地球時間、2330時。アークエンジェルメイン格納庫。
艦内は地球の日中時間と比べると静まり返っている。艦内の通路は夜間灯に変わって薄暗くなり、対空監視と機関員、ブリッジ要員と整備員、甲板要員以外は就寝時間をとって指定の寝床に就く。
格納庫の電源は落ちないものの、整備員達は夜間の要員に交替し、整備も騒音の発生しない電装チェックだけになっている。
夜間の整備員達はインテリが多く、昼間の大工職人のような豪快な人物はほとんど居ない。
まるで夜間に整備するために軍に入ったような整備員達だ。彼らが聞けば憤懣やるかたないセリフだろうが。
「これで、電子兵装のチェックはよし……っと。ふぅ。全く整備員泣かせだな、こいつは」
コクピットのシートが取り外されて、シートの裏で電装チェックをしているオレンジ色の整備服を着た青年がぼやく。
ストライクダガーのメインコンピューターが収められているボックスの蓋を閉めて、リナの乗機だったメビウスの専属整備員、ユーリィ伍長は額の汗を拭った。
軍用機の電子機器はとにかく扱いに気を使うものだが、このストライクダガーはメビウスよりもはるかにデリケートにできていた。
先行量産型だからか、ボックスを開けると随分とがらんどうで寂しいし、増設用のスロットがメビウスに比べて倍以上ある。
おまけに現在積み込まれている電子機器は、見たことも無いような高性能の電子部品を、これでもか、ええいこれでもかとばかりにふんだんに使われている。
しかもバックパックを開くと、妙な空洞と空ソケットが大量にあった。バックパックがいやにでかいと思ったら、中身など無かったのだ。
「中に誰もいませんよー、ってか。これもテスト機なのかねぇ」
ぼやきながら、ボックスの蓋を電子コテで縫い付け、コクピットから顔を出す。
「コクピット周り終わったぞ! シートは終わったか!」
「とっくに終わってるよ! シエル中尉のチャイルドシートなんざすぐだ!」
クレーンに吊られていた彼女が座るシートに取り付いていた整備員が、減らず口を返す。
彼女のコクピットシートは小さい。
メビウスに乗っていた時から彼女のシートは整備員達のハンドメイドだ。
既製のシートを改造しているとはいえ、手間がかかる作業である。彼女の存在が一番整備員泣かせだ。
「これで優秀なパイロットじゃなかったら、給養員でもやってもらいたいところだよ、全く。
……シート取り付け始めぇー!」
クレーンで吊り上げられたシートをコクピットに誘導する。誘導しながら、格納庫の隅にある、シミュレーター室へ続くハッチを一瞥した。
まだ使用中の灯りが点いている。使っているのはやはり彼女だろう。
彼女は知り合った頃から、休むことなくシミュレーターで訓練をしたり、隙あらば同僚パイロットを引っ張って模擬戦をしたりしていた。
今までに見ない、珍しいタイプの軍人だった。根っからの努力家なのだ、彼女は。
(まだやってんのか……勉強熱心なことで)
ユーリィは呆れ半分感心半分で胸中で呟き、整備を続けた。
ストライクダガーの整備が終わり、夜も更けて静まり返った格納庫。
スクランブル要員の甲板要員と整備員が、談話室でダラダラとそれぞれ好きなことをやっている。
カードゲームに興じたり、数少ない女性兵士の寸評をしたり、整備哲学という名のメカオタクの自慢ごっこをしたり。
その中でユーリィは、自分の好きなギターのコードを書いていた。自分のギターはメイソンと共に宇宙の塵になり、
今はもっぱらコードを書いて、その音楽の出来を想像することくらいしかできない。
「ふぅ……」
コードを書く手を止め、楽譜とペンを宙に浮かせて背伸びをする。
確かにギターは好きだが、好きなのは弾くことであり、コードはそのための準備であり、作業でしかない。集中力はまもなく途絶えてしまった。
くあ、と欠伸。気晴らしに食堂でジュースでも買ってこようか。そう思って談話室から退室すると、向かいの部屋、シミュレータールームがまだ明かりが点いていた。
(おいおい、夜中の1時だぜ……)
いくら努力家といえど、さすがに限度がある。パイロットには非常時を除いての睡眠時間がしっかりと決められていたはずだ。
まだ敵の追撃は振り切っておらず、臨戦状態でなければならないはずなのに訓練のしすぎで睡眠不足でした、では話にならない。
ユーリィは見咎めてシミュレーターの扉へと歩いていく。ハッチを開けようと指先を伸ばすと、先に開けられてしまう。
「っと……ヤマト?」
「あ、はい……どうしたんですか?」
開けられたハッチの向こうに居たのはストライクのパイロット、キラ・ヤマトだった。微かに驚いてこちらを見返している。
その腕にお姫様抱っこしているのは、そのリナ・シエルだった。ノーマルスーツに身を包んで、腕の中で静かな寝息を立てている。
「シミュレータールームで寝てたのか?」
「はい、水を取りに行こうと仮眠室を抜け出したら、この部屋に灯りがついてたので、見てみたら……」
「……まったく、いつから寝てたのやら。俺が部屋に戻してくるから、ヤマトも水を飲んだら寝ろよ」
苦笑して、キラから腕の中で眠るリナを受け取ろうとするが、キラは差し出そうとしない。
「……リナさんは、僕が届けてきます。大丈夫です、リナさんの部屋はそんなに遠くないですし」
ユーリィは一瞬彼の言っていることがわからなかったが、ニッと白い歯を見せて笑った。
キラは若く、まだこういうことに対して気が利かなさそうな顔をしているのに、なかなかどうして。
「ほーう? なかなか男を見せてくれるじゃあねぇか。彼女をベッドに送るなんてよ!」
「そ、そんなのじゃありませんよ!」
頬を僅かに染めながら、逃げるようにして走り去っていくキラ。
その背を見送り、ユーリィは彼はやはり年齢なりの少年なのだな、と認識を改めて口元で笑みを浮かべた。
(青春時代ってのは、コーディネイターもナチュラルも変わんねーな)
キラの背中を笑顔で見送り、格納庫から姿が消えると、くあ、と大きく口を開けて欠伸をする。
(目覚ましに、これを話の種に盛り上がろうかね)
彼らを邪魔しないためにも、ジュースは諦めよう。そう決めて談話室に戻り、仲間の整備員と甲板要員に、
ヤマトとシエル中尉が一緒にベッドに入った、と、自分好みに捏造した話を繰り広げるのだった。
キラがリナを抱えて、夜間灯のみの薄暗い廊下を歩く。
キラの友人であるアカデミー生の皆は眠っていた。慣れない艦内維持の任務に疲れ果て、泥のように眠っている。
艦内警備の兵士は、夜間は重要区画にしか立っていない。一般人の居住区の通路は無人だった。
遠くに核融合パルスエンジンの低い唸り音が響く音と、自分の足音、腕の中の少女の寝息だけが通路に響いていた。
「…………」
その寝息を立てている少女を見下ろす。若いというより、幼い顔立ち。長い黒髪が歩くたびにさらさらと揺れる。
10歳程度の見た目なのに、大人びた――いや、年齢なりに振舞う彼女だが、今の寝顔は本当に外見年齢どおりの子供に見える。
出来の良いビスク人形のような愛らしい顔立ちは、彼女がコーディネイターであると高らかに宣言しているようにキラに思えた。
「リナさん……」
彼女の顔を見ながら、名前を囁く。
とくん。
胸の中で種火が燻った。
この温かみはなんだろう? その味わったことの無い感触に、キラは戸惑った。
薄く開いた桜色の唇、小さな鼻の穴、長いまつげ、丸い頬。薄暗い通路でもわかる、白い肌。ほのかに甘い香りがする。シャンプーの匂いだろうか。
その全てが、キラの生理的欲求を刺激する。プライマリ・スクールも出てなさそうな外見の彼女から、異性の艶っぽさを感じるのはなぜだろう?
「……リナさん」
もう一度呼んでみる。なんだか、こうして彼女の無防備な寝顔を見ているのが、ひどくいけないことのように思えてしまう。
でも、彼女の顔を、こうしてずっと見ていたい。そのむずがゆくて、温かい気持ちが大きくなっていく。
なんで整備員の彼の申し入れを断ったのか。言葉にできないけれど、この寝顔が答えのような気がした。
「…………ん~ん……?」
「……っ」
名前を呼んだからか? 腕の中の少女が、喉の奥から悩ましい声を漏らして幼い肢体をよじらせている。
キラは息を呑んで立ち止まり、彼女をじっと見つめる。起きてしまう?
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静かだ。薄暗い。コンソールパネルやモニターなどの人工の光に照らされ、自分の姿が薄く輝く。ペダル、操縦桿、各種入力キーははっきりと見える。それら自身が視認性を高めるために光を放っているのだ。
様々な電子機器、入力機器、装甲、緩衝ジョイントに囲まれ、狭いコクピットの中に小さな身体を収めているリナ。
モニターには宇宙が映っている。その中に星々が煌々と輝いている。
状況を思い出した。そうだ、アークエンジェルはクルーゼ隊に追い詰められ、スクランブルをかけて出撃したのだ。
戦場独特の緊張感を帯びて、バイザーを下ろした。すぐ目の前をバイザーがさえぎり、自分の呼吸がうるさいほど耳に響いてくる。
HUDにエネミーマーカーが、一つ、二つ三つ四つ。敵だ。ジン。いや、シグー? 違う、ガンダム、だ。
イージス、バスター、デュエル、ブリッツ。
撃ってくる。同時に操縦桿を右に倒し、脚を開いてペダルを踏み込む。すぐ横をビームライフルの閃光が過ぎった。
「つぅ……!」
その閃光が機体とリナを照らす。カウンターにこちらもビームライフルを撃つ。
四つの光点が散開する。イージスを狙ったが、悠々とかわされた。
別の方向からも閃光。ブリッツのビームだ。すんでのところでかわす。左肩を掠った。
「っあ……!?」
左肩に激痛。ノーマルスーツが破れ、肩から赤黒い血が迸り、抉れている。
やられたのは機体なのに。自分がダメージを受けた! 信じられない思いで傷口を見て、激痛に幼い顔がゆがむ。
「ああぁぁ……! やめろぉ!」
待ってくれ、こっちはパイロットにダメージが来ているんだ!
イーゲルシュテルンにその叫びを載せて連射。イージスはかわそうともしない。そもそも当たっているのか!?
イージスが、歪で禍々しい形態に変形した。スキュラがくる! 上昇をかける!
膨大な閃光がイージスから放たれ、ストライクダガーの両膝から下が溶解した。ビッ、とダメージパネルが赤く転倒。更に赤いモノがパネルにぶちまけられる……!
「ひゃあああああぁぁぁぁ!!!?」
脚が、熱い! 痛い!! リナの両膝から下が、無い。ぶしゅう! コクピットが自分の血で真っ赤に染まる!
ペダルが遠い! 踏み込めない! 操縦桿を握ろうと手を伸ばす。なんであんな遠くに。
肘が無い! 両腕とも無い!? いつの間にか、イージスに両腕を持っていかれていた……
「だ、誰か! 誰か助けて! キラ君! フラガ大尉! ラミアス大尉! バジルール少尉!」
そうだ、仲間がいるんだった! なんで忘れていたんだろう。
通信機に向かって必死に助けを求める。通信が繋がった。リナは小躍りしたかったが、肩が揺れただけだった。
「よ、よかった! ガンダムに囲まれています! 援護を!」
〔あーあ、機体壊してしまったのね〕
〔せっかく我々に届いた貴重なMSなのに……残念です〕
「え……?」
通信機から響くのは、失望して呆れる声をあげるマリューとナタル。
リナは彼が何を言っているのかわからず、緑色の瞳を見開いたまま呆然とした。その間にも通信機から声は響いてくる。
〔まったく、使えねーなお前はよ。所詮餓鬼のママゴトか?〕
「ふ、フラガ大尉……」
〔もうパーツは無いぜ。しょうがねーけど、そのままで頑張れよ。MSが無きゃ、お嬢ちゃんは用無しだからな〕
マードックと整備員達の笑い声が聞こえてくる。まったくだ、いらねーしな、という侮蔑に満ちた声も混じる。
やめて、やめて。ボクだって頑張ってるんだ! 慣れないMSで必死に戦ってるんだ!
なんでもする! MSが駄目ならオペレーターでもダメコンでもする! だから認めてよ!
「リナさん」
耳に響いてくるキラの声。振り向くと、キラが居た。地球軍の若年兵用の青い軍服を着ている。
何故ここに、と考えることは無い。ただ、喜んだ。よかった、居てくれた。彼にフォローしてもらえれば全部帳消しだ!
「き、キラ君、ボクは頑張ってるよね……ちゃんとできてるよね……!?」
すがるように声を挙げる。ヘルメットは無くなって、キラに顔を近づける。
しかしキラは首を縦に振ることなく、女性のような繊細な顔立ちを、悲しみと失望に曇らせた。
「……リナさんって、下手糞ですね。やっぱりナチュラルか……」
「……!!」
引きつった声なき声が、喉の奥から響いた。キラの目は、自分を見下している。
まるで水溜りでもがくボウフラを見るようなひんやりとした目で、告げる。
「もうリナさんはいいや。あ、撃ってくるよ? ほら、うまく避けてよ。全国大会優勝者なんだよね?」
「ま、待っ……!」
スロットルを掴む腕が無い。ペダルを踏む足もない。もぞもぞと芋虫みたいに身体をよじらせるだけ。
何もできない。スキュラのビーム光は一瞬でストライクダガーの全ての装甲を溶解。
ビームの高熱がリナの幼い肢体を包む。
陶磁のように白い肌が醜く焼け爛れ、自慢の黒髪は全て焼け落ち、エメラルドのように鮮やかな緑の瞳は、眼球ごと消えて無くなる。
身体が炭化する。皮膚は消し飛び、筋肉が焼失し、骨が溶ける。身体が、消えていく。
「ああああああぁぁぁぁ!!!」
顎しか残らない口で絶叫する。その喉も顎もすぐに無くなり、絶叫は途絶える。
身体が、何も無い宇宙に……誰にも知らないところに、飛んでいく……
ブツン。
世界は真っ黒になった。
- - - - - - -
「……リナさん」
「…………ん~ん……?」
意識がゆっくりと覚醒する。誰かが呼んでる。何をしてたんだっけ……そうだ、シミュレーターをしてるんだった。
目を開けるのがだるい。意識が覚醒するにしたがって、触覚もよみがえってきた。二本の腕で支えられて、いや、抱かれている。
ひどい夢だ。思い出すだけで身体が震える。でも、腕も脚もしっかりとある。
ゆっくりと、緑の瞳の目を開けた。ぼんやりとしていた焦点がゆっくりと定まっていく。
目の前にある顔は……キラ、く、ん。
「起こしました……か……?」
「ん……? んーん……」
何か悪いことをしてバレてしまったような、後ろめたそうな表情の彼。なんでそんな顔をしてるんだろう?
彼の表情は、いつもどおりのキラだった。人のことばかり考えて、どこまでも少年で、ボクに優しくしてくれるキラ。
ああ、よかった。本当に夢だったんだ。
心の底から安堵する。そういえば、整備員の人たちも許してくれた。ボクはまだ、ここに居ていいんだ。
安心したら力が抜ける。全身が弛緩して、もっと眠りたくなってきた。
身体を胎児のように丸めて彼の身体に額と黒髪を押し付けて、甘えるような声を漏らした。
それにしても、抱かれるのって結構気持ちいい……もう一度彼の腕を甘受して、心地よさそうに表情を緩めて瞼を閉じ――
「~~~~!!?!?!?」
「!?」
もう一度眠りそうになって、くわ、と目を見開いて瞬時に覚醒するリナ。キラが声無き声を挙げるリナにのけぞった。
(待て待て待て待て待て待て!! なんでキラ君に抱かれてるんだ!? 違うだろ!
ていうかもう一度寝ようとするな自分!)
「は、はははははは放せぇ!」
「わぁっ!? ご、ごめんなさい!」
震える声で叫びながらキラを突き飛ばし、キラもぱっと手を離す。ふわっと無重力に小さな身体が泳いで、近くにある手摺に掴まって床に座り込んだ。
顔が赤いのがわかる。顔が熱い! その頬が赤いのを必死に隠そうと、顔を手で押さえる。
よし、まずは落ち着こう。認めたくないけど、顔の熱で目が覚めてきたぞ。深呼吸深呼吸……
目が覚めてくると、記憶も定まってくる。眠る前のことを思い出して――顔全部を向けると、顔が赤いのがばれそうだから、キラの方に視線だけを向けた。
「……そ、そうか……ボクはシミュレーターを使ってる最中に寝てしまったんだな……?」
「は、はい……起こすのもどうかと思ったから、そのまま運んできました」
なるほど、気を遣う彼らしい。納得して、自分の顔の熱が冷めるのを待って立ち上がる。
言葉を探してから、咳払い。それからニコッと笑顔を作る。年上の余裕を保たないと、この身体では心がもたない。
「こほん。……ここまで運んでくれたことは、感謝するよ。気遣いにもね……ありがとう」
「ど、どういたしまして」
突然平静に戻ったリナに戸惑うキラ。かまうものか、と彼の態度には反応せずに続ける。
「もう夜中の1時半だね。パイロットは休むのも仕事だし、キラ君も早く寝るんだよ?」
「……リナさんも、早く寝てくださいね。1時前に見に行ったら寝てましたから……」
わかったよ、と短く答えて立ち上がり、キラから離れるように体を流す。キラもリナの背をしばし見送ってから、居住区へと流れて行く。
リナはまだノーマルスーツ姿だから、パイロット用のロッカールームに身体を流した。シミュレーターで訓練をして、かつノーマルスーツを着ていたら、それはあんな夢も見るだろう。
首の気密用ファスナーを下ろして、ふわっと熱気と共に漂ってくる香りに、びく、と肩を震わせる。……ちょっと汗臭いかも。
「シャワー、もう一回浴びないとなぁ……」
匂い嗅がれてないかな。それが心配になってしまう。とりあえず脱ごう。ノーマルスーツを脱いで、着替えを手にシャワールームに向かった。
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「そうですか、ラクス・クラインは無事救出を……」
その朗報を、アスラン・ザラはヴェサリウスのクルーゼの執務室で、クルーゼの口から聞いていた。
クルーゼはその報告を手元のホログラム・コミュニケーターの画面から呼び出し、アスランに見せながら伝える。
「ああ。地球軍の石頭どもに捕まり、戦争最中の追悼に対し難癖をつけられて要らぬ諍いがあったようだ。
身の危険を感じたラクス・クラインは脱出艇で離艦、漂流していたところを偵察部隊に救出され、本国に向かっている……とのことだ」
「そうですか……よかった」
「私も、君の安心する顔が見れて何よりだ」
クルーゼの皮肉っぽい言葉はともかく、アスランは、婚約者である彼女が助かったことに胸をなでおろした。
親が決めた婚約者ではあるが、彼女は自分に良くしてくれるし、彼女のことを個人的にも気に入っている。
将来彼女と結婚するのも、悪くはない――その程度には想っている。その彼女の安否を気遣うのは、アスランにとって当然だった。
そのアスランの表情を見て、ふ、と口元で笑みを浮かべるクルーゼ。
彫像のような造形の仮面で目元を隠す彼からは、その笑みがどのような思いを乗せたものなのかは読み取ることができない。
「君の婚約者と君を再会させたいのは山々だが、我々は作戦の遅れを取り戻さねばならん。
あと8時間で、我々は足つきに追いつく。しかし場所は、地球の衛星軌道上だ。そこにはあの智将ハルバートン率いる第8艦隊が待ち構えている」
「ハルバートンが……」
「贅沢を言えば、奴らと合流する前に足つきを叩きたかったが……様々な追撃も撃退して見せた奴らには敵ながら天晴れとしか言いようが無い。
優秀なパイロットが乗っているようだな、あの足つきには」
それを聞いて、アスランは、ハッ、と視線を上げてクルーゼを見る。
キラ。キラ・ヤマト。
彼に違いない。彼はぼーっとしていて、どこか頼りないところがあるが、優秀なコーディネイターだということも知っている。
あの残った白いG兵器にキラ・ヤマトが乗っているのなら、足つきがここまでたどり着いたのも頷ける。
「き、キラは……キラは、良いように使われているだけなんです! 気のいいあいつの性格を利用して、ナチュラルどもは……!」
「わかっている。だが、状況は既に説得ができる時と場所を与えてはくれんよ。だが君はどうしても、友人をこちら側に引き入れたいのだろう?
そのためには、まず足つきを沈めることだ。説得はそのあと、じっくりやればいい……そうではないかね?」
クルーゼの口調は終始、アスランをなだめ、諭すようなものだった。
理性を持って静かに語るクルーゼの言葉は、キラのために必死になっているアスランを冷静にさせる説得力があった。
その口調で冷静になり、クルーゼのペースに乗せられてきたアスランは次第に、自分が子供っぽいことを言っているのではないかという気分にさせられてくる。
「君の友人が本当に優れたパイロットなら、必ずその時はやってくる……必ずな。急ぐなよ、アスラン。
ラスティやミゲルのように、お前を失いたくはないからな」
「……わかり、ました」
アスランは一秒でも早く、キラと和解したかったが……クルーゼが正論であることに、頷かざるを得ない。
胸を焦燥が焼く。拳を握り締める。このままでは、キラは地球に行って、自分の手の届かないところに行ってしまう。
アスランの目が諦めていないことに気づいているクルーゼは、密かに笑みを浮かべるだけだった。