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No.25179の一覧
[0] 【習作】プレーヤー召喚(現実→ファンタジー、R-15)[三叉路](2011/03/03 06:48)
[1] 第1話[三叉路](2010/12/30 23:23)
[2] 第2話[三叉路](2011/01/15 19:04)
[3] 第3話[三叉路](2011/01/15 19:05)
[4] 第4話[三叉路](2011/01/15 19:16)
[5] 第5話[三叉路](2011/01/15 19:17)
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[25179] 第2話
Name: 三叉路◆53a32b9e ID:3503d6aa 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/01/15 19:04



     ◇



 その四人に見覚えがあったのは、彼らがゲームのキャラクターだからだ。
 シングルプレイの3DのRPGで、自分でキャラクターを作って、広大な世界を自由に冒険していく。その自由度の高さと、世界の広さで、評価が高かった。
 珍しいのは、自分の作ったキャラだけで、パーティーを組むことができる点だ。自分が操作しているキャラ以外は、AIが担当する。そのAIも革新的で、プレーヤーの挙動をくみ取り、学習進化していく。シングルプレイなのに、MMOのようなパーティープレイが楽しめる。そこに秋人はハマっていた。
 目の前に浮かぶウインドウは、そのゲームのものだ。
 彼らがゲームのキャラだと気づいたときに、いつのまにか、ゲームの『メニュー』を扱えるようになっていた。
 ただ意識するだけで、『メニュー』が視界上に浮かぶ。
 他の人間には見えないらしい。

(召喚の儀式とかで頭の中をいじられたのか? もう何でもありだな)

 メニューは全て、意識で操作できる。
 AIは休眠状態だ。このモードでは、敵からの攻撃にも反応しなくなる。
 おそらく、このAIモードを変えれば、動き出すのだろうが……
 秋人は躊躇していた。
 本当に動くのか? という疑念。
 四人はそれぞれ別の個室で、ベッドの上に横たわっていた。近くから見ても、人間にしか見えなかった。
 それが一人だけなら、ゲームのキャラクターだと気付かなかっただろう。
 しかし、四人が四人とも、自分が何日も悩んで決めた容姿、そのままだった。
 そして、この『メニュー』の存在。
 四人それぞれが、暗い室内のベッドに横たわっている。その様子を見下ろす映像が、四つのウインドウに映っている。十中八九、ゲームのキャラクターで間違いないだろう。
 しかし……
 AIはこちらの指示に従うのだろうか?
 いきなり暴れ出したりしないだろうか?
 そんな不安があった。
 わけのわからない状況で、わかのわからないものを、わけのわからないままに動かそうとしている。

(ええい、悩んでいても仕方がない)

 この世界で唯一、自分の味方……駒になりそうな存在なのだ。試してみるしかない。

『ユエルを待機モードに』

 栗色の髪を後ろで三つ編みにした、プリーストの少女キャラ、ユエルを目覚めさせる。このキャラを選んだのは、制御不能になった場合を考えてのことだ。外見が少女なら、手荒な真似もされないだろう。
 ユエルの目に光が宿った。
 ゆっくりと、ベッドから身を起こす。
 窓から入る月光だけが、そんなユエルを照らしている。
 休眠モードのときの、虚ろな瞳は消えている。視線はちらちらと部屋の中を動き、周りの情報を集めているようだ。
 やがて、ユエルはベッドから下りて、部屋の中を音も立てずに歩きはじめた。
 待機モードでも、じっと動かないというわけではない。単にその場所から離れないというだけで、その他はAIの自由だ。襲われれば反撃するし、本を読んだり、食事をしたりもする。
 ゲームでは、自宅に待機させておいたキャラの挙動を見るのも楽しかった。プレーヤーにお帰りを言ってくれることもあるのだ。
 ユエルはひととおり部屋の中を把握すると、窓際に立って、外の様子をながめはじめた。視界は高い。三階か四階の部屋らしい。塀と、木立の向こうに、背の低い街並みが広がっている。
 窓の外を眺めるユエルの所作は、人間にしか見えなかった。

(本当にAIなのか?)

 そう思ってしまうほどに。
 試しに、

『ユエルを休眠モードに』

 とたん、ユエルの体から力が抜け、床に崩れ落ちた。
 慌てて、

『待機モード!』

 すると、何事もなかったように、ユエルはゆっくりと体を起こした。
 幸い、頭はぶつけていなかった。
 こちらで操作できるのは、確かなようだ。
 人間の形をしたものが、人形のように操作できる。不思議な感覚だった。



     ◇



 それから一週間。
 周りの目を盗んで、秋人は四人の操作を確かめていた。

 金髪の騎士、グエン。パラディン。
 パーティーの中では主人公格で、秋人がよく操作していた。
 前衛をこなす耐久力と、補助的な信仰呪文を使うマルチクラスだ。

 赤髪の傭兵、ガッシュ。ウォーロード。
 呪文は扱えないが、剣、槍、斧、弓、暗器と、あらゆる武器を使いこなすアタッカーだ。グエンが敵を受け止め、ガッシュが敵を間引くという役割分担をしていた。

 黒髪の魔女、マヤ。
 白皙の美貌を持つ少女で、殲滅に特化した破壊呪文を操る。偵察や罠感知、魔力付与といった、補助的な役目もこなす。

 最後に、女僧侶、ユエル。
 パーティーの回復役で、アンデッド相手には一番の戦力となる。
 よく敵に狙われるので、身を守る程度の力はある。

 この四人だ。
 前衛組の力はまだわからないが、呪文は扱うことができた。マヤの偵察呪文《遠目》によって、街中の探索も行った。
 そこで見たのは、おおむね、予想通りの光景だった。背の低い、入り組んだ街並み。中世然とした衣服の人々。
 街は狭く、館からも遠目に、街を取り囲む城壁が見える。
 街の中央には丘があり、周囲を睥睨するように、領主の城が立っている。領主の別邸たるこの館は、その丘のふもとにあった。

「ファンタジーだなあ」

 秋人はつぶやく。
 この一週間、なんの行動も起こさず引きこもっていたのは、どう動けばいいか、指針が掴めなかったからだ。情報が足りなさすぎる。それを少しでも補うための、街中の偵察だったのだが。
 街の外れ、正門に近い場所には、冒険者ギルドのようなものもあった。兵士とは明らかに違う、雑多な武装をした男たちが出入りして、剣呑な雰囲気だった。とても気軽に入れるような場所ではない。マフィアの事務所のようなものだ。
 それに比べて、兵士の方はまだ規律が取れていて、話の通じそうな雰囲気だ。城壁の外に兵営があり、調練場もある。門の警備や、街中の巡回など、兵士の姿を目にすることは多い。それなりに治安は保たれているようだ。

(でも、外では生きていけないだろうな。生活の仕方がわからない)

 それに、この場所から離れたら、本格的に帰還の目処が立たなくなる。自分を呼び出したのだから、異世界を渡る方法について、それなりの技術を持っているはずだ。
 何もわからない異世界で、帰還の方法を探してさまようよりは、可能性が高いだろう。
 それほど元の世界に執着があるわけではないが、やはりここは落ち着かない。
 元の世界では、法に守られていて、滅多に危機を感じることはなかった。しかし、こちらでこの身を守れるのは、自分だけだ。
 身の危険を感じる裏通りに迷い込んでしまい、早く明るい大通りに出たくて、足早に歩く。元の世界に帰りたいというのは、そんな感覚だった。
 そのとき、思考に沈む秋人の耳に、ノックの音が届いた。顔を上げると、使用人が扉を開けて入ってくるところだった。



     ◇



 使用人に連れられていった先は、中庭のような場所だった。

(どうしてこうなってる?)

 困惑する秋人をよそに、目の前には一人の兵士が対峙していた。両手で剣を持ち、明らかに戦闘態勢にある。
 中庭の周りの回廊には、複数の人影があった。その中から巫女が現れ、秋人に近づいて言った。

「勇者さまの、お力を拝見したく……」

 その言葉とともに、近くにいた従者の一人が、秋人に剣を差し出した。思わず受け取るが、その重さに腕が沈み、慌てて支え直した。

「お望みであれば、槍でも弓でも、あるいは杖でも用意させますが」

 従者の言葉に、秋人は答えられない。いまだに頭が状況に追いついていないのだ。
 無言の秋人に、必要ないと判断したのか、従者は離れていった。巫女もそれに続く。
 気づけば、兵士と、秋人、二人が武器を持ち、決闘のように立ち会う形になっていた。

「え……」

 秋人の困惑の声は、周りのざわめきにかき消され、誰にも届かなかった。
 突然、よく通る声が響いた。

「そろそろ良いな。十日も待ったのだ。これ以上は待てん。召還酔いとやらも落ち着いただろう。力を見せろ」

 そう言ったのは、華美な格好をした、金髪の青年だった。周りを従者に囲まれている。一目で貴族だとわかった。

「子爵様……」

 近くにいた神官服の男の、すがるような言葉を一顧だにせず、青年は言った。

「やれ」

 その言葉とともに、場に殺気が満ちる。
 兵士が剣を構え、突っ込んでくる。

「ひっ」

 思わず悲鳴をもらし、秋人はあとずさった。
 次の瞬間、今まで感じたこともないような激痛が、体を襲った。体を守るように縮こめられた右腕と、脇腹に、車が衝突したような衝撃が襲い、秋人は弾き飛ばされた。
 気づけば顔を地面に押しつけ、激痛にうずくまっていた。

「……ぉ……ぐ……」

 もれる苦痛の声も、息絶え絶えのものだ。
 たった一撃だったが、秋人を戦闘不能にするには十分だった。鉄の塊で殴りつけられたのだ。刃を殺していなければ、胴まで切断されていただろう。当然のように右腕は折れている。
 中庭を静寂が支配した。

「これがお前たちの呼んだ勇者か?」

 秋人を見下ろしながら、子爵が言った。

「腰抜けのガキと、白痴が四人。それが貴様らの言う勇者か?」

 だんだん、その言葉に怒りがこもる。
 子爵は、近くにいた神官服の男たちに向かって、腕を振り回しながら激昂して言った。

「貴様らの儀式とやらに、私がどれだけの財宝を手放したと思っているのだ! 異端者の口車に乗った、私が愚かだったというわけか? この山師どもめ! 城壁に素っ首並べてくれる!」
「お、お許しください。これは何かの間違いで……」
「聞く耳持たぬ!」

 子爵は神官を突き飛ばすと、近くの護衛から槍を奪い、うずくまる秋人に近づいた。

「おい小僧。力とやらがあるなら、今すぐ見せろ。この槍が貴様を貫く前にな」

 そう言って槍を向けられても、秋人は反応できない。右腕を抱えてうずくまるだけだ。体を襲う激痛に、まともな思考をできないでいる。
 子爵は冷たい視線でそれを眺めると、槍を突き出そうとした。

「お待ちくださいっ」

 そう叫んだのはあの巫女だった。

「なんだ? この者の代わりに切られたいか?」

 子爵は不機嫌そうに振り返る。
 巫女は、平伏して言った。

「その者と、残りの四人を贄にすれば、大量の秘薬がなくとも、再び儀式を執り行えます。殺めるのは今しばらく……もう一度だけ、我らに機会をお与え下さい」

 平伏する巫女と神官たちに、子爵は鼻を鳴らし、槍を引いた。

「二度目はないぞ。次はまともな者を呼べ。豚の餌になりたくなければな」

 青ざめる神官たちをあとに、子爵は立ち去った。



     ◇



(馬鹿だ。俺は大馬鹿だ。何が情報収集だ。死んだら終わりなのに、まだ安全だと思い込んでいたのか。せっかく力を手に入れても、使わなきゃ意味がないのに)

 折れた右腕は熱を持ち、脈動のたびに、ズキズキと痛みを伝えてくる。
 あのあと、秋人は治療も受けず、引きずられるようにして地下牢に放り込まれた。両手は鎖で繋がれている。
 鉄で補強された木製の扉と、石造りの壁から、すきま風が入り込んでくる。ほとんど使われていなかったのか、腐臭や糞尿の臭いはあまりしないが、不潔な環境であることにかわりはない。
 その片隅の藁の上で、秋人はじっとうずくまっていた。
 夜になるのを待っていたのだ。
 キャラクター四人の状況は、ウインドウでずっと確認していた。特に動きはない。ずっとベッドで寝かされている。
 こちらも疲労と痛みと熱で、今すぐにでも眠りこけたかった。現実逃避して、呆けていたかった。しかし、命の危険がある以上、行動を先延ばしにはできない。
 館が寝静まったあと、秋人は動き出した。

『マヤを待機モードに』

 呪文使いの少女、マヤの瞳に光が戻る。
 そのままベッドから動かないようAIに指示し、《遠目》の呪文を発動させる。もう一つのウインドウが開き、館の光景を映し出した。作り出された不可視の目を動かして、館の内部を偵察していく。
 寝ていた一週間の間に、館の構造は把握していた。今は、どこにどれだけの人間がいるのかを調べる必要がある。
 マヤを含めたキャラクターの四人は、三階の個室に、ばらばらに入れられている。それぞれの部屋から、地下牢までの経路を確認したが、巡回や見張りはいなかった。もうあの四人は起きることはないと思っているのだろう。

(痛ぇ……眠い……頭がぼうっとしてるな……まともに考えれてるか? 見落としがないか注意しないと……)

 朦朧となる意識に喝を入れ、館の兵力を確認していく。
 ある広間で、複数の人影が作業をしているのを見つけた。神官服の男たちだ。床に魔方陣のようなものを描き、柱に妙な紋様を塗り付け、何人かは祈りを捧げていた。

(儀式か。生贄とかいってたが……やっぱり殺されるんだろうな)

 準備の様子をみる限り、それほど時間はないようだ。急がなければならない。
 そこに巫女の姿は見当たらなかったが、別の場所で見つけることになった。
 領主の寝室で。

「おゆ……るしを……」
「お前は殺すに惜しいがな。異端をかくまっていると知れたら、免罪にどれだけの金品が必要になるか……。野心を出した結果がこれだ。つくづく……貴様が白痴どもでなく、勇者とやらを呼び出していれば!」

 子爵が巫女をベッドに組みしいて、蹂躙していた。男に貫かれ、巫女は苦しげにあえいでいる。

(嫌なものを見た)

 秋人はとっさにそう思った。性的なものより、動物の醜悪さを強く感じた。

「次、こそは、必ず……」
「せいぜい祈れ。お前たちの異貌の神にな。できなければ、手足を切り取って、兵士の慰み物にしてくれる」

 秋人はそこで監視を打ち切った。
 この男はまずい。
 四人のキャラクターを操る力を見せて、保護してもらおうという考えもわずかにあったのだが、秋人はそれを完全に放棄した。
 安全を他人任せにするには、ここは危険すぎる。まだ荒野で生活する方がマシだ。ここから離れれば帰還の目処も立たなくなるが、まずは命を長らえるのが先だ。
 幸い、館に兵士はそれほど多くない。正門に歩哨が二人と、一階の詰め所に数人がたむろしているだけだ。
 そこまで確認すると、秋人は待機していたマヤに指示を出した。

『《透明化》で姿を消してから、扉を開けろ。館の人間に気づかれないように、他の三人の部屋の鍵を開けてまわれ』

 指示された通りに、マヤは呪文を使う。詠唱は小声で、気づかれることはないだろう。
《透明化》を使っても、秋人のモニターには映るようだ。ウインドウには半透明のマヤが映っている。ゲームと同じ仕様らしい。かつてゲームのクエストにもあった、スニーキング・ミッションを思い出した。
 マヤはベッドから起き上がり、扉を《解錠》で開けた。カチリとかすかな音がして、扉が開く。外に誰もいないのは確認済みだ。
《静寂》の呪文で音も消したかったが、そうすると呪文が使えなくなる。なるべく静かに移動してもらうしかない。
 マヤはそのまま、廊下を滑るようにするすると移動し、他の三人の扉を開けていく。待機モードに変えて扉の前に立たせていた他の三人も、すぐに合流した。マヤに《透明化》をかけられ、四人とも不可視の一団となる。
 前衛二人は武器がないし、どの程度の戦力になってくれるかもわからないので、兵士とはぶつけたくない。彼らがやられたら、自分が助かる手段はなくなるのだ。ここは、二人のスペルキャスター頼みだ。

(装備とアイテムも、こっちに来てれば良かったんだけどな)

 貴重なレア装備やアイテムは、いくらメニューをいじっても見つからなかった。四人とも、普段着のままだ。
《遠目》を飛ばして秋人が偵察を行い、安全の確保された通路を、四人が進んでいく。一階の詰め所の前を通りすぎるときは緊張したが、誰にも気づかれずに済んだ。
 地下への階段を降りると、見覚えのある場所が現れた。地下牢の前まで来たのだ。ウインドウから目を離し、自分の目で扉を見つめる。
《解錠》が発動し、扉が音もなく開いた。
 しかし、扉の先には誰もいない。ウインドウにはマヤの姿が映っているのだが、直接には見えないらしい。

『《看破の瞳》をかけてくれ』

 マヤが呪文を唱え、秋人の目が一瞬だけ輝く。
 半透明の、長い黒髪をした少女、マヤの姿が、今度ははっきりと見えた。
 秋人は息をついた。ゲームのキャラクターではない自分に、ちゃんと呪文がかかるのか、心配だったのだ。
 立ち上がろうとして、右腕の苦痛にうめく。

(腕の治療を……いや、脱出が先か? 早く逃げないと……くそ、焦るな。治療が先だ。この腕じゃ、逃げる途中でヘマをしそうだ)

 大きく深呼吸をして、秋人は心を落ち着かせる。

『ユエル、《治癒》を頼む』

 マヤと入れ代わりに、栗色の髪をした少女、ユエルが牢に入ってくる。ユエルが両手を合わせ、祈りの言葉をつぶやくと、右腕が淡い光に包まれた。とたんに痛みが引いて、力がわいてくる。

(なんか……すごいな)

 あっさりと完治した右腕に、秋人は呆れた。あらかじめ呪文の効果を確認していたとはいえ、この身で体験すると驚くばかりだ。
 とはいえ、こうしてもいられない。マヤの《解錠》で両手の鎖も外すと、秋人は四人について牢を出た。《透明化》はすでにかけられている。
 グエン、ガッシュの前衛二人が先頭を歩き、マヤとユエルがその後ろに続く。秋人は最後尾だ。《遠目》はさらに前方に飛ばしてある。そのウインドウに人影が映った。

(まずい!)

 詰め所にいた兵士の一人が、何かの気まぐれか、地下に降りてきていた。通路は狭く、すれ違うにもあまり余裕はない。それに、牢が空っぽになっていることにすぐに気づかれるだろう。
 秋人を含めた五人は、足音を立てないよう、立ち止まった。

『あいつを上に気づかれないように無力化する。ガッシュの前まで来たら、《睡眠》で眠らせろ』

 マヤは軽くうなずき、小声で事前詠唱を始める。ガッシュはすでに、壁際に立って、兵士を待ち構えている。

(ちゃんと呪文が効くのか。こいつらはうまく動いてくれるのか)

 仲間たちが人間なら、まだ安心できただろう。しかし、彼らはAIだ。臨機応変に動いてくれるのか、という不安があった。
 五メートルほどまで近づいたところで、マヤの《睡眠》の呪文が発動する。兵士は立ちくらみを起こしたようにふらついた。そのまま倒れていたら、鎧が致命的な金属音を鳴り響かせていただろう。
 そこをうまくガッシュが抑え、首を絞めて完全に落とした。音を立てないように、床にそっと横たえる。流れるような手際だ。
 ついでとばかりに、腰の剣も奪っている。
 AIも自分で考えて行動しているのだ。

(こいつらは、ちゃんとこの世界の人間にも通用する)

 秋人は安堵と共に、そう思った。元がゲームのキャラクターなのだ。人間相手に立ちまわれるとわかったことは嬉しい。
 帰らない兵士のことを不審に思われる前に、急いで脱出しなければならない。しかしその前に、秋人はマヤに《静寂》をかけてもらった。秋人の足音が一番響いていたからだ。他の四人は、まるで猫のように静かに歩いている。
 おそらくこの中で、秋人が一番『レベル』が低いのだろう。そんな自分の思考に、秋人は状況も忘れて苦笑した。



     ◇



 透明化がかかっている今、正門から出ることもできるだろうが、安全をとって、裏の塀を越えることにした。
 水堀もあり、普通の人間ではかなり苦労するところだが、《浮遊》の呪文をかけられた五人は、それを易々と乗り越えた。

(呪文は万能だな)

 ゲームでは、主に敵の殲滅に使っていた。しかし、こうやってみると、補助呪文の偉大さがわかる。マヤがいなかったら、脱出はかなり難しくなっていただろう。
 減ったMPを回復させるため、マヤは目を閉じ、《瞑想》を行っている。

(さて、これからどうするか)

 あたりに人影はなく、暗い街並みが広がっていた。
 透明化も、そう長くは続かない。領主に追われる以上、この街にいるのは危険だろう。五人とも容貌は割れているのだ。できれば朝になる前に離れたい。

(でも、どこへ向かって? 何を目指して動けばいい)

 街の外の情報は一切ない。魔王とやらがいる世界なのだ。どんな生き物が生息しているかもわからない。
 秋人はため息をつき、暗い夜空を見上げた。


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