二機とビームの刃がすれ違う。どちらも必殺の威力を持ったビームサーベルである。
キラとバルトフェルド。二人の力は拮抗している。
地力でいえばキラのほうが上であるが、バルトフェルドには躊躇いがなく、また豊富な実戦経験で上を行っているからだ。
機体は互角であろう。ストライクのほうがカタログスペックは上だが、ラゴゥは砂漠戦に最適化した機体である。
それら精神的、物理的な要素が絡み合い、二人の戦いは互いに決定打を浴びせることができず、閃いたビーム刃は互いの機体の一部を切り落とすに終わる。
「ちぃっ!」
その舌打ちはどちらのものだったのか。
バルトフェルドは必殺の意志を込めた。キラは違う。あくまで戦闘不能を狙った。
キラはバルトフェルドと話しすぎた。相手を知りすぎた。もしかしたら、分かり合えるかもしれない――そんな想いが、機体の動きを鈍らせる。
ムウやバルトフェルドのような百戦錬磨の戦士であれば、感情と戦闘を切り離すことができるが、いかんせん、キラは精神的に未熟なために、詰めにどうしても影響してしまう。
「まだ躊躇っているのか、少年。それでは仲間を守るどころか、自分も死ぬぞ」
「くっ……なんでわかってくれないんですか! 僕達が戦ったところで何も変わりませんよ!」
「少なくとも、私には利がある。私には養わなければならない、守らなくてはならない部下達がいるからね。
君にも同じく、守るべきものがある。それが違う限り、衝突があるのは当然のことだ!」
バルトフェルドとて、キラ憎し、ナチュラル憎しで戦っているわけではない。
元々バルトフェルドは好戦的なタイプではない。むしろ平和主義者だ。だが同時に現実主義者でもある。
だから知っているのだ。今は戦うしかない。住む場所も命も、戦わなければ奪われるのだから。だからこうしてザフトに入隊し、キラとも戦っている。
「僕達は、あなたの大事なものを奪うつもりはありません! ただ、仲間を救うために行きたいんです!」
「君がそのつもりではなかろうと、結局結果は同じだ! 地球軍が勝つということは、すなわちコーディネイター存続の危機なのだからな!」
「……!! それでも、僕は……!」
ストライクのイーゲルシュテルンを発射させ、ラゴゥを牽制。しかし高速で動き回るラゴゥに、充分な効果は無い。
ぐるりと砂丘を迂回し、イーゲルシュテルンをやりすごして、砂丘の陰から飛び出すラゴゥ。ビームサーベルが振るわれるのを、シールドで防御!
キラは左腕を弾かれた反動を利用し、振り子のように右半身を振り出させてビームサーベルを突き出す!
「ぐぅ!」
「きゃあ!」
ストライクのサーベルはビームキャノンを串刺しにし、砲塔から削ぎ落とした。
その衝撃でバルトフェルドとアイシャが悲鳴を漏らす。たまらずバルトフェルドはラゴゥの下半身を、バイクのジャックナイフ機動のように振り出してストライクを蹴る!
「うわぁ!!」
キラは思わぬ反撃を受け、ビームサーベルを取り落とす。先ほどの衝撃を受けたせいで、バッテリーもかなり消耗してしまった。
もうフェイズシフトはダウン寸前。元々ビームサーベルを展開する時間も、もうかなり少ないだろう。
ならば必要ない。予備のビームサーベルは抜き取らず、両脚に格納されているアーマーシュナイダーを抜き、地上ではデッドウェイトにしかならないエールストライカーをパージする。
これで身軽になった。油断無くアーマーシュナイダーを構えるキラのストライク。
ラゴゥも、数少ない射撃兵器を破壊され、残るはビームサーベルのみ。
二人は予感した。次の一合で決着は着く。互いに必殺兵器は一つになり、エネルギー残量も心もとない。
二機の間に、緊張が走る――
「それでも君は、地球軍に加担するのかね? 君はコーディネイターが滅びることに加担するのか?」
キラは、そのバルトフェルドの通信が、自分を責めているように思えて、息を呑んだ。
同胞を殺すのか? 君はコーディネイターなのに。違う種を生かすことを選ぶのか。
『何故お前が地球軍にいる!』
『何故僕達が殺しあわなくてはならない! 同じコーディネイターじゃないか!』
『何故ナチュラルの味方をするんだ!』
アスランの声が脳裏に蘇り、バルトフェルドの主張と重なってキラを苛む。
違う! 僕は生き残るために必死だっただけだ! 友達を、仲間を守りたかっただけだ! 僕が裏切ったみたいに言わないでくれ!
「だから……だからって、ナチュラルの人達が滅びていいことにはなりませんよ!」
「ならばどちらが滅ぶべきか、と問われたら、僕は迷わずナチュラルを選ぶね!
コーディネイターは僕の家族であり仲間だからな! 君は違うのかね!?」
「滅ぶ滅ばないだけが、戦争じゃありませんよ! リナさんが言ってたじゃないですか!」
「現実を見るんだな! 今行われているのは、そういう種類の戦争ではないのだよ!
生き残りたいなら、少女達を守りたいのなら! 僕と戦って勝つのだな!!」
ラゴゥが砂煙を立てて迫る! ビームサーベルの光も強くなった。
フェイズシフトではビーム兵器を防ぐことなどできない。ビームサーベルともなれば、関係なく真っ二つだ。
やられる。やらなければ、やられる。もう口先で収まる状況ではない。キラはようやく理解した。
もしやられたら……もう皆とは会えなくなる。その先が無くなる。いやだ――
僕は――
僕は、死にたくない!!
また、世界が急変した。
澄み切った頭の中。針の先よりも研ぎ澄まされた集中力。視界が広がる。全てが遅く見える。
あの時、バクゥをリナ越しに狙撃したあの瞬間と同じ感覚。
その澄み切った集中力を、突進してくるラゴゥに注ぐ。間合いを計るためだろう。不規則に蛇行しながら接近してくる。
フェイントも織り交ぜてくるはずだ。だけど、今の自分には無意味。全て見えている。
「うおおぉぉ!!」
キラが吼える。こちらからも駆け出す。急所はどこだ。動物でいう頸部。
あそこにアーマーシュナイダーを突き立てれば、撃滅できる。あのビームサーベルをかいくぐれば――
ビームサーベルの刃が迫る。しかしその前にラゴゥの頭部が突き出ている。
そのラゴゥの鼻面に膝を当て、ビームの刃が胴部に届かないように遮り、同時にアーマーシュナイダーを頸部に――
『そのために他人の人生を奪ってもいいんだな?』
「……ッ!?」
僕が、バルトフェルドさんの……!?
「うわぁぁ!!!」
キラは反射神経の限りを尽くし、そのまま目にも留まらぬ速さで操作。フットペダルを踏み抜き、スロットル全開!
ゴウッ! ランドセルのバーニアを噴いて、膝をラゴゥの頭部に当てたまま跳躍!
ラゴゥは勢いそのままにストライクの真下をくぐり、ストライクはその真下のラゴゥの頭部を踏みつける!
「ぐあぁ!」
「あぁっ!?」
バルトフェルドとアイシャは、その衝撃に悲鳴を挙げ、意識を一瞬刈り取られる。
ラゴゥの頭部が脱落し、ビームサーベルの光が消える。ビームキャノンも失い、ビームサーベルも失われれば、もうラゴゥに攻撃手段は残されていない。
がしゃんっ、とすれ違う形でストライクが着地し、ラゴゥは頭部を失ったまま、その破砕断面で砂面を抉りながら滑る。
キラはコクピットで、息を荒らげていた。
汗も止まらない。今の目にも留まらぬ操縦技術は、SEEDを発現させたキラといえどもかなりの消耗を強いられた。
目を開ける。その目はあの冷酷冷徹のバーサーカーではなく、目に正気の光を宿らせていた。
震える手でコンソールを操作すると、サブモニターに背後のラゴゥを確認する。
爆発はしていない。無事ではないだろうけど、生きているだろう。よかった。
バルトフェルドとはもう一度会える。そして、その時には、戦争をどうやって終わらせられるか。……その回答ができるだろう。
今は答えが用意できていない。けれど、今の自分にはたった一つ、真実がある。
「はぁ、はぁ……! 僕は……みんなを、守りたい、だけなんだ……!」
だから、バルトフェルドさん。貴方に「滅ぼす」なんて答えを、用意するものか。してやるものか。
だから、今は”それ”が答えです。バルトフェルドさん。
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怒号と断末魔、銃声、爆破音が鳴り響く艦内。
普段はバッテリーの駆動音だけが鳴り響くこのレセップスの艦内で、鉛玉と榴弾の応酬が行われていた。
MS同士の戦闘とは違う、生身と生身。装甲越しではない、生の殺意のぶつけ合い。
ザフトと”明けの砂漠”。その二つの勢力に介在するのは、戦争のようなある種の外交ではない。
仇討ち。憎悪。負の感情に裏打ちされた、互いを殲滅しなければ止まない争いだ。
「はぁ、はぁ、はぁ……! ここがサブブリッジだな!」
アフメドと数名の”明けの砂漠”のメンバーは、様々な通信設備に囲まれた部屋に到着して、周囲を警戒していた。
コーディネイターが開発した機器なので、操作が複雑だが、”明けの砂漠”にはこういった機械に精通したメンバーがいるために大した障害にならない。
旗艦であるレセップスのサブブリッジを占拠してしまえば、艦内で暴れている仲間に敵兵の位置や艦内構造を教えることができ、有利に戦いを進めることができる。
そうすれば、このレセップスを乗っ取ることも容易だ。今、何人かの技士が通信機を使って艦内の仲間の通信と繋げようと、弄っている。
「これで俺達が勝ったも同然だな、ジャアフル!」
「ああ! これで砂漠の虎も思い知るだろ! ……来るんじゃねぇ!!」
その”明けの砂漠”のメンバー、ジャアフルは笑顔でアフメドに同意しながら、突撃してきたザフト兵に小銃で乱射。一人を倒して他三名は隠れたが、足止めできる。
ようやく、自分達に煮え湯を飲ませてきたザフトの奴らに報復できる。見たか、ザフトめ!
アフメドは高揚していた。地球軍にだって、ザフトの陸上戦艦を掌握できた奴は居るまい。サイーブに従って正解だった。
突如、通信機をいじっていた技士が、わっ、と歓声を挙げた。アフメドが周囲を警戒しながら、近寄る。
「やった! サイーブとつながったぞ!」
「本当か!? おい、繋げよ! 今の艦内の敵の位置を知らせるんだ!」
「わかった! ……サイーブ。俺だ、アリーだ! この艦のサブブリッジを占領したんだ。今どこにいるんだ? 何? 聞こえない!」
貸してみろ、と、サイーブが通信機を奪おうと手を伸ばした、瞬間。
ドウゥッ!!!
衝撃、爆風、高熱が、サブブリッジに居た全員を襲った。
さっき通信していたアリーの頭に、いくつものガラス片が突き刺さった。何人かは四肢を二つほど失い、その場にもみくちゃになって転がった。
サブブリッジにいた、アフメド含めた六人は悲鳴を挙げる暇すらなかった。それほどに一瞬だった。
アフメドも爆風に押されて壁に背中を痛打した。肩に、さっき受け取ろうとした通信機が粉砕して刺さっている。
全身が焼けるように熱い。腹が濡れている。血だ。何か刺さったのか? ……わからない。硬いものだ。多分、機器の破片が刺さったのだ。
「げほっ! げほっ! な、んだよ……いてぇ……! うげぇっ!」
えづいて、喉の奥に溜まったものを吐き出す。どす黒い血が、びしゃりと服の血に上塗りされた。
視界がぼやける。意識も薄らぐ。そういえば、サイーブが、けが人がどす黒い血を吐いたら、内臓に深刻なダメージがあって、助からないって言ってた。
なんで、俺がこんなことに、なってるのか。わけがわからない。
光を感じて見上げると、機器があった壁に大穴が空いて、太陽光が差し込んでいた。外から何か撃ちこまれたのか? そこには、モノアイが輝いている。
「あぁ……くそっ……やっぱり、モビル、スーツ、かよ……」
ジン・オーカー、だ。それが、突撃銃の銃口を向けていた。
まさかMSを使って、味方の艦を壊してでも敵を倒そうとするなんて。
俺達は、ザフトに比べたら装備において劣っていることはわかっている。それを覆すための白兵戦だったはずだ。
それでもやっぱり、モビルスーツがしゃしゃり出てくる。もう、通じないのか。俺達の戦い方は。
「俺に……俺に、モビルスーツがあれば……お前ら、なんて……」
震える手を、転がっている小銃に伸ばす。重い。それでも腰に引き込んで、銃口を、ジン・オーカーに向ける。
俺は負けていない。それを示してやる。お前らザフトに、最期まで負けて、たまるか。そうだろう……?
「カ、ガリ……」
少なからず好意を寄せていた少女の名前を呟く。ああ、カガリにもう一度会いたかった。
自分が懐に忍ばせていた、マラカイトの原石。このお宝を、カガリに渡せばよかった。俺が死んでも、これを見て思い出してもらえるようにすればよかった。
小さな後悔を胸に、小銃の引き金を引く。ジン・オーカーも、引き金を引く。
その火柱が、戦闘終了の合図となった。
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「……レセップス級、方位100より後退していきます。敵残存勢力、全て後退しました。
シエル機、ならびにユラ機、フラガ機、ヤマト機、格納完了。両舷甲板ハッチ、閉鎖します」
ナタルの報告に、密かに安堵の吐息をつくギリアム。
結局、”明けの砂漠”は全滅したようだ。敵艦から彼らが後退する様子は観測できなかったし、通信も拾えなかった。
結局、自分は彼らを使い捨てたことになるのだろう。……そういう狙いがあったことは否めない。
だが、ギリアムは己を責めなかった。忘れてはならないのは、自分はどこまでいっても地球軍の軍人なのだ。
優先すべきことは理解している。だから、”明けの砂漠”のメンバーの生死確認よりもまず、ビクトリア基地へ急行することを迷わず選択した。
「よし、針路そのまま。予定航路をとれ。艦内、第二種警戒態勢。対空、対地警戒、怠るなよ。
……しばらく、指揮をラミアス副長に任せる」
「ハッ。ラミアス少佐、指揮を引継ぎいたします」
マリューがキビキビと答え、ギリアムは艦長席から腰を上げ、離れる。
地上に降りてから、アル・ジャイリーとの交渉の席につく以外は、ほとんど艦長席から離れることができなかったが、バルトフェルドを退け、ようやく一息ついた。
ブリッジのすぐ真下にあるCICを見下ろすと、統括席でインカムを外して、自分と同じように一息つくショーン中佐の姿が見えた。
「……ショーン中佐、一息つこう。他の者も、予備員に任せてしばらく休憩をとれ。次はいつ、ザフトの襲撃を受けるかわからないんだからな」
ギリアムがブリッジの人間に号令すると、皆、安堵の吐息をついた。
実際、この激しい戦闘で相当神経をすり減らしたであろう。ギリアムの指示がありがたかったようで、表情を緩めて背を伸ばしたり、リキッドチューブに口をつけたりと、思い思いの方法で休息をとっている。
クルー達が指示どおりに休むのを見届けてから、ギリアムはブリッジを後にする。
エレベーターの中に入り、居住区に戻るスイッチを押そうとすると、後から駆け足で追いかけてきたナタルが乗り込んできた。
「し、失礼します」
「……では下りるぞ。居住区でいいな?」
「はい」
スイッチを押し、エレベーターが小さなモーター音を立てて下りていく。
会話の無い二人。ギリアムは、少し息苦しさを感じながらも話題を探していた。
とりあえず話題を探すために、バジルール中尉の経歴について思いを巡らせた。
代々軍人を輩出している、バジルール家出身の女性士官。士官学校では操艦指揮が、特に優秀だったと聞く。
それがオペレーターの任にあてられるというのは、どういう気分なのだろうか? 役不足だ、と内心憤っているのだろうか。
そして自分の艦の指揮に密かに苛立っていたとしたら、それは申し訳なく感じる。
20半ばの小娘に、何を恐れるか……と、笑ってもらって構わない。自分はこれでも小心者なのだ。
艦のクルーの命を預かっている。その責任を負っているからこそ、艦長の仮面を被ることができる。
「……ギリアム大佐」
「…………なんだ?」
突然、バジルール中尉が口を開いた。少々驚いたが、それを顔に出すことなく、努めて平静を保って問い返す。
「”明けの砂漠”の連中は、生きていると思われますか?」
その質問に、改めて驚いた。表情に出たかもしれない。
……ナタル・バジルールという人物が、こういう質問をするとは思わなかった。冷たい人間とは思わないが、割り切るタイプだと思ったからだ。
「……バルトフェルド隊の艦艇は戦域を離脱できた。つまり、そういうことだ」
これ以上ない事実であろう。希望的観測など意味が無いし、彼らに関してはどうしようもない。
バジルール中尉はそれを聞いて、僅かに目を伏せた。彼らがどうなったのか、バジルール中尉なりに気になったのだ。
それが、まるでギリアムを責めているような気がした。そのせいか、舌が弾む。まるで、言い訳をするように。
「これが戦争でなければ、私は立派な詐欺師になれるな。あるいはカルト教団の教祖か。
彼らを舌先三寸で信用させ、間接的に彼らを死に追いやり、踏み台にした。これはどうしようもない事実だ」
「しかし、私は艦長の判断を支持します」
バジルール中尉が、きっぱりとした口調で答える。真っ直ぐアメジスト色の瞳を向けられ、今度はギリアムが目を伏せる番になった。
やはり彼女は若い。そう思う。ここまで真っ直ぐの瞳を向けられるのは、生真面目で、ある種純粋だからできることだ。
その純粋さに、どこか危うさを感じるが、支持を受けることは純粋にありがたい。その気持ちを口にする。
「ありがとう。……私も、優秀なクルーに支えられてこそ、艦長でいられる。第七艦隊と合流するまでは、よろしく頼む」
「こちらこそ、大佐の下で勉強させていただきます」
率直な。そう思って苦笑いを浮かべる。丁度、エレベーターのハッチが開いた。
「では、失礼いたします」
「うむ」
キビキビとした敬礼をして、自室へと歩いていくバジルール中尉と別れる。
さて、いつもの艦長室に戻るのもいいが、しばらく艦内を散策しよう。仕事は残っているが、少し気晴らしをしたい。
居住区に足を踏み入れる。戦闘が終わったばかりで、もうダメコン作業は終わったからか、クルーがまばらに歩いている。
すれ違ったクルーと敬礼を交わしながら保養室に一応期待の視線を送ってみるが、隔壁が下りている。保養室は開いていたためしが無い。長距離航行のため、節電対策と銘打って常に閉店している。
ならば、と、士官食堂に行ってみる。さすがに一般の食堂に行けば、下士官らが高級将校である自分に気を使うだろう。そこまで無神経なつもりはない。
「……ん」
なにやら、フラガ少佐とシエル大尉がテーブルを挟んで座っている。入ると、二人ともこちらに振り向いて立ち上がり、敬礼した。
そのままドリンクバーに直行して飲み物を選び始めると、二人が話を再開する。何か話しているようだが、聞き耳を立てるのは趣味が悪いと思い、飲み物を選ぶことに集中する。
「――だから、ボクは一人っ子です。姉妹なんていませんよ」
「そうか? シエル家くらいでかい家なら、兄弟の一人や二人、居てもおかしくないと思ったんだがなぁ」
「それはそうですけど、原因はわかりませんよ。夫婦仲も良好でしたし。だいたい相手はザフトですよね」
相手はザフト。その言葉に、意識が思わずそちらに向いた。同時に、ブラックのコーヒーを選ぶ。
二人は会話を終えたのか、席を立って士官食堂を退出していく。今から追いかけて、何を話していたかと聞くのはおかしい気がする。
この話を聞いていた人間は、他にいるだろうか? 残念ながら、彼らが座っている席以外は空だ。
ならば、と、給養員の少尉を見る。夕餉の支度をしている。今日は金曜日なので、寸胴鍋を大きな櫂で混ぜていた。
「……少尉、少しいいか?」
「あっ、ぎ、ギリアム艦長っ」
突然声をかけられて驚いたのか、その給養員は櫂から手を離し、ざっ! とたたずまいを直して敬礼を返した。
その慌てる姿に苦笑を漏らしながら答礼して、手で彼を制する。
「あぁ……調理しながらでいい。少し聞きたいことがある。彼らの話を聞いていたか? 何を話していた?」
我ながら野暮だな、と思いながらも問いかける。
給養員の少尉――マドカという名前だったか――は、落ち着きの無い様子で視線を泳がせながら、おどおどとした態度で答えてくれる。
「自分も、調理しながら聞いていたので、詳しい内容は覚えていませんが……フラガ少佐が、シエル大尉とそっくりのザフト兵と交戦した、ということを言っていました」
「シエル大尉と?」
そういえば、大気圏に突入した際に艦内に侵入したザフト兵の一人が、そうだという報告が来ていた。
結局取り逃がしてしまったが、同一人物で間違いなかろう。クルーゼ隊の一人で、それが地球まで追いかけてきたということだろうか。
「偶然似ている人物なだけではないのか?」
「さあ、そこまでは……確かに、この世には自分に似ている人間が二人や三人はいると聞きますが」
そうだとしたら、似ているだけで特に話題に上ることは無いはずだ。言った後に、執拗に攻撃を仕掛けてくる人間がクルーとそっくりとは皮肉が利いている、と思う。
フラガ少佐が提出した報告書によると、最後のジン・オーカーは取り逃がしたという。
そのシエル大尉とそっくりのザフト兵は、生きている。また攻撃を仕掛けてくるだろう。
どこまでもついて回る。借金や過去の負い目のように。
「……まるでドッペルゲンガーだな」
「ドッペルゲンガー……確か、自分に全くそっくりの幽霊か何かで、見たら近いうちに死ぬというものでしたっけ?」
「慎めよ、少尉」
「あっ、失礼しました」
軍艦に乗る者が、近いうちに死ぬだの縁起でもないことを言うものではない。それを叱咤する。
恐縮するマドカ少尉を置いて食堂を後にした。
通路に出てみると、フラガ少佐とシエル大尉は既にどこかに歩き去っていたところだった。
できるなら、二人にはゆっくり休んでもらいたいものだと思う。上官としても、個人的にも。
「折を見て、聞いてみるか……」
独りごちて、まずは戦闘で流した汗を流そうと、シャワールームに向かうのだった。
何気なく、すん、と匂いを嗅いでみる。……ああ、もうそんな歳だ。
気をつけなければ、任務が終わって帰った時に妻子が怖い。こまめに入らなければ……と、決意を秘めるギリアム三十九歳であった。