対地センサーの数値が目まぐるしく下がっていき、バランサーを示す〒型のマークはガクガクと小刻みに揺れる。
速度計は次第に下がっていっているが、それでも砂漠とはいえ、激突すれば大破炎上は免れないほどの速度だ。
「くっ……」
発艦時に狙い撃ちにされないようにカタパルトで射出してもらったが、さすがにスピードを出しすぎたか。でも、のろのろと出撃していれば的になる。
各種センサーに気を配りながら、モニターに意識を集中させる。最終的に頼りになるのは、計器ではなく己の目と身体だ。
腰にかかるGで速度と機体の角度を測り、月明かりで出来る自機の影で高度を計る。高度計は目安だ。
それらの数字や景色から着陸の瞬間を見切って逆噴射を吹かせ、着地!
まるで地中に埋めたダイナマイトでも爆発したかのように、着地と逆噴射で、砂漠の細かい砂が噴き上がって機体を覆う。
「げほっ、げほっ……」
リナが、華奢な身体に食い込むハーネスに咳き込みながらも、すぐさま体勢を整えて、上空を群がる戦闘ヘリの群れに向き直った。
アークエンジェルとの戦術データリンクによって表示される、敵戦闘ヘリの位置とデータ。戦闘ヘリ『アジャイル』だ。
ザフトの強みは、優れた能力を持つコーディネイターであること、MSという強力な兵器を持っていることであるが、
機動性や装甲は劣りながらも、強力な火器を搭載している戦闘ヘリも立派な脅威だ。こちらに護衛の制空戦闘機が無いのであれば、尚更だ。
「ハエみたいに群がって!」
ロケット弾をばら撒きながら、ふわふわとした動きでアークエンジェルの周りを飛び回る戦闘ヘリに、イーゲルシュテルンをばら撒いていく。
しかし、距離が遠い。この銃身の短いイーゲルシュテルンでは、あの小さな標的を狙撃するには不向きだ。曳光弾がヘリからかなり遠いところを飛翔していく。
「牽制用以外には使えないか……キラ君、弾幕を張って!」
困ったときのキラ頼み。はい、と小気味良い返事と共に、ストライクが上を向いてバルカン砲の銃口を、上空のヘリに向けるが――
「うわ!?」
「!?」
ずず、とストライクの後ろに踏み出した足が沈み、ストライクが、砂漠に足を取られてバランスを崩した。
そのせいで、一瞬連射した機関砲弾は全く明後日の方向の夜空に光の線を曳いただけで、無駄弾となって夜空に消えた。
まさか、キラ君が乗るストライクがバランスを崩すなんて、初めて見た。戦闘も相当だけど、特に操縦に関しては類稀な能力を持っている彼が。
ストライクの細い足は、砂漠には不向きなのだ。一切水分と栄養を含まない砂は、さらさらと流れて、ストライクの細い足を取る。
ダガー用の幅広の脚部ならそれほど気にならないのだけれど、ストライク用のそれは開発されていない。この戦場では、ボクが主力になるのか。
彼が動けないなら、守ってあげないと!
「立てないなら下がって! 援護するから!」
「い、いえ……! ストライクにだって、できるはず!」
強情な。でも口でなんと言おうと、動けないのは同じだから、彼を庇いながら戦うことに変更はない。ストライクを背に、シールドを構えながら、上空の戦闘ヘリにビームライフルを向けた。
ストライクが後ろで一生懸命ジャンプしてみたり、バーニアを吹かしたりしているが、何度挑戦しても砂に足をとられるばかりで、一向に体勢を整えられない。
「くそっ! 足が砂にとられて!」
なんで地球はこんなに不便なんだ! 怒りの矛先すらもその砂に飲み込まれるようで、キラは唇を噛む。
リナは彼の苛立ちを感じて、危機感を覚える。彼は階級はあっても素人だ。精神的な脆さのせいで集中力を失いかけている。
「落ち着いて、キラ君! このっ……近寄るな!」
矛先を、アークエンジェルからこちらに向けた戦闘ヘリがロケット弾を撃ち込んでくる!
リナは、ストライクが、実体弾を無効化できるフェイズシフトを持っていることも忘れて、咄嗟にシールドで庇う。
空気中なだけあり、盛大な爆音が機体を包み込み思わず耳を塞ぎたくなる。
「うっ……! やったなぁ!」
上空をパスしようとするヘリに機体をくるんと振り向かせる。
砂漠という極端に柔らかい地形に対応した足は、しっかりと砂を踏みしめて照準を絞らせてくれる。
ビームライフルを発射すると、一筋の閃光が吸い込まれるようにヘリのボディに突き刺さり、ボディの大半を蒸発させて空中分解した。
「まずは一機……!」
複数群がってくるうちの一機を撃墜したものの、やはり一機落としただけでは痛くもかゆくも無いようだ。
敵のヘリは一糸たりとも統制を乱さず、相変わらずロケット弾とチェインガンの砲弾をばら撒いてくる!
機体が激しく振動して、コクピット内にアラートが響く。シールドで亀態勢に入っているおかげで、全体的には損傷は軽微だけど、ジェネレーターの温度が上がっている!
「うわっ! くっ!」
「り、リナさん! ストライクを盾にしますから、下がって!」
「ろくに姿勢の維持もできないのに、何を言ってるんだい! なんでもいいから早く下がって!
できないなら――」
そのとき、目の前をロケット弾が着弾する。ボウッ! と、まるでマグマの噴出のように砂が噴き上がって、一歩後ろ斜めに後退した。
その時。
「うわっ!?」
ゴッ!
目の前を、一閃の稲光が凄まじい速度で通り過ぎていった! 今のはメビウス乗りには見慣れている――リニアガンだ。それも、出力が桁違いの。
冷や汗がノーマルスーツの中を伝う。もし砂が噴き上がってなかったら撃ち抜かれていたかもしれない。
レーダーに光点。方向と距離はわかった。2時の方向。そちらにメインセンサーを向けると、地を這う何かが、砂煙を上げながら猛スピードで走り回っている。
センサーで機体識別をするまでもない。あの動きができる機体は他には知らない。
TMF/A-802 バクゥ。
(まるで砂漠を走る魚雷だ……っ)
『以前』見たバクゥよりも、実物はかなり早い。ヴィークルとMSの中間とも言えるような形態は、なるほど、この極端に柔らかく、障害物の少ない砂漠では最適だと感じる。
この砂漠では構造上ではあちらのほうが機動力が上だ。少しでも隙を見せれば、あのミサイルランチャーやリニアガンの餌食になる。
しかもビームサーベルを咥えている(?)のだ。良く考えたら、とてつもない強敵じゃないか!?
機動力の差を考えると、G兵器に匹敵するのではないか。となると、大量生産品のストライクダガーでは、かなり危ない。
〔リナさん! 大丈夫ですか!?〕
「キラ君も……!」
見ると、ようやくストライクは姿勢を立ち直らせていた。
まるで周囲を取り囲むように高速移動するバクゥ。まるで、こちらの出方を伺っているかのようだ。
ひょっとしなくても、バクゥは高速移動による撹乱戦術で仕掛けてくるようだ。
「いいかい、今回の敵はG兵器と同じようにビームサーベルを持ってるんだ」
「ビームサーベルを!?」
「うん、だからいくらストライクのフェイズシフトがあっても、近づかれたら危険だ。ランチャー装備なら特にね!
今回はボクの援護に専念して! 足止めさえしてくれれば仕留められる。行くよ!」
「は、はい! 援護します!」
キラの返事を聞きながら、機体を僅かに屈ませてスロットルを開く。すると、脚部の装甲がスカート状に開いて、ノズルが顔を出した。
地球軍はMSを開発するにあたり、常にザフトの兵器を意識し続けていた。
当然だ。まずストライクらG兵器らが、鹵獲したジンを参考に作り上げたのだから。そしてMSを運用するにあたり、地球軍の兵器の方向性を模索し続けてきた。
G兵器が完成し、ようやくジンタイプに対抗できると安堵したところに、更にバクゥという高機動タイプのMSが現れ、地球軍はバクゥなどの陸戦機動兵器への対策を強いられることになった。
それがG兵器をも上回る機動力を持つというのだから、地球軍の幹部の慌てる様は想像に易い。火力を維持しつつ、バクゥに劣らぬ機動力を持ったMSの開発が急務となった。
しかし戦争は既に激化の一路を辿り、G兵器に匹敵するような実験機を新規設計する余裕は地球軍にはなかった。
G兵器は、そのものが既に完成された兵器であり、改造する余地は今の地球軍の技術力では見出せない。
ならば、その改造する余地があるMSを使えばいいのではないか?
その答えの一つが――この、デザート・ダガーなのだ。
「宇宙じゃどうだったか知らないがなぁ!」
「ここじゃ、このバクゥが王者だ!」
ザフトのパイロットの叫びが響く。確かに機動力は圧倒的だろう。バクゥに匹敵するMSは存在しない。
もう一度バクゥが、地球軍の2機のMSをモニターに捉えようと砂丘の陰から姿を現す。
が――そこに居たのは、巨大な砲身を抱えて索敵をしているストライクのみ。もう一機が、いない!?
「!? もう一機はどこに行きやがった!」
バクゥのパイロット――メイラムはレーダーでもう一機を探す。しかし目の前のストライクしか映っていない。
見失った? 撃墜したか? いや、手ごたえはなかったし、残骸も無い。ジャンプしたのか? いや、その瞬間は見えなかった。
「メイラム、後ろだ!」
「何ィ!?」
思考を巡らせていると、僚機からの警告が飛んだ! 慌ててターンすると――メイラムは、その姿に目を見張った。
地球軍のMSが、真後ろにいる!?
追いついてきたのか!? どうやって!?
「バクゥが王者? なら――」
デザート・ダガーのバイザーグラスが、妖しく輝く。ビームサーベルを引き抜き――
「引き摺り下ろしてあげるよ!」
「うおぉ!?」
ヴンッ! ビームの刃がバクゥのボディに突き出され、メイラムは慌ててジャンプをかけるが、遅い!
先端が左前足を捉え、盛大にスパーク。その左前足を溶断すると、がくんとバクゥのバランスがずれた。
メイラムは冷や汗を流し、撤退の必要を感じたが――着地した瞬間、
「があぁぁぁ!!?」
ストライクのアグニが放った光の奔流によって機体もろとも蒸発させられ、本隊に帰る機会が永遠に失われた。
「よし! 一機目……!」
「ナイスキル!」
キラがコクピットで喝采を挙げ、リナが賞賛する。
しかし喜んでばかりもいられない。もう一機のバクゥが激昂して、リニアガンを連射してくる!
「ナチュラルがぁ……バクゥの猿真似を!」
リニアガンの着弾によって砂柱が昇り、足元を削ってくる。あるいは至近弾が装甲表面を焼き、振動を伝えてくる。
咄嗟にシールドを構えると、一発が直撃! 激しい衝撃を受けるが、脚部大型化によるスタビリティ強化のおかげで転倒は免れた。
が、ダメージがあったことには変わりない。あんな大口径のリニアガンをまともに受けたのだから、あと一発耐えられるかどうかだろう。
「うっ……! そっちはゾイドの猿真似のくせに!」
リナは奥歯をかみ締めながら叫んで、リニアガンを連射しながら迫ってくるバクゥに、デザート・ダガーを屈ませる。
ペダルを半分ほど踏み、スロットルを開けると――再び脚部の装甲が開いてジェットノズルが顔を出し、砂漠に爆風を叩きつける。
すぅ、と、機体が僅かに浮いて、まるで滑るような機動でバクゥの連射をやり過ごす。
これが、バクゥ対策への答えの一つ。ジェットホバー機動だ。
脚部の、まるで和装の袴のように口が広がっている装甲は、単なるスタビリティ強化が目的ではない。
脚部装甲内側に隠されたノズルを吹かすことによって莫大な圧縮空気を生み出し、地形に左右されないジェットホバー機動を実現したのだ。
二本足ではあるが、ジェットホバー機動はバクゥに劣らぬ機動力を発揮する。それがバクゥのパイロットの目測を誤らせた。
「なんだと!?」
意表を突かれたバクゥのパイロットは、展開していたビームサーベルを避けられ、300mほど通り過ぎてしまった。
あれが、メイラムのバクゥに追いついた理由か。背中に殺気を感じてすぐさまターンし、砂丘の陰に隠れる。
そこへストライクの肩部バルカン砲が追いかけるように乱射するが、砂柱を挙げるだけに終わった。
「このデザート・ダガーが量産の暁には、バクゥなんてあっという間に――うわ!」
勝ち誇った表情で宣言しようとしていたら、突然目の前に吹き上がった爆炎に機体がよろめく。
戦闘ヘリの爆撃だ。一機バクゥを仕留めたことで、こちらの方が脅威だと思ったのか? 矛先をこちらに向けて、搭載火器をシャワーのように浴びせてくる!
やばい。今のセリフはフラグだった? 頭部に装備されたイーゲルシュテルンをばらまくが、蜘蛛の子を散らすように散開していく。
「それでいい、どこかへ行け! このっ!」
近寄ってくるヘリに射撃体勢に移らせないためにも、絶え間ない射撃で牽制する必要がある。
が、イーゲルシュテルンは所詮牽制兵器。元々少なめに装填されているため、OSが、残弾が残り僅かであることを知らせてくる。
「くっ! それでも……キラ君をやらせてたまるか!」
火器の一つが弾薬切れを起こしたことに、MA乗りであるリナは撤退の二文字が脳裏をよぎったが、それでもなんとか踏みとどまる。
撤退できる状況でもないし、後ろには砂に足を取られて機動力を奪われたキラのストライクがいるのに、引くわけにはいかない!
どうせ一秒も連射できない牽制用の小火器は、FCSから除外する。すぐさまビームライフルに持ち替えさせ、ヘリに狙いをつけていると――
「リナさん!! 左から!」
「――!?」
キラの叫び声が聞こえる。同時、ぴり、と脳裏を小さな痛みが走った。生理的嫌悪のような圧迫感を感じる。
視線を感じる、という感覚が近いが、よりおぞましい感触。温い濡れ雑巾を叩きつけられたようだ。
この感覚の正体を確かめるよりも、まず一瞬後に鳴り響いた接近警報を信じた。咄嗟にそちらにセンサーを向ける。
ビームサーベルを展開したバクゥが、目の前に!?
「機体で追いつこうが、所詮はナチュラルだな!!」
ビームサーベルの刃が迫ってくる。モニターが眩しいほどに輝く。
目にも止まらぬ速度で反射的に手が動く。反射神経だけはいいのだ。しかし、意識だけが跳躍して、手の動きがあまりにも遅い。
間に合うのか!? でも、どういう運動ならこんな近くのビームサーベルを回避できる!?
真横にビームサーベルの刃が伸びているせいで、機体を横にずらしてもかわせない。跳躍して回避も間に合わない。
バズーカは論外。ビームライフルは? 狙いをつけようと腕を動かしている間に切り裂かれる。
屈んで避けるか? ビームサーベルの下をくぐれるほど、この機体は柔軟な関節を持っていない。
いくつものシミュレーションと思考が、刹那の間に巡る。その間にもゆっくりと、ビームサーベルが機体を真一文字に両断せんと振るわれる。
もう、何度も死の危険を感じては生き残ってきたけど……これは、本当に駄目なのかもしれない。
地球に下りて、緒戦で戦死? なんて情けない。戦争で活躍して、エースになって、ガンダムのパイロットになりたかったのに。
それに、それに、……。
キ、ラ、君。
彼と楽しい未来が、拓けると、思ったのに。
どんな未来? 想像できないけれど。でも、きっと、幸せな未来があったはず。
それも、もう無いんだろうなぁ。残念だな……。
目を、閉じる。無音の世界に落ちる。
……。
「リナさあぁぁぁぁん!!」
キラ……?
直後、目の前が、閃光で純白に染まった――
- - - - - - -
リナさんが、今まさに目の前であのビームサーベルで切り裂かれようとしている。
なんでだ? そんなことが許されるはずがない。彼女はまだあんなに小さいのに。未来があるのに。
彼女は戦場で死んでいい子じゃない。なのに。
そうだ、僕がこんなに、ノロノロとしているからだ。
機体が砂漠用じゃない? 砂のせい? そんなこと、理由になるものか。
僕が、このストライクを生かしきれていないからだ。戦うことにどこか躊躇していたからだ。
彼女に守られて、浮かれてたんじゃないか? そんなお前こそ死んでしまえ。
そうだ。自分を殺そう。油断して、手加減して、ヘラヘラしている自分を。
ノロマな自分は――いらない。
心の中で、その感情がはじけた時。
キラの世界が、変わった。
「――――」
リナのダガーに突撃するバクゥに、機械よりも素早く精密に、冷徹にアグニの照準を向ける。
ダガーとバクゥが同じ射線上に立っているが、この程度の近さでは、今の自分には『同じ射線上』とは言わない。
トリガーを引いた。
ダガーの装甲を焼くぎりぎりのラインを光の奔流が通過し、バクゥの頭部を直撃。
そのまま機体を縦に貫いて、爆散する。そこへ戦闘ヘリの爆撃が降り注ぎ、キラは反射的にストライクをジャンプさせた。
リナのダガーが余波で転倒したようだけど、死ぬよりはマシだろう。それよりも、このストライクをなんとかしないといけない。
機体が駄目なら、OSを砂漠に最適化すればいいだけだ。接地圧が逃げるなら、あわせれば良いだけの話。簡単だ。
整備用のインターフェースを引っ張り出し、キーを目にも留まらぬ速度で叩く。
「逃げる圧力を想定し、摩擦係数は砂の粒状性をマイナス20に設定……」
コンソールパネルの画面が目まぐるしく移り変わり、様々な数値が表示されては消えて、OSが一瞬で書き換わっていく。
MSのOSを書き換えるのは、キラが口にするほど簡単なことではない。それこそ、ナチュラルならば技術開発チームを編成し、月単位の研究が行われて初めてできるものだ。
優秀なコーディネイターですら、戦闘中のOSの書き換えなど正気を疑われる。だが、キラはジャンプ中の僅かな滞空時間で、一瞬で行ってみせたのだ。
ズ、ンッ!
機体が着地。砂丘の斜面に足が僅かに沈み、また機体が滑り落ちる。
また先ほどのように滑り落ちる――、ぎゅ、とストライクが踏みとどまった。
「!!」
「むっ!?」
「止まったっ!?」
三人がそれを目撃する。今まさに起き上がろうとしていたリナが、遠方で観察していたバルトフェルドが、爆撃を仕掛けるヘリのパイロットが。
滑り落ちる場所を想定して放たれたロケット弾は砂柱を上げるにとどまる。
狙いをつけるために直線機動を行っていたヘリは、決定的な隙を生んでしまい、ストライクの放つイーゲルシュテルンであっという間に炎に包まれた。
「き、キラ君……今、なにを?」
「リナさん、あとは全部僕がやる」
リナの問いに答えず、自信も気負いもない、まるで計算式を読み上げるような淡々とした言葉を返すキラ。
その声に、リナは、ぞくりと背筋に寒いものが走るのを感じた。
これが、キラ? 何事にも一生懸命で、必死なキラ?
「貴様、何をしたぁ!!」
バクゥのパイロットが、ストライクの動きが変わったことに異常を感じながらも、勝負を決めようと突撃してくる!
遠巻きにリニアガンを撃ちまくるのは効果が薄いと悟ったか、ビームサーベルで倒そうというのだろう。
しかし、ストライクは先ほどの狼狽が嘘のように、冷静にビームサーベルの死角である真上に軽くジャンプすると、その鼻面に華麗な飛び蹴りをお見舞いする。
吹っ飛んでボディをひっくり返すバクゥの脚部を掴むと、後ろから迫ってきていたバクゥに振り回して、叩きつける!
ガシャアァンッ!!
迫り来るバクゥの速度もあり、破壊音が混じった凄まじい激突音が響き、2機がまるで壊れた玩具のように転がって、一つところにまとまって横たわる。
そこに、ストライクが何のためらいも無く、激昂することもなく、工場の流れ作業のようにアグニを撃ち込み、2機まとめて光の中へと消し去った。
恐ろしいまでの戦闘力、判断力、冷徹さ。まるで戦いの申し子。
こんな、こんなのは、キラじゃない。
誰だ、――お前は。
「――!!」
直後、空をいくつもの火の玉が飛翔するのが見えた。砲弾? アークエンジェルに、数発の砲弾が飛んで行く。敵母艦の砲撃!
「アークエンジェルが!」
リナは悲鳴に近い声を挙げるも、それを見送ることしかできなかった。砲弾は小さいし、ミサイルみたいに火を曳いているわけじゃないから、ロックオンが難しい。
しかも複数発放たれている。おまけにビームライフルの射程外だ。もう、致命的な場所にヒットしないのを祈るしかない。
「やらせない!」
そこにキラは、躊躇せずアグニを向けて、砲門から眩い閃光を放つと、ただの一発で全ての砲弾をなぎ払ってしまった。
アークエンジェルの手前で砲弾が弾け、爆散。夜空に爆炎が咲いて、アークエンジェルの白い船体を照らした。
リナは目を見開いて、一瞬戦闘のことを忘れてしまう。あんな曲芸、キラでもできなかっただろう。
「……!?」
キラから感じる違和感。ジャンプ中の滞空時間の間に砂漠に機体を対応させる能力。まるで別人のように精密で素早い挙動。マシーンのようなしゃべり方。
(まさか)
能力の異常な発達。そこから連想する単語が、頭の中に引っかかる。
(これが、SEEDの力!?)
それに応えるように、ストライクのツインセンサーが妖しく輝く。
キラの覚醒が、始まった。