~~~~~~ ここではない時間軸 以前 ~~~~~~
「私は……完全でなくてはならないのよ。それは、あなたが人間で……私は、ドールだから」
「私達ドールは人間のように老いることも滅びることもない……」
「翠星石は、御人形ですもの。御人形が成長しては、世の中あべこべですものね……」
「私達は人形でジュンは人間よ。いくら深い想いで繋がったとしてもそれは変わらない」
「……薔薇乙女は変わらない……? 世界に残されたまま塵になるまで……? いいえ真紅違うんです、そんなのは綺麗事です」
~~~~~~ その日、ある時刻から数十分前 ~~~~~~
柿崎と店長氏にも手伝わせ、のびてしまっている七人の侍ならぬ薔薇乙女関係者の方々を取り敢えず楽な姿勢にさせる。
ベッドかソファに横たえたいところだが、如何せん狭苦しい上に大きめのテーブルまで置いてある人形屋の店内である。到底そんな場所はない。殆どの皆さんは椅子に座って貰うような形になってしまった。
最もワリを食ったのがマエストロたるジュン君……じゃなかった、アツシ君(まあ、今のところは)であったのは致し方のないところだろう。床に座って壁に凭れる形だが、ここはまあ唯一の男性として我慢してもらうことにする。
森宮さんを寝かせる役はごく自然に店長氏が担当した。それまでの仏頂面は何処へやら、妙に優しい目になって椅子に座らせる姿は、まるで自分が精魂込めて作った等身大の人形を扱うようにも見えた。
柿崎はこちらを見て頻りにニヤニヤしていたが、なんなのだ。いや言いたいことは大体想像つくが、こんなときにどうしろってんだよ。
そりゃ、テメーでさっさと彼女を抱き上げるなりして楽な姿勢を取らせることはできたさ。でもな、彼女は僕の同窓生である森宮留美さんであると同時に、薔薇乙女の真紅さんでもあるという話なのだ。なら、関係者の意向を汲んで一歩引くのがこの場の正しい判断だろうがよ。
「肝心なところで引っ込み思案なのねぇ」
「もう二度も抱っこして介抱してあげてるから、新味がないのかしら。この年頃の男の子は常に刺激を求めるものなのかしら」
「そ、それってつまり次は……アレってことになるですぅ」
「アレってなんだい?」
「あ、アレは……アレなのだわ。恥ずかしいことを言わせないで頂戴」
「アーレー御代官様ー、ぐるぐるぐるー、なのー」
「それは……ちょっと違うと思います……帯がないので……」
「半端な知識で人様を言いたい放題語ってんじゃねーぞこの人形どもが」
それも本人の目の前で。しかも最後のはなんだ。再放送の時代劇の見過ぎかよ。
僕が怒ってみせたのを見て興が乗ったのか、残念人形どもはひとつところに寄り集まって更にギャーギャー騒ぎ始めた。どうせ一喝して大人しくなるような連中ではないので無視する。一度は窘めたという事実が重要なのである。
しかしまあ、なんだ。
自分達の動力源の正体と、躍起になって取り組もうとしていた(というか止めろと言ったのを無視して実質続けていたヤツもいる)アリスゲームの名前を冠した単なるぶっ壊し合いの裏事情が、両方共あっさりとネタバレされてしまった訳だが、どの人形もそれには一向頓着していない様子である。
これが人間と人形の違いってヤツなのかねぇ。それとも、人形どもの性格やら何やらも店長氏が作り付けたモンで、バレた後のことまで考えてしっかりとプログラミングなりしてあったということか。
まあ、そこまでやったのかどうかは定かではない。しかし少なくとも人形どもに動力ユニットを埋め込み、戦うよう動機付けしたのはご本人の口から直に語られたとおりである。
そんな摩訶不思議な仕事をやってのける店長氏とは一体何者なのか。まさか、ローゼンメイデンさん達の「御父様」ご本人だったりするのか? それにしては妙に人間臭いというか、こう、私凄いんです的オーラみたいなものが見えないんだが。
いやそれはいい。誰であっても目の前にあるコイツ等(今は店内の人形を品評して回っておる。ばらしーの時にも思ったが、良い物を良いと思う感性を持っていることだけは評価してやっても良い)に妙なモノを仕込んだと自らのたまったことに変わりはない。
本人形達はあまり頓着していないのかもしれん。しかし残念人形五体、襲撃に来ている黒いのとばらしーを含めて実質全ての人形の面倒を看てやっている僕としては、如何にも「その辺の適当なブツを利用しました」的な印象も含め、彼の事情と真意の程を知りたいのである。
~~~~~~ 第十九話 人形は人形 ~~~~~~
控室兼事務所のようなごく狭い部屋の中で、僕と柿崎は店長氏と向き合って座った。
テーブルもないのでデスクの周りに適当な折り畳み椅子と何かの箱を並べての会合である。それでも何故か暖かい紅茶は振る舞われた。店長氏手ずから淹れてくれたものである。
見事な香り、と感嘆すべきところなのかねぇ。
家でも(ローゼンメイデンかぶれの赤いのにせがまれて)スーパーに売っていたティーバッグを何種類か常備してはいるが、精々数日に一遍かそこらしか飲まない僕としては、その良し悪しまではイマイチ判らん。ただ、いい匂いには間違いなく、そして気絶した女の子達を抱えてあっちだこっちだとバタバタしていた十数分から解放されたような気分にはなれた。
とはいっても、これから話す内容はまたもや(少なくとも僕にとっては)糞面白くもなく、同時に息詰まるような内容になってしまうのだが。
さて尋ねるぞと気合を入れる代わりに、段ボール箱の上で背を伸ばしてふうと一息つく。
しかし口を半ば開けかけたところで、僕の言わんとした台詞は横合いから掻っ攫われてしまった。間抜けなことこの上ない。
「早速なんですけど店長さん。あの人形達にローゼンメイデンの真似をさせたのはどうしてですか?」
「……おい柿崎、そりゃ幾らなんでもストレート過ぎじゃ」
「良いじゃん。あたしはそれが聞きたくてここに来たんだしさ。それに、あの人達の前じゃー言えないようなことでも、今なら聞けるかもよ?」
「まあ、そりゃそーかもしれんが」
「あんたも聞きたいっていうか、文句の一つも言ってやりたいんじゃない? 人形押し付けられて、しかもあんなに懐かれてるのに、いっきなりタダの道具でしたって聞かされてさ」
「……まあな」
いや、まぁな、どころじゃない。実にそのとおりである。曖昧に答えたのは、正直に認めるのがなんとなく癪だったからに過ぎない。
時折こういうことがあるから、柿崎という奴の評価が僕の中で定まらなくなる。
ひょっとして僕の態度を見て気を回して、自分から切り出してくれたのか? いやいや、こいつに限ってそんな細かく空気を読むようなことは……。
まあ、どっちでもいいか。一応腹の中でだけ感謝を述べておく。いつか機会があったら口にしてやることもあるかもしれん。
柿崎は別段僕に何かそれっぽい仕種を見せることもなく、さっと店長氏に向き直った。いつもながらの直截で判り易い、悪く言うと餓鬼のように幼い上に容赦がない口振りで、尋ねるというよりは訊く。
「例えばこの店の中にもドール沢山ありますよね。薔薇水晶みたいに全部店長さんの自作じゃダメだったんですか? あんなに何体も見つけて来るの、結構大変だったと思うんですよ」
「……ああ」
「なんででしょ? 第一、あの人形達ってローゼンメイデンと全然似ても似つかないですよね、作った人の苗字が似てるくらいで。オママゴトってゆーかアリスゲームもどきまでさせる必要、あったんですか?」
「それは……」
「ローゼンさんが実在した人かどうか知りませんけど、アリスゲームが切瑳琢磨か壊しっこなのかも知りませんけど、身内でやる分には何してもらっても構わないって思うんですよ。でも、あの人形達は違いますよね? 作った人も、作られた経緯も」
「そうだな」
「どうして自分が作った人形にやらせなかったんですか? 何か理由があったんですよね。そこらに落ちてる人形を有効活用しただけ、じゃないと思うんですけど」
餓鬼っぽさ満点なだけに、質問が続いている間は合いの手も思うように入れられない。あまり早口で押してる雰囲気はないんだが、開き直って聞く耳を持っていないぞと宣言しているような台詞と口振りが実に始末が悪い。
どうにも口が上手そうではない店長氏は防戦一方になってしまった。まるで先程のリピート映像を見ているような案配である。
柿崎の指摘した点は当然のように僕も同感であり、どうも好きになれないのだが、店長氏は彼なりに真面目な人物ではあるのだろう。こういうときははいはいと適当に聞き流して、相手がそれに気付いたところでこっちの言いたいことを纏めて言ってやれば済むといえば済むところを、方便としてもそういう不真面目な態度は取れない性格のようだ。
柿崎の方も流石に一方的に遣り込めるつもりはないらしい。言いたいことは一応言ったという風情で、身を引き気味にして店長氏の言葉を待つ。
店長氏は少しばかり雑な仕種で紅茶を口に運び、カップの中の液体を飲み干した。イライラを抑え込もうとしてるようにも見える。まあ、無理もないか。
「君達から見れば、身勝手そのものに思えるかもしれない」
「そりゃまあ、僕等は一応人形どもの世話してる訳で」
「あたしは別にって感じだな。だって、上の人ってそーいうもんじゃん、大抵」
「……言ってくれるね」
「建設業の下請けの下請けですからね、そーゆーの慣れてますから」
そりゃ、お前じゃなくて親父さんのことじゃねーか、と突っ込むのは控えておこう。
柿崎の親父さんは工務店をやってるが、この不景気で色々と大変なのである。僕にも時折バイトのお鉢が回ってくる(大抵唐突に話が回って来て週末一杯肉体労働させられる訳だが、金を貰っているのだから「駆り出される」と言っては失礼に当たるだろう)くらいだから、柿崎はもっと頻繁に手伝わされているに違いない。
手伝っていないときでも仕事関係の応対なんかは嫌でも目にすることになる。事務所が居間の隣だから仕方がない。
柿崎から見れば、そういう職業もあるとは判っていても、店長氏のやってることなどは丸々お遊びに思えてしまうのかもしれん。体動かしてなんぼ、人使ってなんぼ、怒鳴られて頭下げてなんぼ、の仕事とは少しばかりベクトルのずれたところの商売だから。
……なんか一気に話が俗世の方に傾いてしまった。もっとも、致し方のないことではある。
僅かな沈黙の後で、まあそんな感じなんで気にしないで続けてください、と柿崎は先を促した。流石に言い過ぎたと自覚したのだろう。
店長氏はまた続きを言いづらそうな顔になったが、頷いて重そうな口を開いた。
優柔不断という訳ではないんだろうが、このなんとなしの頼りなさというか、悪い意味での育ちの良さ的な何か。うーむ。何処かで見たことがあるような気がしてならない。
「この世界に来て、状況をほぼ理解してから、私はこの世界でのローゼンメイデンの痕跡を探し始めた。ここが「巻いた世界」か「巻かなかった世界」か、あるいはどちらでもないのか、それで判断がつくと考えたからだ」
「……で、結局のところ、三番目だったってことですかい」
「そう。世界については、「巻いた世界」でも「巻かなかった世界」でもない」
「葵の書いた小説にもあった、末の枝ってヤツですね」
「よく覚えてたね桜田。らしくないじゃん」
「ほっとけ」
「……そこでもう一つのことが判る。この世界には、ローゼンメイデンとマスターが夢を繋がれた人々以外に、本来のマスター達の同位体が──「巻いた」ジュンに対する「巻かなかった」ジュンのような存在が居たはずだ」
「当然、あたし等のことじゃーないんですよね、それ」
「ここじゃない何処か、僕等でもそっちのマエストロの憑依先の森宮アツシ君でもない誰かってことか……」
「……ならば、ローゼンメイデンの代わりに何かがあるかもしれない。例えば一字違いの人形師に作られたアンティークドールなどが」
「そうやって調べてって見付けたのが、あの残念な人形どもだったってことですか」
「ああ。だが、全く違っていた。姓が一字違いの別人、でしかなかった」
「出来はアレだもんな……。どう見ても全くの別物っスよね」
「類似点はない訳ではない。だがそれ以上ではない」
「だからって、見付けた人形に壊し合いをさせることはないですよね? その辺の理由を聞きたいなーって」
僕と店長氏の和みかけた会話に割り込み、柿崎は如何にも上辺だけの愛想の良い笑顔を見せて催促した。店長氏の相変わらずの婉曲な話し振りに、イラッときた様子が見え見え……というより、わざとそう見せているような気配がある。
ガサツに見えて、というか実際ガサツなのは間違いないが、こういうところだけは知恵が回るのが僕とは違うところである。まあ女性だから、と言えなくもない。
ともあれ、やや神経質な雰囲気のある店長氏は、当然のように柿崎の態度に気付いた。済まない、と謝り、くだくだしい経緯は省いて続きを話し始める。
彼が六体の残念人形ども自動残念人形に改造し、自分が魔改造したばらしーを加えて七体とした人形どもに益のないぶっ壊し合いをさせることを考えた理由は、いつまでも目覚めない真紅に対しては覚醒を促し、他の姉妹に対しては現状を問い直す切っ掛けを与えるためだった。
彼女が目覚めるか、他の姉妹達がアリスゲームが終わっていない現状に気付けば、自分を含むローゼンメイデンの関係者一同はこの状態を脱することができる。そう店長氏は考えた。
あるいは、彼女達は状況を知った上でこの夢の世界にいつまでも(とは言っても宿主となった人の死が訪れるまでではあるが)居残りたいと考えるかもしれない。それはローゼンメイデン達の判断に委ねれば良い。
ローゼンメイデンが漫画、及びアニメとなって存在する世界で、それとは別口に「生きた人形」がいて百年以上前からアリスゲームをしている。しかも、それらが自分達のごく近いところに居る。
つまりこの世界には、森宮さん達の他にローゼンメイデンを名乗るモノが、以前からもう一種類存在することになる。
どの世界を通じてもそれぞれ一体ずつしか存在しない、のがローゼンメイデンさん達のタテマエだ。複数存在するということは有り得ないはずだし、これまでは確実にそうだった。
おかしな事だ、理屈に合わない、と考えるだろう。
もし矛盾に気付かなくとも、残念人形達に興味を持ってくれれば容易に事態の糸は店長氏に繋がる(まぁ、ばらしーの製作者ではあるし)。そこから徐々に考察してくれれば良いという理屈だ。
彼は人形どもの大家として真紅(である森宮さん)達の同窓生である僕、そして中学のとき僕と蒼星石(葵)の同級生だった柿崎を指定した。
僕がジュン君と同姓かつ名前の読みが同じだったこと、僕等二人が石原姉妹と中学からの知り合いだったことは偶然ではない。お誂え向きの人間をピックアップしたという訳だ。
彼としてはここから森宮さんなり他の姉妹さん達なりが自分で異常に気付き、少しずつ謎を解き明かしていって欲しかったに違いない。
残念ながら、その目論見はどうもちぐはぐな形になってしまったようだ。
現に、先程の呼び出しの内容を考えると美登里は僕を、真紅の覚醒を促す件に積極的に巻き込もうとしていたらしい。しかも、少なくともあの場では、僕が無自覚に残念人形関係の話を振っても「この世界ではそうなってるんですね」みたいな反応しか示さなかった。人形もゲームもどきも不要だった訳だ。
森宮さんにしても、本当にゆっくりではあるが自分を取り巻く何かに疑問を持ちつつあった。いずれ、何かの形で実現していただろう。僕と出会って数ヶ月してから漸く話を持ち出してきたのは──まあ元を辿れば店長氏のお陰なのかもしれんが。
そして、今日ここに乗り込むことを決めたのも、実際いま店長氏に膝詰めで談判しているのも、薔薇乙女の皆さんではなくて僕と柿崎──多分に名前でチョイスされたと思しき、ただのこの世界の住人である。
森宮さんは目を覚ますこともなく、今のところはまさに眠っているというか失神しており、この場に居合わせていた方がいいはずのマスターの皆さんは二人ばかり足りない。なんとも締まらない状況ではある。
「じゃあ、目的はこれで一応達成ってことですよね」
「……ああ」
「もうローザミスティカ、じゃなくてホーリエの欠片でしたっけ、それの取り合いは必要ないんですよね?」
「そういうことに……なる」
「ああ良かった。じゃーもうそちらさんの都合で改造されたり妙な刷り込みされたり殺し合いもどきさせられて見世物になることもないんですよねあの人形達」
「……そう、だな」
再び攻勢が開始された。しかも今度は大分勢いが激しい。
仕方ないけどな。森宮さんやら石原姉妹に近く、どうしてもそっちの事情と絡めてものを考えてしまう僕と違って、柿崎は人形ども、というか黒いのを中心にものを見ている。要するにさっきの柿崎の言葉で言えば、下請けの下請け、の視点なのだ。
店長氏の言い分がどうあれ、残念人形どもに近いところから見れば、これは大いなるとばっちりである。
店長氏が初め期待していたように「異なる世界の同一人物」的な存在だったとしても、元々は全く無関係だったはずなのだ。何しろ、ローゼンメイデンの関係者ご一同様は、この世界の産ではないのだから。
心なしか悄然としているように見える店長氏に対し、柿崎はフンと鼻を鳴らして更に何かを言ってやろうとしたが、斜め下からの声で邪魔をされた。
「あのねー、ジュン。メグさんも……」
「あまりその人を責めないで欲しいのだわ、二人とも」
「ツートンに赤いのか……って全員いるのか。店内ツアーは済んだのか、お前等」
「とっくに見終ってるですぅ」
「そのまま居ても良かったんだけど、目が覚めた時にあの子達が僕達を見たらまたヤバいことになるかもって、ばらしーが」
「先程の状態……見てしまうと……ごめんなさい」
「ばらしーの指摘は正しいわ。今日は犠牲者出過ぎかしら」
「まあ耐性付けるためには何度も見た方が良いと思うけどぉ」
ゾロゾロと出て来た人形どもは、やはり先程と同様、これといった強い反応を示してはいない。かといって、特に人生ならぬ人形生を達観しているとかいう風情でもない。
赤いのが人形どもを代表するように一歩こちらに寄って、僕達の顔を見上げた。
「ねえジュン。メグも。貴方達が思い入れてくれるのはとても嬉しいわ。でも私達は人間ではないの。観賞用に作られた、芸術品でもないわ」
「まあそりゃ一目瞭然だな」
「動力を付け加えられたり、知らなかったはずのことを知っていることにされたり……人間ならば容認できないことでしょう」
「記憶は大事だよね。記憶が人格を作っているんだし」
「私達にとっても、持ち主の人と過ごした記憶は大事なものよ。でも、私達は「御人形」なの。遊ぶために作られた「御人形」……判って?」
「薔薇乙女の皆さんとは違うってことか?」
「当然それもあるけれど」
赤いのはまた数歩、立っているときは目立たないが、歩行するとなるとあまりバランスの良くない体をノソノソと動かして店長氏の方に近づいた。
ここは見せ場である。くるりと踵で半回転し、綺麗に向き直りたい場面だろう。しかし赤いのはギイギイいいそうな動きでこちらに頭部を向けただけだった。
まあ、妥当な判断だな。くるりと回ったら床にぶっ倒れてバラバラはおろか一気に燃えないゴミ化するかもしれん。
「私達にとって一番大切なのは、自分を使って遊んでもらうこと。遊びに使ってもらえない人形なんて、意味がないから」
「……そんなもんかね」
「少なくとも彼は、朽ち果てかけていた私達を探し出して、自分の遊びに使ってくれたわ」
「勝手に改造したけどね。ボロボロになってるのを修繕もしないでさ」
「確かに、遊びやすいように改造もしたけれど、それは仕方ないこと。ボロボロになっていたのを修繕しなかったのも、それに意味があったからでしょう。
それでいいのよ。私達は到底永遠の存在ではないし、動物が老いるように劣化することも避けられないのだから。
どんなに注意深く扱われても経年劣化するところはあるし、腐ったり錆びたりする部分もあるの。そして、最後は壊れて捨てられるのがさだめ。
ましてや、私達は皆、もう殆ど見捨てられていたのだから……」
赤いのはお得意の長広舌を繰り広げつつ店長氏の膝下まで寄り、今度はその顔を見上げる。
店長氏は逃げずに視線を合わせた。
シリアスなシーンでこんなことを言うのは何なのだが、素直に偉いと思ってしまう。僕ですら直視はなるべく避けているのだが。
「だから──ありがとう。私達は皆、貴方に感謝しているわ。大掛かりで長く続く遊びの道具に使ってくれて、そして……」
振り向き、ちらりと僕を見上げる。不細工というレベルでなく、何か決定的に歪んでいるように見える顔なのだが、この瞬間だけはどういう角度の加減か、微笑んでいるようにも見えた。
「この人と巡り合わせてくれて。私達みんな貴方が大好きよ、ジュン」
後から考えてみると、恐ろしい宣言もあったものである。
このときの赤いのは全残念人形を代表していた。ということは、僕は都合六体から大好きコールをされたことになる。
冷静に考えれば鳥肌では済まない。耳の後ろがザワザワし、顔から血の気が引き、いやいや逃げ出すか卒倒していてもおかしくない。
そう考えると、この時の僕は今朝からのあれこれで大分おかしな精神状態にあったに違いない。
僕は立ち上がった。腰を屈めて赤いのを抱き上げ、そうか、と言って抜けそうな髪の毛をそっと撫でてやる。
他の六体(ばらしーを含む)がゾロゾロと寄って来て、わたしもわたしもと口々にせがむ。それを順番に抱きあげて撫でてやる。
そんな作業をしているうちに、僕の顔は自然に笑っていた。普段ならば有り得ないはずのことだったが、それに気付くことさえなかったのは、やはりどうかしていたからに違いない。