デブリベルト。
L5宙域に存在する汚染された宙域で、ザフトの制空圏内でもある。
大規模な戦闘が行われた宙域でもあり、撃破された艦艇や、核攻撃で破壊されたコロニーの残骸が大量に浮遊している宙域だ。
ラグランジュポイントだけあって、どの残骸も惑星の影響を受けないので、好き勝手に動き回る瓦礫が艦艇にはとてつもなく危険なところでもある。
当然、それはフェイズシフトを装備していない機体にも同じことが言える。
だからリナは、残骸の動きにも注意を払いながらミストラルを命がけで動かしていた。
「……う、わ。 このっ…ん…」
こまめに操縦桿を動かし、姿勢制御スラスターを噴いて残骸の間を縫うように動いていく。
リナにとってラグランジュポイントでの作業は初めてで、ここまで動き回る残骸の中で作業をしたことがない。
前に経験した岩石掘削作業は、月軌道を回る、鉱物資源を含んだ岩石の調査であり、その岩石や周囲の漂流物は常に一定方向に流れていたから比較的楽だった。
接近警報に神経を集中させ、複数のモニターに常に注意を配りながら、かつ操縦桿を握って常に最善のルートを通っていく。
〔シエル中尉、無事ですか?〕
「ン……クリアに聞こえる。大丈夫だよ、バジルール少尉」
ナタルに敬語で話されるのも変な感覚だなぁ、と思う暇も無い。機械的に答えながら操縦桿を操り、高速で接近してきた残骸をやり過ごす。
レーダーによれば、もう少しで巨大な構造物が見えてくるはず。それが、あのユニウスセブンに違いない。
(コロニーを直接攻撃、か……)
それを聞いて思い出すのは、あのヘリオポリスだ。
あのコロニーもザフトの攻撃によって崩壊した。戦争において、コロニーなんて考慮に値しないものなのだろうか。
彼らは宇宙で住む国家群だから、コロニー内での攻撃がどんな悲惨な結果を生み出すかは充分承知のはずだ。
それでも彼らは攻撃する。毒ガスの開発者が、被害者のことを慮らないのと同じように。
そしてこのコロニーは、地球軍の核攻撃によって破壊された。敵軍の街を爆撃するのと同じ感覚で。
(折角の宇宙時代なのに、おちおちコロニーに住めやしないなぁ…)
平和になったらコロニーに住みたい…そう思っていた時期が私にもありました。
そんな風に考える余裕が出てきたのは、段々操縦に慣れてきたおかげであり、コロニーに近づいてきて細かい漂流物が減ってきたおかげだ。
コロニーの外壁だったであろう汚れきったガラス壁を乗り越えたとき、モニター一杯に、白く停止した町並みが広がった。
「これが……ユニウスセブン」
その光景を見て、呆然と呟く。
宇宙空間に空虚に漂うビル。大量に道路に横たわった車輌。公園だったらしい、荒れた広場。
それら全てが白く濁り、表面を薄く覆った氷で閉じ込められている。
(まるでSFだな…いや、もうSFか)
その非現実的な光景に呆然と呟いて、スラスターに火を灯してゆっくりと近づいていく。
近づいてみると、ビル群の隙間はほとんど漂流物が無いことに気づき、そこにミストラルを這わせる。スロットル開度を微小、底部センサーに気を配りながら、街灯や標識の下を潜って進んでいく。
(こうして見ると、まるでエイプリルフール・クライシス直後のニューヨーク市だなぁ…)
「っうわ!?」
目の前を過ぎったものに、思わず悲鳴を挙げるリナ。それに反応して、オペレートしているバジルールが慌てて通信を開いてきた。
〔シエル中尉! 大丈夫ですか!?〕
「だ、大丈夫……目の前を、漂流物が流れてびっくりしただけ」
心配そうな声をかけてくるバジルールに、額の冷や汗を拭いながら取り繕うように答える。
漂流物は全く無いわけではなかった。…人間が浮いている。
ユニウスセブンの住民だ。全身が紫色っぽくなり、眼球が凍って、カサカサに乾いて漂っている。そういった死体が無数にビル群の間を漂っている。
それらから目を背け、吐き気を我慢しながらマニュピレーターで死体を目の前から押し退ける。
それでもリナはビル群の間を通り抜けることを選んだ。気分の問題はあるが、漂流物に激突してこれらの仲間入りしたくないからだ。
(人間はぶつかっても、あっちから壊れてくれるしな…)
さっきから、ドン、ドン、と機体に小さな激突音が断続的に響く。死体がぶつかっているのだ。
それらは例外なく、まるで腐った樹木の幹のように脆く壊れて後ろのほうに流れていく。その感触と音が、リナの生理的嫌悪を刺激した。
アークエンジェルに搭載している火器という火器を全弾撃ち込んで焼き払ってもらいたい、という妄想をしながら突き進むと、ビル群がなくなり、次第に自然が多くなっていって、巨大な河が見えた。
コロニーのミラー光を取り入れるガラスの壁ではなく、実際に水が流れていた河だ。しかも、幅はアークエンジェルの全長ほどあるのではないだろうか。
「……シエル機よりアークエンジェルへ。河川を発見しました。掘削作業を開始します」
〔了解。ユニウスセブンの地表にも、未だ多数の漂流物が漂っています。くれぐれも注意してください〕
「了解」
ナタルの注意喚起に応答して、マニュピレーターを駆使して、まずは凍り付いてた土手と河川の間に注意深く掘削用のドリルの刃を押し当て、トリガーを引いた。
- - - - - - -
「つ、疲れる…」
アークエンジェルへと削りだした氷を輸送し、またユニウスセブンで氷塊掘削する作業を繰り返して、既に6時間が経過した。
河川の向こう岸まで氷を削り出したところで、さすがにこのチートボディーも若干の疲れを訴えてくる。
それになにより、精神的な疲れが激しい。氷もぶつからないように漂流物を避けながら移動するというのは、ひどく神経が削られる作業だ。
眠い。もしかしたら目の下にクマができているのではないだろうか。…帰ったらムウやキラに顔を見せられないな、と思いながら氷塊掘削作業を再開する。
〔シエル中尉、あと2tの氷を積めばアークエンジェルの貯水タンクが満載になります。…あと一息なので、頑張ってください〕
「了解…」
珍しく、ナタルが労いの言葉をかけてくれた。6時間もこんな地道な作業をしている自分に、同情でもしてくれたのだろうか。
いや、ナタルも、アークエンジェルのクルーも皆、この汚れきった宙域で、漂流物や敵機への警戒に神経をすり減らしているはずだ。
それでも自分に気遣ってくれたナタルは、やはり自分より年上なだけはあるな…と尊敬の念を抱いた。
「ありがとう、バジルール少尉」
〔! ……い、いえ……〕
笑顔でナタルにお礼を言い返し、氷の掘削作業を続ける。
削りだした、小型バスぐらいの氷塊をアンカーで接続して牽引していく。アンカーの負荷値を見ると、1G/2.7tと表示されていた。少し気合を入れすぎたらしい。
慎重にスロットルを開けて、かなり削られて底が見えている河川を見下ろしてからゆっくりと離れていって…アークエンジェルに機首を向けた。
ようやく長い掘削作業から解放される。そう安堵して、漂流物を避けながら飛翔していると――警報が鳴り響いた。
「!?」
レーダーにボギーを捕捉。質量は比較的小型なドレイク級よりも一回り小さい。熱量は戦闘艦のものではない。
民間船舶だろうか。センサーを戦闘用に切り替えて、最大望遠でそれを望む。
白と緑でカラーリングされた艦。武装の類は見られない。Nジャマー数値がクリアなままのところを見ると、本当にただの民間船舶なのだろう。
ミストラルに搭載されているコンピューターに、識別データを照合する。……ザフトの民間船舶が表示された。
(ま、まずい。要人が座乗するタイプの船じゃないか!)
そういった船は大抵護衛の軍人が乗っている。それに見つかれば通報され、またもザフトとの追いかけっこが始まってしまう。
撃沈するか……という黒い考えが浮かぶが、ミストラルに、通報される前にあのサイズの船を一瞬で撃沈できるほどの火器は搭載されていない。
やはり気づかれる前に、さっさと撤退するのが一番だろう。しかしこちらが迂闊に動けば、バーニアの熱量を感知されて見つかってしまう。どこかに隠れるべきか?
アークエンジェルに応援を頼もうとしても、奴はその通信さえも拾い上げてこちらを見つけてしまうだろう。
幸い、あちらはこちらに気づいておらず、こちらに左舷を向けて悠々と巡航している。今なら、なんとかなるかもしれない。
なんとかして、バーニアなどを使わずに移動しなければ……。そう思って、底部についている氷塊を眺めた。
(………2tくらいなら、無くてもいいかな…?)
緊急事態なら止むを得ないだろう。そういう言い訳を用意して、ドリルを氷塊に押し当てて分解していく。
一つ200kg程度の氷に細かく砕くとそれをマニュピレーターでかき集め、後方確認。後ろには何も無い。
よし、と覚悟を決めて、氷塊の一つをマニュピレーターで掴み、
(第一球……投げました!)
ぶんっ。前方に投げる。氷塊との距離が離れていくのを見て、速度計も見る。見事に計算は的中した。
氷塊を投げたときに発生する慣性を利用して、それを推力にしているのだ。機体は氷塊を投げた方向とは反対に向かって進んでいる。
速度は大したことはないが、それで確実に進んでいるので目をつぶる。
進みたい方向に機首を向けるときは、内蔵されているバランサージャイロを利用する。かなりゆっくりだが、スラスターを使うわけにはいかない。
そうした努力が実を結んだのか、ザフトの民間船舶は気づかないようだ。あるいは、周囲に注意を配っていないからか。
尤も、ミストラルよりも大きくて、熱量を伴わなずに動き回っている残骸などいくらでも漂っているのだから、気づかないのも道理だろうが。
手元にある氷塊が半分程度になったところで、ようやく船がミストラルのレーダー範囲外に出た。
(よし……あちらさんのレーダーがどれだけ強力かわかんないけど、所詮は民間船舶。コロニーの外壁を利用すれば上手くやり過ごせるはず…)
アークエンジェルへと機首を向け、おそるおそるスロットルを開けてユニウスセブンから離れていく。
見つけたのか、見つけられなかったのか。その船はこちらに反応することなく、ただただ巡航しているだけだった。
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「――報告は以上です」
「ご苦労だったな、シエル中尉」
「いえ、戦闘に比べれば…まだ楽です」
氷塊発掘作業から無事帰還し、報告のために艦長室に向かったリナ。出迎えたのはマリューではない、ギリアムだった。
艦長室に着いて、そういえば艦長が交代したんだったな、と思い返した。アークエンジェルの艦長がマリューじゃない、というのも違和感があるけれども。
「君が発見したザフトの民間船舶だが、ミストラルの航行データから誰の座乗艦かチャンドラ伍長に解析をさせることにしよう。
誰が乗っていたかによっては、ザフトのこれからの作戦行動や軍の配置が予測できるかもしれん。よくやったな、シエル中尉。よく休め」
「ハッ、失礼します」
サッ、と規律正しく敬礼し、艦長室を後にしようとして…
「そういえば、シエル大佐からの手紙は読んだかね? 作戦行動に関係する内容があれば、それを聞きたいのだが」
「! ……これから時間がありますので、読みたいと思います」
(やばっ、忘れてた…)
すっかり忘れていたリナ。それを顔に出さず、敬礼と共に艦長室を辞した。
その後姿を見送り、ギリアムは小さな溜息と共に椅子に背を預ける。
「シエル親子には、毎度手を焼かされる……」
苦笑してからインターカムを手に取り、格納庫に、ミストラルの航行データの解析と報告を命じた。
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《愛する我が娘、リナへ》
《リナが前線に立ち、一週間が経った。まだお前の戦死報告を受けていないということは、生きているということなのだろう》
《それでいい。リナはこの戦争で死ぬべき娘ではないからだ》
《それでも私はリナにヘリオポリスに行くことを黙認した。いや、私が行かせた》
《私が行かせたことを知ったら、怒るだろうか? 悲しむだろうか?》
《どちらの反応をしてもいい。私を憎みたいのであれば憎んでも構わない。だが、リナには行って欲しかった》
《リナにはそこへ行くことが必要だったからだ。いや、世界には、リナがヘリオポリスに行くことが必要なのだ》
《そこであらゆる壁にぶつかるだろう。苦しい選択を迫られることもあるだろう》
《お前はお前が正しいと思う道を行け。どのような結果が待ち受けていたとしても、そこに正しいも正しくないも無い。それがリナの道なのだから》
《キラ・ヤマトには出会ったか? 彼と共に行け。彼と共に道を拓け。地球軍や私にこだわる必要は無い》
《もう一つ。賢明なリナには分かっていることだろうが、己の能力を迂闊に晒さないほうがいい》
《しかし必要だと思うのであれば惜しむな。リナが、賢明な知恵と判断力を以って正しく行使することを私は切に望む》
《自由と正義が、リナと共にあらんことを――》
《発 デイビット・シエル》
《宛 リナ・シエル》
自分の個室でその手紙を読んでいたリナは、手に知らないうちに力が篭るのに気づかず、手紙を潰してしまった。
「親父……あんたは何者なんだ……!?」
※
親父はなんなのだー。PHASE 15をお送りいたしました! 読んでくださりありがとうございます。
意外に前回のが受けがよかったので驚きです。ありがとうございますっ
そしてスルーされるラクス。原作の色んなイベントが消える気がしてなりません。
戦闘がなくなって久しい拙作。これって本当にガンダムか? と自分でも疑いたくなります(汗
次こそ戦闘があるんじゃないかなぁ。あるといいなぁ。
もう完全にオリジナルルートで頑張るしかなす。どなたか拙作の外伝書いていただけたらなぁと妄想したり…
擬似フリーダムっていう面白いネタもいただきましたw 魔改造過ぎて好き嫌い別れそうですが、私的には楽しそうです(笑)
もうマードックに頑張ってもらうしかありませんなぁ!
いつも感想を下さる皆様、ほんとありがとうございます。これからもどうかお付き合い下さい(礼
次回! チャ○ズは置いてきた、今回の戦いについていけそうにないからな。
それでは次の投稿もお付き合いください。それでは失礼いたします(礼