やあ、桜田潤です。今回は学校に来ております。って毎日登校してるんだけどさ。
いかに怠惰でいい加減な生活を送っていても、学校には通っております。スパーヒキーではありません。
ってか、義務教育ではないので引き篭もってりゃ留年とか退学もあるわけで、そうなると今春からラオスだかミャンマーの関連工場に出向させられてしまった親と、僕一人になっても築五十年の一軒家の社宅を使わせてくれてる有り難い会社様に申し訳が立たないのであります。
ぶっちゃけた話、高校の間だけはここに住めるって話らしいんで、留年や退学なんぞしてたら最悪追い出されちゃうんだよ。まあ、引き篭もる気もないけど。
んで、なにゆえこんな処から話を始めたかというと、同級生と会話する場面のためである。
といっても、爽やかな高校生活のひとコマを切り取るわけではない。
「アンティークドールねぇ。遂にそういう趣味に目覚めたんだ。さすが邪夢の名を持つ者」
「一言余計だろ、いや全部余計か」
「で、その人形の関係で、なんで僕に話が来るのさ」
「スルーかよ。……取り敢えず、安い人形サイズの服売ってる所って心当たりないか?」
「服……通販は高そうだな。ヤフオクとかで手に入れれば?」
「いやそれでも結構なお値段するんですけど」
「じゃ、自分で作ればいいじゃん。お手の物でしょ、邪夢君だけに」
「殴るぞ」
こいつは石原。ちなみに邪夢というのは、例の漫画のJUMってところから始まってJUM→ジャム→邪夢らしい。
なんかアニメファンみたいなヤツに付けられてそのまま広まってしまった。
なんでも秋子さんという人の必殺技でオレンジ色で甘くないとか。元ネタは知らないが、僕は必殺技なのか。せめて知的生命体とは行かないまでも動物でいたかった。嗚呼。
しかし、石原も碌に知らないのか。そういう辺りに強そうだったんだがなぁ。
なんで服を探しているかと言えば、理由は簡単である。
赤いの・黒いのは汚いとはいえまだ洗濯できる範囲の汚れだったが、うにゅーっとしたヤツは既にそういう域を越えていた。
どういう方法で保管を為されていたのか知らないが、体の右半分は見事に紫外線の影響で色褪せ、左半分には黒カビが繁殖していたのである。
案外日は当たるけど湿気っぽい場所で左側を下にしてずっと放置されていたのかもしれない。嫌過ぎるツートンカラーだった。
取り敢えず服は洗濯してみたものの、左半分はうちにある洗剤では漂白しないとカビの色が抜けないレベルだった。致し方なく慣れない漂白なんてものをしてみたら、今度は服の生地自体が劣化していてボロボロになってしまったというわけである。
唯一救いがあったのは、洗濯したりボデーを拭いたりしている間、何故かきゃっきゃっと喜んでいて抵抗しなかったことくらいだ。ちなみにそれでもボデーの黒ずみは完全には取れずじまいだ。
適当な布を被せても嫌がらなかったので、今は見様見真似でタオルで貫頭衣もどきを作って被せてある。寒いとか恥ずかしいとかいう感覚はないようで助かったが、流石にこのままというわけにも行くまい。
というか赤いのがギャーギャー煩いのだ。服くらい着せてやれとかお父様の作ったドレスがどうとか。
悪いが特に後者のほうは意向に沿いかねる。漂白してボロボロになった布切れは燃えるゴミの日に出してしまったからな。
昨日下校してからあんまり煩いのでそう言ってやったら、今朝起きたら顔が薔薇の花びらでパックされた状態だった。
それで已む無くこういう次第になっているわけだが、やることが陰湿だぞ赤いの。
「まあ、詳しい人なら知らないでもないけどさ」
「おお、さすがは石原! 無駄に妙な交友関係持ってないな!」
「持つべきものは友人ってやつだよね。それが変人であっても」
「自分で言うなよ……で、誰? その詳しいってやつ」
「文芸部の森宮さん。森宮留美、だったかな。五組の」
「……いや、フルネームで言われてもわかんない」
「だろうね。ま、昼休みか放課後にでも図書館行けば会えるよ。いつもど真ん中で本積み上げて読んでるからすぐに分かる」
へえ、と思った。同時に、正直あんましお友達になりたくないタイプだろうな、という予感もある。
なにしろ石原に変人と言われるほどのヤツ、というか女子だ。「腐」がついたり、ドール趣味が某漫画のみっちゃんレベルだとしたら危険がデンジャーである。
ていうかなんでど真ん中なんだ。普通は端っことか書架の近くってもんだろう。それか出入り口の近くとか。
まあそれでも、僕の裁縫とか諸々の図工的手腕が残念なものである以上、低コストで服が買える情報を持っているならば四の五の言ってはいられないのである。
放課後、嫌な予感をひきずりつつ図書館に向かうと、その人は確かに真ん中にいた。机の上に分厚いハードカバーを何冊か積み上げて。
「残念だけれど、取り立てて安価なドール服のショップは知らないわ」
「そっか……残念」
「でも、MSD用のローゼンメイデンの着せ替えドレスなら一通り持っているわ」
「……なるほど」
「やはりあの姉妹の中では真紅と水銀燈が一番映えるわね。雛苺や翠星石も可愛らしいけれど」
「は、はあ。さいで」
金持ちだなぁ。あの服ってオクでも一着二万円近くするだろ。それが六種類、いや紫やら白いのまで持ってれば八着か?
僕の小遣い何か月分に匹敵するんだよそれ。それを高が人形の着せ替え衣装で……
まあ限定品のSD真紅とか定価で十万超えって話だが……なんにしても同じ公立高校に通ってるとは思えない所得格差であることよ。
しかし、詳しいってやっぱりアンティークドールじゃなくてボークスの球体関節人形とか某作品方面じゃねーか。石原、役に立たない情報ありがとう。半分分かってたけどさ。
変なこと聞いてごめん、と言ってそこを離れようとすると、待って、と呼び止められた。
「サイズが合うなら着させてあげても良いわよ」
「え、マジで?」
「ええ。折角のアンティークドールなのに、そんな状態では可哀相だもの」
「ありがとうございます!」
「その代わりと言っては何だけど、そのドールを見せて貰ってもいいかしら。サイズ合わせもあるし、実物を見てみたいの」
「ええもう、そっちはぜんっぜん構いませんって」
っていうか見て気に入ったらお持ち帰りしていただいて全然構いません。ついでにたまに来襲する(はずの)黒いのも含めて。
まあ、よほど濃いいアンティークマニアでもない限り気に入ることはなさそうだけどさぁ……。
あんなでかいものを二つも学校に持って来るわけには行かないんで(しかも長時間置いておくには梱包が必要だろう。暴れないように厳重に)、うちの近くの児童公園で落ち合うことにして、僕はその場を離れた。
入り口で振り返ると、森宮さんはもう分厚い本に視線を落としていた。
居るもんだなぁ、リアル長門有希。趣味はちょっとアレみたいだが。
それが初見の偽らざる感想でありました。