~~~~~~ 昨年秋、某所 ~~~~~~
「貴方の言いたいことは判ったわ。内容の真偽や、やろうとしてることの是非はともかくね」
「流石だな。理解が速いのは有難い」
「でも、何故私だけ?」
「何故、とは?」
「これを私にだけ話したのは何故かって訊いてるの。他にいくらでも居るでしょうに」
「君が一番相応しいと思った。それだけだ」
「ふん。おだてたって何も出ないし、出せるような状況でもないわよ。逆に見返りを要求したいくらい」
「見返りか……」
~~~~~~ その日、ある時刻から十数分前 ~~~~~~
あまり深く考えないことにしたい作業(この時点では事の重大さに気付いていなかったが)を早々に切り上げ、席に戻る。
繰り返すが席といっても中に何か入った段ボール箱である。まあ、この場の僕等には相応しいような気がしないでもない。
柿崎はちゃっかりとばらしーを抱っこして、まだどうも納得していない様子でじろじろと店長氏の方を見ている。まあ、柿崎的には何も解決してないと言ってしまえばそのとおりであるから致し方ない。
店長氏の証言が正しければ、彼が自分の都合で殆ど縁もゆかりもないボロ人形どもを改造したのは事実なのである。それも、後でぶっ壊す……訳ではないが、壊れることを前提として、だ。そりゃ、黒いのとえらく仲の良い柿崎にしてみれば徹底的に文句を言ってやりたいだろうさ。
でもしゃーねーだろ、と思ってしまう僕は、柿崎より少しドライなのだろう。
人形どもを抱っこしたり撫で撫でしたりとやっていて思い付いたのだが、これは結局どこで線引きをするかの違いなのだ。
人形どもについ肩入れしてしまうくらい関わった僕からすれば、コイツ等はその辺のゴミ捨て場に放置されてるがらくたとは若干違っている。
どっか不具合が出れば直してやるし、仮に欠けたり割れたりすれば修繕してやるにやぶさかではない(本人形どもがギャーギャー騒ぐから、という理由の方が大きそうだが)。本人形達がやる気満々だけに敢えて止め立てはしてこなかったが、ぶっ壊し合いを嬉々として望んでいる訳でもない。
例えばゴミ捨て場に放置されている五体満足な人形からパーツ取りしてコイツ等の修繕をしなければならないという話になったら、誰かに強く反対されない限り実行するだろう。そういうシチュエーションが今後あるかどうかは別として。
要するに、僕はゴミ同然のコイツ等と全きゴミの中間に明確に線引きをしているのだ。
店長氏の場合、当然線引きは別のところにされている。
僕等、凡百の人間と自分達の間に一線があるのは今更言うまでもない。薔薇乙女の皆さんも店長氏の側──線の向こう側に存在している。
残念人形どもは……まあ、改めて言うまでもない。一応薔薇乙女の皆さんと同じ西洋人形、多分似たような時期のアンティークドールという括りの中に入るものではあるはずなのだが、向こうさんの視点で見れば、それは蚊と人間は同じ生物であると言っていることと変わらないのだろう。
大事な薔薇乙女さん達のために、残念な古人形を拾ってきて、壊すのを前提で利用する。
言うなればお子様のために(壊されるのは折り込み済みで)玩具を買い与えるのと同じことだ。彼の中ではそれだけのことなのであり、だからどう、という事柄ではないのだろう。
価値観が違うのだからどうしょーもない。そう言うしかない。
柿崎も理屈はともかく、直感で判ってはいるはずだ。認めてやるのは少々悔しいが、こういうことにかけては僕よりもすっぱり諦める、というか割り切れるヤツなのだ。普段は。
逆になんとなく理解しているからこそ、何か一言言ってやりたい気分が募るのだろう。それもまた、しゃーないことである。
とはいえ、いつまでも険悪な雰囲気にしておくこともできんわけで。
~~~~~~ 第二十話 薔薇の宿命 ~~~~~~
「──いつまで口尖らせてんだよ」
「尖らせてないよ、別に」
「そうか? タコみたくなっとるぞ。こんなん」
「尖らせてないってば。ったく、暇なおばはんかアンタはっ」
「のわっ」
すぐ手が出るのがこの女の悪いところである。手に持った紙袋でこちらの頭をぽかり、というかばさりとやりおった。昨日の松葉杖と違って大層な勢いであった。
今も柿崎の椅子の脇に立て掛けてある杖を使わなかったこと、いや、袋の中に尖ったものやら固いものが入っていなかったことを感謝すべきかもしれん。袋は間の抜けた音を立ててびりびりと裂けたが、僕の頭は無事であった。
柿崎は辛うじて中身の零れ出なかった袋をためつすがめつし、わざとらしく呆れたような声を出す。
「あーあー、どうすんの桜田、破けちゃったじゃん」
「お前がやったんだろがっ」
「まー中身が出なくてよかったよかった」
「ったく……」
空気を読んだというのか、ぽかりとやって気分を切り替えてくれたのは良いのだが、矛先がこっちに向くのは問題である。
毎度毎度叩かれるこっちの身にもなってくれ。僕の頭の中身は、人形どもと違って目玉を粘土で固定してあるだけではないのだぞ。
それにしても、ぶち当てられた紙袋の中身は何だったのか。布か何かっぽい感触だったが。
柿崎はばらしーを膝の上から隣に下ろし、紙袋を開けて何やらごそごそやっている。
手元を覗き込もうとすると、ニヤリと笑ってこっちを見る。またしても悪巧みを思い付いたのか。
「何、中身気になってんの?」
「そりゃ、あの勢いでぶっつけられたんだからな」
「だいじょーぶ、崩れてないから安心しな。アンタの頭はそんなに鋭くなかったみたいよ」
「絶壁頭とでも言いたいのかよ」
「つーか頭の頂上が尖ってるヤツ結構いるからねー」
「あーそれは判る……いやそういう話してる場合じゃないだろ」
いかん。こいつと話してると話がどんどん明後日の方向に進んで行く。
柿崎はさっさと袋を閉じ、僕の逆の側に置いてまたばらしーを抱っこしてしまった。中身を尋ねるタイミングを微妙に外しやがったなこいつ。
まあ、いいか。盛大に脱線してしまったが、話を元に戻そう。
取り敢えず、元々店長氏に聞きたかったことの大部分は聞き終わった。柿崎がどさくさに紛れて要領良く(というか強引に)確認してくれたお陰で、最早ぶっ壊し合いをする必要がないことも確約が取れた。
後、聞きたいことといえば……。
「人工精霊の欠片は、人形どもから抜き出すなりして、元に戻すんですか」
「……そうしようと思っている。ホーリエは真紅のものだ」
「コイツ等が動いたり喋ったりすることはなくなる訳か」
「仕方ありませんが……お父様は残念がると思います……」
「私達だって残念よぉ。なんだかんだ言って、人間にズケズケ物が言えて自分で動けるのは便利だったわぁ」
「私は……動けなくてもお父様に愛してもらえればそれで……ぽっ」
「あーはいはい。乞われて作られた子は何かにつけて得なのだわ。それに比べて……」
「ジュンも少し見習うべきかしらー。誰だってばらしーみたいに愛でて欲しいかしら」
「そーですぅ。ジュンはお人形に対して愛情がなさ過ぎです。五体も所有してますのにぃ」
「たまには抱っことかお散歩とかして欲しいのー。ねー蒼星石」
「僕はたまに頭撫でてもらえるから……えへへへ」
「お前等今んとこ勝手気侭に動いてるだろうが。今日なんか全軍で学校まで遠征して来やがったくせに」
お陰で大惨事だったではないか。しかもここまでの会話の流れに何一つ役に立っておらん。
第一、僕は快適な(……とは言い難いが、まあそこはそれというやつで)一人暮らしの家に勝手に次々と押し掛けられただけであって、こっちから求めて所有した覚えはないんだが。これっぽっちも。
店長氏によれば適当に見繕った中に居たのが僕であって、多分名前が合致していたことが最大の選定理由だろう。相性もヘッタクレもなく、まさに押し付けに他ならない。まあ、今更ではあるけどな。
それにしても、よく邪魔の入る問答である。まるで先に進まない──
と思っていたら、また柿崎が横から口を挟む。こいつは先に進める気満々である。おまけに遠慮というものが全くない。
「しっかしー、店長さん凄いですよねー。人形に動力与えたり抜いてみたり、記憶を与えてみたり。そんなことできる人って漫画の作中にいましたっけ?」
「いなかったら誰がローゼンメイデンさん達作ったんだよ」
「いやー、そりゃローゼンさんは万能の神様なんだけど。でも本人全然出て来なかったじゃん? それっぽいカッコでは」
「……そうだったっけ? エンジュさんとおんなじ姿じゃなかったか?」
「それはアニメ。槐さんもアニメオリジナルだってば。アンタはもうちょい漫画に興味持って読み込みなよ。せっかく雪華綺晶さんが作ってくれたんだから。マエストロなんでしょーが」
「うっさいわい。名前が同じだけだろうが」
「えー? さっき緑色の髪の子が言ってたよ、アンタはみんなのマエストロだって」
「あー、そっちかよ……」
「森宮ちゃんに認定されたみたいじゃん。良かったねー、ローゼンメイデンのお墨付きだよ」
ぷぷぷ、と口に手を当ててわざとらしい声を上げる。何が良かったねーだ。まあ確かに言われたけどな。
まあそれはいい。
店長氏の正体は僕も気になっている。なんとなく予想はしているのだが、それだと少しばかり疑問も出てくる。
取り敢えず、エンジュさんではなかったようだ。つかアニメだけのオリジナルキャラだったのか。道理で漫画で見かけなかった訳である。
そうなると──
「──苦戦中ね」
戸口の方から、やや張りのない声がする。振り向くと、まだ失神から覚めたばかりなのか、疲れたような表情の水島先輩がドアの枠に背を凭せ掛けるようにして腕を組んでいた。片手で乱れてしまった髪を直している。
店長氏の顔が微妙に苦っぽいものに変わった。彼女の言葉に反応しただけ、とは思えない。何かもう少し複雑な感情が渦を巻いている。
水島先輩も当然それは見て取ったのだろう。背を離して室内に歩み入った。デスクを挟んで店長氏を見下ろすような形になる。
慌てて立ち上がり、どうぞと席を勧めてみたが、苦笑いして首を横に振られた。まあ、そりゃそうだわな。段ボールだし。
とはいえ、また席に戻るのも二人の邪魔をしているようで居辛い。僕は纏わり付いてくる人形どもを引き連れ、立ったまま柿崎の脇の方に後退した。
店長氏は顔を上げ、水島先輩の顔を見詰める。水島先輩は静かな、しかしシニカルな笑いを浮かべた。
「いいざまね。子供に遣り込められて」
「……らしいだろう?」
「開き直ってる場合じゃないでしょうに。口が達者じゃないのは判ってたけど、もう少しどうにかならない訳? 何時まで経っても貫禄が付かない男だこと」
「君だって子供じゃないか」
「状況が理解できないの? 今度はその私にいいように言われてるのよ、貴方。全く、どうしようもないったら」
水島先輩はやれやれと肩を竦め、それでどうするつもり、と尋ねる。店長氏は片眉を上げ、僕等をちらりと見遣ってから、それは君達次第だ、と答えた。
念の為に言うと僕等部外者に向けた台詞ではない。あくまで会話対象は水島先輩……いや、水銀燈である。
それはいいんだが、何なんだ。この別れた恋人同士みたいなやり取りは。
水銀燈に恋人なんていたっけ? 契約者の愛毬さん……いや柿崎めぐさんか、専らそっちに拘っていたような印象しかないのだが。言うなれば百合百合しい御関係というか、逆に恋愛以前というか。
いやまて。そういう先入観は宜しくない。僕の知識源はどちらもうろ覚えの漫画とアニメであり、それはキラキーさんが監修の上制作されたものだという。実際の彼女達の細かい事情なんかを細大漏らさず網羅してる訳じゃーないだろう。
例えば描かれてない人間関係があったとしても不思議はない。また、それこそこちらの世界に生まれ変わってから──じゃなかった、水銀燈さんが「水島真希」さんに取り憑いたような状態になってからの数年間のあれこれなんぞ知る由もないのだ。
ただ、この口調は微妙に気になる。まるで水島先輩は──
「──君達次第、っていうよりは真紅次第でしょ?
あの子も因果なものね。記憶が無いなりにこの世界に馴染んで来て……自分の道を見付けかけていたのに、その相手に後戻りの切っ掛けを作られるなんて。
それが私達……薔薇乙女の宿命なのかもしれないけれど。
結局、自分の勝手な方向に進むことは許されない、避けられないゲームをするために作られた人形ってこと」
こちらを真っ直ぐに見る。貴方達とは違うのよ、と言っているようだった。
ごもっともである。僕は頭を下げた。
「ホントすいません。余計なことやらかして」
「謝る必要はないわ」
「いや、目論見って言ったらアレですけど、店長さんの予定がひっくり返っちゃったのは事実ですから」
「まぁね。でも私自身、理不尽なことを言ってるのは理解してるつもりよ。動く人形──有り得ない妙なモノを貴方達に渡して、引っ掻き回したのはこっちなんだから」
「はは、まーそれは……。でも、一つだけ言わせて貰っていいっスか」
「どうぞ。言ってご覧なさいな」
水島先輩の言葉は、なんというか、水銀燈のイメージとは少しばかり違っているような気がする。
最初に会った時から思っていたのだが、如何にも年上という感じだ。包容力があって、そうだなぁ、森宮さんのお姉さん(桜田のりさんに当たるはずだな)に何処か通ずるところがある。
まあそれはともかく、今は御言葉に甘えて。
「今日ここにやって来て、余計なことを尋ねたのは全部僕の思い付きです。色々と台無しにしちゃったのは申し訳なく思います。
でも、こうなったことは森宮さん……真紅って言ったらいいのか微妙ですけど、とにかく彼女自身にとって後戻りなんかじゃあないって思うんですよね。
波風が立たなくても、彼女はあとほんのちょっとで自分から目覚めてたと思います」
簡単に、これまでの経緯を説明する。
森宮さんは自分の周りがちょっと変なことに随分前から気付いていた。その変な部分の謎解きをしたいとも考えていた。ただ、それを中々実行に移せなかっただけで。
それを、僕というお邪魔な存在が近くに出没するようになったお陰で、漸く踏ん切りがついたのが昨日の晩なのだ。
僕というよりも残念人形の方を想定していたのだろうが、ともかくも僕等が彼女に接触するように仕向けたのは店長さんである。まー、そういう意味では切っ掛けを作ったのは僕というより店長さん自身と言えるかもしれん。
まあその辺りはどうでもいいことだ。店長氏がなにか画策しようとしまいと、僕なんかの存在があろうとなかろうと、彼女はいずれ何等かの方法で自分の周囲の謎を解き、そしていずれ目覚めただろう。それは間違いない。
彼氏ができた振り、なんてオママゴトみたいな仕掛けをして、周囲が慌てたらストレートに切り込む。思慮深いはずの真紅が考えたにしては幾らかしょっぱい作戦だが、彼女自身がやる気になっていたのだけは確かだ。
ローゼンメイデンの漫画の台詞で言うなら、彼女はもう自分の扉の前に立っていた。
後はドアノブに手を掛けて押し開けるだけになっていた。直接の切っ掛けは何でも良かったのだ。
「ですから、今晩の店長さんの……なんつーか、ネタばらしは望むところだったはずです。結果の方は、望んでいたモノだったかどうかは判りませんけど。
でも、森宮さんがどんな決断をしても、それは少なくとも後戻りじゃないと思うんです。
考えて、悩んで、自分で選び取った、前向きの道なんです。僕はそう信じてます」
俳優ならともかく、ふっ、という笑いが似合う女の人は中々いない。と思う。十代であれば尚更である。
しかし、水島先輩はその数少ない一人だった。可笑しさと寂しさと諦めとちょっとした上から目線と、それから……なんというか優しさを綯い交ぜにした笑いを口許に浮かべ、ちらりと店長氏の方を振り返る。
「……だ、そうよ。良かったわね」
「ああ」
「ありがとう、桜田君。あの子自身はともかく、今の一言でここにいる人間が一人、救われたわ」
「いやあ、そんな大層なつもりは」
「こっちが勝手に感謝したいだけよ。何もかも受け取る側の問題ってこと。──貴方の言ったことと同じでね」
水島先輩は何やら難しそうな台詞を口にしてからデスクを回り込み、店長氏の隣に立って僕等──二人と七体を見回してにやりとした。
あまり面白い眺めじゃあないはずなんだが。殊に残念人形どもは。さっきは一撃で沈没してしまった訳だし。
だが、水島先輩は今度は顔色一つ変えなかった。慣れるのが早いのか、さっきは何か特別だったのか。
「怪我をしてる柿崎さんには悪いけど、少し二人だけにしてくれる? ちょっと、この男に説教してやりたいことがあるのよ」
「あ、ぜーんぜん悪くないですよ。もうギプスに慣れてますし」
「そーいう問題じゃなかろうが。ほれ、手ぇ貸してやるから立て」
「おうセンキュ。珍しく気が利くねえ桜田」
「明日はドカ雪が来るかも、ってか。ほっとけ」
軽口を言い合いつつ、柿崎を立たせる。松葉杖を持たせるのは忘れない。
ちなみに昨日のバスの一件から判っているが、先程も両手で段ボールを抱えて店内に入って来たように、こいつは割合平気で杖なしで立ち上がり、興が乗れば歩く。既に痛みがないのか妙に我慢強いのか知らんが、傷に悪いことだけは間違いない。
柿崎を前に立て、人形どもを追い立てるようにして控え室兼事務所を出ると、後ろで静かにドアが閉じた。
また謎が増えた気がする。それも、都合良い解説者が出て来てくれない方のやつだ。
どういう関係なのだ、二人は。恐らく店長氏の画策した事柄には水島先輩が関わっていたのだろうが、それが何故なのかも判らない。
店長氏の正体といい、なんというか──
「──ジュン」
「森宮さん、起きてたんだ」
「ええ。みんな、ね。水島さん──水銀燈は、事務室に行ったと思うけれど」
「うん、今は店長さんと話してる」
「そう。……ごめんなさい、急に気を失って。手を掛けさせてしまったわ」
「いやこっちこそ毎度ごめん。このアホどもがいきなり動き出すから」
アホ扱いされたのが頭に来たのか、人形どもは口々に抗議を始めたが、はいはいと適当に受け流す。いちいち取り合っていては始まらない。特に、今はシリアスな話をしているところである。
他の面子は、と室内を見回すと、アツシ君と美登里、加納さん姉妹のペアがそれぞれ肩を寄せ合って人形の棚を見ている。加納さん姉妹はともかく、美登里がアツシ君と妙に仲睦まじいのは、意外なようでもあり当然のようにも思えた。
葵だけはテーブルに座って外を眺めていた。何やら絵になる様であったが、柿崎がひょいひょいと遠慮のない動きでそっちに向かい、馴れ馴れしく隣の椅子に座ると、如何にも久闊を叙するといった具合に話しかけてぶち壊しにしてしまった。
まあ、柿崎はそういうヤツである。よく似ていると言われるが、僕の性格を何百倍か厚かましくしないとああはならんのではないか。
幸いなことに、葵は機嫌良く柿崎と話し始めた。好悪はともかく機嫌の方は割合顔に出る性質だから、少なくとも柿崎に邪魔されたとは思っていないのだろう。
森宮さんはそんな強引な様子を苦笑しながら眺めていたが、こちらを振り向き、出ましょう、と小さな声で言う。
僕は頷き、人形どもに散れと言おうとしたが、珍しいことに連中は二人一組になった皆さんの方にめいめい勝手に寄って行ってしまっていた。好都合といえば好都合なのだが、気を付けろよ。足でゴツンとやられたらそれで燃えないごみ袋に直行と相成りかねん。
こちらを向いている森宮さんに肩を竦めてみせ、彼女に続いて店を出る。
チビの僕が言うのも何だが、彼女の小さな背中が、普段よりずっと小さく思えた。抱き締めてやらないとそのまま消えてしまいそうなほどに。
そして残念ながら、抱き締めるのは僕の役目じゃない。
──それが私達……薔薇乙女の宿命。
少しばかりイライラする。なんで桜田ジュンは、こんな大事なときに彼女に何もしてやろうとしないんだ。
後ろ手に、やや乱暴にドアを閉めて辺りを見回す。
商店街の外れの街路は既に殆ど人影もない。周囲の店が閉まり始めて街灯だけの薄暗い中、三月初めの夜風が容赦なく出迎えてくれた。
少し不決断な風の森宮さんを促して、二人で近くの自動販売機に歩きながらふと考える。
寒くてうら寂しい光景だ。脇役がヒロインにさよならされる場面には相応しいのかもしれない。
~~~~~~ 昨年秋、某所 ~~~~~~
「もし、全てが振り出しに戻ったら」
「……何の話?」
「仮定の案件だ。未来の案件でもある」
「雲をつかむような話ね」
「いや、これは確約できる。もし振り出しに戻ったら、私は君との古い約束を果たそう」
「それが見返りってこと? そもそも貴方と約束なんかしたかしら。忘れちゃったわ」
「したさ。遠い昔、「巻かなかった世界」で」
「……今更、そんなこと。それもこんな馬鹿みたいなコトになってから? 笑っちゃうわぁ」
「だが約束は約束だ。もし、全てが振り出しに戻ったら、私は──僕は君の媒介になる」
「そう。好きにすれば? そのときは、遠慮無く好きなだけ力を使わせて頂くことにするけど」
「そうしてくれ。水銀燈」
「殊勝になったものね、「巻かなかった」桜田ジュン」