まず、今回の一連の災害で被災された方々にお見舞い申し上げます。
また亡くなられた方にはお悔やみを申し上げます。
これ以上は申し上げません。
サイト管理者の舞さんのご意向でもありますし、私に出来ることは通常どおりの掲載ということで、本文は特に何も手を加えることなく投下させていただきます。
感想掲示板でも震災前どおりの応対とさせていただきます。ご了承ください。
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「私……偽物なんでしょうか……」
「水銀に言わせればその可能性が高いって話」
「ふっ、そんなことは先刻ご承知なのだわ。この真紅の推理力をもってすれば」
「でも……ここに……ローザミスティカ……」
「ごめんね、それだけは第七ドールのもの、ってことも有り得るんだ」
「そ、そうなのだわ。私も今それを指摘しようと考えていたところよ」
「……」
「あんたはどう思う? 桜田」
「そうだなぁ」
お前等なぁ、一応本人じゃなくて本人形を前にしてそりゃねーだろ、と思ってはいるが、まあ他のと余りに違い過ぎるのは認める。別グループの人形か偽物と言われた方がしっくり来るのも事実だ。
だってばらしーだよ? きらきーじゃないんだよ? 元々偽物じゃないですか。……というのは繰り返しもいいとこなんで置いといて、僕がその辺判断するには大きな前提が欠けておる。
皿の残骸を買い物袋の中に放り込みながら、ごめんなさいと謝るばらしーの背中を空いてる方の手で押して部屋の中に入れてやる。回収した残骸は買い物袋ごと燃えないゴミの袋に放り込んで終わりである。
さようならピーターラビット(のパチモノ)。まだ同じ絵柄は売っているだろうか。
「まずは赤いのでも、あー柿崎でも構わんが知ってることを全部洗いざらい話して貰わん事には何とも。ご自慢の推理を聞くにもこっちの前提知識がないと話にならん」
「わかったのだわ。そう言われては話さない訳に行かないわね。いいでしょう、全て話してあげ──」
「──大した話じゃないけどさ。まあ、精々耳の穴かっぽじって聞きな」
「私に説明を求めておいて結局自分で……」
「……よしよし……」
「うう……偽物疑惑のある人形に撫でられるのは微妙な気持ちなのだわ」
結局ここに居残ったことがあまり意味を成さなくなった、まさに残念そのものの赤いのは置いといて。
柿崎が先ず自分が調査した結果として話してくれたのは、トリビアというかそれなりに詳しいが、僕にとってはだからどうした、という内容の話だった。興味がない方は聞き飛ばして頂いて結構である、ってな感じの。まあ全部聞いてたわけだが。
~~~~~~ 第七話 必殺兵器HG ~~~~~~
この残念人形どもが作られたのは約120年ほど前、アメリカの東海岸の某大都市にあった小さな人形工房だったようだ。もちろんばらしーを除く。ちなみにこの後の柿崎の説明でも全部同じである。
僕が想像した通り零細に近い工房で、営業っていうのか活動っていうのかよう判らんが、店を開けていた期間はさほど長くなかった。この手の零細企業の常でどういうラインナップで物を作っていたかもイマイチ定かではない。
今も昔も、そういう少し時代に取り残された物(ゲージツ品ではなく雑貨や日用品)を作ってる、しかも技術的に見るべきものがない職人の店ってのは不遇らしい。はっきり言うと売れなかったし、後から数寄者のコレクターも現れなかった。人形にとって顔は命だから、このご面相では当然だ。
よって、そのRosen工房さんの人形は殆ど散逸してしまって、知っている人も少ない。一応最後っ屁に近い「全焼き物製の二十五インチドール」なるものだけは広告が残ってはいて、どうも五種類ばかりもあったらしいのだが、気合いに反して殆ど売れなかった模様だ。
焼き物ってことで、当時主流の樹脂製品に比べたらだいぶ高価だったんだろう。おまけに名前も知られてないメーカーで、更に現物見たら出来ががっかりと来ては当然だな。現存品もないものと思われている、らしい。
誤解のないように言い添えると、「らしい」というのはそんな零細かつ残念なメーカーのことなんぞ誰もまともに調べてないからである。
要するに所謂「メーカー不詳」の人形の中にRosen工房さんのもある(廃棄されてなければ)可能性がある、という程度の話であって、釈迦力になって調査しても尻尾が掴めない謎の人形とかいう類のものではない。
もっとも、ここに六つばかりあるわけだが。……おい、何故アメリカ生まれの人形なのに現在存在しているのが日本の地方都市なのだ。辻褄が合わんぞ。
それはそれとして、五種類ってのは判らんでもない。お貞と鋏は同じ型だからその点は符合している。
「広告まで出したってことは、コイツ等やっぱり量産前提だったのかね」
「ドールとしては、量産品かその素型みたいなもんでしょ」
「ローザなんちゃらはどうなるんだ」
「水銀によると製作段階で既に埋め込まれてたって話」
「そうなのだわ。作られた時からローザミスティカは私達の体内にある。私達の命……」
「へぇ、なんか矛盾してるようなしてないような。……とりあえず、その水銀ってのやめね?」
「じゃあなに? 元素記号でHgとかの方がいい? フォー! とか」
「い、いや……やっぱ水銀でいいや。続けてくれ」
で、お次は黒いのからの聞き取り調査の方である。赤いのの追認も随時入って煩い限りだったが、取り敢えず端折りまくるとこんな感じ。
残念人形どもを作ったのは「お父様」と呼ばれる職人である。「お父様」は姓はRosen名は不詳、大分アレな人だったようで、時折サン・ジェルマン伯爵(サイボーグ009への出演で知られるアレ。実態はフリードリヒ大王から支援を受けた、薔薇十字団所属のスパイの可能性が高い)やら何やらの錬金術師達は全て自分だとのたまわっていたらしい。
当時そういうのが丁度ブームだったのだろうか。まあ本職の傍らでオカルトに傾倒していたのだけは間違いない。
Rosenという姓はスウェーデンやロシアで外交官やってた貴族と同じ(有名どころでは日露戦争開戦前のロシヤ駐日公使もRosen氏)だから、その辺の一族でアメリカに渡った人なのかもしれない。オカルト趣味に傾倒してたってのを見ても単なる田舎者という訳ではなさそうではある。
ドール製作ってのも元々は裕福な人向けの物だからそれっぽくもあるが、無論Rosenという姓すら詐称であった可能性もある。その辺は黒いのも赤いのも知らない。
んで「お父様」が錬金術で作ったと称する胡散臭い石を七つに割って、その欠片を入れ込みつつ究極の物体Xたるものを作ろうとし続けたわけだが、結局ご自分の野望が実現する前に謎の石の欠片の方が尽きてしまったという哀れな顛末は、事実だけ並べると某漫画やアニメのとおり。
……なんだ、やっぱり物体Xは人形なんじゃねーのか? 若しくは人造人間だが、それにしては既存の、しかも自作の人形で我慢してしまうところが微妙にしょぼい。
やるなら漫画やアニメの如く、ドールの恰好をした不思議な何かでなくてはならんだろうがよ。
「お父様」はその後、欠片を入れ込んだ人形ズに対し「お前等一つ一つは残念だけど、みんな倒して欠片を集めて一つにすれば、そいつは究極になれるはずだぜ。ついでに集めた奴は御褒美として俺が愛してやるよヒャッハー」(柿崎説明ママ)ととんでもない事をのたまった。
だったら最初から割ってないのを入れ込んで作れよとツッコミたいお言葉ではある。ともかくそんなことを言い放って、彼は残念人形ズを後腐れなく全部売り飛ばしてしまった。売却した真の理由が食うに困ったからかどうかは定かではない。
思うに、広告出して売り払ったのはまさにコイツ等なのではないか。一体ずつ限定生産ってことで。まあその辺は憶測もいいとこだが。
ついでに言うと、時系列上ではこの時点で既に七体作られているはずなのだが、七体目については売り払われるまで誰も会ったことがないままであった。まあこれも一応、事実だけ並べると某漫画&アニメどおり。
その後、売り払われた人形ズは、これまであちこち渡り歩き、たまさかに互いの接触を持ちながら此処まで来たらしい。歴戦の勇者が多いのも頷ける話ではある。
前提知識の説明は以上であった。確かに、長い割に大した内容ではなかった。
ちなみに究極の物体Xの正体であるが、散々人を煽って語りを聞かせたにも関わらず、柿崎の答えは「わからん」、赤いのの回答に至っては例の漫画のアレと多分丸々同じという体たらくであった。
むう、どうせそんなオチだとは思ってたが、ここぞというときに限って使えん奴等め。週間番組表のあらすじ紹介じゃないんだから、肝心なトコをきっちり調べ上げとけよ。
「でさ、水銀の言う偽物って話なんだけど、あたし的に気になることはあるんだよね」
「ほう、やっとそこに繋がるか。なんか心当たりがあるとか?」
「例の広告、当時だし写真無しの文章だけなんだけどさ。末尾に『軽くて丈夫なコンポジドールも始めました』みたいな文句も書いてあんの」
「そりゃ、焼き物人形だけじゃ食ってけなくなってやらかしたんじゃねーの?」
「あーもう、あんたはなんでそうすぐ現実に戻るかな」
柿崎は松葉杖で僕の頭をぽかりとやった。マジで痛いぞコンチクショウ。
Kitty Guy に刃物という言葉があるが、こいつに持たせるのは刃物じゃなくても十分危険である。
「コンポジってーのは大鋸屑を膠で固めた合成樹脂だけど、特に質が悪かったり湿気が多い土地だと経年劣化が凄いんだ。ちゃんと管理しないと数十年経つとヒビが入って崩れ始めて」
「Wreckに?」
「ノーノー。最後は跡形もなく崩れちゃう。大抵顔と手足は陶器とかだから、ちょいグロな情景が……」
「おい、よせ。現物が目の前にあるだけに想像しちまう」
「顔やら手足までコンポジ、管理が悪くて服も虫食いだらけだったりすると、大鋸屑とボロ布の山の中にガラスの目玉とナイロンの髪だけって惨状も考えられなくも……」
「アーアーキコエナーイ」
「でね、あたしが思うに、第七ドールってのはコンポジ製だったんじゃないかなって。それだと広告とも符合するじゃん」
「まあ……確かにそうだが……だとすると、何処かの時点で崩壊したそいつのロザミが今はばらしーの中に、ってことか?」
「妙な略し方はしないで欲しいのだわ。それでは少し年増声の強化人間みたいじゃないの」
つまり、ばらしーの言うお父様なる人物が偶然かなんか知らんがそのロザミを手に入れ、ばらしーに埋め込んだら動き出しましたってことか。
ばらしーのお父様が残念人形どもの製作者本人って可能性もないでもないが、それだと彼が(テメーで主張してたとおりの)不老不死って話になる。そんな究極生命体が究極のなんたらを目指して精魂篭めて作ってみたら出来上がったのがこんな残念物体でした、なんてことは、流石に思いたくないぞ。
柿崎の言い分のとおりなら第七ドールは既に居ないことになるので、なんだ、もう実質そいつは不戦敗って事か。ばらしーのロザミが本物なら第七ドールではないってのは倒錯した状態だな。
その場合今動いてるばらしーはどういう立場になるのか。
改めて考えると、別にどうもならんような気がする。
ロザミが七つ全部集めないと究極の物体Xの生成能力を生じないブツであり、かつ相手をぶっ壊さないと入手できないものである以上、ばらしーそのものには物体X云々が関係ないとしても、自分がぶっ壊されたくなければ他の六体と戦わざるを得ないのは変わらん。相手を全滅させるまでは戦い続ける必要があるわけだ。
しかも、初見の日の言動からしてばらしー本人形も戦う気は満々である。あの紫色の透明プラ製(取り上げたときに判明した)の剣振り回して。
「ま、その人形の中にあるのが本物なら、って話だけど」
「……本物……です……多分」
「ローザミスティカは簡単に生成できるものでもコピーできるものでもないわ。そして、この子の中にあるのは本物だと私には思える」
「お姉さま……ありがとうございます」
「貴女を妹と認めたわけではないわ。確たる証拠が出るまでは勘違いしないことよ」
「はい……」
「判ったらもう一度なでなでするのだわ」
「いきなり善人ぽい発言したと思ったら撫でて欲しいだけかよオイ」
もっとも本物かどうかを確認するだけなら、柿崎にでもばらしーのお父様を締め上げさせて吐かせればいい訳だが。
しかしそのように提案してみると柿崎は珍しくちょっと引き気味になった。
相手はドール遊びに傾倒してるような金持ちかオタクである、下手なことをやって暴行傷害で被害届でも出されたらどーすんだ、やるならテメー一人でやりやがれと言う。どっちがすぐ現実に戻るんだと言ってやりたいところだが、考えてみれば相手が誰であれ当然だった。
これもダメかと思っていると、ばらしーがロザミの入手過程を自分で聞いてみると言い出した。
おお、その手があったか。ってか普通に考えたらそうなるよな。ただ、嘘をつかれる可能性が無いとはいえない訳だが。
「それはいいんだが、結局お父様って何者なんだ?」
「貴方の耳は左右貫通しているの? この私と松葉杖人間があれほど懇切丁寧に説明したというのに。お父様は稀代の錬金術師にして偉大な人形師……」
「いやいやそっちじゃなくて。ばらしーのお父様の方な。どうもこの近隣に住んでいる人物と思しいわけだが」
「……なんでそんな特定できんの?」
「いや、ばらしーいっつも歩いてうちに来るから……」
「だったら今日あんたが送ってけば丸判りじゃん」
「……おお!」
「ね、桜田は耳が貫通してんじゃなくて頭の中が空洞なんだよ」
「そのようね……」
随分な言われようだが、まあ学業成績など鑑みても致し方なきことではあるのだが、正直なところそこまで興味がなかった。聞き出すのも突き止めるのも面倒だったというのが真相である。いやホントに。
ここまで事情を根掘り葉掘り聞かされれば、そりゃちっとは興味が湧く。しかし事実としてみれば今現在は一応休戦している訳だし、服が一式到着したら最後の一体になるまで戦うという構図も変わるわけじゃない。
最終的な物体Xだって、話を聞く分にはやっぱり出来のいい人形か何かだとしか思えん。もしくは姿形は元のまま、なんかとんでもパワーだけ数倍増とかいう厭な未来も十分有り得る。
柿崎は骨折して暇なんだろう。自分とこの居候を勝たせてやりたい気分も少なからずあって調べ物したんだろう。だが、僕としては最低でも居候させてるうちの四体は壊れた皿と同レベルの燃えないゴミになってしまう訳で、ぶっちゃけ誰に肩入れする気にもなれんのだ。
ばらしーのお父様についても、ぶっ壊れたときが怖いとはいえ、休戦している間はまあどーでもいいっちゃどーでもいい。なりも出来も違うが、残念人形どもに馴染んでるし。
窓際に行って光を浴びながらゴロゴロしている赤いのと、言われたとおりぶきっちょだが懸命に頭を撫で続けてやっているばらしーを見ていると、別に偽物でも本物でも構わんような気がしてくる。
ギシギシ動くことを除けば、どうせ生きてるような触感の魔法の掛った不思議なモノでも超絶美麗な逸品というわけでもない(ばらしーにしても、冷静に考えれば所詮市販中華ドールの魔改造品に過ぎない)ありふれた人形同士なのである。
確かに量産品ではない。だが、世の中の人形にコイツ等よりもっと精魂込めて作られた物がないかと言えば恐らくごまんとある。美麗さや写実性、金の懸かり具合とかは最早論外である。その程度の、並以下(ばらしーの場合かなり上位なのだろうが)の存在でしかない。
偽物とか本物とか目くじら立てるレベルじゃないよなぁ……。しかしまぁ、なんだ。こんなことを思ってしまうほどに。
「人形製作の方は残念なもんだよな、ロザミみたいなオーパーツを作り上げたにしちゃ。そのギャップが気になるっちゃ気になってはいる」
「案外ローザミスティカは拾い物で、たまたま拾っちゃったから人形作って入れ込んでみたくなっただけかもよ」
「生命彗星起源説みたいな話じゃねーか。だとしたら、ロザミ作ったのは何者なんだよ」
「さぁね。ただ、ギャップ説明するにはいい仮説じゃん?」
「それは否定せんが……だとしたらRosen氏の売り飛ばし間際の発言も全部嘘か妄想ってことだよな」
「あるいは、ローザミスティカ製作者の毒電波受信してたとか。学校の屋上あたりで」
晴れた日はよく届くんだよ長瀬ちゃんってか。はいはい。
そういや柿崎と初めてまともに顔突き合わせて喋ったのも中学の屋上だったな。あれは僕的に黒歴史に近いのだが、柿崎としては僕に楽しい奴という印象を持ってしまったらしい。
それはさて置き、柿崎にだいぶ熱弁を振るわれたわけだが、新たに判ったことはどうにも胡散臭いオカルトかぶれのオッサン(だろう)が残念人形ズの製作者で、そいつはどうもロザミの製作者じゃーなかろうということだけだ。
この件については本人形どもが「お父様」=偉大な錬金術師にして人形師=ロザミ製作者にして不老不死、という話を信じ込んでいる限り、幾ら考えても先には進めんのだろうな。
つまるところ現状で僕達家主にできることと言えば精々こういった与太話程度であり、乏しい状況証拠を根拠に考察を深めてみたところで何がどうなる訳でもないということだ。
超絶美麗、排泄物を出さないこととサイズ以外人間と変わらんよーな薔薇乙女様と契約したマスター様、とかいう関係ならまた話は別だろうが(いや、それにしてもジュン君始め皆さん自分のことで手一杯っぽいが)、あくまでこっちは居候と家主的な関係である。黒いのだけを居候させてる柿崎にしても居候のために他の残念人形を全部ぶっ壊すほどの気概はない訳だし、僕に至ってはもう言うまでもない。
三ヶ月近く居候させて情が移ってないかと言われればそのとおりである。どれが壊れても同じように寂しいはずだし、どれが残ってもそいつと一緒に残りの連中の残骸を供養してやるつもりで居る。
アニメのジュン君みたいな、最終局面まで来て戦いを止めろと言い放つ硬派な気持ちは流石に持てない。
あの場合はまた違うのだろうが、コイツ等に戦うなと言うのは必死に遡上して行くサケに向かって「産卵したら死んじゃうぞ、海へ帰れ」と言ってるようなものにしか思えんのだ。コイツ等は最終的に戦うためにずっと生きてきたのである。やる気も満々のようだ。
こっちから見たら虚しい限りだが、如何に七つが潰れて生まれるのが一つという効率の悪さであっても、もしその話さえ嘘で、何一つ生み出せなかったとしても、生産性のない行為とは笑うまい。コイツ等はそのためにここまで愚かしくも生き伸びて来たのだから。
「大演説ご苦労さん」
「いやいやそれ程でも。はっはっは」
「で、それがあんたの本心? ゲーム完遂させてやろうってことでいい?」
「うむ。誰がどういう意図を持ってやらせてるにしても、コイツ等視点で見れば最初っからそのために生きてきたんだし」
「アニメ二期みたいな結末でも? しかも最後に直してくれるってオチも無さそうだし」
「それは流石にちょっとなぁ。だが、ばらしーが持ってるロザミが本物なら、仮に筋書きや結末が同じでも意味合い全然違うだろ」
「……ま、そうだね」
取り敢えずばらしーのことは僕が本人形から「お父様」について聞き出し、柿崎は当面暇なんでいろいろ検索したり考察を深めてみるってことでその場はお開きとなった。物体Xについても柿崎の領分ということにしておく。まぁ僕としては危険物でなければ、それが如何に残念なものでも許容範囲である。今のところは。
なお、午前中の退屈しのぎにはなったかなー、と伸びをする柿崎を見て、やっぱり本心はそこにあったのか此奴めと思ったのは内緒である。
行きはタクシーと軽トラだったが帰りはテクシー+バスだと聞いて、バス停まで荷物くらい持ってやることにする。二、三キロ程度ならリハビリと称して歩いて帰りそうな奴なのだが、途中でコケたりされたらおおごとである。
玄関を開けて奴の荷物を受け取る。荷物と言っても頭陀袋一つなのだが、黒いのが入ってるのでそれなりに重い。
しかしさっきも思ったんだが、首だけ出して袋に入れるのはよさんか。どんなホラー映画の演出だ。しかも今度は僕が持つんだぞ。
「別にいいじゃん、自分からは見えないしさ」
「おい、そういう問題じゃなかろう。周囲の目を考えたまえ。下手すりゃ死屍累々の地獄絵図だ」
「なによ、二人とも人を危険物みたいにぃ」
「だってあんた水銀だし」
「ついでに言うとヒトじゃなくて奇ッ怪古人形だしな。大人しくひっこんどれ、それがひいてはお前自身のためでもある」
「うぬぬ、したり顔でなんだってのよ! 外の景色くらい見たっていいでしょうが! だいたい歩行者なんてどんな奇抜なカッコしてようが周りは大して気にしてな──」
黒いのの言葉が急に止まった。
僕と柿崎は顔を見合わせ、それから恐る恐る玄関から外を見る。
最悪だった。
一人の、よく知っている女の子がそこに立って、こちらを見ていた。
彼女は少し蒼褪めた、表情のなくなってしまった顔で僕に力ない視線を向け──そして、何か口の中で呟いた。「やっぱり……その子は」と言ったようにも聞こえる。
もう一度柿崎と顔を見合わせ、そちらを向く。
まずい。非常に不味い。不味過ぎるところを見られてしまった。彼女にだけは見せたくない状況だった。
「森宮さんっ」
僕は慌てて駆け出した。
だが、もう遅い。遅過ぎた。全ては手遅れだった。彼女はふらりと踵で半回転して僕達に背を向け──
──そして、ゆっくり斜めに傾いて行く。すんでのところでどうにか抱き止めたが、サンダルが滑って僕の方が無様に転んでしまった。
土やら雑草やら剥き出しの庭だがいざ転ぶと結構痛いのが判った。あまり知りたくない経験だ。それでも抱きかかえた彼女の上半身が地面とキスするのをどうにか食い止めたのだけは評価されていいと思う。
それにしても、見せてはいけないものを見られてしまったのは変わらない。
そう、彼女は見てしまったのだ。頭陀袋から首だけ出して、しかもぐりぐりと僕と柿崎に交互に向いている黒いのの頭を。
それも黒いのが言葉を切ってから数秒間は、その藪睨みの目とガチで、しかも概ね正面から睨めっこである。
そりゃー気絶するよな。前は箱から取り出したのを見ただけで気を失ってたし。あーもうなんてことだ。
後ろの方で何やらヒューヒューとかナイスキャッチとかいう無責任な声がするが、それも二人分だけじゃないような気もするが、そんなこたーどうでもいい。彼女を家の中に運び込んで介抱せねば。
とは思うのだが、なかなか上手いこと立ち上がれない。あちこち痛いし、しかも意識を失った人間というのはやはり重いのであった。まあ、柔らかくていい匂いなのはいいのだが、この状況ではそういう気分にゃ到底なれぬ。
ってかなんでまた森宮さんが僕の家をアポなし訪問してきたんだよ。全然理解できんぞ。