アークエンジェル、メイン格納庫。
そこは戦場のような喧騒に包まれていた。補給科、機械科、施設科、それぞれが、来たるザフトの攻撃に備えて、大急ぎでそれぞれの仕事をこなしていた。
メインハッチからは輸送トラックがひっきりなしに出入りし、それぞれの科が物資の取り合いをしている様相をなしていた。
「水はモルゲンレーテから持ってくるほか無いだろぉ!」
「ストライクのパーツの弾薬が先だ、急げ!」
「マードック軍曹! 来てくださいよー!」
そんな戦場の片隅、コンテナに囲まれて直立している機体があった。
ストライクガンダム、メビウス・ゼロ。…そして、もう一つの異色の戦闘機。
全体的に角ばっていて、翼も短く小型。まるでストライクガンダムのようなトリコロールカラーの戦闘機。
明らかに異物。アークエンジェルのクルーがそれぞれの任務をこなす合間に、ちらりと物珍しげな視線を送る。
一人その整備をするリナにとっては、その視線は決して心地よいものではなかった。
その戦闘機のコンソールパネルのキーボードを打ちながら聞こえてくるヒソヒソ話が耳に飛び込んでくるたび、はあ、と溜息。
「30mmバルカン砲…残弾800。問題は小型ミサイルかぁ…」
しかもこの戦闘機の武装は、バルカンと小型ミサイルのみ。どれもジンに通用するとは思えない。
バルカンは取り外し、メビウスのものと換装すれば補給が利くようになるかもしれない。そこはマードック軍曹と折り合いをつける必要がある。
問題は小型ミサイルだ。これに代わる兵器は今のところ地球連合軍には存在しない。
メビウスより悪い状況になってないか? と暗澹とした気持ちになる。が、無いよりはマシだ。
「照準器…誤差0.003。チェック。姿勢制御スラスター、チェック。メインバーニア、チェック」
キーボードを打ちながら機体の確認。驚いたことに、ほとんど高水準の整備状況でまとまっている。
これならいつでも実戦で使える。が、使えるだけであって、通用するかどうかは別問題だ。
「やっぱり、やめとけばよかったかなぁ…」
格納庫の天井を仰いで、呆然と呟いた。
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「こ、これって…?」
「これが先ほど言った『荷物』のMAだ」
格納庫の真ん中に佇む、その機影には見覚えがあった。
リナは空乃昴であった頃、ゲームセンターに通いつめていたことは読者も知っての通りであろう。そして連合vsザフトの全国大会優勝者であることも。
しかし、それだけをやっていたわけではない。同列のゲームとして、「機動戦士ガンダム 連邦vsジオンDX」を愛好していたのだ。
それゆえ、それにちらっと登場したこの戦闘機の存在も知っている。
FF-X7 コアファイター
コズミック・イラの人間にはピンと来ないだろうが…「宇宙世紀」に開発された脱出用カプセル兼戦闘機である。
しかし何故、それがこんなところに? …そう質問したい衝動を抑えて、あくまで「コズミック・イラの人物」の思考でナタルに問いかける。
「私もMAのパイロットとして、連合のあらゆる機体に精通していたつもりですが…このMAは初めて見ました」
「それは道理だ。なぜなら、連合にもこのような機体は存在しない」
「え…?」
ナタルさん、貴女は一体何を言っているのだ。
「ある人物が、アークエンジェルの搭載機を追加するように主張したのはさっき話したとおりだ。
だが、アークエンジェルにもともと載せる予定のG兵器以外は、「はいわかりました」と言って突然載せることはできない。
そういう計画がかなり以前から出来上がっていたからな。G兵器以外のものを載せる必要性が見出せなかったのだ。
しかし、エンデュミオン・クレーター上空のグリマルディ戦線が終結した後、この機体が月軌道を漂流していたのを警戒艦隊が発見した。
最初はただの正体不明の残骸かと思ったが…見たことも無い高い技術で作られたMAであることが判明した。
その技術をG兵器に転用するために搭載したのだが、そのG兵器が奪取され『荷物』になりさがったというわけだ」
「それで、使うと言っても良い顔しなかったわけですね」
でもこのボロボロ具合と、月軌道を回っていたということは、まさか…。
「あらかた調べてみたが、武装は30mmという小口径の機関砲と小型ミサイルしか搭載できないようだから、はっきり言うとメビウスのほうが強力だ。
シエル少尉には悪いが、これに乗るくらいならCICでオペレーターでもやってもらったほうが――」
「乗ります!」
「は?」
ナタルは、リナがこれを見てがっかりすると思って言ったつもりが……
予想外にも、目を輝かせて意気揚々に宣言されて、思わず顔を挙げてリナの顔をまじまじと見つめた。
「私は卑しくもMA乗りです。ならMAに乗らなければ何の価値もありません。
だいたいオペレーターなら、もっと良い人材がいるはずです。適材適所です!」
「そ、そうか? しかし君の笑顔なら――」
「これで出ます! 出させてください!」
妙にこの機体に固執するリナ。鼻息荒く、またもナタルに詰め寄ってる。
ナタルは呆れたように頭を抱え、はぁ、と溜息をつく。
(シエル少尉は頑固だな…このあたりは他のMA乗りと同じ、か。
こんな棺桶みたいな機体に、シエル少尉を乗せたくないが……)
「……わかった。そこまで言うならシエル少尉に使ってもらうのもやぶさかではない。
だが、無理はするなよ。これは一機しかないんだ。予備のパーツも無い。壊されてもらっては困る。
決してシエル少尉の身体が心配だからじゃないぞ。そのあたりを勘違いするな」
「ありがとうございます!」
踵を鳴らして、ビシッと力強く敬礼するリナ。表情はキラキラ輝いてる。
その表情を見ると、ナタルの胃がきりきりと痛む。この機体を見せて一番後悔したのはナタルだった。
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「ま、弾が当たれば死ぬのはメビウスもこれも同じだし…なんとかなるか」
と、リナは楽観を決め込むことにした。
それにこれは、あの伝説のパイロットが乗っていた(かもしれない)機体だ。なんかのご利益がありそうな気がする。
戦場の兵士っていうのは縁起がいいものを特に好む。それがリナの楽観の根拠で、それ以外には特に考えていることはなかった。
「さて、そうと決まれば張り切って整備するかぁ」
肩を真上に伸ばして背伸びし、もう一度キーボードにかじりついた。
今のところメカニック面での問題は無く、一番の懸念はやはりOSだった。メビウスとOSが違いすぎて、実戦ではそれが致命的な差になる。
それをメビウスに近い形に調整するのが、今のリナにできる一番の整備だった。
「まずは武装の強化を視野に入れないとなぁ…ストライカーパックつけられないかな?」
ぶつぶつ。
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その頃ブリッジでは、アークエンジェルのメインスタッフであるマリュー、ナタル、ムウが、現在の状況の確認と、逃げ遅れたアカデミー生の子供達の処置。
そして、次の戦闘への対策。リナのメビウスは大破、ムウのゼロは戦闘不能、となれば頼みの綱はストライク。
ナタルから抗議の声が挙がるが、あれの力が無ければ脱出は不可能、という結論。
「あの坊主は了解してるのかい?」
「今度はフラガ大尉が乗られれば…」
ナタルがムウに振るが、ムウは肩を竦めた。
「おい、無茶言うなよ…あんなもんが俺に扱えるわけないだろ」
「えっ?」
ナタルが憮然とした表情でムウを見返した。
「あの坊主が書き換えたっていうOSのデータ、見てないのか?
あんなもんが、普通の人間に扱えるのかよ」
ムウほどのパイロットが言うのだ。よほど難解なOSを扱っているのだろう。
「ではシエル少尉は…?」
ナタルは、いまだ素性の知れない彼女の名前を提示する。能力も未知数だ。
メビウスで、あのラウ・ル・クルーゼに命中させたとムウが言っていた。いくらかの期待を込めて、ムウに問いかけた。
「さぁてね……。あの子もナチュラルなんだろ?」
「え、ええ…『これはナチュラルには操縦できません』と言っていましたし、おそらくは」
「射撃のセンスは認めるけど、それだけじゃMSは扱えないさ。どっちにしてもあのストライクは無理だな」
と、ムウはすっぱりと彼女を斬り捨てる。
普段は誰にでも分け隔てなく接し、持ち前のリーダー肌で皆を見守る彼だが、そういう彼だからこそ言うべきことは言う。
変に期待をかけて任せてしまって、その人間を殺すようなことがあってはならない。そういった厳しい目も持っている。
「彼女に、あの『荷物』を預けることにしました。今戦闘に堪えるように調整している最中ですが、まもなく終わるかと」
「良くて時間稼ぎくらいにはなるかもな。あれだけが出て行ったところで貴重なMA乗りを一人減らすだけだぜ?」
その後三人がどう論じ合っても、再びストライクにキラを載せて戦ってもらうか、使わずに的になるか。その域を出ることはなかった。
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ラウ・ル・クルーゼ隊旗艦、ヴェサリウスでは、アークエンジェル同様、格納庫は戦場のような喧騒に包まれていた。
しかしアークエンジェルとは意味合いが違う。あちらが災厄に備えるのなら、こちらは災厄を与えるため――ストレートに言うなら、攻撃を加えるために賑わっていた。
二機のジンが、ヴェサリウスのカタパルトから飛び出していく。一機は大型ミサイル、もう一機はビーム砲。まるでヘリオポリスごと焼き払わんがごとき重装備だ。
出撃のプログラムが終了し、ハッチを閉鎖する作業を行っていたら、次回の出撃に待たせているはずのアスランが、
アデスやクルーゼの制止を振り切って、イージスを出撃させていった。
「なにっ!? アスラン・ザラが奪取した機体でだと!?」
そう怒鳴っている時点で既に、ブリッジのフロントガラスにはイージスの光点が遠ざかっているのが見えていた。
「呼び戻せ! すぐに帰還命令を!」
「行かせてやれ」
それを、クルーゼはどうということもなく許容する。
「は?」
「データの吸出しは終わっている。かえって面白いかもしれん、地球軍のモビルスーツ同士の戦いというのも」
(それに、厄介な三機を相手にするには丁度良い。
うまく露払いをしてくれよ? アスラン…)
起こってくれた嬉しい誤算に、クルーゼは一人ほくそ笑むのだった。
※
ついに現れた、リナの新機体。コアファイター!
「MSじゃないのかよ!」「なんで1st!?」とか思われるかもしれませんが、
これが一番自分にとって良い形に納まるのではないかと思い、これにいたりました。
いつもの感想への返信などは、感想掲示板に載せたいと思います。
次回予告、アスランがやってくる! 以上!
リナは生き延びることができるのか…!?