだった。両側から三階建ての民家が張り出していて、見える夜空は狭い。
 空の樽や荷車を避けながら、リヴィエはとぼとぼ歩いた。
 その足取りは重く、今にも止まりそうだ。
 これから起こることへの、恐怖と抵抗がある。しかし、他に道がない。どうしようもなかった。
 目指す家はすぐ見つかった。裏口に目印があり、鍵も開いている。

「し、失礼、しま、す……」

 恐る恐る声をかけながら、ゆっくり扉を開く。
 中は真っ暗だった。
 勝手口のようだが、人の気配もない。

「す、すみません。参りました」

 小声で暗闇に呼びかけるが、反応は返ってこない。
 リヴィエは手さぐりで、そろそろと中に入った。

「きゃっ!」

 暗闇の中でつまずいて、何か柔らかい物の上に転んでしまった。
 その物音に気づいたのか、灯とともに、二階から足音が降りてくる。
 リヴィエは慌てて立ち上がり、埃を払った。依頼主の親方に粗相があってはならないと、言い含められている。
 しかし、階段から降りてきたのは、ふっくらした中年の女だった。寝間着を羽織り、蝋燭を掲げて、いぶかしげにこちらを見下ろしている。
 戸惑うリヴィエの前で、女の顔が引きつった。

「きっ……きゃああああああああ!」
「えっ!?」

 リヴィエはうろたえて、周りを見回した。ランタンに照らされて、あたりの様子が明らかになる。
 リヴィエの足元に、太った男の体が横たわっていた。腹にナイフが突き刺さり、赤黒いものが地面に血溜まりを作っている。その目は虚ろにリヴィエを見上げていた。

「ひっ!?」
「人殺しっ! 誰かっ! 人殺しよっ!」
「ちっ、ちが……」

 振り回した手は、血に汚れていた。よく見れば、リヴィエの体にもべったりと赤いものが張りついている。
 パニックになったリヴィエは、扉から飛び出した。

「人殺しっ! 誰か捕まえてぇっ!」

 響きわたる声に、通りが騒がしくなる。少しだけ開いた鎧戸の窓から、人の目がのぞく。
 リヴィエは転げながら、その場を逃げ出した。



     ◇



 その光景を見届け、きびすを返そうとする男の姿を、秋人はじっと観察していた。

(妙なことになった)

 救貧院から出たあと、《遠目》で探索中に、例の男の姿を見つけた。
 近くで様子をうかがっていると、男の視線の先から、女が飛び出してきた。遠くに聞こえるのは、人殺しという声。夜警を呼ぶ声も聞こえる。
 考える間に、男は別の裏通りに入ろうとしている。

(……一応確保しておこう。後ろ暗い相手なら遠慮はいらんだろ)

『押さえろ』

 次の瞬間、男は地面に叩きつけられた。

「なんっ……!?」

 男は首を上げて正体を確かめようとするが、顔も石畳に押しつけられ、身動きもできない。
 押さえているのは、男を尾行していたグエンだ。
 秋人とマヤは、隠れていた物陰から出て、男の近くに歩み寄った。
《遠目》では声は聞こえないので、近づく必要がある。他に仲間はいないことは確認している。
 男はもがきながら、

「なっ、なっ、なっ……誰だ! 何しやがる!」

『脅して静かにさせろ』

 グエンがナイフを抜き、男の首筋に当てる。男は息をのんで黙りこんだ。
 一方、反射的に出た自分の言葉に、秋人も考えこむ。

(バイオレンスというか暴力というか……こういうことを平気でやれる人間になったんだな……)

 元の世界では、こんな風に他人を傷つけたことはない。喧嘩も幼いころにしただけで、口喧嘩とも縁遠い人間だった。
 それが、まがりなりにも会話を交わした相手に対して、マフィアやヤクザのような真似を平気でして、抵抗を覚えていない。
 森で殺し合いをして、そういう一線を越えてしまったのだろうか。
 それとも、力を持っていること、その力を直接振るうのは自分でないことが、抵抗感を薄くしているのだろうか。

(なんというか……優越感というか、他人を屈伏させることに、妙な爽快感があるのがおぞましいな。気をつけないと、暴力的な人間になりそうだ。自制しよう)

 秋人が考えこんでいる間、ずっと無言で押さえつけていたグエンに、男は不安に駆られたのか、哀願するように小声で喋りはじめた。

「くっ、口封じか? 喋らねえよ、朝になったら出て行く! この街には近づかない! ほんとだ! 見逃してくれ!」

(うーん……)

 どうにも話が見えない。
 マヤには《遠目》を移動させて、女の出てきた家の中を偵察させている。
 小太りの男の死体があり、すがりついて泣いている中年の女の姿があり、近所から、わらわらと人が集まっている。
 あの女が殺したのかとも思うが、どうも腑に落ちない。
 殺人現場にも、何か違和感を感じる。
 この男が関係者であることは、間違いないだろうが。
《魅了》で喋らせることも考えたが、こういう状況では微妙だ。世間話ならいくらでもするだろうが、犯罪となると、単なる仲の良い相手に喋るとも思えない。

(《混乱》……《恐怖》……《精神破壊》……駄目だ、ろくなのが思いつかない。あとは高レベルの呪文だし……)

 男はこちらを誰かと勘違いしているようだし、その勘違いに乗じて喋らせたい。
 しかし、なかなか妙案が浮かばない。
 単に脅して喋らせるだけでは、こちらが事情を知らないとばれて、偽情報を掴まされそうだ。

(《恐怖》で心底怯えさせれば、嘘もつかれないか? 受け答えできないぐらい怯えられたら困るけど……対人相手に便利な呪文って、ゲームじゃ少ないんだよな)

 今は、《稲妻の雲》や《氷雪の嵐》といった凶悪な攻撃呪文より、真実を喋らせるような呪文の方が欲しい。
 秋人が仕方なく《恐怖》を使おうと決めたところで、男がいぶかしげに口を開いた。

「……あの女の使いだよな? 違うのか? 何言われたか知らねえが、金なら腰にある。大金だ! それで見逃してくれ!」

(女?)

 秋人はふと気づいた。

『マヤ、《遠目》で見てる、死体にすがりついてる女。《幻覚》でそいつに変われ』

 言われるまま、中年の女に姿を変えたマヤが、男の前に立つ。
 グエンが男の顔を引きずりあげて、マヤの姿を無理やり見せた。

「おっ……」

 男が口をパクパクとさせる。
 そのまま顔を真っ赤にして怒鳴ろうとしたが、状況を思い出したのか、媚びへつらうような顔になった。

「約束と違うんじゃねえですかねえ、マダム。旦那もちゃんと始末して、こっちは仕事は果たしましたぜ?」

 マヤが扮する中年の女は、無言で男を見下ろしている。
 それを見て、男の顔が凶悪に歪んでいく。

「おい……舐めんじゃねえ! 淫売がふざけやがって、てめえの尻軽のせいで、こっちは余計な手間が増えたんだぞ! 変な考え起こすと……!」

『口塞げ。うるさい』

 もごもごと布を噛まされる男を見ながら、秋人は頭の中で状況を整理する。

(ここまでだな)

 マヤが元の姿に戻る。
《麻痺》で動きを止めた男をグエンが背負い、三人は裏路地を離れた。



     ◇



 一夜明けて、陽が上がり、中天を通りすぎたころ。
 領主の館に面した広場で、公開裁判が開かれた。
 被疑者であるリヴィエは中央に引きずり出され、ひざまずいている。手には枷をはめられ、ほつれた髪が肩にかかっていた。顔は青ざめ、うつむいている。
 対面には日除けの布が張られ、椅子に座る領主と、近習の人間たちが控えていた。
 広場の周りには、大勢の見物客が詰めかけている。凶悪事件が起きたときに開かれる公開裁判は、都市では娯楽の一つだった。
 裁判が始まり、広場にいる人間たちを相手に、リヴィエの罪状が読み上げられる。
 被害者は、金細工職人のギルドに所属する親方で、強盗殺人の疑いだった。

「わ、私じゃない、です」
「嘘つき! 人でなし! この鬼畜生め!」

 震える声で言うリヴィエを、親方の妻が泣き叫びながらなじる。興奮気味の観客も、好き勝手なやじを飛ばしはじめた。
 浴びせられる罵声に、リヴィエは震えながらうつむく。
 続いて、リヴィエについての情報が、役人から領主に報告する形で語られる。

「南西のリベラ出身。娘と二人でこの街に来たのは二週間前、救貧院住まいで、神殿の手伝いで食料をわけてもらって生活していたようです。仕事を方々探しまわっていたようで、金に困っていたのは確かですな」

 そこまで言って、役人が合図をする。
 運ばれてきたのは、小さな宝石のついた、金細工の指輪だった。

「その女の服から見つかった指輪です。殺された親方の店にあったもので、奥方が、間違いないと証言を」

 領主は鷹揚にうなずく。口元に髭をたくわえた、中年の騎士だった。

「お前が殺したのか?」

 領主は直接、リヴィエに聞いた。
 一瞬呆けたあと、リヴィエはぶんぶんと首を横に振った。

「私じゃありませんっ! あそこに入ったら、もう……!」

 その言葉を聞き、ローブにフードで顔を隠した人間が、領主にぼそぼそと耳打ちした。領主は軽くうなずく。

「では、なぜあそこにいたのだ?」
「それっ……は……」

 リヴィエは言葉に詰まる。

「救貧院で……男の人に頼まれて……仕事だと……」
「指輪はどこで手に入れた?」
「男の人から……前金だって……」
「どのような仕事だったのかね?」

 リヴィエは言葉にできず、うつむいた。
 目からじわりとこぼれた涙が、ぽたぽたと地面に落ちる。自分の惨めさに、嗚咽が漏れた。
 ふむ、と領主は頬杖をつく。
 親方の妻が、叫び声をあげた。

「でたらめをお言いでないよ、この淫売! あたしの主人の名誉まで傷つけるつもりかい! あんなに素敵な、大事な人だったのに、あんたは金欲しさに殺したんだ! 娘に顔向けできるのかい! この人でなしめ! 地獄に落ちろ!」

 リヴィエは耐えきれず、うつむきながら、子供のようにしゃくりあげはじめた。
 嗚咽混じりに、

「フィス……ごめん……ごめんなさい……フィスぅ……」

 周囲の野次も、リヴィエを犯人と決めつけ、領主の判決が下りるのを、今か今かと待ち構えている。
 領主が億劫そうに、立ち上がった。
 そのとき、兵士が小走りに駆け寄ってきた。
 領主に小声で耳打ちし、それに領主がうなずくと、再び兵士は走り去った。
 少しして、周囲の人だかりの一角が崩れた。
 二人の兵士の手で、男が引きずり出されてくる。
 その男を見て、リヴィエは目を見開き、声を詰まらせた。口を開こうとするが、嗚咽は止まらず、言葉にならなかった。
 男は状況がわかっていないようで、うろたえ気味にあたりを見回している。

「なっ、なんだよ。俺は何も……」

 人だかりから声が上がった。

「その男だ!」

 声を発して進み出てきたのは、平凡な中年の男だった。

「昨日の夜、その女と歩いているのを見たぞ! それに救貧院に泊まっていたら、その男に儲け話があると声をかけられた! 間違いない、そいつだ!」
「なん……」

 男は何事か言おうとするが、そこで親方の妻である女を見つけ、目を剥いた。

「てっ……てめえっ! 俺一人におっかぶせる気か! あいつだ! あいつが旦那を殺せって俺に持ってきたんだ! 俺だけじゃねえ! あいつも同罪だ!」

 人だかりがざわつく。
 親方の妻はおろおろと、周囲に助けを求めるように視線を飛ばしている。
 思わぬ展開に、群衆も興奮を抑えきれず、隣同士でぺちゃくちゃとお喋りをはじめた。
 騒がしくなった空気の中、ローブ姿の人間が、再び領主に耳打ちした。領主はうなずき、周囲に向かって厳かに宣言した。

「捜査のやり直しが必要のようだ。今日はここまでとする。解散しろ! 解散!」



     ◇



(なんとかなった)

 秋人は一人、安堵のため息をつく。
 男を放りこんだあと、どう展開するか予想がつかなかったが、うまいぐあいに運んでくれた。雇い主の女に裏切られたと思いこんでいたのだろう。《幻覚》も使いようだな、と改めて思う。

(でも、拘束されるのは計算外だ)

 現在、秋人たちは参考人として、領主の館に留められている。
 男とも面通しをして、何度も証言を繰り返させられていた。
 あの場で口を出すつもりはなかったのだが、あの女はせっかくの男を見ても、ぶるぶる震えるだけで、ろくに喋れそうになかった。

(さっさと『そいつだ! その男が自分に依頼したんだ!』って言え!)

 と、輪の外でやきもきしていたのだ。
 とうとう我慢できずに口出ししてしまい、こうして関係者として留められてしまっている。
 部屋には、保護していた女の子もいる。不安そうにユエルの手を握って、扉を見つめている。
 証言をするだけだったので、他の三人は外にいる。ユエルは、女の子を保護していること、自分の家内ということで、同伴を許されたのだ。
 それも秋人の不安の一つだ。

(まあ、さすがにここで、戦闘沙汰にはならないだろうけど)

 それにユエル一人でも、十分戦闘力はある。《衝撃》だけで、ほとんどの兵士は蹴散らせるだろう。
 自分の警戒心の強さに苦笑し、秋人は気持ちを落ちつかせる。
 なでるように腰の袋の感触を確かめ、顔をほころばせた。

(ふ、ふ、ふ……金貨が二十枚。しばらくは困らないな)

 男を連行する途中で奪った金だ。
 わざわざ大金があると教えてくれたのだ。おそらく依頼の報酬なのだろう。秋人は容赦なく強奪した。
 金貨一枚で、銀貨十枚分になる。金貨二十枚と言えば、秋人たちの労働賃金の一ヶ月分以上だ。美味すぎる。
 もっと金を持っている悪人はいないだろうか。組織に喧嘩を売ると危険だから、一匹狼のチンピラを、当局に突き出すついでに巻き上げて……

(……思考がアレだな。変な風になってる。もともと今回は人助けだったんだ。ついでに役得があっただけで。調子に乗ると足元をすくわれる)

 これが、明らかに怪しい話に乗る、ただの無分別な女のことだったら、秋人も無視していただろう。
 しかし、母親が捕まってしまえば、子供を保護するものは何もなくなる。孤児になった幼い子供の行く末など、考えるまでもない。大人ですら生きることに必死なのだ。

(それに……怪しい話に乗る気持ちもわかるか。母親だもんな)

 秋人には、他の四人の力がある。なりふり構わなければ、どうにでも生きていけるだろう。それが余裕になっている。
 しかし、あの女は、それがないどころか、守るべき子供もいるのだ。
 もし秋人が一人でこの都市に放り出されて、隣にいるのが、幼い自分の子供だけだったとしたら……

(地べたを舐めてでも、どんな汚い真似でもするだろう。しないといけない)

 自分だけなら、プライドやモラルが邪魔するかもしれない。
 しかし、子供を飢えさせるのは、そんなものの比でない、塗炭の苦しみだろう。

(……ちょっと分けてやるか)

 腰の金貨を触りながら、秋人は考える。

(二割……まあ、三割ぐらい……)

 隣の女の子を盗み見る。
 その頬はこけて、ろくなものを食べていないように見える。
 秋人はため息をついた。

(半分やるか。こっちはまた働けばいいしな。今回はこいつらのおかげで稼げたようなもんだし……)

 そこまで考えて、秋人は逆に不安になる。

(……別に半分ぐらい貰ってもいいよな? こっちだっていろいろ動いたんだし……いや……モラル的にも問題ないはず……さすがに全部あげるのは……むむむ……)

 そんな葛藤をしていると、部屋の扉が開いた。
 現れたのは、領主の騎士と、女の子の母親だった。泣き腫らした赤い目をしている。
 女の子がユエルの手を離し、母親の元に駆け寄った。
 母親はひざまずいて娘を抱きしめ、深く顔をうずめる。

「ごめん、フィス……ごめんね……」

 女の子は無言のまま、小さな手で、母親の体を握りしめ続けた。
 母子の対面に、穏やかな空気が流れる。
 ほのぼのとその光景を眺めていると、回りこんできた領主が、秋人に言った。

「お前たちもご苦労だった。奴らが洗いざらい吐いた。ご婦人は無罪放免だ」

 明らかになった事実として、やはり黒幕は、被害者である親方の妻だったらしい。住みこみで働いていた職人とできていて、親方の存在が邪魔になったのだとか。ギルドに所属できる親方の総数は決まってるから、親方が死ねば、職人の昇格も期待できる。
 しかし、職人と親方の妻との関係は、前から怪しいと噂されていた。親方がただ殺されただけでは、自分も捜査対象に入るかもしれない。ただでさえ、この街の司法は正確無比と言われているのだ。
 そこで男に依頼し、親方を殺害させ、別の犯人をでっちあげようとした。
 そういう経緯らしい。
 前日の夜に誘拐の罪で捕まった二人の男についても、再捜査がなされている。街のチンピラで、浮浪児の人さらいをしていたとか。
 秋人に声をかけてきたあの男が、行きがけの駄賃とばかりに、子供のことも売ったのだろう。

(物騒な世界だな……。でも、なんでここまで話すんだ?)

 一通り話を聞きながら、秋人は困惑する。
 あくまで秋人は、証人の一人にすぎない。領主が直々に話をするような相手ではない。
 その困惑を見て取ったのか、領主は髭を触りながら、

「ふむ。そういえば、一つ不可解な点があったな。犯人の男の言う、依頼に受け取った金というのが、どこをどう探しても見つからなかった。何やら要領の得ないことをわめいていたが……」

 秋人は冷や汗をかく。腰の袋が重い。
 領主はにやりと笑った。

「まあ、悪党の言うことだ。聞き流しておくことにしよう」

 そうですね。それがいいと思います。
 そんな感じの意味をこめて、秋人はうなずいた。

「それはそうと」

(ん?)

 ふと、空気が変わった。
 それも剣呑なものに。
 視線を走らせれば、扉は兵士に封鎖されていた。壁際にも何人か立っていて、戦いの前のような、張りつめた雰囲気がある。

(なんだ?)

 領主の後ろから、ローブ姿の、フードで顔を隠した男が現れた。
 裁判の間も、ずっと領主の隣にいた奴だ。
 その手に持つものを見て、秋人はぞっとした。

『ユエルっ! 《呪文抵抗》を準備!』

 右手に杖を持つ、ローブ姿の男が、フードを下ろした。
 豊かに蓄えられた白髭が、男の……老人の顎を覆っていた。

「ふむ。わかっているようだの」

 老人が言葉を発した。
 知性を感じさせる、落ちついた声だ。
 同時に、兵士が秋人たちを取り囲む。その手はいつでも抜けるよう、腰の剣にかかっていた。
 老人は杖を床に一突きし、言った。

「お前たちのことも調べはついておる。なにゆえ姿を偽って、この街に入りこんだ? そのまやかしを解くがよい」

(やっぱりばれてる……。魔術師か。どこかにいるんじゃないかとは思ってたが……)

 どうするべきか。
 どうしようもない。
 正面突破できたとしても、また逃亡生活だ。
 秋人の迷いに反応してか、ユエルが立ち位置を変えた。呪文の発動のための魔力が、活性化していく。
 それに何かを感じ取ったのか、老人が眉を上げ、杖を突きつけた。

「妙な真似はするでない」

 その言葉に、兵士たちの手にも力が入る。一触即発の空気が流れた。
 嫌な空気だ。
 手に汗がにじむ。

(逃げるべきか? 正体を晒せば、また子爵に追われる可能性もある。しかし……)

 ここで戦えば、母子を巻きこむ。
 今も、状況の変化についていけず、部屋の隅で怯えている。

(……ここで捕まっても、外の三人がいる。なんとかなる。可能性に賭けるしかない!)

 その言葉で、なんとか自分を勇気づける。
 頭の中で、語るべき言葉を組み立て、秋人は口を開いた。

「……変装をしていたのは謝ります。しかし、害意があってのことではありません」

 老人は目を細め、

「まず正体を見せたまえ」

 その言葉に、秋人とユエルは《幻覚》を解いた。二人の姿が、霞が溶けるように入れ替わった。
 中年の男だった秋人の姿は、二十歳ぐらいに。ユエルも、十七歳ぐらいの少女の姿に。
 兵士たちも、その変わりように動揺する。特にユエルが意外だったのかもしれない。農家のおばさんから、タペストリーにでも出てきそうな美少女への変身だ。
 母子もぽかんと、その変化を見つめている。

「ふむ……」

 老人は二人の姿を眺めたあと、聞いた。

「なぜ姿を偽っていた?」

 秋人は注意深く、言葉をつむいだ。

「南の子爵に追われて、こちらに逃れてきました。変装は、子爵の追手を避けるためです」

 ほう、と領主が声を漏らした。
 彼らが子爵の関心を買おうと思うなら、自分たちを捕らえて、突き出そうとするだろう。
 秋人はじっと反応を見守った。
 老人は無表情に続けた。

「追われる理由はなんだね?」

 秋人はちらりとユエルに視線をやり、

「彼女を、あの子爵が無理やり召し上げようとしたのです。私たちは抵抗し、辛うじて逃げ出しました」

 同時にユエルが、嫌な過去を思い出したようにうつむく。
 秋人が指示しただけなのだが。
 ユエルが、十人いれば十人が振り返る、はかなげな美少女だということが、この言葉を説得力あるものにした。
 子爵の人となりもあるのだろうが、兵士たちの視線もすでに変わりはじめている。
 召喚されて逃げ出したなどという言葉よりは、受け入れやすいだろう。
 老人はその言葉を吟味するように、しばらく考えこんだあと、領主にぼそぼそと囁きかけた。
 領主はその言葉にうなずき、渋みのある笑みを浮かべた。

「下がれ」

 その言葉に兵士たちが引き、一触即発の空気が霧散する。

「災難だったな、お前たち。悪い人間ではないだろうとは思っていたが、こちらにも警戒する理由はあるのだよ。だが、そういうことなら安心するがよい。奴に手は出させん」

 どっと湧いてきた安心感に、秋人は膝が砕けそうになった。
 しかし、領主は言葉を続け、

「宿にも困っているのだろう? 我が館に留まるといい。もてなしてやろう」

 温かい声音ではあったが、それには秋人は躊躇を感じざるをえなかった。まだ完全に信用したわけではない。
 しかし、ここで断るわけにもいかない。兵士たちの前で、領主の顔に泥を塗ることになる。
 その逡巡を察したのか、

「そう不安がるな。奴とは昔、娘のことで一悶着あってな。我が名にかけて、奴の思い通りにはさせんよ」
「……お嬢様と?」
「昔から下衆でな」

 騎士は、髭をいじりながら、にやりと笑った。


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