欧州にある島国の人間は、味覚は壊滅的であるし、ジョークはブラック極まりない。おまけに、変質的なまでに奇妙なことにこだわるという悪癖まで持ち合わせている。そんな連中であるが、とにかくまじめに取り組むことも二つほどあるのだという。それは、スポーツと戦争である。「しつこい連中だ。」付き合わされる側にとってみれば、堪ったものじゃないな。そんな思いを抱えながら、デグレチャフ中佐は苦々しく呟く。辛うじて、交戦距離から離脱し敵射程圏外まで離脱には成功。しかし、引きはがすには至っていない。執拗な追跡に晒され、精神的にも物理的にも辟易する。しつこさと執念深さという点で、連合王国海兵魔導師は突出していた。これならば、絡んでくる酔っ払いの方がまだ対処が楽に違いない。はっきりいって、ターニャにしてみれば諦めの悪い奴らというのは苦手な相手だ。そして、諦めが悪いばかりか執念深い優秀な敵というのは会いたくもない相手だった。「いかがされますか、中佐殿?」「海兵魔導師の平均的な進出限界を考慮すれば、長くは持つまい。」それだけに、当初からターニャはまともに相手とぶつかる気はなかった。速やかに離脱を決断し、迅速な撤退行動に移行している。加えて、状況を勘案すればまともに戦う必要性も乏しく思えたのだ。相手にしたくないという感情的な趣向に加えて、相手は母艦から飛んできているという事実がある。言い換えれば、こちらよりも長距離を飛んでいる。どんな相手だろうとも、航続半径を越えて追撃してくれば着水するほかにない。根性や執念といったものでは、越えられない限界が物理法則として現存する。「奴らがへばるまで飛ぶしかあるまい。」早々と離脱を開始したのは、そういった公算があればこそだった。最大戦闘速度を保ったまま、ひたすら敵を引きはがすために全速で飛行。正直に言えば、魔力の無駄が多い上に疲労を誘発する最悪の機動である。やりたくないフライトであるのは間違いない。だが、こちらが潜水艦から発進したのに対して敵はさらに遠方から駆けつけてきたのだ。こちらも苦しいが、相手はこちら以上に疲労しているに違いない。速度を維持すれば、先に根を上げるのは奴らに違いなのだ。少なくとも、よっぽどの事が無い限り状況は拮抗状態のままである。早く、早くへばれ。そう願いながら、可能な限り速度と高度を維持。高度と速度に一日の長がある以上、追いつかれない限り問題はないはず。それが、当初の見込みだった。「連中、ついてきますが。」だが、願望虚しく送り狼は何処までも追跡してくる素振りを見せている。はっきり言って、見込みのない追撃を延々惰性で行っているという可能性は最早捨てたほうが良いだろう。引き返すにしても、追撃を続行するにしても惰性でここまで迷いなく追尾できるはずもない。その事実が、ターニャの計算式に齟齬があったことを意味している。では、いったい何が間違いだったのだろうか?ターニャの脳裏に浮かぶのは、いくつかの疑問と候補である。まず、こちらの計算が、何かずれていたのは事実のようだった。言い換えれば、あちらにはこちらにない要素が計算に組み込まれているに違いない。しかし、それは何だろうか?一番ありえるのは、航続距離がこちらの想定以上というケース。長距離浸透襲撃兵装や、滞空支援装備等を活用すれば少しは距離が稼げるだろう。「部隊丸ごと長偵仕様だとでもいうのか?考えにくい。」だが、ターニャは端麗な表情を歪ませ、その思いつきを一蹴する。戦争を常識で考えることは危険な先入観だが、物理法則を無視してまで常識を軽視するのもまた危険だ。数に限りがあるという絶対の現実を勘案すれば、軽武装で部隊の疲労が加速度的に増大する長偵仕様は例外的な装備。この種の任務に最適化された中隊、もしくは独立大隊程度を最高司令部辺りが戦略目的で装備しているかどうかだ。はっきり言えば、海兵魔導師に至っては小隊規模で有しているかどうかだろう。限られた乗員で多数の多様な任務に応じねばならないのが海兵魔導師だ。疲労が高まりやすく、かつ打撃力にかける長偵仕様に保有部隊の大半を換装すれば、運用に著しい制約を及ぼす。「・・・片道飛行のつもりか?」だが、片道飛行というのは本来劣勢にある部隊がやむをえず行うもの。巨大な輸送船団を発見した少数部隊が已むに已まれず行うならば、まだ理解できよう。多少の損害を許容してでも、攻撃すべき巨大な目標がある場合に行われることはあるのだ。しかし、逆に言えば数名の魔導師を屠るために片道で旅団規模の魔導師を捨てるのはありえることではない。その点からして、片道飛行のつもりもないのだろう。つまり、極論すれば普通の海兵魔導師が帰還するつもりで飛んでいる?いや、まて、そこだ。帰還先は、何も、母艦に限る必要もない。地図を脳裏に浮かべて、周囲にある拠点情報を勘案。・・・素晴らしく最適な候補が見つかることに乾いた笑いが口に浮かんでしまう。「だとすれば・・・、連中バレッタ島に降りるつもりか。」こちらの進路上。補給線を脅かす厄介な拠点。その戦略上はともかく戦術上はそれほどでもない拠点。だが、間違いなく魔導師が着陸して休養を取れる施設はある。なにより、バレッタ島そのものにも魔導師部隊は駐留が確認されていた。「っ、厄介ですね。下手をすれば挟撃されかねません。」「可能性の問題だが、な。無視するには、危険すぎるだろう。」もちろん疑問は存在している。母艦を空にしてまで、バレッタ島に向かうのか?バレッタ島からの迎撃部隊が上がってきているのか?それとも、連中はそもそもバレッタ島への増援か?だが、示唆されている可能性だけで十分以上に危機を予知し得る状況でもある。命を大事にする観点からも、希望的観測ではなく悲観的観測に基づいて対策を練る必要があるだろう。ともかく、後ろからついてくる連中をどうにか引きはがさねば自分が危ない。自分よりも大切なものもないのだ。なんとかせねばならないだろう。「っ、方針を変更する必要があるな。」敵を引き連れて友軍支配領域に戻っても歓迎はされないだろう。在りし日の帝国軍ならば、待ちかまえて撃滅するだけの力量もあったものだが。今では、ぎりぎりで防衛を何度も行っているだけに損害を出して撃退するしかないのが眼に見える。ついでに、このまま追撃を受け続けることによる危険性も無視し得ないと自己弁護。そうであるならば、政治的な面倒事を避けて自分の身を危険にさらすべきではない。むしろ、正当化できるのであれば自分の身を守るために政治的な面倒事を惹き起こすべき時だ。「いかがされるおつもりですか?」幾分訝しむような声に対して、実に清々しい顔でターニャは笑いながら答えた。「簡単だ。“中立国”があるではないか。」「・・・イルドアですか!」「その通り。我らが“盟友”にして中立国のイルドア王国だ。」公式に中立を宣言した国家の中に、最寄りのイルドア王国がある。役に立たない同盟国でも、見方を変えれば最適な避難所足りえた。その事実と状況を理解した部下らの顔には納得の表情が浮かんでいる。軍事的に見た場合、少しも役に立つ助力を行わない同盟国。公式には、中立を宣言し局外からこの戦争を傍観する同盟国。あまりに信頼できないソレだが、外交的には中立であるという事が役に立つこともある。少なくとも、同盟国であり本国に近いという地理的な特性は逃げ込むには最適。中立とはいえ、同盟国である以上それなり以上に融通は期待できた。最低でも、駐在武官からの支援は間違いなく提供されることだろう。「そうとも。一応ではあっても“友好国”だ。6人程度のお友達なら受け入れてくれるだろうよ。」それに、我々はわずか6名程度の人数。魔導師という特性が無ければ、せいぜいタカの知れた人数だ。一方で、100人以上ぞろぞろと連れて追撃してくる敵魔導師はどうだろうか。「少なくとも、100人の大集団は歓迎できないだろうしな。」「・・・確かに、その通りです。」連中は少なくとも公式にはイルドア王国と何ら同盟関係を有していないはずだ。水面下では知らないが、少なくとも公表されている限りにおいては厳然たる中立を掲げている。そうである以上、我々を歓迎し得ても奴らを歓迎するのは難しいだろう。中立国の立場というのを勘案すれば、微妙な問題として追手が躊躇してくれることも期待できる。なにより、最悪連中がイルドア王国の中立を侵犯しようとも知ったことではない。国家の面子をかなぐり捨てて黙認するには、イルドア王国の国情が許してくれることだろうか?上手くやれば、気乗りしない同盟国を無理やり大戦に引き摺りこむことも期待できる。「そこに潜り込むぞ。なに、駐在武官に渡りを付ければ本国まではなんとでもなる。だめなら、武装解除だ。」中立国を盾にするのは、本意ではない。いくら、半島国家のイルドア王国が中立を宣言し、同盟国として帝国が迷惑を被っているとしてもだ本当に、国際法の精神が踏みにじられるのは、法というルールへの裏切りを覚える。もちろん、これは緊急避難的措置である以上いた仕方ないのだが。潜り込めるのが理想だが、駄目なら駄目で素直に武装の封印を受け入れてイルドア王国から離脱するのも一つの手だ。なにしろ、中立国を抜ければ、そこは帝国本土と地続きである。イルドア王国が自殺願望でもない限り、我々が無体に扱われる心配はいらないだろう。「・・・それしかありませんか。」少なくとも、ターニャのプランに反論は出なかった。追い立てられる身としては、誰もがともかく何とかする必要性を理解している。デグレチャフ中佐の発案したプランが最も成算の満ちていた以上、様々な言葉は飲み込めた。「手順を説明する。力尽きて墜ちたという擬態だ。航続距離限界を装うぞ。」そして、純粋に功利主義的な観点から中立国に面倒事持ち込むことが決定される。だが、中立国の中立を露骨に侵犯するほど、ターニャは国際法を軽視していない。そこで勘案されたのが追撃を受けている間に『追い込まれた』という受け身の演出だ。最初からイルドア王国を巻き込むつもりで飛んでいたのではなく、追われているうちに辿りついてしまった。これならば、少なくとも道義的な責任問題は回避できる。なにより、航続距離限界を擬態すれば速やかな離脱という要求を丁重に回避しえた。中立国とはいえ、人道上の観点から墜落した魔導師の救助には応じざるを得ないだろう。なんならば、盛大に救援通信をばら撒いて注目を集めても良い。まさか、イルドア王国へ向かって連合王国魔導師が発砲する訳にもいかないだろう。「まさかとは思いますが、泳げと仰りますか?」「海上で軍装の一部と機密書類を遺棄するにとどめよう。」“墜落を覚悟し、回避するために重量物を遺棄した。”建前であっても、これで機密保持措置を行える。そうであれば、拘留された際に機密をそれとなく抜き取られる危険性も回避できた。ニヤリと笑う部下らとターニャ。「では?」海に降りないとなれば、必然的に降下するところは陸地を意味する。つまるところ、イルドア王国の陸とは要するに国土だ。そして、イルドア王国は半島であり伝統的な海港都市が複数存在する。「パラシュート降下で市街地に降りる。力尽きてしまえば、仕方ないだろう?」ターニャのプランは明瞭そのものだった。イルドア王国上空まで、盛大に救援要請をばら撒きながら接近。上空で魔力切れを擬態し、そのまま“やむを得ず”市街地へパラシュート降下する。当然ながら、おおよその海港都市には駐在武官が滞在している。外交官と違い、軍人というのは親身になって助けてくれる存在だ。なにしろ、武官の仕事はあちらこちらに良い顔をするのが仕事の外交官とは真逆の仕事。軍のサポートが彼らの本務だ。つまり、状況次第だがこのような状況では最も頼りになる連中である。後は、駐在武官が駆けつけてくれるまで申し訳なさげに待機でもしていればよい。仮にしぶとい追手がやってこようとも、それはイルドア王国が対応すべき珍客となる。相互交通条約を締結している帝国軍人と異なり、連合王国軍人は入国を断られることだろう。国境外から遠距離砲撃を行おうにも、着弾先はイルドア王国。それも、市街地だ。精密砲撃を心がけたところで、絶対に巻き添えを出してしまう。「まさか、連合王国も無辜の中立国市民まで巻き沿いにはできますまい。」「さてね。私としては、彼らがそこまで条理を理解していないことを願うばかりだ。」実際、外交下手でないことで有名なかの国だ。なにかの切欠で、誤って怒りに我を忘れて攻撃を叩きこんでくるという事はないと見込んでいる。よしんば、前提が間違っていたとしてもそれほど難しいことはない。長距離砲撃術式というのは、感知してしまえば回避そのものや、防御そのものは可能だ。巻き添えを受けた市民を守るという態を擬態すればよい。後難を思えば頭を抱えるのは奴らになる。・・・その時は、面倒事を持ち込んだ我々も恨まれるのだろうが。せいぜい神妙にして被害者然としていることにしよう。「その後は大使館まで駆け込むだけだ。」その日の事を歴史から眺めるのであれば、それは記録に値する一日であった。一つの世界記録と一つの転機が訪れた日と、歴史家は記録するだろう。最も、当事者たちはそのことについてその当時知る由もなかったが。さて、とある島国において世界記録を記録する組合の人々が存在する。彼らの好奇心と記録を追求することにかけての責任感はおそらく並々ならぬものだ。そんな彼らと共に唐突であるが、一つの疑問を問うとしよう。『人間の拳はどの程度破壊力を持ちえるだろうか?』そんな疑問に対して、とある軍関係者らが興味深いエピソードを提供することになった。「ヤツらは、東部戦線にいる筈ではなかったのか!?」振り下ろされる拳の速度、威力。物理法則の限界に挑戦する勢いで振り下ろされる拳。意味するところは、単純かつ明瞭な破壊力だ。目撃者の証言するところによれば、それは間違いなく凶器だという。しかも、驚くべきことにその凶器はプロボクサーの拳ではない。なんと紳士然とした中年男性の羽ペンでも握っている方が似合うような拳である。「間違いありません。例の部隊の所在は常に把握しております!」しかし、外見とは裏腹にその拳は本物だ。帆船に使われるオーク材。しかも、特注でコーティングまでされた代物。それが嫌な音を立てる。それ程までの上官の怒りに晒されながらも、担当者は自分の仕事に自信を持って応えていた。内心では、こんな嫌な報告を行わざるを得ない我が身の不幸を嘆いていたとしてもだ。「では、何故遥か南西のダカール沖でヤツの反応が記録される!?」「・・・分遣隊、もしくは何らかの事情で将校が移動するのは不可思議ではありません。」緊張と山積みになった報告書からの疲労。担当官が、疲れ果てた頭のどこかで眼の前の現象を俯瞰していた。現実味の乖離した世界にあって、ヒビの入ったオーク材というのは実にシュールそのもの。「1人1人追跡調査する必要があるというのかね?」「はい、閣下。」怒りで体を震わせるハーバーグラム閣下。これでも、貴族の出として高官で紳士然としているのが常なのだが。よほど腹にすえかねているのだろう。疲れた頭で思うのは、怒り心頭に達すれば人間は拳でオーク材をぶち破れるのだなぁという純粋な感心。世界記録として、今度申請してみるべきかとすらぼんやりと考えてしまうほどだ。「では、速やかに取り組みたまえ。絶対に捕捉するのだ。」やれと言われれば、仕事だ。否応なく取り組むほかにない。必要とあれば、予算と人員の追加申請を行う必要もあるに違いない。まあ、余剰があれば認められるのだろうが。・・・どちらにしても超過勤務気味な情報担当者らにとっては、さらに寝れない夜が続くことになるだろう。嫌な情報を上司へ持って行かされた挙句、難題を押し付けられて部署に帰るのは本当に不幸なことだった。「はっ、直ちに担当する班を編成いたします。」・・・時間ができたら、本当に世界記録でも申請してみるか。担当官が彼の思いつきを、それとなく心中の備忘録に候補として書き留めた時だった。ある種の人間にとっては、実に胃が痛くなるような報告が外務省より飛び込んでくることになる。「閣下!外務省より、大至急です!」「・・・何事だ?」血相を変えた事務官が、礼儀作法と沈着さをかなぐり捨てて駆け込んでくるなり大声でまくし立て始める。若いとはいえ、其れなり以上の沈着さを持ち合わせている事務官がこれほどまでに慌てるのは珍しい。その事実が、少なくともハーバーグラムという一個の怒れる存在が即座に爆発するのを抑制させしめた。少なくとも、暴発寸前ながらも用件を聞こうという姿勢を保ちえた。それだけに、凝固され圧縮されていた怒りが次の瞬間、哀れなオーク材にぶつけられる。「イルドアに、イルドア王国に、海兵魔導師に追撃されていた連中が逃げ込みました!」朝早くから叩き起こされた挙句、砂塵に晒されることほどつらい仕事も少ない。まして、新任参謀として南方大陸に慣れていない参謀将校らにとっては尚更だった。それでも帝国軍人としての規範を叩きこまれた将校らは間断なく指示を飛ばす。「最後尾の第七旅団より至急。追尾を受けています!」「作業を急がせろ。」海岸線沿いの街道。艦砲射撃に晒されるリスクを冒しながらの戦術的後退は遅々として進んでいない。物量に押されての後退とはいえ、組織的に秩序だって後退できているのが唯一の救いだろう。それとて、圧倒的な物量差の前にと考えた将校らは暗澹たる思いに駆られる。「せめて、航空支援なり魔導支援が受けられれば幾分楽になるのだが。」航空優勢は完全に敵方にとられてしまった。友軍航空部隊は、重要拠点の防空戦闘で手が一杯だという。おかげで、部隊の移動に頗る手間取っている。現状では辛うじて、司令部直轄の偵察機部隊が敵情収集の片手間で情報支援を行ってくれる程度。魔導師らはまだそれに比較してみればマシだ。特殊コマンドによる敵後方への浸透襲撃作戦は順調そのもの。これによって、かなりの敵魔導師を拘束することに成功している。とはいえ、厳しい状況で敵魔導師をいなしているのが現状だという。こちらを積極的に支援できるほどの余剰戦力が枯渇しているのでは、とても助けは期待できない。「急がねば。・・・本当に、時間との闘いなのだ。」「はい、中佐殿。」ジープの上で、懸命に後退する部隊を見やる彼らの気分は暗澹たるものだ。撤退行動というものは、大凡混乱と混沌がつきもの。辛うじて、辛うじて統制を維持できているとはいえ状態の良くない街道だ。見ている前で、また一台の装甲車両が動きを止める。殿軍を務める第七旅団には済まないが、これでは迅速な後退というモノ夢のまた夢。最悪、潰走に至らないように手配するのが限界かもしれないという状況。無理もない。追い立てられながらの後退というのは、酷く焦燥感を駆り立てるものだ。そして、それが混乱を連鎖的に拡大すると手がつけられなくなる。「中佐殿!」「とにかく道を開けさせろ!流れを止めるな!」若い中尉に指示を出しながら、彼はゆっくりと状況を把握するべく周囲を見渡す。不味いことに、混乱は容易には収まりそうにない。これでさらに時間を喰うのかと歎きたくなり、思わず天を仰いだ時だった。「・・・・・ッ!?」特徴的なエンジン音。聞き覚えのない音と言い換えても良い。空冷エンジンの音だ。忌々しい、ヤーボのエンジン。ありとあらゆるところに湧いて出てくるあのヤーボ。そして、これほど帝国軍人が砂漠で聞きたくない音もない。『ヤーボッ!?』そして、聞き覚えてしまうほどにそれは身近な脅威でもある。咄嗟に気がついた幾人かが警告を叫ぶ。隊列を組んで混雑した道路上に部隊が広がっているのだ。状況として考えるならば、これほど良い的も少ない。歯ぎしりするような思いで空を見渡す。・・・居た!数機の戦闘爆撃機がこちらに向かって、まさに肉迫してくるところだった。「対空戦闘用意!任意にて撃ちまくれェ!」咄嗟に迎撃命令を叫び、臨時の対空戦闘を指揮。可能な限りの手筈は整えられていた。対空砲陣地こそ欠くものの、高角砲はある程度用意されている。万全とは程遠いものの、敵の襲撃を阻害する程度の働きは望みえた。低空で掃射を試みる敵機相手にならば、軽機や重機も阻止射撃を行うには有効だろう。「車両から離れろ!遮蔽物に身を隠せ!」そして、襲撃を受けた際に将校が行うべきことは損害の最小化である。混乱した兵士というのは、いとも簡単に損害を一気に増やしてしまう。実際のところ、街道で錯乱した兵士が車輛の運転を誤るだけで混乱は加速度的に拡大する。或いは、車両にしがみついていれば良い的になってしまうだろう。だから対空戦闘時に行うべきことは、兵士を速やかに退避させることだ。そして、そのためには装甲車輛から飛び降りさせねばならない。渋る兵士たちを蹴り飛ばすのは、下士官らの仕事だ。「頭を下げろ!負傷者を物陰に引き摺りこめ!」士官らは、その流れをなんとか調整し混乱と損害を最小限に抑えるべく尽力していた。だが、味方に声が届くようにという事は、目立つという事だ。ジープの上で絶叫し腕を振り回す姿は空の襲撃者からも良く見えていた。かくして、牧羊犬よろしく集団を導く頭を刈り取るために襲撃者は標的を定める。12.7㎜と7.62㎜による地上掃射。そして、駄目押しとばかりに放たれるロケット弾。身の危険にジープから飛び降り、本能的に頭を守るべく防護姿勢を取る。そして、中佐の意識はそこで昏睡し沈む事となった。あとがき忙しくて遅筆になるのは、どうも申し訳ない限り・・・orzたぶん、わかりにくいと思うので地中海の地図を出してみてください。ダカール沖は本来大西洋側なんですが、この際地中海だと置き換えて。で、まあ、マルタ島とイタリア半島らへんで『鬼ごっこ』だとお考えください。安地があるなら、そこに逃げ込んだっていいじゃないか。という感じでしょうか。あと、そろそろ終わりに向けてペースを上げていければと思います。ZAP