さて、ゴムを通すのはどうにか頑張った。
僕としては正直、メシ喰って撮っといた番組でも見て風呂入って寝たかったんだが、結局録画してた必殺シリーズは作業中のBGMになってしまった。言うまでもなくお貞が早く組み立てろとギャーギャー煩かったからである。
覚悟を決めて頭をぱかっと開けると今までにない不気味さがコンニチハしていたが、僕は冷静に帰りに買ってきたエアダスターで吹き払った。しかし蛾とかどこから入り込んだんだよ……。
目玉が取れたら鬼太郎の親父状態にして遊んでやろうかと思って茶碗まで用意していたのに、衝撃にも奇跡的に耐えたらしく(コイツ等、実は意外に頑丈なのかもしれん)、目玉が外れることもなかった。
ゴムを引っ掛けるフックも錆びてたがひん曲がることもなく、出来が悪い上に重たい巨大キューピーちゃん的な人形はめでたく再組み立てを完了した。だが、しかし。
「どうして……どうして目を覚まさないのですか!」
「偏った感情の注入が必要だ……」
「某百万馬力の初回起動ではないのよ。そんなものは必要ないのだわ」
「なんか欠品でもあったのかもな。一応揃ってるように見えたが」
「ひ、他人事みたいに……」
「完膚なきまでに他人事だろーがよ」
「部品が置き換わっているからかしら……?」
「ゴムまでオリジナルでないと動かんとか言われたらアウトだなぁ。元のやつはゴミクズ状態だし」
「ローザミスティカが抜けてしまってると動かないのよー」
「いいえ、ここに存在しているわ。反応を感じるもの」
「そんな設定まであったんかい! しかも入ってるって、そこが原因じゃないんかい」
このままでは契約も実は必要でしたみたいな話になりかねない。コイツ等に生命力を吸われるなんて罰ゲームにも程がありすぎだ。
まあ、その話は出なかったからいいとして、だ。
良くないのはお貞がギャーギャーモードからシクシクモードに突入してしまったことである。
暗い室内に横たわる(残念な造形の)人形と、その枕元で長い髪を振り乱してしくしく泣いている(残念な造形の)人形。泣いているといっても音声だけであり、表情もなければ涙も落ちない。
想像しただけでゾワゾワ来てしまった。おい、もはやホラー映画そのものじゃねーか。
夜中じゅうずっとこの調子では迂闊に起きられない、というかそもそも眠りに就けない。
仕方がないので漫画を手にとってみる。
一旦全巻揃えたはいいんだが、読み出すと現実の残念さを改めて思い知らされるので資料としてめくる以外ほとんど読んでいない。しかしまー、なんかこの状況を打開するヒントなんかがあるんじゃなかろうか。
いい案が思いつかないから取り敢えず漫画に逃げたわけじゃないぞ。本当だ、うん、多分。
てなわけで適当に漫画を開いたら、一発で解決策が載っていた。ネジを巻けばよいのである。
すばらしい。うん、すばらしく役に立たない解決策だった。
ボデーを拭いたからここまでの全員分承知してるが、コイツ等にゼンマイの仕掛けなんぞなかったです。すいません。
さらに漫画をめくってみる。そういやなんで蒼星石は復活したんだっけ? ああ、再契約したからか。コイツ等には契約もないからパスだな。
他に復活した例は……と。真紅は本来の体に戻っただけ。ありゃ、これだけかい。ふむ。
ん? これは……?
「おい赤いの。お前、前に物には命なんてないとか言ってたよな」
「失礼な下僕ね。名前で呼びなさい。……ええ、そうね。装置に命などないわ」
「じゃ、お前達の命ってのはなんなんだよ。いわゆる動植物じゃねーのは今更否定すんなよ」
「私達は人形、それを否定するつもりはなくてよ。私達の命はローザミスティカに宿っている。だから、この子の命はまだ尽きていないのだわ」
「んじゃさぁ、魂とかそういう難しい話は抜きにして、現状で必要部品全部揃ってんだから、コイツって単に気絶してるとか眠ってる可能性はないのか?」
「……あ」
「……そ、それは……あるかもですぅ」
「発想の転換なの。みんな考えつかなかったのよ」
「そ、そんなことはないのだわ。それに本当に気絶しているのかは分からないもの。もっと深刻かつ緊急な状態にあることも有り得るのよ」
「……要約すると気絶の線もあるってことだろ、それ」
金糸雀が最初に桜田邸に侵入成功したときの寝たふりがヒントでした。お腹鳴ってバレちゃったかしら、ってアレ。
のり姉ちゃんには最初っからバレてたっぽいし、手引きした雛苺も人形と言えずに行き倒れの野良乙女とか珍妙な言い訳してたけど。
しかしお腹鳴ったりよだれ垂らしたり、金糸雀はマジ「可愛い子供」だなぁ。空飛べるけどさ。
あ、真相を究明するのが面倒になったからじゃないぞ。あくまでごく真っ当な意見である。
なにしろ息をしない連中なので、死んだふりをされるとこちとら全く分からんのである。コイツが動かないことには生きてる謎の物体なのか普通にゴミ箱行き寸前の人形なのか分からない。そいつは宅配屋の兄ちゃんで証明済み。
「それで……どうやったら目覚めさせられるです?」
「そこまでは知らねーよ。ほっときゃ目ェ覚ますかもしれんし、わざと寝たふりしてんなら起こそうとしても起きないだろ。理由は分からんけど」
「役にたたねー人間ですぅ」
「半日潰して怪奇人形バラバラ事件を元通りにしてやったら役立たず呼ばわりかよ」
「う……そ、それはありがとぅ……ですぅ」
「わかりゃいいんだ。さあさあ、僕はもう寝るぞ。明日はお前等の服のことで忙しいからな」
「はいです……」
「それからな、そのショボーンな音声やめとこうぜ。さっきまでみたくギャーギャー騒いでる方がまだマシだ」
「!──……とぅ」
「ん? 上手く聞き取れないがなんか言ったのか?」
「い、言われなくたって元気一杯ですよ! チビメガネ人間の命令なんか必要ないのです! とっとと寝やがれですぅ」
「ああはいはい。くれぐれもションボリしないようにな。宜しく頼む」
「分かってますよ! ……ぁりがとぅです、ジュン」
※これはあくまでも残念な古人形と僕の会話ですが、翠の子を想像して何かほんわかしたものを想像した方は、その絵を脳裏から消さない方がいいと思うです。現実は非常に残念な光景でした、とだけ。
最後に付け加えられた一言で何気にゾワゾワ来たが、まあ良かろう。
くれぐれもお返しとか考えないでください、マジで。お礼に家から出てってくれる分には全く構いませんが。
組み上げたやつに洗い晒しの青白いタオルで貫頭衣を作ってやり(作業時間十数分)、取り敢えずこの場はこれで解決。
僕が布団に潜り込もうとしたとき、しかし悲劇はまだ僕を待っていたのであった。
「あらぁ……何ぃ? ぞろぞろ揃ってみっともなぁい」
「うわー、テレビの画面から出てきやがったよコイツ……ってまた砂だらけじゃねーか! ちょっとこっち来い」
「ままごとでも始めるつもり……ってちょっと止めなさい! ジャンクにするわよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……」
「酷いわぁ……ヘッドドレスがずれちゃったじゃないの」
「知らんわ! 次は玄関から入って、足拭きマットで全身よっくこすってから来い!」
「やぁよ、呼び鈴に届かないもの」
「前みたくふよふよ飛び上がりゃ届くだろ。ったく何処がねぐらだか知らんが、人の家に来るときはもちっと考えやがれ」
「全くうるさい人間ねぇ」
粗方砂埃を払い落として小脇に抱えて戻ったのはいいが、折角敷いた布団の上が砂だらけである。窓を開けてそれをまた払い落とす。眠気も吹っ飛ぶ事件であった。
コイツ等に掃除をさせる方法はないものかね。手が使えない上に箒も碌に操れない不器用な念動力とかどんだけ使えないんだよ。
さて、黒いのが何をするつもりか知らんがもう寝るぞ。明日は森宮女史に全員雁首揃えて顔見せなのだ。
そしてあわよくば全員引き渡して厄介払い。月曜日になったら僕の怠惰だけど何かときめきのありそうな学園恋愛物語の再スタートと相成る……なんてことはないわけだが、少なくとも今よりはマシなライフが期待できそうな──
「──って何? 何やってんのお前等。つか新しいの、どっから取り出したその鋏」
「やあ。僕はローゼンメイデン第四ドール。貴方のお人形──」
「貴様等を所有した覚えなどないわ! つーかこの展開は……」
「……そう、そういうことだったのね」
「ええ。私とこの子、二人で組んだらどんなに強いと思う? だから私達仲良しになったのよ。少し手違いはあったけどねぇ」
「う、嘘です! アンタはコイツに操られてるのです! 目を覚ましてくださいっ」
「来るな。僕等はもう敵同士だ」
その後暫く続けられた人形劇を聞いてみると、どうやら新入りには何やら碌でもない目的があってそれが黒いのと一致するから同盟したとか。お貞はそれを知らないで一緒に居たんだが、二人でうちに来ようとして間違えて鳥海の家に出てしまったらしい。へぇ、それで僕の半日が潰れたと……。なんかむかつく話である。
ちなみに黒いのが今になって現れたのも道だか扉だかを間違えまくったせいらしい。テレビから砂だらけで出てきたのはそういうわけかい。呼び鈴関係ねーじゃんかコンチクショウ。
今回一挙二話分掲載らしいですよ奥さん。たった200行ですけどね。 ヽ(´ー`)ノ
そして都合五体の微妙にしょぼいサイコバトルは、どっか別のところでやりやがれ、と言う前に始まってしまった。どちらが勝利するにしても、部屋が散らかされるこちらとしては大迷惑である。
数からすると三対二、飛び道具持ってるのがそれぞれの側に一人ずつなので赤いの側(赤いの、ツートン、お貞)有利と思いきや、黒いの側についた新入りがツートン&お貞の技と意外に相性がよく、ツートンのぴょこんと伸ばす苺のランナーとお貞の召喚してきたなんかのひょろい枝を、手にした剪定鋏で全部チョキチョキやってしまうのであった。
お陰でドタバタギャースカやってる割に一向に局面が進まない。黒いのと赤いのがへぼい飛び道具に拘りすぎ、相手にダメージ与えられそうにないのも原因だ。お陰で床が大変な状態になりつつある。
つかむしろ鋏で一思いにジョキッと本体やっちまえばいいんじゃないのか? あーくそ、こいつら瀬戸物かぁ……。
いずれにせよこれは明確に安眠妨害である、もうどっちが勝ちでもいいからいい加減に止めんかと声を張り上げようとしたときである。黒いのが新入りの組み立てに使ったゴム紐の余りを拾い上げた。
そいつをぐるりと手に縛りつけ(無論手は使えないのでポルターガイスト現象の方である。やれば出来るんじゃねーかコイツ等)、もう片方の端に落っこちてたサインペンを縛り付ける。
そして、それをびよーんびよーんと振り回し始めた。多分念動力で。
「や、やめろ! そんなことをしたらどうなるか……」
「ふっ、あの子の命乞い? 無様ね、何も出来ない人間のくせに」
「お前な……まあなんでもいいが蛍光灯と箪笥の上だけは巻き込むな、絶対だぞ! なんか壊しやがったら容赦なく弁償させるからな! いいな!」
「わ、私が狙うのはあの子一人よぉ。そんな所まで巻き込むわけないじゃなぁい……あ」
「あの子ってどの人形だよ……あ」
だから言わんこっちゃない。サインペンを縛り付けたゴム紐は天井近くに突っ張ってある室内干し用の横棒の上を飛び越してしまった。狙いどころ大外れもいいところである。
これで俄然活気付いたのが赤いのである。花びらを何枚も召喚し、黒いのの顔にぶち当てる作戦に出た。顔は凹凸が多いので中々取れないだろう(しかもコイツ等は指が動かないから満足に落とせないのだ)という目論見か。やることがいちいちせこい。
だがそこは空中浮遊できる黒いの。花びらの力ない山なり弾道を上に避け、物干し棒に取り付いて、絡んだのを取る手間を掛けずにそこからゴム紐をびろーんと赤いのの方に伸ばした。
貰ったァとか威勢良く叫んでいたから、本来は赤いのの首にでも巻きつけるつもりだったらしい。しかし、まあ所詮はコイツ等の念動力である。巻き付いたのは腕であった。
黒いのはフッと不敵に(失敗は微塵も気にせずに)笑い、赤いのに背中を向けてスタッと着地した。
ゴム紐はピーンと伸びたが、物干し棒に絡んでいるので長さが足りず、赤いのは腕を引っ張られて吊り上がる。
「ふっ、掛ったわね」
「くっ……」
「真紅が持ち上がっちまったですぅ」
「あぅ~真紅ぅ……」
「こッ……これはッ……やけに見覚えがある! 具体的に言うとさっき作業してたときちらちら見てた必殺仕事人で!」
「知っているのかいマスター!」
「ああ、あれは間違いなく三味線屋の勇次の仕置き……! ──それと勝手にマスターにすな!」
このまま黒いのがゴム紐を弾くと赤いのががくりと絶命するって寸法かッ! まさに勇次! 中条きよしかっこいい!
え、でも待て。それは首に掛ってるときの話だろ。
それと、必殺シリーズじゃなくてどっかで見たぞ、これに似たシチュ。吊り上げてたわけじゃないが。
いや、それより何より、コイツ等の手足ってテンションゴムで……んで新入りの奴は鳥海のパンチングで脆くも手足ともにブチ切れただろ。
あれ? よく見るとなんか、既に吊るされてる方の腕がちょっと長くなってるような……
「黒いの、フィニッシュフィニッシュ! 早く早く!」
「え? 何? どうしたっていうのよ」
「あ……」
「ああッ」
「……あーあ」
ぶちんという実に厭な音がした。僕的に。ああ、また就寝時間が……。
びりびりゴトンゴロゴロ。
右腕が衣装ごともげ、赤いのは床に転がった。
しかし、赤いのの最後の攻撃は的確に相手を捉えていたッ!
ボデーという錘を失った赤いのの腕は、ゴムの収縮力も相俟って勢い良くもう一方の端に飛んでいき、背中を向けていた黒いのの後頭部にヒットした。
立ち上がりかけてた黒いのはばったり前に倒れた。見事なワンパンKOであった。
「ロケットパンチ……勝負あったね。君達の勝ちだ真紅……って聞いてないか」
「し、真紅ぅぅぅ……しっかりするですぅ」
「えぅぅぅ~? お手手はきっちり仕事したのよ、真紅も頑張るのよー」
「……大丈夫よ、なんでもないわこんなの」
「いや、片腕もがれてなんでもないってこたぁなかろうよ」
「右腕がなくたって左腕があ……あら」
「……あ」
「あーあー、言わんこっちゃない」
立ち上がった赤いののもう片方の腕は、脆くなった衣装を引っ張って破りながら床に落ちた。
一本で両腕を繋いでるテンションゴムがぶち切れて左腕だけ大丈夫などという素敵なことはなかったのである。哀れ。
「うう……う……私は不完全だわ。ジャンクだわ。お父様から頂いた体を損なってしまった……」
「……何か複雑な気分だね」
「デリカシーがないのですぅ」
「さっきまでバラバラになってた子を目の前にして言う台詞じゃないのー」
「はいはいゴム通しゴム通し。それとまた貫頭衣か。あーもうまた寝る時間が遅くっ」
「こっちの方がもっとデリカシーナッシングです……」
「何だとコラ。こちとら親切にも就寝時間削ってゴム通してやるってのにグダグダ文句言う筋合いはねーだろぉ」
「だーかーら、やたらゴムゴム言うなですこのダメ人間!」
取り敢えず、洗面所で埃高きボロ乙女の内部をまたエアダスターで吹き、四苦八苦しながらゴム紐を通してやる。パーツにバラした状態で下手にカタカタされたら速攻で逃亡するつもりでいたんだけどな。
やはり状態は赤いのが一番マシなようだ。しかしぶら下げられただけでゴムが切れる辺り、お里は知れているよなぁ。
とか思いつつ頭のパーツを嵌め込み、例の貫頭衣を着せた上で一応ボンネットだけは古いのを付けてやっていると、視界の隅に何か黒いのが蠢いているのが見えた。入り口でうろうろしている。
赤いのを籠の中にお座りさせて、黒いのをひょいと掴み上げる。こいつも状態悪いのは変わらんな。
「なんだまだゴム紐ぶら提げてんのか……」
「ま、まだ終わってないわよ。その手をどけなさい人間、私はこの子を倒すんだから」
「とか言ってお前、実はテンパッてんだろ。紐ほどくパワーもなくなってんじゃないのかー?」
「……」
「図星かよ! まあいいや、ほれ。ほどけた」
「……」
「まあ、今日の戦いはお前が勝ちを収めて終わり、でいいだろ? 三対二の劣勢をものともせず、敵の腕一本取りました。それでいいじゃねーか」
「良くないわよ。だって、もう直ってしまってるじゃない」
「ったく部屋の床掃除だけで時間食いそうだってのに。いいか、今日これ以上戦うとか抜かしやがったら今度は僕が相手してやるぞ。ゴム紐ぶっちぎってパーツ全部二階の窓から道路に落として割ってやろうか?」
「……」
「いいか、今晩は泊まってけ。どうせ鏡抜けるパワーもないんだろ。そんで明日はお前もひっくるめて全員、球体関節人形マニアの森宮女史にご披露だ」
「やぁよ……人間に姿を晒すなんて」
「人形は人に見られて何ぼのもんだろうがよ。まぁそのご面相と恰好じゃ気持ちは分からんでもないが」
「……」
「取り敢えず、もしかしたら超美麗な衣装が着れるかもしれんチャンスだ。居辛いかもしれんが泊まってけよ」
「……」
「今の沈黙は同意と取るぞ。さて、寝に行くとしますかね」
黒いのと赤いのを両脇に抱えて、僕は一つ欠伸をした。
随分睡眠時間が削られてしまったが、いやーいよいよ明日な訳だな。実に欣快である。
五体も持って行ってどういう顔をされるか分からんが、同一工房の多分一連の人形どもである。これだけ多ければ何か収集癖みたいなもんが刺激されて、森宮女史に引き取ってもらえるかもしれん。
胸に大きな希望を抱いて僕は部屋に戻り、まだ掃除を全くしていないことに気付いて暗澹たる思いを抱くことになるのであった。