「なにをしているの」
「んー? 予習」
「勉強しているようには見えないけれど」
「ま、学校の勉強じゃないけどさ。予習予習」
片手で漫画をペラペラめくり、もう片手でキーボードを打ってリストを作っていく。宿題やるのを飽きてやってるわけじゃ断じてない。
僕の後ろで何かゴソゴソやってる古くて小汚い……おっと、大分貫禄の出てきてるアンティークドールは自分で「真紅」と名乗った。「ローゼンメイデン第五ドール」だそうだ。へえ、そうなの。
まあぶっちゃけ、コイツ全然顔似てないんだけどね。漫画のあれとかアニメのあれには。髪型もあそこまで極端じゃないし。
似てるところといったらだわだわ口調と衣装の色くらいなもんだ。背丈もあれほどはでっかくない。
どうもあれだ、成り済まし詐欺っぽいふいんき(なぜか変換できない)がそこはかとなく存在するのである。
だってさぁ、特段出来が良い人形にゃ思えない。画像検索して出てきたどっかの通販のアンティークドールのほうがよっぽど出来がよく思えたくらいだし、凄いブツだから超大事にされてきた、って雰囲気もないんだぜ。
むしろその逆で、量産品でよーく遊ばれてそのまんま押入れの隅、みたいな。
「ローゼンメイデン 現実 存在した」とかで検索しても、それっぽいサイトの一つも引っかかっちゃ来ない。やっぱし嘘っぽいぞ。
まあスーパー少女になる予定ってことが嘘かどうかは置いといて、避けられない現在に目を向けよう。
酷いことを書いてきたが、こいつなりに良い所もあるにはある。
まず、餌を必要としない。
人間と見紛う美麗な人形なら兎も角、こいつに毎日何回も紅茶を淹れろとか言われたらもう確実に発狂しそうだが、口が動かないから食事はできないようだ。
次に、さほど行動的でない。
本かDVDでも与えておけば黙るだろうと思ったら、案の定だった。
特にめくる必要がないテレビはお気に入りらしい。指の動かないドール手(っていうのか?)でも押せるようなボタンの大きいリモコンをテーブルに固定してやったら、喜んでずっと見入ってる。
まあ、良い所は以上だ。うん、二つもあった。良かった良かった。
「んー、鏡から出て来る──と。鏡ねぇ。別に骨董とかないからいいか」
「洗面台の鏡があるでしょう」
「あれは命とか無さそうだし」
「装置に生命など必要ないわ。使えればそれでいいの」
「そんなもんなのかよ」
「物に生命が存在したら厄介でしょう。安心して使えないわ」
「……まあ、命ある物がウチにあったとしたら、そいつ、お前にだけは言われたくないだろうなその台詞は」
なんか更に色々台無しな感が漂いつつある。
まあいいか。それじゃ、洗面台の鏡には注意が必要っと。注意の欄にチェック。
ちなみに予習というのはこれだ。
もし万が一今後コイツの一族が我が家に押しかけて来ることがあるんなら、こっちもそれなりの対抗策を練る必要がある。戦いと称して暴れられたり押しかけられて何体も同居させるとか悪夢以外の何物でもない。
漫画とかアニメを想像して賑やかでようございますねとか朗らかに思った人はちょっと考えてみて欲しい。
古びた、全体的に退色と汚れが目立つ、ちょっとばかりじゃなく現代日本の美的感覚からずれてる造作の人形が、古くなって擦り合わせが悪くなった関節の微妙な軋み音とか時折ボディーの瀬戸物パーツが触れ合うカチカチ音を立てながら賑やかに談笑している光景を。
もちろん手の指も動かなければ表情も動かない。関節の稼動範囲も人間と微妙に違う。てか動かないところも実は多い。某国国営放送の人形劇のピアノ線無し雑音あり劣化版だ。
ドール好きなお歴々はそれでもいいかもしれない。しかし、こっちは生憎とそういう趣味は持ってない。
一体で十分おなか一杯というかむしろ一つも要らないのだ。
コイツを棄てられない理由はただ一つ。コイツにメリーさん化されたら更に厄介だからである。
コイツの言ってることが本当だとして、ローゼンメイデンの漫画そのまんまの順番で出来事が起きるわけはないだろう。
まあそれでも、漫画(経費の都合でDVD長期レンタルまでは踏み切れなかった)で事前に何が起きるか把握していれば、多少なりとも役には立つだろう。
ちなみに侵入者に対しては水際撃退が基本方針である。お人形さんには可哀相だが、人間様の事情の方が優先なので──
「おい、今なんか聞こえなかったか。ゴトンっていったぞ、ゴトンって」
「何か落ちたのではなくて?」
「どこから何がだよ。つーかまたお前だな。いろんなもん勝手に漁りやがって」
「下僕の物は私のもの。どこに何があるか把握しておくのはむしろ義務なのだわ」
「チッ、メシも食えないし本だってテメーじゃめくれねーくせによぉ」
「うるさいわ。早く見てきたら?」
「他人事みたいに言うんじゃねーよ。テメーも来い」
暴れる古人形を小脇に抱えて階下に降りていくと、洗面所のほうからガタン、ゴトリと音がしている。
正直に言うと、もう大体見当がついてたんだよね。
こいつぁーもうあれだ。猫とかが入り込んだんじゃないなーって。
最初の敵は既に上陸を許しちまったなーちくしょーと。
だから、洗面所の扉を引き開けたときに黒っぽい人形が突っ立っていたの見たときも
……ときも
うん、ちょっと耳の後ろがゾワゾワしたくらいで済んだ。
慣れってのは恐ろしいもんだ。
「鏡は入り口。それは時として招かれざるものも同時に運んできてしまう。あなたのようにね」
「お久しぶりね。相変わらずとっても……不細工」
「な、な、なんですって! 私の何処が不細工なのよ、ちゃんと説明しなさいよちょっと!」
「……まあ、お世辞にも美人とは言えない訳だが」
「あらぁ、人間にまで言われてるじゃない」
「なっ! なんてこと、下僕の癖に生意気だわ」
「見たままを言ってみただけのことサ、そんなに褒めんなヨ」
それにしても……きったない人形だ。
これは洗濯したくなるって言うかむしろ洗濯機よりゴミ箱に放り込んだ方がいいんじゃないのか。
横に抱えてる人形も大概ボロで汚いが、こいつは更に輪を掛けている。
地肌は黒ずんでるし白かったらしい部分は灰色に見えるくらいに汚れてる。逆に黒かったらしいところはダークグレーに色あせてる。髪の毛も洗ったら銀色に輝くかもしれないが、今は灰色とも茶色ともつかない色合いだ。
歴戦の勇士なんだな。戦士の銃とか持ってそうだ。茶色いマントと穴の開いた帽子被ってりゃ完璧。
正直言ってここまで酷いと、マニアの方々なら逆に庇護欲みたいなもんもそそられそうだ。一応完品みたいだし、良かったなぁ。いいマニアの人を探すんだよ。
「ちょっ、ちょっと、何微笑み浮かべてドア閉めてんのよ! 開けなさいよこの!」
「掃除を洗面台だけに留めるためだ、悪く思うな。顔見世は済んだから早々にお帰りください。洗面台は使わせて上げますから」
「何訳わかんないこといってんのよ! 開けなさいったら!」
「それと、できればもう来ないでくれると本当に助かるんですが。主に僕が」
「あんたなんかに用はないのよ! 真紅を出しなさい真紅を!」
「開けてあげなさい、潤」
「アーハーン? なんでそんな便宜を図ってやる必要があるデースカ? あいつはむしろ洗面台でテメーの体と服を洗うべきデース」
「……私達は自分で服を脱げないし、蛇口も捻れないのだわ」
「Oh……それは盲点デーシタ」
その日、僕は初めて人形の服の洗濯という経験をした。
いっそボデーも洗濯機に突っ込んで丸洗いしてやろうかと親切心を出してみたが、大いに抵抗されたので沙汰止みとなった。
明日はホームセンターか百均でクルマのボデーを拭くやつを買ってこよう。
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あ、ありのまま、今起きたことを話すぜ……
「ただ投稿しただけのはずなのに、変なところに『ちかさないて』って謎の文字列が追加されていた」
寝ながら書いたところには不思議が一杯。
良い子はまねしちゃダメだよ!