その戦闘の様子を遠巻きに見ていた、ローラシア級「ハーシュバック」。
格納庫に搭載していたMSハンガーは、一基を除いて全てが空になってしまい、整備員たちは憮然とうなだれていた。
ブリッジでも、まるでお通夜のように静まり返っていたが、オブザーバー席の少女は後頭部に両手を組んで椅子に背をもたれて、眼を細めていた。
その表情には部下を全滅させたという自責の念や怒りの感情は一切無く、メインモニターに映されている戦闘後の映像を眺めているだけだった。
「全シグナル応答なし。ジン部隊、全滅しました」
「ほー。地球軍ってな、意外にやるもんだなァ」
オペレーターの淡々とした報告に、オブザーバーの少女は一片たりとも激することなく、むしろ感心した様子でつぶやいた。
その口調は同胞であるコーディネイターがやられたというよりも、シミュレーションゲームで、なんでもない駒がやられたときのようなものだった。
「……ノーサイドといったところですかな」
艦長は皮肉げに彼女に言う。ゲーム感覚の彼女を諌めるような棘のある口調だ。
しかし彼女はその皮肉に気づかないかのように、ただ肩をすくめてみせた。
「ジン6機に対して、地球軍の船を3隻と艦載機諸々か。ま、キルレシオとしちゃちっと不満だが、及第点だな。
地球軍の新型のMSも見れたんだ。それなりの戦果も挙げたし、よしとするかぁ」
「あの新型のMS、G兵器に比べるとずいぶんと控えめのようですが」
「白いMSよりもすっきりしたフォルムと、武装の少なさ……ありゃ誰がどう見たって、量産を主眼に置いた機体だろ」
少女の低い声を聞いたとき、艦長は、ついに、と胸中で嘆息した。
「地球軍にもMSが……」
「自分たちが今まで何に苦戦しているか、同じ舞台に立つにはどうすればいいかを考えりゃ、当然の帰結だな」
少女の口調は、徹底して客観的で冷静だった。艦長はコーディネイターとしてのプライドが傷つけられ、
沸々とどす黒い感情が沸き起こりそうであったが、少女の言葉によって冷静になることができた。
ふぅ、と息をついて思い直す。そうだ、これは戦争だ。殺せば殺される。こちらに死者があることに、何の不思議があろうか。
「撃沈とまではいかなかったが、戦闘データは取れたし大方の目的は達せられたな。
大将の部隊はどうだ?」
「現在この宙域に向かっています。到着予想時刻まであと150分」
オペレーターが素早く応える。それを聞いて、間に合わねぇな、と少女が呟いた。
「手持ちの駒もなきゃ、仕掛けるわけにゃいかねぇな。大将の部隊と合流するぞ」
「了解。針路、3-2-0。両舷全速! 接近次第、合流する!」
「ハッ!」
- - - - - - -
仕掛けてきたローラシア級が撤退していくのをリナはレーダーで見ていたが、追撃する気にはなれなかった。
もうMSはボロボロだ。ビームライフルは一発も撃てず、ビームサーベルは10秒も展開できない。
イーゲルシュテルンだけは3秒ほど連射できる数が残っているが、MSを搭載できる規模の艦艇に致命弾を与えることはできない。
「……くそっ……」
乱暴にヘルメットを脱ぎ捨てて、額の汗を手の甲で拭う。
体が熱い。膝が震えてる。指が痙攣する。
メビウスのときのように、一方的にやられる感覚ではなかった。ちゃんと「戦闘」をやれた。
ジンも2機落とせた。前のようなマグレではなく、落とせると確信した上で落とせた。これは大きな違いだ。
しかし、その戦果の代償は大きかった。
ジンを6機落とすために、ドレイク級2隻、ネルソン級1隻。そしてメビウスを2個フライトを犠牲にした。
人数に換算すると、6対600以上。全く割が合わない。このままでは、単純な人数差で負ける。
「ボクが……なんとかしないと……」
うつむきながら、決然と呟く。
人一人の力でどうにもならないのは、わかっている。だけど、そう思わなければ上を目指せない。
そうやってリナは努力し、成長してきたのだから。
アークエンジェルに帰投したあと、機体をハンガーに戻し、コクピットから出てきたリナを迎えたのは整備員達だった。
じっと、感情の読み取れない表情で見つめてくる。アークエンジェルのマードック軍曹。メイソンの整備員達もいる。
「う……」
リナは、その視線にびくりと小さな肩を震わせた。
怒っているのだろうか。一回の出撃で、貴重なMSをこんなに壊したから。
左腕は肘から先が無くなり、右足は動力ケーブルが繋がっているだけで、ジョイント部が粉々に粉砕してぶらさがっているだけ。
ジン2機に対してこれでは、割が合わないのか。無能な自分を責めているのか。
「……っ」
どうしたらいいのかわからなくなって、じわ、と涙が浮かんでくる。
リナは焦った。泣くのか。23歳にもなって。でも身体は10歳くらいで、どうしても精神が身体に引っ張られる。
若い整備員が手を動かした。ビクッ、と肩が震えて、ぎゅっと眼を閉じる。
ビンタか、パンチか。どちらかを待ち受けて身構えていると、
ぽむっ
「えっ?」
目を上げる。先ほどの整備員はもう正面に居なかった。
するとまた別の整備員が、ぽむっと頭に手を置いて、無言で前を通り過ぎていく。
次の整備員も。また次の整備員も。まるで示し合わせたように。
そして整備員達が向かう先は、無残に損傷したストライクダガー。各々工具を手に取り付いていく。
「あーあ、こりゃ右足は装甲以外は全取っ替えだな。大腿装甲部はずせ! 擬似神経の回路に気をつけろよ!」
「空いてる第2クレーンよこしてくださいよ! 無重力だからって無茶です!」
「レーザートーチが足りないなら、大尉のゼロのやつらからかっぱらってくりゃあいいんだよ!」
「ダガーのパーツコンテナばらせ! 重機があるうちにな!」
整備員達の、いつもの怒鳴り合いが響いてくる。あまりにもいつもの光景に、ぽかんと見上げるリナ。
なんで? ここまで壊したのに怒らない?
「お嬢ちゃん……いや、中尉殿。整備の邪魔なんで、さっさと格納庫から出てってくれますかね」
上官に対する敬語が混じりながらも、粗野に言ってくるのはマードック軍曹だ。
お嬢ちゃん、から、中尉殿、と言い換えた。その意図が読めず、リナはそれに反応することもできない。
マードックは、既にこちらから視線をはずして整備員達の指揮監督をしていた。もう用は無い、とばかり。
「……軍曹。ボクは……ダガーを、壊してしまって……」
「ああ、派手に壊してくれちまって……整備する身にもなってくださいよ。おい! そこは剥がす前に絶縁すんだよ!」
「え? それだけ……?」
リナが目を丸くすると、マードックは疑問符を浮かべながら、わが子ほどに小さいリナを見下ろした。
「それ以外に何か言ってほしいんですかね。……俺が怒ると?」
「…………」
リナは、無言を肯定の返答代わりにした。
マードックは頭をぼりぼりと掻いて、仏頂面になった。気分を害したというより、何を言ったらいいのか迷っているようだった。
その言葉を探している時間が、リナにはえらく長いように感じた。
整備の指揮はいいのだろうか、とリナが思い始めた頃に、マードックが重々しい口を開いた。
「……中尉殿。中尉殿の任務を教えてくれますかね?」
「ぼ、ボク?」
突然の質問に面食らった。マードックが、黙って頷く。
「ボクは……MA隊――あ、今はMSか……MSのパイロットで、任務は……艦を守るコト」
「その任務を中尉殿が全うするなら、俺達も任務を全うするだけでさ。……つまり、中尉殿はしっかり軍人をやってらっしゃるってことだ」
その言葉を聞いて、リナはようやく理解した。
マードックは、リナがただの親の七光りのわがままなお嬢さんだと思っていたから、今までお嬢ちゃんと呼んでいたのだと。
そして、今その認識を改めたから、呼び方が変わった……
「……ボクは、任務を果たせたかな。僚艦は全部、沈んでしまった……なのに」
「中尉殿がスーパーマンだってんなら、あれらも守ってもらえたんでしょうがね。
俺だってできるなら、全部の機体を一人で面倒見たいところです」
「……でも、できない」
マードックが、褐色の顔に映える白い歯を見せて、ニィッと笑ってみせた。
「中尉殿も同じだってことよ。凡人同士、やれる範囲でやりましょうや」
快活に笑い、くしゃくしゃと黒髪を混ぜるようにかき撫でる。
マードックの手のひらはひどく節くれだっていて、荒れていて、大きい。
「……うん」
色々と言いたいことは、あるけれど。
今はこの大きな掌に縁っていよう。リナは大人しく、自慢の黒髪をかき乱されているのだった。
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「足つきが、ラキの追撃を振り切ったか」
『ハッ。ラキ殿からのレーザー回線による報告です。合流した地球軍艦隊を殲滅するも、足つきを逃した、と』
ナスカ級ヴェサリウスの幹部用の執務室で、クルーゼは通信士からの通信を受ける。
ヴェサリウスは本国に帰還後、突貫で艦とMSの修理と補充を行った後、議会から正式に足つきの追撃を命じられた。
そして、いくつかの人員補充を行うとの辞令も受け取る。その辞令を己のデスクに広げた。
「……赤服をこの艦にもう一人配属とは、議会は余程足つきにご執心とみえる」
その人員は、足つきとの戦闘経験もあるという。その三人のうち一人は赤服、通称ザフトレッドだ。
ザフトレッドは士官学校時代に10位以内の成績を修めたトップガンの証だ。
よって、その数は1期に10人しか補充されない貴重な人材でもある。それが一隻に5人も乗り込む事態は異常であった。
それほどに議会は、その足つきの撃墜を望んでいる。クルーゼにはなんともやりがいのある任務であった。
「そのザフトレッドは、まだ私に挨拶に来ないようだが」
『ハッ、呼び出しましょうか』
「ああ、頼――」
その直後、執務室のハッチが開けられる。
「遅れて申し訳ありません」
「……もうしわけ……ありません……むにゃ」
「遅かったな?」
クルーゼが二つの声を聞いて、ハッチに振り向く。
立っているのは、緑服をまとった端正な顔立ちの青年。年の頃にして20そこそこだろうか。
東洋系の顔立ちをしていて、黒髪に黒い瞳。優しげな顔立ちは、どこかニコルやアスランを思い出させる。
そしてすぐ傍に立っているのは、話に聞いていた赤服。だが……小さい。プライマリ・スクール生ではないのか。
眠たげな瞼を、ごしごしと小さな手の甲で擦っているのは、その赤服を着た小さな少女だ。
長い黒髪に、緑の瞳。顔立ちはまるで陶人形のように整っている。ふらりとした動きで、敬礼する仕草を取った。
青年のほうは実にキビキビと動いていて、こちらこそが赤服なのではないか? と、クルーゼは勘ぐった。
「このたびクルーゼ隊に配属されました、マカリ・イースカイです」
「…………あ……フィフス・ライナー……です」
「ご苦労。……そちらの少女は、ずいぶんと眠そうだが?」
既に軍事行動をとっているブリッジに来る態度ではないことを指摘したが、少女はこくこくと舟を漕ぎ続けている。
「ハッ、フィフスは地球時間の22時を過ぎましたので、眠気が治まらないようです。
この艦に移る直前まで、シミュレーターで訓練していた理由がありますが……」
「…………」
緑服のマカリにフォローされても、フィフスは黙ったまま瞼で不規則な拍手をしている。
クルーゼは少々頭痛を覚えたが、これでもザフトレッド。実戦では役に立ってくれるのだろう。
「まあ、よかろう。奪取したG兵器のパイロット達には会ったかね?」
「いえ。フィフスを起こすのに手間取ってしまいまして」
「では、私からの挨拶は以上としておこう。行きたまえ」
「ハッ!」
カッ、とブーツの踵を鳴らして折り目正しい敬礼をするマカリ。フィフスも遅れて敬礼。
フィフスを、俗に言うお姫様抱っこで優雅に抱き上げると、ハッチを開いて歩き去っていく。
「マカリとかいう男はともかく、ザフトレッドがあれではな」
クルーゼは呆れながら、デスクに肘を突いた。
その頃アスランは、親友のキラを想い宇宙を眺めていた。
「……キラ」
彼に接触できたのは、アルテミスに向かうアークエンジェルを追撃した時以来だ。
あの時も鹵獲寸前までいったが、キラには拒絶され、なおかつオレンジ色のMAに妨害されてしまった。
キラを討ちたくない。アスランの心からの願いであった。なのに、キラはどうして戦う?
自分のことを覚えていてくれた。話し方からして、俺が嫌いになったわけでもなさそうだ。
……殺そうとするほどに嫌われるような事態は、ちょっと想像したくないが。
「失礼」
「?」
物思いにふけっている横からかけられる、男の声。アスランは窓の外の暗闇から視線をはずし、声をかけられた方向に顔を向ける。
立っているのは、小さな女の子を負ぶった緑服の青年。年のころは二十歳を過ぎたばかりだろうか。
その容姿に、そういえば、と思い当たる。
「あなたは……」
「お目にかかれて光栄です、アスラン・ザラ。L5宙域哨戒中隊より転属になりました、マカリ・イースカイです」
「あ、ああ……どうも」
ザフトではなかなか見ない、お手本のような敬礼に、アスランは少し戸惑いながら敬礼を返す。
自分はそんなに有名だったか、と思いながら、先に敬礼を解くとマカリも敬礼を解いた。
年下相手なのに、マカリはなんら侮る態度を見せない。にこ、と優しげな笑みを浮かべる。
「地球軍から奪ったG兵器を駆るザフトのトップガン。そしてザラ議長閣下のご子息。これが話題に上らないはずがありません」
「なるほど。それで俺のことを……よろしく、マカリ・イースカイ」
アスランは彼が名前を知っていることに納得し、小さな笑みを返した。
マカリはその笑みを見て、じ、と目を細めてアスランを見る。見透かすような彼の視線に、アスランは若干戸惑った。
「……なにやら悩んでいるように窺えますが」
「!」
アスランはその言葉に、恥じらいを覚えた。初見の人間に見透かされた!
「い、いえ、俺はなにも……」
我ながらごまかし方は落第点だな、と内心自嘲しながらアスランは視線を逸らす。
マカリは、僅かな間アスランをじっと眺め……にこり、と笑う。
「……ま、ニコニコと笑いながら戦争なんてできませんからね。失礼いたしました」
マカリは何も追及せず、ただ小さな敬礼をするだけだ。アスランは安堵して緊張が緩み、
彼が負ぶっている少女のことが気になった。緑の瞳を、マカリが背負っている少女に向ける。
それに気づいたマカリは、少女に顔を向けて苦笑を浮かべた。
「ああ……彼女ですか? 彼女はフィフス・ライナーというんですが……寝姿で申し訳ありません」
「フィフス・ライナー……ザフトレッドですか?」
マカリの横にぶらんと垂れている細く短い腕を覆っているのは、赤服の袖だ。
こんな小さな子が赤服になれば、名前ぐらいは広まっていそうなものだが……聞いても思い当たらなかった。
「えぇ、これでも。腕のほうは、長年戦線を共にした自分が保証しますが……
いかんせんこういう身体をしていますから、夜に弱いんですよ。これくらいの時間にはオネムなんです」
「……ああ、なるほど」
アスランは官給品の腕時計に示された時刻と彼女を見比べて、納得した。確かにこれくらいの子は寝てる時間だ。
「彼女からの自己紹介は、また後日ということにさせてください。自分は他の乗員の方々に挨拶をしてきます」
マカリは申し訳なさそうに律儀に言って、敬礼をする。
アスランは、「では」と短い言葉を贈って、歩き出す彼の背と、背で眠る少女を見送った。
マカリはアスランから遠ざかりながら、人の良さそうな笑みを保ったまま、
「アスラン君……悩み多き少年よ。友を見殺しにするなよ?」
口の中で呟いてからマカリは、次に挨拶する人物の居場所を頭の中に思い描いた。
※
まさかの再登場。以上でPHASE 21をお送りいたしました! ありがとうございます!
前回の投稿から2週間。お久しぶりでございます。
なかなか帰りたい時間に帰れず、投稿がこんなに遅れてしまいました…っ
内容をお忘れの方、一度最初からお読みください(ぇー
これからもできる限り早めに書くつもりですが、最近の忙しさだと2週間に1回の投稿くらいになりそうです。
早速壊して予備のパーツ使ってるリナ。出だしからミソがついてますね(笑)
これからもリナの成長を見守ってあげてください…!
次回! 燃えろーよ燃えろーよー地球よ燃ーえーろー。
では次の投稿もよろしくおねがいします!