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No.24888の一覧
[0] 【ネタ】ドールがうちにやってきたIII【ローゼンメイデン二次】[黄泉真信太](2013/02/17 03:29)
[1] 黒いのもついでにやってきた[黄泉真信太](2010/12/19 14:25)
[2] 赤くて黒くてうにゅーっと[黄泉真信太](2010/12/23 12:24)
[3] 閑話休題。[黄泉真信太](2010/12/26 12:55)
[4] 茶色だけど緑ですぅ[黄泉真信太](2011/01/01 20:07)
[5] 怪奇! ドールバラバラ事件[黄泉真信太](2011/08/06 21:56)
[6] 必殺技はロケットパンチ[黄泉真信太](2011/08/06 21:57)
[7] 言帰正伝。(前)[黄泉真信太](2011/01/25 14:18)
[8] 言帰正伝。(後)[黄泉真信太](2011/01/30 20:58)
[9] 鶯色の次女 (第一期終了)[黄泉真信太](2011/08/06 21:58)
[10] 第二期第一話 美麗人形出現[黄泉真信太](2011/08/06 22:04)
[11] 第二期第二話 緑の想い[黄泉真信太](2011/08/06 22:04)
[12] 第二期第三話 意外なチョコレート[黄泉真信太](2011/08/06 22:05)
[13] 第二期第四話 イカレた手紙[黄泉真信太](2011/08/06 22:05)
[14] 第二期第五話 回路全開![黄泉真信太](2011/08/06 22:06)
[15] 第二期第六話 キンコーン[黄泉真信太](2011/08/06 22:08)
[16] 第二期第七話 必殺兵器HG[黄泉真信太](2011/08/06 22:10)
[17] その日、屋上で (番外編)[黄泉真信太](2011/08/06 22:11)
[18] 第二期第八話 驚愕の事実[黄泉真信太](2011/08/06 22:12)
[19] 第二期第九話 優しきドール[黄泉真信太](2011/08/06 22:15)
[20] 第二期第十話 お父様はお怒り[黄泉真信太](2011/08/06 22:16)
[21] 第二期第十一話 忘却の彼方[黄泉真信太](2011/08/06 22:17)
[22] 第二期第十二話 ナイフの代わりに[黄泉真信太](2011/08/06 22:18)
[23] 第二期第十三話 大いなる平行線[黄泉真信太](2012/01/27 15:29)
[24] 第二期第十四話 嘘の裏の嘘[黄泉真信太](2012/08/02 03:20)
[25] 第二期第十五話 殻の中のお人形[黄泉真信太](2012/08/04 20:04)
[26] 第二期第十六話 嬉しくない事実[黄泉真信太](2012/09/07 16:31)
[27] 第二期第十七話 慣れないことをするから……[黄泉真信太](2012/09/07 17:01)
[28] 第二期第十八話 お届け物は不意打ちで[黄泉真信太](2012/09/15 00:02)
[29] 第二期第十九話 人形は人形[黄泉真信太](2012/09/28 23:21)
[30] 第二期第二十話 薔薇の宿命[黄泉真信太](2012/09/28 23:22)
[31] 第二期第二十一話 薔薇乙女現出[黄泉真信太](2012/11/16 17:50)
[32] 第二期第二十二話 いばら姫のお目覚め[黄泉真信太](2012/11/16 17:50)
[33] 第二期第二十三話 バースト・ポイント(第二期最終話)[黄泉真信太](2012/11/16 17:52)
[34] 第三期第一話 スイミン不足[黄泉真信太](2012/11/16 17:53)
[35] 第三期第二話 いまはおやすみ[黄泉真信太](2012/12/22 21:47)
[36] 第三期第三話 愛になりたい[黄泉真信太](2013/02/17 03:27)
[37] 第三期第四話 ハートフル ホットライン[黄泉真信太](2013/03/11 19:00)
[38] 第三期第五話 夢はLove Me More[黄泉真信太](2013/04/10 19:39)
[39] 第三期第六話 風の行方[黄泉真信太](2013/06/27 05:44)
[40] 第三期第七話 猪にひとり[黄泉真信太](2013/06/27 08:00)
[41] 第三期第八話 ドレミファだいじょーぶ[黄泉真信太](2013/08/02 18:52)
[42] 第三期第九話 薔薇は美しく散る(前)[黄泉真信太](2013/09/22 21:48)
[43] 第三期第十話 薔薇は美しく散る(中)[黄泉真信太](2013/10/15 22:42)
[44] 第三期第十一話 薔薇は美しく散る(後)[黄泉真信太](2013/11/12 16:40)
[45] 第三期第十二話 すきすきソング[黄泉真信太](2014/01/22 18:59)
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[24888] 第三期第一話 スイミン不足
Name: 黄泉真信太◆bae1ea3f ID:27bffe28 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/11/16 17:53
 ~~~~~~ 回想・あの日 ~~~~~~


 ──意識が飛んでいた時間の長さなんぞ判る訳がない。それに、多分時間経過がどれほどであれ関係無かっただろう。
 意識の上ではすっぽり抜け落ちており、肉体的には──後から判るのだが、この場合全く意味がなかった。

 ぶつかった衝撃と痛みで意識が戻ったのか、意識が戻った瞬間に衝突したのかも判らない。取り敢えず、僕は額を強かにぶっつけていた。
 幸か不幸かそこは平たい場所で、何かが刺さって傷ができるということもない代わりに、柔らかく僕を受け止めてくれるようなこともなかった。
 頭がぐらぐらするのは、頭を打ったからだけではなさそうだ。目を開けていられない。
 取り敢えず、自由落下なのか無重力なのか判らん状態からは脱して、重力方向に──要するに地面か床にあたる場所にぶつかったのは理解できた。呼吸可能な空気もあるらしい。有難いことである。
 何かが自分の上にのしかかっているのは判る。だが、どうにも頭を上げてそれを確認する気力が湧かない。
 ともあれ、まずは点呼だ。動くようになったばかりの手で僕のところにしがみついていた人形ども、衝撃で放り出されたのかその感触がないんだが、揃っているかどうかだけは確かめなくては。
 ズキズキ痛む頭を上げることもできず、目を閉じたままだが、声だけはできるだけ元気に張り上げてみる。

「黒いの、いるか」「……なによぉ」
「うぐいすっ」「ちゃんと名前で呼ぶかしら!」
「非常時に文句言うな。お貞と鋏!」「はいですぅ」「無事ですマスター!」
「無駄に元気だな……赤いのっ」「艦内の人工重力が逆に働いているのだわ……誰かコントロールルームに行って制御をなさい」
「安心しろ、それは多分お前がひっくり返っとるだけだ。ツートンは?」
「無事ですが……目を回してるみたいです……」

 どうも自分の声がおかしく聞こえる。ぶつけたのは額だけのはずだが、耳もやられてるってことか畜生。
 いや、それはいい。声が出るだけでも良しとしなければ。
 最後のはばらしーだな。赤いのもだが、服から無事這い出ていたらしい。
 何かがのしかかっているように思えたのは、どうやら七体全部が背中の方に移動していたためだったようだ。次々に飛び降りる気配があり、背中が軽くなる。
 くそっ、手酷く頭をぶつけた内のエネルギーの何割かはコイツ等の重量かよ。要領よく人の体を盾にしやがって。
 いや、不幸中の幸いと考えておこう。コートの中で押し潰していたら瀬戸物の破片でこっちの腹やら胸がえらいことに……いや、今は変形しているから柔らかいのか? どっちにしても被害がなくて助かった。



 ~~~~~~ 第一話 スイミン不足 ~~~~~~



 ともかくも、これで七体。全部どうにか……いや待て。
 僕は大事なお客を抱えていたはずだ。着地(と言い切って良いのかどうかまるで判らんが)の際に投げ出してしまったのか、意識が飛んでいる間に離れてしまったのか、今は腕の中に誰も抱いてはいないが。

「みど……翠星石」
「なんですぅ?」
「いやお前じゃなくて、もう一人の方の。石原美登里の翠星石」
「少し……紛らわしいです……」
「面倒だからぁ、アンタの名前正式に『貞子』にしたらぁ?」「ほぁー!? いきなり何言い出しやがるですかこの黒いのは」
「翠星石のミドリさんなら、すぐそこに倒れてるかしら」「貴方の目の前にいるのだわ。横着しないで自分も頭を上げなさい」
「……そうか、無事を確認してくれ。今、頭が痛くてかなわんのだ」
「はいマスター!」

 足音も軽く(ってことは走れる場所なんだな)鋏は僕の斜め後ろから頭の先の方に向かって行ったようだ。
 勝手にマスター呼ばわりされているのは迷惑千万ではあるのだが、こういうときに鋏のフットワークの軽さは役に立つ。赤いの始め他の人形ども(ばらしーを除く)は勝手な行動はするくせに、言い付けたことに関してはとことん腰が重いのである。
 ちなみに、鋏は鋏で常に何か活動していないと落ち着かない。あくまでこういう場面で使えるだけであって、トータルではどっちもどっちではある。
 まあ勝手に動くとはいえ所詮は人形。多くを期待する方が間違っている。使える時に使えれば良しと考えるしかない。
 それにしても、この頭痛と眩暈はどうした。床と思しき平面に額をぶつけたから、という理由だけとは思えない部分がある。
 まるで何か、身体と脳というか心の調整が上手く行ってないみたいな……気のせいか。しかしついそう考えたくなるような、妙な違和感のある状態である。
 少し落ち着いてきてくれれば、立ち上がらないまでも頭くらい上げられるんだが──

「──たっ、大変だよマスター! ミドリさんの心臓、動いてない……! 胸に耳当てても心音が聞こえないよ!」
「なんということ……折角魔の四次元サルガッソから脱出したというのに」
「えううー? ミドリちゃんさん死んじゃったのなのー?」
「おはようございます、お姉様……でもええと……たぶんそういうことではなくて……」
「こういうときは心臓マッサージよぉ、すぐにやれば上手く行くかもぉ」
「電気ショックかしらー。ほらあのバチッてやるアイロンみたいな」「ですから……多分……」
「そそ、それならまず百十番しないとですぅ、でで電話、公衆電話はどこですかー?」

「落ち着けお前等。いいから落ち着け。鋏よ、倒れてるのは美登里じゃなくて、翠星石じゃないのか」
「え……? う、うん、そうだけど」
「そうか、なら大丈夫だ」

 元々心音なんぞ聞こえなくて当然である。
 まあ、心臓の代わりにローザミスティカがドキドキしていてもおかしくはないし、漫画じゃそういう描写もあったけどな。
 それとお貞、百十番じゃなくて百十九番だろうよ。まあどの道必要ない、というか何か重大な事態が起こっていても、警察や消防じゃ対処できない訳だが。
 どれだけ人間に近い姿とはいえ、薔薇乙女さん達もドールなのである。それも、滅多な人間には修繕もできないような厄介な代物だ。
 接着剤とエポキシパテでどうにかなりそうなコイツ等とは──いや、コイツ等も今はどうだか判らんな。面倒なことである。

「……うぅ……一体何騒いでやがるですか……しかも大勢で……」
「わ、起きたのー」
「特に……異常も無さそう……です」
「なんか拍子抜けぇ、あっさりし過ぎだわぁ」
「見ろ、言ったとおりじゃねーか。それと黒いのは後で折檻な。物干し竿に通して虫干しの刑」
「ひっどぉい、何よそれぇ」
「何をゴチャゴチャと……って、な、何なんですかこれ! 動く人形が……?」

 いやいやいやいや。今はお前も動く人形だから。まさに。
 しかしアレだな。お前ついさっき、コイツ等をぶっ壊れたあの店の中で見ていたではないか。残念人形どもが現在の姿に変化するところまで立ち会っていたはずだ。
 美登里……じゃない、翠星石も何処かぶつけるなりして、さっきのことはど忘れしてるのか。それとも混乱していてそれどころじゃないのか──
 そんなことをゆっくり考えている間もなく、トトッ、という足音と共に翠星石の声が近くなった。

「ジュン、突っ伏してないで説明するです! こ、このローゼンメイデンみたいな人形達は? 翠星石が気を失ってる間に、何が起きたっていうんです?」
「何がって……こっちが知りたいところだぜ。大体ここは何処なんだ」
「何ボケたこと言ってやがるですっ! ここは鏡の部屋じゃないですか。ジュンのお家のっ」
「なん……だと?」

 翠星石が未だに残念人形どものことを思い出さないのは気懸かりだが、それどころではなくなってしまった。鏡の部屋だと? そんな小洒落た名前の部屋はうちにはない。
 あるとすれば、それは僕の家ではなく──
 ずきずき痛む頭を上げ、天井と思しい方に顔を向けて重い瞼を開く。そこには、予想していたとおりの光景があった。
 漫画やアニメで見た記憶がある、薄暗くてだだっ広い部屋。その中に雑然と、天井に届かんばかりにうず高く様々なモノが積み上げられている。
 出処も状態も本当に雑多な、ただある程度以上古いものであることだけは共通している品物の群れ。
 苦労して首を回して後ろを見る。真後ろまで見なくとも、すぐ後ろに、搬入するのがさぞかし大変だったであろうと思しい、巨大でかつ豪華な装飾の施された姿見らしきものがあるのが確認できた。
 正面を向き、もう一度あちらこちらに視線を彷徨わせる。絵やアニメーションで見ていた風景とは大分違うが、雰囲気は同じだった。

 ……要するに、あれだ。翠星石の言うとおりであった。
 ここは確かにジュン君のお家。その、(少なくとも漫画のお話の上では)要らないものも要るものも何でも置いてあった、nのフィールドに続く姿見のある物置部屋である。
 どうやら僕等は畏れ多くもその鏡を通過し、ジュン君の家に──というより、多分「巻いた世界」に放り出されてしまったらしい。
 息を一気に吸い込み、ゆるゆると吐いて気持ちを落ち着かせる。驚きの連続でいい加減感覚が麻痺しているのだが、それでも重大事態であることに変わりはなかった。
 周囲で何やら人形どもが息を呑む気配もある。タイミング良すぎだぞお前等。僕の心理状況と文字どおり呼吸を合わせるとは珍しいこともあったものである。これが初めてかもしれん。

 それにしてもだな、美登里、いや翠星石。
 僕の名前は確かに平仮名で書けば「じゅん」だが、お前がその呼び名で僕を呼ぶのは問題があるんじゃないのか。これまでどおり邪夢でも構わんというか、まあ今はその方がまだいい。
 大体、僕を名前で呼び捨てておきながら「ジュンのお家」ってのがもう混乱してるだろうに。何が何やら判らなくなってしまうではないか。
 ゆるりと視線を巡らせると、人形どもが視界に入った。
 こちらはどうやらあの時トランスフォームしたまま、残念でないというかまあかなり美麗な人形となった状態でこちらを見ている。表情があるというのはいいことだなあ。喋られなくともある程度気分が理解できる。
 しかし、コイツ等の現在の気分はといえば、……全員、若干どころか大いにビビっているように見えるのはどういう訳だ。そんなに僕の顔が珍しいか。

「ジュ……ジュン、ですよね?」
「なんだお貞。藪から棒に」
「だって、その……顔が、っていうか姿が」「うん、その……ちょっと有り得ないっていうか」
「なに、着地の衝撃で二目と見れぬ姿に腫れ上がっているとでも申すか」
「そうじゃなくて、うー、何て言ったら良いかしら……」「うーとねー、うーとねー」
「ねぇ、鏡を見れば自覚できるんじゃないのぉ? お誂え向きに大きいのがあるじゃなぁい」
「流石はお姉様……グッドアイデア……です」
「わ、私も今それを言おうと思っていたのだわ」

 例の店での美登里達ではないが、七体も同時に喋り始めると手に負えん。判ったから取り敢えず黙っとれと人形どもに言い、翠星石に視線を戻す。
 人形どもの一斉口撃というかしゃべくりに、彼女は口を挟むタイミングを見失ったように僕の顔と人形どもに交互に目を向けていた。
 疑問と不安がありありと顔に表れている。ついでに言えば助けを求めているようにも見える。石原美登里であった頃については隨分長いこと付き合いがあった訳だが、その間僕の前ではついぞ見せたことのなかった表情である。
 何なんだ一体。此の期に及んで、しかも今度は僕絡みでまだ厄介事があるのかよ。今日はもう勘弁して欲しい。正直言うと早いとこフテ寝を決め込みたいのだが。

 ともかく。
 あれだけガツンとぶっつけて、顔というか額がどんな酷い有様になってるのか知らんが、美登里に一応は元気なところを見せなければいかん。
 現在の肩書きがどうあれ、僕にとってこいつはやっぱり仲の良い同級生の双子の姉で、一度はラブレター出すことまで考えた相手である。こんなしょぼくれた顔は見ていたくない。
 大分痛みが和らいできたものの、首を動かすとぐらぐらするような気がする。それをどうにか抑え、なるべく元気な振りを装って背後の大きな姿見を振り向いた。
 そこに映っていたのは──

「──なんじゃあ、こりゃあぁぁっ」

「やっぱり驚いたですぅ」「予想はついてたけどね」
「ジュン落ち着くのー! テイクイットイージーなのよー」「こういう時は天井のシミの数でも数えるかしら」「それを言うなら……素数を……」
「驚愕するのは良いけれど、ジーパン刑事の物真似は余計なのだわ」
「何冷静に古いネタに絡めてんのよアンタ達……」

 いやいやいやいや。黒いのよ、一番冷静なのはお前だろうが。ああそうじゃなくてだな。なんというか。
 最早、頭痛を気にするような状況じゃない。
 取り敢えず顔を触ってみる。がくがくと両方に首を傾けてみる。鏡の中の少年は、タイムラグなしに、忠実にこちらの動きを(左右反転で)トレースしてくれた。
 ついでに言うとイマイチ緊張感なく騒いでいる七体の人形どもも、そして不安感が今にも爆発しそうな表情の、石原美登里の面影のある可愛い女の子(やや小さすぎるが)も見える。
 マジックミラーで向こうが見えてる、とかではない。映っているこれは間違いなく僕自身だ。
 これは……やばい。実にいろんな意味で。

 一見ぼさぼさに見えるが実は手入れされている、やや長髪気味の髪の毛。今時流行らない大きなフレームの眼鏡。そして、僕本来のそれとは似ても似つかない、大きな目をした可愛い系の顔。白に近いグレーのパーカ。
 いやまあ、そろそろ具体的な名前を思い浮かべたっていいだろう。
 僕は、桜田ジュン君になっていた。
 正確に言うと、森宮アツシ君に実によく似た姿になっているだけで、本当にこれが桜田ジュン君そのものかは保証の限りではない。更に悪いことには、彼の記憶など欠片も持っていないし、何やら有難いマエストロパワーが漲っているような気配もない。今のところは。

──やられたぜ。というか、やってくれたな。

 頬をつねってもいいところだと思うが、意味は無いだろう。とんまな僕だが、ここまでの流れを思い出せば、何が起きたかは概ね判る。
 これに似た事態をごく最近聞かされているし、間近に見てもいる。ついでに言えば、こういうふざけた真似をしたヤツが誰であるかもだいたい見当がつく。
 鏡の中で、可愛い系少年の顔が情けない表情になる。おい、そんな顔すんな、ってかこれは僕の今現在の表情な訳だが。
 こんな顔してる場合じゃなかろう。今は、あまりのことに黙り込み、縋るような眼つきで鏡に映った僕の顔を見詰めている、かつての知り合い(ややこしいな)の不安を取り除くべき時である。
 さっさと僕が彼女の契約者たるマエストロのジュン君でなく、凡俗の桜田潤であることを告げねばなるまい。それから早急に二人で善後策を講じ……いや待て。
 さっき人形を見た時の反応、あれが妙に引っ掛かる。一応、念の為に確認しておいた方が良いやもしれぬ。

「……翠星石」
「……はい、です」
「一つ質問がある。石原美登里って名前に、心当たりあるか」
「今更何言ってんですか……それを言うならジュンは森宮アツシって名前に……っ!?」

 言いかけて、慌てて翠星石は自分の姿を見直した。
 どうやら、漸く色々と繋がってくれたらしい。さっきは恐らく変身と同時に気絶したはずだから、自分がこの姿になってしまったことも無自覚のままだったのだろう。鏡を覗きこむようにしたり、小さな手を握ったり閉じたりと忙しい。
 動作を止め、凍り付いたような表情に変わるまでに、そう時間は掛からなかった。ほんの数秒というところだろう。
 ぐるりを見回し、なんとなく一塊になって状況を眺めている人形どもに視線を向け、また僕に戻す。

「この子達……まさかさっきの、じゃあ……ジュンって……まさかアンタ」
「マサカマサカ言うなよ。どういう因果か知らんが、多分お前の考えてるとおりだ。美登里……じゃなくて翠星石」
「そんな……何故ですか、どうして邪夢がジュンに……」
「理由なんぞ皆目判らん、僕も今気付いて驚愕したところだ。見てたろうが」
「見てましたけど……でも……私が元の姿に戻ってるだけでもビックリですのに」

 そりゃ、そうだ。
 頭のいい奴ならここで何か閃き、チッと舌打ちしたりするところだろうが、生憎僕にはそういう鋭さがない。どっちかっていったら直感的な閃きは翠星石の得意な領分のはずだ。
 とはいえ、このトンデモ事態の仕掛け人については心当たりがある。
 今のところ未見の、真っ白な衣装の第七ドール。何やら桁違いのパワーで一度は姉妹全部を捕獲したという人物だ。

 混乱している様子の翠星石には悪いが、こちらとしては正直ほっとしてもいる。最悪の事態だけは避けられたようだ。
 空っぽの肉体に別人の夢を潜り込ませたり、記憶をブロックしたりと他人の頭の中を弄くり回すのが大好きな仕掛け人のことだ。人形のことを覚えてないのは翠星石の記憶なりも適当に消去するなり書き換えるなりしている可能性もある、と考えたのだが、それは流石にないらしい。
 心を丸ごと入れ込んでみたり、手間暇掛けて数年分の記憶を植え付けるような大技は扱えても、記憶の個々の部分を消去することは不得手と見える。何を意図してのことか未だにはっきりしないが、薔薇乙女さん達のためにえらく大掛かりな舞台を整え、数年という時間を費やさざるを得なかった原因も、逆に言えばその辺りにあるのかもしれん。
 要するに新たにデータを叩き込むのは簡単だが、クリティカルな部分について改竄したり部分消去することは難しいのだろう。幻覚を見せるのが本業、という漫画の描写がご本人にも当て嵌まるなら有り得ることだ。
 いやまあ、僕の記憶の方が弄られ、都合良く考えさせられている可能性も当然あるわけで、事態はなお予断を許さないのだが。
 もっとも僕自身の記憶が書き換えられているとしたら、現状では何をどうすることもできない。お手上げである。

 そんな感想を交え、あの部屋から放り出されてからの事情を、情けないが包み隠さず話す。
 一緒に居るのがジュン君じゃなかったことは物凄いショックだとは思うが、僕よりも遥かに事情に通じているはずの相手に口先で嘘をついても仕方がない。
 それに、向こうがどう思っているかは判らんが、こちらにとってはそれなりに長い友人である。少なくとも、僕がどんだけ頼りにならん人物かはよくよく知られている。今更恰好を付けたところで始まらない。
 大事なのは、これからどうするかである。僕のこの何やらニコイチ的な状況を含めて。
 翠星石は俯き加減だったが、余分な口を挟むこともなく僕の話を聞いていた。一段落すると、溜息をついて僕の顔を見上げ、それから──実に意外なことに、ごめんなさいと素直な声音で頭を下げた。

「なんだよ、らしくねーな」
「邪夢を巻き込んでしまったのは、翠星石ですから。蒼星石にも止められてましたのに、後先考えずに突っ走って……」
「いや、あの店に行ったのは僕の考えだったし、森宮さんとも約束はしてた。近い内に似たようなコトになってたろ、どうせ」
「でも、直接の引き金を引いてしまったのは翠星石です。翠星石のせいです」
「……そりゃあの某ラノベもどきの呼び出しも、原因の一つっちゃそうかもしれんが……」
「お店の中でも、ずーっと考えてました。ホントにこれでいいのかって。でも、あんなことになって」
「そうか……」

 皆さんの会話と店長氏の解説に気を取られてそこまで気が回らなかったが、彼女なりに忸怩たるものがあったのかもしれん。店長氏の真相解説の後は確かにしょぼくれていたし、その前から少しばかり様子がおかしかった。
 まあ、やっちまってから後悔するというのは至高の少女候補生としてはだいぶ粗忽な行動なんだろうが、同時に僕の知っている石原美登里にはそんな部分があったのも確かだ。
 真紅──森宮さんは判らんが、彼女以外の姉妹は皆さんそれぞれ結構なアクの強さ、というか至高のなんちゃらなるには性格的な欠陥をそれぞれ抱えているような気がする。水島先輩の水銀燈然り、葵というか蒼星石然りである。
 もちろん、あくまで遠大というか遥かな高みにある目標に対しての話である。僕等凡俗からすれば皆さんそれぞれ魅力的な人物であり、人間として生きて行くには(将来的に上手く世渡りして行くのに難があるかどうかは別として)性格が破綻しているようには見えなかった。
 正直なところ、一緒にワープアウトというか同じ場所に放り出されたのが真紅でなく、こいつ(……と身の程知らずにもタメな視点で見てしまうんだが、まあ許して頂きたい。なにせこれまでずっと知り合いの同年生だったのである)で良かったかもしれん。
 浅い付き合いとはいえ長いこと見てきた翠星石の方が、あの場で森宮さんから豹変してしまった真紅よりは、今の僕には親しみやすい。性格的にも、多分とっつきやすくもあるだろうし。

 まあ、そんなことはどうでもいい。今は謝りっこしている場合ではないのだ。
 がっくり落ちた翠星石の小さな肩に手を掛ける。当たり前だが自分の手とは思えない、細くて繊細そうな指だった。マエストロの魔法の指ってやつだな。ガサツに扱って傷つけたりしないようにせねば。
 空いている方の手で、顔を上げた翠星石の目の前で引き金を引く真似をしてみせる。
 綺麗な丸目のオッドアイがぱちくりした。これだけは美登里と決定的に違っている。あいつの目はどっちも普通の色だった。

「まー、あれだ。引き金を引いちまったのは僕だろぉ。銃に弾込めしたのはそっちかもしれんが」
「でも、邪夢は何も知らなくて」
「まあ実弾入りとは思ってなかったなぁ確かに。……つっても最終的に決めたのが僕なのは譲れんな」
「私達だって了承したんですから──」
「──ハイそのとおり。僕等どっちにもこうなっちまった責任の一部はあるってこった。だからまあ、この話はこの辺で終わりにしようや。さもないと堂々巡りになっちまう」

 肩から手を離し、こんなことやっとる場合じゃなかろう、と念を押す。
 内心にはそれこそ僕が想像できないような様々な感情が渦巻いているんだろうが、翠星石の切り替えは早かった。もっとも、空元気を奮い立たせただけかもしれない。
 暫く黙っていたが、やれやれと肩を竦めてみせる。少しばかり偉そうな仕種は、見慣れた石原美登里のそれだった。
 よりによってアンタに諭されるとはこの翠星石も落ちぶれたモンです、というどえらく上から視点の台詞も、他に姉妹やら契約者の皆さんが居ないせいか嫌味っぽくは感じられない。偉いさん的姿勢というよりは、いつもの美登里の根拠ない大袈裟な態度の方に思えた。
 素直にはいと言わないところもこいつらしいと言えばらしいなあ。妙な話だがほっとする。
 尊大な態度を取ることで相手を安心させているのだから、ある意味、得なやつではある。

「肝心なのは、僕等が放り込まれたここがどんな場所か確認することだ」
「……ですね。ジュンの家の物置部屋に見えますけど、実態はどうだか判ったモンじゃないですから。扉の外はまたnのフィールドってことも有り得ますし」
「おお? 随分懐疑的になったな。さっきは断言したくせに」
「一々細かいこと気にしてんじゃねーです。それより、アンタはその身体で違和感とかはないんですか」
「何ともねーって言いたいトコだが、バリバリにある。他人の身体だって言われれば無条件で信じられるぜ」
「当たり前じゃねーですか……まあそっちも、追々謎を解かないとですね」

 謎は解けてるだろうに。判らんのはなんでその対象がジュン君の身体と僕の意識って組み合わせなのかと、どうやったらこの状態を脱せるかってことだ。
 そう考えたが、口に出すのは止めておいた。
 折角気を取り直して行動に移ろうとしているところなのだ。茶々入れ程度ならいいが問題を蒸し返すのは不味かろう。
 どっこいせ、と立ち上がる。頭痛は大分和らいできたような気もするが、まだふらふらするのは、頭と体のマッチングが上手く行ってないからなのか。常識が全く通用せん異常事態の連続だというのに、こんなところだけ妙に現実的である。
 今後眠ってるような余裕が(周囲の状況にも、僕の精神的な面にも)あるかどうか判らんが、もし一眠りできるとしたら、その後はこの症状だけでも治まっていてほしいもんだ。

「よし。そうと決まれば探索開始だ」
「先ずは家の中からです。……家の中なら、ですけどね。ちゃっちゃと入口のドア開けちゃってください」
「僕が開けていいのか? お前ん家かもしれんのだろ、一応」
「やっぱり邪夢は邪夢ですねぇ……今の背丈と手の大きさでドアノブ掴むのがどれだけ大変か、ちっとは考えやがれってんです」
「掴むのは知らんが、手は楽に届きそうじゃねーか」
「何言い返してんのよくだらなぁぃ」「ジュン、れでーふぁーすとなのよー」「女の子に仕事させようなんて酷いかしらー」
「あーはいはい。まあ、勝手に開けていいなら願ったりだが──」

 願ったりではあったんだが、結果から先に言ってしまうと僕がドアを開ける必要はなかった。
 えっちらおっちらとふらつく足を踏みしめて戸口に向かう。翠星石は緊張した面持ちで僕の脇に並んだ。
 体調を心配してのことか、ちらりとこちらを見上げたが、すぐに微妙な表情になる。まあ、仕方がないな。慣れてもらうか早期に解決するしかない。
 人形どもも何やらワクワクした様子でぞろぞろとついて来る。こっちはどうせドアの向こうが安全だと判ったら即座に探検を開始するつもりだろう。特にアクティブな赤いと黒いのには要注意である。
 ノブに手を掛けようとした僕の耳に、急ぎ足で木造の廊下を歩いてくるスリッパか何かの音が聞こえてきた。どうしたと身構えた瞬間、少しばかり重そうなドアが良い勢いで開かれる。

「──ジュ、ジュン君!? みんなも、帰って来たのぅ?」

 部活帰りなのか、高校の制服と思しいブレザーとスカート姿の女子。
 色の薄いくせっ毛、丸い眼鏡、内心を反映しているかのような実に優しい顔立ち。ちなみに、さきほど鏡に映っていた可愛い系少年にもよく似ておる。
 桜田のりさんは、やはり森宮さんのお姉さんにそっくりの雰囲気と、実によく似た顔立ちを持っていた。
 その顔が泣きそうな表情になり、そして……そこでぐっと堪えて笑顔を作る。できた人である。

「お帰りなさい。ジュン君に翠星石ちゃん……みんな揃って……」
「の、のり……た、ただいま、です」
「心配してたのよぅ、もう一週間も……あ、ううん、それはいいの。無事で良かったわぁ」

 何と言っていいか、咄嗟に言葉が出ずに目を白黒させている内に、お姉ちゃん準備するからお部屋で待っててね、と慌てたように言いながら、のりさんはパタパタと走って行ってしまった。
 彼女の視界の隅には人形どもも居たはずだが、全く見えなかったのか? いや、違うな。
 恐らく人形どもを薔薇乙女の皆さんと勘違いしたのだろう。みんな、というのは人形どもを誤認しての発言としか思えん。
 迂濶です、迂濶過ぎますよお姉さん。明らかに見たことないのが三つ(黒いの、鋏、ばらしー)も混じってる上、僕と並んでた翠星石そっくりのまであったでしょうが。まあ、増える方は何度も経験してるんで慣れっこになってんのかもしれないけど。

 戸口から顔を突き出し、左右を見てみる。
 そこは白い霧の中ではなく、まるで現実のような……いや恐らく現実世界の、桜田さんの家と思しき廊下であった。
 キラキーさん監修の漫画のワンシーンを思い出す。雑誌掲載時に偶然立ち読みした程度だが、これに似た状況があった。「巻かなかった」世界編が終わり、nのフィールドからジュン君ご一行がご帰還になった時だ。

──つまるところ、なんだ。物凄く長い長い寄り道をした挙句、ジュン君の身体と翠星石だけは元の世界に帰還したって寸法かい。

 頭痛がぶり返してきた気がする。
 どうしたもんか。のりさんに事実を伝え、人形ともども居候させてもらうしかないんだろうか。
 あるいは嘘をつき通すって手もある。だがどうせ僕のことだ、早晩ボロが出るだろう。
 なんてこった。遅かれ早かれ、あの優しくて温和そうなのりさんの顔が、今度は絶望に変わるような話をしなければならんのか。何処まで損な役回りなんだよ僕。
 大体なんでこんなことになったか、どうやったら元に戻れるかさえ判らんのだぞ。ある意味で完全に詰んで……いや、やめとこう。
 顔を片手で押さえてから斜め下を見る。人形どもは早くも前進してきててんでに廊下を眺めておるが、今は無視。
 翠星石は戸口から足を踏み出し、廊下の真ん中で前後を見てから僕に向き直った。

「……よく出来た幻影の中でなけりゃ、どうやらここは「巻いた」世界のジュンの家で確定みたいですね」
「ジュン君が留守にしてたこと、全ての世界を通じて一人しか居ないはずのお前を当たり前に知ってたことは符合するわな」
「多分のりの目から見たら、私達が「巻かなかった」世界から帰ってきたところ、なんでしょうね」
「でも妙だな」
「何がです?」
「彼女はあっち側に引き込まれてなかったのか? お前もさっき──どのくらい前になるか知らんが、確か言ってたよな。のりさんも巻き込まれた、みたいなこと」
「言いましたよ。でも……ハズレだったみたいです」

 店長氏の解説で自分達が長年思い込まされていたストーリーが完全に崩壊したせいか、翠星石はかなり重要そうな認識のズレを実にあっさりと認めた。
 確かに、森宮さんのお姉さんが僕と同じような一般人そのものであった可能性はある。というか、それでも問題は起きないだろう。
 複雑な処置を施した薔薇乙女さん達にさえ大々的に記憶を捩じ込んだキラキーさんである。漫画の中で外人の女の子に使ったのと同じ手法を使えば、ごく普通の人間に捏造した記憶を植え付けることなど造作も無いのだろう。
 森宮さんのお姉さんに割り当てられた立場はあくまで「桜田ジュンの姉」であり、契約者でも薔薇乙女さん達本人でもない。植え付ける記憶も詳細なものでなくて良かったはずだ。
 普段より更に回らない頭で、ついそんな風に考えてしまう。例によって勝手な妄想であり当たり外れは保証の限りではない。
 予想がハズレならハズレで仕方ない。ただ、向こうでの森宮倫子さん……のりさんにあたる人がどういう形でジュン君やら真紅の森宮さん、そして翠星石と関わっていたのか、一度確認しておく必要はありそうだ。それによってはこの──

 ──必要はあるのだが、その問題は脇に追い遣っておくことにしよう。
 ただでさえ色々とやらねばならんことが多いのである。後回しにできることは後回しにするのも知恵の内というやつだ。
 翠星石がまたこちらに視線を向ける。薔薇乙女様の内心など見通せるはずもないが、少なくともそこだけは翠星石と僕の考えは一致していたらしい。

「取り敢えず、部屋に行きましょう。次のことは、そこで段取りを検討してからです」
「応ともさ。しかし、らしくない慎重なご意見だな。巧遅より寧ろ拙速を尊んでたんじゃないのか」
「一々軽口叩いてんじゃねーですよ。ほれ、案内しますからついて来るです……アンタ達もですよ」
「きゃあっ! 暴力反対、割れ物注意天地無用なのだわ!」「ぼ、僕は偵察と巡回に出ようとしてただけでー」
「のりの邪魔をしたら「めっめっ」ですからね。話は後でたっぷり聞いてやるから、まずは部屋に来やがれです」

 早くも飛び出そうとしていた赤いのと鋏の襟首を捕まえ、翠星石は廊下をずいずいと歩き出した。
 勝手知ったる我が家だからか、付き合いも長くない人形相手に随分勇ましい仕種である。二体がギャーギャー喚くのにも頓着しない態度は、さながら肝っ玉母ちゃんとガキ二人といったところか。
 内弁慶というか何と言うか。頼もしいのか危なっかしいのかさえよう判らんが、空元気でも元気である。やはり美登里はこうでないとな。
 多少偉そうなところが鼻についても、寂しく途方に暮れられているよりは遥かにいい。特に、こんな状況では。

 背中と両手に人形どもを満載して二階への階段を上り始めると、今まで体の芯に溜まっていた疲れがどっと噴き出しきたような気分になった。
 まだマッチング云々の違和感もあるのだろうが、明らかにこの身体、僕本人よりも数段体力がない。魔法の指を持つマエストロボデーも良い所ばかりではないようである。引き篭っているのだから当然だが。
 ぐうたらを自認する僕であるが、これは困る。運動能力は致し方ないとしても、いざ行動しようと思ったら電池切れでは洒落にならん。
 落ち着いたら少しは体力を付けさせて貰うとしよう。もっとも、そんな余裕があればの話だが。
 とにかく、今は布団に寝っ転がってそのまま眠ってしまいたい気分なのだ。体力づくりやら何やらよりも、この自分の状態をどうにかするのが先決である。
 もはや日付の境目も判らんグチャグチャ状態であり、あまりに色々あり過ぎたせいで精神的に鈍くなっとるのが自覚できるほどだ。寝て起きてリセットしたい。
 綿のような疲労感もある。お姉さんが進めているらしい何かの準備が整うまで、僅かな時間でいいから休みたい。現実から目を背けて逃げるってな大仰なモンじゃなしに、頭と体が休養を求めている。

 翠星石の指差すドアを開けながら、生欠伸を噛み殺す。
 この緊迫した状況下で睡魔まで忍び寄って来ているとは、なんともはや。意識下の僕の本質はこの人形ども並に鈍感で図太いとでもいうのか。
 何にしても、もう限界である。いいか僕は寝るぞ。誰が何と言おうと、このドアの向こう、部屋の中にあるはずのベッドに倒れ込んで大の字になってやるからな。


 しかし、例によって現実は非情であった。
 この日、僕がジュン君のベッドを無断借用して寝っ転がることが可能になるまでには、更に一悶着を経ねばならなかったのである。

  (つづく)



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