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No.24888の一覧
[0] 【ネタ】ドールがうちにやってきたIII【ローゼンメイデン二次】[黄泉真信太](2013/02/17 03:29)
[1] 黒いのもついでにやってきた[黄泉真信太](2010/12/19 14:25)
[2] 赤くて黒くてうにゅーっと[黄泉真信太](2010/12/23 12:24)
[3] 閑話休題。[黄泉真信太](2010/12/26 12:55)
[4] 茶色だけど緑ですぅ[黄泉真信太](2011/01/01 20:07)
[5] 怪奇! ドールバラバラ事件[黄泉真信太](2011/08/06 21:56)
[6] 必殺技はロケットパンチ[黄泉真信太](2011/08/06 21:57)
[7] 言帰正伝。(前)[黄泉真信太](2011/01/25 14:18)
[8] 言帰正伝。(後)[黄泉真信太](2011/01/30 20:58)
[9] 鶯色の次女 (第一期終了)[黄泉真信太](2011/08/06 21:58)
[10] 第二期第一話 美麗人形出現[黄泉真信太](2011/08/06 22:04)
[11] 第二期第二話 緑の想い[黄泉真信太](2011/08/06 22:04)
[12] 第二期第三話 意外なチョコレート[黄泉真信太](2011/08/06 22:05)
[13] 第二期第四話 イカレた手紙[黄泉真信太](2011/08/06 22:05)
[14] 第二期第五話 回路全開![黄泉真信太](2011/08/06 22:06)
[15] 第二期第六話 キンコーン[黄泉真信太](2011/08/06 22:08)
[16] 第二期第七話 必殺兵器HG[黄泉真信太](2011/08/06 22:10)
[17] その日、屋上で (番外編)[黄泉真信太](2011/08/06 22:11)
[18] 第二期第八話 驚愕の事実[黄泉真信太](2011/08/06 22:12)
[19] 第二期第九話 優しきドール[黄泉真信太](2011/08/06 22:15)
[20] 第二期第十話 お父様はお怒り[黄泉真信太](2011/08/06 22:16)
[21] 第二期第十一話 忘却の彼方[黄泉真信太](2011/08/06 22:17)
[22] 第二期第十二話 ナイフの代わりに[黄泉真信太](2011/08/06 22:18)
[23] 第二期第十三話 大いなる平行線[黄泉真信太](2012/01/27 15:29)
[24] 第二期第十四話 嘘の裏の嘘[黄泉真信太](2012/08/02 03:20)
[25] 第二期第十五話 殻の中のお人形[黄泉真信太](2012/08/04 20:04)
[26] 第二期第十六話 嬉しくない事実[黄泉真信太](2012/09/07 16:31)
[27] 第二期第十七話 慣れないことをするから……[黄泉真信太](2012/09/07 17:01)
[28] 第二期第十八話 お届け物は不意打ちで[黄泉真信太](2012/09/15 00:02)
[29] 第二期第十九話 人形は人形[黄泉真信太](2012/09/28 23:21)
[30] 第二期第二十話 薔薇の宿命[黄泉真信太](2012/09/28 23:22)
[31] 第二期第二十一話 薔薇乙女現出[黄泉真信太](2012/11/16 17:50)
[32] 第二期第二十二話 いばら姫のお目覚め[黄泉真信太](2012/11/16 17:50)
[33] 第二期第二十三話 バースト・ポイント(第二期最終話)[黄泉真信太](2012/11/16 17:52)
[34] 第三期第一話 スイミン不足[黄泉真信太](2012/11/16 17:53)
[35] 第三期第二話 いまはおやすみ[黄泉真信太](2012/12/22 21:47)
[36] 第三期第三話 愛になりたい[黄泉真信太](2013/02/17 03:27)
[37] 第三期第四話 ハートフル ホットライン[黄泉真信太](2013/03/11 19:00)
[38] 第三期第五話 夢はLove Me More[黄泉真信太](2013/04/10 19:39)
[39] 第三期第六話 風の行方[黄泉真信太](2013/06/27 05:44)
[40] 第三期第七話 猪にひとり[黄泉真信太](2013/06/27 08:00)
[41] 第三期第八話 ドレミファだいじょーぶ[黄泉真信太](2013/08/02 18:52)
[42] 第三期第九話 薔薇は美しく散る(前)[黄泉真信太](2013/09/22 21:48)
[43] 第三期第十話 薔薇は美しく散る(中)[黄泉真信太](2013/10/15 22:42)
[44] 第三期第十一話 薔薇は美しく散る(後)[黄泉真信太](2013/11/12 16:40)
[45] 第三期第十二話 すきすきソング[黄泉真信太](2014/01/22 18:59)
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[24888] 第二期第二十二話 いばら姫のお目覚め
Name: 黄泉真信太◆bae1ea3f ID:27bffe28 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/11/16 17:50

 ~~~~~~ その日、主人公が可愛らしさについて力説していた頃 ~~~~~~


「本当にいいのかい、動ける内に着なくても」
「うん。着せてもらうのは同じだもん」「後からゆっくりでいいわ。貴方達の方が忙しいのでしょう?」
「手足が自由に動いても、自分で衣装は着れないのね。ちょっと可哀想かしら……」
「同情は無用なのかしら。いつもジュンに着せてもらってるから、却って楽ちんかーしらー!」「私は……お父様に……ぽっ」
「自分で自分の姿を見れなくても良いのですか? 晴れ姿ですよ」
「全然オッケーですぅ。バッチコーイなのです」「これからいつでも見れるからいいのー」
「人手は足りてるから、衣装変えくらいなら時間は掛からないわよー? みっちゃん一人でやってあげても良いけど」
「別にどうでもいいわぁ。ゴタゴタするの面倒だしぃ。それよりちゃっちゃとほじくり出しちゃってよぉ」
「人形の考えは判ったけど……その、そっちの人……柿崎さん、の意思はどうなんだよ」
「え、あたし? まー本人達もこう言ってますし、立て込んでるみたいなんでササッとやっつけちゃってください。アホの桜田には後で言っときますから」
「……だそうよ、店長。さっさと終わらせてあげなさいな」
「……判った。こちらに来てくれ」


 ~~~~~~ 店内 ~~~~~~


「まあそんなことがあったって寸法」
「あらすじで片付けんなよ」
「じゃあ長々と説明してあげよーか? 微に入り細を穿って。どんだけ説明したって理由が判らないのはおんなじだけど?」
「……判った。僕が悪かった。もういい」

 片手を力なくぶらぶらさせて、もう一方の手で額を押さえる。まあたとえ詳細かつ緻密な解説をされたところで、どこかで思考放棄して現状を受け容れるしかない訳だが。

 柿崎の説明によると、怪異が発生したのは動かなくなった人形どもの体にマエストロサクラーダ謹製のドレスを着せてやった直後だったらしい。
 店長氏は人形どもを全て仕事部屋に集めると、衆人環視の前で人工精霊の欠片を首尾良く──というよりえらくあっさりと回収してしまったという。
 自分が後付けで埋め込んだブツなのだから当然であろう。わざわざぶっ壊さないと抜き取れませんでした、では僕はともかく柿崎がまた難癖に近い文句をつけそうだ。つけたからってどうなるもんでもないが。
 まあ、そこまでは良くも悪くも作業の手際の話に過ぎなかった。
 動かなくなった人形どもを見て、柿崎は流石にしんみりとした。黒いのとは数ヶ月間ぎゃあぎゃあ遣り合った仲であるから当たり前だろう。
 若干意外なことに、残念人形ズとは今日初めて出会ったに等しい薔薇乙女の皆さんやら、動いてるところを見たのは初めてのはずの加納さんとアツシ君も意気消沈してしまったらしい。
 無理もないことではあるよな。全く別の領分にいるとはいえ、薔薇乙女さん達も元を質せば同じ人形であり、本来のガタイはローザミスティカを入れ込まなければ動かせないものである。
 漫画の中では蒼星石は長いこと動かないままだったし、翠星石も僅かな間だが停止していた。真紅に至っては仮のボディの崩壊も経験しているはずだ。
 動力源がなくなれば動かぬ人形となる。それを目の当たりにして何も感じない訳はないだろう。

 自然とその場の全員が手分けをして、人形どもをアツシ君こと桜田ジュン君謹製のドレスに粛々と着替えさせた。
 ちょうど一人が一体を受け持つ形になったのは、柿崎が手を出さなかったからである。黒いのについては自分の手で着替えさせたかったのかもしれんが、その役目は水島先輩が請け負った。
 それぞれが自分に対応する人形を分担したのも偶然ではなかろう。あぶれた形のツートンは加納さん、赤いのはジュン君が受け持ち、店長氏は自分が作製したばらしーを担当した。

 そして、事件は起きた。

 誰が最初に気付いたのか、完全に同時だったのかは判らない。ともかく人形どもは完全に衣装を着せられた瞬間、一瞬だけだが、フラッシュを焚いたかのように光り輝いたという。
 奇妙なことに、全員自分が着せ替えた人形が爆発的に光ったことは認識しているのだが、他の人形がそうなったことは確認していない。もしかしたら着替えの仕上がりとフラッシュの瞬間が全員同時だった、ということかもしれない。
 悲鳴が上がったのもほぼ同時だった、らしい。ただし、自分以外にも悲鳴を上げた者が複数居たことは、全員が感知している。
 一瞬のパニックの後、彼等の目の前にあったのは、むくりと起き上がり動き出している、全く姿形の変わってしまった残念人形達であった。
 人体入れ替わりの奇術みたいなものである。そこにあったはずの人形がなくなり、衣装だけが同じ別の人形、としか思えないモノがそこに存在していた。
 あまりのことに暫く全員呆然としていたが、ともかく僕に報せるべきだということになった。一応怪我人の柿崎と姿が変わったにもかかわらず相変わらず役に立ちそうもない人形どもを除けば最も早く立ち直ったのが葵だったので、彼女が僕達を呼びに出た。
 ……という経緯だった。


 ──後知恵で考えると問題はいろいろあった。最大の問題は奇術のタネがどこにも見当たらず、そもそも奇術の仕掛け人の存在が皆目判らないことであった。
 もっとも、そのときは不完全極まる解説を聞いている僕はそこまで頭が回らなかった。
 僕が魯鈍であるのは認めるに吝かでないが、放課後の呼び出しから始まって驚愕の事実というやつの連続、かつ思いもよらぬ告白で感覚が多分におかしくなっていたのだから許して貰いたい。
 他の皆さんは──まあ、いきなりのことで頭の中が真っ白になった人が大半だったのであろう。じっくり落ち着いて考える暇はまだなかった。
 もちろん、仕掛け人の方はそこまで読んで放った一手だったのだろう。何を意図してのものだったのかは判らないが。
 もしかしたら、単に薔薇乙女の皆さんが不様に慌てふためくさまが見たかっただけなのかもしれない。仕掛け人の性格を考えれば有り得ることだ……と、これこそ後知恵である。
 ともかく、そのときは誰も、掏り替え事件の裏事情など表立って問題に出来なかった。
 掏り替えられた本人形どもが実にすんなりと事態を受け容れ、楽しそうに振舞っていたことも理由に含まれるかもしれん。薔薇乙女さん達は皆、基本的に善良で優しい人々であった。
 多分、少数の例外を除いて。



 ~~~~~~ 第二十二話 いばら姫のお目覚め ~~~~~~



 やれやれと息をつき、ぐるっと室内を見渡す。テーブルの周囲で半ば固まったままのお歴々の中、一人だけ事務室兼控え室の入り口の方で腕を組んでいる店長氏と目が合った。
 改めて見るとなんというか、イケメンなのだが迫力のない顔である。腕を組んでいるのも余裕綽々で成り行きを注視している訳でもなく、何やら弱り果てているように見えなくもない。
 あまりじろじろ見ているのも何なので、テーブルの方に目を向け直す。
 柿崎は黒いの(らしき)ドールと遣り合いつつ、ばらしー(だろう)の顔をむにむにやって検分し始めている。いじられているばらしーの方も満更では無さそうである。
 手指にまで極細の球形関節を仕込まれていたばらしーだが、やはり表情が自在に動くのは嬉しいようだ。なまじ可動箇所が多いだけに、人間そっくりな行動ができないことを逆に不便に感じていたのかもしれない。
 感情面やら何やらで人形どもに多くを期待するのは既に諦めているが、そういえばこういうときの柿崎の行動も大概であった。
 要するに、どうしてこうなった、などと思わないのだ。その点他の人々の方が(トンデモな領域に住んでいる偉いさんであるにもかかわらず)遥かに常識的である。
 葵は加納さん姉妹と何かぼそぼそ話しており、こちらは対照的にあまり景気の良くない風情だ。水島先輩は店長氏と付かず離れずの位置で、今や何と言っていいか判らんが、ともかくついさっきまで残念人形だったものどもを複雑な表情で眺めている。
 そして美登里と並んで呆然としているのが、この状況を現出させたと思しいマエストロ様ご本人であった。

 やってくれたなぁ、ジュン君。

 僕と目が合いそうになるとそっぽを向いてしまうのが何とも言えず歯痒い。この辺りなんとなく店長氏に通ずるものがある。
 何がどうしてこうなったか未だに(恐らく当の人形どもを含めこの店内の誰にも)全然判らんのだが、まあ彼の作ったマエストロパワー満載のドレスが原因であることは確実であろう。まことに素晴らしい才能である。傍迷惑的な意味で。
 嫌味の一つも言って遣りたいところではあるのだが、相手はあの桜田ジュン君である。迂濶な一言でぽっきり心が折れてnのフィールドにさようならされてしまった日には目も当てられない。

 まあ彼のことは置くとして、問題はこの予想だにしなかった大変身のことである。
 なんでまたローゼンメイデンにクラスチェンジしたのだ。僕がつい一時間ほど前まで考えていた物体Xを遥かに超える出世ぶりではないか。
 しかもご本人達そのものではなくて、アニメ版に準拠したと思しき御姿である。──というのが判るのは、黒いのが全体的に髪が多くてご面相が全然違っておったり、お貞と鋏の目が妙に吊っていたりするからで、うぐいすやらツートンの恰好はあまり違和感がない。
 赤いのは……うーむ。憎たらしいことに、これも結構可愛い。
 まあ、やはりどいつの顔も基本的に輪郭から違う。あれだ、キャラデザインした人が違うという感じか。
 多分、マエストロ謹製のご衣装がアニメ版に準拠したものだったのだろう。作った御方の意図に沿って人形がトランスフォームしたと考えるしかないな。
 なんでわざわざアニメ版のを、と思わんでもないが、ジュン君としてはその辺のボロ人形のために「本物」の衣装を作るには抵抗があったのやもしれぬ。まあこれは邪推である。
 柿崎はばらしーをむにむにやりつつ、こっちを振り向いてにやっと笑った。

「衣装のお陰だったらマエストロ様に感謝だねっ、良し悪しは知らないけど」
「……まあ、良かったんじゃないのか。どういう理屈で動いてるのか既に皆目判らんが、動力ユニット抜き取られてもまだ活動できてる訳だし、恰好は大分グレードアップしたし、こいつらにとっちゃ悪いことァ何もなかろう」
「あ、早速思考放棄した。へー、桜田でもそうなるんだー」
「しゃーないだろうが。この状況で平然と人形のほっぺたつねってる奴に言われたかないわ」
「アホのくせに頭の固いアンタがいろいろ考えてる間に、こっちの探求は進んで行くって寸法よ」

 ならば差し詰め今はばらしーのほっぺたのもっちり加減について探求してるところか。まあ気が済むまでやってくれて構わん。本人形が嫌がらない範囲でなら。なにしろ滅多なことをしたら所有者が黙ってはおらんだろう。
 ああ、そういやサイカチは喜ぶだろうな。あいつは本物の薔薇水晶を追い求めていたとか抜かしていたから。
 薔薇水晶はアニメ版オリジナルのキャラだから、こうなったばらしーはまさに本物そっくりさんである。性格はどうも大分異なっているようだが、サイカチならその辺は気にしないだろう。こっちの性格に慣れてるはずだし。
 しかしまあ、なんだ。
 柿崎の言うとおりである。もうこれでいいような気がしてきた。
 どうせ、何故こうなってしまったのかはこっちが幾ら考えたところで判らんのである。その辺は頭を使うことに慣れており、かつ知識も豊富にお持ちの人々の領分であって、生半可な情報しか知らない僕等の出る幕でないのは明白だった。
 考えなくてはいかん、ということなら、後からじっくり考えればいい。赤いのの屁理屈や、偶に鋭いことがある黒いのの意見なんかも聞きながら。なにしろ、連中が今後も活動を継続できることになったのだから。

 独り合点で頷いて隣を見る。森宮さんは赤いのを呼び寄せ、テーブルの上に立たせて自分は椅子に座り、あちこち向かせたり髪を撫でたりして感慨深げに見入っていた。
 元々、リアルみっちょんの加納さんと並んでドール趣味では人後に落ちない彼女である。かつての自分の姿に近い、とかは抜きにしても出来のいい人形を見るのは楽しいのだろう。人間も人形も、美男美女は得である。
 そのままいつまでも遊んでいて欲しい気もしたのだが、すぐに彼女は赤いのを僕に預けて立ち上がり、マエストロ君の方に向き直った。
 姿を変えた玩具になど、長いことかまけてはいられないのだ。もっと大事なことが待っている。

「アツシ、いいえ……ジュン」
「……な、なんだよ」
「ありがとう。この子達を動けるようにしてくれて」
「僕がやったって決まった訳じゃないし、僕はそんなつもりなんて──」
「──いいえ。これは貴方にしかできないこと。貴方の指は、二つとない美しい旋律を奏でるよう……それは、契約を交わしていたことは忘れていても、一番近い姉として暮してきた私にはよく判っていてよ」
「……そんなこと」
「そして、私の記憶を取り戻すのも、貴方の役目なのでしょう。私のかけがえのない人、マスター」
「──っ」

 森宮さんは僕に背を向けたまま、あまり聞きたくなかった言葉をさらりと言った。
 ちなみに声にならない声を上げて唇を噛んだのは僕じゃない。ジュン君である。
 僕としても、心がずきりと痛くはあった。
 さっき何かが始まったと思ったら、もうとっくに終わっていたらしい。まあ、それは最初から判ってたけどね。改めて目前で言われると少々厳しいだけの話だ。……いや、実を言うとだいぶしんどい。
 彼女の方は、吹っ切れてるんだろうか。別れをみっともなく引き摺るのは専ら男で、女性の方はさばさばしたもんだと聞いたことはあるから、案外心配無用なのかもしれん。
 森宮さんはジュン君に近付き、隣で二人を見比べている美登里に微笑んだ。
 じっと見詰めてみたが、無理のある微笑なのか、わだかまりのない笑みなのかは、横顔からは判らなかった。

「ひとつ、お願いがあるの……翠星石」
「なんですか……?」
「私の記憶が戻っても、遠慮しないで頂戴。貴女がジュンをずっと想ってきた気持ちも、私はよく知っていてよ」
「真紅……」
「貴女が初めて家に来た時から感じていたのだけれど、あれは貴女が暖めてきた想いだったのね」
「そ、そんなことねーです」
「隠さなくてもよいのだわ。今のうちに言っておきたかったの。記憶が戻った私は、きっと今より素直でなくなってしまうから」
「……はい」

 おお。流石は──森宮さん、というべきか真紅と呼ぶべきか判らんが。ともかく、結構な難物の美登里をあっさりと同意させた。
 嬉しいような寂しいような妙な気分である。
 踵を返してぐるりを見渡した森宮さんに、店長氏が歩み寄った。
 凝った意匠の小さな宝石箱を開け、そこから大振りな宝石の嵌った──何処かで見覚えのある指輪を取り出す。それを森宮さんの左手の薬指に通した。
 かなり大きめに見えた指輪は奇術のように僅かに光り、森宮さんの指にきっちりと嵌った。
 漫画のとおりなら、契約の指輪というやつらしい。僕の手元でもぞもぞしている赤いのとその同類には存在しないアイテムである。

「後は彼がそれにキスをすればいい」
「やっぱり、眠り姫の目を覚ますのは王子様の口付けってことなのね。ロマンチックだわー」

 加納さん、いやみっちゃん氏。納得して何気に夢見る乙女の目になってるのはいいんですが、それは森宮さんの「かけがえのない人」発言よりきっついです。結局僕は王子様じゃないのだと言われてるようなもんで。
 別段そこに突っ込んだわけじゃないんだろうが、加納先輩が姉の裾を引っ張って暴走するなというようなことを口にする。加納さんの方は逆にそれで火がついたのか、両手を顔の前で組んで無闇にくねくねと体を揺すらせた。
 やれやれといった空気が流れる。その隙を衝くようなタイミングで、視界の隅を誰かが動いた。
 水島先輩だった。猫のようにしなやかな動作で場所を動き、元の位置に戻った店長氏の隣にすっと寄り添った。
 やはり二人の間には、何等かの特別な関係があるんだろう。僕が邪推しても仕方のないことだが。
 この世界で人として暮してきて、二十年なのか数年なのか知らんが長い時間が経過しているのである。従前の記憶を持っていようといまいと、こっちで暮した間に人間関係に変化が出てくるのは不思議じゃない。

 加納さんのふしぎなおどりはすぐに落ち着いた。MPを吸い取られた人がどれだけいたかは定かではない。
 周囲に緊張感が戻り、改めてジュン君に皆の視線が集まる。僕と柿崎、それに人形どもも黙って彼を見詰めていた。
 彼は頭を一振りして、やや背が低い自分の姉を見る。この世界では誰憚らぬヒッキー厨房なのだが、年の頃相応とはちょっと思えない風格みたいなもんがあるのはマエストロ様だからなのか? それとも、実際の人生がプラス数年以上あるからなのか。

「いいのか、真紅。記憶を取り戻しても」
「ええ。覚悟はできているのだわ。それに、この体を本来の持ち主に返すことも」
「……それは、身体の持ち主の心を見付け出さないといけないかしら」
「自分の体だって雪華綺晶に囚われてるのに、どうするつもりなんですか」
「大変でしょうけれど、何処かに道はあるはずだわ。何より、みんなの力で解決できないことならば……お父様が雪華綺晶のしていることをお許しにならないはずでしょう?」

 森宮さんは加納先輩と美登里に向かい、そう言ってまた微笑んだ。
 今度は僕にもよく表情が見える。気負いのない笑顔だった。

「身が雪華綺晶に囚えられてもまだ私達が生かされているのは、雪華綺晶の意向だけではないはずよ。この苦境を乗り切ることを、お父様が私達に求めていらっしゃるのだわ」
「元の体に戻ったら、またアリスゲームが始まるってことかしら……」
「最初に雪華綺晶に捕まったときも、お父様は私達をあの子のあぎとから解き放ちました。でも、まだ……なのですか。今度はこんなに何年も道に迷わされて……また、戦わなくてはいけないのですか」

「戦いになるかどうかは、今の私にはわからないわ。ゲームについて私が知っているのはごく表面的な事柄だけ……真紅が何を考えていたのかさえ、見えてこないのだもの。
 だからこそ私は、記憶を取り戻さなければならない。記憶を取り戻して、一刻も早く今の私の歪なありようを正さなくてはいけないの。
 私達がここでこうして生きているだけ、この体の本来の持ち主達の人生は私達に食い潰されていくのだもの」

 ざわめきかけていた空気がぴたりと静止した。
 多分、森宮さんの言葉は薔薇乙女さん達と契約者さん達にとって、新たな切り口ではなかったのだろう。
 頭のいい皆さんである。店長氏の概説を聞いたとき、既に同じことに思い至っていたに違いない。ただ、それを正面から指摘する蛮勇というか思い切りが、森宮さん以外にはなかっただけの話だ。
 それだけに、今の言葉は重かった。
 もう一つ付け加えれば、ンなこたァこっちにゃ関係ないワと本心から言い切れるだけの人の悪さも、この場の殆どの皆さんは持っていない。自分達と凡百の僕等(つまり身体の持ち主)との間に店長氏と同じような線引きをしていたとしても、喩えて言えば道端の虫けらを踏み潰すのが嫌いな人揃いであった。

 重たい空気が立ち込める。
 沈黙を破ったのは、重い雰囲気を作り出した本人だった。
 ジュン、と呼ぶ。それについ返事をしたりすることがなかった僕は誉められても良いような気がする。呼ばれた相手は当然のようにマエストロの桜田ジュン君であった。
 彼の方は自分が呼ばれたことには何の疑問も持っていない様子だった。顔を上げ、やや不決断な仕種で、右手を伸ばして森宮さんの左手を取る。

「……変な感じだ。姉ちゃんなのに、真紅なんだよな」
「あら。貴方は知っていたのでしょう、私達が薔薇乙女とマスターであることを」
「うん……だけど」
「……私の知らないところで、貴方は悩んでいたのね……ごめんなさい、ジュン」
「いいんだ。後悔はしてない……それが僕達の選んだ方法だったんだから」
「ありがとう。そう言って貰えると心が軽くなるわ」

 把握していたのが事実でなかったとはいえ、少なくとも彼等にとっての真実を明かさなかったジュン君を責めてもいい場面だと思う。「殻」を破ろうとしていた彼女にとって、彼等が積極的に嘘を言ったのではないにせよ、沈黙していたことは決して嬉しくないはずだ。
 しかし森宮さんがジュン君に向けたのは、ほっとしたような笑顔だった。彼の方も、自分が悪いことをしたとは思っていないようだった。
 あまり納得出来ないが、ジュン君にとっては森宮さんに思い出させるには辛い記憶だということかもしれん。彼女の方でもそれを理解しているということか。
 契約していたときの記憶は失っていても、姉弟として生きてきた記憶がある。形は違えど確かな絆があるということだろう。

 なんとなく面白くない僕の気分などにはお構いなしに、二人はお互いの顔を見つめ合う。ドラマで言えば重要な場面なのかもしれん。
 主人公が導いて、ヒロインが記憶を取り戻す。そんな名場面のひとつだ。
 しかしその二人が何処までも、よく似た一学年違いの可愛い姉弟にしか見えないのは……きっと僕だけなんだろうな。何かバイアスが掛かっているのだと思うことにしよう。桜田潤の目は節穴なのだ、でもまあ構わない。
 軽く森宮さんが頷くと、ジュン君は彼女の前で片膝を折って腰を落とした。
 そのまま、先程から不決断に軽く握っていた彼女の左手を顔の前に持ってくる。暫く万感の思いを籠めているかのようにその手をじっと見詰めていたが、やがておもむろに薬指の付け根に嵌った指輪に口付けた。

 森宮さんの身体がぎくりと硬直する。
 指にキスされて反応した、のではなかった。目をぎゅっと瞑り、額にはたちまち脂汗が浮き出る。
 記憶の流入に耐えているのだわ、と僕の胸のところで赤いのが囁く。例によって見てきたような妄想解説であるが、反論する気にもならん。まあ、ちょっと静かにしとけ。多分当たってるだろうよ、今回はな。
 ほんの数秒か、長くても十秒かそこいらだったろう。
 アニメやらドラマのような、過剰な演出はなかった。ガタガタと震え出すことも気を失って倒れることもなく、森宮さんは大きく息をつくと、ゆっくりと目を開け、まだ片膝を床についたまま自分を見上げているジュン君に顔を向ける。
 ジュン君は眉を顰めて彼女の顔を見詰めていたが、異状がなさそうだと見て取ったのか、緊張を解いたように立ち上がりかけ──

「──起こすのが遅い」

 ぱし、とあまり力の籠っていない平手打ちが、しかし容赦なくその頬に飛んだ。
 慌てて頬を押さえて立ち上がり、いきなり何をするんだと言いたそうなジュン君の頬に手を伸ばし、彼女は少しばかり高飛車な、そして余裕を持った優しい表情を見せる。
 毒気を抜かれたようなジュン君に、ありがとう、と今度は感謝の言葉を告げた。

「貴方達の思い。封じられていた私の記憶。──どちらも受け取ったわ」
「……帰ってきたんだな、真紅」
「ええ。私は貴方の姉であり、そして……幸せな貴方のお人形。なくしていたもの全てではないけれど、ここに取り戻せたのだわ」

 目を閉じ、胸に手を置く。遠くに行った何かが漸く返ってきた、と言いたげな、穏やかな顔だった。
 確かにそうかもしれない。
 僕の位置からも、彼女はこれまでなかった何かをその身に纏ったように見える。彼女の言葉どおり、なくしていた成分が再び戻ってきたのだろう。
 認めたくないが、ついさっきまでの森宮さんはそこには居ない。月並みな表現だが、別の人格と言っていいほどに変わってしまっていた。
 自分にイマイチ自信がなく、いつもぶっきらぼうで若干口下手で、僕に会えば碌に説明もせずに引き摺り回していた、そのくせ照れ屋で何処か肝心のところで一歩引いてしまう厄介な性格の女の子はもういない。
 代わりに立っているのは、自分が何者であるかを弁え、それに見合った衿持を持ち、周囲に暖かな視線を向ける薔薇乙女──漫画に描かれていたローゼンメイデン第五ドールさんそのもの、いやもっと典型的な偉いさん的印象さえ受ける人物であった。
 要するに、彼女は自分の存在に相応しい資質を取り戻したのだ。俗世での暮しが長く続いた他の姉妹達が忘れてしまった、あるいは隠してしまっている部分まで含めて。
 ボディが人形であるか、仮住まいしている人間のそれであるかは関係ない。要は中身の問題である。
 姿形は変化していないものの、それは残念人形どものトランスフォームなど足元にも及ばない大変身であった。──まあ、僕にとっては。
 もちろん、当事者の皆さんにとっても同様であるのは言うまでもない。
 加納さん姉妹がぱっと明るい顔になり、美登里と葵──いや翠星石と蒼星石の双子が一瞬遅れてそれに続く。

「お帰り、真紅ちゃん!」
「お帰りなさい。本当にお久しぶりかしら」
「……お帰りなさいです、真紅」
「お帰り」
「私はずっとここに居たのだから、帰って来た訳ではないのだけれど……ただいま」
「どうしてお前はいつも……なんで素直に言えないんだよ」
「それが真紅さ、ジュン君」
「それに、一言文句つけちゃうジュンも、やっぱりちび野郎のジュンなのです」
「どっちもどっちでいいコンビかしら」
「ほんと、帰ってきたって実感するわー。みっちゃん感激ーっ」

 まさか高速頬摺りするつもりではないだろうが、みっちゃん氏は今にも真紅に飛びつこうとしたところで金糸雀にまあまあと止められた。
 翠星石は感極まったのか目尻に涙を浮かべ始め、蒼星石がそちらにそっと近づく。ジュン君は一瞬だけ微妙な表情を見せ──結局真紅と翠星石の間の位置から動かなかった。
 柿崎が声を上げずに椅子から腰を浮かせた。松葉杖を音もなく引き寄せてよっこらしょと(口には出さずに)立ち上がる。
 それが合図だったようにテーブルの上の人形どもがこちらに集まってきた。
 実に意外である。先程までのはしゃぎぶりから見て、皆さんのところに殺到してぎゃあぎゃあ騒いでいてもよさそうなところだ。
 流石に空気を読んだというところだろうか。その辺りはコイツ等が最も苦手とするところ、というよりその手の思考回路は最初から付け忘れられているように思えるのだが。

 まあ、そんな場末の些細な出来事には関係なく、尚も主役達の場面は動くのである。
 今回場面を動かしたのは、それまで殆ど沈黙を保ちながらも独特の存在感を失わずに居た人物だった。いやいや、沈黙を保っていたのはきっと、自分の出番を劇的に演出するために違いない。
 水島先輩──いや水銀燈は、そういった演技さえ様になるほどの雰囲気を持っていた。



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