自転車でどれだけ走っただろうか、取り敢えずその辺をぐるぐる回らされ、いい加減厭になったところで前籠の貞子(緑)はキンキン声で停止命令を発した。
見上げるとそこは元華族のご老人が独りで住む巨大な屋敷……では全くなく、ウチに勝るとも劣らぬボロい家(失礼>関係各方面の方々)の裏口だった。一部二階建て。木造。生活感あり。うん、古い家であること以外見事に漫画と異なっておられる。まるでコイツ等の如し。
ちなみにわざわざ見上げる必要があるのは、お貞が常日頃の自分的視点から見ないとよく分からんとか抜かすので、ヤツを抱き下ろすためにわざわざしゃがんでやっているからである。
そういやこの作業も既に七度ほど繰り返した勘定になるなぁ。孟獲を縦して禽える丞相斯くの如し。もうすっかり不審者じゃねーか。
人形抱いて現実と虚構の境界線が見えなくなった桜田潤君(16歳)かよ。洒落になんねーってレベルじゃねーぞおい。
まあいいや。K察な人々のお世話になる前に目標到達できたわけだし。
「んじゃ、僕はここで」
「なっ、何言ってやがるです! きちんと正面玄関から堂々と殴りこむですよ!」
「ンなら建物の脇でも抜けてけばいいじゃねーか。頑張れよお貞」
「お、お貞ってなんですか! 私にはちゃんと翠星石って名前があるです! 勝手な通称で呼ぶなですぅ」
「あーはいはい。すいせーせきちゃんいいこですぅねー。さっさと行きやがれコラ」
「だーかーらー!」
「エントランスまで連れて行っておあげなさい、潤。私達も降りて同行するのだわ」
「もう狭いの厭なのよー。着いたら早く出してなのー」
結局、gdgdのうちにその家の玄関で呼び鈴を探す僕でありました。
黄色く変色したそれをビッと押すと、暫くして間延びした返事と共に人が出てくる。この辺はご老体の世帯でも若い人の世帯でもあんまり変わらない。
んで、どなたー、とか言いながら緩慢に玄関の引き戸を開けたのは。
「あれ? 鳥海じゃん」
「ああ、うちは鳥海だけど……え、桜田?」
「そうそう、その桜田。桜多吾作じゃなくて桜田な。中学卒業以来? おひさしー」
「ジュン君……だよね? 概ね『まいた』方の」
「……ブルータスよ、お前もか」
「ちょ、冗談だから。冗談だから引くなって。ちょいタイムリーだったから言ってみたくなったんだよ!」
「ん? タイムリーって?」
「いっいや……わかんないならいいんだ。で、その桜田が俺んちに何か用?」
どうやらここは中学時代、隣のクラスだった鳥海の家らしい。こんな近くだったのか。うちが転勤族とはいえ、隣の町内になると分からんものでありますね。
しかし、当時コイツは名前ネタで遊ぶようなヤツじゃなかった筈なのだが。見損なったぞ友よ。それとも爛れた高校生活がお前を堕落させてしまったのかッ! まあ別にそれほど親しくもなかったけどさ。
土曜日ということでぐうたらしていたのかジャージ姿で寝不足そうな鳥海は頻りにうへえとかほぉほぉとか言いながら僕の姿を上から下まで眺め回している。ちなみにこっちも似たような恰好だ。
相手が可愛い女の子とかであればどっちかが赤面とかするシチュだと思うのだが、生憎とコイツは男だった。それもあまり冴えない方の。
まるで胡散臭い訪問販売を眺めるような視線を受けつつ、何処から話すか考えていると、いきなり足許に置いたダンボールが「ぽこたんインしたお!」的にぱかっと開いた。
まったく、つくづく話を台無しにするのが好きな連中だ。
「や、やいやいやいですこのクサレド外道人間! 妹を元に戻して返しやがれです!」
「これがその人非人なの? 普通の男の子に見えるけれど」
「やっと出られたの。揺さぶられすぎて壊れるかと思ったのよー」
「ひっ、ひぃぃぃぃぃぃっ! 出たぁぁぁああ! みみみみみっつも!」
「待て、まあ待て落ち着け鳥海」
「いやぁぁぁぁ! いきなり枕元に現れて跳ね除けたらぶちっとかいってバラバラになった人形の片割れがぁぁぁあ! ひいやぁぁあぁぁぁ!」
「おお、そうだったのか。説明的な台詞ありがとう」
しかし更に説明しなければなるまい。
コイツ等はテンションゴムというやつを両足首と両手首に繋ぎ、首のところで引っ掛けておる。
要するにいまどきの安くて軽い小型フィギュアだとプラやゴムのダボや関節部の摩擦力でポーズを保持してるんだが、重量級の球体関節人形にはそういう芸当ができないので、手足につきゴム一本ずつ通して各関節を密着させ摩擦を確保しているわけだ。ふふふ。グーグル先生で3分のこの情報収集力。
んでまあ、後は解説要らんと思うが、究極にボロいコイツ等のことである。恐らく鳥海が恐慌に駆られて力任せに跳ね除けた拍子に、いい加減限界を迎えていたテンションゴムがぶちっと逝ってしまったのであろう。哀れ。
ちなみにローゼンメイデンYJC4巻収録のTALE23(90Pと98P)で左足首のフックが見えるから持ってる人は参照するが良い。
テンションゴムを割り箸でまとめている様は同2巻の65~66Pと83Pに出ておる。そういやあれは蒼い子のボディ。何気に完全ヌードご披露ですね(;゚∀゚)=3
あ、こっちも青のボディなわけか。まあ今更何の感慨もないが……。
「パーツとかぶっ壊れなかったのかぁ?」
「ふ、布団の上だったから無事だって。うち床は畳だし」
「そりゃ良かった。なんせセトモノだからさー、割れたりしてるのをうっかり踏んだら流血大事件だもんな」
「何呑気な事言ってやがるですか! さあさあ人間! とっとと妹の居場所に案内するです!」
「ひぃぃぃぃ、は、はっはひぃっ」
鳥海君のお部屋は……おい布団敷きっぱなしかよ。それと、なんだこりゃ。確かこいつって特異な趣味は持ってなかったと思ってたが、人間の記憶なんて当てになりませんなぁ。
そこにはローゼンメイデンのアニメ第二期のDVD-BOXが、なんかつい最近届きましたみたいな状態で転がってた。あと、なんかアニメ全盛期の頃出たフィギュアとか数体。
随分良いご趣味をお持ちですな旦那。どっちかってーとフィギュアじゃなくて球体関節人形、それも服なんか余分に持ってて貰えると揉み手で交渉モノなんですが、ないよね。そういう趣味のやつが枕元に立った人形全力でパンチングボール代わりにするわけない、と思うし。
しかしまぁ、森宮女史のことを見たときにもそう思ったんだが、なんでコイツ等(今は戸口からゴソゴソと室内に入ろうとしている。動きのごくトロい飼い猫か何かのようである)が僕のところにわざわざ来やがったのかようわからん。
詐称にしてもローゼンメイデンを名乗るならば、こういう連中のところに出てやれば良かったんじゃないのか? 名前が同じだからって僕の所に続々集合してくることはなかろうよ。
いやまあ分かりますけどね。こういう人々の所に来たら一発で偽物印を押されそうなのは。
んで、この餓鬼がぶっ壊したミクロマンの残骸の巨大版みたいなのがその人形と。
しかし改めて見ると、意外に可動部分多いなコイツ等。胴は一体成型だが、手首足首膝肘肩足の付け根、首と一応は動くように出来てるわけだ。
ひととおり並べてみる。確かに欠品はなし。予想通り手足首に千切れたゴムが残ってるのも確認。
しかしまあ、お貞によく似てるわこりゃ。多分同じ型で作られてんだろね。相違点は髪の毛の長さ、瞳含めて色褪せつか焼け具合が反対なことくらいか? 仁王像みたく左右にでも立てられてたのかね。
うへえ。なんか厭な想像になってしまった。
一応左の大腿部にスタンプされてる商標名らしきもの(どいつもこいつも崩れてるか掠れてて読めないわけだが)もある。その脇に手書きつか手刻み? でじかにナンバーが入れられてるところとか、いかにもやっつけ的である。
ちなみに番号は四番であるようだ。大文字のNにしか読めないが……。どんだけ製造数少ないんだよ。同じ型使ってんのに。
「で、どーすんのこれ。ゴム通して組み立ててやればいいわけ?」
「そっ、……そうです。元通りにしやがれですぅ」
「そ、そそそんなことしたらまた動き出すんじゃ……」
「う、動かなきゃ意味がないですぅ! 動いてくれなくちゃ……ううう」
「大丈夫なのよ、きっとまた動いてくれるの」
「お、俺はごめんだぁぁぁぁ」
「確かにガサガサ動くのが増えるのはもう勘弁なわけだが」
しかし、組み立てずにこのまま三体にギャーギャー騒がれるのも御免蒙りたい。
取り敢えず鳥海は若干落ち着いたのだが、事情を聴取すると彼も僕以上に役に立たないことがよく分かったので、タオルを一本頂いてこの残骸を持ち帰ることにした。
まあ、ゴムは帰りに適当なのを買っていけばいいだろう。長さが適切でないと大変とかググった先に書いてあった気もするが、長いのを切る分には大して問題あるまい。
それに、ブキッチョな僕がどうしても上手くゴムを通せなかったら、明日森宮女史に頼めば良いのだ。なんというグッドタイミング。
ちなみにこの残骸にバラバラ死体とか不気味ってイメージをまるで感じないのは、僕が慣れたせいもあるかもしれないけど、造形が割とアレなせいがでかい。
顔が人間の脳の補正で人間的に見えちゃうのはしょうがないのだが、組み上がってる時はともかくバラしちゃうと他はただのパーツ群である。ガンプラとかとさして変わらん。人間的なエロさが微塵もない。見事なまでに残念な作りだった。
「ところでさ、お前さっき気になること言ってたよな。タイムリーとかなんとか」
「あ、あれか……だって、俺出たじゃん、ローゼンに」
「はぁ? 鳥海なんてキャラしらねーよ」
「出たんだよ! 載ったんだよ! 12/9発売号に! ほらほらほら!」
「お、応……へー、ノノノノ終わったんだ。最後にポロリとかなんて打ち切り臭」
「ていうか誰もあの胸に気付かないなんてありえないよね……ってそうじゃなくてここ! ほれ!」
「……確かに鳥海ではあるが、名前が違うんじゃないのかこりゃ」
「な、何を言うんだ。『KAITO』って言えば中の人は『なおと』だろうが!」
僕は何も言えなかった。ただ、滂沱たる涙が頬を伝うのみ。こっちは昔から名前ネタで弄られてきているというのに、なにゆえこいつは同じ苗字のキャラ(多分主要キャラになるとは思うがあくまで主役ではない)が出てきただけでここまでハマれるのか。嗚呼しかし、なにやら無闇に感動するのは何故だろう。
取り敢えず、再会を約す事もなく僕達は別れた。アディオスアミーゴ。もう会うこともあるまいが、会ったときはお前もこの残念な人形どものあれこれに巻き込まれるのを覚悟しておけよ。