薄暗く、煙草の匂いが充満し、様々なアーケードゲームの音楽が混ざり合って不協和音を奏でる店内。
土曜日の昼下がり。ゲームセンターが最も賑わう時間帯だ。
クレーンゲームに集中し、連れている彼女にぬいぐるみをあげようと必死になっている若い男。
中学生くらいの数人の少年が、バスケットのミニゲームでポイント争いをしている。
スロットに熱中してる中年男性や、お菓子を落とすゲームをしている家族もいた。
それらのものを見ながらも興味を示さず、彼、空乃昴は人ごみを避けながら、奥まった場所に設置されたゲームに一直線に向かっていった。
それは昴がはまっているアーケードゲーム、機動戦士ガンダムSEED 連合vsザフト。
そのメジャーなゲームに多くの少年達が群れをなしていた。
「おー。やってるやってる」
その群れを見て、全国大会優勝者である昴はほくそ笑んでいた。
ホームレスに刺され、意識不明の重体に陥ったものの、なんとか一命を取りとめた昴。
1ヶ月もの入院生活はとにかく退屈だったが、ようやく外出許可が下りて、待望のゲームセンターに顔を出せた。
まだ包帯が取れないが、一週間ほど生死の境をさまよった頃に比べれば余程マシだ。
アーケードゲームに群がる人ごみの隙間を縫って顔を出すと、そのゲーム画面の懐かしさに思わず笑みがこぼれてしまう。
「うわー、懐かし……ん?」
感嘆の言葉を吐きかけて、言葉が止まる。
対戦が始まり、出撃するために上から降りてくる場面。その時に、台詞と共にパイロットのカットインが入るのだが、
その顔は、今まで見たことがないキャラだった。
黒髪に緑の瞳の少女。オレンジ色のノーマルスーツを着てるあたり、地球連合軍側なんだろう。
『ついに実戦か…! 行くぞ!』
男勝りな台詞を吐く少女。乗ってる機体とパイロットの名前は……ちょうどプレイヤーの頭で見えない。
(バージョン変わったのかな? 見た事無いキャラだな)
新しいバージョンになったなら、尚更プレイしなければならない。
しかも、今プレイしているプレイヤーは凄まじく上手い。敵の隙を全て突き、正面にいる敵と対峙しながらも別の敵の攻撃も予測して避ける。
さきほどから全く被弾していないのだ。そして、外してもいない。無駄な時間もかけない。
もしかしたら、全国大会優勝者である自分よりも上手いかもしれない。
一層興味が沸いて、次に空いたら座ろう、と思って近づいたとき。
「まだできないよ」
「?」
そのキャラを操っているプレイヤーに、振り返ることもせずゲームをプレイしながら告げられて、昴は面食らった。
近づこうとする足を止めて、そのプレイヤーの後頭部を見つめる。
そのプレイヤーは『良く見たら』帽子を被っていて、綺麗なストレートの長い黒髪だった。声も可愛い。女の子だろうか。
昴は突然の言葉に、片眉を挙げて肩をすくめた。
「……そりゃあ、まだ君がしてるからできないだろ」
「そういう意味じゃないよ」
返事をしながら、覚醒ボタンを押す彼女。
キィ
スツールを回して振り返ってくる。彼女の顔を見て、昴は背筋を粟立たせ、心臓が跳ね上がった。
その顔は――
「君はまだ『あっち』にいるじゃないか」
虚ろな瞳をした、不気味な笑みを浮かべているリナ・シエルだった――
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
バッ!!
声にならない悲鳴を挙げながらシーツを払いのけ、勢い良く起き上がるリナ。
息が荒い。全身、じっとりと汗を掻いている。顎の汗を手の甲でぬぐって、顔にかかる長い黒髪をどけた。
身体が気持ち悪い。汗でベトベトする。
「……っ はぁ、ふぅぅ…」
(なんで、こんなに汗かいてるんだ…?)
おぞましい夢を見た気がするが、思い出せない。
でもまあ、夢で良かった気がする。とりあえず、ホッと安堵の息をついて一安心。
シーツの真ん中にあるファスナを下ろして、マジックテープを剥がしながら起きる。
そこは白い天井と床の医務室だった。身体が浮き上がる、ということは宇宙空間。
(ここは…メイソン? って、そんなわけないか)
メイソンは、ザフトの手によって撃沈されてしまったのだ。メイソンのクルー達の顔を思い出して、少し気分が沈むが、
忘れようとするかのように頭を振って、気を取り直す。まずは今の状況を確認しないと。
身体を見下ろす。異常は…ない。
強いて変わったことを挙げるなら、オレンジ色のノーマルスーツではなく、ノースリーブの白い患者服を着ていた。
地球連合の患者服っていうのはだいたいこれなのだけれど、ゆったり過ぎて横から見ると胸が見えるのが気に入らない。
「ん?」
胸が見える? 見えるほどあるわけではないはずなのに。
襟を指で摘んで開いてみたら…気のせいか、少し膨らんでいる。谷間というわけじゃないが、小山が二つ。
それを見て、意味もなく顔が赤くなっていく。まさか――
「成長してる…!?」
「何が成長したのかしら?」
「うわっ!?」
突然声をかけられて、びっくりしてシーツを胸に引き寄せて、肩を縮こまらせる。
そぉっとそちらに視線を向けると、カーテンを少し開いて覗き込んでくる看護師の女性が微笑んでいた。
思わず、「あ、どうも…」と呟きながら、小さく会釈する。それを見て看護師が可笑しそうにくすっと笑った。
「気分はいかがですか? シエル少尉」
「は、はい。大丈夫です」
「よかった。念のため、もう少し寝てたほうがいいですよ。精密検査もしないと…」
「本当に大丈夫です。ボクって、こう見えて結構頑丈にできてますし」
心配してくれるのは嬉しいけれども、やんわりとそれを断ってベッドを降りる。
ベッドから出ると、やけにスースーするのを感じた。疑問に思って、そっと腰に手を入れると。
…下着が、ない。つるりんとした股が丸出しだ。
さぁ、と顔を青ざめさせる。いくらノーマルスーツの下には服を着る余裕が無いとはいえ、下着くらいは着てきたはずなのに、
「え、えっと…着替えってありますか?」
「……言いにくいですが、少尉の下着、使い物にならなくなっちゃって…サイズが合うものも置いてないんです」
「!!!」
思い出した。そういえばずっと、失禁してから処理してなかった。
下半身はずっと漬けっ放しになってたのだ。何にとはあえて言わない。
あのままずーっと放置してたから、色んな意味で使い物にならなくなったんだろう。どうやら捨てられてしまったらしい。
ん? ということは…
「……誰が脱がしてくれたんですか?」
「大丈夫、私が全てやりましたよ」
(大丈夫じゃねええぇぇぇ!!)
ああ、見られた…。なんだかわかんないけどすごいショックだ。欝だ氏のう。
医務室のベッドにもぐりこんで、むー! と唸りだしたリナ。
それを見て看護師は、ぷっ、と噴き出しそうになっていた。その仕草が見た目どおりの年齢の少女みたいだったから。
「パイロットは皆ああなっちゃうんですから、恥ずかしがらなくてもいいですよ?」
「そういう問題じゃ……うぅぅ~」
「ふふ。…それより、具合が良くなったら艦長室に来るように、とラミアス艦長が言われてましたよ」
「…………了解しました」
とっても恥ずかしい目にあったけれども、軍務はスムーズに行わないといけない。
そういう使命感から、もそもそとベッドから這い出て、軍艦の中を患者服で歩き回るわけにはいかないと気づいた。
「そういえば着替え…」
「あ、シエル少尉のお召し物は、今のところこれくらいしか…洗っておきましたから大丈夫です」
(だから大丈夫じゃないんだってヴぁぁぁ!)
軽く落ち込みながらも、洗ってくれたらしい一張羅のノーマルスーツを受け取り、カーテンを閉めてそれに着替えることにした。
- - - - - - -
一人だけノーマルスーツというのは、少し落ち着かない。
すれ違う白い軍服を身に纏ったクルー達と敬礼を交わすたびに、リナはそう思って居心地の悪さを感じていた。
できれば軍服に着替えたかったけれども、アークエンジェルにはリナの体格に合った軍服など置いていない。
だから被服部に特別にあつらえてもらわなければならないのだ。
なかなか成長しないから一回作ってもらえれば後は平気なのだが、その着替えはメイソンに置いてきており、そのメイソンは着替えと一緒に宇宙に散った。
(…落ち着いたら被服部に行かないとなぁ)
そう考えながら、無重力帯の通路を艦長室に向かって流れていく。
居住区を通り過ぎて、食堂の前も通り過ぎようとしていたら…入り口に立っているキラの姿が見えた。
その横顔は、嬉しいような悲しいような複雑な表情をしている。何を見ているんだ、と思って近づいていき、
「キラ君? どうしたんだい?」
「あ、リナさん……」
力の篭らない返事と表情でこっちを見返すキラ。キラの横に立ち止まり、食堂を覗くと、
赤い髪の少女が、なにやら感激しながらサイ・アーガイルに抱きついている。
見る限り民間人だが、あんな子はアークエンジェルに乗ってなかったような気がする。はて。
「あの子は?」
「彼女はフレイ・アルスター。僕が回収した救命ボートに乗っていたんだ」
「回収した?」
ということは、脱出した救命ボートを回収してきたのか?
リナは思わず頭を抱える。はぁ、と溜息。これだから民間人は、と胸中でぼやきながら呆れ顔をキラに向けた。
「…キラ君。この船は戦闘艦であって、救援艦ではないんだよ?
しかも平時ならともかく、今はクルーゼ隊と戦闘中なんだ。厄介ごとを持ち込まないで欲しいな」
「厄介ごとって…! 推進部が壊れて漂流してたんだ。それを放っていくなんて…」
「救命ボートの推進部が壊れてても、救援艦は回収できるよ。
まあ、こんなことを言ったって、今からまた放り出すわけにはいかないんだけど…」
キラへのお叱りは控えておくことにした。民間人の彼に軍のアレコレを説いたところで、何の意味もない。
それに、彼に嫌われたくない。それが心の奥底にあった。
キラはどこか納得がいかなさそうに表情を翳らせて俯いている。
(しょうがないな、この子は……まだ子供ってことかな)
「……でも」
「ま、いいよ。そういう、困ってる人を見たら放っておけないのがキラ君の良い所なんだろうし。
これからは気をつけてねって感じかな」
怒り顔をぱっと微笑みに変えて、キラの頭をよしよしと撫で…ようとして、手が届かなかった。
んーっ、と唸りながら一生懸命背伸びをするけれど、やっぱり届かない。
それをキラは不思議なものを見るように、ぽかんとリナを見ていた。
「……?」
「~~~っ……はぁ。 ま、これで…」
ぽむ。肩に手を置いて妥協した。リナの頬が紅に染まってる。不思議そうな視線を浴びせられて恥ずかしかった。
それを見てキラは、ようやく彼女のやりたいことを理解して、ふ、と笑みがこぼれた。
「リナさん、僕は子供じゃないんだから…」
「な、何言ってるんだい。ボクからしてみれば子供だよ、キラ君は」
「リナさんよりは年上だと思うけど」
むう。これはビシッと言ったほうがいいのか。年齢を告白するっていうのはちょっと恥ずかしい気がするけれど。
胸の前で握りこぶしを作り、よし、と気合を入れて彼の前で、ようやく膨らんできた胸を張った。
「……キラ君。君はボクのことを何歳だと思ってるんだい?」
「え、…10歳くらい?」
リナはずっこけた。
(や、やっぱりか! うぅ、慣れてたつもりだけど、キラに言われるのはちょっと傷つくな…)
「ど、どうしたの?」
「……キラ君。君が生まれたとき、僕は小学生だったんだよ」
こめかみを押さえ、泣きそうになるのを堪えてプルプルと震えながら言った。
「…………え!?」
「え、何?」
「キラ?」
キラの驚きの絶叫に、他のアカデミー生やフレイも振り向いた。さっきまでこっちの話を聞いてなかった全員がこっちを向いた。
だから言いたくなかったのに! 心の中で喚きながら、はあ、と溜息。
もうヤケだ。いちいち子ども扱いされるのも癪だし、全員に伝わるように言ってやろう。
「これでもボクは23歳、立派な大人の女性なんだよ」
「えぇぇぇぇぇぇ!!?」
食堂に、一同の驚き声が響き渡った。
※
以上でPHASE 09をお送りしました。感想ありがとうございます!
コアファイター、ちょっと調子に乗りすぎて硬くしすぎましたね。キャノピーはさすがにミサイル受けたら砕けるか(笑)
翼もあれは弱そうだなー。すぐぽきっていきそう。ルナ・チタニウム補正ってことで勘弁してください…!
ガンダム無双にコアファイターって出てくるのかな(笑)
次回、はじめてのおつかい!
それではまた次の投稿もよろしくお願いします(礼)