「あら、お参り? ……って、あなた里の人間じゃないわね。外から来たの?」
空中に浮かぶ隙間に消えた女性と入れ違いに現れた巫女さんにそう聞かれた。
「森近霖之助さんという人にここを紹介されました。森近さんはわたしのことを外来人って呼んでましたけど」
「ああ、霖之助さんのところからきたの。外来人か、外にかえりたいの? それとも村に行きたいの?」
「え、えっと……」
なれているのか、巫女さんはそう聞いてきた。
「まあいいわ。まずはこっちについてきて。ああ、あなたは一人? ほかにもいるなら呼んでらっしゃい」
そのまま歩き出す霊夢さんの背中に声をかける。
「あの、霊夢さん」
名乗ってくれないので、森近さんに聞いた名前で呼んでみると、あっていたのか彼女は「なに」と振り返った。
「さっき、その、空から体を覗かせているというか……あの、よくわからない人がですね。わたしは外来人じゃないとか、ここじゃなくてヤマ……なんとかさんのところへいくべきだとかいっていて……」
「……隙間から体を覗かせていたの?」
「隙間、ですか? えっ、とそうですね。体の半分だけを、こう……空の割れ目からだしているような人でした……」
「紫か。あいつが外来人くらいで声をかけるはずないんだけど……ほかには何かいってなかった?」
「えっと、その……」
「なに、なんか変なこといわれたの? あいつの言うことは話半分で聞いたほうがいいわよ。わけわかんないことばっかりたくらむんだから」
「……いえ、あの。外のようで外でない世界から来たとか……後は、もし幻想郷に残るなら歓迎するといわれました」
なぜか、霊夢さんはそれを聞いて目を丸くした。
「へえ、ふーん。もしかして、あいつとおなじとこから来たのかしら」
「えっ? あの……」
じっと目を見つめられる。
人見知りの気があるわたしはそれに萎縮する。
だが目はそらせなかった。恥ずかしさに縮こまりながら、霊夢さんの言葉を待つ。
彼女はとくにおかしな侵入者としてわたしを見ているわけではないと直感的に分かったからだ。
彼女は人に対して悪意をもたれないタイプの方なのだろう。
宙に浮いた価値観で相手をはかるその人柄。
わたしとは正反対であり、だからこそいい人そうだ、とわたしはすこし安心し――――
「じゃあ、あんたは村にいく必要はないでしょう。閻魔のところに行きなさい。三途の川まで送ってあげる」
――――それはさすがにあんまりでしょう、霊夢さん。
『長谷川千雨 幻想郷一日目夕刻の出来事』
◆◆◆
目覚ましの音で思考を戻す。
ぴぴぴ、と枕元で電子音を鳴らす目覚まし時計。
もぞもぞとベッドから顔を出しながら手を伸ばし、目覚まし時計を黙らせた。
そのまま布団から顔を出し、大きく伸びをする。
くああ、と自然と声が出て、たった今まで見ていた夢を思い出そうと首を傾げるが、それはすでに霧の中。
思い出そうにも、何一つ思い出せず、なにか夢を見ていたという記憶だけがおぼろげな形として残っている。
「…………まあ、いいか」
コショコショと目をこすりながら、いつものように、麻帆良の学園都市の外れにあるマンションの一室で目を覚ました。
麻帆良学園都市の中にある中等部からは、数駅離れたところにたつマンションの一室。
表札には長谷川千雨の文字がある。
学校までは距離がある。寮に入ってもよかったのだが、別段不満はない。趣味の関係もあり、相部屋など不可能だし、それ以外にもいろいろな面で一人暮らしというのは利点がある。
自主性を育てるためと、さまざまな点で配慮がなされる麻帆良の地だ。一人暮らしをする中学生など珍しくもない。
まあ、か弱い女子学生はやはり一人暮らしを心配されるのだろうけども、その心配は自分にはない。
それにくわえて放任主義というより、子供の自主性を重んじてくれる養父たちの配慮で、長谷川千雨は一人暮らしを許されている。
顔を洗って朝食を作る。
食事を作ってくれる知り合いに心当たりはあるものの、相手も学生の身の上だ。
まさか毎朝、麻帆良中等部の女子寮から朝食を作りに足を運んでくれというわけにも行くまい。
向こうだって学校があるし、交通設備は発達しているものの、距離もある。
さて、朝食もとりおわり、出かける段になり、再度部屋の中を見渡した。
他人の視線を気にしなくていいためか、この部屋はかなり家主の趣味で彩られている。
一応隠してはいるが、クローゼットの中はネットアイドルとして活躍するための衣装がずらり、パソコンは見る人が見れば並みのスペックではないことがわかるだろう。
パソコンはまだしも、ネットアイドルのほうはばれたらそのまま変態と烙印を押されて学校を辞める羽目になるだろう。
そして、そんなものとは別に、隠しようも無いほどに一般中学生の部屋にふさわしくないものが置いてある。
木で出来た小さな社。
いつからあったのか分からない。
ただその社は長谷川千雨がこの部屋に住み始めたときから当たり前のようにそこにあり、そしてなぜか自分もどれほど部屋を狭く感じようとも、それをどかそうとは思わなかった。
いや、それどころではない。自宅の神棚どころではなく、自分で分社を自作しているほどなのだ。神の名さえ知らないままに、自分でも呆れ果てるほどだが、それでもこの神に不敬を働こうとは思えない。
そんな長谷川千雨の小さいながらも絶対的なこだわりである。
そして、いつものとおり、部屋を出る前にその社に頭を下げる。
何の神を祭っているかすら分からない。自分が神を信じているかも不確定。
でもその習慣だけは、この6年間変わらずに長谷川千雨の日常に組み込まれている。
手を合わせて、一日の始まりとしていつものように、その分社に礼をする。
そうして礼をした顔を上げ、カバンを持って学校へ行こうかと立ち上がる。
玄関まで行き、ちらりと後ろを振り向いた。
一人部屋だ。今日は誰も知り合いがとまっていたりはしないし、その中に誰かがいるはずは無い。
小さな神棚がある雑多な部屋。
だけどそれでも、部屋を出るその瞬間、誰かに声をかけられたような気がして、部屋の中を振り向くと、
――――長谷川千雨の目は、その社の前に立つカエルの姿を模した帽子をかぶる小さな少女の姿を幻視して、
いつものようにそれを幻覚だと決め付けて、学校に向かうことにした。
◆◆◆
あれはいったいどれほど昔の夢だったか。
朝の夢。おぼろげなそれは手に振り落ちる雪のように消えていて、今はもう透明になった記憶だけが残っている。
それでも、そこには懐かしい知人の影が見え、何か大きな出来事があったことだけを記憶の奥底から告げている。
自分が、この麻帆良の土地に来てから、すでに六年の年がたっている。
だからあれはきっとそれよりも昔の出来事ということになるだろう。
笑う魔女帽子の少女に、巫女服姿のぶっきらぼうながらに性根は優しい女の子。胡散臭げな二微笑む道服姿の大佳人、着物姿でおっとりとした女主人とそれを守護する銀髪の刀振り。
そうして、まるで裁判長のように振舞う大きな覇気をまとう小さな女性。
おぼろげなその記憶にククク、と笑う。あまりに幅が広すぎる。まるで欲求不満の妄想だ。
とてもじゃないが、真剣に考察はできないだろう。
頭を振って、妄言を払い空を見る。
天気がいい。春になろうとする日差しが雲ひとつない空に走っている。
実際自分は雨好きなのだが、日の光だって嫌いじゃない。
雨自体は好きでも、登校時にはやはり迷惑だ。
濡れるのはよくとも、そのまま教室に行けばやはり迷惑がられてしまうだろう。
それにただでさえ朝が遅いというのに雨は手間が五割ましである。
雨の日は電車登校の生徒も増えるし、異性ならまだしも、同性にあふれかえった電車に寿司詰めになりたいとは思わない。
ちなみに雨の日そのものが好きな理由は、カエルの鳴き声が聞こえるからなのだが、その辺は蛇足である。
そう考えながら歩けば、手に持ったカバンについたカエルのキーホルダーがチャリンとゆれる。
自分らしくもない、かわいらしいデザインである。
カエル好きという自分の趣味も、まあ中々意外に思われることが多いのだが、まあその辺も今語ることではあるまい。
カエルの鳴き声を聞けば心が癒されるのだが、飼おうとは思わない。この辺がなかなか複雑だと自分でも思う。
「……」
そんなことを考えながら空を見て、風を聞く。
まあこのままで行けば、あと四日は雨が降らないだろう。四日後の未明に小雨、その後は曇りが続くが、やはり雨は夜まで無い。
そんなことを青空と涼しげな風がら読み取った。
空を見て、風を受けるだけで天候を読み取れる程度のそんな技。自分が誇れる数少ない特技である。
ツバメが低く飛べば雨が降り、朝露は晴れの印で、星が瞬けば雨が降る。ネコが顔を洗って、カエルが鳴いて、アリの行列が作られる。
そういう迷信などを超越し、理論とか理屈とか、そういうのを抜きにしてほぼ百発百中で天気を当てられるのだ。
風神の加護でも持っているのかと、思ってしまうほどに、天気を思えば、翌日だろうが三日後だろうが、その日の天気を当てられる。
いや、それどころではない。風よ吹けと思えば、なぜかそのとおりに風が吹く。偶然だろうと思うにはそれはあまりに明確で、実は長谷川千雨は幽霊や魔法は信じてないものの、神と超能力は信じている。
そう、まあ簡単にまとめれば長谷川千雨は天気と風に縁がある少し普通ではない中学生ということだ。
風を本気で操れば、きっと空だって飛べるだろう。もちろん、そんな与太話を吹聴することもないのだが。
風の加護、風神の加護、神の加護。そんなところか。
最も、そんな時に頭に浮かぶ風神の姿は、妙齢の女性なのだから自分の性癖を疑ってしまうことこの上ない。
神とは偶像。
そして信者が自分一人なら、それは空想と取られるべきものだろう。
風を操る風神に、土を創造する崇りの化身。
べつにその姿に拘る必要はないのだが、なにも御柱をかざす神の姿に、わざわざあのような美人や美少女を持ってこなくてもいいだろう。
そもそも美人だの妙齢だのと、神奈■様や諏■子様の御姿を自分ごときが評するなど不敬が過ぎるというもので――――
「?」
――――って、だれだ、それ?
あのようなってなんだいったい?
不敬がすぎるっていったい誰に?
自分の頭に浮かぶその女性。覚えはないけど、見覚えがあるその容姿。
その姿を思い出しながら道を歩く。
一瞬の意識のハザマ。記憶の“境界”。
それに首を傾げるが、それで思い出せることはない。
そのままそれは思い出されることもなく、そんないつものことを特に気にすることもないままに学校までの道を歩いていく。
◆
さて、電車を降りて学校へ向かう。
電車から走り出る人ごみがうっとうしいほどだ。
スケートにスケボーに自転車のポケバイにとさまざまな登校生徒がごった返していた。
「よー、長谷川。おはよー」
「ん、よお。おはよ」
後ろからかけられた声に返事をした。
クラスメイトのはずだ。
名前はなんだっただろうかと首を捻る。秋倉だか冬倉だかなんだか、そんな名前だったはずだ。
所属は確か報道部。
名前が思い出せないまま、調子を合わせる。
そいつに笑いながら、肩を叩かれた。
長谷川千雨のトレードマーク。背中に流していた髪の毛がポンとはねた。
特に手を加えるまでもなくゴムでくくったままの長髪である。まあ三つ編みにするほど本気ではないし、このくらいの長さが趣味ともあってちょうどいいのだ。
茶色がかった長髪である。ちなみに髪の毛はクラスの中で1,2を争うほどに長い。
「そういや宿題やった?」
「一応な」
「マジか-。見してくんねー? 実はバイトが忙しくてさあ」
「またかよ。この前も言ったろ。連帯責任をお前と負う気はねえよ。巻き込まれたら見捨てるからな」
「おいおいー。そんなこというなよー」
校風なのか、世界樹の恩寵なのかは知らないが、基本的に麻帆良学園は虐めなの陰鬱な基質とは無縁なのだが、騒動に関してはおおらかで、体罰と思われてしまうような行為もいまだに残っている。
いまはそこそこ問題になりがちな、正座やペナルティ形式の罰なども普通に行われているわけだ。
広域生活指導員が闊歩している麻帆良の治安。適当に不良の話を聞けば、一度はデスメガネをはじめとする指導員の世話になっているはずだ。
こいつは先日も学校側の許可を取らずにこっそりとやっていたバイトがばれたとかで、何がしかの罰を受けていたはずである。
内容はよく知らないが、麻帆良の頭脳がやっている肉まん屋のようにバイトに関しては融通が利くところは柔軟だし、これも自主性ということなのだろう。
生徒の自主性。なんとまあ便利な言葉だ。
そんなことを考えながら、長谷川千雨はいつものように学校に向かって歩いていく。
変わらない、平凡な日常だ。
◆
そうしてたどりついた麻帆良学園の一教室で、長谷川千雨は机にべたりと突っ伏しながら、授業の開始を待っていた。
たいして友人が多いわけでもない。
ざわざわと周りが騒ぐが、無言のままだ。
どちらかといえばボッチの自分は誰かと雑談することもなく、イヤホンから流れる音楽を聴きながらノートパソコンをいじっていた。
拳闘クラブに入ったと騒ぐ喧嘩好きに、報道部のうわさ好き。
超包子に入り浸って、店員の少女と仲良くなろうと画策しているらしいやつらがいて、その横には部員の一人と仲良くなるために乗馬クラブに入ったと公言するそんなバカ。
聞く気はなくとも耳に入り、忘れたくとも聞いたばかりの情報を削除は出来ない。
流石にちうのページを更新するわけにも行かない。というよりもそんなページを見ていることがばれただけで、偏見を免れまい。
日記用に適当なニュースサイトをたどっていく。
幽霊の話題、夜空に走ったという二条の閃光。大学ロボ部のマシンの暴走に、それに関わる麻帆良の頭脳の風聞時。
適当に流し読みしつつ、この麻帆良の地の特異性にため息を吐く。
だが、集中しているつもりでも、やはりクラスメイトのざわめきは耳に入る。
イヤホンの隙間から、もれ聞こえる言葉に、少しだけ聞き覚えのある単語が混じっていた。
麻帆良学園女子中等部2-Aに新しく入った子供先生。そんな単語とその話題。
◆
「おい、長谷川」
「あっ、なんだよ」
呼びかけにノートパソコンから顔を上げる。
名前はまだ思い出せない。元倉か網倉か秋倉か。たしか倉という漢字が使われていたような気はするのだが、度忘れしている。
その同級生に向かって言葉を返した。
「新しい教育実習生の話知ってるか?」
「ああ、知ってるよ。“あいつ”からリークしてもらった」
子供先生のネギ・スプリングフィールド。
たしかそんな名だったはずだ。
数えで十歳。オックスフォード出身で、確か“委員長”がご熱心。
そんな話だっただろうか。
適当に聞いた話を思い返しながら頷くと、そのクラスメイトが息巻いた。
「へえ、今度うちの報道部でも記事にするかって話題になってんだよ。聞いてくれないか?」
「なんでだよ」
「詳しい話をだよ。その先生って“女子中等部”の先生だろ。なんか住んでるところもその辺らしくて手が出せないんだよ」
ああ、と頷く。
そういえば、学園長の娘だという女子生徒と同居しているらしい。
そりゃそうだろう。女子中等部に突撃取材をかけるわけにも行かないからな。
「てか、お前が聞けよ。一応同じ報道部だろ」
「同じ報道部でも男子と女子じゃあ壁があんだよ。俺が聞けたらお前に頼むわけねえだろ。お前朝倉と仲いいんだろ。話聞いてきてくれよ。付き合ってんだっけか?」
「まあ、べつに聞くくらいならいいけどさ。あと、和美は一応フリーだからな」
「あんっ、そうなのか? ああ、早乙女ちゃんって子だったか? いいよな、そういう噂の耐えないやつは。くっそー、面がいいやつはムカつくぜ。朝倉は“こっちの”報道部のやつが結構狙ってたんだぜ。テメエがもってっちまうから、結構話題になったしさあ」
「だからハルナとも和美とも付き合ってないって」
うっとうしいので話半分に相づちだけ打つ。
早乙女ハルナに、朝倉和美。仲がいいのは自覚するが、べつに付き合っているわけじゃない。
しかし、一緒に遊んで、やつらがたまに遊びにきているという話だけで、どうにもそういうことに興味津々らしいこいつをはじめとする同級生は邪推する。
明確な否定にひとつ唸ると、そいつはしょうがないと首を振った。
「まあ今はその話はいいや。それよりその子供先生のこと頼んだぜ」
「わかったわかった。きいとくよ」
適当に返事をすると、しぶしぶとそいつが頷いた。
面倒だがしょうがない。一度言った以上、約束を破る気はない。
まあ、ちょうどその子供先生とやらは“あいつらのクラス”に入っているのだ。
たいして興味もなかったので、詳しく知らないが、別段聞きたくないというほど天邪鬼ではない。
今度ハルナか和美に聞いておこう。
めんどくさいなあと思いながらも“俺”はその友人の言葉に頷いて、
「頼むぜ。長谷川。いいよな、そういうやつが多くてよー。こんど誰か可愛い子を紹介してくれよ。やっぱ“男子中等部”なんてのにいるとさあ――――」
適当に返事をしながら、残りの言葉を聞き流す。
男に顔を寄せられたって嬉しくともなんともない。
ああ、そういえば、と擦り寄るアホ面を押し返しながら、思い出した。
こいつの名前は夏倉だ。
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つまり「神様で転生TSします」で「百合は無しです」で「ハーレムですけどメインは長谷川千雨さんになります」な話です。能力は風繰りと天気予報。
どうしても書いてみたくなったので書きました。
SSは完結が重要だとは思いますが、これは半分以上ねた話ですし、もう満足したので、たぶん完結はしません。ネタ出しレベルに少し更新するかもうしないかって感じなので息抜き程度にみてください。
ちなみにホントは性別ミスリードでもうちょっと続けてみるつもりでしたが挫折しました。いろいろな先人方の作品を改めて尊敬します。書きにくすぎ。