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No.24888の一覧
[0] 【ネタ】ドールがうちにやってきたIII【ローゼンメイデン二次】[黄泉真信太](2013/02/17 03:29)
[1] 黒いのもついでにやってきた[黄泉真信太](2010/12/19 14:25)
[2] 赤くて黒くてうにゅーっと[黄泉真信太](2010/12/23 12:24)
[3] 閑話休題。[黄泉真信太](2010/12/26 12:55)
[4] 茶色だけど緑ですぅ[黄泉真信太](2011/01/01 20:07)
[5] 怪奇! ドールバラバラ事件[黄泉真信太](2011/08/06 21:56)
[6] 必殺技はロケットパンチ[黄泉真信太](2011/08/06 21:57)
[7] 言帰正伝。(前)[黄泉真信太](2011/01/25 14:18)
[8] 言帰正伝。(後)[黄泉真信太](2011/01/30 20:58)
[9] 鶯色の次女 (第一期終了)[黄泉真信太](2011/08/06 21:58)
[10] 第二期第一話 美麗人形出現[黄泉真信太](2011/08/06 22:04)
[11] 第二期第二話 緑の想い[黄泉真信太](2011/08/06 22:04)
[12] 第二期第三話 意外なチョコレート[黄泉真信太](2011/08/06 22:05)
[13] 第二期第四話 イカレた手紙[黄泉真信太](2011/08/06 22:05)
[14] 第二期第五話 回路全開![黄泉真信太](2011/08/06 22:06)
[15] 第二期第六話 キンコーン[黄泉真信太](2011/08/06 22:08)
[16] 第二期第七話 必殺兵器HG[黄泉真信太](2011/08/06 22:10)
[17] その日、屋上で (番外編)[黄泉真信太](2011/08/06 22:11)
[18] 第二期第八話 驚愕の事実[黄泉真信太](2011/08/06 22:12)
[19] 第二期第九話 優しきドール[黄泉真信太](2011/08/06 22:15)
[20] 第二期第十話 お父様はお怒り[黄泉真信太](2011/08/06 22:16)
[21] 第二期第十一話 忘却の彼方[黄泉真信太](2011/08/06 22:17)
[22] 第二期第十二話 ナイフの代わりに[黄泉真信太](2011/08/06 22:18)
[23] 第二期第十三話 大いなる平行線[黄泉真信太](2012/01/27 15:29)
[24] 第二期第十四話 嘘の裏の嘘[黄泉真信太](2012/08/02 03:20)
[25] 第二期第十五話 殻の中のお人形[黄泉真信太](2012/08/04 20:04)
[26] 第二期第十六話 嬉しくない事実[黄泉真信太](2012/09/07 16:31)
[27] 第二期第十七話 慣れないことをするから……[黄泉真信太](2012/09/07 17:01)
[28] 第二期第十八話 お届け物は不意打ちで[黄泉真信太](2012/09/15 00:02)
[29] 第二期第十九話 人形は人形[黄泉真信太](2012/09/28 23:21)
[30] 第二期第二十話 薔薇の宿命[黄泉真信太](2012/09/28 23:22)
[31] 第二期第二十一話 薔薇乙女現出[黄泉真信太](2012/11/16 17:50)
[32] 第二期第二十二話 いばら姫のお目覚め[黄泉真信太](2012/11/16 17:50)
[33] 第二期第二十三話 バースト・ポイント(第二期最終話)[黄泉真信太](2012/11/16 17:52)
[34] 第三期第一話 スイミン不足[黄泉真信太](2012/11/16 17:53)
[35] 第三期第二話 いまはおやすみ[黄泉真信太](2012/12/22 21:47)
[36] 第三期第三話 愛になりたい[黄泉真信太](2013/02/17 03:27)
[37] 第三期第四話 ハートフル ホットライン[黄泉真信太](2013/03/11 19:00)
[38] 第三期第五話 夢はLove Me More[黄泉真信太](2013/04/10 19:39)
[39] 第三期第六話 風の行方[黄泉真信太](2013/06/27 05:44)
[40] 第三期第七話 猪にひとり[黄泉真信太](2013/06/27 08:00)
[41] 第三期第八話 ドレミファだいじょーぶ[黄泉真信太](2013/08/02 18:52)
[42] 第三期第九話 薔薇は美しく散る(前)[黄泉真信太](2013/09/22 21:48)
[43] 第三期第十話 薔薇は美しく散る(中)[黄泉真信太](2013/10/15 22:42)
[44] 第三期第十一話 薔薇は美しく散る(後)[黄泉真信太](2013/11/12 16:40)
[45] 第三期第十二話 すきすきソング[黄泉真信太](2014/01/22 18:59)
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[24888] 第三期第三話 愛になりたい
Name: 黄泉真信太◆bae1ea3f ID:8ccf4fd8 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/02/17 03:27

 ~~~~~~ 現在・桜田ジュンの部屋 ~~~~~~


「ジュン、紅茶を淹れて頂戴」
「へい只今……ほれ」
「ティーバッグとは手を抜いたものね……頂くわ」
「人様の手を煩わせといてよう言うわ。で、お味はどうだよ俄の自称グルメ」
「……ぬるい。ぬる過ぎるわ。味以前の問題なり。斯様なぬるい茶で我が舌を騙せると思うてか!」
「何のキャラなんだそれは」
「特に誰の真似でもないけれど」
「へうげものに出てきそうだね……」
「あーなるほど……っつーか、どのキャラでも言いそうだよな、割と」
「あははは、確かに」
「な、何なのその得体の知れない名称のモノは。小説? 漫画?」
「漫画だな」
「今すぐ全巻買って来て頂戴! ぜひ読みたいのだわ、折角自分でページがめくれるようになったのだもの」
「さらっと無茶言ってんじゃねーよ」

 ついでに言えば、あの漫画自体こっちの世界で存在しているのか保証の限りじゃねーぞ。まあ、それは調べればすぐに判ることだが。
 ひらひらと片手を振ってやると、赤いのは暫くブーブー言っていたがやがて読書に戻った。
 ちなみに開いているのはラノベである。怒られないのをいいことに、のりさんの持ち物を勝手に漁っているらしい。頼むから余計なモノまで引っ張り出さんでくれよ。ただでさえ、女所帯に男一匹で肩身が狭いのである。

 蒼星石は僕等の遣り取りを笑った後、赤いのの姿を懐かしいものでも見るような目で眺めていたが、窓外に視線を向けた。釣られて僕もそちらを見る。
 初秋の空が広がっていた。晴れ渡った高く青い空だ。
 トレードマークの黒い帽子を取って胸に抱き、壁に背を預けて窓を見上げている蒼星石の姿は、一幅の絵画のよう、とでもいうのだろうか。
 石原葵であったときも、こういう佇まいは絵になっているなぁと思うことがあったが、この姿になって(戻って)からは流石に段違いである。芸術にはさっぱり縁のない僕にも、どえらくサマになっていることだけは見て取れる。
 流石はローゼン氏の傑作というところか、なーんてな。要するに綺麗だなあという以外よう判っとらんのである。
 ただ、その美しさには若干寂しさというか儚さみたいなものが付き纏っている。
 理由に大体の見当はついている。今なら尋ねてみてもいいかもしれん。蒼星石は──

「──マスター、何見てるの?」

 すたたた、と廊下を走って来る足音が聞こえたかと思うと、横合いからひょっこりと鋏が顔を出した。
 おい、少しは自重しろ。これから懸念している事項を聞き出そうと思ってたところなのだぞ。
 ……などとおおっぴらに言えるはずもなく。

「いいや別に何も。強いて言えば空だが……」
「そうなんだぁ」
「そうなのだ」
「へぇー」

 鋏は構って欲しいのか何なのか、僕と蒼星石を頻りに見遣った。図々しいこと夥しいが、こちらの心情など斟酌するような気遣いがコイツ等にある訳もない。
 全く、この人形め。
 致し方なく、椅子に座ったまま膝の上に抱き上げ、ほっぺをうりうりと弄ってやる。蒼星石と似たような服装の人形はたちまちだらしない表情になり、満足そうにニコニコしやがった。おい、幾ら何でも簡単過ぎるだろお前。
 いいところで口を挟んだことといい、この緊張感のない態度といい、全く悪意はないと思われるだけに性質が悪い。ついでに言うと、今し方まで眺めていた対象のイミテーション(にトランスフォームした残念人形)であるだけに、インスタントに上機嫌になられると何やら妙な気分でもある。
 全く、ややこしいことになってしまったものだ。のりさんが人形どもを素直に受け容れてくれたのはいいが、このままではこっちが混乱してしまいかねん。
 こんなことならトランスフォームせずにいてくれた方が……いやいや、それでは僕以外の人々が無事では済むまい。中々に難しいものである。


 ~~~~~~ 第三話 愛になりたい ~~~~~~


 この世界に飛ばされた日(であり、同時に猛烈な眠気と戦った日)から数日が過ぎている。
 今のところ、のりさんは僕の正体について問い掛けては来ない。
 僕がジュン君を演じきれているということなのか、のりさんが気付いていて黙っているのかは定かではない。翠星石の言葉ではないが、口に戸を立てられそうもない怪奇自動人形どもが七つもウロウロしているわけで、むしろ情報は漏れているものと思っておいた方が良いような気はする。
 ただ、そうは言ってもこちらとしては芝居を続けるしかない、というのが薔薇乙女さん達の統一見解だった。のりさんにはなんとも申し訳ないことである。

「それにしても、不便なのだわ」
「勝手に人様の本漁っとる居候の言うべき台詞じゃねーだろそりゃ」
「何も好き好んでお姉さんの小説を読んでる訳ではないのよ。これは仕方のないこと、そう不可抗力なの。ジュンが買っていた雑誌はないし、新聞は私の手に余るのだから」
「典型的な見苦しい言い訳だが、まあ事実ではあるな……」

 芝居を続けることには様々なデメリットがある。例えばこの件がそれに当たる。

 この世界に来てから、僕はまだ一度もこの家から出ていない、というか外出禁止令が下されてしまっている。外に出て知り合いと顔を合わせた時に不測の事態が起きるのを防ぐため、というのがその理由であった。
 ジュン君を知る人に出会って胡乱な対応をしてしまったときにどうするかを考えるより、外出を一切禁止してしまう方がいい、という理屈は判る。どうせジュン君は引き籠りなのだから、外に出なくとも矛盾は生じない。
 彼は不登校になってからというもの、買い物は全て通販かお姉さん任せで、殆ど家から出ることはなかった。
 漸く最近登校再開の意欲が出てきたとはいえ、外出といえば自習するために図書館に通っていた程度である。その理由も、表向きは家では雛苺やら翠星石が付き纏って五月蝿いから自習できないというものであり、なにか特別な切っ掛けがあった訳ではない。また自宅で自習する気になったと言っておけば、取り止める言い訳にはなる。
 まあ、一旦通い始めたものを止めるというのは再登校に向けた取り組みとしは一歩後退ではあるが、その点について直に突っ込まれても一応言い訳は利く。一週間も行方不明だった上に連れ帰った面子が出ていった時のメンバーと大分様変わりしてしまっているのだから。
 登校に意欲が湧かない理由は何かしら「向こう」で大きな出来事があったせいか、未だに帰らないメンバーが気になってのことだとしておけばいい。少なくとも今のところは、のりさんに尋ねられたらそういう理屈を捏ねることになっている。

 ……とまあ、無難な選択肢であることは判るんだが。
 赤いのの言うとおりなのだ。不便は不便なんだよな。通販という手段があるとはいえ、欲しいと思ったものはすぐに手に入らんし、ジュン君が興味を示していなかったモノは迂闊に通販やらお姉さんにお願いして購入という訳にもいかん。

 通販といえば、漫画でもちらちらと出ていたクーリングオフごっこは中断させてもらっている。
 僕がジュン君の趣味をなぞれないから、という理由に過ぎないのだが、のりさんには大いなる前進と捉えられているらしい。
 薔薇乙女さん達と出会ってからも、登校再開を決意して図書館に通い始めてからも、彼の趣味に変化はなかった。毎日のように宅配業者がやってきてはダンボール箱を置いて行き、その大方がまた運び出されて行くというシュールな光景が延々と繰り広げられていたという。
 あまりに頻繁に遣り取りをするせいで、時折宅配業者に呆れられたり、引き取りの関係で揉めたのか、業者と激しい口論になったこともあったというから、ジュン君は可愛い外見に似合わぬ中々の難物というべきかもしれん。まあ、森宮アツシ君であった頃の彼も十分に嫌なやつではあった。
 ついでに言えば、クーリングオフごっこは恐ろしい浪費でもあった。
 昨日、夕食の席でのりさんがぽろっと零した一言は、根っから貧乏人の金銭感覚を持つ僕だけでなく、結構な金持ちであるはずの石原家に育った記憶を持つ翠星石達にも衝撃的であったようだ。

  ──通販はもう止めちゃったのぅ? な、何か高いものを買ってお金が落とせなくなっちゃったとか……

 彼女によると、ジュン君の買い物は彼の小遣いとして指定された銀行口座から支払っているそうだが、その額が問題であった。
 クーリングオフごっこに失敗はつきものである(そうだ)。それに、気に入らないとすぐお道具を買い換えたくなるらしく、なんだかんだで月に二桁万円消えるのは当たり前。遊びに「大失敗」すると三桁に届くこともあったとか。
 ちなみに、宝くじや競馬ではないので、収支がプラスに転じることは万が一にも有り得ない。幸いなことにクレームを付けて慰謝料を毟ることは趣味の範疇に入っていないらしく、遊びに「成功」しても無駄に各種手数料を使うだけである。
 桜田さんご兄弟のご両親は愛情をお金に換えて供給することには躊躇がないらしく、残高がマイナスに食い込んでも引き落とし不能まで行ってしまっても(……ということは、一度はそんな状態まで使い込んだことがある訳だ)連絡一つ寄越すでもなく、黙ってまた一定の額まで入金してくれるという。
 おい、冗談は止せ。それじゃ事実上遣い放題状態じゃねーか。
 なんつー妬ましい、いや羨ましい、いやいやいやいやどう考えても普通じゃないだろうこれは。子供が完全な浪費としか思えない趣味にハマるのも道理である。
 ジュン君がネトゲで無制限に課金アイテムを買い込むようなタイプでなかったから良かったものの……いいや良くねーよ。月三桁万ってのはネトゲ廃人でも中々やらない領域だろうが。
 流石、ものによっては一点で数千万になる品物を真贋取り混ぜて取引しているご両親である。金銭感覚がぶっ壊れ過ぎだ。そして黙ってそれを許すどころか、弟の浪費をそれと知りつつまともにチェックしてないお姉さんも些かネジが外れとるのではないか。
 まさか森宮アツシ君であった時にも同じようなことを繰り返して……いやいや、そこは流石に違うと思いたい。ただ、森宮さん自体アンティークドール収集にも色気を見せていたことを考えると、彼女達もかなり金回りの良い状態であったことは想像に難くなかったりする。悪癖が治っていたことを祈るばかりである。

 ともあれ、僕は引き攣った顔を懸命に隠しつつ、引き落としができなくなった訳ではない、取り敢えず今はそっちの趣味に興味を持てないのだと釈明した。一緒に消えた人々が未だに揃っていないし、ばらばらにされてしまった雛苺も取り戻さなくてはならない、それまでは趣味の一つや二つ自粛するくらいなんでもないのだと。
 内心ヒヤヒヤものの言い訳だったが、のりさんは何か非常に感銘を受けた様子で何度も頷き、翠星石を誘って厨房に消えると、食後に非常に豪華な手作りのケーキを振る舞ってくれたのであった。
 ケーキは美味かったが、同時に後ろめたい気分も──まあそれはもういいや。トランスフォームして何故か食物を摂取するようになってしまった人形どもを含め、僕等はのりさんと翠星石の傑作に舌鼓を打ったのである。それでいい。

 残念なことに、のりさんの感慨には全く関係なく、僕がネット通販遊びを実行していない理由はごく単純なものであった。
 一つには、元々クーリングオフごっこ自体にまるで興味が湧かない、ということがある。そして無理に実行しようにも、ジュン君の琴線に触れるような品物が何であるか、根っから感性の鈍い僕にはよく判らんのであった。
 この辺は骨董とか絵画みたいなものに対する感覚の有無が影響しているのだろう。ゴミクズの山の中からゴミクズにしか見えないモノを拾い上げ、これは天下無二の品物であると断じてしまうアレである。
 そういう感性が彼にはあって、僕にはない。まあ、この場合感性がないことを惜しいとは思わんが。
 現に、僕は例の物置部屋にうずたかく積み上げられた品々の良さがさっぱり判らない。一度じっくり見て回ったのだが、感想は全く変わらなかった。
 現役の古物商さんが自宅に死蔵しているのだから、実際に取引できないようなガラクタばかりなのかもしれんが、あの部屋にあるモノで意味があるのは鏡だけだと思っているのも事実である。
 まあ、強いて他に挙げるとすれば──

「──そういや、読み物って言えば物置きに結構な量の古本があるじゃねーか。あれでも読んだらどうだ」
「あ、あああれはダメよ」
「なんでだよ。きちんと整理されとるし、下の方の段なら手も届くだろ。最近出し入れされた跡もあったから、きつくて抜き取れんとかいうこともないはずだが」
「え、ええそれはそうなのだけど……ほら大きくて重いし……」
「ん? 何なら持って来てやってもいいぞ。この部屋でよければ」
「いいえ、そこまで他人の手を煩わせる訳には行かないのだわ」
「なんじゃそりゃ。今さっきへうげもの全巻買ってこいとかぬかしてたのは何処の赤提灯だよ。だいたい──」
「──邪夢君、あの本は殆ど十九世紀終わり頃に書かれたもので、内容も心理学とか哲学、それにオカルト関係が主だ。彼女の趣味には合わないのかもしれないよ」
「そ、そうなのだわ。私はもっとモダンでリアリティに溢れる小説が好きなの。赤川次郎とか、あかほりさとるとか、谷甲州とか、谷川流とか」
「えらくバラバラなチョイスだなおい」

 ついでに言うとリアリティもあったもんじゃないような作家も混じってる気もするが、まあいいか。
 趣味に合わんのでは致し方ない。というか、ウチに居た時からワイドショーだの刑事ドラマだのばかりふんぞり返って見ていた赤いのが、そういう高尚な書籍を唐突に読み耽り始めたらその方がおかしいだろう。
 まあオカルトは置いとくとして、哲学とか心理学ねえ。僕もそっちは骨董品以上に手が伸びない。言っちゃ何だが屁理屈を捏ねてるだけじゃないのかと思ったりもする。
 薔薇乙女さん達にしたところで、そういう本を読みそうな人物はあまり居ない。
 図書館の真ん中、ここは自分の城だとばかりに本を積み上げて読んでいた女の子のことが頭を過る。あの頃は乱読気味だったらしいが、読んだとすれば彼女しかいないだろう。

 その彼女は、未だにこの家に姿を見せない。
 彼女だけではない。今のところこの家に姿を現したのは、僕が最初に睡魔にやられる寸前に鏡を抜けてきた蒼星石と金糸雀の二人だけだった。
 あのとき、僕はなんとなく漫画の展開を自分の状況に重ねあわせて安心してしまったのかもしれない。
 この「巻いた世界」に僕等が出現したのは、失踪から一週間経過した日だった。漫画で言えばジュン君達が「巻かなかった世界」から帰還した時点である。あの日店長氏、というか「巻かなかった」ジュン君が語ったところによると、丁度薔薇乙女さん達が現実から虚構へと引き摺り込まれた時点とも重なる。
 その場面の漫画の展開で行けば、まず翠星石とジュン君が鏡を抜け、別ルートを通って来ていた真紅のお目覚めなど一騒動あった後に金糸雀と蒼星石が無事帰還することになっていた。
 順序は前後しているが、これなら真紅もすぐに姿を見せるんじゃないか、という気分が何処かにあったのは否めない。
 ついでに言えばあの店に揃っていた水銀燈や「巻かなかった」ジュン君、みっちゃん氏も同じようにまたこの場に揃うのではないか、とも考えていた。何かしら知恵の回りそうな彼等が居れば、割合簡単に状況を解決できるのではないか、と。
 根拠のない期待は大外れもいいところだった。
 ジュン君宛に届いたダンボールを全部引っくり返しても、その中に真紅が収まっていることはなかった。これまでのところ、依然として他の誰かが鏡を抜けてくることもない。
 それどころか──

「ただいま帰還……です」
「跪いて出迎えなさぁい、私のお帰りよぉ」
「窓枠に掴まってなにを偉そうに……って貴方何その蜘蛛の巣! ゴミや枯葉までくっついてるじゃないの。えんがちょだわ」
「うっさいわねぇ。ちょっと引っ掛かっただけじゃないのよ。散々屋根裏だの押入れの奥だのを這いずり回ってたアンタに言われたくないわぁ」
「以前ならともかく、今は探検の後はちゃんと身だしなみを整えているわ。貴方も髪の毛くらい綺麗にしなさいな、みっともない」
「髪が多いから大変なのよぉ。ばらしー取ってぇ」
「えぇえー……これはちょっと……多すぎて私の手では……」
「ふーん、ならもっと大きな手の持ち主にやらせるしかないわねぇ」
「はい……」
「あー、言いたいことは判っとるから小芝居止めてこっちに来い。ゴミ取るついでに梳かしてやる」
「ふん、仕方ないから梳かさせてやるわぁ。やるならとっととやんなさぁぃ?」
「ちょっとばかし可愛い姿になったからって随分偉そうだなおい。……で、金糸雀は?」
「病院に回ったわよ。窓からお見舞いするって」
「ドールのお手入れの間も……気もそぞろ、という風情でした」
「昨日と同じ、か」
「状況が同じだもの。仕方がないのだわ」

 黒いのとばらしーは金糸雀に同行していたのだが、自宅のドールの手入れを手伝っただけで帰されたらしい。やはり自分のマスターであり姉であった人を見舞うときは一人になりたいのだろう。

 あの日、眠気の中で懸念していたことは、この件に関してはほぼ的中してしまっていた。
 みっちゃん氏こと草笛みつさんは、失踪こそしていないものの、自宅で倒れているところを発見されて病院に運ばれたらしい。
 僕等がこの世界に出現する数日前──ジュン君がnのフィールドに赴いてから数日後のことだという。既に植え付けられた記憶やら何やらで時系列がゴチャゴチャなのだが、案外ジュン君とメールで連絡を取り合っていたときには、みっちゃん氏の方も囚われの身になってしまっていたのかもしれぬ。
 のりさんがそれを知ったのは、中々戻って来ないジュン君のことが不安になり、金糸雀を連れて来たみっちゃん氏のことを思い出して連絡を取ろうとしてのことだった。携帯には掛からず、名刺に印刷されていた職場の番号に掛けたところ、意識不明のまま入院中であることを知らされた。
 のりさんがジュン君の顔を見て喜ぶはずである。雛苺が喰われた顛末を知り、真紅と翠星石が囚われたところを見せられた上、こちらに残って力になってくれそうだったみっちゃん氏まであからさまに敵の差し金と思しい病状で入院してしまっていたのだから。
 ともあれ金糸雀はのりさんの話を聞いて即座に飛び出して行き、その日は家に戻らなかった。
 翌日からはこの部屋に鞄を置いて寝起きしているものの、その後も毎日ドールの手入れという名目で自宅に赴き、その帰りに病室を(窓の外から)訪ねるというパターンを繰り返している。昨日からは暇面こいている黒いのとばらしーを手伝いに同行させることにしたのだが、病院に行くことは二日連続で断られていた。

「大分酷い状態なのかもしれんな。のりさんが行ったときは面会謝絶だったらしいし」
「怪我はしていなくても、意識不明のままだからね。点滴と酸素吸入、心電図モニター……あまり他人には見せたくない姿だろう」
「……なるほどな」
「彼女だけじゃない。同じだよ、僕達に関わってしまった人は皆……」

 蒼星石は向こうを向いたまま、ひどく重たい言葉を口にした。
 人形どもの視線が彼女に向き、それからこっちに向けられる。
 くそ、コイツ等が顔で感情を表現できるようになったのが恨めしい。そんなあからさまに責めたり期待したりの顔でこっち見んなよ。
 何と言うべきか、どうにも上手い言葉が浮かんで来ないのは僕も同じなのだ。
 蒼星石の言葉は比喩表現でなく、単なる事実であった。
 彼女の前契約者の結菱一葉氏、雛苺を揺さぶるための道具に使われたオディール・フォッセーさん。
 両者がみっちゃん氏同様に、僕の居た世界の人物に憑依させられていたかどうかは判らない。森宮倫子さんのように、単に偽の記憶を植えられただけの人物が代役として立てられていた可能性もある。だが、二人が心を囚われ、その身体だけが人工的に生かされていることは、みっちゃん氏と全く同じであった。
 その意味では、僕自身が最も判り易く蒼星石の言葉を体現しているとも言える。各種医療機器の代わりに、僕という別人が抜け殻になったジュン君の身体の生命維持を担当しているのだから。
 それだけではない。
 薔薇乙女さんやらマスターの方々が憑依していた相手、石原姉妹や森宮さん達も、少なくとも彼等が憑依していた数年の間、自分自身の心はキラキーさんの許に囚われていた。いや、未だに囚われている可能性さえある。
 僕の身体にしてもそうである。考えたくないが何処ぞに放置され、早くも腐りかけているかもしれぬ。
 それ等は全て、薔薇乙女さん達のいざこざやらアリスゲームやらに関わってしまったせいであることは間違いない。それも自分から望んで足を踏み入れた訳ではなく、例外なく巻き込まれてしまった形なのだ。

 気まずい沈黙の中、鋏を膝から下ろして黒いのを抱き上げ、髪に見事に絡まった蜘蛛の巣とゴミを取ってやる。
 大方、張られていた巣に頭から突っ込んだのだろう。トランスフォームして飛行速度が上がったとか言ってはしゃいでおったが、速度に慣れていないところはご愛嬌というやつかね。壁に激突しなかっただけ良しとするか。
 降ろされた鋏の方は暫くきょろきょろとあちこち見回していたが、やがて蒼星石の方に駆け寄り、足りない背丈を目一杯伸ばして彼女の髪の端に触った。
 驚いてそちらを向いた彼女に返した表情は、ついさっきまでのだらしない顔は何処へ置き忘れたのかと思うような、随分ぎこちないものだった。どういう顔をしていいか判らずに糞真面目な表情を作っているようにも見える。まあ、この世界に放り出されるほんの少し前に漸く表情が動くようになった初心者であるから、変顔になってしまうのは致し方ない。
 その強張った顔のまま、鋏は辛うじて届いた蒼星石の髪の先を撫でた。何も頭を撫でることに拘る必要はないと思うのだが。
 しかし蒼星石は、まるで自分のコスプレをしているような相手の行為を、僕よりは素直に受け取ったようだった。
 影のある微笑を浮かべたまま、逆に鋏の髪をくしゃっと掻き回す。

「ありがとう。心配してくれているんだね」
「……部屋の空気が悲しくなると、僕達も悲しくなっちゃうから」
「そうか……ごめん。それにしても、マスター以外に目が向くなんて邪夢君の薫陶のお陰かな」
「そいつが勝手に呼んでるだけだってばよ。褒めても何も出ないぞ、石原……じゃなくて蒼星石」
「好きな方で呼んでくれていいよ、のりさんが居ないところでは」
「お気持ちは有難いが、今回はパスな。習慣付けしとかないと咄嗟の時に出ちまいそうだから」
「ああ、それは──」

 それは、の次が、気にするな、だったのか、ありそうだね、だったのかは判らなかった。
 彼女の語尾に被せるように、階下から大声が響いたからである。

「──みんなー、クッキー焼けたですよぉぉ」
「翠星石の美味しいクッキーなのぉぉ」
「私達も手伝ったかしらー」

 おやつ作りに興味を示したお貞とツートン、そしてうぐいすの三体は先程から翠星石のクッキー作成の手伝いと称する摘み食いに勤しんでいた。それが出来上がったということらしい。
 翠星石としても、いきなり体のサイズが小さくなってしまったようなもので、得意なはずの料理をするにも石原美登里であったときと同じには行かない。お菓子作りには補助が欲しいところであり、殆ど役に立たない加勢ではあるが一応受け容れてくれている。元残念人形の管理人というか保護者のようなもの(決してなりたくてなった立場ではないのだが)である僕としては、最も五月蝿い連中を引き受けて頂いて有難い限りである。
 まあ、力仕事は翠星石の三分の二ほどしかない人形が何体掛かっても碌な助けにならない訳で、そういう仕事はこっちにお鉢が回って来るのだが。
 まだ梳かし終えてもおらんというのに、黒いのは僕の膝の上からバサバサと飛び立った。ばらしーの眼帯の掛かってない方の目も爛々と輝き始める。鋏のヤツも真面目な顔は何処へやら、ぱあっという擬音がしそうなほどいきなり明るい表情になった。
 素直というか現金というか。つい先日物が食えるようになったばかりだというのに、揃いも揃って食い意地が張っているのはどういうことだ。これが後付けされた性格だとしたら、「巻かなかった」ジュン君に文句を言いたい気分である。

「今行くわぁ。一番槍は貰ったわよぉ」
「僕も負けないよっ」
「お前等、せめて金糸雀の分は残しとけよ」
「はーいマスター」「わーかってるわよぉ」
「赤いお姉さま、くっきーですよ、くっきー!」
「判っているのだわ。いまこの栞を挟んでから」

 ラノベを抱えて愚図愚図している赤いのを、珍しく早口になっているばらしーが引き摺り、人形どもはガヤガヤと出ていった。すぐに階段を飛び降りるドタドタという音が聞こえてくる。幸い、どんがらがっしゃんという音は混じっていなかった。
 いつもは危ないから連れて行けとか言ってくるくせに、こういう時は転げ落ちる危険も何のその、即座にテメー等で降りて行くのである。食い物の恨みは恐ろしいと言うが、人形どもまで一緒になってしまうとは。
 やれやれと息をつき、改めて窓際を見る。蒼星石は壁に凭せ掛けていた背を離し、苦笑してこちらを見ていた。
 石原葵であった頃から、コイツの苦笑は見慣れている。だが、面影があるとはいえ大分変わってしまった顔のせいだけではなく、その表情は見慣れたものとは少々異なっていた。
 あの頃にはなかった影があるのだ。その理由も大体見当はついている。

「僕達も行こうか、邪夢君」
「ああ」

 よいしょ、と立ち上がり、蒼星石に続いて部屋を出る。
 階下からは人形ども七体分の歓声と、何やら説教をしているらしい翠星石の声が聞こえてきた。まるでお袋さんとがきんちょ達のようである。
 仮にあのまま──石原美登里のままでいれば、翠星石はいずれ本物のがきんちょに恵まれていたはずだ。そのお相手が森宮アツシ君であっただろうことも想像に難くない。
 元の身体に戻ってしまったことで、彼女がそういう平凡な幸せを手に入れることは……無理かどうかは断言できないが、難しくなってしまったのは確実だ。
 どれだけ特殊だとはいっても、ドールはドール。まさに人間とは似て非なるモノなのだから。
 薔薇乙女さんのボディは永遠に美しさを保つ無機の器だったっけか、それも全てを叶えてくれる万能の品物ではない。
 当然といえば当然ではある。ローゼン氏の思い描いた至高の少女とやらに永遠の処女性みたいなものが必要だとしたら、むしろ人間として子供を持つ幸せなんてものはその対極にあるシロモノだろう。
 ま、実のところを言えば翠星石にしろ他の二人にしろ、そういった俗な幸せを望んでるのかどうか僕は知らない。尋ねてみたこともない。傍から眺めて可哀想だなと勝手に同情しているだけの話である。
 一方、目の前の蒼星石に見え隠れする影が、そういう有り得たかもしれない将来を失ったことが理由で生まれたモノでないのは確実だった。
 むしろ、彼女の未来はもっと即物的に縛られている。──僕の知っている「これまでの経緯」が事実と同じか、それに近ければ。

 ふう、と息を吐く。言葉を掛けるなら今かもしれん。
 階段に足を踏み出そうとしている小さな背中。その、心なしか下がり気味の肩に手を伸ばし、軽くつついてこちらを振り向かせる。
 こちらを見上げた顔には、驚きはなかった。ニュートラルな表情の中に憂いの成分を含んだ影だけが際立っている、なんてな。
 石原葵でいたときには、全く見せたことのなかった表情だ。それと同時に、ここ数日、翠星石の居ないところでは時折浮かべているものでもある。

「お前を心配してるのは、あいつだけじゃないぜ」
「邪夢君……」
「やっぱり、時期が来て、やるべきことを済ませたら居なくなっちまうつもりなのか? ローザミスティカを水銀燈にくれてやるために」
「……うん」
「なんでだよ。今更じゃねーか。一度あんなことになって、リセットしたことになりそうなもんだが」
「約束は約束だから。主観時間では随分長いことになってしまったけど、こちらの世界では大して昔の出来事じゃない。それにこのローザミスティカは彼女から借り受けているもので、僕の所有物ではないんだ」
「経緯は知ってるけどさ、横取りしたモンだろ、元はと言えば。本当は翠星石に……」
「……それは」
「あいつなら、出して寄越せなんて口が裂けても言わないんじゃないか。真紅が雛苺にしてたみたいに、お前とずっと一緒に居たいって考えてるはずだ」
「そうだろうね。僕達は少しだけ一緒に暮らし過ぎてしまったかもしれない。それも平凡な人間として」
「いや、そーゆー話じゃなくてだな……水島先輩、いや水銀燈だってそんなに話の判らん人じゃない、二人のためなら昔の約束だってチャラにしてくれるか──」
「──それはないよ。多分君が漫画で読んだ印象よりもずっと、彼女は真面目で……そう、頑固なんだ。少しだけね」

 廊下の壁にまた背を預け、蒼星石はふっと息をついた。
 やれやれ、どっちが真面目で頑固なんだか。
 だいたいその約束とやらだって、もう反故になったと思っていいんじゃないのか。大して昔の出来事じゃない、どころの話じゃないだろう。
 皆さん全員キラキーさんに囚われの身になって、何やら異様にゴチャゴチャした状態に置かれて数年間の体感時間を過ごし、そして、まだこうなった理由を考察することさえできていないが、今現在はまた人形の身体に魂とローザミスティカが戻った状態になっている。
 約束をしてからここまでに、これだけの経緯があるのだ。人間関係だって、恐らく約束した頃とは大分様変わりしている。
 それに、もし本当にローザミスティカを返却すべき相手が居るとしたら、それは……あまり考えたくないが、一度は全員を鹵獲したキラキーさんの方じゃねーのか。なんで水銀燈って話になるんだ、それこそおかしいんじゃないのか。

 ……とは思うのだが、流石にそこまで問い詰めることはできなかった。
 こいつに口で勝てた試しがない、というのは置いておくとして、僕は真の意味の当事者ではないのだ。薔薇乙女さん達のいざこざに巻き込まれた無力なパンピーでしかない。
 もう一つ言えば、どれだけ理屈を捏ねたところで、僕が蒼星石に居なくなって欲しくない本当の理由はそんなところにはない。もっと原始的で単純なものなのだ。
 つづめてしまえば、今この家に集っている中で彼女が一番身近な人だったから。それ以上では──あるかもしれないが、そういうことだ。
 中学高校と同級生で、特に高校に入ってからは下手な男友達よりも親しくしていた相手。翠星石の台詞ではないが、確かに高校に入ってからの僕等はお互いに「最も近い異性の友人」だった。それは認めざるを得ない。
 その相手に悲しんでいて欲しくない。当然失いたくもない。だから、彼女に纏わりついている暗い陰影をどうにかしてやりたいと思いもするし、色々と言葉を弄して引き留めようと足りない頭で考えもする。それだけなのだ。
 そして蒼星石に見え隠れする影もまた、ごく単純な二律背反が原因なのだろう。要するに僕等はどちらもでっかい未練の塊を引き摺って(もしかしたら、むしろ引き摺られて)動いているのだ。

 溜息をつきたいのは向こうの方だというのは判っているが、深呼吸するように長い溜息をついてやる。それから屈み込み、一気にひょいと抱き上げる。
 蒼星石は呆気に取られたような顔になったが、抵抗はしなかった。厳しくなりかけていた表情を少しだけ緩ませ、また帽子を脱いで胸元に抱き寄せる。

「翠星石にもこうしたのかい」
「まあね」
「ふふ……それじゃ、翠星石には悪いことをしてるのかな、今の僕は」
「ああ、まあそうなる……のかもな」

 翠星石から見れば愛しのジュン君の腕の中である。動かしているのは僕だが、身体は彼のものなのだから。当然、こっちもそれを承知していて抱き上げたのだ。
 恰好としては、今回も確かにあの時と同じだ。蒼星石がジュン君をどう思っているかはともかく、翠星石にしてみれば、他人にその座を占められることにいい気はしないだろう。
 僕にとってはあの日の一度目と二度目も含め、それぞれ若干ニュアンスが異なっているのだが……それは言わぬが花。白い目で見られるのが落ちである。

「ま、階段降りる間だけな。今の体じゃ登り降り大変だからってことで」
「良い言い訳をありがとう、親切なシェルパさん」
「どう致しまして、お姫様。騎士とかなんとか、もっと気の利いた職業はないもんかね」
「次の機会までに考えておくよ、邪夢君──」

「邪ー夢、どーしたですー? 早く来ないとアンタ達の分まで食べられちゃいますよー?」

「──おう、今行く」

 腕の中の蒼星石と視線を交わし、どちらからともなくにやりとして、階段をゆっくり降り始める。
 取り敢えず、こいつの意思が固いことは確認できた。ローザミスティカの件を翻意させるのは並大抵のことではないし、未だに所在の掴めない(ひょっとするとキラキーさんに囚われているかもしれない)水銀燈の同意も得なくてはなるまい。
 見通しは全く立たない。最初から無理だという気もしないではない。
 だが、まあそれはそれだ。
 今はお気楽な人形どもの中に割って入り、翠星石が少なからぬ苦労をして作ってくれたクッキーを頂くとしよう。頭を使う仕事は、充分な栄養を摂取してからである。



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