「ん……?」
「どうされましたか、クルーゼ隊長」
オーストラリア北方、カーペンタリア基地の作戦会議室。
インド方面に存在する連合軍基地の攻略作戦を戦術士官達と会議を行っていたクルーゼが、突然の違和感に襲われて、眉間を押さえた。
地上での副官である黒服のザフト軍人が、そのクルーゼの様子に気遣う声をかける。
その声に応じることなく、クルーゼは頭の奥から響いてくる違和感に疑問を覚えた。
(なんだ、この感覚は……。まるでムウを感じた時のようだが?)
似通った遺伝子を共有する者とだけ通じ合うことができる、シンパシー。
フラガ家の血筋の者だけが有する特殊な能力である。これを感じる時は、あの己のオリジナルであるアル・ダ・フラガの実子、ムウ・ラ・フラガが近くに来た時にしか感じることができないはず。
いや、この感触は確かにシンパシーに似ているが、もっと……遠くから押し寄せてくる津波のような、巨大なプレッシャーだ。
ムウからは感じたことがない、この違和感。奴以外の誰かが放っているようだが……誰だ?
「……失礼。少し、気分が優れない。席を外させてもらう」
「では、上陸作戦の立案は」
「ワイルダー殿の案を支持する」
「ハッ」
重要事項の提案だけを告げて、このプレッシャーの源を探るべく作戦会議室を後にする。
自室である執務室に向かって歩きながら、プレッシャーの種類を吟味する。
少なくとも発生源は近くには居ない。ある一定方向から感じるものではなく、その形もあやふやだ。
しかし強大な力だ。これほどのプレッシャーは、あのムウ・ラ・フラガですら発したことはない。
「このざらっとした感触……気に入らんな」
苛立たしげに呟く。
無方向、無目的な敵意。女のヒステリックな怒声を聞いているかのようだ。
しかし距離があるからか、別の要因があるのかはわからないが、発生源の位置や人物はわからない。それが歯がゆい。
長時間このプレッシャーを浴びていると、また発作が起こりそうだ。薬を飲んで落ち着かねば、と、己の執務室に向かって足早に歩き始めた。
「……っ」
同時刻。同じカーペンタリア基地。
新しく届いた愛機の調整を格納庫内で行っていたフィフスは、コクピット内でがくんと頭を垂れて、頭を抱える。
「どうした? フィフス」
その異変に気付き、チェックシートを手に調整を補助していたマカリが、彼女の異変に気付いて声をかける。
当のフィフスは小さく震えながら頭を抱えて縮こまっている。尋常ならざる彼女の異変に、マカリはコクピットに身体を潜り込ませ、フィフスの小さな体を抱きかかえた。
フィフスの身体は軽い。平均的な十三歳くらいの体型だが、体重は40kgを割っている。ザフト入隊時に、それが理由で落とされそうになったこともあるくらいだ。
ゆっくりと顔を上げて、マカリの顔を見上げる。
「リナちゃんの声が、聞こえた」
「……始まったか」
フィフスの表情を見、声を聞いて、とりあえず身体への異常が無かったことがわかると、そっと地面に下ろした。
はぁ、と一つ溜息。この事態がいつか来るとは思っていたし、望んでもいたが、実際にやってくるとなるともっと強い覚悟が必要になる。
……自分達を信じていた人間達を裏切るという覚悟が、いざというときは、自らの命をも捨てる信念が必要だ。
その決意をギュウギュウに押し込んだような、硬い声でフィフスに告げる。
「これから忙しくなる。あいつがそうなったなら、もうゆっくりしていられない。
……奴に連絡をとろう。もう気付いているだろうが……何か指示があるはずだ。フィフスは前もって準備を進めておいてくれ」
「わかった」
マカリは、フィフスの返答を聞いて頷く。そして、その表情と声に、また憂鬱になる。
彼女の表情は、恐ろしいほどの無表情。ごく平坦な声になっていた。フィフスは再びコクピットに潜りこむと、調整を再開する。
整備用のインターフェースのキーを叩く指の動きは、フィフスが異常を訴える前の三倍近く速く、正確だ。
自分も仕事に戻りチェックシートに視線とペン先を落としながら、呟く。
「アレが例の……実際に見るのは初めてだな。それに、この機体。偶然か……?」
チェックシートのタイトルには、こう書かれていた。
”ZGMF-X10A フリーダム”
- - - - - - - - - - - -
ビームサーベルの鉄をも蒸発させる高熱が、ハイペリオンの機体を灼く。
装甲が融解し、周辺の電子機器をショートさせ、ビームサーベルが貫いた左肩から先が完全に機能停止する。
おまけにランドセルに搭載している左側のアルミューレ・リュミエール発振機は、”フォルファントリー”ごと高熱の干渉で故障、少なくともこの戦闘中は使用不能に陥った。
ハイペリオンのコクピットを照らしているコンソール画面に、次々とレッドアラートが表示される。
カナードは屈辱と怒りに燃えた。背後からとはいえ、たかが雑魚の機体がハイペリオンに傷をつけるとは!
「絶対に許さねぇ!!」
怒りの炎を口から吐き出しそうなほどに吼え猛り、ビームナイフを輝かせて振り向きざまに水平に振るう!
ストライクダガーの首を飛ばす太刀筋だったが、その光の刃は届かずストライクダガーのゴーグルの目の前を、残光を曳いただけに終わる。
「くっ……出力が弱まったか!」
確かに、フォルファントリーやザスタバ・スティグマトを乱射しすぎた。ビームナイフの刀身が多少短くなっていてもおかしくない。
ならばもっと踏み込む。ストライクダガーはそれに対し、一歩も引かない。
「……それがどうした」
リナは低い声で呟く。
ハイペリオンの動きは速い。キラが操るストライクに優るとも劣らないスピードだ。
しかし今のリナには、見える。生身のリナの動きと比べれば遥かに鈍重だ。ハイペリオンの予備動作とほぼ同時に反応し、まるで工場の精密機械のような、操縦桿とフットペダルを目にもとまらぬ速度、正確さで動かす。
コンマ秒遅れてストライクダガーが追従し、もう一本のビームサーベルを引き抜くと、ギリギリでハイペリオンのビームナイフの下をくぐり抜ける!
「速い!?」
「何っ!?」
キラとカナードは驚愕の声を挙げている間に刃の下に潜りこむと、右手に握ったビームサーベルでハイペリオンの胴にビームサーベルを水平に振るう!
しかしカナードもこれに反応。性能差にものを言わせて、ストライクダガーの振るう腕よりも速く、ワルツのステップのように身体を半回転させてビームサーベルの刃の長さから逃れる。
「うおぉっ!?」
それでもやはり間合いが間合い。完全に逃れきることはできず、ビームサーベルの先端がコクピットを掠め、コクピット内がビームで眩く照らされる。
ストライクにコクピットハッチを切り裂かれて自身が無防備だったのと、それに加えてヘルメットを被っていないため、ビームサーベルが近くを通るだけでも致命的だ。
だがコクピットハッチが予め切り裂かれたことは、不運でもあり、幸運でもあった。
もしハッチが無事だったなら、それを切り裂かれた際にビーム片と溶解した金属が飛び散り、ヘルメットをしていないカナードはひとたまりもなかった。
「調子に乗るな、雑魚が!」
ビームサーベルの閃光に網膜を焼かれながらも、ストライクダガーに向かって正確に照準を向けるとビームマシンガンのトリガーを引く。
リナはその攻撃を先読みしては、いなかった。
しかしハイペリオンがビームマシンガンを持ち上げる動作が見えていたため、ほぼ同時に反応。ビキッと悲鳴を挙げる操縦桿を無視し、目にもとまらぬ操縦桿捌きで機体を半歩右にステップさせる。
そのステップのリズムのまま、素早くハイペリオンへ踏み込む!
「がぁっ!!」
ビームマシンガンを撃ったその一瞬後に、ストライクダガーの肩からのタックルがハイペリオンのコクピットを捉えた!
さすがにコクピットハッチが無いと、衝撃を相殺することはできない。裂かれた装甲がひしゃげ、コクピット内の電子機器が火花を散らせて明滅し、空間が少し狭くなる。
カナードのミスは、ビームマシンガンに拘ったことだ。
格闘戦はもとより、性能は遥かにストライクダガーよりもハイペリオンのほうが上なのだから、ビームナイフが出力低下して刀身が短くなったと”思いこみ”、格闘戦を諦めてはいけなかった。
実際は、ビームナイフの刀身は短くなってなどいない。リナのストライクダガーが、姿勢を全く変えずに素早く半歩引いて避けたのだ。
全く上下動無く引いたので、カナードはビームナイフが届かなかっただけと勘違いしたのである。
リナがこれを読んでやった……わけではない。ただ単に、リナの操縦に対しストライクダガーの追従性が低いため、不本意ながらギリギリで避けた結果である。
もう一つある。それは、ストライクダガーだからと甘く見たこと。
確実に勝つ戦法をとるなら、徹底して距離をとり、アルミューレ・リュミエールを展開してキラとリナの攻撃を無効化しつつ、射撃戦に持ち込めばよかったのだ。
だが、それができない理由がある。それは、基地内外でのザフトのMSとの戦闘、キラとの戦闘でバッテリー容量がかなり心許なくなっていたのだ。
無補給で連戦、それも消耗の激しいビームキャノン”フォルファントリー”とビームマシンガン”ザスタバ・スティグマト”を連射していたのだから、アルミューレ・リュミエールが使えなくなるのは偶然ではなく、なるべくしてなった事態だ。
そもそも、アルミューレ・リュミエールという消耗の激しいバリア発生装置を積んでいる上に、イーゲルシュテルンを除いてはエネルギー消費の激しいビーム兵器ばかりで構成したMSを、補給の望みの薄い前線に投入することが間違いなのだ。
ハーキュリー少将の誤算は、カナードの、キラに対する執念を理解していなかったこと、そしてハイペリオンの性能を過信しすぎたことだろう。
「……」
光を宿さないガラス玉のような瞳が、コクピットを半分潰されてストライクに倒れこんだハイペリオンを捉えた。
その瞳に一切の躊躇も迷いも宿さない。ただ、まるで第三第四の目が開かれたように視界が広がり、恐ろしいほどに集中力が増している。
スポーツにおける”ゾーン体験”という状態が、今のリナに近い状態だ。
心と体が完全にシンクロし、迷いが完全に消え去る。まるで空から自分を見下ろしているかのように、全てが見える。
リナは、その不思議な感覚になんら疑問も持たず、自然体で受け止め、そして心の赴くままに身体を動かし、ストライクダガーを操縦する。
もはやカナードへの怒りは無い。
ただ、殺す。
その一点に全てを集中させた。
「とどめ」
ぼそりと、呟く。
先ほどビームサーベルを振るった時、コクピットの中に、かみ合わない歯車同士を無理擦り合わせたような異音を立てたが、無視する。
ハイペリオンを撃破することに比べれば些細な問題だ。今ここで、こいつを殺す。
半身斜めに構え、ビームサーベルを刺突の形に構える。一歩踏み出そうとしたところで――警報!
「!」
レーダーに、敵味方の光点が入り混じる。敵はディン4、ジン・オーカー3、アジャイル12。加えてピートリー級1台。
それに比べて、味方はリニアガン・タンクにブルドックが十数台いるだけ。殲滅されるのは時間の問題か。
このレーダーから手に入る情報から戦術予測を組み立て、その計算結果を弾きだすと咄嗟に飛び退く。
ゴバァッ!!
リナが立っていた場所が炸裂! 木々がなぎ倒され、土が耕され、火柱が上がる。
ピートリー級とディン、アジャイルによる一斉砲撃だ。ピートリー級が近づいたせいでΝジャマー数値が増大し、通信装置が使用不能に陥る。
キラと連絡がとれないし、ハイペリオンのパイロットの怒声はノイズの向こうに消える。
チッ、と舌打ちが漏れる。リナの標的は、ハイペリオンからザフトの部隊にすぐさま切り替わった。
ストライクダガーを振り向かせると、イーゲルシュテルンの弾丸をばら撒きながら大きくジャンプ!
本来直進性の低いはずのイーゲルシュテルンを正確にアジャイルに命中させ、まるで七面鳥撃ちのように三機を火達磨にする。
「うおぉー!! ナチュラルのMSなんぞにぃ!!」
「叩き落せ、這うしかできない連合のMSなぞ!」
ディンのパイロット達は味方の戦闘ヘリがあっという間に落とされたことに激昂し、対空ミサイルをリナ機に向けて発射!
リナはそのミサイルの数が、イーゲルシュテルンでは対応しきれないと見るや、片足を振り出して脚部バーニアを吹かせて全速後退。
ミサイルはリナ機を追尾して、一塊に集まってくる。そこにビームライフルの引き金を引いてビーム弾を撃ち込む!
ドドドウウゥッ!!!
空にいくつもの火球が花咲き、次々とミサイルが誘爆を引き起こす! MSに乗っていても、その爆音が腹の底を叩く。
直撃させるのではない。わざと掠めさせてミサイルの信管を誤作動させ、自爆させたのだ。それが、あの盛大な爆発につながった。
まるで空に何個もの小さな太陽ができたように、爆炎がいくつも上がった。赤い光がコクピットを照らし、視界にはそのミサイルの爆発の光だけが眩しく映る。
「み、ミサイルが全弾!? あれだけぶち込んだものを――ぐあぁっ!!」
二十数発ものミサイルが、一つ残らず撃墜されたことに驚愕したディンの一機のコクピットを、光と煙の向こうから伸びてきたビームが貫く!
ミサイルと運命を同じにしたディンは、パイロットを失いジェネレーターを撃ち抜かれ、小規模な爆発を起こしながら墜落していく。
「ざ、ザッシュ!! 」
僚機が、敵機を再視認する前に撃ち落されたことに驚いたディンのパイロットは、空中分解しながら森の中に墜落する僚機を見送ることしかできなかった。
爆煙がまだ無くならないうちに、狙撃した!? 今もディンのロックオンシステムは空を隠している多数の熱源のために、敵機を捕捉できないというのに。
センサーが機能不全になっている状況で狙撃となると、ノーロックオンで撃ったことになる。
(そんなことが……ありえん! 乱射したものがたまたま命中したに過ぎん!)
「うおおおぉ!! ザッシュの仇いぃぃぃ!!!」
ディンのパイロットは僚機がやられた怒りの咆哮を挙げ、ディンのスロットルを全開にして煙の中に突っ込む!
他のアジャイルやディンも続いて、煙の中に飛び込む。たかが量産型MS一機、数と性能差でねじ伏せるつもりなのだ。
「殺してやるぞ、ナチュラル共おおぉぉ!!」
その怒りの叫びが終わる前に、ディンのパイロットはビームの閃光に包まれ、その煙の一部となってしまった。
「くっ……り、リナさんっ!?」
キラはハイペリオンが倒れかかってきて転倒し、土煙が晴れた時に見えたのは、アジャイルとディンの部隊に向かって跳躍するリナ機のバーニアの炎だった。
あれほど、ライザがバリアで焼かれてハイペリオンに対して怒りを露にしていたはずなのに、その相手を放っておいて別の相手に飛び掛っていくなんて。
そのリナの豹変ぶりに、キラは戦慄を覚えた。
まるで人が変わったようだ。怒りで自分を見失っているのか? それにしては狙いも動きも恐ろしいほど精密だ。
それに、目に付くもの全てを攻撃しているように見える。
”バーサーカー? それは何かの神話に出てくる、狂戦士のことだろ? ”
”狂……戦士? ”
”そう。普段は大人しいのに、戦いになると興奮して、人が変わったように強くなる……なんだ、いきなり? ”
フラガ少佐が自分の戦い方が変わった時のことを、そう表現した。
バーサーカー。それはまさに、今のリナを表現する最適な言葉のように思える。
「まさか、リナさんも!?」
自分と同じように、バーサーカー状態になったのか。まさかリナまでもが、同じ力を持っていたなんて。
誰もがその力を持っているわけではないはず。だとしたら、自分とリナにどんな共通点があるんだ?
わからないけど、彼女がコーディネイターであることはこれで確実になった。ナチュラルを見下すわけじゃないけど、機体性能が拮抗しているのに、あそこまで敵を圧倒するのはナチュラルには不可能に思えたからだ。
ズンッ!!
「!!」
コクピットが微振動を起こす。ザフトの航空部隊を撃破し終わったのだろう、リナのストライクダガーが目の前に降り立つ。
機体の損傷を考慮せず乱暴に着地したせいで、びぢっ、と脚部関節が軋むが、当のリナはそれを無視。
不気味にゴーグルを輝かせ、ビームライフルを捨てた。太陽を背にしているストライクダガーは、キラの眼には今までに見たことのない不気味なものに映った。
左腕は肩から喪失していた。まるで強引に引きちぎったように、断面からコード類や人工筋肉が剥き出しになっている。
ビームライフルを持っていた右手にビームサーベルを握り、ビームの刃を展開する。殺気が、機体全体から妖しく漂っている……!
「くっ……!?」
まさか、僕ごとこのハイペリオンを撃破する気なのか!?
ストライクダガーの視線は、ハイペリオンを向いている。しかし、ビームサーベルを今振り下ろされると、自分まで斬られてしまう。
なんとかハイペリオンから離れようと機体を動かすが、一瞬間に合わない!
既にビームサーベルは振りあげられた。踏み込み方からしても、自分ごと深く斬り伏せようとしている。
「やめろぉっ!!」
操縦桿を思い切り押し、右のフットペダルを踏み抜く!
ストライクは膝を立ててハイペリオンの腰部を押し上げ、背中を両手で持ち上げた!
その動作と、リナのストライクダガーがビームサーベルが降り下ろしたのは同時!
「ぐうぅ!!」
「がはっ!?」
「!?」
キラがハイペリオン越しに伝わってくる衝撃に歯噛みし、直接衝撃を加えられたカナードが、乗用車同士の交通事故並みの衝撃を受けて苦悶の声を漏らし、リナは突然ハイペリオンが近づいてきたので目を丸くする。
ストライクダガーの限界を超えて振り下ろした手首が、ハイペリオンの胸部に激突!
その衝撃が手首から右腕の肘に伝わり、関節の駆動部が耳障りな金属音を立てて破壊する!
金属部品が暴れまわり、エネルギーラインが切断されてビームサーベルが光を消し、だらん、と曲がってはならない方向に曲がる。
MSの腕をあらん限りの強さで叩きつけられたハイペリオンも、無傷では済まなかった。
インテークがひしゃげて冷却機能が機能不全に陥り、ジェネレーターが熱暴走を回避するために緊急停止。デュアルセンサーから光が消え、腕がだらんと垂れる。
キラを執拗に追い続けたハイペリオンとカナードの暴走劇は、こうして戦火のただ中で第一幕目を閉じた。
「こいつら……邪魔をするな!」
その頃アスランは、カナードの隷下にある黒いストライクダガーに、執拗に攻撃を繰り返されていた。
この二機は、とにかく連携が手ごわい。
木々や小さな崖、大岩もある密林の中を縦横無尽に素早く駆け回り、一機がビームライフルを撃ち、わずかな時間差で別の方向から別の一機が撃ってくる。
1kmでも離れれば音声通信すらできないほど、Νジャマーが大量に散布されている環境下で、まるでお互い意思疎通ができているかのような連携をとるのだ。
これでは、一撃離脱を得意とするイージスの真価を発揮することができない。
地上で変形すると著しく運動性が落ちるため、イージスの最大火力であるスキュラは撃つことができない。……撃てたとしても、木々が邪魔で照準が定まらない。
「だが、それでも!」
たとえ二機の連携が優れていても、性能差はいかんともしがたい。
量産機ではイージスにスピードも、パワーも、装甲も劣っている。ジンよりもぎこちない動きしかできない機体では、咄嗟の事態に即応できないことは目に見えていた。
アスランはこの二機との競り合いの間にそこまで性能を読み取り、決行に移す。
木々の隙間から出てきた黒いストライクダガーにイーゲルシュテルンを叩きこみ、装甲表面に火花が散り、装甲がボロボロに弾けていく。
「あっ……!」
パイロットの少女は、機体に打ちつけられる振動と、装甲を掘削されて中の機械部分がダメージを受けたことにより、怯む。
ストライクダガーの動きが止まる隙を見て、アスランは素早くビームライフルを構え、トリガーを引く。
もう一機のストライクダガーがすぐさま飛び出てビームライフルをイージスに構えるが、もう遅い。
閃光がイージスのビームライフルの銃口から溢れる。
その頃、リナが怒りによってバーサーカーへと変貌し、
二機の漆黒のストライクダガーも、黒い残影を曳いてビームを避けた!
「なっ!?」
アスランは驚愕の声を挙げ、目を疑った。
ビームを撃った後にかわした!? そんなことができるのか!?
しかも機体は変わらないはずなのに、スピードまでも、まるで別物のように向上して距離を詰めてくる!
「くそっ! いきなり動きが変わった!」
今までイージスの格闘能力に警戒してか、積極的に格闘戦を仕掛けてこなかったのに、突然戦法が変わったことに驚きの声を挙げる。
それでも機体性能はイージスの方が上だ。アスランは物怖じすることなく、両手にビームサーベルを閃かせて応じる。
二機もビームサーベルを同時に展開すると、片方に対してイーゲルシュテルンで牽制し、もう一つをビームサーベルで払う。
だが二機の攻撃はこれで終わらない。
同時に一歩距離を離す。片方はフェンシングの構え、片方はサムライを思わせる中段の構えをとり、またも同時に仕掛ける!
一機は突き、もう一機は払い、更に振りあげ、薙ぎ、と変幻自在の剣術で襲う。
「うっ、くっ! 量産機で、よくもイージスについてくる……!」
二機の猛攻にアスランはさすがに苦い声を漏らす。
両機とも、赤服級のすさまじい技量の持ち主だ。これほどの技量、コーディネイターなのか!?
アスランは迷いながらも、集中力を高めて二機の斬撃を同時処理で戦う!
足払いを小さなジャンプでかわし、突きを同じサーベルでいなし、振り上げの斬撃をバック宙でかわし、空中への追撃のビームライフルは、まるで落下する猫のような動きで縦回転してかわした。
「っ!?」
しかしかわし方が紙一重過ぎて、バックパックの表面をビームが溶解。ラジエーターのコンディションシグナルがイエローに変わり、アスランは舌打ちを漏らした。
空中で逆さまになりながらイーゲルシュテルンをばらまいて二機の踏み込みに楔を打ち、片手逆立ちで着地すると、ストライクダガーの頭部を脚部のビームサーベルで水平に刻む。
しかしストライクダガーも身を引いてかわし、二機が同時にイージスの腰に突きを放つが、片手でジャンプしてバーニアを駆使し、宙に飛びあがるとMA形態に変形、スキュラの砲門を輝かせる。
「これで!!」
スキュラの砲門から超高音の眩い光の奔流を放たれ、二機を薙ぎ払う!
咄嗟に飛び退くが、距離が近い。それにストライクダガーの俊敏性など、たかが知れている。二機とも回避が間に合わず、片方は両脚が溶解し、踏み込みが深かったもう片方は、下半身が全て消し飛んだ。
戦艦を一撃で撃破するほどの威力のエネルギーが地面に突き刺さると、地面をあっという間に沸騰、蒸発させ、大爆発を引き起こす!
「うぁっ!」
「きゃあっ!」
爆発の衝撃に二機が晒される。踏ん張る脚を失ったMSではひとたまりもなく、二人は悲鳴を上げて、思わず仰向けに倒れこむ。
バランサー機能停止、ジェネレーター過熱状態、暴走による爆発の可能性あり。
二人は戦闘不能になったと判断すると、すぐさまコクピットハッチを開けて身軽に外に躍り出て、森へと散り散りに走る。
特務仕様の愛機を捨てるのは惜しいけれども、まだ、自分達にはやらねばならないことがある。ここでやられるわけにはいかない。
しかし、二人がかりでも勝てなかった事実に、二人の少女のうちの片方、カナードにエックス2と呼称された少女が、ヘルメットの中でうめく。
「……アスラン・ザラ……ここまで、強力なパイロットだったなんて。データ通りにはいかない……」
アスランは再びMS形態に戻して着地。二人が脱出したのをズームで確認する。
茂みに飛び込む一瞬、連合の黒いノーマルスーツに身を包んだ二人の小さな後ろ姿が見えて、目を見開く。
「こ、子供……!? やけに小さく見えたけど……」
驚きを口にするが、すぐに首を振る。
あんな、プライマリースクール生くらいの小さな子供が、MSの操縦ができるわけがない。きっと、MSとの対比で小さく見えただけだ。
そう自分を誤魔化し、乗り手を失った二機のストライクダガーのコクピットにビームサーベルを順に突き立てて、完全に破壊する。
『アスラン! 無事でしたか!』
その直後、ニコルの顔がサブモニターに映る。そちらに振り向くと、黒いG兵器”ブリッツ”が立っていた。
「ああ、無事だ。少してこずったが、問題ない」
『そうですか……よかった。こちらの戦力が低下しつつあります。戦力温存のため、プラントはビクトリアより撤退を決定しました』
「何っ!? 父上がそう言ったのか!?」
ニコルの予想だにしない報告に、
まさか、と思う。強気な父がそう簡単に、この重要拠点の攻略を諦めるとは思えない。
しかし、父とてプラントをまとめるリーダーだ。勝敗が決したならば撤退を決意する冷静な戦略眼も持っているのだろう。
『そこまではわかりませんが……しかし、連合にMSが配備され始めたことで、押し切ることができなかったようです。
僕達も帰還しましょう。帰還用のグゥルをポイント・Δに隠しています』
「くっ……わかった、帰還する」
渋々ながらも、ニコルに頷き、グゥルを隠しているポイントに移動するために、木々の間を縫うように移動する。
また、キラをこちらに取り込むことができなかった。どこまで連合の味方をするつもりなのだろうか?
本当に、連合の一員になってしまったのか? そうなってしまったら、本当にキラを討たねばならないことになってしまうのに。
しかし、キラは自分を庇ってくれた。連合に疑われるような行動をしてまで。
それは本当に嬉しく思った。俺達の友情が壊れたわけではないことを確認できただけでも、今回は良かったのかもしれない。
複雑な気持ちだ。友達を守る、というキラの行動は一貫している。連合にもいい友人ができたのだろう。キラに友人が増えたのは、旧友として喜ばしいことだ。
だからこそ、キラが敵の陣営に居るのが悲しくてならない。
「理想は、そのキラの友人ごと、ザフトに引き込めればいいんだが……ふっ、無理だな」
呟いてみて、それは実現不可能な理想に過ぎないと、自嘲気味に笑う。
ザフトはナチュラル打倒を旗にしている。それが下ろされない限り、キラの連合の友人を取り込むのは不可能だ。
それに、ナチュラルは母を、ラスティを殺した。自分自身、そう簡単に気を許せるとは思えない。
いつか二人の死を乗り越えた時、分かり合える時がくるのだろうか。
それはきっと、この戦争が終わって平和な時代がやってきた時だろう。……その相手が生き残っていれば、の話だが……。
物思いにふけながらイージスをグゥルに乗り込ませ、飛翔する。ここまで後退すれば、連合のビクトリア基地の防空網範囲外ゆえに、飛行することができる。
味方の陸上艦隊に合流しようと飛んでいたとき、ニコルが明るい声をあげた。
『あ、イザークですよ』
「イザークか……無事なようだな」
やや遅れて、別のポイントに隠していたグゥルに乗り込んで飛翔しているイザークのデュエルを見つける。
イザークと編隊を組むためにグゥルを寄せていくと、そのデュエルの姿がはっきりと見えてきて……
「なんだ……?」
『……どうしたんですか、イザーク?』
そのデュエルの姿に、ニコルとアスランは二人揃ってギョッとした。
作戦開始時には装着していたアサルトシュラウドはパージされていて、フェイズシフトがあるにも関わらず左腕を失っている。
頭部は半壊して、デュアルセンサーから光を失っている。ビームライフルもどこかに無くしてきたようだ。
イザークが、ここまで苦戦するなんて。確かディン一個中隊を連れていたはずなのに、何故こんなことに?
それを問いかけると、ただ憤慨してこう叫ぶだけだった。
「うるさい!! ナチュラルめ……今に見ていろ!」
そのセリフはあまり良くない気がする。キャラ作り的に。
遅れて合流した、ほとんど無傷のディアッカと合流し、イザークの愚痴を聞きながら四人は攻略部隊の生き残りと合流するために、森林地帯の空を飛んでいった。
「はぁ、はぁ……止まっ、た……?」
キラはハイペリオンに手首を叩きつけ、リナのストライクダガーの動きが止まったことに息をつく。
何故暴走したのかわからない。バーサーカー状態は確かに集中力が上がって、全てにおいて能力が上がることはキラ自身も実感していることだが、彼女の場合は、まさにバーサーカーとなって暴れまわっていた。
幸い味方は攻撃していない(僕は攻撃されそうだったけど、黙っていればいいので問題ない)ようなので、彼女の立場が悪くなることはないだろうけど……。
両腕を失ったリナ機はバッテリーも底をついたのか、頭部のセンサーも光を消している。
「リナさん……リナさん?」
通信機におそるおそる呼び掛ける。
まだバーサーカー状態だったらどうしよう、という怯えから、キラの呼びかけは若干弱い。
が、返事の代わりに、ストライクダガーが膝をつき、その膝が破砕音を立てて砕け、砂煙を立てながら横這いに倒れた。
「!?」
その異常な倒れ方に驚いて泡を食うキラ。
手早くストライクを跪かせてハッチを開放。ヘルメットを脱ぎ、目の前のコンソールパネルが下がるのも待てずに飛び出していく。
戦闘の雰囲気がいつのまにか遠のいていったため、躊躇なく飛び出すことができた。たとえ戦闘中だとしても、飛び出すつもりだったが。
つま先にあるハッチ強制開放のキーを押し、ストライクダガーのハッチを開けて覗き込んでリナの姿を確認する。
よかった、生きてる。キラは表情を綻ばせて体を乗り出し、彼女の名前を明るい声で呼んだ。
「リナさん! 無事ですか!?」
「……」
呼ばれても、何の反応も示さない小さなノーマルスーツの少女。
まるでコクピットに置かれたマネキンのように動かない彼女に、キラは再び背筋を寒くする。
ヘルメットのバイザーの奥の顔は、横向きに顔が倒れているせいで確認できない。
「……リナさん!?」
再度呼びかける。
おかしい。
特に怪我をしているようには見えないし、打撲もないはず。モビルスーツが倒れた時の衝撃程度なら、ストライクよりも改良されたショックアブソーバーが全て吸収するはずだ。
まさか、バーサーカー状態になった時の反動か!?
コクピットの中に這い上り、彼女の横向きの顔を両手で捕まえてバイザーの奥の顔を覗く。
「リナさっ――」
「……な、なに?」
覗き込むと、おっかなびっくりの彼女の顔を見ることができた。
驚いたように、ぱちぱちと緑の瞳を瞬かせて見返してくる。顔色は悪くない。瞳孔の開き方も眼球運動も、いつもどおりだ。近くでよく見てたからわかる。
「……無事ですか?」
「え? だ、大丈夫だよ……なんともない、ほら平気」
さっきの激昂ぶりが嘘のように、ケロッとした表情の彼女。ヘルメットを脱いで、ふわっと長い黒髪をシートに流しながら微笑む彼女。
白い頬には汗の滴が伝って、少し白目の部分が充血してるようだけど、確かに大丈夫なようだ。
汗とシャンプーが混じったようなのにおいがする。なんかちょっと乳臭さも混じってる気がする。……マンダム。
「……キラ君?」
「…………ハッ! あ、いや、よ、よかったです。無事で……」
ポーッとしてたところを呼び掛けられて、思わずハッとする。慌てて誤魔化して顔をそむけてしまう。
……やばい、ちょっと顔赤くなってないかな?
自分が顔をそむけてる間に、リナは呑気に機体チェックなんかやってる。パイロットとしては普通の行動なんだけど……
「あーあ、壊れちゃったな……この機体。バッテリーもとんだし、」
しかし、違和感を感じる。
あれだけ、ライザさんを倒されて激昂していた彼女が、なんで何事もなかったように平然としてるんだろう?
軍人だから、いつ死んでもおかしくない。……そういう風に割り切ってるからだろうか?
でも聞きづらい。今は、バーサーカー状態の反動で記憶が飛んでいるだけかもしれないし、忘れていたほうがいいのかも……。
『――シエル大尉、シエル大尉。……あっ……ご無事でしたか』
「……バジルール中尉。うん、無事だよ。キラ君もここにいる」
葛藤していると、第一電装用(通信機やハッチ開閉などのコクピット周り)の予備バッテリーが働き、通信機からバジルールさんの声が響いてきた。
そして、彼女の口から、ザフトがビクトリア攻略を諦めて撤退したため、部隊を率いて帰還するように伝えてきた。
まずい。ライザさんのことを思い出してしまうかも。慌てて口を挟む。
「あ、あのっ! リナさん、ライザさんは――」
「うん、残念だけど仕方ないよ。そういう覚悟で兵隊やってるんだもんね」
え?
信じられない思いで、彼女のあっけらかんとした顔を見返す。
ライザさんがああなってしまったことを、覚えている? なのに、なんでそんなあっさり……?
「じゃあ、機体とライザを運ぼう。それにライザが死んでるとも限らないしね。さ、キラ君、君の機体に載せてほしいな。もうこの機体はダメだし。
ハイペリオンも運ばないといけない。もしかしたら目を覚まして、もう一回暴れ始めるかもしれない。そうしたら大変だよ?」
「……は、はい」
確かに、あのハイペリオンが暴れだしたら危険だ。もう動かないと思うけど、パイロットが飛び出してきたら厄介だ。
彼女と相乗りか。この匂いを発してる彼女と相乗りか。……大丈夫かな。色々。
その笑顔に無言の圧力を感じて、背中を押されるようにコクピットの外へ振り返る。
「えっ?」
コクピットの外の風景の突然の変化に、思わず声が出てしまう。
小さな背格好の、黒い地球連合軍のノーマルスーツが……まるで幽鬼のように二人並んで立っている。
なんでこの子達は、何の音も気配もなく立っている? いつの間に居たんだろう? 誰かが近づいてきたら、結構敏感な自分なら気付きそうなものなのに。
「……君達は?」
自分の呼びかけに、言葉の代わりに二人同時にヘルメットの与圧ファスナを開き、ヘルメットを脱ぎ始めた。
ヘルメットをくりくり、と二、三回捻り、外される。顔が、見えて――
「なっ!!?」
その驚くキラの背を、別人のように無表情のリナが見つめていた。