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No.24888の一覧
[0] 【ネタ】ドールがうちにやってきたIII【ローゼンメイデン二次】[黄泉真信太](2013/02/17 03:29)
[1] 黒いのもついでにやってきた[黄泉真信太](2010/12/19 14:25)
[2] 赤くて黒くてうにゅーっと[黄泉真信太](2010/12/23 12:24)
[3] 閑話休題。[黄泉真信太](2010/12/26 12:55)
[4] 茶色だけど緑ですぅ[黄泉真信太](2011/01/01 20:07)
[5] 怪奇! ドールバラバラ事件[黄泉真信太](2011/08/06 21:56)
[6] 必殺技はロケットパンチ[黄泉真信太](2011/08/06 21:57)
[7] 言帰正伝。(前)[黄泉真信太](2011/01/25 14:18)
[8] 言帰正伝。(後)[黄泉真信太](2011/01/30 20:58)
[9] 鶯色の次女 (第一期終了)[黄泉真信太](2011/08/06 21:58)
[10] 第二期第一話 美麗人形出現[黄泉真信太](2011/08/06 22:04)
[11] 第二期第二話 緑の想い[黄泉真信太](2011/08/06 22:04)
[12] 第二期第三話 意外なチョコレート[黄泉真信太](2011/08/06 22:05)
[13] 第二期第四話 イカレた手紙[黄泉真信太](2011/08/06 22:05)
[14] 第二期第五話 回路全開![黄泉真信太](2011/08/06 22:06)
[15] 第二期第六話 キンコーン[黄泉真信太](2011/08/06 22:08)
[16] 第二期第七話 必殺兵器HG[黄泉真信太](2011/08/06 22:10)
[17] その日、屋上で (番外編)[黄泉真信太](2011/08/06 22:11)
[18] 第二期第八話 驚愕の事実[黄泉真信太](2011/08/06 22:12)
[19] 第二期第九話 優しきドール[黄泉真信太](2011/08/06 22:15)
[20] 第二期第十話 お父様はお怒り[黄泉真信太](2011/08/06 22:16)
[21] 第二期第十一話 忘却の彼方[黄泉真信太](2011/08/06 22:17)
[22] 第二期第十二話 ナイフの代わりに[黄泉真信太](2011/08/06 22:18)
[23] 第二期第十三話 大いなる平行線[黄泉真信太](2012/01/27 15:29)
[24] 第二期第十四話 嘘の裏の嘘[黄泉真信太](2012/08/02 03:20)
[25] 第二期第十五話 殻の中のお人形[黄泉真信太](2012/08/04 20:04)
[26] 第二期第十六話 嬉しくない事実[黄泉真信太](2012/09/07 16:31)
[27] 第二期第十七話 慣れないことをするから……[黄泉真信太](2012/09/07 17:01)
[28] 第二期第十八話 お届け物は不意打ちで[黄泉真信太](2012/09/15 00:02)
[29] 第二期第十九話 人形は人形[黄泉真信太](2012/09/28 23:21)
[30] 第二期第二十話 薔薇の宿命[黄泉真信太](2012/09/28 23:22)
[31] 第二期第二十一話 薔薇乙女現出[黄泉真信太](2012/11/16 17:50)
[32] 第二期第二十二話 いばら姫のお目覚め[黄泉真信太](2012/11/16 17:50)
[33] 第二期第二十三話 バースト・ポイント(第二期最終話)[黄泉真信太](2012/11/16 17:52)
[34] 第三期第一話 スイミン不足[黄泉真信太](2012/11/16 17:53)
[35] 第三期第二話 いまはおやすみ[黄泉真信太](2012/12/22 21:47)
[36] 第三期第三話 愛になりたい[黄泉真信太](2013/02/17 03:27)
[37] 第三期第四話 ハートフル ホットライン[黄泉真信太](2013/03/11 19:00)
[38] 第三期第五話 夢はLove Me More[黄泉真信太](2013/04/10 19:39)
[39] 第三期第六話 風の行方[黄泉真信太](2013/06/27 05:44)
[40] 第三期第七話 猪にひとり[黄泉真信太](2013/06/27 08:00)
[41] 第三期第八話 ドレミファだいじょーぶ[黄泉真信太](2013/08/02 18:52)
[42] 第三期第九話 薔薇は美しく散る(前)[黄泉真信太](2013/09/22 21:48)
[43] 第三期第十話 薔薇は美しく散る(中)[黄泉真信太](2013/10/15 22:42)
[44] 第三期第十一話 薔薇は美しく散る(後)[黄泉真信太](2013/11/12 16:40)
[45] 第三期第十二話 すきすきソング[黄泉真信太](2014/01/22 18:59)
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[24888] 第三期第十話 薔薇は美しく散る(中)
Name: 黄泉真信太◆bae1ea3f ID:1d0c3480 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/10/15 22:42

 〜〜〜〜〜〜 承前 数日前、何処かその辺 〜〜〜〜〜〜


「同じ型……ねぇ」
「何か思いついたって顔だね」「ていうかドヤ顔ですぅ」「また碌でもないこと考えとるーってジュンに怒られるのよー」
「う、うっさいわねぇ、あのバカには関係ないでしょお」
「……そう言えば……黒のお姉様……あの方にだけは──」
「──お止めなさい。それは公然の秘密なのだわ」「迂闊に口を滑らしたら眼球まで破壊されるかしらー」「蓼食う虫も好き好きなのー」
「な、ななな何アホなこと言ってんの、誰があんなブサメンなんて! 全員纏めて簀巻きにして川に放り込むわよぉ!」
「あ、やっぱりそうだったんだ」「ちょっとカマ掛けたらすぐこれだぜなのー」「ちょろ過ぎかしらー」「むむむ、負けんのですぅ」
「はて……どうしたのですか……緑のお姉様」「ど、どうもしてねーですよっ」「いや、判り易すぎだよ君も」
「それでそれで? 同じ型がどうしたなのー?」「気になるのだわ」「かしらーかしらー」
「どーでもいいけど話題の切り替え早すぎでしょアンタ達……」


 〜〜〜〜〜〜 現在、nのフィールド・その何処か 〜〜〜〜〜〜


 扉の先は、奇妙な空間、としか言えない場所だった。
 上下の感覚はなんとなくある。歩くこともできる。しかし他はとことん曖昧だった。真っ直ぐ歩いているだけなのに、斜め上やら下、多分真上や真下にもそのまま行こうと思えば歩いて行けてしまう。便利といえば便利だが方向感覚がおかしくなりそうな案配だった。
 その中に、幾つか窓様の物体が浮いている。形、大きさ、距離共にまちまちだが、機能というか性質が同じものだということはなんとなく判った。
 手近な一つに近寄ってみる。薄ぼんやりと何かが映し出されていた。
 蒼星石が身を乗り出す。抱き寄せていた腕を解いてやると、窓の脇にふわりと移動して中を見詰めた。
 釣られるように覗き込むと、映像は急に明瞭になり、動画のスタートボタンを押したように動き始める。見覚えのある風景だった。

「なんだこりゃ。こっちの、ああいや僕の記憶、でいいのか?」
「当たっていると思うよ。中学校の頃だね。懐かしいな」
「そっか、こっちの記憶か……ちょいと手筈が違っちまったぜ。しかし一体何やってる時なんだか」
「文化祭の準備かな。一年次のときの」
「あれかよ……。しかしこんな感じだったか? なんか微妙に違和感が」
「そうかい? 僕にはすぐに判ったんだけど」
「……はて……あの奥の方で……話し込んでいるのは……?」
「あれ、邪夢君だね。なら、これは別の……君に近しい誰かの──そうか」

 そこまで言って、漸く気付いたらしい。らしくない、ちょっと慌てた素振りで蒼星石はこっちを振り向いた。
 極力顔には出さないようにしているようだが、長い付き合いの僕にはなんとなく判る。かなり狼狽して、大分焦っている。
 自分のことになると鈍感になるとか、全く何処のラノベの主人公さんだよ。
 それでも、口を開いたときには落ち着いた態度に戻っていた。

「──僕の……記憶なんだね」
「こっちの思惑が通ってれば、そういうことになるんだろうな」

 映像に違和感があったのも、見慣れていたはずの景色なのにどうも覚えがないような気がしたのも道理であった。視点が僕ではなかったのである。
 多分、僕の方は大いに安堵した顔になっていただろう。自分の記憶を覗いたのに肝心の場面を他人様の方がよく覚えていた、なんて話は流石にぞっとしない。
 蒼星石は妙に柔らかい表情になって目を細め、窓に向き直って、おや、こっちに来たね、と呟いた。
 窓の中では中学一年当時の僕がアップになり、自分の台詞が一言しかない台本を渡されて大いに迷惑そうな顔をしていた。まさにブ男これに極まれりという姿である。
 普段が普段であるからして、印象に残されていて困るような面じゃあないが、もう少しいい顔ができなかったもんかね。まあ、多くは望むまい。所詮は僕である。


 〜〜〜〜〜〜 第十話 薔薇は美しく散る(中) 〜〜〜〜〜〜


 石原葵と僕の出会いは、入学してすぐのことだった。同級生だから当たり前である。
 当たり前でなかったのは、最初のホームルームも始まらない内に向こうの方からしげしげとこっちを眺めてきたことだった。いや、正確には僕の学ランの左胸のポケットに付けてあるネームプレートを、だが。

「桜田君、か。へぇ……」
「……こんちわ、えーっと、石原、さん。どっかで会ってたっけ? 僕ァこっちに越してきたばっかなんだけど」
「いや、初めてだと思うよ。ところで君、もしかして名前はジュンっていうんじゃ……」
「……ぁぁ、当たり」
「そうか……当てずっぽうだったんだけど」
「あ、カタカナじゃねーから。アニメの主人公じゃなくて残念でした」
「……あはは、そうか、そうなんだ」

 この時点でも既に何度目かだった訳だが、後にいい加減うんざりするほど繰り返される遣り取りの内の一回だった。
 ある程度よく印象に残っているのは、相手がこの後親しくなる石原葵だったからだろう。
 もう一つ付け加えれば、このときの葵の表情も原因だったかもしれない。
 名前を聞いてきた時の、ややぎこちない表情。それが、当たり、と言われて一瞬何とも言えない強張ったものに変わり、違うと判って急に緊張が解けたような笑顔になった。
 事情を知ってしまった今は、ひとつひとつの反応の理由がよく判る。生まれ変わったと信じていたのだから、どういう顔をしてかつてのマスターさんに向きあえばいいのかと迷ったに違いない。
 生憎こっちは、その時はまだ仰天の裏事情があり、後々自分も深く関わるなどとは予想もしなかった。
 ただなんとなく、コイツはからかうつもりはないんだな、と意外に思ったに過ぎない。逆に言えば、そのネタでからかわれるのが如何に定番と化していたか、ということでもある。

 名前絡みといえば、これも忘れられそうにない。

「へえ、早速仇名付けられたんだ」
「例のアニメだか漫画絡みのな……なんなんだよ、ったく」
「主人公と同じ名前だから、でしょ。役得だと思えば?」
「主人公みたいに呼ばれて慕われるんならいいけどさ。なんか全然意味無さそうな漢字まで当てられたぞ。ジュンじゃなくてジャムだし」
「なるほど。どんな字なんだい」
「邪悪の邪に夢……」
「それは確かにちょっと……いや、邪夢君か。結構良いんじゃない? 僕もそう呼ぼうかな」
「本気か!?」

 残念なことに本気だった。
 石原葵は──蒼星石は、その日から今まで一貫して僕を「邪夢君」と呼んでいる。高校でクラスメートに邪夢という仇名を定着させたのは葵本人だった。
 姉貴の美登里──翠星石に至っては、妹から経緯を事細かに聞かされていたんだろう。初めて会った時から「邪夢」と仇名を呼び捨てであった。

 そんな失礼な奴を好きになり、一度は手紙まで書いたのは……なんというか。結局のところ僕が面食いであり、クラスが違うとはいえごく近いところに居た美登里が実に女の子っぽい女の子だったからだろう。
 ただ、書いたものを渡す段になって僕は挫けた。
 僕にとって美登里は、ちょっと女の子であり過ぎ、お嬢様であり過ぎた。
 何やら歴史がありそうな大きな洋風の屋敷に祖父と三人暮らし。悪戯好きなのに人見知り。料理、特にお菓子作りが得意で手作りのやつを振る舞うのが大好き。たまに伝法な口調になるのに基本丁寧語で、怖がりなのに妙に高飛車。趣味は多彩だが、特に園芸に関してはプロはだし。そして、双子の妹が大好き。
 才能と容姿に恵まれてる上にまるでアイドルが主演ドラマから抜けだしてきたみたいな特性てんこ盛り状態であり、それが厄介なことに素だった。いや、むしろ他人の前では抑えているそういう姿が、葵と居るときにはちらちらと見え隠れする。

──次元が違うよな。こりゃ。

 中学二年生の夏休みの終わり、書いたラブレターをくしゃくしゃに丸めながら、当時の僕はそう総括した。敗北感で一杯だったが、その分悲壮感はなかった。
 少し知恵がついた今なら、あれは要するに憧れだったのだなあ、と振り返ることができる。手が届きそうで届かないところにいるだけに、いざ手紙を書いていろいろと思案し始めたら憧れが醒めてしまったというからくりである。
 傍から見れば勝手に熱を上げて勝手に冷めただけ、という失礼極まる話であり、美登里に知られたら暫く口を利いてくれないかもしれん。誰かに迷惑が掛かる寸前で自己完結したのは幸いであった。

 実はその直前、もしかしたら芽吹いたかもしれない、そういう勝手な恋心の芽がもうひとつ摘み取られている。

 中学二年の夏休みに入ってからの僕は、少しばかり暇を持て余していた。
 あの街に越してきた中一の春に仲良くなったご近所の同年生──サイカチとはなんとなく疎遠になりつつあり、ついでに何かとちょっかいを出してくる柿崎もバンドに誘われたとか入り込んだとかで、お呼びが掛かることがなくなっていた。
 見たくもない課題の山を除けば、これといってすることがない。家で寝転がったり、出た先で顔を合わせた友達と涼みがてら店を冷やかして歩いたり、とだらだら過ごす日が一週間ほど続いた。
 呆れ顔の親にせっつかれ、溜め込んだ課題を渋々抱え、家よりは快適に勉強できるからという理由で、もちろん本音は涼みに行った先の図書館で顔を合わせた相手が葵だった。
 お前もか、と自習室のドアを指し示すと、葵は笑って首を振り、四角く膨れたバッグをぽんと叩いた。

「僕は本を借りに来ただけだよ」
「へぇ、石原って必要な本は買い揃えるタイプかと思ってた」
「新刊で売ってない本もあるからね。古本もあまり出回らないし」
「そんなもんなのかー」
「うん。……ところで、課題進んでるの?」
「うんにゃ、全然」

 親の目から逃れて涼むために来た、と小声で本音をバラすと、らしいなぁ、と葵はにやりとして、丁度いいから三人分席を確保しておいてくれと厚かましいことを言い出した。
 席取りは禁止されてるはずだと言ってやると、ふむ、と顎に手を遣ったが、すぐに細かく何度か頷く。

「なら、うちに来ないかい? 冷房は入ってるけど」
「んんー? なんのことかな、イマイチ話が……」
「そこはピンと来ないと。一緒に課題をしようってことだよ」
「……いや三人分のとこで判ってたけどさ。あーあ、ダラダラする予定がベンキョーか……」
「あはは。まあ、お菓子くらいは出すよ。美登里の手作りで良ければ、だけど」
「ありがたくお伴させて頂きます!」

 現金だなぁ、という葵の言葉どおり、僕はそれから暫くの間、誘われるまま毎日のように石原姉妹と課題をこなし、厚かましくも毎度毎度手作りお菓子を綺麗に平らげたのであった。
 それまでクラスメートの姉でしかなかった美登里のことを間近で知ったのはその期間のことである。それに、もうひとつ重要なことも。
 確か、ちょっとした用事か何かで葵が席を外したときのことだった。
 僕等は何かどうでもいい会話をしていたのだが、葵が出ていったことを確かめると、美登里は僕の隣に座っていきなりヒソヒソ声になった。ご丁寧に口許には下敷きを当てている。他に誰か居るわけでもないのに意味あんのかそれ。

「──葵って、クラスでの評判とかどうなんです?」
「どうって、また曖昧な」
「曖昧に聞いたのですから、曖昧に答えりゃいいんですよこのスカポンタン。人気があるかないかくらい知らんのですか」
「人気はあんじゃねーの? 特に女子には」
「女の子同士仲いいのは判ってます! 男子にはどーなのかって訊いてんですよッ」
「んーまあ……なくはないかな」
「なんですかその奥歯に物の挟まったような言い方はぁ」
「曖昧でいいつったのは誰だよ全く……」
「うっせーですっ。こまけーこと気にしねえでちゃっちゃと喋りやがれですこのシラケアホ男」
「はいはい。……人気はあると思うぜ。喋りやすいし、結構誰にでも声かける方だし」
「気さくで優しいのは当たり前なのです。この美登里の双子の妹なのですから」
「自分が気さくで優しいと言いたいのかねそりゃ」
「当然ですぅ!」
「そうですかい。まあ、突っ込むのは止しとくわ」
「口だけは一丁前ですねダメ野郎……で、その……人気あるってことは、す、好きになっちまったりしてるヤツもいるってことですか」
「あー……手紙くらい届いたことあるだろーな」
「なんですとー!? お前ブサイク面してなんで今さら小手先の工作なんかしやがるですか! ちっとは葵の気持ちも考えろです!」
「石原の気持ちは知らんが、工作ってなんだよ。大体、なんで僕が手紙書いたことになってんだ。そもそもな──」
「──そ、そそそれじゃあ大問題じゃないですか! 詳しく説明しやがれです!」

 何を慌ててんだ、何を。つーか僕のならどーでもいいってことかよオイ。
 ちなみに、ラブレターが来たことあるだろうな、というのは単なる憶測ではない。それらしい光景を見たことがある。
 中学二年になりたての頃だったと思うが、机の中にあったと思しき手紙を開いた葵が、妙に無表情でへえとかふんとか妙な呟きを漏らしていたのだ。
 手紙自体はまあ何というか、よくある妙に凝った封筒に入ったものであり、文面の裏側(要するにこっちからも見えた側)に石原葵さんへ、と如何にも頑張って丁寧に書きましたという感じの四角い字が書かれていた。
 但し、葵は溜息とともに手紙を鞄に仕舞いこんでしまったので、それが男子から来たものとは断定できないし、根掘り葉掘り聞く気もなかったのでその後がどうなったかも知らない。ぼかした言い方をしたのはそういうことである。
 しかしなあ。

「大問題って言うが、大騒ぎする程の事か? 気さくで優しい自慢の妹に失礼じゃねーのか」
「そっ……それとこれとは話が違うでしょうっ。大体邪夢は平然とし過ぎですっ。葵がラブレター貰ったんですよ?」
「石原……葵の方から告白した訳じゃねーし。じゃあ聞くが、お前はラブレター貰ったことないのか?」
「へっ? そ、それは、ありますけど」
「こういう聞き方は何だけど、一通や二通じゃねーだろ?」
「そーですけど……」
「その双子の妹なんだぜ。方向は違っても元の素材はおんなじだろ。なら同じくらい貰ってたっておかしくねーんじゃねーの」
「あ、あのですねえ。そういうコト言ってんじゃねーんですよ。邪夢は知らないんですか?」
「何をだよ」
「葵には想ってる相手が居るって言ってんですよこのスットコドッコイ! そのくらい判ってろやです!」

 そんなご無体な。だがまあそれならうん、断り方によっちゃ、こじれて問題になることもあるかもしれんなぁ。

 そんな風に考えている心の隅で、何やら寂しい風が吹いたような気がしたのも事実である。
 毎日顔を合わせており、まあ形はともあれ家に招待されているような相手。その女の子が恋人持ちと来たもんだ。
 普段名前で呼ぶような関係ではないものの、葵は僕にとって数少ない女友達ではあった。付け加えるならば、ボーイッシュとはいえ紛う方なき美人である。性格は……まあ、裸足で逃げ出したくなるようなことはない。
 これだけ状況が揃っていれば、いずれあわよくば……などと薄い可能性に思いを馳せるのは僕だけじゃああるまい。そもそも、ラブレターを貰っとるというのはそういうことを考える奴が他にも居るということである。
 しかしその可能性は、双子の姉の一言で至極あっさりパリーンと割れ、どっかに行ってしまった。
 なんのことはない、要するに葵には彼氏もしくは片思いの相手がいたのである。僕との関係は、何処までも友達の域を出ることはない品物なのであった。
 改めて可能性の薄さを思い知らされたひとコマではある。世の中そんなに甘くないのだ。僕等取り柄のないブサメンには。

 美登里からはその後もいろいろと訊かれたのだが、僕の方でもそれ以上のことは知らんので満足な回答はできなかった。
 逆に葵の想い人について尋ねてもみたが、そちらも何やら急に美登里の歯切れが悪くなり、僕も大して関心が向かなかったこともあってそのまま有耶無耶になってしまった。

 後日判明したところでは、葵のお相手は家庭教師のお兄さんという話だった。
 美登里が言うには、大学生でありながら起業を志しているアクティブな人材らしい。もっと後になって、何かの折に美登里から聞いたところでは実際にベンチャーを立ち上げたとか。会社が儲かっているのかまでは知らんが、ひとかどの人物ではあるのだろう。
 由比だか油井だかという苗字のその人は石原姉妹の遠戚で、線が細そうに見えて実は凄い才能を持った良家のご子息とのこと。石原家自体が良家と言われる家柄でなければ、ちょっと非現実的な──漫画にでもありそうな設定だ、と胡散臭く思ってたところだろう。
 本人の姿も一度ちらっと見たことがある。線が細いと言うよりは腺病質な感じの、一言で言えば少女漫画の登場人物のような痩せ型の九頭身美形だった。
 あれがそうですよ、とヒソヒソ声で言う美登里に、なるほどなぁとつい口に出して返してしまった覚えがある。まあ、そういう雰囲気の漂う、ちょいと浮世離れした感じの人物ではあった。
 美登里は普段の毒舌を引っ込め、葵にお似合いなのです、と妙に持ち上げていた。そっちに関しては背格好を見た限りじゃ首を捻らざるを得なかったが、人は外見によらないという。個人的にそう信じたいところでもあるので、中身は葵にお似合いなのだろうと思っておくことにした。
 そういえばあの雰囲気はドールショップの店長氏──「巻かなかった」ジュン君に少し似ていたような気もする。そんなところも影響したのだろうか。もはや記憶の中のお姿も曖昧だから、イメージを結びつけているだけかもしれんが。

 細かい話はどうでもいいか。斯くして、僕の恋心は育つ前にポッキリ折り取られた訳である。
 ただそれは悪いことばかりではなかった。
 美登里への手紙を丸めて捨てたことも合わせ、僕が石原姉妹のような美人さん達と色恋の感情を抜きにして付き合うことができた訳はそこにある。恋は出物腫れ物と言うけれども、それが幾分発生しにくくなったことは間違いない。
 まあ、そんなお気楽だが(恋愛的に)何の発展もないことが約束された環境にどっぷり浸かっていたことが、回り回って森宮さんの心に最後の最後まで気付けなかった鈍感さの原因になったことも否めない。良いことばかりでなかったのもまた真なりといったところか。


 僕の回想があちこち飛んだのとは対照的に、鏡の中の光景は中一の文化祭の準備の件を延々垂れ流している。
 時間の流れが曖昧らしいこの場所でリアルタイムという言葉が適当なのかは判らんが、早送りでもコマ送りでもなく、まるで誰かが撮っていたプライベート動画のように再生されていた。時折場面が飛ぶのは、僕に関わる部分だけ選択しているのだろうか。ご親切なことである。
 今は、プレスコの収録リハの折、僕が気合の入り過ぎた一声で周囲からツッコミを入れられた場面だった。まぁやってる本人は大真面目だった訳だが、他人様の視点から劇を通して見れば、脇役以下のヤツが素っ頓狂な声を上げたようにしか思えない。

「──懐かしいね」
「しみじみ言われるとどう反応していいか判らんぞ」
「あの世界の現実時間で四年半も経過したんだから、君にも懐かしいと思って欲しいところだけど」
「懐かしいは懐かしいが、思い出して感動できるような場面じゃねーな」
「そうかなぁ……」

 いや、そうだろ普通。しかも面白がって遊んでたのはそっちじゃねーか。
 まぁ僕との思い出なんぞ、この辺に集約されているだけですよってことかもしれん。
 中学高校と約五年間、教室では毎日顔を合わせていたが、部活も違うし、あの課題の件まではお互いの家に上がり込んで遊ぶなんてことも考えなかった。
 少し仲のいいクラスメート。休みの日に呼び出されてメシを食ったり映画見たり、せいぜいその程度。大抵は誰かしら一緒で、そこから知り合ったヤツも何人かいる。ほぼ女子ばかりだったが。
 翠星石によれば葵がそんな風に親しくしていたのは僕だけらしいが、印象に残る残らないはまた別物ってことだろう。
 それにしても、だ。
 いつの間にやら窓の中は劇の本番になっている。というか、まだそんなところと言うべきか。
 おお、見よ。僕が出てきた。ワンシーンとセリフ一言だけのために。

「なっ、壁が動いて……面妖な……」
「あれは爆発の表現だよ」
「クラス全員参加させるために後から考えたんだよな、爆発音に合わせてモブの僕が壁役に吹っ飛ばされる演出。だからここの壁役だけ異常に人数が多い」
「配役したときは任意参加だったから、最初は興味なかった男子は殆どこの役になってたね」
「僕を吹っ飛ばす演出だけのためにな……」
「すごく……仮装大賞です……」
「むしろドリフだぜ」
「ストーリーに関係ないシーンなのに好評だったよね。考案者として嬉しかったよ」
「お前だったのかっ」
「まあ、邪夢君なら引き受けてくれそうだなって」
「ひでーな。本番で青痣できたんだぞ、ほらここ、ここで蹴られて。誰だこいつ、中西かちっくしょー覚えてろ」
「あはは、まあその程度で済んで良かったじゃない」
「ったくコイツは」

 朗らかに笑ってる蒼星石の頭に手を伸ばし、髪の毛をワシャワシャ掻き混ぜてやる。葵相手なら多分やらなかったことだが、この際関係ない。
 ばらしーが何故か不満そうにこちらの顔を覗き込んできたので、こっちも窮屈な姿勢のままワシャワシャしていると、不意に窓の映像が消えた。
 ほぼ同時に別の窓が明るくなる。今度は同時に二箇所だった。それぞれ別の場面だが、遠景に僕が映っていることは共通している。
 片方は教室で、もう一方は……校舎の外か。パッと思い出せないが、どちらも夏場だった。
 暫く見ていると、僕は両方共ほぼ同時にこちらに近付いてきた。葵と何かの話をしたときの場面らしい。

「会話だけじゃないよ」
「ん? 何か特別なことでもやらかしたっけ?」
「君にとってはごく当たり前だったかもしれない」
「おいおい、まさか気付かぬ内に大失敗してましたとか……」
「それはないよ」

 何故か上機嫌に見える横顔のまま、ご覧、と蒼星石は片方の窓を指した。
 葵の視点は、丁度僕と高さが同じくらいだった。まるで鏡を見ているような案配で僕のブサイク顔がアップになり、何か喋ってから横を向く。そっぽを向いた風ではないな、と思っていたら、脇の方に置いてあったダンボールを抱え上げ、先に立って歩き出した。
 何が始まるんだと必死に思い返してみたが、うまく記憶が繋がらない。眉を顰めて見守っていると、情景は呆気無く立ち消えてしまった。
 なんだなんだ。あれだけのことなのか? それとも、もう一方の窓と関連してるのか。
 しかし残る片方も大したことはなかった。何やらこちら(視点の方だから、葵だろう)に言い立てている女子数人に対して、──ああ、これは中三のときか。当時の学級委員長がまあまあと仲裁に入り、お互いにペコペコしあってお終いだった。
 僕はといえば、さっきの窓の方に見入っているときに何かやらかしたらしく、腕を組んで実に嫌な顔をしておる。
 いやいや思い出したぞ。
 これは三年の秋、どうでもいいようなことで葵が問い詰められた時だ。脇で聞いてても理不尽な言いがかりにムカッときて、僕がさっきの女子どもと口論を始めかけた場面だった。
 もちろんその場を収めたのは優等生で面倒見のいい学級委員長さんであり、僕は喧嘩両成敗ということで女子どもに最敬礼で謝らされたのである。土下座でなかったのと、その後すぐに連中との仲が回復したのは不幸中の幸いであった。
 窓は律儀にも僕が女子どもに文句を付けられ、ぶすっとして頭を下げているところまで映し出して暗くなった。
 恰好悪いこと夥しいが、そりゃ印象には残るよなぁ。
 言いがかり付けられたと思ったら自分以外の奴が勝手に喧嘩を始めるんだから。葵とすれば迷惑千万だったことだろう。

「──やっぱ失敗の巻じゃねーか。もう片っぽのは思い出せんが、どーでもいいような感じだったぞ」
「些細なこと過ぎて君は覚えていないかもしれないね」
「うーむ、そう言われると何だが、まあ大事件であっても思い出せんからどっちでもいいんだが」
「大事件じゃないけど……あれは僕が持って行くように言い付けられた資料の箱を、君が運んでくれた時だよ」
「そんなことあったっけか?」
「あったよ。ほんの何度かだけど」
「そこ強調すんのかよ……ま、偶には役にも立ってた訳だ」
「うん。長く映し出されていた方も……」
「あー、あっちは迷惑になってなかったんなら安心だ」
「迷惑なんてとんでもない。僕は嬉しかったよ」
「……そいつは何より」

 なんとなく間が持たないような、妙な気分だった。リップサービスと判っていても、ちょいとばかり照れてしまう。
 ばらしーがにまーっと笑い、僕の頬をつんつんとつつく。ぬう、やるなこいつめ。
 お返しにもちもちした頬をぐにぐにと押してやる。ふみゅううう、と意味不明の声を立ててばらしーは顔を引っ込めた。ヤドカリみたいな奴である。

 照れ隠しついでにぐるりを見渡してみる。さっきざっと見渡した時よりも、窓の数が増えたような気がした。
 はて、と首をひねりかけた時、今度は幾つもの窓が同時に風景を垂れ流し始めた。
 季節も場所も時刻もばらばら。多分学年もそれぞれ違っているだろう。共通項はそれが恐らく葵の視点から見た景色であること、そして──多分、大なり小なり僕に関わりのある場面ということだ。
 それぞれゆっくり見物できる余裕があれば、蒼星石に解説をさせてずっと見ていても良かったかもしれない。生憎、映像は纏めて見るには多過ぎ、しかも窓の数は次々に増えていく。

「記憶が励起されてしまったのかな」
「かな、ってまた曖昧な……。お前、こっち方面の専門家だろうよ。しかもここは自分の縄張りじゃねーか」
「専門家だって制御できないことはあるさ。特に自分の心に関わる部分はね。それに、ここはまだ僕の領域じゃない」
「さっきから映像はお前視点だぜ」
「ここは君の記憶の周縁部に近い場所なんだ。そこに僕の記憶の周縁部が流れ込んでいる、と言えばいいのかな。そして、一つ窓を開いたから、僕の記憶が勢いを付けて流れ込み始めている」
「うぅまた……難しい話に……なるのでしょうか……」
「そうでもないが……大丈夫なのか、それ」
「僕と君の存在が混ざり合ったり、大切な記憶が消えたり、あやふやになることはないよ。僕達がお互いに自己を保てていれば、という条件が付くけど」
「その条件の難易度は判らんが、一応安心しとくことにするぜ。で……どうすんだよこれ」
「どうにもならないよ」

 蒼星石は軽く肩を竦めてお手上げのポーズを取った。
 同級生だった僕にしてみれば、葵だった頃のこいつがよくやっていた見慣れた仕種だったが、もしかしたら薔薇乙女さんの第四ドールとしては珍しい姿だったかもしれない。

「これだけ急激に拡大しているのは、僕の意識下で君との思い出が活性化しているからだ。ひととおり全て再生し終わっても、また同じ光景をループするだろうね」
「暴走してんじゃねーのか、こんな勢いってことは」
「そんなことはないよ。そうだね……簡単に言えば僕の方で君に関わる記憶を連鎖的に思い出しているだけさ。一斉に映像再生されてるから、見た目は派手だけど」
「って言われてもなぁ。いつまでもこれが続くってことは?」
「普通はないよ。他に関心が移るか、忘れてしまえば自然と止まるものだ。気にする必要はない」
「ならいいが……」
「ふふ。心配してくれてありがとう。大丈夫だよ」
「……おう」

 いまいち釈然としないが、そういうものだと言われれば頷くしかない。何しろ相手はこの手の現象のスペシャリストで、こっちは初見のずぶの素人である。
 まあ、本人が大丈夫だというなら早いとこ次の場所に移動したい。
 さっきの街角ほどじゃないが、ここもあまり長居したいとは思えない場所だ。照れくさい情景やら黒歴史にしたい場面が目白押しなのもあるが、それ以上に何か蒼星石の──いや葵の心を出歯亀しているようで、実に居心地が悪い。
 ご本人の方は職業柄(?)あまり気にしていないようだが、なんというか踏み込まない方が良い線というのはあると思うのだ。これはその線を確実に踏み越えている。僕の線引きではそうなのだ。

 取り敢えず、こっちの内心の事情は伏せた上で、そろそろ移動しないかと提案してみる。
 そもそも、元々の目的地でも目的のイベントでもないのは、この同時多画面上映会もさっきの暗い路上も同じことである。蒼星石が移動の主導権を執れるなら、最初に行くつもりだった場所に速やかに移動すべきなのだ。
 実時間でどれだけ経過したかは知らんが、必要ならネジを巻いて、本来の目的を果たすことが一番重要である。
 そんなことを言ってやると、お題目だということは見透かしているのだろうが、蒼星石は生真面目な顔に戻って頷いた。

「少し寄り道をし過ぎてしまったかもしれないね。移動しよう」
「うっす。今度は大丈夫か?」
「さあ……。これほど移動が妨害されたことはあまりなかったからね」
「なんか済まんな、結果的に足引っ張ってて」
「いや、お陰で懐かしいものも見られたし……僕としては思わぬ余禄、かな」
「そっちは忘れてもいいんだぜ? いや忘れて下さい。僕なんぞの思い出とか」
「残念だけど、もう忘れないよ。思い出してしまったから」
「なんてこった」
「身から出た錆……です……」
「オイコラ。服の中から何気に追い討ち掛けんな」
「これぞ……獅子身中の虫……ンッフフフフ……」

 こら、悪代官のような笑い方は止めんか。
 今日のばらしーはテンションが高いままなのか、結構多弁である。サイカチの前でもこんな風だったのだとすれば、無口で天然なお茶目さんという認識をちょいと改める必要があるやもしれぬ。
 瓢々としているから気付かなかったのだが、寂しい気持ちはあるのかもしれない。いやいやコイツなりに思うところがあるはずだ。お父様と慕っていた持ち主と離れ離れになってしまって。
 同行を申し出てきたのも、他の人形共に置いてきぼりにされたのが寂しかったのかもしれん。黙って部屋の隅で本を読んでいたというのもそれっぽい。
 もう少し目をかけてやらんといけないかもな。ばらしーに限らず人形共に。メンタリティの面で人間とは些か異なるとはいえ、異世界に放り込まれた者同士なのだから。

 こっちが余計なことを考えている間に、蒼星石は脇に置いておいた鞄を開けて中から豪華な発条回しを取り出した。
 いつも不思議になるのだが、随分長いこと使われているもののはずなのに、この発条回しはまるで新品のように綺麗だ。刻まれている紋様も摩滅もしていなければ汚れてもいない。
 恐らく薔薇乙女さん達と似たような時期に作られた残念人形共の劣化ぶりを知っている僕としては、どうにも落差が激しいというか違和感が拭えないのだが、偽物でないのはその発条回しで薔薇乙女さん達のゼンマイが巻けていることで理解できている。
 薔薇乙女さん達のボディ同様、お父様の不可思議な技法で劣化も摩滅もしないのだろう。まあ、凡百の人間なんぞ鼻にも引っ掛けない人達のボスみたいなものであるからして、そのくらいの芸当は簡単な仕事なのかもしれん。
 その不思議アイテムを、蒼星石は僕の方に差し出した。

「もうそんな時間か……街角に立ってくっちゃべった後、謎の秘蔵VTRの鑑賞会やっただけなのに」
「時間には余裕があるけど、念の為にね。やはり人工精霊がいないと移動にも支障が出るようだから」
「七つに分ければ人形も動き出すし、人工精霊万能過ぎだな」
「確かに。小さいけど、能力で言えば僕達など足下にも及ばないのかも知れない」
「ま、皆さんに求められたのは能力の大小じゃねーから、その辺はしょうがないだろ」
「うん……」

 きりきり、と背中のゼンマイを巻いてやる。
 この作業も考えてみれば余分といえば余分ではある。薔薇乙女さんのボディがゼンマイの戻る力だけで物理的に駆動できるような代物でないのは当然で、自分以外の人の手を掛けてもらうことが重要なのだろう。水銀燈は碌に必要としないらしいから、その後わざわざ付加された制限であることは間違いない。
 至高の少女に至る道には様々な枷がご用意されているらしい。
 それらのハードルを乗り越えなくてはならぬとは、実に面倒なものである。いっそ人形なら楽だというのは翠星石の言葉だったか、判らんでもない気がする。
 ほんの数回転巻いたところで、手応えが重くなった。ここで終わりである。
 金糸雀が教えてくれたところによると巻き過ぎは禁物で、薔薇乙女さんの活動に大変影響を与えるらしいが、実際どうなのかは定かではない。そういうところでちょっとした冗談を言うのが先輩の特徴なのだ。

「いま、金糸雀のことを考えてたね?」
「おっ、当たり。エスパーの才能まであんのかよ、薔薇乙女さんは侮れねーな」
「そういう反応かあ。ちょっと張り合いないね」
「どういう意味だよ」
「ふふ。さあ、どういう意味だろうね?」

 なんだよ急に。そんな蒼星石っぽくない言い方しやがって、ジュン君のマエストロボデーを纏ってない僕にどんな反応を求めてたんだ
 まあ、「こいつ」らしくはあるか。煙に巻くような言動は葵の十八番だった。それがちょっとばかし下火になっただけだ。こっちの世界に飛ばされてから。
 ただ、そのなんだ。ちょいと少女漫画的というか、学園コメディ系の遣り取り過ぎやせんか。
 それも、まるでこっちが鈍感な男で、ヒロインはちょっとばかしこっちが気になってます、みたいな。
 いやいや、それはモテぬ男の意識し過ぎか。こいつと僕中心の映像ばかり無数に垂れ流している中に居るから、どうも少し感覚が少しおかしくなっているらしい。
 だいたい、葵には彼氏がいる。蒼星石にはマスターがいる。どちらにしてもこっち向いて色気振り撒いてる場合じゃないのだ。
 なんのことはない。つい懐かしくなって前の調子でからかってみただけなんだろう。ちぇっ。
 口を尖らせつつでかい鞄を開け、発条回しを収める。蒼星石はくすくすと笑いながら僕を見ていたが、鞄の閉じる音を聞くと、さて、と顔を引き締めた。

「──行こうか」
「応」
「はい……次は……何処になる予定……ですか?」
「世界の扉が無数に見える場所に行こうと思っている。君達が漫画やアニメでお馴染みのところさ」
「おぉ……まこと、素晴らしき場所です……」
「そうなのか」
「行ったことはないですけど……確か出番があったところだと……」
「出番? あー、アニメでな……」
「アニメオリジナルキャラですから……勝ったと思ったら崩れてボロボロです……から……うぅっ……」
「いや、お前は成り行きでその恰好してるだけだから。ストーリー関係ないから。全然」
「そういえば、彷徨っていた僕が扉の一つを横切ったときにタイミング良く開いて、中に薔薇水晶が居たんだったね」
「あの仕掛けは作るのに苦労しました……レールとワイヤーが見えないように逆さに吊ったり……」
「そっちまで脱線するんかいっ。あと微妙に特撮っぽい嘘やめんか」

 大体扉の仕掛けにワイヤーもレールも要らんだろう。昭和の時代なら知らんが、今はセンサーに連動した扉の開け閉め用のちゃちな仕掛けで十分である。つーか撮影ならタイミング見計らって人力でやるもののような。
 ああいや、そうじゃなくてだな。
 ともかくも、差し出された蒼星石の小さな手を握り、荷物を確認して再出発である。
 さっきと同じなら、瞬間的に場所が変わっているはずである。余韻も何もあったものではない。
 もう一度周囲を見回す。
 なるべく意識しないようにしていたが、窓はますます多くなり、視界の端まで出来の悪い学園ドラマの(それぞればらばらの)ワンシーンを一斉上映している。
 蒼星石が──葵が僕とのあれこれを意外によく覚えていてくれたのは嬉しくはあるが、如何せん数が多すぎる。既に恥ずかしいだのを通り越して不気味ささえ覚える眺めだ。できればこれで見納めにしたい。

「移動するよ」

 案の定というか、呆気無くというか。
 蒼星石の言葉と同時に、周囲を埋め尽くしていた窓の群れは掻き消えた。
 代わりに、先ほど夜の街路に出現したようなでかいドアが幾つか宙に浮いている。遠くに目を凝らすと、ドアはぽつぽつと幾つも浮いていた。
 きょろきょろとまた頭を巡らせてみても、今度は視界内全てその光景だった。ドアで出来た星空、いやドア空といったところか。
 蒼星石は繋いだ手を放し、見事な三次元機動でくるくると僕の周囲を回った。別にはしゃいでみせた訳じゃなく、単に周囲を眺めるためにやっただけのことらしい。
 ひととおり見るところは見たのか、僕と視線の高さを合わせて停止する。些か安堵した表情になっていた。
 未知の空間ではあるが、こっちもほっと一息つきたい気分だった。どうやら今度は蒼星石の意思が通ってくれたらしい。

「やっと本番ってトコだな」
「うん。いつもはここから始まる。君にゼンマイを巻いて貰えて丁度良かった」
「時間は余分に押したけどな……って、まさかもう一度ネジ巻きする予定じゃなかろうな」
「そのつもりだよ」
「おいおい……実時間で三十分以上はヤバいんじゃねーのか? 翠星石が卒倒しかねんぞ」
「三十分経過したら薔薇水晶に連絡をお願いするさ。そういう約束だろう?」
「……がんばります」
「そういう話だったけどな、その程度じゃあいつは──」
「──がんばります……」
「お、おう」

 背中から前の方に移動したと思ったら、コートの胸元からひょいと顔を出しやがった。その体勢でうるうると無駄に瞳を潤ませてこっちを見上げて来る。
 器用というかなんというか。昆虫サイズなら服の中を這い回ってるだけの話だが、ばらしーは身長五十七センチメートル、体重は五百五十グラムではきかないでかい人形である。
 教え込んだのはどっちだ。サイカチか「巻かなかった」ジュン君か。さっき言ってた忍術云々はフカシとしても、これは十分侮れない技術だぞ。
 毒気を抜かれた形の僕を後目に、蒼星石は手近なドアに取り付いた。ドアノブに手をかける。
 なんとなく船外活動する宇宙飛行士を想像してしまう姿だが、何の足場もない状態でノブを回しても、蒼星石の方がぐるぐる回り出すようなことはなかった。便利なものである。

「そこが今回の目的地ってやつか」
「いや。一番近かったから開けてみるだけさ」
「……扉の向こうを……見せてくれる……と」
「そこまでこっちにサービスせんでもいいから。不思議空間はさっきのでもう食傷気味だ」
「あはは。サービスしてるつもりはないし、それだけの余裕もないよ」

 細く開けかけたドアを背にして蒼星石は振り向いた。
 はっきりと苦笑いの顔になっていた。その表情のまま、これが捜索の実態なんだ、とやや力の抜けた声で言う。

「扉を潜れば、ナンバリングされた世界の一つに出る。例えば、この扉は第48696世界に通じている」
「なんかそんな話だったな」
「雪華綺晶がマスター達を閉じ込めているなら、それは何処かの世界だろうと僕達は考えていた。こちら側のような──世界の外側に居るなら、距離が近くなれば僕達に判ってしまうからね」
「扉の向こうなら、偶然か必然か知らんが開けて覗くまでは判らんから、ってことか」
「そう。巧妙に隠されていれば、中に入って探さなくては気付けないかもしれない」
「……一日に何箇所回れるか知らんが、そんなんじゃ行き当たるまで何年かかるか判ったもんじゃねーな」

「もっと悪いよ。途中で居場所を変えられてしまう可能性もあるから、偶然をたのみにしているようなものだね。
 だからこそ、雪華綺晶にしてみれば意味のある選択肢だ……と、僕達は考えていた。人工精霊を失ってしまった僕達は、お互いの連絡にも不自由を生じているのだから」

 なるほど、と頷きたい気分だった。
 僕が漠然と思ってた以上に、薔薇乙女さん達は追い詰められていたのだ。翠星石がカリカリ来てたのも、こいつが妙に焦って僕なんぞの思い付きに乗ってきたのもむべなるかなというやつである。
 となると金糸雀が比較的冷静なのが判らんが……まあ性格の違いもあるだろうし、先輩には先輩の思惑があるのだろう。
 まあ、その辺の考察は追々やればいい。今は蒼星石のお伴である。

「どうも、今日は前置きが長くなるね」
「すいませんねー、無駄話ばっか多くて」
「……いいってことよ……」
「コイツ、誰のせいだと思っとる」
「……フッフフフ……」

 まるで懲りないばらしーに、何故か今回はえらく優しい目を向けてから、蒼星石は前に向き直って宙に浮いたままドアを押し開けた。
 さて、鬼が出るか蛇が出るか……。


 〜〜〜〜〜〜 数日前、何処か 〜〜〜〜〜〜


「貴方の言いたいことは判ったわ。確かにそれは、私達の共通の問題でもある。でも──意外ね」
「何がよ」
「貴方からそんな風に協力を求めてくるなんて。これまでずっと恰好付けて一匹狼を気取っていたのに」
「……協力したくないなら構わないわよ? 私は情報を提供しただけ」
「いいえ。乗らせて貰うのだわ、その話」
「フン、勿体ばかりつけたがって……かっこつけてんのはどっちよ」
「どっちもだと思うのー」「なんか面倒になったよね、この二人」
「普段の会話まで厨二病引っ張るのはやめろやですぅ」「後で枕に顔を埋めてイヤンイヤンする未来が待ってるかしらー」
「うっさいわねぇ! アンタ達はどーすんのよぉ」
「まぁ協力しないでもねーですよ」「どうせヒマだしね」
「それに面白いのよ、もうひとりの自分探すのってー」「かしらかしらー」
「同一時空平面に於ける異次元同位体の共存とは興味深いテーマなのだわ」
「……若干変なのが混じってるけど、突っ込まないことにしとくわぁ。それで作戦っていうのはねぇ──」



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