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No.24869の一覧
[0] 【連載中止のお知らせ】もう一人のSEED【機動戦士ガンダムSEED】 【TS転生オリ主】[menou](2013/01/22 20:02)
[1] PRELUDE PHASE[menou](2013/05/04 00:17)
[2] PHASE 00 「コズミック・イラ」[menou](2013/05/04 00:17)
[4] PHASE 01 「リナの出撃」[menou](2013/05/16 22:57)
[8] PHASE 05 「インターミッション」[menou](2010/12/20 23:20)
[9] PHASE 06 「伝説の遺産」[menou](2010/12/20 23:13)
[10] PHASE 07 「決意の剣」[menou](2010/12/21 23:49)
[11] PHASE 08 「崩壊の大地」[menou](2010/12/23 11:08)
[12] PHASE 09 「ささやかな苦悩」[menou](2010/12/24 23:52)
[13] PHASE 10 「それぞれの戦い」[menou](2010/12/26 23:53)
[14] PHASE 11 「リナの焦り」[menou](2010/12/28 20:33)
[15] PHASE 12 「合わさる力」[menou](2010/12/31 14:26)
[16] PHASE 13 「二つの心」[menou](2011/01/03 23:59)
[17] PHASE 14 「ターニング・ポイント」[menou](2011/01/07 10:01)
[18] PHASE 15 「ユニウスセブン」[menou](2011/01/08 19:11)
[19] PHASE 16 「つがい鷹」[menou](2011/01/11 02:12)
[20] PHASE 17 「疑惑は凱歌と共に」[menou](2011/01/15 02:48)
[21] PHASE 18 「モビル・スーツ」[menou](2011/01/22 01:14)
[22] PHASE 19 「出会い、出遭い」[menou](2011/01/29 01:55)
[23] PHASE 20 「星の中へ消ゆ」[menou](2011/02/07 21:15)
[24] PHASE 21 「少女達」[menou](2011/02/20 13:35)
[25] PHASE 22 「眠れない夜」[menou](2011/03/02 21:29)
[26] PHASE 23 「智将ハルバートン」[menou](2011/04/10 12:16)
[27] PHASE 24 「地球へ」[menou](2011/04/10 10:39)
[28] PHASE 25 「追いかけてきた影」[menou](2011/04/24 19:21)
[29] PHASE 26 「台風一過」[menou](2011/05/08 17:13)
[30] PHASE 27 「少年達の眼差し」[menou](2011/05/22 00:51)
[31] PHASE 28 「戦いの絆」[menou](2011/06/04 01:48)
[32] PHASE 29 「SEED」[menou](2011/06/18 15:13)
[33] PHASE 30 「明けの砂漠」[menou](2011/06/18 14:37)
[34] PHASE 31 「リナの困惑」[menou](2011/06/26 14:34)
[35] PHASE 32 「炎の後で」[menou](2011/07/04 19:45)
[36] PHASE 33 「虎の住処」[menou](2011/07/17 15:56)
[37] PHASE 34 「コーディネイト」[menou](2011/08/02 11:52)
[38] PHASE 35 「戦いへの意志」[menou](2011/08/19 00:55)
[39] PHASE 36 「前門の虎」[menou](2011/10/20 22:13)
[40] PHASE 37 「焦熱回廊」[menou](2011/10/20 22:43)
[41] PHASE 38 「砂塵の果て」[menou](2011/11/07 21:12)
[42] PHASE 39 「砂の墓標を踏み」[menou](2011/12/16 13:33)
[43] PHASE 40 「君達の明日のために」[menou](2012/01/11 14:11)
[44] PHASE 41 「ビクトリアに舞い降りて」[menou](2012/02/17 12:35)
[45] PHASE 42 「リナとライザ」[menou](2012/01/31 18:32)
[46] PHASE 43 「駆け抜ける嵐」[menou](2012/03/05 16:38)
[47] PHASE 44 「キラに向ける銃口」[menou](2012/06/04 17:22)
[48] PHASE 45 「友は誰のために」[menou](2012/07/12 19:51)
[49] PHASE 46 「二人の青春」[menou](2012/08/02 16:07)
[50] PHASE 47 「もう一人のSEED」[menou](2012/09/18 18:21)
[51] PHASE 48 「献身と代償」[menou](2012/10/13 23:17)
[52] PHASE 49 「闇の中のビクトリア」[menou](2012/10/14 02:23)
[55] PHASE 50 「クロス・サイン」[menou](2012/12/26 22:13)
[56] PHASE 51 「ホスティリティ」[menou](2012/12/26 21:54)
[57] 【投稿中止のお知らせ】[menou](2013/01/22 20:02)
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[24869] PHASE 49 「闇の中のビクトリア」
Name: menou◆6932945b ID:bead9296 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/10/14 02:23
地平線を隆々と波立たせる山脈の向こうに、東アフリカを照らす太陽が沈もうとしていた。
ビクトリア攻略に失敗したザフト地上軍は、残存部隊を合流させて、戦力の再編のために一路ディオキア基地へと向かっていた。
編隊を組んで陸を疾走する陸上戦艦の艦隊。そのうちのほとんどが、大なり小なり損害を負っていた。まさに満身創痍の体である。
夕日に照らされ、濃い影を大地に刻んで走るその姿は、まさに黄昏という言葉がふさわしいものだ。
クルーゼ隊の四人、アスラン、ニコル、イザーク、ディアッカは、戦闘報告が終わり整備も済ませると、コンディションイエローで待機せよと命じられ、談話室に集まることにした。

「それでも納得いかねーよなぁ。俺達はそこそこ良い所まで食い込んでいたんだけどな」
「僕達だけが勝っていても、後が続かないのでは意味がありませんよ」

談話室に設えられたソファーに寝転がりながら愚痴るディアッカを、ニコルが苦笑いしながら窘める。
確かにディアッカはあの時、面制圧を密林を派手に破壊しながら防衛ラインに穴を開けるほどの活躍をしており、勝ち戦のつもりで攻め込んでいたのだから、ディアッカの不満も当然だ。
ニコルのブリッツも、得意のミラージュコロイドによって姿を消しながら後方支援部隊を叩いて回るなど、八面六臂の活躍をしていた。
しかし、いかに次世代兵器であるG兵器とて無敵ではない。味方の戦力が低下して敵の軍勢に包まれてしまえば、袋叩きに遭うのは目に見えている。
それが現実のものとなりえるほど、攻略部隊の戦力は弱り切っていた。

事実、彼我の損害評価はひどいものだ。
陸上戦艦は参加した二十五隻のうち八隻が撃沈され、MS、ヘリ部隊ら機動戦力は五割を喪失した。
それに対し、地球連合軍ビクトリア基地の第二次防衛ラインまで突破、大半の旧来戦力を撃破したものの、MS部隊は二割程度しか撃破できていない。
ビクトリア基地の損耗率の全てをプラント議会が把握していたわけではないが、自軍の損耗と攻略の遅延を鑑みた上で、議会は撤退を決断したのである。
強気なパトリック・ザラだからこそ、機動戦力を五割喪失するまで粘ったのだ。人的資源の乏しいプラントの現状を知っている一般的な指揮官なら、三割を喪失した時点で撤退の決断をするだろう。

「それで、これからどうするんだよ?」
「決まっている! ディオキアで部隊を再編して、今度こそビクトリアの地球軍基地を叩くんだ! ナチュラルになめられたままで終われるか!」
「そんな、無茶です。ディオキアに駐留している部隊だけでは、ビクトリアを攻略するなんてとても……」
「弱気なことを! マスドライバーがあるビクトリアを叩かないと、奴らはどんどん宇宙に上がってくる! プラントが攻撃に晒されてもいいのか!」
「それは、そうですが……」

イザークの剣幕に押されて、ニコルもディアッカも眉を下げて困惑する。
確かにビクトリアのマスドライバーの存在は危険だ。イザークの持っている危機意識は、怒鳴られずとも四人ともが――議会も同じく持っているだろう。
とはいえ、アフリカに回せる戦力とてそう多くは無い。プラントも、人的資源や鉱物資源の厳しい中で、なんとかやりくりしている状況だ。
ゆえに、量的不利のザフトは重要拠点を厳選して優先的に、素早く奪っていかなければならない。イザークの焦燥もまた無理からぬことであった。

「……ニコル。ブリッツを貸してくれ」
「アスラン……?」

さっきまで黙って俯いていたアスランが、何かを思いついたようにニコルに要求する。
その言葉を、近くに居たイザークとディアッカも当然聞いていて、要求されたニコルと同じように顔を向けた。

「おいおい、今さら機体の交換ごっこかぁ? クリスマスまで待てないのかよ、お前」

ディアッカが皮肉を口にし、肩をすくめる。イザークは厳しい表情でアスランを睨み、低い声をぶつける。

「貴様、思うような戦果を挙げられなかったことを、機体のせいにするんじゃないだろうな」
「そのつもりはない。ただ、今必要なんだ」

アスランは気迫を込めた静かな一言をピシャリと言い放ち、イザークは彼の意外な気迫に戸惑う。
ニコルは、アスランの気迫に、何か気付くところがあったのか。驚きの表情を引き締めて、顔を真っ直ぐ向ける。

「……自分は構いません。が、クルーゼ隊長に話を通さなければいけないでしょう?」
「クルーゼ隊長には、前もって話はしてある。許可も貰った」

アスランのその返答に、三人が驚いたように目を見開く。いつの間に。
そしてクルーゼ隊長の許可を貰うということは、ブリッツを乗ることに重要な意味でもあるのか。
ニコルは驚きから素早く立ち直り、表情を戻す。

「ブリッツに乗り換えたい、その理由も教えていただけませんか?」
「……ビクトリア基地のマスドライバー破壊だ」




それが三時間前の話である。
曇天のアフリカの夜。それはまるで黒い泥の中に沈んだ、漆黒の夜だった。
アスランが搭乗するブリッツが、戦闘後でずたずたに引き裂かれた森の跡をバーニアジャンプし、木々の隙間へと着地、また跳び上がる。
バーニアの火が足元の茂みを焼き払い、爆ぜる倒木を踏み潰し、残っている樹木の枝を鋭角な機体が切り裂いた。
 
「ここまでは、問題ないか……」

その自然の破壊者、アスランが、木々の陰にブリッツを着地させながら、緊張した面持ちで呟いて額の汗を拭う。
月明かりもないビクトリア周辺の密林に紛れるには、黒いカラーリングが施されたブリッツが隠れるにはうってつけであった。
アスランは、破壊されて機能を失ったレーダー基地の近くを選んで行動している。いくら夜間迷彩で見えにくいとはいえ、レーダーの目は誤魔化せない。
しかしΝジャマーを使って行動すれば、敵がΝジャマーの増大を感知すればあっという間に警戒態勢に入り、その態勢の基地への潜入は困難を極める。
いくらブリッツにミラージュコロイドが搭載されているとはいえ、ミラージュコロイドは電力を大量に必要とする。ミラージュコロイドの使用は、基地が使っている大型レーダー網の中に入るときだけだ。

レーダー、各種機器のチェックをしながら、アスランは潜入した本当の目的に思いを馳せる。

”アスランは……友達なんだ”

そう言って、友軍のはずの地球軍から庇ってくれた友人、キラ・ヤマトの言葉が蘇る。
やはり、彼と戦うことなどできない。だからといって、説得することもできなさそうだ。
地球軍には彼の友人がいる。それが彼の枷になっているのだ。

「説得が無理ならば……強引にでも連れ出す」

それが、今のアスランが彼と殺し合わないようにできる、最後の手段だった。
そんなことをすれば、キラは怒るだろう、怨むだろう。もしかしたら絶交を宣言されるかもしれない。
だが時間をかければ、きっと彼だって分かってくれるはずだ。たとえ分かってくれなくても、殺し合うよりはいい。

そう。アスランの潜入の真の目的は、ビクトリア基地への破壊工作ではない。キラ・ヤマトの身柄拘束だ。
それだけなら、小型のヴィークルで十分なのだが、クルーゼや隊の皆にはマスドライバーの破壊と言ってあるのだ。
破壊のための工作部隊を編成しても、巨大なマスドライバーを破壊しきるには巨大で強力な爆弾が大量に必要になる。それはとても人の手で運べる代物ではない。

ならば、ミラージュコロイドによる不可視モードが使えるMSで潜入、破壊すればいい。
プラントが欲を張り、基地そのものを占領しようとするから失敗に終わる。破壊工作だけならばこのMS一機だけで十分なのだ。
そのための要塞破壊用の重火器もブリッツに装備させている。……もちろん、マスドライバーの破壊はするつもりだ。
だが、あくまで第一目的はキラの拉致。それが完了した後にマスドライバーを破壊し、ミラージュコロイドで姿を消して帰還する。そういう計画だ。

「行きも帰りも、見つからなければの話だがな……」

行きは良い良い、帰りは怖い。端的に言うと、これはそういうミッションだ。
無事に帰れる保証などどこにもない。最悪、ブリッツは乗り捨てなければならないかもしれない。
だが、引き換えにマスドライバーを破壊できるなら安いものだ。クルーゼもそう判断したからこそ、アスランに許可を出したのだろう。

センサーを赤外線に切り替えると、遠目に基地が見えてくる。さて、次のジャンプ機動が、監視網に見つからない限界だ。
そこから先は歩かなければ、いくら隠密スタイルのカラーリングといえど、噴射したバーニアの火で発見されてしまう。
ジャンプの前に、レーダーを確認。スロットルを押そうとする手が、レーダーに表示された光点によって止められる。

「……っ、航空機?」

ブリッツのコンピューターが、その飛行物体を連合軍の戦闘機であると知らせてくる。
まさか、発見されたのか。アスランの心臓が嫌な音を立てて跳ねる。
しかし飛んでくるのは一機のみで、編隊を組んでいるわけでもないし、Νジャマー数値も変わらないことから、先導機というわけでもなさそうだ。
偵察に来たのか。あれがもし防空仕様や爆撃仕様の装備ならば隠れただけでやり過ごせるが、偵察仕様の装備ならば、普通に突っ立っていてはすぐに見つかる。
すぐさまブリッツを屈ませてジェネレーターを待機モードにし、木々の隙間に身を隠す。

「こんなかくれんぼもどきで、やり過ごせるどうか……だな」

木々があるとはいえ、モビルスーツの巨体を隠すには少々頼りない。頭隠して尻隠さず、といった隠れ具合だが……。
今ミラージュコロイドを使うわけにはいかない。バッテリーはできうる限り余裕を持たせなければ、懐深くまで潜ることができない。
とにかく行ってくれ、と、アスランは祈る気持ちでレーダーの光点を見つめながら息をひそめていた。





ビクトリア基地に帰還したアークエンジェルは、戦闘の疲れを癒す間もなく様々な業務に忙殺された。
負傷兵を基地内医療施設に収容、拿捕したカナードや捕虜の収監、損害調査と報告、周辺領域内の事後偵察等々。
この時、特に疲れていたパイロット達には、そのうちの事後偵察の任務が与えられ、出動の命令が下された。
パイロット達から多少の不満が漏れたが、それでも命令は命令。疲れきった体を圧して、簡単なブリーフィングをしてから格納庫に向かった。

「今日は早く寝ようと思ったのに……」

リナは、偵察ポッドと予備バッテリーを装備した戦闘機「スピアヘッド」のコクピットの、電子装備の放つ冷たい光に照らされながら呟いた。
眠い。今日は自分の体に妙な異変が起こったからか、全身に鉛を括り付けたような脱力感を感じていた。
異変というのは言うまでもなく、ハイペリオンやザフトのMSを撃破した時に感じた集中力の高まりである。
あんなに集中力が高まったことは、今までに感じたことがなかった。『昴』の時、ゲームの全国大会決勝戦のここ一番の瞬間ですら、あの時の集中力には及ばない。

「きっと、火事場の馬鹿力ってやつなんだろうなぁ」

でもそれじゃ格好つかないから、自分の中ではSEEDと呼ぶことにしよう。
そう呼ぶと、なんかすごい主人公っぽくなったような気がする。格好よすぎるぞ。これからもあの集中力が来るとは限らないけど。
SEEDの代償なのだろう。頭が重い。集中力が前に比べて半減しているような気がする。頭がモヤモヤして、すぐに別のことに意識が行きそうだ。
リナはボヤきながらも、操縦に意識を切り替える。事後偵察とはいえ、まだ敵が潜んでいないとも限らないのだから。

「……γライン、E9地点。風向き北西、風力2。ごく小規模な森林火災が起きている以外は、特に異常なし」
「Νジャマー数値は?」

電子、航法要員の座席に収まったケリガン少尉が、偵察ポッドが観測した情報を読み上げる声が聞こえる。
自分の問いかけに、測定不能、と短く答えるケリガン。近距離通信はオフにしていたため、自分の呟きは聞こえていない様子だった。
熱源他センサーには反応が無く、Νジャマー数値も測定できないほどにクリアだということは、異常無し。敵部隊も潜んでいる可能性はないということ。

「ったく、ザフトも派手にやってくれたなぁ。環境を考えろーってやつだよ」

操縦桿を指先分くらい左に倒し、機体を左に傾けて地面を眺める。
月明かりで青白く照らされる木々と、緑が引き裂かれて黒々とした地面が剥き出しになっている。人工の光は存在せず、そこかしこから大小の煙が上がっているだけだ。
いくつかのレーダーサイトや監視塔が立っていたが、ザフトの攻撃によって無残に破壊され、ただの廃墟になっている。
破壊されたビクトリア基地の目を補うための、こうした事後偵察でもあるのだ。が、空振りに終わりそうな雰囲気だ。
もちろん、何事かあったほうが困るから、空振りに終わって何よりだ。

「……そろそろ交替だね。管制塔と連絡をとって」
「了解」

ケリガンはあれ以来、感情に任せて怒鳴ったことを反省しているのか、随分としおらしい。口数が少ないのが気になるけど。
ケリガンの管制塔とのやり取りを後ろ耳に聞きながら、操縦桿に力を込めて機首を巡らせようとした時……。

「……?」

森の一角に、何か違和感を感じて操縦桿を握る手を止める。

頭の中が澄み渡る感覚。ノーマルスーツ越しに、機体越しに……森に、地に、空に、意識が沁みていくような感覚。
流れる小川の音も、動物の寝息も聞こえてきそうな程に意識が広がっていく。
あのSEEDの感覚じゃない。SEEDが意識を一点に集中して高める感覚ならば、今のは逆に意識が拡散して膨れ上がっていくようだ。
そんな感覚の中に、異物が触れた。

(視線……? 後ろのケリガンじゃない。誰だ……?)

誰かの息遣いが聞こえてくる。緊張した……張りつめた空気。
それが、拡がった感覚を受けて跳ね返ってきた。まるでソナーのように。
この森に誰かいるのか?
しかしブリーフィングでは、このあたりの通信施設やレーダーサイトは破壊されて使用不能になってからは、誰も配置していないと言っていた。
なら誰がいる? まさか、ザフトの部隊が隠れてるんじゃ……。

「……念のため、サーチライトで照らしてみよう。ぐるりと回ってから帰るよ」
「センサーには何も反応はありませんが」
「Νジャマーを開発できるザフトだよ? 別の方法で電子装置を撹乱する手段があるのかもしれない。
慎重になって、なりすぎるってことはない。一巡りだけだ、これも立派な偵察だからね」
「……一巡りだけですよ」

なんとかケリガンを丸めこむ。まさか、違和感を感じるから……っていうのは理由にならないだろうし。
前輪を出し、着陸用の車輪に取り付けられたサーチライトを点灯させる。
操縦桿の火器操作用のトリガーをサーチライトに同調させて、マウスボールでサーチライトを操作。木々が白く照らされる。

(くっ……!)

アスランはその偵察機がサーチライトで照らし始めたのを見て、焦りを覚えた。
何故いきなりサーチライトを使い始めたのかわからない。要救助者の捜索ならばいいのだが、どちらにしても見つかれば同じだ。
まずい。機体を隠れるようにはしてあるが、あちこちの木々が剥げていて、角度によっては見えてしまう可能性がある。
できれば、このサーチライトがただの気まぐれで点けたものであってほしいが……

「……!!」

すぐ側の木が強力なサーチライトに照らされて真っ白に輝く。アスランの心臓が跳ねた。
あと20mこちら側を照らしたら、発見される。その前に――撃墜するか。
しかし、ここで敵の航空機を撃墜すれば、敵基地が異常を察知して警戒態勢に入り、潜入作戦は台無しになる。
とはいえ見つかれば、それこそ基地に連絡されて台無しになることは間違いない。

しかし迷っている間にも、サーチライトが照らし出す白いサークルは、こちらへと滑ってくる。
やはり殺るしかない。
火器管制をトリケロス内臓ライフルに切り替え、ロックオンのシーカーを偵察機の姿に重ね、トリガーに指を添える――
その時、サーチライトは突然光を消し、ブリッツの姿が再び闇夜に隠される。

「シエル大尉、まだですか?」
「もう少し見てみたいんだ。この辺に――」
『E-3、応答してください。こちらビクトリア基地。E-3、シエル大尉、ケリガン少尉。応答してください』

ブリッツを今にもサーチライトで照らそうという時、スピアヘッドのコクピットの通信機が基地からの通信を受信した。
ビクトリア基地のオペレーターの若い軍人の声。どことなく急かすような早口だ。
E-3は、事後偵察を命じられた偵察機に割り振られた臨時の通信呼称。決して旧時代の早期警戒機のことではない。

「キャッチしました。こちらE-3、リナ・シエル大尉。用件を」
『シエル大尉、至急帰還して下さい。統合本部より貴官宛ての通信が入電しております』
「? 私宛てに、直接通信ですか?」

おかしな話だ。どんな内容であれ、命令系統の順に伝えられるはず。繋ぐならギリアム艦長か、近道をしても直接の上官であるムウだろう。
ギリアム艦長やムウが自分に用事があるならともかく、統合本部が一介の大尉に用事だなんて、何事だ?

『とにかく、至急通信に応じるようにと命令がありました。偵察任務を中断し、帰還して下さい』
「……了解」

統合本部が自分個人に用事があるなんて、何か特命でも与えられるのかな?
まさか。それこそギリアム艦長を通じて伝えられるはずだ。ますますわからない。
って、ああ……ハイペリオン破壊したんじゃん……。それに対する問責か?

(あれはさぁ、絶対あっちが悪いって。……偉いさんにはそれがわからんとです)

ライザがあんなに大怪我を負ったのは、ハイペリオンのカナードのせいであってー。
きっとカナードも、その通信には同席するだろう。そのときに証言して、あいつを牢獄から出られないようにしてやる。
いや、士官学校で学んだところによれば、あの状況下での友軍相撃は銃殺に値する。……自分の一言があいつを殺すことになるかもしれないけど、本当に殺そうとしたんだし、今更だ。
とにかくサーチライトを消灯して、操縦桿を傾けて引きながらスロットルを開き、スピアヘッドの機首をビクトリア基地に向ける。
その通信に命拾いさせられたとも知らず、リナはどんな証言をしようかと思案に耽りながら帰還していった。

「……今ので、寿命が一月は縮んだな……」

アスランは、偵察機がギリギリのところで去って行ったのを見送ると、安堵の吐息を漏らし、こめかみに浮いた汗を拭う。
その偵察機が完全に去ってからもう一度行動を始めるつもりだが、偵察機は何を焦っているのか、最大速度で離れていく。
まさかバレたわけではないだろう。……そうではないと思いたい。領域内にザフトのMSを発見したら、それなりのリアクションがあってもいいはずだ。

「迷ってても仕方が無い。行こう」

進むのを躊躇う自分を奮い立たせ、ジェネレーターを再起動。ブリッツのデュアルセンサーに光を灯す。
もう、進むしかない。虎穴に入らずんば虎児を得ず。そういう古代のことわざがあるはずだ。
たとえ撃破されたとしても、自分の手足だけで基地に向かうつもりだ。捕まったとしても、脱走してキラの元に向かう。それだけの覚悟はある。
アスランの決意はヤケクソとも言うのだが、今がキラともう一度会う数少ないチャンス。ここで行動しないほうが後悔するに決まっている。

「待っていろ、キラ。もうすぐ、俺達は戦わずに済むようになる」

アスランもまた、リナに続いて基地へと向かって最後のバーニアジャンプを行った。





「……大尉! すぐに、通信室へ!」
「偵察の報告もしないとだけど」

リナがスピアーヘッドを着陸させて駐機場に停めると、通信兵が待っていたように駐機場に走ってきた。
基地もザフトのMS部隊による襲撃があったのだけれど、幸い滑走路は無事だったのだが、発電機がいくつかやられたようで、闇夜なのもあって真っ暗だ。
なので彼が通信兵だと判断するのに、彼の怒鳴り声が聞こえてくるまでわからなかった。
あまりに急かす通信兵に、何事? と思いながら、基地のサーチライトによる逆光を浴びて真っ黒な姿の彼を見返す。ケリガン少尉も怪訝そうだ。

「電子要員の少尉だけでいいと、司令が」
「やった♪ じゃあお願いね、少尉っ」

面倒くさい報告押し付けれたー。わーい。ケリガン少尉がすごい睨みつけてくるけど、怖くないもんねー。
やたらと嬉しそうに弾む自分に若干引きながら、ではこちらに、と通信兵が案内するので、走って彼の後をついていく。


「うっ……」
「あら、リナさん。ごきげんよう」
「……」

通信兵の案内で指令室の前まで来ると、その顔ぶれに思わず苦虫を噛んだような顔を浮かべてしまう。
その通信機は、指令室にしか置かれていない。それゆえ、指令室に呼ばれる人間といえば指令室に詰める専門の軍人、ビクトリア基地の幹部、あるいは司令が特別に召致した軍人しか入れない。
自分はそのうちの、特別に召致された軍人のうちに入ることになる。じゃあこの二人も、その人間に入るのだろう。

「えっと……」

同じ顔が二つ並んでる……。いや、客観的に見たら、ボクも含め同じ顔が三つ並んでるんだろう。
この二人のことも、覚えている。SEED覚醒中のことはしっかり覚えているのだ。まるで夢の中みたいに、おぼろげにだけど。
ノーマルスーツの色は変わっていたが、こいつらも地球軍所属のパイロットだったから、あの場に居ても不思議じゃないけど、この場にいるのはどういうこと?

「…………」

正直気持ち悪い。自分と同じ姿を見るというのは、結構精神にくるものがある。
彼女達は自分と違って、地球軍士官が着る白い軍服だ。……なにやら不公平なものを感じるんだけど。
フィフスも同じ顔だった。不気味な笑顔を浮かべて、一矢報いることもできずにオトされた。それを思い出して、思わず顔を顰める。

「あら。リナったらご機嫌斜めだけれど、どうしたの?」
「……ていさつで、やなことあった?」

片方はほのぼのとした優しげな表情。もう片方は、無愛想で、幼い表情。
表情は違えど、顔は同じ。それがますます腹が煮えくりかえるのだけれど、こいつらはフィフスとは違うのだから、八つ当たりしてもしょうがないか。
深呼吸。はぁ。とりあえず落ち着こう。どーせこいつらはユーラシア連邦。こっちは大西洋連邦。すぐに顔を合わせなくなる。

「……別に、どうもないよ」

ていうかこの人達、階級は曹長じゃん。こっち大尉なんだから、最低でも敬語は使ってほしいんだけど、どうなの。

「お入り下さい、統合本部の方々がお待ちです」
「「「了解」」」

気まずい空気を察したのか、通信兵が急かしたためにまずは指令室に三人揃って入ることにする。
指令室は、さすがこの広い土地を管理、防衛するだけあり、機能的で広い。
一等高いところが、あのハーキュリー司令の座る司令官用の座席。そこから降りていくと、幹部用の席、更に降りてオペレーター達指令室詰めの軍人達の席だ。
奥の広い壁一面が大小の電子画面で埋め尽くされ、多くの指令室詰めの軍人達が画面を見守ったり、せわしなく動き回り、なんらかの通信をしていたりする。
時間はもう規定の就床時間をかなり回っているが、基地が大きいだけあって、まるで戦争中のように騒がしい。
リナ達が入ったのは、大画面のすぐ横。まるで劇場のスタッフ用入り口みたいだ。

その統合本部の連中と繋がっている、という通信機は、指令室の一番高い段の隅にある、遠距離通信用の大出力通信コンソールだ。
三人でそのコンソールの前に並んで、通信兵が送受信の操作を行い、場を譲る。
画面はたびたびノイズが走ったり、一部が一瞬固まったりして、いい通信状況とは言えない。まあΝジャマーがある大気圏内で、これだけでも上等といえば上等なのだけれど。
その画面に、一人の初老の軍人の姿が映る。黒髪黒眼のロシア系の縦長の顔で、胸賞の数と襟章の線の数からいっても、かなりの偉いさんだとわかる。
彼の後ろにひっそりと、額の広い、南米系の小兵の男が立っている。副官か?

『お前達が、あの若造が言っていた兵士達か。本当に同じ顔ばかりだな』

あの若造? と疑問の声を上げそうになったけど、言葉を挟んで笑って許すような、フランクな雰囲気のおっさんではないので、黙っておく。
こちらの怪訝顔が見えたのか、初老の軍人――階級章からして、将官らしい――も、眉根を顰める。
同じ顔をした兵士達、と言った。一括りにされてる、ということは、同じ顔ってことに意味があるのか……?

『ひとまず、防衛線のさなかに起こった友軍相撃について事情を聞かせてもらおうか』

おっさんの声は強力に暗号化されているために音質は最悪だけど、侮蔑的なのは明らかだった。
そりゃそうだろう。防衛線の勝敗如何がこの戦争の行方に大きく影響するというのに、その間に味方同士で争っていたら怒りもする。
もしトールとカガリが、アークエンジェルが危ないってときに撃ち合いなんぞしてたら、自分だったら二人とも怒りで撃墜してしまいかねない。

とにかく、自分が知っている事実を、包み隠さず説明する。
ストライクに対し積極的に攻撃を仕掛けていたこと、制止した自分にも攻撃をしたこと。
拿捕しようとした味方機をバリアーで間接的に撃墜したこと、やむを得ず自分の手で無力化したこと。

『……その間、パルス少尉の僚機である諸君らは何をしていたのだ?』

そうか、こいつらなんで居るのかと思ったら、カナードの僚機だったのか。

「私達は、パルス少尉の命令に従い、友軍ストライクに対し射撃を行いました」

ショートヘアーの曹長が、涼しげな顔でさらりと答えた。
なにィ!? そんなこと聞いてないぞ!
思わず振り向いて睨みつけるけれど、ちゃんと前見てて、と視線で指示された。あ、あとでボコにしてやる!
さすがに聞き咎めたようで、中将は片眉を上げて、低い声で追及する。

『隊長の命令だから、自分達には責任が無いと、そう言いたいのかね?』
「あの時の少尉は怒りで錯乱していました。ですから格好だけでも従わなければ、自分達が危ないと判断したのです」
「詭弁だ! 味方を撃っておいて、緊急回避が適用されるワケないだろ!」

彼女のさらりとした口ぶりに、思わず頭に血が上ってしまい声を張り上げて椅子を蹴って立ち上がる。
そうだ、詭弁だ。軍紀に背くような命令は聞く必要が無いこと、そして従った場合は同じく罰せられるということは、士官学校で習った。
第一、キラを撃ったことをうやむやにされてたまるか!

『シエル大尉。貴様の発言は許可していないぞ』
「……っ! ですが!」

中将がうるさげに制止してきた。この中将、こいつらの贔屓してんじゃないのか!?
そう思い込むとお腹の中が煮えくりかえるが、まずは制止の言葉に渋々従って、蹴った椅子を引き寄せて座る。
続けろ、と中将が促して、曹長が頷いて再会する。

「その証拠に、私達はシールドだけを集中して射撃していました。念のため、シールド全体を満遍なく撃つことで貫通を予防しました。これに関しては、ユーラシア連邦の憲兵が検察し、確認済みです。
その後は、すぐに乱入してきた、ザフトに奪われたG兵器の対処をしましたが、撃墜されたため脱出しました」

……一応理にかなった対処のような気がするけど、まだどこか釈然としない。
撃った事実は変わらないだろ、と思うが、今何を言っても無駄だろうし……。

「以上が、私、リィウ・リン曹長とエルフ・リューネ曹長の報告です」
『……了解した。パルス少尉の普段の言動なども詳細に聞きたい』

それから後は、二人への質問攻め。
カナードに、普段から激情家なところはなかったか、軍務に対する不満を漏らしていなかったか、といった人格的なところから、怪しい宗教に入った等の話は無かったか、という、ごくプライベートなところまで。
自分にも質問は回ってくる。が、それはキラに関する質問だった。コーディネイターが、ザフトが、など、いわゆるキラの内通疑惑や、地球軍、ナチュラルに対する意識も聞かれた。
全体的に、キラは悪くありませんっていう内容で答えておいたけど、この中将、どこまで本気で受け取ってくれたやら。とりあえずは納得してみてはくれたけど。
それよりもこの中将、舐めるような視線が鬱陶しいな……と思うが、我慢、我慢。
あらかた質問が終わり、一息ついた頃。

『以上だ。楽にしたまえ』

事情聴取は終わったらしい。はぁ、と小さく息をつく。楽にしろ、と言われたからって中将の前で背伸びでもしようものなら、怒鳴り声が飛んでくるので、また我慢。
とりあえず聞かないといけないことを聞こう。この二人も、あのカナードにくっついてたからちょうどいい。

「カナード・パルス少尉の処遇はどうされたのですか?」

そうだ、それがさしあたっての問題だ。
自分も関係者なのだから、それを聞く権利はあるはず。何より、ライザをあんな目に合わせて、黙っていられるはずがない。
しかし中将の対応は、至って冷ややかなものだった。

『パルス少尉の処遇に関しては、後に軍法会議に持ち込んで検討する。それだけだ』
「……はい」

聞けないか……残念。あいつに下される裁きを見届けないと、安心してビクトリアを出られないっていうのに。
悔しげに俯いていると、会話が途切れたような気がして顔を上げる。
その中将は、後ろで事情聴取の内容を記録していた書記を退室させ、一息ついて気を取り直したようだ。

ブツッ。

「え?」

いきなり通信が切れた。呆気に取られて、思わず声が漏れる。
終わったの? そう思って他のふたりに視線を送るが、席を立つ様子もない。確かに、通信が終わりにしては中途半端だ。
何これ。これって結構あることなの? まあ、Νジャマーの影響下だから、ブツ切りになってもおかしくないんだけどさ。
とりあえず待っていないといけない雰囲気なので、指令室独特の喧騒の中、居心地の悪さを我慢しながら待っていると、モニターが開く。

ただし映ったのは人間ではなく、普通の通信コンソール画面の隅っこに『SOUND ONLY』という素っ気ない字が表示されるだけ。
スピーカーから、サラサラと微かなノイズが響き、繋がった? と思って耳を傾けた。

『……さて、本題に移るとしよう』

再び、さっきの中将の声が響いてきた。
その声は、息遣いと舌の粘つく音が聞こえてくるくらいに鮮明に響いた。
Νジャマーの影響下であることを忘れたようなクリアな音質に、思わず我が耳を疑った。
この通信機から聞こえてるの? 基地内のどこかから通信してるんじゃないの? 思わず振り向いてしまう。
それを見て、リィウがくすっと笑った。む、なんかシャクだ。

『事態は急速に動いているのだ、働ける者から働いてもらわねばならん。
お前達には新しい機体を届けさせた。朝を迎える前に届くだろうから、楽しみに待っていろ』
「はぁ」

新しい機体? またぞろストライクダガーかな。この時期にダガーLやウィンダムは無いだろうし。
思いつく限り、ガンダムといえばあと三馬鹿の悪そうなガンダムだけど、あれを送ってくれるのかな。またストライクダガーでも構わないけど、できれば新型がいいなぁ……。

『なお、エルフ・リューネ曹長、リィウ・リン曹長は、リナ・シエル大尉とは別ルートでもってアラスカに向かえ』
「何故ですか?」

この人達もアークエンジェルに一緒に乗ったほうが、楽だと思うんだけど。
訊き返すと、通信の向こうでため息が微かに聞こえてきた。あ、落胆されてる。

『貴様は、自分に与えられた任務を覚えておらんのか!』

これは副官の声。小男らしく、某出っ歯の副部長のごとき、耳が痛くなるようなやたら甲高い怒鳴り声を挙げた。
そう言われても、何のことかさっぱり分からない。統合本部から特別に任務を与えられてたら、覚えていないはずがないんだけど。
困った風に頭を掻いてると、リィウが膝をぽんと叩いてきた。そちらに振り向くと、お姉さんのような優しい笑顔で、ここは任せて、と視線で告げてくる。
怒り心頭といった様子で息を荒らげる小男に、リィウが発言した。

「恐れながら、ジュダック中佐。シエル大尉はその役割上、目覚めるのが一番遅かったのです。
大尉には後で私が説明いたしますので……。エルラン中将、どうかお続け下さい」
『む……まあ、よかろう。末端の兵を責めても仕方あるまい。
とにかく、我々は上の命令を伝えるのみだ。各自の個人的事情などは関知せん。
なお、集合期日は四月二十九日だ。それに遅れた場合は任務放棄とみなして、上に報告させてもらう』

げ。四月二十九日といえば、今日は二月二十日だから、あと二カ月と一週間少ししかない。
ここはビクトリアで、アラスカにたどりつくためには、西向きに回ればいいと思うだろうが、実際はそう簡単にはいかない。
大西洋に面した海岸は全てザフトに取られていて、ビクトリアのすぐ北と西には、ザフトの港とディオキア基地があるし、バルトフェルド隊もいる。大西洋から行くのは絶望的なのだ。
よって、アークエンジェルはほぼ地球を四分の三周してアラスカに向かわないといけない。この二人も大変なんだけど、半端に有名になってしまった分、アークエンジェルはより大変だ。

二か月と一週間。まあ、蒸気機関の時代でも八十日で世界一周したっていう話があるから、不可能じゃないんだろうけど……。こっちは戦いながらだから、そう楽観してはいられない。
はぁ、と深いため息が漏れてしまう。じゃあその新しい機体はどうやって輸送してくるんだよ……。
まさかアラスカから直接ってわけじゃないだろうから、どこかで作ったものを送ってきたんだろう。
ここらで一番でかい工場がある地球軍基地といったらスエズ基地だから、そこで組み立てたのなら辻褄は合う。

『私からは以上だ。リューネ曹長とリン曹長は解散してよし。……シエル大尉は、そのまま残れ』
「は? ハッ」

思わず疑問符が浮かんだけど、咄嗟に従順な軍人の仮面をかぶって返事をする。
ごゆっくり、とリィウが呑気なことを言いながら席を立って、指令室を出ていくのを、さびしげに見送ることしかできない。

結局、ふわっとした命令しか伝えられなかった。なんか連続ドラマの途中だけを見たような気分だ。
一体どんな目的の、どんな内容の作戦に参加するために、集合しなければならないんだろう。ていうか上って誰?
リィウが後で説明するって言ってたから、それを待つしかないのかな。なんか疎外感が半端無いな。
とにかく、中将の言うことだ、素直に聞いたほうが身のためだろう。言われたとおりに、通信モニターの前で待つ。

……なかなか来ないな。
他に誰か、自分と一対一で話したいのがいるのか? あちらの中将と中佐も退席したのか、もう誰の気配も伝わってこない。
この後に来るのかな。じっと待っていたら、椅子の足が床を叩く音が響く。
その誰かが来たみたいだ。息を呑んでその人物が発言するのをひたすら待つ。
すぅ、と息を吸う声。


『久しぶりだな、リナ。息災のようで何よりだ』


「なっ……」

驚きの表情で目を剥いて、『SOUND ONLY』の文字を凝視した。
その文字の向こうに、あの鉄面皮が浮かび上がる。

デイビット・シエル。

あの、親父が……通信機の向こうに!

「……」
『どうした?』

久しぶりなのと、唐突過ぎて、なんて呼んでたか忘れた……。


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