その日、南方大陸に輸送船から降り立った男は激怒していた。彼は、生来の怒れる男である。彼は、陸軍を愛していた。彼は、合州国軍を誇りに思っていた。彼は、祖国の軍人であることを最高の名誉に思っていた。そして、無能な友軍と口だけの後方要員が死ぬほど嫌いだった。もしもの話だが、許されるならば全員銃殺刑にしてやりたいほどだ。臆病者が彼の陸軍を、合州国軍の名誉を汚すことほど耐えがたいことはない。このように怒れる軍人足る彼にとって、目の前の光景は沸騰するには十分すぎた。圧倒的物量差。二個師団に対して、二個軍団。しかも、定数割れの上に補給が途絶えがちな相手だ。対するこちらは、完全充足の上に兵站線が確立されていた。誰が考えても、物量で押すだけで勝てる状況の筈だ。近隣の制海権は確保され第3艦隊を中心とした戦艦群の火力支援の任で展開済み。それらの状況で、抵抗のないままに確保した要衝に防御陣地を構築。その気になれば、ワンサイドゲームで早々とコールドゲームだ。士官学校を出たばかりの新米だって、これくらいの事はわかるに違いなかった。はっきり言えば、こんな条件で負けるのは救い難い無能くらいだろう。そうでもなければ、物量で圧倒する軍隊がここまで無様に振り回されることもなかった。事実として、ボロボロになっている彼の愛する軍隊。これが、怒れる彼の心をずたずたに切り裂いてしまう。許されるはずもない醜態を、無能と臆病者が満天下に晒してしまったのだ。これで怒らないのは、玉無しくらいだろうと憤慨が収まりそうにない。怒れる彼の名前は、ジョージ・パルトン。『大胆不敵であれ!』がモットーの軍人となるために生まれてきた合州国の誇る戦争狂である。当然ながら、平時の祖国において彼は非常に厄介者扱いされていた。開戦後も、スマートなエリート然とした連中と揉めて出番が遅れてしまう。それだけに、輸送船を降り立ったパルトンは戦意に満ち溢れすぎていた。出迎えの合州国将校ですら、思わず声をかけることをひるんでしまうほどに。だが意気地のない姿は、さらにパルトンの怒りを招きその場の雰囲気を締め上げてしまう。もはや、張りつめた緊張が臨界点に達しかけたその時だ。「酷いあり様ですな。いやはや、見ていられない。」1人の連合王国軍魔導将校が場の雰囲気を押しのけるように軽口を叩きながら前にでた。「南方大陸へようこそ。連絡将校を務めておりますドレーク少佐であります。」「パルトン中将だ。」立ちふさがる者は悉く粉砕してやるぞと言わんばかりの眼光。余計なことをして、火に油を注ぐなと居並ぶ将校らが胃を痛めるなかでドレーク少佐は笑いながら敬礼する。「こちらへは、戦争をされに?」そして、開口早々に爆弾を起爆する。怒れる男にしてみれば、その一言は許容しがたい一線を越えていた。元々怒りで血が上っていた頭が沸騰。いかつい顔に、下手な返答次第では直々に撃ち殺してやるというほど剣呑な表情が浮かぶ。「それ以外に、こんなところに何故来る?貴官は、馬鹿か?」「いえ、一体何をしに来たのか興味がありまして。」大惨事となるか。誰もが、思わず喉がカラカラに乾く。そんな張りつめた雰囲気の中で、ドレーク少佐は飄々と毒を吐いてのける。なにしろ、彼はほとほと素人集団のお守に嫌気がさしていた。イルドア海軍のヘタレどもを護衛。やっと完了したかと思えば、今度は虐めっ子に苛められたヤンキーのお守り?ウンザリだった。今すぐにでも、投げ出して帰りたいほどに。それだけに、彼は口だけの合州国軍将軍とやらにはもはや耐えがたい辟易を覚えていた。一方でパルトン中将も本質的にはドレークと同じ怒りを分かち合っている男だ。無能な友軍。臆病な友軍。口だけの将軍。それに対するドレークの憤りは、言葉にせずともパルトンにもよく理解できる。つまりは似た者同士だということ。パルトンは将軍であり、ドレークは実働部隊の指揮官であるという相違があれども闘士なのだ。「・・・我々の事を、第二のイルドア軍と呼んでいるとか?」「さて、自分には何とも。」暗に、役に立っていない自軍を笑われていることも確認。パルトンにしてみれば、同じ戦いを知る者から笑われることほど悔しいこともない。後方で定時帰宅する腑抜けにならば、何を言われようとも気にかけもしないだろう。だが、戦士にとって同じ戦士から名誉を疑われることは耐えがたい苦痛だった。本質的に、パルトンという軍人はあまりにも誇り高くかつ戦士として生を受けているのだ。「結構。汚名はすぐにでも返上してやる。」彼にとって、合州国軍の醜態は彼の名誉に直結する問題だった。なにしろ全く許しがたいほどに遊ばれてしまっている。帝国軍からは、散々翻弄された挙句に峠から蹴りだされてしまった。馬鹿げていることだが、反撃するどころか早々に逃げ出しているのが軍の実態。「鍛え直す。今すぐにだ。」直ちに、叶いうる限り迅速に。根性無しの軍隊を再教育する必要がある。拳を握りしめパルトン将軍は怒りと共に宣言する。そうでもなければ、誇り高い彼は帽子を地面に叩きつけて腑抜けた将校をぶち殺してしまいそうになるのだ。「訓練を行われるのですか?こんなところで?」そんな悠長な時間があるものかというドレーク少佐。その反応はあまりにも真っ当であり、そして合州国が彼らに何を言っていたか理解できてしまう。ああ、前任の無能どもは時間が必要と馬鹿の一つ覚えの様に引きこもっていたことだろう。なればこそ、なればこそ奴の様な戦士がこちらに馬鹿を見るような目線を向けてくるのだ!何たる屈辱!何たる侮辱!そして耐えがたいのは、自分がそんな無能どもと同じ軍で、同じ国家で、同じ軍服に袖を通しているという事実!怒れる男にとって、それ以上我慢のならないことは地上に存在し得なかった。「理論は、実践しなければ役に立つものか。軍で実戦に勝る訓練があるものか。今すぐに進軍だ。」それ故に、彼はあっさりと戦闘行動を決意する。「・・・本気でおっしゃっておられるのですか閣下!?」「無茶です!我が軍の魔導師は休養と再編が不可欠です!」驚いたのは、待ちかまえていた合州国軍の参謀らだ。新任の指揮官が、軍でも名高い闘将だというのは誰もが聞き及んでいる。当然、性格を反映してかなり積極的な行動に出るものだろうとは覚悟していた。だがまさか。着任早々、攻勢を決断されるとは誰が予期し得ただろう?「・・・貴様らの言うとおりにしていれば、戦争が終わるまで身動き一つとれん!」習うより慣れろ。言ってしまえば、彼は演習よりも一度の戦場経験の方が重要だと信じていた。国境紛争で従軍したことのある数少ない軍人として、パルトンは実戦経験こそが全てに優越することを知っている。ごちゃごちゃと戦場を知らない連中に口出しされるのは彼にとって理解しがたい現象だった。「反論は聞いた。だが、私が指揮官だ。行動すると決定した以上、行動あるのみだ。」それ故に、彼は反論してくる参謀らを文字通り強権でねじ伏せる。生来の行動派であるパルトンにとって、これ以上の足踏みは耐えられない。なればこそ、彼が任命されたのだ。フィラデルフィアの覚悟と決意はそれほどである。強行偵察、RTB、報告という実に単純なステップ。しかしながら、小さな背丈にかかわらず傲然と司令部内を闊歩するターニャは内心苦悩していた。人眼が無ければ、碧眼を細めて爪でも齧ってぶつぶつ呟きかねないほど。もちろん、近代的合理人としてそんな馬鹿な真似をするつもりはない。だが、心情としては理解しがたい現象をどうやって理解すればと心底困り果てている。なにしろ協商連合よりも弱兵ぞろいで、あっという間に蹴散らせてしまった。強行偵察のつもりだったが、実際はほとんど強襲か下手をすれば奇襲だろう。二個軍団程度に、わずかな手勢で向かった結果は自分ですら困惑するほどの戦果。弾薬集積庫、航空用燃料貯蔵庫、仮設埠頭、砲兵隊陣地。ことごとくが、無抵抗か微弱な抵抗の内に叩き潰すことが出来てしまった。ラインならば、きっと近づくまでに部隊の半数はおとされても不思議ではない目標ばかり。それが、ことごとくあっさりと排除できてしまうのだ。装備も補給もお粗末な軍隊を叩いたと思えれば楽なのだろう。だが、相手の装備も兵站も恐ろしく充実している。なんと、信じがたいことだが砂漠にアイス製造機すら持ち込まれていた。砂漠にありながら、水の確保が為されているばかりか嗜好品も多数確認している。スパムを食べたいとは思わないが、少なくとも食べるものも持ち込まれてはいるのだ。何なのだろうか?帰還後の疑問は、それに集約されてしまう。理解しがたい現象にも程があった。強健な体格の子供のような印象?正直、分析してもこのように常軌を逸脱した結論しか出ない。何かもう少しばかり判断材料が必要に思えてしまう。一体、何事か?最も、その答えが出る前にターニャはロメール将軍の前に立っていた。故に。判断は上の仕事とばかりに、ターニャは見て抱いた印象をそのまま上に報告する。「一当たりしましたが…率直に申し上げて大変評価しづらい相手でありました。」人事として、人間の力量、組織の活力を評価するのは一日の長があった。無能な組織や、不健全な慣れ合いという悪習を暴くのは天命だとすら信じている。その自分をしても、合州国軍というのは理解に時間を要すると判ぜざるを得ないのだ。「どういうことか?」「恐ろしいほど弱兵です。同数ならば、帝国軍はまず負けません。ですが、組織力は異常の一言に尽きます。」魔導師など、素人も良いところだった。ツーマンセルどころか、雁行隊形で閲兵式のように飛んでこられた時は唖然としてしまった。ケッテ戦術ですらない素人が、ロッテのサッチウィーブに挑む?これだけなら笑えるが、素人連中と一蹴するには無視し得ない要素があり過ぎた。合州国の底力を知っているターニャとしては、それは断じて軽視できない要素と感じている。「組織力?」「弾薬集積庫を複数爆破し、ほぼ敵の戦闘継続能力を消滅させたと判定されたのですが未だに健在です。」対協商連合戦で補給拠点を襲撃された時、帝国軍はその行動に著しい制約がかけられた。経験則上、ラインや東部でも同じ事例は敵味方共にいくらでも知っている。だが、驚くべきことに戦果判定のための情報収集結果は兵站の健在を示唆してやまない。仮設埠頭は常識外れの速度で再建されていた。少なくとも、貨物・兵員の揚陸にはなんら支障が生じていない。つい先ほども、有力な機甲部隊を含む重戦闘部隊が上陸しているという。「…そこまで、そこまで兵站が卓越しているというのか。」ロメールが唖然とするほどに、その兵站は強固であると判じるほかにない。本国から遠隔地に部隊を投射するということは、国力の総合力が問われる難題だ。それを、集積した物資を複数吹き飛ばされなお平然と維持できる兵站。維持するための後方組織の充足度は、帝国をして愕然とするほどだろう。南方大陸に部隊を展開するに際し、補給に苦しめられているロメール将軍である。彼にしてみれば、自分の経験から殊更合州国の規格外ぶりを感じざるを得ない。必死にやりくりしている帝国軍をあざ笑うかのような圧倒的な兵站。相手の層の厚さを図るべく送り込んだ偵察部隊の報告は、潜在的な難敵を示唆してやまない。「予期されていたことではあります。それと、経験不足という弱みも時間が解決しかねません。」常識的に考えれば、資質に恵まれ戦訓から学ぶ余裕のある軍隊という事になる。元より合州国の圧倒的な国力に関して、統計上の知識は誰もが持ち合わせていた。参謀本部とて、合州国の参戦を想定した際は物量と兵站において優れるだろうと予期している。だが、これほどまでに分厚い兵站を見せつけられると血の気が引く。今はまだ、図体がデカイばかりの素人だろう。だが、戦い方を学ばれては押しつぶされかねない。その危機感は、優秀な将校ならば誰もが即座に抱く類のもの。問題は、これに対する対応策だ。ロメールの頭を占める悩みも、それ絡み。「・・・叩くか、粘るか正念場か。」彼には二つの選択肢がある。速戦か、持久かだ。時間は必ずしも、帝国の味方ではない。その前提から考えれば、速戦するという方策が一つの選択肢ではある。敵が十分に練度でもって組織力を活用できる前に、海岸線から叩き出す。そのためには、時間が最優先されるべき要素として勘案されねばならない。そうでなければ、敵は練度を向上させ戦訓から学ぶ敵が強固になり排除は困難となる。以上の理由から、排除を前提とすれば速戦あるのみ。対して、速戦のリスクは予備戦力と備蓄を根こそぎ投入してしまうという点にある。言い換えれば、中途半端な逐次投入を避けるためにも攻勢には全力を注がざるを得ない。対して、持久は現時点でのリスクは限定的ながら長期的には強大な敵との対峙を意味する。「貴官は、速戦を主張するか?」本来ならば、ロメール将軍は帝国軍でも有数の運動戦信者だった。並大抵の敵ならば、機動力と戦術にて屠って見せる自信と力量を持ち合わせている。だが、その彼をしても状況の判断は微妙な要素が多すぎた。常のロメールならば、行動を開始していただろう。だが、彼の戦勘は嫌な警鐘を盛大に叩きならしている。勝算のない博打だ、と。「いえ、遺憾ながら連合王国軍魔導師の展開を確認しております。速戦は困難かと。」そして、ロメールですら手放しで称賛したくなる卓越した野戦将校の返答も同様だった。ターニャ・デグレチャフ魔導中佐。白銀という優雅な二つ名とは裏腹に、『錆銀』と言われる彼女をしてだ。見込みがあれば、ラインの重防御陣地を突破してのける魔導師。それが成算なしと判断するのだ。可能性があるとすれば、一番高い魔導師の判断である。その事実から、ロメールは即座に速戦論を放棄する。これでは、彼であろうともせざるを得ない。これ以上は、時間の浪費でしかなかった。苦々しい思いで、口の中に泥を押し込まれたような気分を吐き出す。「・・・じり貧か。嫌なものだな。」「御尤もであります。」こうして。灼熱の大地で、愉快な仲間達による愉快な戦争が幕を開ける。砂塵の吹き荒れる戦場での、泥臭い戦い。それは、合州国軍にとっての最初の試練だった。速成ながらも、鬼上官に叩き直された軍隊の最初の課題だ。合州国史上最も困難な一連の試練が幕を開ける。「進めぇえ!」集積された軍砲兵。本国から廻航されたばかりの戦艦群。仮設の飛行場から飛び立った爆撃機に魔導師。カセリーナ峠でデグレチャフが蹂躙した軍隊と同一とは思えないほどに、その動きは組織的。加えて、圧倒的な工業力と天然資源に支えられた兵站は鉄量を存分に持ち込んでいる。なにしろ、対魔導師戦闘でコストパフォーマンスが最悪とされる戦車すら大量に持ち込めるのだ。優れた工業基盤故に、造りだされる製品は量産品として完成された整備性・量産性を持ち合わせている。魔導師らですら、一定の規格によって再訓練され編成された連中からなっている。言ってしまえば、それまでの合州国軍とは全く異質な軍隊へと進化している。そして、それに対抗するべく展開する帝国軍魔導師。こちらは、練度において当代未曾有の怪物ぞろい。黄金柏剣付き白金騎士突撃章を有する『ラインの悪魔』を筆頭にネームドが並ぶ。圧倒的組織力と、圧倒的な個の力の衝突。周囲にとっては迷惑以外の何物でもないその戦闘は、合州国軍砲兵隊が口火を切る。出し惜しみを一切排した、圧倒的な鉄量による面制圧。その鉄量は歴史に特筆された。砂漠で人類史上、最大の鉄量が非建設的行為に浪費される最中。連邦の人民を代表し、ロリヤは国家発展のために建設的な行為へ勤しんでいた。「・・・つまり、希少資源を輸出する訳です。」戦時経済の管理は、緻密な統治機構と世界最大の官僚機構を誇る連邦をしても難事だった。本来ならば、当然のように生産手段の国有化による延々としたプロセスを経て事が進められている。だが、それでは最早間にあわないのだ。前線の損耗は、畑で兵隊が取れる連邦をしてもかなり手ひどい人的損耗の水準に至っている。ようやく脱皮し始めた工業基盤は、過度な負荷と戦火による破壊で大きく打撃を被った。また、穀倉地帯が戦場となったことで食糧配給にも深刻な悪影響を被っている。別段、餓死者の人権に興味が無い連邦当局だとしても生産性の低下には反応せざるを得ない。ノルマの未達成に対して厳罰主義で望んでも限界が迫っているという事は、ロリヤは職責上理解している。プロパガンダで祖国戦争を謳い、大量動員で軍需最優先に働いてこれだ。共産主義者としては非常に異例ながら、ロリヤにしてみれば貿易による状況の改善という結論しか道は見えなかった。「代わりに、我々は完成品を輸入します。」結論としては、連邦内部の希少資源や金銀の輸出と工業製品の輸入しかない。そうでもしなければ、連邦はボロボロに疲弊し尽くして戦争に勝とうが負けようが崩壊する。別段、自分の安全が確保できるならばそれも一向に構わないがロリヤにはもっと大切な目的がある。あの麗しいデグレチャフ。あの、端正な顔。見事な意志と、成し遂げる実力。それをひれ伏せさせるためには、戦争に勝たねばならないのだ。ありとあらゆる手段を活用し、一切顧みることなくロリヤは自分を突き動かす情動に身を任せて止まない。「それは、帝国主義的資本主義への逆行では?」「経済建設により生産手段を人民が保持してこそ、戦時経済もより高度に組織化しえると考えますが。」忌々しいことに。同志書記長は、面倒事の処理はこちらに委ねるおつもりだった。もちろん、提案が許されたという事は同志書記長閣下も問題は認識されていたという事を意味する。そうでなければ、自らの権限を部下に委ねてみようという発想が湧いてくるはずもない性格だ。ある意味、究極のリアリストとして問題克服の方策を求めていたのは間違いないだろう。そして、厄介なことに諸問題を予期して部下が動くのを待っていた節もある。案外、失敗した時はこちらを切り捨てることで処理するつもりかもしれない。いや、自分ならば絶対にそうするだろう。成功すれば、自分のプラス。失敗しても、少なくともその場はしのげるだけの保険が掛けてある。まあ、この国では誰でも考えている事なので驚きもしない。だが、副産物には辟易してしまうのも事実。だから、目の前でうっとおしい政治局の面々から反論されねばならないのだ。自分の力では何も出せない自らのイデアに比較し醜悪な肉の塊ども。口から出されるのは、鈴の音の様な声でも、内容のある話でもない。まったく、いつか機会があれば粛清してやりたい程度だったが今となれば今すぐにでもしてしまいたい。イデアの追求という哲学的命題を阻止するとは、族滅してもまだ不足だ。「大変素晴らしいお考えです。」とはいえ、政治局でそれなりに生き残ってくる以上時間が必要なのだろう。奴らの警護要員に命じて粛清するにしても、手筈を整える時間が不可欠。取りあえずは、説得し宥めすかし、丸めこむ必要がある。そして成果を出して、同志書記長から粛清の許可を取り付けねば。つまり、それまでは耐え忍ばねばならない。その一心で、表情に温和かつ丁寧な笑顔を張り付けてロリヤは口を開く。「ですが、それで勝てますか?」如何にも、連邦の勝利を心から願ってやまないという口ぶりで。「それで、帝国軍を押し返して逆侵攻できますか?」誠実に、軍を応援しているという口ぶりで。祖国を心配しているという口ぶりで。これで、奴らが反対し軍に損害が出ればそれを口実に粛清も可能。曰く、反連邦的破壊工作にくみし軍と祖国を危機に陥らせた、が適切だろう。「同志ロリヤ。短期的な視点で、共産主義の最終勝利を危機に晒すべきではない!」「修正主義者と戦ってきた同志ならばおわかりの筈だ!」・・・ああ、本当にこの手の輩はいくらでも湧いてくる。防疫に際しての原則は、『隔離と滅菌』である。特に、滅菌は焼却が望ましいのは言うまでもないだろう。しかし、逆に中途半端な滅菌は事態を複雑としかねない。いつか余裕ができ次第、容赦なく処理して肥料にしてやろうと決意。それまでは、ごまかしごまかし行わねばならないだろう。とはいえ、実のところ入手している情報と分析の結果から海外貿易の成算はあった。故に。「もちろん全てを理解したうえで、全責任を取るので行わせていただきたいと思っております。」同志書記長の望んでいるであろう一言をその場に差し出す。言ってしまえば、政治局の主である同志書記長の意図はそこに集約されているのだ。リスクを最大限ヘッジするという発想は、もはや投資家のソレである。まあ、誰も彼も連邦政治局で生き残るには練達の投資家以上にリスクに留意しなければならないという事なのだろう。だから、本来ならばロリヤとてこんな行動は取りたくない。だが、仕方ないではないか。彼にとっての女神は遥か彼方。報告によれば、なんとイルドアを越えて南方にまた戻ったという。「連邦には、連邦人民には時間がないのです。微力を尽くすことを政治局に御理解いただきたい。」急がなければ、自分の手で確保できなくなるではないか。そうでなくとも、いろいろな諸外国の機関が彼女に関心を抱きつつある。一応のところ、取引でこちらの獲物と伝えてはあるが実効性のない主張はすぐに無視される世界だ。なんとしても。なんとしても、この手で確保するかそれ相応の影響力を確保しなければならないのだ。その目的のためならば、多少のリスクを選ぶことにロリヤは躊躇しない。彼にとって、それは夢なのだ。人生を賭するに値する、最高の夢なのだ。人は、それを恋という。ロリヤは、不器用だと自覚している。それでも彼なりのやり方ながらも、その恋を成就させるべく努力していた。あとがきパルトン:兵隊が駄目駄目なら、大砲だ!火力だ!パワーだ!実戦経験こそが、兵隊を鍛えるのだ!ロリヤ:原理原則に拘泥?馬鹿馬鹿しい。夢に向かって、努力するべきだ!本作は、夢と希望を持ち努力する人々を応援し続けていきます。誤字修正!華金だというのにorzZAP!