メイソンのクルーの受け入れが終わり、艦内の緊急幹部会議が開かれた。
士官食堂のテーブルを動かして巨大な一つのテーブルを作り、それを全員で囲むといういかにも「緊急」なものだが。
メイソンとアークエンジェル両艦の幹部士官が一堂に会した。議題は、アークエンジェルの航行目的の確認と、メイソンクルーの待遇だ。
リナはアークエンジェル側かメイソン側か一瞬迷ったが、軍人は原隊復帰が原則なので、メイソン側に座ることにした。
席順は副長のギリアム中佐を筆頭に、航海長のエスティアン少佐、砲雷長のショーン少佐、船務長のホソカワ大尉と続いて、
メイソンのMA隊唯一の生き残りであるリナが、メイソンのMA隊隊長に急遽任命されて5番目の席に座った。
それ以降は各部署の担当の下士官が並んでいる。主にブリッジクルーの面々だ。
戦闘艦の幹部士官というだけあって、ここに召集された士官は当然のように白い軍服に身を包んでいるのだが、
一人だけ幼年の士官候補生が混じるという、なんともリナKYな状態になっていた。
アークエンジェルで幹部会議に召集されたのはこれが初めてではないけれど、リナはメイソンの幹部士官達と初めて並んで座ったので緊張していた。
見た目は落ち着いてはいるものの、変に肩肘が張っていて微動だにせず、視線もずっと一点だけを見つめている。
その容姿も合わせて、今のリナはまるで置物のフランス人形のようだった。
「…………」
「シエル中尉、水でも飲んで落ち着け」
「あ、ありがとうございます」
隣に座っているホソカワ大尉に緊張を見透かされ、勧められた水を努めて静かに飲む。
まるで親戚会議に無理矢理付き合わされた姪っ子みたいなリナに、マリューは目を細めてから、こほんと咳払いをして宣言した。
「それでは、アークエンジェル並びにメイソンの合同幹部会議を開催いたします。
議長は第8機動艦隊所属、アークエンジェルの艦長であるマリュー・ラミアス大尉が執り行います。
現在の艦の状況は各々手元に配布しました資料に記されていますので、決定や発言の参考にしてください」
どれ、と、リナは目の前に置かれた資料を手にとって捲る。ふむふむ、ふむふむ。
……思った以上に大変なことになっていた。何故危険を冒してまでユーラシア連邦所属のアルテミスに向かおうとしていたか、理由がわかった。
水がほとんど無いのだ。
あらゆる宇宙艦艇には、水を再利用するための循環装置が前世紀より標準装備されているのだが、それを考慮しても水の絶対量が全く足りていない。
しかも避難民やメイソンのクルーという、通常居るはずの無い乗員がいるわけだから、現実的には、この資料に書かれた数値よりももっと厳しい状況になっているはず。
恐らく10日ももたずに断水状態になるだろう。これは宇宙空間という果てしない距離を航行する艦艇にとって、相当に厳しい数字だ。
「アークエンジェルの航行目的は、G兵器を連合軍本部アラスカまで輸送することです。そのために私達は、途中で必要な資源を補給せねばなりません」
「しかし、ここから先は地球軍の基地は無い。途中で補給艦と合流できない限り、水の補給は期待できませんな」
そう発言するのは、ホソカワ大尉だ。彼は日系アメリカ人で、日本人の容姿をしていながらも大西洋連邦に所属している。
「だが俺達が五体満足でアラスカに到着するためには、デブリ帯を迂回する針路を取らなきゃならん。これによって、直進に比べて3日ほどの遅れが生じるだろうなぁ」
そこに口を挟む、航海長のエスティアン少佐。陽気な性格はアメリカの南部育ちだからだろう。つぶらな瞳が彼の主な特徴だ。
「それでは我々は、本部に到着する前に枯渇してしまいます!」
ナタルが非難するような語調で反論するが、エスティアン少佐は肩を竦めるだけだ。
「そんなこと言われても、デブリ帯の中を突っ切るわけにはいかんだろ?
いくら新造艦だからって、デブリにぶつかっても平気ってわけじゃあないだろうしな」
「断水状態での行軍となるわけか。我々軍人は何日かは耐えられるが、避難民や現地徴用の兵には厳しい事態だ」
冷静沈着なショーンも、この事態に表情を翳らせていた。
「いや…」
「おや、エンデュミオンの鷹殿。何か?」
高級士官に馬鹿丁寧に二つ名で呼ばれて、ムウはエスティアンに苦笑した。
「その言い方よしてくださいよ。…思い当たる節があるんですよ」
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「なるほど、コロニーの残骸から水を…」
「良い案だ、フラガ大尉。そこには確かに生活用水や自然循環用水が大量に蓄積されている。
少しおすそ分けしていただくとしよう」
ホソカワとショーンが、ムウの発案に唸って賛同する。
リナも、なるほどなぁ、とやや他人事のように聞いていた。リナは作戦立案や戦略に関しては興味が無いので、ほとんど黙って聞いているだけだった。
会議の内容を右から左にして表情だけは聞いている振りをしながら、キラの「可愛い」という言葉とその時の表情を思い浮かべて、ぼーっとしていた。
「――シエル中尉はどう思う?」
「……は。私は異論ありません」
ギリアム副長に突然振られて、用意していた言葉で反射的に答えた。
それを聞いたギリアムは、これはしたり、とばかりに笑顔を浮かべた。リナは、何? と、思わず彼の顔を見つめてしまう。
その視線を無視して、
「よし、ではシエル中尉に氷塊の掘削作業を任命することに決定した。頼んだぞ、シエル中尉」
「ハッ、シエル中尉、氷塊の掘削作業を拝命いたします……って、えぇっ!?」
大事な会議の場だというのに、思わずノリ突っ込みをしてしまう。
氷塊の掘削作業といえば、似たようなこと――岩石破砕作業を行ったことがある。
はっきり言って野良仕事だ。機体が岩石にぶつからないようにひどく神経を使うし、生命の危険がある上に地道な作業だ。
ムウの方をばっと見るが、頑張れよ、とわざとらしい笑顔を返してくるだけ。
うまくやれば、キラに押し付けることもできたのに…。
これからはもっとコミュニケーションしないとなぁ、と、生温かい眼差しを皆に向けられてしまいながら呆然と考えるリナであった。
「さて、差し当たってのアークエンジェルの行動は決定しました。
次に、メイソンのクルーであるギリアム中佐達のアークエンジェルでの待遇ですが…私は、この艦の指揮権をギリアム中佐に委ねたいと、私は思っています」
「……妥当なところだな」
「私もそれが相応しいと思います」
マリューの提案に、ムウもナタルも口々に賛同する。
口に出さないが、アークエンジェル側の士官達とメイソン側の士官も無言の肯定をしている。
当然だろう。現在最も階級が高いからという理由でマリューが艦長に就いているなら、艦長を交代するのも同じ理由だ。
たとえ副長だったから艦長に繰り上がったという事実があったとしても、技術士官であるマリューが充分な艦長の能力を備えているとも思えない。
だから、マリューの提案に皆が肯定するのは自然の流れといえた。
(……!?)
しかしそれを聞いて、リナは微かに目を見開いて、内心動揺した。
(ちょ、ちょっと待ってよ…ここでマリューが艦長じゃなくなったら、筋書きが変わるんじゃないか!?)
ガンダムSEEDの原作のことはよくわからない。しかし、少なくともギリアム中佐が艦長をしていたなんてことは無かったのは知っているし、
これでもしギリアム中佐が艦長になったら、マリューと同じ判断をするとは限らないし、自分が知っている物語とは全く違う世界に進むかもしれない。
これは自分が来たから起きた影響ではないだろう。たとえ自分が居なかったとしても、メイソンのクルーは無事脱出して、アークエンジェルに乗り込むはずだ。
でも自分が居たから、その小さな影響が大きな影響へと成長して、ここにメイソンのクルーがいる…というのも、自意識過剰だろうか。
(……! まさか……ねぇ)
別の可能性も考えたが、それは会議に集中して打ち消すことにした。
ギリアムは何事か考えるように目を伏せてから、しばらくして立ち上がり……帽子を手に背筋を伸ばして全員を見渡し、高らかに宣言した。
「……強襲機動特装艦アークエンジェルの指揮権を、マリュー・ラミアス大尉から、私フィンブレン・ギリアム中佐へと『貸与』するものとして承諾する。
あくまでアークエンジェルは第8機動艦隊に属するものであって、この指揮権委譲を、私の原隊である第7機動艦隊に合流するまで、もしくは連合軍本部に到着するまでの期限付きとして了承していただきたい」
「期限付き…?」
「いくら階級が違うからとはいえ、所属の部隊が違うからな。あくまで臨時の処置、ということだ」
疑問を投げ返すマリューに、ギリアムの代わりにショーンが答える。
「わかりました」とマリューが短く了承して、引き続き議長として役目を果たすために息を吸った。
「次に中佐以下のクルー達の職務についてですが――」
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長い長い会議がようやく終わった。その長い時間を有効に使ったおかげで、アークエンジェルに乗って以来初めてまとまりのある内容だった。
これも、ザフトの追跡を振り払えたからこそ出来たことだろう。メイソンのクルーも搭乗したことでクルー不足も解消され、ようやく正規軍らしくなってきた。
ブリッジのクルーは再編成、以下の構成となった。
艦長:フィンブレン・ギリアム中佐(元メイソン副長)
副長:マリュー・ラミアス大尉(元アークエンジェル艦長)
CIC統括:ヒルベルド・ショーン少佐(元メイソンCIC砲雷長)
オペレーター:ナタル・バジルール少尉(元アークエンジェルCIC統括)
索敵:ジャッキー・トノムラ伍長(元アークエンジェル副操舵手)
操舵手:アーノルド・ノイマン曹長(配置換え無し)
副操舵手:ツァン・リー軍曹(元メイソン操舵手)
電子戦:ダリダ・ローラハ・チャンドラII世伍長(配置換え無し)
砲術担当:ライノ・アラン軍曹(元メイソン火器管制)
見事にアカデミー生のメンバー全員がブリッジから追い出される形になってしまった。短いブリッジ勤務である。
その他艦内スタッフは、メイソンの航海科のメンバーや船務科のメンバーが艦内維持を務めることになった。
アカデミー生は、それぞれの科に配置されることになったらしい。それも見習いとして。まあ階級も無いただの現地徴用の兵なら、こんなところだろう。
飛行科――要は艦載機のパイロットや整備員の面々は、メイソンの整備員が増えるだけで、緊急で作られた編成とほとんど変わらない。
1番機:ムウ・ラ・フラガ大尉(特務輸送艦MA隊1番機)
2番機:リナ・シエル中尉(元メイソンMA隊4番機)
3番機:キラ・ヤマト
キラ・ヤマトを編成に入れるにあたって、やはり一悶着があった。何故ただの学生を、最も危険の高いパイロットに任命するのか…それを説明するのが苦しかった。
「彼はコーディネイターで、艦で唯一ストライクを動かせる人物です」
そう実直に言い放ったのはナタルだった。それを聞いて、ギリアムは眉を顰め、彼に関する質問をまくし立てた。
彼のナチュラルに対する感情は? 信頼できる人物なのか? あれ一機寝返ればアークエンジェルを沈めることができると知って乗せたか?
こういった質問が延々と投げかけられる。彼は現実主義で慎重な人間だ。
地球軍は、ザフトとではなくコーディネイターと戦っていると言っても過言ではない。そのコーディネイターに、地球軍最高機密のストライクに乗せて戦わせるのだ。
彼の心理状態や環境が気になるのは当然と言える。しかし、ナタル他アークエンジェルのクルーは、半分もまともな回答ができずにいた。
「彼はこのアークエンジェルに乗っている、ナチュラルの友人を守るために戦っています。話してみても、誠実で信頼できる少年だと感じました」
ギリアムに視線を真っ直ぐ向けて言い放ったのは、アークエンジェルのクルーではない、リナだった。
ギリアムは、予想外の場所から答弁が返って来たことに面食らいながらも、じっとリナの目を見返していた。
「味方なのだな?」
「我々が彼の味方である限りは」
ギリアムの問いに即答する。その瞳は反論を許さないような、確固たる眼差しだった。
ギリアムは、キラに対するリナの信頼を感じ取り、ふぅ、と溜息をついて、
「……わかった。時間があれば、私からも彼を面接してみよう。君らの意見も参考にしてな」
「ありがとうございます」
「君が礼を言うことではないだろう?」
律儀に礼を言ってくるリナに、ギリアムは苦笑を浮かべた。
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〔艦内各員に達する。この度開かれた幹部会議において、艦長に就任したフェンブレン・ギリアム中佐だ〕
艦内に響き渡る艦内放送を、リナは格納庫で作業用ポッドのミストラルの調整をしながら聞いていた。
整備をしていた整備員達も、その放送に聞き入るように手を休めていた。
〔マリュー・ラミアス大尉の指揮の下、ザフトの攻撃をよく凌ぎ、これを撃退してくれたことに、私は諸君に敬意を表したい。
これより貴官らは私の指揮下に入ることになるが、諸君らにはこれからも模範的な大西洋連邦の軍人として努め、より一層の奮闘に期待する〕
ざわざわと格納庫にどよめきが走るが、それはすぐに次の放送で収まることになった。
〔――これよりアークエンジェルは、デブリベルトにある廃墟コロニーへと針路を取る。目的は廃墟コロニーに残された用水の確保だ。
航海科は漂流物の監視を厳となせ。船務科は漂流物の激突に備えて待機。整備班は作業用MAの発進準備を整えよ〕
各科ごとに命令を飛ばすと、途端にそれぞれの科が規律正しく動き始める。
それを眺めて、リナもミストラルの調整を再開した。氷塊掘削作業という、なんとも忍耐の伴う仕事に溜息を零しながら。
※
こういうシーンも、たまには必要…ということで、PHASE 14をお送りいたしました。
なんていうか、退屈な話で申し訳ない(汗) 次こそは、次こそは本編に…
コアファイターがなんでエールストライクと合体したのか、その辺もちょっと話していきたいのですが、
次回コアファイターが出撃するときに説明すると思います。それは今はさて置いてあげてください…
次回! この超音波発生器、ON/OFFスイッチがありませんが…
それでは、次の投稿もよろしくお願いします!(礼
11/01/07:脱字を修正&内容を少しだけ訂正しました。