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No.24888の一覧
[0] 【ネタ】ドールがうちにやってきたIII【ローゼンメイデン二次】[黄泉真信太](2013/02/17 03:29)
[1] 黒いのもついでにやってきた[黄泉真信太](2010/12/19 14:25)
[2] 赤くて黒くてうにゅーっと[黄泉真信太](2010/12/23 12:24)
[3] 閑話休題。[黄泉真信太](2010/12/26 12:55)
[4] 茶色だけど緑ですぅ[黄泉真信太](2011/01/01 20:07)
[5] 怪奇! ドールバラバラ事件[黄泉真信太](2011/08/06 21:56)
[6] 必殺技はロケットパンチ[黄泉真信太](2011/08/06 21:57)
[7] 言帰正伝。(前)[黄泉真信太](2011/01/25 14:18)
[8] 言帰正伝。(後)[黄泉真信太](2011/01/30 20:58)
[9] 鶯色の次女 (第一期終了)[黄泉真信太](2011/08/06 21:58)
[10] 第二期第一話 美麗人形出現[黄泉真信太](2011/08/06 22:04)
[11] 第二期第二話 緑の想い[黄泉真信太](2011/08/06 22:04)
[12] 第二期第三話 意外なチョコレート[黄泉真信太](2011/08/06 22:05)
[13] 第二期第四話 イカレた手紙[黄泉真信太](2011/08/06 22:05)
[14] 第二期第五話 回路全開![黄泉真信太](2011/08/06 22:06)
[15] 第二期第六話 キンコーン[黄泉真信太](2011/08/06 22:08)
[16] 第二期第七話 必殺兵器HG[黄泉真信太](2011/08/06 22:10)
[17] その日、屋上で (番外編)[黄泉真信太](2011/08/06 22:11)
[18] 第二期第八話 驚愕の事実[黄泉真信太](2011/08/06 22:12)
[19] 第二期第九話 優しきドール[黄泉真信太](2011/08/06 22:15)
[20] 第二期第十話 お父様はお怒り[黄泉真信太](2011/08/06 22:16)
[21] 第二期第十一話 忘却の彼方[黄泉真信太](2011/08/06 22:17)
[22] 第二期第十二話 ナイフの代わりに[黄泉真信太](2011/08/06 22:18)
[23] 第二期第十三話 大いなる平行線[黄泉真信太](2012/01/27 15:29)
[24] 第二期第十四話 嘘の裏の嘘[黄泉真信太](2012/08/02 03:20)
[25] 第二期第十五話 殻の中のお人形[黄泉真信太](2012/08/04 20:04)
[26] 第二期第十六話 嬉しくない事実[黄泉真信太](2012/09/07 16:31)
[27] 第二期第十七話 慣れないことをするから……[黄泉真信太](2012/09/07 17:01)
[28] 第二期第十八話 お届け物は不意打ちで[黄泉真信太](2012/09/15 00:02)
[29] 第二期第十九話 人形は人形[黄泉真信太](2012/09/28 23:21)
[30] 第二期第二十話 薔薇の宿命[黄泉真信太](2012/09/28 23:22)
[31] 第二期第二十一話 薔薇乙女現出[黄泉真信太](2012/11/16 17:50)
[32] 第二期第二十二話 いばら姫のお目覚め[黄泉真信太](2012/11/16 17:50)
[33] 第二期第二十三話 バースト・ポイント(第二期最終話)[黄泉真信太](2012/11/16 17:52)
[34] 第三期第一話 スイミン不足[黄泉真信太](2012/11/16 17:53)
[35] 第三期第二話 いまはおやすみ[黄泉真信太](2012/12/22 21:47)
[36] 第三期第三話 愛になりたい[黄泉真信太](2013/02/17 03:27)
[37] 第三期第四話 ハートフル ホットライン[黄泉真信太](2013/03/11 19:00)
[38] 第三期第五話 夢はLove Me More[黄泉真信太](2013/04/10 19:39)
[39] 第三期第六話 風の行方[黄泉真信太](2013/06/27 05:44)
[40] 第三期第七話 猪にひとり[黄泉真信太](2013/06/27 08:00)
[41] 第三期第八話 ドレミファだいじょーぶ[黄泉真信太](2013/08/02 18:52)
[42] 第三期第九話 薔薇は美しく散る(前)[黄泉真信太](2013/09/22 21:48)
[43] 第三期第十話 薔薇は美しく散る(中)[黄泉真信太](2013/10/15 22:42)
[44] 第三期第十一話 薔薇は美しく散る(後)[黄泉真信太](2013/11/12 16:40)
[45] 第三期第十二話 すきすきソング[黄泉真信太](2014/01/22 18:59)
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[24888] 第三期第十二話 すきすきソング
Name: 黄泉真信太◆bae1ea3f ID:c37a6530 前を表示する
Date: 2014/01/22 18:59
 〜〜〜〜〜〜 桜田邸、物置部屋 〜〜〜〜〜〜


「お帰り。何か手懸りは見付かったかい」
「ぜーんぜんですぅ。そっちはどうですか?」
「……見付かってたら質問すると思う?」
「い、いちおー聞いてみないと判んないじゃないですか。確認ですよ確認っ」
「そういうことにしとこうか……それにしても、雲を掴むような話ってこのことかもしれないね」
「ですねぇ……それっぽいところに目ェ付けて突撃してますのに、空振りばっかりですぅ」
「翠星石は……」
「ふえ? いきなり翠星石の話ですか?」
「うん。どんな気分で探索しているのかな、って思って」
「そんなの私にも判んないですぅ。ぱそこんで地図見てから出掛けてる私達より、あっちの方がずっとあやふやな感じってことくらいしか」
「偶然出会う可能性しかないのに、三人ともよく続くよね」
「それが契約の絆とか愛ってものなのです。美しくて儚くて健気なのですぅ」
「絆かぁ。人間同士の関係って不思議だよね……でも」
「どうしたですぅ?」
「……蒼星石と金糸雀はそんな感じなんだけど。でも翠星石は……ちょっと違うような気がするんだ。なんていうか……」


 〜〜〜〜〜〜 路上 〜〜〜〜〜〜


 数日が過ぎていた。
 日課となった市立図書館への道を辿りつつ、僕はふぅと溜息を一つついた。じじむさいと言われそうだが、それなりに気疲れしているのである。

 原因の一つは他でもないこの図書館への行き帰りにある。
 蒼星石の意見を受け、ジュン君の行動をトレスすべく図書館通いを始めたはいいのだが、その道すがら同世代の(もちろんジュン君と同世代という意味である)良い子の皆さんと顔を合わせる機会がこれほど多いとは思わなかった。
 学校が試験前だか試験中で下校時間が早くなっているのを避けるため、午前中にとんぼ帰りを繰り返しているにもかかわらず、同じ中学の制服を毎日一度や二度は見るのである。
 どうやら、上手いこと登校できてないのはジュン君だけではないらしい。……当然か。今日日、何処の中学でも学年に一人や二人の不登校児はいるはずだ。

 不登校やらサボりは言わば徹頭徹尾向こうさんの事情であるから、無関係なこっちが兎や角言える筋の話ではない。
 ただ、道中に限らず図書館の中でさえこっちをちらちらと見て来る特定の視線があるのは、大いにこちらに関係のある事案であった。
 さり気なく視界の隅に捉えて、視線の源が女子であることは確認している。地味な色の服を着て、やや色の薄い髪を前に垂らして、目元が微妙に隠れている辺りが……なんというか、後ろめたい部分のある僕には怖い。
 幸いにして今のところ声を掛けられたり堂々とガン見されたり、はたまた後をつけられたり何処ぞに連絡されたりなどという状況には至っていない。但しこれは決して偶然ではなく、こちら側でなるべく慎重に行動しようとしているからである。
 不注意に視線の源に近寄るのは論外である。さりとてあからさまに忌避するのも、注意を惹く点では上手ではない。席に着いている間はさりげなく無視し、移動する際はなるべく遠巻きにするしかない。
 常に周りを気にしなくてはならんというのはここまで疲れるものなのか、と改めて感じた次第である。

 そこまで頑張っているものの、実はこれも基本的に向こうさんの事情で左右される事柄なのだから尚更遣る瀬ない。
 向こうから積極的に接触を計って来られたら、無闇に逃げる訳には行かないのだ。
 僕はあくまでジュン君の代役であるからして、無言で逃亡して彼が悪印象を抱かれてしまっては後々まずい。さりとて、頓珍漢な返答をして不審がられるのも同様によろしくない。
 八方塞がりである。結局そうなったら適当に対応して、帰宅してから巴ちゃんにSOSの連絡を入れて事後処理に最善を尽くすくらいしか手はないのだ。自ら受け入れたこととはいえ、いい加減うんざりしてくるのは否めない。

 もう一つの気疲れの原因は、どちらかと言えばもう少し不可抗力以外の面が大きい事柄だった。
 あの日以来、二人ずつのローテを組んでnのフィールドにお出掛けを重ねている訳だが、どうも成果がはかばかしくないのだ。
 初手でいきなり「巻かなかった」ジュン君のシュプールを発見したときは、このまま尻尾を捕まえられるかと思ったものだが、その後ははっきり言って完全に成果なし。手詰まりだった。
 もっとも蒼星石の頭には何やら仮説でも浮かんできたらしい。僕とペアを組むときは移動の都度こっちに何かイメージしろと注文を付けたり、自分から移動してみたりしては何やら考えている。
 対して翠星石はできるだけ多くの世界を手当たり次第に訪問したいらしく、あの日の蒼星石のように一つの世界に長く留まろうとするようなことはなかった。中にマスターさん方が隠されていたらどうする、と思わんでもないが、多分ぱっと見でなんとなく判別できるんだろう。そういう嗅覚みたいなものは双子の妹より優れていそうだ。
 とはいえ何度も続けていると焦れてくるのか何なのか、待っていろと言い置いてさっさと扉の向こうに消えてしまうことも多い。積極的に動くのはいいが、実はこの手の作業は苦手なんじゃないのか。

 まあ、マイペースな二人はまだいい。
 金糸雀は見ていて気の毒になるほどだった。
 前回初めて同行したときは、寂しさを紛らわせたいのかずっと喋りっぱなしだった。何回も同じことを繰り返す内に、空振りに終わった世界の扉を閉め、さあ次かしら、と元気を出して前を行く姿が痛々しく見えてきたのは、こっちの気にしすぎじゃああるまい。
 それも当然だろう。なんだかんだでマスターさんのガタイが目の前にあり、小なりといえど手懸かりらしきものが入手できた二人に比べ、先輩の捜索活動には未だに進展がない。マスターさんであるみっちゃん氏の肉体もベッドに置かれたまま、ぴくりとも動いていないのである。
 今晩は先輩と二度目のお付き合いになる。こっちとしても単なるネジ巻き役でなく、何か気休め程度でも協力できることを探さないといかんのだが──

「──あ、やべぇ」

 図書館の前を危うく通り過ぎてしまうところだった。他人事ではない、こっちも大分重症である。


 〜〜〜〜〜〜 第十二話 すきすきソング 〜〜〜〜〜〜


 暫し、持参した参考書と問題集、そして教科書をためつすがめつする作業に没頭した後、携帯電話……は持っていないので壁に掛かった時計を見る。退出する予定の時刻まではまだ些か間があった。
 さて、やることがなくなったぞ。場所が場所だけに居眠りを始める訳にもいかん。
 夏ならば空調の効いた図書館でだらだらするのも悪くないが、今は初秋、天高く馬肥ゆるなんちゃらである。僕としてはむしろ堤防道路で自転車を漕いでいたい気分だ。
 暇ならば問題集を斜め読みするのでなく実際に解いたらどうかと言われそうだが、怠惰が服を着ているような僕としてはそっちには手が伸びない。
 ジュン君の代役とはいえ学校にまで通う予定は(今のところは)ない、というのがお勉強に身が入らない主な理由だ。流石に特進クラスでもない公立中学の二年の問題が難しくて解けないからではない……ということにしておく。
 まあ、万が一お勉強が必要な事態になった場合は優秀な家庭教師が三人もいる。先輩の得意分野は知らないが、理系は葵──いや蒼星石、文系は翠星石に聞くか、何なら特訓して貰えばいい。この点だけはお気楽なものである。

 ちなみに、楽観できるのはあくまでこの点だけというのもまた否めない事実である。
 別の方面では以前問題山積であり、一向に改善の目処が立っていない。僕が手前の頭で考えなきゃならん案件も大有りだ。

 もう一度教科書を開いて斜め読みしながら、その内の一つ……金糸雀の探し物のことについてまたぼんやり考え始める。
 先輩が探しているのは美摘さん改めみっちゃん氏だが、未だに何の手懸かりもない。裏でいろいろありそうな「巻かなかった」ジュン君、現在赤の他人に身体を乗っ取られている「巻いた」ジュン君等に比べ、きらきーさん(及び現在の事態全般の核心に近い部分)との繋がりが薄そうなみっちゃん氏は、逆に言うと派手な活躍がない分シュプールを残していないはずで、今後も探索は難しいだろう。

 翠星石にしろ金糸雀にしろ、今の捜索方法はすこぶる効率が悪い。
 シュプールという言葉からの連想じゃないが、雪山で埋まってしまった人を探しているようなものである。相手が居そうな場所すら判らんので、取り敢えず手近なところから足元に棒を突き刺して何かないか確かめているだけだ。
 確実な方法ではあるが、反面遅々として進まないやり方でもある。あまりに手間がかかるため、蒼星石が言ったように途中で居場所が変えられてしまうことさえ有り得る、という甚だ心許ない面もある。
 僕の参入で変わったことと言えば、一回の捜索時間が延長できるようになっただけ。
 猫の手ほどの手伝いでしかないと承知していたものの、まるで埒が明かないのは流石に堪える。足手纏いで全く役に立たない、とも言い切れないのがまた歯痒いところだ。
 何かもっと劇的な変化でもなければ、抜本的な改善は望めない。ある程度外側に立っている者として、何か意見を出さねばならん、とは思うのだが。

──……つーてもなぁ。

 僕自身がnのフィールドで何等かの能力を発揮して役に立つ、というのはまず無理である。ぶっちゃけ、普通の人間そのものがそういう風にできていないし、肝心のマスターさん達との関係が薄すぎる。
 薔薇乙女さん達の能力を上げる、というのも現実的とは言えない。
 実際にそれぞれの世界がどんだけ広いかは知らんが、扉開けただけでマスターの有無が判るって時点で薔薇乙女さんのセンサーの効きは既にチートレベルなのだ。これ以上敏感にしたら何もないところにも反応してしまいかねん。
 後は捜索範囲を変更するか、人数を増やすくらいが関の山だ。
 人数は現状の三人から増やせる見込みはない。
 蒼星石以外は未だに認めようとしてくれないが、多分水銀燈も真紅もそれぞれに動いてるはずだ。先に彼女達を捜索するにも、マスターさんと同程度に難しいのは目に見えている。
 よって、良くて捜索先での邂逅に期待する、くらいが適当。そっちをメインに据えるべきじゃなかろう。
 となると、範囲の変更だが……うーむ。あの扉の海の中でどういう絞り込み方をするのかさえ想像もつかん。
 ただ、以前覗いた世界はマーキングされてるのか、そこを指定して移動できるようだから、第なんちゃら世界の周辺、という感じでなら限定はできるかもしれない。

──まずは捜索範囲の変更を進言して、判らん部分については先輩の講義を聞いてみるか。

 僕の提案がそのまんま役に立つかは別として。捜索に一定の指針があった方が、何のアテもなく数撃ちゃ当たる式の活動を続けるよりはなんぼかマシなはずだ。
 そんなことができるのか、できるとして具体的にどうするのかは……投げっぱで悪いが先輩にお任せするしかない。具体案を出せるほど知識がないのだ。
 なんとも情けない話だが、そこが凡俗かつ素人の限界である。

 しょぼくれて、ふーっと息を吐き出す。
 ある程度考えを固めてしまえば幾らか気分が晴れるかと思ったのだが、逆効果だった。むしろ肩を竦めてお手上げのポーズでも取りたい気分だ。

──ええい止めだ、止め。

 このまま考え続けても始まらん。頭の方も足りなければ知識も足りてないのだから。
 良い案が出るとは思えんが、気分を変えるとしよう。
 頭に毛ほども入って来なかった英語の教科書を閉じ、腰を浮かして壁の時計を見がてら、ちらちらと周りを窺ってみる。幸いにも、毎度図書館でこちらに視線を向けて来る相手らしき姿は視認できる範囲には見当たらなかった。
 いつもは退室時にも視線を感じる(というより、即物的にそこに居るのが見えている)ので、概ねこちらと同じく昼飯前に退出していると思しいのだが、今日は頑張って登校したんだろうか。テスト期間の最終日だけってのは流石にないか……ああいや待て、年の頃が同じだからといって同じ中学とは限らんのだな。いや近隣の中学ならテストなんぞの日程も似通ったものにしているか。ううむ、どうもややこしい。

 視線が感じられないのは良いとして、肝心の時間の方はまるで経過していなかった。大体引き上げどきと見繕っていた時間まであと三十分はある。
 もう一度同じ事を繰り返して時間を潰すか、早めだがこのまま切り上げてしまうか。
 顎に手を当てて考えるまでもなく、僕は怠惰な選択肢を選んだ。また斜め読みに戻るのは馬鹿らしい。まぁ一日くらい、無駄な作業を早めに切り上げても悪くないだろう。
 ちなみに問題を解いて時間を潰すという勉強家の鑑のような選択肢は最初からない。さっさと荷物を纏めて自習室を出るのみである。
 三十分という半端な時間は、何か適当な本でも読んで潰すとしよう。早めに家に帰って人形どもに突っつかれるのも、メシの支度をしている翠星石から小言を喰らうのも嬉しくない。

 さて何を読もうか、と開架書庫の辺りに視線を遣ると、検索用の端末機が目に入った。
 蔵書の検索ができるだけなので今ひとつ利用率は高くない。僕の(というかジュン君の)ような自習目的の利用者にはあまり縁のない代物でもある。

──いや、待てよ。縁はあっただろ。

 うろ覚えだが、漫画の中でジュン君は端末機を使っていたような記憶がある。
 何巻のどの辺だったっけか。今ひとつ判然としない。
 場所は図書館(つまりここ)だったから、登校の準備に掛かってから後ってことは間違いない。
 ふむ。これはひょっとしたら何かの手懸りになるかもしれん。

 だが残念なことに、この件に関しては妙に印象が薄い。毎日図書館に通っていながら今になって気付いたほどである。
 おかしいな。まともに通して読んでいなかったとはいえ、残念人形ズの対策等で何度も参照し、それなりに覚えていたはずなのに、上手く思い出せない。記憶を弄られているのでなければ、早くも老化が進んでるってことだろうか。
 取り敢えず端末の前に陣取ってみる。仮にも公共の場であるから、いつまでも呆然と立ち尽くしている訳にも行かない。
 うーむ。彼は何を検索していたのだろう。さっぱり思い出せん。
 自習しに来て検索したんだから、何か学習資料みたいなもんだろうか。それとも、何かが気になって調べてみたんだっけか。
 学習資料の線は薄い。
 手持ちに巴ちゃんの手書きと思しいレジュメがある。教科書と副読本も(多分担任が持って来てくれて、のりさんが取って置いてくれたんだろうなぁ)届いていて、自分で買った参考書と問題集も持っている。これ以上は必要ないんじゃねーのか。
 調べ物の方もイマイチである。
 彼は常時接続のデスクトップを自宅に置き、朝から晩までその前に座っているような人物だ。ネットで手に入らない種類の調べ物というと専門的なものになる訳だが──

「ローゼン関係か……」

、あの漫画はきらきーさんの介入で作られたブツとはいえ、彼の生活を細大漏らさず描き尽くしたものではない。筋書きに関係ないところは省略や変更の嵐である、というのは実際生活してみるとよく判る。
 そういう代物にわざわざ描かれたんだから、調べ物といえば当然ローゼン関係しか有り得ない。それもこっちの世界でネット検索すればちょいちょい見付かるオカルト絡みのあれこれではない、ごく真面目な研究書の類だったんだろうが……。
 しかし、ここの図書館がそんなマニアックな資料を揃えてるもんだろうかね?

「……考えてても始まらんよな」

 うろ覚えの記憶に頼って、足りない頭でいろいろ考察していてもしょうがない。それらしいキーワードをいろいろ当たってみる。
 結果は芳しくなかった。ドール絡みでどっさり出て来るのはキャラクタードール趣味関連の本ばかりで、多少マシそうなものでドール作成のハウツー本程度。ローゼンの方では全く何の関係もなさそうなラノベか何かがヒットするだけである。
 やはり彼が調べていたのは参考書だったのか。そもそも検索していたこと自体、円滑に話を進めるための漫画上の演出ということも……。
 いや、待てよ。データベースにある本は日本語だけじゃない。
 ドールといえば欧米のものであり、オカルトの方の趣味もそっちが本場である。当然ながら歴史も古い。
 ウェブ検索だけじゃ碌に出て来ないようなマイナーネタでも、かつて書籍になっていた可能性はある。今でこそ日本に集っているものの、当の薔薇乙女さん達もあちこち旅をして歩いたという話だ。ネタ本の一つや二つあってもおかしくない。
 ジュン君が外国語の本を読めるかというと微妙だが、例えばクサい部分をハードコピーして真紅に読んでもらうなりすることはできただろう。実際に薔薇乙女さんが居る状態で役に立つ可能性は低いけれども。

 そこまでして調べたいこと……あるよな。
 誰もが碌に知らない姉妹──きらきーさんの件である。
 ジュン君が登校云々の関係で突っ走り始めた頃、彼の心が若干離れたところを見計らってきらきーさんが雛苺を捕食している。それもかつての契約者の子供だか孫だかであるオディール嬢を焚きつけ、雛苺を揺さぶるという念の入れようであった。
 僕が読んだのはその辺りの描写じゃないのか?
 雛苺が居なくなってジュン君も気にしていたって話なら、色々と辻褄が合う。ちなみに場面の印象しか残ってないのも、その辺は残念人形ズの関係で何度も読み返した部分に入ってないから当然である。
 彼はきらきーさんについて調べを進めようとした。だが調査が奏功する前に他の姉妹が囚われる事態になり、兎さんの導きに従って金糸雀と共に……。
 むむ。いいセン行ってるんじゃないか、これ。
 実際にここで検索して彼がお役立ち情報をゲットできたかどうかは別として、ここは一つ英字綴りで調べてみるべきだろう。
 えーっと、ローゼン、ローゼンっと。

「……ふーむ」

 書名には一つも該当がなかった。少ないとは思っていたが全滅かい。
 彼が同じことを試して同じように不発に終わった、ってのも筋書きとしては成立する。大事なのは多分結果ではなく彼がわざわざ検索してみようと思った経緯の方だろう。その辺、とんと記憶にないのが困ったものである。
 まあそれは帰宅してから事情通の皆さんに確認すればいいことなんだが……一つもヒットしないとはなあ。
 オカルト関係ではそこそこ知られていたネタのはずだが、日本で閲覧できる書籍となるとこんなもんなのか? それとも、お父様パワーで何等かのエフェクトが──

「──あの」
「あ、はい」

 出し抜けに後ろから声が掛った。
 慌てて振り向くと、私服の夏服姿の女の子が肩越しに覗き込んでいた。
 考え込んでいて常日頃より更に感覚が鈍くなっていたらしい。声を掛けられるまで全く気配に気が付かなかった。
 年の頃はジュン君と同じくらい。栗色の髪の可愛い子だった。自分から声を掛けてきたのに躊躇しているような雰囲気で、大きな目をやたらに瞬いている。
 何処かで見た覚えのある顔のような気がするが……どこだったっけ。他人の空似ってやつだろうか。
 それにしても、いきなり声掛けてくるとは妙なこともあるもんだ、と訝しく思っている内に、女の子は何やら決意したような表情になった。モニターの中、丁度僕が入力した検索窓を指差して早口で続ける。

「……ここのスペル間違ってるから、正しい検索結果が出ないの。ローゼンの綴りはRosenじゃなくてRozenだから……」
「おー、なるほど。センキュっす」

 僕としたことが、こいつぁうっかりだ。
 該当なしで当然である。これではあのおっさんと残念人形ズ関係の方になってしまう。おっさんよ、残念ながら本になるほどの認知度はなかったらしいぞ。残念人形だけに。
 もう一度振り返り、まだこっちを見ている親切な女の子に、顔の前に手を立ててどーもどーもと感謝の意を示す。

 何故か相手は妙な顔をしていた。何とも言えない表情、という言葉を体現したような顔つきだ。
 はて、と思うのと、やべえ、と思い当たるのが同時だったのは、多分僕の頭の回転の速さではなく、遅さの方を示すものだろう。

 女の子は視線の主だった。

 顔から血の気が引くのが判った。異常事態に慣れ切ってしまったせいか、こういう恐怖を感じるのは暫く振りである。

──こりゃ、でかい墓穴を掘っちまったぞ。

 他人の空似どころの話ではない。毎日見ていた、というか見られていた相手なのだ。
 つーか、あれだけ気にしてたんだから最初に気付けよ僕。人形やらおっさんの知名度考察してる場合じゃないだろうが。
 これまで遠目に見てただけだから印象が漠然としていた、などというのは言い訳にもならない。今日に限って前髪をきちんと分けてるからとか、服装の傾向が違ってたからってのも同様である。

 ごく短いが、実に嫌な感じの沈黙の後、相手は躊躇いがちに口を開いた。

「桜田君……だよね?」
「うん」
「私のこと……覚えて、ない?」
「ええっと……ごめん。色々あって」
「そっかぁー……もう一年も経っちゃったし……忘れても仕方ないよね」

 女の子は残念そうに、少しわざとらしく息を吐いて半歩退った。
 いやいやいやいや、仕方無くないぞ。全くもって仕方無くない。
 多分ジュン君なら覚えているはずだ。彼の主観では何年間か余計に経過しているとはいえ、こうやって声を掛けて来るような相手なんだから。そして、向こうも判っていて演技している。

──一年と言ったってことは、多分幼馴染やら学校外の知り合いじゃない。年の頃から考えて一個上か同学年か、最悪同級生かもしれない。くそっ、漫画じゃ巴ちゃん以外に名前の出てきた人物なんか碌に居なかったぞ。家でノックアウト喰らう原因になった寄せ書きには同級生の名前書いてあったっけ? うあー、どっちにしろ漫画本はこっちの世界じゃ手に入らんからこの場を誤魔化しても帰宅して確認もできんではないか。どうせクラスメート以外の在校生ですってことになれば意味ねーし。ああそういや確か鳥海が同じ苗字の子が出てきたって騒いでたが、あれは男だった──

 掛かりの悪い頭脳のエンジンが漸く回り始め、今度は疑問やら解釈がどっと湧いてくるが──待て待て。今は考えてる場合じゃない。
 状況を見極めねば、と視線だけは逸らさないように注意していると、女の子はもうひとつ息を吐いて首を振った。

「本当に、忘れちゃったの?」
「……ごめん……その」
「うん……なに?」

 すまぬ、すまぬ。本当は端から記憶にないのです。つーか何気に追い討ち掛けて来てないかキミ。
 これはまずい。
 必死に思い出そうとしてるのはポーズじゃないんだが、それは漫画で名前が出て来たジュン君の知人て居たっけか、というところ。顔と名前が一致するレベルの遥か下である。
 そもそも漫画では、マスターさん絡み以外では担任の梅岡氏くらいしか名前のある人物が登場していない……はずだ。
 取っ掛かりからしてヒッキーが薔薇乙女さんの戦いに巻き込まれるという筋立てであり、登場人物は無茶苦茶少なかったのである。最初の頃は真紅に水銀燈、そしてジュン君とのりさんだけで回っていたくらいだ。
 その後ドール関連の人物は順次追加されていったものの、これまでに登場した巴ちゃん以外の同級生、同窓生となるとちょっと思いつかない。例のまだ単行本にもなってなかった話に出て来た、鳥海と同姓の……名前は確かカイトとか言ったが、そのくらいじゃないだろか。
 あの後、仮に登校開始の話が執筆されれば、ストーリーが学園モノに変わって同級生が続々登場するような展開になって行くかもしれん。しかし生憎こっちは雑誌に掲載される前に別の世界に飛ばされてしまった。
 どうにも参照のしようがない──いやどっちにしろ今この場には間に合わんのか。お手上げである。
 ちなみにカイト君は男子生徒なので、少なくとも目の前に居る女の子でないことは明白。相変わらず僕同様に役に立たんな鳥海。
 ああそれはいいから、他に名前、名前……。

 おお、そうだ。一人だけ居るじゃないか。
 ある意味で事件の発端、ジュン君が不登校になった切っ掛けの女の子。文化祭の出し物である学年プリンセス候補だかに選ばれた子である。
 ジュン君はその子をモチーフにしたラフ画を、何故か課題のノートに落書きしてしまった。
 ノートを見た担任が出来の良さに大感動して、勝手に廊下に貼り出すわ全校集会で名指しで煽るわ。繊細なジュン君はその場で速攻ゲロ吐いて、それきり学校に行けなくなったのである。
 まさかこの子が当人とは思えんが、他に名前が出て来た子はおらんし……。どうする。

──取り敢えず、あの一件以来云々、てことで話を繋げることにするしかないか。

 なに大丈夫、場所が場所だ。ただでさえ私語厳禁とか書かれている上に、こっちも向こうも言わば常連。
 しかも本来こんなところでうろうろしていてはいけない立場である。あまり騒ぎを起こして人目を惹きたくはなかろう。
 俯いてぼそぼそ喋ってれば、向こうもでかい声を上げたり、こっちを長いこと拘束するような真似はすまい。幸い、ジュン君はであればそんな態度になりそうな雰囲気でもある。

「あの……桑田さん──」
「──『思い出して』くれたんだ」

 〜の件、まで言う暇もなかった。
 ぼそりと口にした名前に間髪を入れず反応して、女の子はにっこりと笑う。

──ビンゴかよ。クソッタレ。

 桑田由奈さんご本人様登場の巻であった。
 こっちは頭を抱えたい気分である。当たってこんなに嬉しくないクイズはそうそうなかった。
 現実というのはなにゆえどこまでも非情で皮肉なのか。こっちを追いかけていた視線の主が、よりによって最悪の相手だったとは。
 いや、こっちの脇が甘かったというか、迂闊だっただけってのは判ってる。判ってますとも。


 立ったまま長話を始めることはなかろう、という僕の目論見は半ば当たり、半ば外れていた。
 桑田由奈嬢はこちらの反応を窺うような間を置いた後、ここじゃ何だからと河岸を移すことを提案してきたのである。
 腹の中で十数えた後、僕は不決断に頷いた。
 色々とやばい局面ではある。だが彼女と彼の立場を考えると、無碍に断って後々に禍根を残す訳には行かない。
 ハンバーガー屋に向かう道すがら、彼女の足取りは軽かった。足りない頭で思案しいしい歩いているこちらの気分と好対照である。服装の違いもあって、昨日までの視線の主と同一人物とはちょっと思えない雰囲気ではあった。

 結局、思案は何一つ纏まらないまま、同じ通りにあるハンバーガー屋に着いてしまった。
 ええい、もうどうにでもなれ。ぶっつけ本番で行くしかないのだ。
 腹を膨らませたままメシを食って翠星石に怒られないよう、軽めのものを注文する。由奈嬢はやや不審そうにこちらを見た。

「ドリンクとフィッシュバーガーでいいの?」
「あーっと、昼飯前だから軽くしようかと」
「あ、そっか。──私もそうする」

 何故か妙に嬉しそうに、桑田由奈嬢はこっちと同じものを注文する。ドリンクだけは別だった。
 ハンバーガー屋の店員は本来ここに居るべきでない年齢の男女に(表向きは)関心を示すそぶりも見せず、営業スマイルのまま二人分のトレイをこちらに寄越す。
 僕が二人分の会計を支払ったことには、由奈嬢も店員も全く違和感を持っていないようだった。こちらとしてはいつものことだし、向こうもそんなもんなのだろう。
 奢られ慣れてる女の子か。……森宮さんがそれに近い。銭金にがめついというのではなく、支払いに対して割合鈍感だった。育ちの良さというヤツであろうか。
 由奈嬢も結構なお嬢様なのかもしれない。ファーストフードは食い慣れてるようだが。
 もっとも育ちの話をすれば葵の方が(色んな意味で)更に育ちが良い訳だが、あいつはその点についてはきっちりしていた。こっちが先に言い出さない限り必ず割り勘だった。
 美登里は奢らせて当然という態度。まあ回数もそうなかったし、あいつには普段のお菓子の分があるから致し方ない。柿崎とは……ボンビー同士、完全にそのときの懐具合である。何か食えばそのとき持ってる方が払いを済ませてた。
 そういや帰ったらホワイトデーの奢りが待ってるんだったなあ。なんか、もう随分懐かしいことのような気がする。

──いかんいかん。そんな回想してる場合じゃない。

 心の中でぶんぶんと首を振り、氷がジャリジャリするコーラのLサイズを啜る。
 目の前の由奈嬢はじっと僕の手元を見るような按配だったが、軽く頷いてから自分もコーヒーに手を伸ばす。ほっとしたような笑みが柔和な顔に浮かんだ。
 なんだこりゃ。どうしてまたこんなに上機嫌なんだ。
 可愛い外見に似合わず、と言ったら失礼だが、案外マジでストーカーの気があったりしてな。とすると、会ったはいいがこんなトコまでご一緒するのは大失敗だったことになる。
 そうでないことを祈りつつ、コーラをまた一口飲む。若干水っぽく感じるのはこっちの心境のせいもありそうだ。
 ちらっと前を見ると、由奈嬢は両手でコーヒーのカップを持ったまま、視線を斜め下に落としていた。依然として口許には笑みが浮かんでいるが、表情自体は冴えないものに変わっている。
 ふむ。このギャップに、ここまでの彼女の行動のヒントがあるのかもしれない。

「……私、最近学校行ってないんだ」

 彼女は結局コーヒーには口を付けずに話し始めた。

「知ってた、よね。……毎日見てたから」
「うん……視線には気付いてた」
「視線には?」
「正直言って、今日になるまで──さっきまで、桑田さんだって知らなかった」
「本当に?」
「なんつーか、ホント……ごめん」
「そうなんだ……」

 由奈嬢は酷くがっかりした様子になった。
 なけなしの良心が痛む。嘘はついてないが、隠し事はバリバリにやらかしているのだ。
 事情を知らない彼女にしてみればどえらく失礼な話だろうが、今は顔の前で両手を合わせて拝むしかない。
 それにしても、この子は……。

「……変装が効きすぎちゃったのかな」
「まさか桑田さんだとは思わなかったよ……」
「凄いね私。探偵になれるかも」
「素質あると思うよ」
「それって……褒めてる?」
「多分貶してはいないんじゃないかと」
「多分って……あはは」

 由奈嬢は口に手を当てて笑った。
 いきなり敵対的な態度に出られるよりは良いのだろうが、ジュン君と会話出来たのがそんなに嬉しいのか? 奥手のくせに喋り出すと止まらないタイプなのか。
 いや、どうもおかしい。ちょっと反応を作ってる気がする。
 そもそも何故窺ってたのかも皆目判らん。可愛い子と喋るのは嫌いじゃないが、それは気が置けない時に限る。
 ここは早めに切り上げ、帰宅したら巴ちゃんにご足労願って善後策を練った方が──

「──ねえ」
「うん?」
「去年のことは……『忘れて』ない?」
「去年って」
「……文化祭の前のこと」

 半オクターブほど、声が低くなっていた。いや、凄みを利かせた声じゃないんだが。
 漫画に関しては斜め読みしていただけの僕だが、その台詞の指す中身が判らんほど無知じゃあない。
 我が身の優柔不断というより頭の鈍さを呪ってやりたい。また今度時間が許すときに。
 悠長に考えてる場合じゃなかった。腰を上げる前、というよりハンバーガーにまだ手も付けない内に、斬り込みをまともに食らってしまった形である。
 口の中でもごもごと、細かくは覚えていないが忘れてもいない、と言ってみると、由奈嬢はそう思っていたと頷いた。

「この間、寄せ書き見て具合悪くなっちゃったんでしょ? 忘れちゃってたらそんなことないもん」
「え? 具合って」
「梅岡先生が持ってった寄せ書き。柏葉さんが言ってた。桜田君あれ見て寝込んじゃった、逆効果だったかもって」
「ああ……うん」
「でも、それからだよね。桜田君が図書館に通い始めたの」

 だから先生のやったことは無駄じゃなかったってことだよね、と由奈嬢は念を押すように言い、僕は黙って頷いた。

 漫画を斜めに読んだ限りの感想で言えば、梅岡教員はチョイ役でありながらジュン君のセンシティブな心に思うさま善意の暴力を振るった、理不尽な自然災害のような役柄だった。
 お陰でジュン君は何日も昏睡するわ、目覚めたら目覚めたで中学生としての自覚を思い出してしまい、薔薇乙女さん達から心が離れて行くわ。
 それが漫画だけの誇張でないことは、当事者さん達の言葉の端々からも伝わってくる。
 きらきーさんの攻勢はまさにそこにつけ込んで開始された訳で、後に残した禍根もまた甚大である。便乗して言わせてもらえば、梅岡氏は僕をこのややこしい事態に巻き込んでくれた遠因と言ってもいい。

 しかしそれはあくまで(僕も含む)ジュン君側、あるいは漫画の読者の視点だ。傍から見れば話は反対となる。
 ジュン君は梅岡教員の来訪によって数日間へこたれていたものの、一念発起して図書館に通い始めた。
 ご本人及び親しい人々の、ごく内々の事情を除いてしまえば、残るのはそれだけである。アリスゲームなんてモノは世間様にはまるきり関係のない、家庭の事情で括れてしまうあれこれの一つでしかないのだから。
 満を持しての梅岡先生のご訪問は、ヒキコモリのジュン君に対して一種の劇薬だったかもしれないが、確かな効果もあった……となる訳である。

 但し、それは即時の復学に十分なものではなかった、という風にも取られてしまいそうだ。
 ジュン君が図書館に通って自習を続けていた正確な日数やその詳しい内容は聞いていない。しかし、ここにきて二週間以上図書館通いをサボってしまったのは把握している。前半は彼がこの世界に存在していなかった時間であり、残りは僕が図書館に足を向けるまでの期間である。
 傍から見ている人々、例えば目の前の由奈嬢は半月ほどの空白をどう受け止めているのか。
 今更言うまでもなく、これ以上ないほどややこしい要素が絡んでいるのだが、そんなことは外野の知ったことではない。
 不登校児が図書館で自習を始めたのにいつの間にか途絶えてしまい、最近になって漸く再開した。外側に見えている事実はそれだけである。

──案外この子が不登校になった理由も、それに絡んでるんじゃないのか。

 知りたいような聞きたくないような、実にモヤモヤした気分だ。
 由奈嬢は憮然としている僕の表情をどう取ったのか、微笑を固着させたような顔になって続けた。

「羨ましい、って思っちゃダメ?」
「羨ましく……思えることなのかな」
「だって、桜田君のためだけに、みんな作文書いたり寄せ書きしたんだよ。クラス全員」
「……そうだね」
「先生も時間作って出掛けて行った」
「うん……」
「それでやっと、桜田君は学校行く気になったんでしょ。羨ましいよ、そういうのって」

 ああ、やばい。つか、これはまずい。実にまずい。
 なんか判っちまった。そういうことかよ。
 回りくどい言い方で、却って言いたいことが見えてくることもあるのだ。
 由奈嬢の口許には笑みが浮かんでいる。だが、ちらちらとこちらを見る目は今にも泣き出しそうだった。

──くそったれ。

 不意に、でかい声で怒鳴り出したくなった。
 ジュン君を巡って、この子と僕の置かれた立場は多分点対称に近い差がある。彼について知っている情報も(どちらが多い少ないではなく)殆どかすりもしないだろう。
 しかし、共通している事柄が少なくとも一つある。どちらも、特異な能力を持った彼とその周囲の人々の起こした事件に、否応なしに巻き込まれて振り回されてる哀れな凡俗だという点だ。

 彼女の身に具体的に何があったかは察するしかない。しかし折角の晴れ舞台と言うべき企画に文字通りゲロを吐きかけられ、相当に嫌な思いをしたであろうことは想像に難くない。
 いやいや、それだけとは限らん。
 ジュン君は即時リタイヤしてしまったから、その後どんな噂が流れたにしても耳に入ることはなかった。だが、とばっちりを受けた由奈嬢の方も、少なからず陰口なり噂なりを叩かれたのではないか。
 ジュン君が寄せ書きを見ておかしくなってしまったことを聞き知っているからには、由奈嬢が不登校になったのは恐らくそれから。多分、彼が図書館通いを始めたことを巴ちゃん辺りから聞いた後のことだろう。
 ……となれば、由奈嬢が登校せずに図書館通いしていることとジュン君には因果関係が大いにありそうだ。
 ここまで出張ってきて、じっとこちらの動きを追っていたのは、寄せ書きの件で思うところがあったのか。または単に不登校同士ということで親近感を抱いたのか。いやいや、学校を休んで図書館に張り込んでいた可能性さえある。
 何等かの意趣を含んでいるのか、被害者は自分だとアピールしたいのか、あるいは大したことないよと励ましたかったのか。はたまた、自分のつれない仕草がジュン君の不登校のトリガーになったと感じていて謝ろうとしているのか。

 細かいことは判らない。ただ、いずれにしても彼女が去年の出来事を引き摺っていて、ここ数日で言ってやりたいことが我慢できないほど募ってきたからこそ、わざわざ判り易い恰好になって声を掛けてきたのは間違いない。
 当然ながらそれに応えるべきなのは、例によって僕ではなく、ここには居ないこの身体の持ち主なのだが──

「──桑田さん」
「なに?」
「こんなこと、今更だと思うけど……ごめん。僕のせいで、厭な思いさせて」

 頭を下げる。
 無意味な謝罪ってのはこういうことを言うんだろう。
 誠意のない言葉だと言われればそこまでだ。そもそも僕自身が巻き込まれて厭な思いをしている立場である。
 だが、由奈嬢はそれを知らない。目の前の桜田ジュン君に、せめて一言くらい言って欲しいだろう。

 暫し無言の時間が流れた。
 顔を上げると、こちらのクソッタレな事情など知る由もない由奈嬢は相変わらず飲む素振りも見せないまま、両手で持ったコーヒーに視線を落としていたが、やがて首を一つ振ってこちらを見た。

「そんなので許せると思う?」
「……いや、思わない」
「じゃあどうして謝ったりするの? 口だけなんてサイテーだよ」
「ここで一言も言わなかったら、桑田さんがもっと厭な思いをする。それに──勝手だけど、僕自身謝りたいんだ」

 まあ、一言くらい謝って頭下げてくれ、が本音なんだけどな。

「本当に、ごめん」
「ほんと、勝手なんだね。他人事みたいに」

 由奈嬢はそっぽは向かなかったものの、大分ご立腹のようだった。額まで赤くなっている。
 決していい加減な気持ちで言った台詞ではないのだが、どうしても一歩離れて考えていることは否めない。なんせ中身が別なのだから。
 傍から見れば他人事を言ってるように聞こえて当然である。それが滲み出てしまったのだろう。

 ええいくそ。どうにも歯痒い。
 この子にしてみたら、表の通りに出てみたら待ち人の代わりに納豆売りがやって来たような按配じゃねえか。しかも、見た目だけじゃ見分けがつかんときている。
 誰がやらかしてくれたのか知らんが──いやまあ、こんな芸当が出来るのは一人しかいない訳だが、どういう了見でこんな状態にしてくれたんだ。
 改めて──というか、初めてかもしれん。きらきーさんにこれほどムカついたのは。
 いや、彼女に全部おっ被せてしまうのがフェアじゃないってことは重々承知して──

「──本当に謝りたいなら、悪いと思ってるなら、逃げずに学校に行ってよ」

「えっ」
「桜田君て、逃げてるだけじゃない」
「そ、そりゃ……えっと」
「文化祭担当の梅岡先生に提出するノートにラフ描いたんだもん、先生勘違いして当然だよね? なのに、自分の名前出されたらみんなの前でげーげー戻して、そのまま学校から逃げ出してそれっきり」
「……そうだね」

「今だってそうだよ。
 何? 私のこと都合良く忘れたふりなんかして。
 梅岡先生に言われたから、わざとらしく図書館で勉強するふりして、気が向かなくなったら止めたりして。
 学校から、あのことからずっと逃げ回ってるだけじゃない。
 全然、前向いてない。自分が悪いなんて全然思ってないし、ちっとも変わってない」

 おいおいおいおい。なんかえらい方に話が回り始めちまったぞ。
 唐突な長広舌にただ焦っている僕の気分など一向お構いなく、由奈嬢は自分の台詞に興奮したのか、大分大きな声になって続ける。

「学校行ってよ。本気で悪いって思ってるなら。
 みんなに冷たい目で見られたって、虐められたって、桜田君の自業自得でしょ。
 自分に嘘吐いて逃げてないで、自分が起こしたことくらい認めて受け止めてよ」

 そうしたら許してあげる、と言って由奈嬢は席を立ち、こちらを振り向きもせず階段を降りていった。
 泣いていたのか笑っていたのか、表情を見定める暇もない早業だった。

 一つ溜息を吐いて机の上に視線を戻す。僕が奢ったハンバーガーとコーヒーは手付かずのまま、トレイの上に残されていた。
 これは地味に堪える。奢ったものに口を付けないまま帰られるってのは。
 由奈嬢はジュン君に対してきつい一言を言いたくて、機会を窺っていたのか。いや、さっきからの僕の行動が裏目裏目に出ちまったせいで、売り言葉に買い言葉みたいになってしまったのか。

 ……いやいや、悠長に考察してるどころの話じゃねーよ。学校行け、だと?

 最悪だ。
 たった一人のクラスメートとちょいと話しただけでこのざまである。知り合いの只中に放り込まれたらどうなるか見当もつかん。
 断るなり、無視するなりしてしまえばいいことなのだが、そうは行かんだろう。
 あの分だと由奈嬢は近日中に登校を再開するだろうし、そもそも不登校の原因自体がジュン君に関わってる可能性が高い。ジュン君であれば、彼女の雰囲気か何かから、自分が齎した影響をもっと敏感に感じ取っていたはずだ。
 由奈嬢が登校した時、そこにジュン君の姿がなかったらどう考え、どう行動するだろう。友達にジュン君のことを悪く言うか、自分で抱え込むか。
 どちらにしても事態は良い方向には向かわないような気がする。

──何にしても、もう週末だ。

 幸いなことに学校はお休み。次の登校日は土日を挟んで三日後の月曜日である。
 お忙しいところ恐縮ではあるが、巴ちゃんにもご足労願って、善後策を練ることとしよう。由奈嬢の不登校の原因も、彼女なら知っているかもしれない。
 すっかり気の抜けた薄いコーラを飲み干し、由奈嬢が手を付けずに終わった冷めたコーヒーを呷る。
 恰好悪い事この上ないが、食い物を無駄にすることはできん。貧乏人の悲しい性である。

 壁の時計を見上げ、こりゃ翠星石に怒られるな、と考えつつ鞄にフィッシュバーガーを二つ詰め込み、そそくさとハンバーガー屋を後にする。
 ふと見上げると、昼下がりの秋空は相変わらず能天気な青さだった。一つ舌打ちして鞄を掛け直し、僕は恐らく空と正反対の不景気な顔のまま、足早に桜田邸へと向かうのであった。


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