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No.24888の一覧
[0] 【ネタ】ドールがうちにやってきたIII【ローゼンメイデン二次】[黄泉真信太](2013/02/17 03:29)
[1] 黒いのもついでにやってきた[黄泉真信太](2010/12/19 14:25)
[2] 赤くて黒くてうにゅーっと[黄泉真信太](2010/12/23 12:24)
[3] 閑話休題。[黄泉真信太](2010/12/26 12:55)
[4] 茶色だけど緑ですぅ[黄泉真信太](2011/01/01 20:07)
[5] 怪奇! ドールバラバラ事件[黄泉真信太](2011/08/06 21:56)
[6] 必殺技はロケットパンチ[黄泉真信太](2011/08/06 21:57)
[7] 言帰正伝。(前)[黄泉真信太](2011/01/25 14:18)
[8] 言帰正伝。(後)[黄泉真信太](2011/01/30 20:58)
[9] 鶯色の次女 (第一期終了)[黄泉真信太](2011/08/06 21:58)
[10] 第二期第一話 美麗人形出現[黄泉真信太](2011/08/06 22:04)
[11] 第二期第二話 緑の想い[黄泉真信太](2011/08/06 22:04)
[12] 第二期第三話 意外なチョコレート[黄泉真信太](2011/08/06 22:05)
[13] 第二期第四話 イカレた手紙[黄泉真信太](2011/08/06 22:05)
[14] 第二期第五話 回路全開![黄泉真信太](2011/08/06 22:06)
[15] 第二期第六話 キンコーン[黄泉真信太](2011/08/06 22:08)
[16] 第二期第七話 必殺兵器HG[黄泉真信太](2011/08/06 22:10)
[17] その日、屋上で (番外編)[黄泉真信太](2011/08/06 22:11)
[18] 第二期第八話 驚愕の事実[黄泉真信太](2011/08/06 22:12)
[19] 第二期第九話 優しきドール[黄泉真信太](2011/08/06 22:15)
[20] 第二期第十話 お父様はお怒り[黄泉真信太](2011/08/06 22:16)
[21] 第二期第十一話 忘却の彼方[黄泉真信太](2011/08/06 22:17)
[22] 第二期第十二話 ナイフの代わりに[黄泉真信太](2011/08/06 22:18)
[23] 第二期第十三話 大いなる平行線[黄泉真信太](2012/01/27 15:29)
[24] 第二期第十四話 嘘の裏の嘘[黄泉真信太](2012/08/02 03:20)
[25] 第二期第十五話 殻の中のお人形[黄泉真信太](2012/08/04 20:04)
[26] 第二期第十六話 嬉しくない事実[黄泉真信太](2012/09/07 16:31)
[27] 第二期第十七話 慣れないことをするから……[黄泉真信太](2012/09/07 17:01)
[28] 第二期第十八話 お届け物は不意打ちで[黄泉真信太](2012/09/15 00:02)
[29] 第二期第十九話 人形は人形[黄泉真信太](2012/09/28 23:21)
[30] 第二期第二十話 薔薇の宿命[黄泉真信太](2012/09/28 23:22)
[31] 第二期第二十一話 薔薇乙女現出[黄泉真信太](2012/11/16 17:50)
[32] 第二期第二十二話 いばら姫のお目覚め[黄泉真信太](2012/11/16 17:50)
[33] 第二期第二十三話 バースト・ポイント(第二期最終話)[黄泉真信太](2012/11/16 17:52)
[34] 第三期第一話 スイミン不足[黄泉真信太](2012/11/16 17:53)
[35] 第三期第二話 いまはおやすみ[黄泉真信太](2012/12/22 21:47)
[36] 第三期第三話 愛になりたい[黄泉真信太](2013/02/17 03:27)
[37] 第三期第四話 ハートフル ホットライン[黄泉真信太](2013/03/11 19:00)
[38] 第三期第五話 夢はLove Me More[黄泉真信太](2013/04/10 19:39)
[39] 第三期第六話 風の行方[黄泉真信太](2013/06/27 05:44)
[40] 第三期第七話 猪にひとり[黄泉真信太](2013/06/27 08:00)
[41] 第三期第八話 ドレミファだいじょーぶ[黄泉真信太](2013/08/02 18:52)
[42] 第三期第九話 薔薇は美しく散る(前)[黄泉真信太](2013/09/22 21:48)
[43] 第三期第十話 薔薇は美しく散る(中)[黄泉真信太](2013/10/15 22:42)
[44] 第三期第十一話 薔薇は美しく散る(後)[黄泉真信太](2013/11/12 16:40)
[45] 第三期第十二話 すきすきソング[黄泉真信太](2014/01/22 18:59)
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[24888] 第三期第四話 ハートフル ホットライン
Name: 黄泉真信太◆bae1ea3f ID:bd374f1f 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/03/11 19:00
「ジューンー、何やってるですー?」
「何って……見てのとおり腕立て伏せだが」
「ぐうたらのジュンらしくないかしらー。明日は雪が降るかしら」
「お天道様がお怒りになるのよ。雷が落ちてドバシャーなのよ」
「い、一大事ですぅ! 停電して全ての家電がイカレちまうですよッ」
「なんですって! そんな恐ろしい……ジュン、その禍々しい雷乞いの動作をお止めなさい今すぐ!」
「素で言ってるのかネタなのか知らんが、そこまで珍しいかオイ」

 一喝せずにジト目で言ってやったのが却って拙かったらしい。他の人形どもまでざわざわし始める。
 珍しく七体全部が部屋に会していたのも拙かった。雪でなく台風が来るだの、雹が降って屋根が穴だらけだの、話は順調に膨れて行く。
 本気で言っとるのか判っていて騒いどるのか。表情が変わるようになったとはいえ、こういうときはイマイチ真意が掴み難い。
 まぁ実のところ、コトの真偽やら内容は二の次であり、下らん話題で騒ぐこと自体が楽しいんだろう、というのは判っている。コイツ等が馬鹿話で盛り上がるのはトランスフォームする前から似たようなものだった。
 元々、手指を使った娯楽を持てなかった残念人形なのである。比較的アグレッシヴに探検と称する行動に出ていた赤いのと黒いのを除き、内輪話やゴシップで盛り上がるくらいしか楽しみがなかったのだ。

 構ってやってもいいのだが、毎度のことなので放って置くことにする。まあ今は数も多いことだし、勝手に楽しませておけばいい。
 それより問題なのは腕立て伏せである。気を取り直して再開したはいいが、ものの数回で耐えられなくなってしまった。
 おいおい、なんて筋力の無さだ。我ながら情けなさ過ぎる。
 これはあかん。柿崎の親父さんからバイトの呼び出しがあったら悲惨なことに……いや、それはもうないんだっけか。少なくとも、ジュン君の身体に居候している間は。
 考えてみればジュン君自身にとってはこの筋力で充分だったからこの繊細なボデーがあるわけで、妄りに筋肉つけても邪魔になるだけかもしれん。マエストロ的な何かに対して。

 複雑な気分になってベッドに座り込んだところで、窓辺からこちらを見ている視線に気付く。
 加納先輩……ではなくて金糸雀は、僕と目が合うとくすりと笑った。

「……やっぱり、その体だと違和感があるのかしら」
「そうですね、動かないところがあるってんじゃないんですが、なんていうか……筋力がいきなりメチャクチャ落ちたっていうか。とにかく体がなまりまくってる感じです」
「手先の感覚や、眼や耳も……?」
「目以外はウルトラ鋭くなっててもいいはずなんですが……。やっぱ肝心の指令室の出来がアレなんでしょーかね」
「ずっと使い続けている感覚器だから、馴染んでしまうのが早かったのかしら。気付いたら細工ごとが上達していたりして」
「だといいんですけどねぇ」

 その点は乾いた笑いしか浮かばない。
 ついさっきも繕い物をやってみようと針と糸を取り出してみたはいいが、やはり僕に縫えるのは雑巾くらいしかないことを再確認しただけであった。腕立てを始めたのは、それで嫌気が差したからという理由もあったりする。
 天から才能がないのである。まあ、それでも最初の貫頭衣よりは縫い目が大分真っ直ぐになったのだから、確実に反復による学習は為されていると言うべきだろう。
 比べる相手が悪過ぎるのだ。なにしろマエストロ様である。巻かなかった方のジュン君に至っては、ばらしーのような人形を製作し……いやいや、人工精霊を七分割するなどという、アニメの槐さんでもできたかどうか怪しい仕事をやってのけた人物なのだから。
 恐らく、元残念人形ズであるコイツ等(未だにさっきの話題の続きできゃーきゃーと盛り上がっておる)の現在のボデーも、巻いた方か巻かなかった方かは判らんがジュン君の手によるものであろう。本人形達でさえ何を動力源として何故に動けているのか皆目判っていないという部分が実に不気味ではあるのだが、その件も含めてマエストロ様の超絶技術であり、到底凡俗が真似られるものでないことに違いはない。

 ……まあ、身体の本来の持ち主を持ち上げるのはこの辺にしておこう。またぞろ情けなくなるだけである。
 気を取り直してボディのことに話を戻すと、薔薇乙女さん達の宿る器もまた、このゴタゴタで人形どものそれに負けず劣らずの変更があったことになる。
 人間からアンティークドールへ。元々所持していた能力が復活したことも併せると、それは僕の身に起きた入れ替え事件などより余程ドラスティックな変化だったはずだ。

「先輩は大丈夫なんですか。えーとその、大分変わっちゃった訳ですけど」
「あるにはあるけど……違和感があるっていうより、懐かしいって感じかしら」
「懐かしい、ですか」
「人間の身体で居た時間も長かったけれど、私達にとってはこのボディが本来の器かしら。この姿で何度も眠りと目覚めを繰り返してきたのだもの」
「なるほど……」

 言われてみればそのとおり、というやつであった。
 今は階下に居る双子の妹達ともども、半永久の寿命を持った極上のアンティークドール(あるいは、それに似た何か途轍もないもの、なのかもしれんが)に宿った神秘の魂、というのが彼女達の本来の姿なのだ。僕が慣れ親しんできた、ちょっぴりと言っては失礼だが飛び抜けてもいなかった美人の友人達は、無理矢理その魂を捩じ込まれた仮の器に過ぎない。
 そんな三人に対して未だにその当時のように接しているのは、専らこっちの勝手な都合である。
 苦情を言われたことはないが、いずれ改めるべき点なのかもしれん。長い長い人生を送って来た彼女達にとって、人間の姿で過ごした(という夢を見せられていた)時間は、既に近い過去の一時期の、それもあまり芳しくない幕間のエピソードに過ぎなくなっているはずなのだから。
 まあ、文句を言われるまでは変える気がない、とも言うんですけどね。何せ、こっちはあくまでその一エピソードの時代に生きてたシロモノなモンで。

 その前時代というか過去の遺物に対して金糸雀は、マエストロの身体だからって遠慮せずにやりたいように使えば良い、と愛想の良い笑顔で言ってくれた。
 こっちの考えを見透かしたような言葉だったが、もう驚かない。ここ数日一緒に過ごしただけではあるが、薔薇乙女さん達の観察眼の鋭さは判っていた。
 特に、このちっちゃな先輩は周りをよく見ている。僕が腕立てを止めて座り込んだときの顔と会話の内容から大体見当を付けていて当然だった。
 僕は可愛い系のジュン君の顔に似合いそうにない、気の抜けたような声で尋ねてみる。

「……いいんですかね。そんな勝手をやっちゃっても」
「使えるものは使った方が得だし、使いにくかったら使い易いように少しくらい変えたって悪くないでしょ。維持管理は貴方がしているんだもの」
「そう言って貰えると有難いですけど……」
「カナは、あまり神経質になる必要はないと思うわ。それに、身体を鍛えてあげるのはスモールジュンのためにも良いことかしら」

 あの子はちょっぴり体力不足だったし、あのときもずーっとゴロゴロしてるだけでだらしがなかったわ、と金糸雀は遠い昔を思い出すような表情になった。暇を見付けて身体を動かしてる貴方の方がずっと生産的かしら、と笑う。
 ジュン君が怠惰な毎日を過ごしていたのは予想どおりだが、「あのとき」というのがいつを指しているか判らない。曖昧な笑みで返すと、金糸雀はちょっぴり肩を竦めて笑いを大きくした。
 どういう訳か、その表情には妙に寂しそうな、そして懐かしげな気配が混ざり込んでいる。僕はよく判らないまま、笑っている彼女が泣き出すのではないかと若干不安になった。

 漸く事情に思い至ったのは、彼女が毎日の日課となっているみっちゃん宅と病院の巡回に出掛けてからのことだった。
 金糸雀には「巻いた」ジュン君と、二人だけの時間があった。
 「あのとき」というのは、巻かなかった世界での一悶着が始まった頃、nのフィールドでジュン君がキラキーさんに幽閉されていた時のことだ。他の薔薇乙女さん達も人間も誰一人やって来ない場所で、ジュン君は金糸雀(と例のウサギ男)の手引きでどうやらみっちゃん氏と「巻かなかった」ジュン君とだけは連絡を取ることができたのだ。
 確か、キラキーさんが直接手出しをできない狭っ苦しい隠れ場所を見付けてジュン君を匿ったのも金糸雀だった、と漫画では説明されていたような気がする。それが正しいとすれば……。
 あのくだりはキラキーさんが監視できなかった部分のせいか、思いっきり端折られていたから印象が薄い。しかし、この家の物置部屋の鏡から突入し、キラキーさんと戦ってほうほうの体で逃げ出し、あのパソコンのモニターだらけの異様な空間に落ち着くまで、ずっと二人だけの状態だったのは確実だ。
 真紅や翠星石達のように直接契約を交わし、あるいは恋愛に近い感情を持っていた関係ではない。だが彼女にも、ジュン君との懐かしい──それも、二人の記憶以外のどこにもない、全てを監視していたはずのキラキーさんにさえ覗き見られたことさえない思い出が存在している。

──強いなあ。

 全ての動作が役者のように嵌まり、不敵な笑みを浮かべて迫り来る崩壊に臨んだ水銀燈。リスクを承知で記憶を取り戻すことを決めた真紅。
 二人とも確かに恰好良く、凛々しくはあった。だが、薔薇乙女さん達の中ではとりわけ小柄で幼い姿の金糸雀も、芯の強さと優しさは充分に持っている。
 結構ちゃっかりしていて自己アピールを欠かさない癖に、肝心の部分になると容易にひけらかそうとしない辺り、実は薔薇乙女さん姉妹の中で一番底が見えないのは彼女なのかもしれない。
 その彼女のために、僕ができることがあるとしたら、それは何なのだろうか。そもそも彼女が望んでいるものは何なのか。一つにはみっちゃん氏の回復なのだろうが、それ以外は皆目判らないのがもどかしい。



 ~~~~~~ 第四話 ハートフル ホットライン ~~~~~~



「ジューンー、ねージュンー」
「なんだ、いきなり背中に登りおって」
「えへへ、これぞ! ジュン登りなのー」
「ってオイ待て、痛っ、髪引っ張んな。マエストロヘアーに万が一のことがあったらどーすんだ」
「ちょっとくらいモーコンに刺激があった方が将来禿げないのよー、髪は長い友達なのー」
「そ、そうですぅ。私も登って……頭皮を刺激してやるから有り難く思えですぅ!」「負けないかしらー!」
「イテテテテテ、おい止せ、やめんか。これ以上髪の毛引っ張りおったら全員振り落とすぞコラ」
「マスター、あの、僕も……」「諦めなさい、あれは既に定員オーバーなのだわ」

 何を言う赤いの、肩の上やら頭上の定員などゼロに決まっとるではないか。最初からオーバーしとる。
 速やかに立ち去れと言ってはみたものの、この人形どもが命令などまともに聞くはずもない。当然のように効果はなかった。
 致し方なく、後頭部にツートンがへばりつき、その両側……つまり両肩にお貞とうぐいすが取りつくという、何処ぞの雑技団かなんちゃらサーカス的な状態で、僕はパソコンのモニターを眺める破目になった。
 見物客がいたら拍手喝采かもしれんが、載せている本人としては窮屈極まりない。ついでに左右のヤツ等は髪の毛にしがみついているので、何かの拍子にぐらりとすると髪を引っ張られてしまう。殆ど罰ゲームである。
 ジュン登りとはよく言ったものだ。やろうとすれば頭に登って立ち上がるくらいの芸当は可能かもしれん。
 もっとも本物の「ジュン登り」は、こんな曲芸モドキの代物じゃーなかっただろう。
 本物の雛苺は(漫画のスケールと同じなら)金糸雀とほぼ同じ背丈のはずだ。残念人形ズ・ニューボデーの中では一番全高の高いばらしー及び黒いのよりも更に十数センチ高い。ちなみに重量の方もそれなりにある。
 人形が肩によじ登っているというよりは、小さな子供が肩車されているような按配だったろう。左右の肩に他の薔薇乙女さんが乗る余地などあるはずもない。実に微笑ましい図であるような気がする。

 その雛苺は、どうも他の姉妹達のような状況にはないらしい。
 僕が居た世界で雛苺に相当していた人物は、あの朝、僕にいきなり自分を愛称で呼べと言ってきた初見の女の子──確か日向可梨とかいった一年の子である。これは僕の憶測ではなく、薔薇乙女さんお三方の一致した見解だった。
 彼女はあのとき店に集まった人々の中に居なかった。金糸雀の話によれば、柿崎は水島先輩に、関係者全員に連絡してくれ、と言ったのだが、誰も日向可梨さんの連絡先を知らなかったのだという。
 結果として彼女はあの店長氏……「巻かなかった」ジュン君の種明かしにも同席せず、その後の騒動を知ることもなかった。現在どうなっているかとなると(時間の流れの不一致もあって)最早皆目判らない。他の巻き込まれた人々共々、無事であることを祈るばかりである。

 ただ、それはあくまで日向可梨さんの話であり、雛苺のことではない。

 数日前に蒼星石が話してくれたところでは、日向可梨さんとその妹(多分柏葉巴さんに相当する人物)は森宮倫子さん同様、適当な記憶を捩じ込まれただけの可能性が高いという。つまり代役である。
 本物の雛苺は他の姉妹が最初に囚われる前にキラキーさんに美味しく頂かれてしまった。その魂はキラキーさんでさえも手が届かない場所に行ってしまったか、あるいはキラキーさんが行方そのものを見失ってしまった。
 彼女が例の壮大かつややこしい舞台を整えるために代役として立てたのが日向可梨さんである。
 僕は結局未見のまま(もっとも可梨さんについても最後に一度会ったきりである)だったが、妹さんも柏葉巴さんの代役として使われていた可能性が高いという。あの場に集った人々以外は全て代役だったかもしれない、というのが皆さんの一致した見解だった。

 説明は明快だったが、話を聞いて僕は首をひねった。
 一応筋は通っているような気がする。しかしなぁ。どうも釈然としない。
 キラキーさんの記憶操作が何処まで精密なものかは知らん。全員騙されていたところを見ると、少なくとも技として完成されているのは間違いない。が、薔薇乙女さん姉妹の代役まで立てるってのは大胆過ぎやせんか。
 何年間か知らんが、誰も偽物を見破れなかった点については、皆さん何やってたんだと思わないでもない。元々、近くに姉妹が居れば判るくらい敏感じゃなかったのか。
 そんな内容のことを尋ねると、買い被り過ぎだよ、と蒼星石は苦笑した。
 薔薇乙女さん達が相互に存在を検知できるのは、要はローザミスティカが反応するから、らしい。意識だけが切り離されて人間に宿っていた状態では感じ取ることもできず、例えば双子が自分達以外の姉妹も同じ世界に(つーかよりによって同じ通学範囲に配置されて)居ると知ったのは、高校に入って直に顔を合わせてからだったという。

「特に彼女は──日向さんは学年が下だったからね。直接会う機会もあまりなかった。翠星石は夏休みの間に偶然会ったと言っていたけど、僕が初めて話したのは二学期に入ってからだ」
「大分疎遠にしてたモンだな……」
「あの頃は、僕達は生まれ変わったものと思っていたからね。それぞれに『いま』の生活があった。彼女がそれに納得しているのなら、必要以上に干渉してはいけない」
「理屈は判らんでもないが、よく割り切れたな」
「むしろ、流されてしまった方だと思うよ。翠星石が真紅と友人になり、みつさんと真紅は共通の趣味を持っていたことで繋がった。僕はそれに便乗した。金糸雀と水銀燈は同級生で、多分僕達よりも一年早く知り合っていたけれど、向こうから僕達に接触してくることはなかった」
「判らんなあ。それでも結局水銀燈やら森宮さん……真紅やジュン君も含めてネットワークは出来てたんだろ? そこに日向って子と、柏葉巴さん相当の人だけ入れてやらなかった理由が理解できん」
「入れなかった訳じゃない。連絡を密にしなかったのは、彼女がそれを望まなかったからだ。後知恵で考えれば、彼女が積極的にコンタクトを取って来なかったのは、僕達に近付け過ぎないように雪華綺晶が距離を取らせていたのかもしれないね」
「……なるほど」
「それに、ジュン君も乗り気じゃなかった。雛苺や柏葉さんと一番接点があったのはジュン君と真紅だったから……」

 僕はもう一度、なるほど、と頷いた。
 本人が深入りを避け、かつて実質的にマスターだったジュン君が消極的なら、他の面々が口を差し挟む余地はなかったのだろう。ある意味で最も親しい関係にあった真紅は記憶を失っており、他の薔薇乙女さん達は、雛苺が実際に契約を交わした間柄の柏葉巴さんの姉妹として生まれ変わったと錯覚していたのだから。
 誤った認識の上に立った誤解ではあったのだが、その時点ではその解釈で説明がついていた訳だ。

 まあ、それは致し方ないこととして話を戻すと、雛苺が現在何処でどうなっているかについては、蒼星石にも皆目見当がつかないということであった。
 いや、「どうなったか」は知っている。それは漫画でご承知のとおり、らしい。
 但し現在の所在も状態も、共に全く不明。
 僕が辛うじて知っている範囲で喩えると、ジュン君が深層意識だかなんだかの海で出会った蒼星石のような状況に近い。自分の名前を忘れて漂流している可能性もあるし、ジュン君がそうであったように、自我を維持できずにもっと希薄な状態に陥っている可能性もある。
 最も悲観的な見方をすると、キラキーさんが喰ってしまったために魂がバラバラになってしまい、僅かに残った欠片がローザミスティカに宿って真紅の元に向かった可能性もあるという。

「ローザミスティカを受け取った真紅は、ある程度理解したか知っていたと思うんだけど……ね」
「詳しいことは黙して語らなかった、か。秘密主義だよなぁ、割と」
「認めたくなかったのかもしれない。強いて尋ねなかった僕達の落ち度でもある。彼女のせいばかりではないよ」
「まぁ、そうだよな」

 空気を読み過ぎて本気で訊き出そうとしなかったんだろうな、と思ったものの、敢えて曖昧に答えておいた。どうせ全部後知恵なのである。
 ついでに言うと、「僕達」と蒼星石は言ったが、本人は真紅から詳しいことを聞き出す時間などなかったはずだ。
 蒼星石は雛苺より先に皆さんとおさらばしてしまっている。復活したのは「巻かなかった」世界でドタバタしている最中で、満足に余分な会話など交わせない状態だった。しかも、その後すぐにまた全員捕獲されてしまっている。
 ただ、本人としては連帯責任みたいなものを感じている、ということだろう。姉妹の失敗は自分の不手際という訳だ。

 あのときはそのまま流してしまったが、彼女達のああいうところが不味いのだろうなあ。
 どの薔薇乙女さんも自分で背負い込むのは良いが、背負い込み過ぎて横の連絡が上手く行っていない。これは、僕がこっちの世界に放り込まれてから数日、本来の彼女達を見てきた上での実感である。
 最終的には敵対するのが前提の付き合いだから秘密が多くなるのは必然なのかもしれん。しかし、見たところそういった利害とは関係なく(というかある意味反対に)、相手を思い遣るあまり踏み込むことができなくなってるように見えて仕方がないのだ。
 常に本音でギャーギャー喚いたり喧嘩したりしておる人形どもとは実に好対照というか。流石至高の少女予備軍さん達だけあって人間らしい思い遣りと節度があって素晴らしいと言うべきなのかもしれんが、ルール無用っぽいキラキーさんにその隙を衝かれてこの有様なのだから、手放しで褒め称える訳にも行かぬ。むしろ利害のためになりふり構わず手を組み、情報を共有した方がいいんじゃないのかなぁ。
 まあ、薔薇乙女さん達自身の問題である。僕のような外野……でもないが、巻き込まれたパンピー風情がそんなことをつらつら考えても致し方ないのだが──


「──ねーねージュン、ジューンー!」
「こっち向きやがれでっすぅぅぅぅ!」「ついでにこっちもかしらー」
「いて、イテテテ、つねんな阿呆共! そのピンセット並に細い指で!」
「ボーッとしてるからいけないんですよっ!」
「そーそー。さっきから何度も呼んでるのにー」「画面見てるだけで返事しないのが悪いかしらー」
「こちとらいろいろ考え事があんだよ。で、何用だ」
「えっとね……言ってもいいなの?」
「ああ、構わんぞ」
「えへへー……あのね、うんとね……」
「なんだ、ほれ言ってみい」
「えっとねー、そのー……」
「このお馬鹿! ちゃっちゃと切り出すですぅ!」
「やめい。お貞がキレてどうするんだ。訊いてるのはこっちだぞ」
「だってぇ……」
「何ならお前が代わりに話せよ。ツートンの言いたい内容は知ってるんだろ」
「うー、じゃあ言いますけどー」
「おう」
「えっと……欲しい物があるですぅ」
「ほーお」

 無関心を装ってみたが、実は嫌な予感がしている。
 厚かましさの程度の違いこそあれ、コイツ等は物欲には実に正直なのである。バイオリン騒動の折のうぐいす然り、バレンタインデーのお貞然り、近くは先日の赤いのの無茶な要求然り。まあ人間様でない代物なので致し方ない。
 それがわざわざ勿体を付けてねだっているからには、何かそれ相応の品物の調達要求であることは確実だ。
 むう、何が望みなのだ。手指が動くようになって背丈に見合った調度品が欲しくなったか、それとも早くもマエストロドレスに飽きて別の衣装を要求してくるつもりなのか。どっちでもいいが少しは空気読め。
 皮肉なことに、一般的な大型ドールサイズになったせいで、コイツ等の縮尺というか寸法に見合ったアイテムやら衣装は幾らでも入手できる。
 但し、相応のカネさえ払えばという前提が付く。
 縮尺の都合にその手の趣味の人々の本物志向も加わってか、ドール用の品物は一部アイテム(要するにプラ製小物)を除いてフィギュア類のオプション小物とは軽く一桁違うお値段なのである。そして、安いプラ製のイミテーションでは、一応人間同様に可動するようになってしまったコイツ等の欲求に応えられるはずもない。
 下手をすると一体につき諭吉さん一枚以上掛かるやもしれぬ。それが三体、いや……

 残念人形ズが怪奇物体でなくなったにも関わらず背筋がざわざわしてくるような錯覚に陥りつつ、お前等全員か、と尋ねてみる。
 案の定であった。肩に乗っている三体だけでなく、残り四体も声を揃えて肯定の返事をする。普段好き勝手に行動しとるくせに、こういう時だけはやたら統制が取れておるのはどういう訳だ。
 予感は的中といったところである。
 おねだりは七体分。相当な出費を覚悟せねばならん。コイツ等の中では比較的善良なツートンが躊躇して言い淀むのも道理であった。

「で、何が欲しいってんだ」
「買ってくれるの? さーすがジュンは太っ腹かしらー!」
「買ってやるとは一言も言っとらんが、聞くだけなら聞いてやる」
「わーいありがとー! ジュン大大大好きなのー!」
「聞いてねえなコイツ……」

 あるいはツートンらしからぬ、都合の悪い部分だけ聞かなかった振りという高等戦術か。ちょっと褒めてやった途端にこれかよ。まあ、どんな戦術を使われても無いものは出せない訳だが。
 両肩と後頭部に人形が張り付いているせいで振り向く動作すらできん。やむなく回転椅子をぐるりと回し、僕を大道具に使った曲芸をしていない四体の方に向き直った。
 赤いのと黒いのは仲良く同時にプッと吹き出し、鋏はぽかんと口を開け、ばらしーは何を思ったかぱちぱちと拍手をしてみせる。そこまで奇観なのかよ。
 双子の薔薇乙女さん達が部屋に居ないタイミングで良かったかもしれん。居たら大笑いされること必定である。

 取り敢えず、適当な順番で欲しい物を言わせてみる。
 意外にも綺麗なドレスの要求はなかったが、安く済んで一安心、ということもなかった。
 赤いのが完結した漫画全巻を指定してきたのは置くとして、ツートンは肩から掛けられるポーチ、うぐいすは体格に対して大きめ(召喚できるようになったバイオリンが入るくらい、らしい)のリュックサック、お貞と鋏はエプロンだという。
 案外可愛いおねだりだな、とは言えない。人間様用ならいくらでも安物がある品々であるが、ドール用でなおかつ実際に使用に耐えるモノとなると……新品で購入したらそれぞれ諭吉さんが飛んで行くのは確実だ。つーか、リュックとなると実在するのかどうかさえ怪しい。
 案外薔薇乙女さん達に同じ要求をされた時のほうが安上がりなのではないか。彼女達なら少し無理をすれば(あるいはごく自然に)子供用の品が扱える。実際、先日ドレスの洗濯をしたときに皆さんが着ていたのは幼児用のシャツであったし、食事時にもごく普通に子供サイズの食器を使っている。
 一方残念人形ズ用の食器は、のりさんがわざわざ取り揃えてくれた。その必要があったということである。まあ、手指が小さくて箸はもちろんスプーンやらフォークもまともに握れない有様だから致し方ないのだが。
 むう、なんたることだ。よく考えたら、至高のなんちゃら予備軍さんや人間様よりコイツ等の方が維持コストが高いということではないか。人形のくせに生意気である。
 その手の通販サイトを巡ってみて、あまりに高価であったり品物が存在しなかった場合は僕謹製の貫頭衣や雑巾的な袋で誤魔化すこととしよう。文句を言われたらその時はその時である。

 気を取り直して黒いのに順番を回すと、コイツは何故か咳払いをしやがった。私の欲しいのはそんなモンじゃないわぁ、とか言いやがる。
 どうでもいいが最近語尾を伸ばす癖がついてきてやせんか黒いの。格好に引っ張られて口調がおかしなことになっとる。
 ならば乳酸菌飲料でも飲ませろと言い出すのかと思ったら、要求は予想の斜め上を行っていた。

「パソコンが欲しいわぁ」
「いきなり大きく出たな……。つーかここにあるじゃねーか。他人様の持ちモンだがロック掛ってねえし、使い放題だぜ」
「そのキーボードじゃ大き過ぎるのよぉ。スケール考えなさいよお馬鹿さぁん」
「お前にゃ人間用はどれだってオーバーサイズだろ」
「そうでもないわぁ。恵の家で使ってたノートパソコンはオッケーだったし」
「あー、そういやカマキリ殺法って話だったなお前……ミニノートってやつなら両端に手が届くからOKって寸法か」
「そうそう。Dellとか工人舎とかのちっちゃいのね。ちゃんと動いてネットに繋がれば中古でいいからぁ」
「妙に詳しいなオイ。当然新品なんぞ買ってやるつもりはないが、何に使うんだそんなもん」
「決まってるじゃなぁい。調べ物よぉ」
「ほほぉ。何を調べるんだ? 手伝ってやらんこともないぞ」
「う……うっさいわねぇ。何でもいいでしょお。アンタの手なんか借りないわぁ」
「黒いお姉さま……まさか、あのことを……」
「あのこと?」
「はい。お姉さまは……生き別れになってしまったあの──」
「──だ、黙りなさぁいお馬鹿さぁん! それと生き別れって何よ! じ、時代劇の見過ぎじゃないのぉ?」
「おい止せ鎮まれ、羽根が飛び散る」

 黒いのは大分慌てた様子で、一丁前に顔を赤くしながらマンガチックに背中の羽と両手をばたばたさせる。仕種がアニメ版の水銀燈の顔と妙にミスマッチで、悔しいがちょっと可愛いと思えてしまった。
 それはそれとして、生き別れねえ。黒いのが生き別れになった相手、と言えば……

──まあ、あいつだわな。

 僕の知る範囲で、思い当たる人物は一名しかいない。黒いの本人形の中での認識がどうなっとるのか知らんが、一応家主というか持ち主に近い立場のヤツである。
 折角手を繋いでいたのにそれを放して翠星石に向かい、その上何を思ったか彼女をこっちに投げ渡すという豪快なボーンヘッドをやらかしたお陰で離れ離れと相成ってしまった訳だが、それはそれ。虚空に開いた穴のようなモノに引き込まれる寸前、恐慌に駆られつつも黒いのを僕の方に放り投げたことには、アホのあいつなりに、黒いのだけでも助けようという意図があったはずだ。
 直後に僕も同じように別の穴に吸い込まれてしまった訳で、結果的に殆ど意味のなかった行動ではある。ただ、その意気に感じるというか、ちょっとした責任感のようなものを持つには充分だろう。人間なら。
 人間なら、か。……ふーむ。

 柿崎よ。お前は結構凄いことをやらかしたのかもしれん。
 この人形どもが然程高尚な(人間的な)感性を持っているとは思えないのだが、黒いのにとってお前の行動は、その心に人間っぽい何かを生まれさせるだけの意味を持っていたらしいぞ。何分他に比較の対象がないのでどっちがイレギュラーなのかはっきりしたことは言えんが、少なくとも僕を大家とすれば店子たる五体には、そういう成長というか変化は一向に見受けられない。
 固い絆とか赤い糸などという大仰なものではないだろうが、言うなれば糸電話程度の繋がりが黒いのから柿崎に向かって生成された。そんな感じである。
 まあ相手が拾い上げて耳をくっつけてくれないと言葉は届かん訳だが。糸電話だけに。

 但し、何かが芽生えたとはいえ、おつむの方はまだまだ残念と言うべきだろう。
 現在どういう姿で居るか、というかこの世界に存在しているのかも判らん奴をネット検索でどう探すというのだ。そりゃあ何もせんよりはマシだろうが、街を飛び回って見て歩くのと大して変わらんレベルのような気がする。
 だが、それは些細なことだ。徒労に終わっても構わん。
 人形でしかないはずの黒いのが、家主を想い、探そうとしている。その意思自体が大切なのだ……ってのは、だいぶ大袈裟に取り過ぎてるか。

「……まあ、いいや。一応聞くだけは聞いた。中古のミニノートパソコンな」
「バッテリーはNGでいいから、キーボードと液晶が完品でWindowsがインストールされててAC電源と無線LANが付いてるやつ」
「なんか条件が跳ね上がった気がするが……判った判った。細かい機種名は石原……蒼星石にでも聞いといてやる。自分でも持ってたし、僕よりゃなんぼか詳しかったはずだ」
「お願いするわぁ」
「はいはい、承るだけは承りました」

 実現してやるとは限らんがな。こちとら神様でも仏様でもない、神の子の皮を被った哀れなパンピーなので。
 他の連中の要求品目との釣り合いってものもある。黒いのだけに高額なブツを与える訳にはいかん。
 何ならこのパソコンにワイヤレスのミニキーボードを繋ぐという手もあるし、僕が調べ物を代行する手もあるのだ。最近流行りのちっちゃいノートよりは、ジュン君が財力に任せて購入したデスクトップを活用した方が作業が捗るのは言うまでもない。画面も処理能力も段違いなのだから。
 ただ、自分が自由に使えるパソコンが欲しいというのも判ることは判る。借り物ではやりにくいこともあるだろう。
 ……まあ、一旦切り上げよう。考え始めたらキリがないし、まだ要求を聞いていないのが一体おるのである。

「ばらしーは何が欲しいんだ?」
「私は……これといって……」
「無欲じゃのぉ。お前はほんにええ子や……」
「えへへ……ただ……物ではないですけど……」
「ん?」
「お姉さま達に……きちんと名前を付けて欲しい……です」
「あー、それは真っ先にやってほしいのー」「かしらー」「そうね、いい加減色名で呼ばれるのにはうんざりしているのだわ」
「今はもう色と合ってもないわよぉ。ドレス黒くないし」「僕の仇名は色ですらないよ……」「私なんて縁もゆかりもない呼び名ですぅ!」
「なんだなんだ全員一致で。大体、名前はついとるじゃないかお前等」
「でもぉ、ジュンはいっつも変な仇名でしか呼んでくれないかしらー」
「しかも……付けられていた名前が……ローゼンメイデンと丸被り……」
「そういえば今朝も、のりさんが困ってたよね。翠星石ちゃん、て呼んだときに二人同時に振り向いたから」
「ですですぅ」
「あのテンチョーさんがいけないのー。おんなじ名前にするからなの」
「色々オモワクがあったのだもの、しょーがないかしら」
「そりゃ人形の名前なんて、持ち主が勝手に付けるモンだから仕方ないけどぉ。でも紛らわしいわぁ」
「……ふーむ」
「今の持ち主はジュンなのだから、新しい名前は貴方が付けて頂戴」
「所有した覚えはないっつってるだろうに……黒いのとばらしーもか?」
「……はい、お願いします……」
「私も別に構わないわぁ。他の持ち主に貰われたらまた変わるんだし」
「ほうほう。それなら──」
「──あ、先に言っときますけど、今の仇名みたいにテキトーな名前だったら断乎拒否するですよっ」
「チッ」

 バレたか。いや、当たり前だが。
 理不尽だぞお前等。持ち主が勝手に付けるモンだとか言っといて適当だったら拒否ってなんだよ。全然勝手にできねーじゃねーか。
 名前の件はそれぞれ相当に不満が溜まっていたらしく、全員が期待に満ちた視線でこちらを見てくる。しかしなあ。適当ではアカンと言われてしまうと、すぐにホイホイ決める訳にも行かない。
 少し時間をくれと言ってみたのだが、速やかに決めろとこれまた全員で口を揃えやがる。適当なことを言い含められて空手形にされたら困るとでも思ったのか、無闇に真剣な表情に変わっていた。とことん信用ねーな僕。
 取り敢えず、僕一人では良い案も出せん、今現在はこの家の居候状態なんだから住民全員に考えて貰うのはどうか、と提案して、どうにかその場を収めた。
 ちなみに言い逃れた訳ではない。実際にそれが上策だろうと思ってのことである。
 のりさんは人形どもを薔薇乙女さんと同列に(彼女達よりは少し幼いと見ているフシはあるが)扱ってくれているし、薔薇乙女さん達も結構フラットに相手してくれている。
 人形どもも皆さんによく懐いていて、お貞やらうぐいすなどはお菓子作りだの食事の支度が始まると、遊びそっちのけで翠星石やのりさんにくっついているくらいだ。これだけ溶け込んでいるものを僕の独断で名付けるべきじゃないだろう。
 それにもうひとつ、恰好良い、あるいは可愛い名前は女性陣の得意分野だろう、というのもある。ぶっちゃけた話、僕にはお洒落な名前を捻り出すような才覚はないのであった。


 存分に登攀を楽しんだであろう三体を肩の上から追い出し、椅子を回して机に向き直る。ノートパソコンの方はともかく、都合良いドール用の小物があるかどうか確かめねばならぬ。
 インターネットブラウザを立ち上げてドールショップの通販ページを開きつつ、名前の件は今晩の食事後にでもワイワイやりながら決めればいいか、などと考えていると、玄関の呼び鈴が鳴った。
 当然ながら来客である。大方また宅急便の業者が何かを届けに来たのだろう。
 ジュン君だけでなく、実はのりさんも結構インターネット通販を利用している。流石に弟君のような浪費遊びをやっとる訳ではないが、高校に通いながらジュン君の……いや今は僕等の世話を焼いているために時間のない彼女にとっても通販は便利なのだ。
 ザワザワしていた人形どもが喋るのを止める。来客に自分達の存在を知られたらマズいということはコイツ等なりに自覚しているのである。以前なら見ざる言わざるに加えて動作を停止し、仮死状態になっていたところだ。
 ウチならともかく、ここで仮死状態やってもあまり意味は無いと思うんだがなあ。防音は確りしているし、階下には薔薇乙女さん達が居るのだから。とはいえ、無駄に騒がれたり纏わり付かれてしまうよりは有難い。

 ドタバタと階段を駆け下り、ダイニングの中からやかましいですよと言いたげにこっちを睨んだ翠星石にごめんと手を合わせ、玄関のでかいドアのノブに手を掛ける。
 はいはい只今、と言いつつドアを開きながら、やっちまった、と思う。
 今の行動はジュン君の常日頃の応対でなく、僕本来のそれであった。
 ジュン君ならドアのこちらで誰何し、覗きレンズで相手の姿を確認した上で慎重に開くところである。良し悪しでなく、それが彼の態度なのだと教えられていた。
 ヒヤリとしつつ、まあ相手はどうせ宅急便のあんちゃんなのだから、と気持ちを落ち着かせる。一度や二度おかしな言動を見られたところで、別に問題は──

「──久しぶり……お帰りなさい、かな」

 ガチャリと広く開けた扉の向こうに立っていたのは、宅急便屋の制服を着たあんちゃんではなかった。
 僕、というかジュン君よりも小柄な身体。背中に背負った竹刀袋と思しい細長い包み。やや色素の薄いショートカットの黒髪に左目の下の泣き黒子。
 少しばかりぎこちない微笑を浮かべ、しかし明らかにほっとした様子でこちらを見詰めて来る大きな瞳。
 実物を見たのはこれが初めてだが、漫画やらアニメでは既にお馴染みの人物である。

「柏葉……」
「二週間ぶりくらい……だね」
「あ……うん」

 さん、を付けなくともデコ助野郎と罵られることはあるまい。ジュン君は呼び捨てにしていたのだから。
 マエストロボイスを聞いて、柏葉巴さんは端正な顔をもう一段階緩めた。
 もう一度、今度はもう少しはっきりした声で、お帰りなさい、と言う。まるで裏のない、ジュン君を信頼しきっている声音だった。

──これは、やばい。

 ただいま、とは答えられなかった。何がやばいのか咄嗟には出て来ないが、理屈でなく直感がそう告げている。
 胸に重たいものがのしかかるような圧力を感じつつ、ただこくりと頷き、彼女を玄関の中に招き入れる。
 廊下を振り返ると、ダイニングの扉のところで金糸雀がこちらを見詰めていた。
 大丈夫、というような微笑を向けた先は、柏葉巴さんか、それとも僕だろうか。できるなら後者であってほしいと思いつつ、僕は柏葉さんを促して綺麗なフローリングの廊下を客間に向かって歩き出した。


 ~~~~~~ ほぼ同時刻 来栖川中央病院・ナースセンター ~~~~~~


「ねえ聞いた? 柿崎さんて子……」
「ああ、あの患者さん」
「退院することになったのはいいけど、不思議よねぇ」
「先生も言ってたわ。信じられないって」
「そうよね、あれじゃまるで……」





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