「諸君、ゆゆしき事態だ。」神域その一角で、彼らは極めて誠実に苦悩している。それは、実に真摯な意図からだった。善意からですらある。「すでに、承知の通り、信心深い人間は急速に低下。」「文明の発展と信仰の両立は極めて困難である。」より高次の世界へ導く。或いは、最低限無干渉を貫く。そのどちらにしても、輪廻というシステムを保ち続けるには、多くの限界が見えつつあった。特に、発展し、人々が幸福になればなるほど信仰が崩壊するのだ。システムにとって、これほどの悪夢は存在し得ない。「例の検証結果は?」「駄目です。超常現象だと認識しても、それ以上には。」過激な大天使などは、超常現象を惹き起こすことで、信仰心をよみがえらせるべきだと主張。モーゼの例に倣って実行すべきだとし、試験的に超常現象を発現させてみてはいる。だが、結果はとても成功とはおぼつかない。何れ、科学が解明し得るだろう。それは、あくまでも現時点で理解し得ないという程度。未解明という程度であって、探究と研究の対象でしかないのだ。「やはり難航しているのですか。」「なぜだろう。昔は、語りかけるだけで、神だとわかってくれたものだが。」「時には、あちらから、呼びかけすらありましたな。」そう。人々の信仰が篤い時は、語りかければよかった。そうすれば、彼らと意志を疎通することができたのである。それどころかあるものは、自発的にこちらに呼び掛けさえしてきた。だが、今となってはそれも最早ほとんど皆無だ。真に救いを求める声すら、碌に届けられないのだ。どうして、こうなったのだろうか?『成功事例を調べなおしてみるのも重要だ。』その主張自体は極めて理にかなったものであった。だから、彼らは崇高な理念と、使命感故に行動を開始し、神話の世界から現世までを網羅して調べ尽くす。彼らにしてみれば、神話の御世も、過去の思い出に過ぎない。当然、一つ一つを思い出し、調べ上げることはその意志さえあれば、成し遂げられる。「・・・やはり、恩寵が存在したからではないでしょうか?」出された結論は、ある意味とても、現実的なものとなる。「どういうことだ。」「過去、人間の文明があまりにも未成熟の時、彼らだけでは回避し得ない災害から彼らを守るために介入いたしました。」現代において、先進国ではすでに嵐は、さしたる脅威ではない。ハリケーンですら、国家を滅ぼし、屋台骨にヒビを入れることすら叶わないだろう。大半の国家でも嵐や大雨程度は、はっきり言って都市機能をマヒさせる程度でしかない。それは、一度の嵐で畑が全滅し、人が流され、一族が路頭に迷う時代とは全く異なる環境だ。だから、神々は、人が欲しない以上介入を自重してきた。そして、忘れられてきたのだ。自立を促すことは、彼らを高次の概念へと成長させるために不可欠であった。だが、それが、信仰心を欠落させるきっかけになるとは、長らく誰も予見し得ないでいたのだ。古代の人々は、発展を神々の恩寵と讃えた。ローマ帝国は、神々と共にあった。ローマが滅びし跡に教会が中世を支配した。だが、王権が神から与えられたものと王権神授説者は唱えた。科学者は、信仰心から、世界の、神の作った真理を探究した。それが、いつしか、この信仰心がごっそりと抜け落ちているのだ。「ああ、最近は地上の文明も相応に発展しつつあるから、介入は成長を阻害すると判断し、独り立ちさせてありますね。」「逆にだからこそ、我々の存在を認識しにくいのではないでしょうか?」別に、彼らにしてみれば、発展を妨害する意図はない。むしろ、それは本来の予定からしてみれば、望ましいことですらあった。神の作りたもうた秩序を探究せん。そうした、意図からの自然科学の発展は、むしろ、大歓迎ですらあった。思考停止の礼賛から、本質を理解して、崇拝する。其の理をもって、より高次の概念へと至る。記念すべき第一歩であるとすら認識していたのだ。だが、それが逆効果を今になってもたらしているとすれば、非常に深刻な問題を惹き起こす。惹き起こさざるを得ないのだ。それを是として、これまではぐくんできた世界は、あまりにも多い。「うむむむむ、だとすれば難しいぞ。」おもわず、一同揃って考え込む。できれば、さほど大がかりな修正を要さない形で解決せねば、とても大きな労力を必要としかねない。相当に、これは、厄介な事態だ。しかも、放置しておけばしておくほど問題の悪化が予見される。「だれか、打開策に提案は?」ここで、期待を裏切らず智天使が考え抜いた案がある旨を説明。一応の、基本方針には問題がないことを主張。本質は、信仰心の忘却を補填する構造さえあれば、問題はないのだ。「ですので、やはり信仰心を再興させるべく一部には微修正を施すべきです。」概ねは、全体からも同意を得た提案。しかし、それは、これまでの方針からすれば、具体的な方策というアイディアが出尽くしているようにも思える。「その方針は、理解できるものです。しかし、具体的にはどうすればよいのでしょうか?」「これは、確信を持てる提案ではありませんが、聖遺物を現世に新たに与えるべきではないでしょうか?」「うん?どういうことだ?」聖遺物ならば、すでに、星の数ほど大地に降ろしてある。やや、国や地域によって数に偏りはあるかもしれないが、すでに十分以上の数を投入してあるはずだ。そして、信仰心をはぐくむという点からしてみれば、あまり成功していない。せいぜい、歴史的に珍しいという理由で珍重されているようなものだろう。「既存のそれは、珍重されて厳重に保存されており、人々に知らしめるという役を十分に果たせておりません。」しかし、その実態を彼らは知りえていなかった。なにしろ、長い生だ。聖遺物を人々に与えた、時の記憶は残っているが、さすがにずっとそれを覗き続けてきたわけではない。実態を調査して、ようやく聖遺物が飾りになっていることに気がついたのだ。「なるほど、だから信仰も祈りの言葉も忘れられるわけだ。一種の皮肉であるなぁ・・・。」必要とされなくなっている。言ってしまえば、それだけだが、彼らにしてみればやはり、いろいろと感じざるを得ない。一方的に、押し付けるつもりはない。だが、そうしなければ、システムにはよろしくない事態が予見され得る。だから、自発的に理解してもらうには、定期的に聖遺物を必要とされるところに降ろすべきではないのか?その意見は、試してみるだけの価値はあるように思われた。「だとすれば、祈りの言葉を教えられ、かつ彼らに必要な聖遺物を現世に降ろすことにしましょう。」「いい考えだ。さっそくそうしてみましょう。」「ちょうど良いものがありました。」故に、決定は極めて迅速に行われる。もともと、気が長く、おおらか彼らにしても、この事態を深刻に受け止めていたのだ。だから、行動は一切手を抜くことも、神々に特有のどこか抜けた帰結もなく、一切がマジで行われた。「ほう?」「神の領域に至る一歩手前、まあ、あと1000年もすればそこに至れるような代物を研究している人間が地上にいまして。」「ほう、特異点か。その人間とのコンタクトは取れたのかね?」ごくまれにだが。過去にも、自然科学を探究し、神々の領域に至りかけた人間は各世界に其れなりに、現れている。珍しい。確かに、近頃では例外的に珍しい事例だが、しかし、前例がないわけではない。そして、今回のケースでは尤も最適な事例であるように思われるのだ。「彼も、道が長いことを悟ったのでしょう。語りかけ、神の御業を説いたところ、甚く感じ入っておりました。」「では、そこに聖遺物を降臨させると?」「いや、奇跡です。」「奇跡?」かくして、天上の方々は、かく語り、かく決定されにけり?「と、まあ、そういった議論の末に、貴女方が開発されているエレニウム95式でしたか?これの起動実験に奇跡をもたらすことを主は御認めになられたのです。」気がつけば、また見覚えのある空間で、前回の存在Xよりは、いくばくか理知的な存在に迎えられたのがつい先ほど。今回の来訪原因は、MADが強行した無謀な実験が直接の原因ではある。だが、奴はせいぜいが、狂った科学者であって、狂信者ではない。しかし、直前の言動から察するに、彼もまた被害者なのだ。黒幕は、存在Xの一派だろう。MADもこの件に関しては、彼らに踊らされたのだ。まったく、微塵どころか、分子単位で同情する気がわかないが。「はあ、なるほど。」眼の前の存在も、これまでの比べてまともという程度に過ぎない。ようは、話ができる狂信者という程度なのだ。油断は、禁物。はっきり言って、なにか宗教に染まっているような相手だ。神か悪魔かはこの際どうでもいいだろう。だが、注意すべきは、相手は合理的ではなく、価値観を押し付けてくる可能性が高いという事。頭の価値観が完全に、狂っているのだ。理知的だろうと、その本髄は、無能な働き者と同じ。即刻排除すべきだ。せめて、無能な怠けものならば、まだ耐えられよう。しかし、狂信者というのは、有能無能に関係なく、みな勤勉だ。実に礼賛すべき美徳なのだが、たった一点、『狂気』が全てを無に帰させている。「そして、おめでとうございます。貴女は、その無知ゆえに罪深き存在であったということを主は御認めになり、導くことを決意されておられます。」「一向に結構だ。」・・・ウォイ。直球か?なにか、あるかと思っていたがど真ん中に、直球で豪快にストレート?はっきり言うが、人の人生を左右するのは楽しいが、私がされるのは論外。何故私の人生を、私が決め得ない?私という個人は、私が支配し得る最低限の存在ではないのか?「ああ、ご安心ください。貴女の不安は、何を強制されるかということでありましょう?」いや、なんだろうな。この不安な気分は。確かに、他者に強制され、自分自身の進路を決定されることに反発しているのは事実だ。思考を制御されたり、誘導されたりするのも、屈辱極まりない。共同幻想は、その物語に酔いたい人間だけで共有していればよいのだ。その幻想から利益が産み出せるならば、我々は投資し、利がなければ関心を寄せるまでもない。こちらに、害が及ぶのであれば、夢から叩きだして、現実の汚泥を啜らせてやるのもよいだろう。だが、共同幻想を共有するように強制する思想の自由への攻撃には、一個の人間として徹底抗戦せざるを得ない。自由だ。私は、自由なのだ。誰からも私の自由は侵されたくない。自分という存在が、原則に反して他人の自由を犯すのは、耐えがたいがまあ、耐えられる。だが、私個人の自由を、他者に犯されるのは、絶対に耐えがたい。私には、その自由を守り抜くだけの才覚と、人脈が過去にはあった。現在には、それを擁護するための具体的な力と、その価値の重要性も理解している。「ですので、ご安心ください。我々は、貴方の演算宝珠を祝福し、奇跡を為せるように致します。貴女は、それを使い、神の恩寵を実感し、祈りの言葉を唱えられるようになるでしょう。」「祈りの言葉?」「そうです。主を讃える言葉を貴女方の祖先が忘却し、貴女方に語り継げなかった責任は、貴女方には存在しません。」「当然だな。それ以前の議論でもあるが。」どうやったら、そういう理屈が成り立つのだ。だれか、まともに、説明してくれ。できれば、今すぐに。翻訳機でも通訳でも良い。特急料金に、割増しでチップも出す。だから、何を言っているか、誰か、理解できるようにしてくれ。「ですから、主は、祈りの言葉が湧き出るように、心に語りかけられるように、奇跡を信じられるように至らしめました。」「・・・それは、すごく悪質な洗脳に聞こえるのだが。」状況を整理してみよう。この邪悪な連中は、私をこの世界に投入した。拉致もよいところだ。で、私が屈しないので新たな方策をとった。それが、呪い付きの演算宝珠を使わせることである。使えば使うほど、心が蝕まれていく?全く糞喰らえ。だが、たちの悪いことに、高すぎる対価にも関わらず過酷な戦争を生き抜くためには、其れを使わざるを得ない。なんという、マッチポンプ。インサイダー取引と比較できない程、悪質な行為だ。こんな横暴が許されるとは、法と正義はもはや地上から一掃されたに等しい。私は、地上における法と正義の代理人を目指すべきなのかもしれぬ。「別段強制するものではありません。ただ、神の奇跡を実感し、真摯に祈りをささげられる。貴女の持つ演算宝珠はその加護を受けたのです。」よく言う。こんな戦争でいつ死ぬかもわからない環境に放り込み、強制するつもりはないと?それは、砂漠で水を飲むなというようなものだ。死ねというに等しい。要するに、脅迫も良いところだ。「なるほど。ところで、私の実体は?」「あなたがたは、神の恩寵に守られます。さあ、いざ行きなさい。主の御名を広めるのです。」そういう怪しげな言葉を最後に、私の意識は、地上に引き戻された。少しも嬉しくないことに、人類の中では一番見たくない奴の顔と声によってだ。私が、帝国法務官吏であれば、MADは即刻銃殺する法律を作っておく。それが、帝国の為すべき責務ですらあると、今の私は確信するのだ。「主はおられた!奇跡だ!!!信じる者は幸いなり!!」預言者にでもなったつもりか、このMADめ。「落ち着かれよ、主任。」頼むから黙ってくれ。MADが狂信者に転職できることが科学的に証明されたことを全身でもって誇示する必要はないのだ。頼むから、視界から失せてくれ。「おお、デグレチャフ少尉。実験は、成功だ!!共に神の御名を讃えようではないか!!!!!」だが、いかんせん、MADは狂信者で、かつ相も変わらずMADなのだ。奴め、信心深く狂ってやがる。「さあ、さあ、私に奇跡の恩寵を見せてくれ!」「管制、95式の制御術式は正常か?」できれば、技術的な障害から制止が入らないかと期待。しかし、曲がりなりにも超常の存在たちが仕掛けた呪いだ。私の願望など、容易に蹂躙していることだろう。なんと、人は無力なことか。「見た限りにおいては。ですが、観測機器の故障かもしれません。」「やもしれんな。仕方ない。95式は封印し、研究所で検査をするべきだろう。」素晴らしい。慎重なのは、技術者にとって必要不可欠な資質だ。私を見捨てて、全員退避したことは許し難いが、今ならば、其れすら甘受できる。彼らは、制止するために生き残ったと考えれば、許容できるではないか。「何を言う!!今すぐに、起動したまえ少尉!!」押し問答に持ち込まれる。このMADめ、本当にいつか誤射か事故でも起きないだろうか?いや、すでに数回そういう事態に巻き込まれているはずだが、何故生き延びている?まさかとは思うが、存在Xならびにその一党の手先なのか?私の敵だとは分かっているつもりだが、不倶戴天の敵だったのか?「・・・起動する。理論上は成功するか工廠が吹き飛ぶかだな。」「笑えないジョークですな少尉。」全く笑えんよ。まあ、呪いというからには、碌でもない結果しか予想できないが。演算宝珠の回路に魔力を走らせ、4核の同調を開始。実に順調かつ、スムーズに魔力が走り、核の同調に至ってはそれを意識せずに済むほど滑らかだ。魔力のロスに至っては、理論値と同等の結果を出せているに違いない。なるほど、これは確かに、性能だけ見れば実にすばらしい。素晴らしい発明だと絶賛されるだけの代物だろう。だが、誠に遺憾ながら、こいつは、呪われている。「おお、主の奇跡は偉大なり。主を讃えよ。その誉れ高き名を。」高らかに、口から出た感動の言葉。主を讃えんと全身の細胞が瞬間的に欲した。「成功した?・・・まさか、本当に!?」観測班が驚愕の渦に叩きこまれ、疑問の叫びをあげたことで、ようやく我に返る。「・・・今、私は何を?」今、何を思った?何を口にした?賛美した?アレを!?「ああ、少尉。君もわかるかね?この信仰が。奇跡だよ奇跡!」「奇跡?」「唱えたまえ、主への賛美を。見たまえ、奇跡を。」ここまでが悪夢のような事実。結局呪われて、ろくでもない目に遭い、やっと、やっと私が解放されたのは結局一定のデータ収集が完了してからだった。ここ以外ならどこでもよい、とにかく逃げ出したい。そんな願望をかなえるべく、わざわざ西方から共和国が宣戦を布告。その待望の知らせが、私が世の中に悲観しかけたときに、飛び込み、私の精神を救ったのだ。だが、結局、楽をするのは難しいらしい。「転属、でありますか?」その知らせを、一日千秋の思いで待ち望み、耐えてきた。やっと、やっと嘆願が通ったらしい。これで、精神も救われる。そう思って、配置された今の場所からすぐに移動だ。「ああ、転属だ。上は、エースをあそばさせるつもりはないらしい。第205強襲魔導中隊の第三小隊長だ。」士官学校出の魔導師が、一番最初指揮する小隊長。やっと部下を得ることができるのだ。これで、自分一人で行ってきた仕事を分散して行うこともできる。あまり、上の覚えは良くなくなるが、最悪の事態で盾代わりもなる。まあ、無能でなければだが。極端にひどい場合には、相応の措置が必要になるとしか言えない。「それと、おめでとう少尉。先の戦功で、貴官には航空突撃章が授与される。さすがに、銀翼に比べるのはおかしいかもしれないが。」「ありがとうございます。」それだけ人事担当に伝えると手際よく宿舎の荷物を整理。ただちに、指定された部隊へと移動することになる。もともと、前線での辞令だ。余裕があるわけもなく、さっさと行くべきであり、遅刻は敵前逃亡とすら見なされかねない。・・・良くても脱走未遂だ。だから、さっさと移動し、出頭する。「よくきたな少尉。歓迎しよう。中隊長のイーレン・シュワルコフ中尉だ。」転属先の上司は、極めて正統派の魔導師だった。中隊長が中尉。年齢からして、おそらく其れなりの軍務経験あり。加えて、従軍章から察するに実戦経験も豊富。まあ、敵より怖い無能な上官でないだろう。さすがに、ビルマ・インパール戦線を崩壊させたという伝説の将官が上官であれば、私も覚悟を決めて、抵抗せざるを得ないだろうが、さすがに、この上官は真っ当だろう。そうでなければ、中隊長になる前に、友軍誤射で悲劇的な特進を遂げられているはずだ。まあ、単に運よく誤射が起きていないだけならば、私のライフルが暴発する悲しい事もあり得るが。「ありがとうございます。ターニャ・デグレチャフ少尉であります。」できれば、上手くやっていきたいものだ。いくらなんでも、そうホイホイ上官に悲劇的な事故を何度も起こすのは、誰にとっても喜ばしいことにならない。やるとしても、次回からはキャリアを思えば、適度に時期を冷ますくらいはしなくてはならないだろう。つまり、相応の決断を必要とする。逆に言えば、一定以上の水準さえあれば、仲良くやっていくべきなのだ。「うむ、銀翼突撃章保有者だ。期待している。」「はっ!」やれやれ。本当に、銀翼突撃章様々だ。望んでいないどころか、今すぐに投げ捨てたい『白銀の』という二つ名も、精神のSAN値チェックを除けば現状実害はない。他部隊から好意的にみられるというのであれば、それは、まあ歓迎しておくべきものだろう。好意は、少なくとも敵意よりはましである。「よろしい。さっそくだが、状況を説明する。」だが、まずは、仕事に取り掛かるためにも情報を集めねばならない。具体的には、敵情と、こちらの状況である。特に、管理職の一員が報告する報告書と、現場の実態が全く異なることがあるために、ここは、最も重要な部分である。「貴官も承知しているように、現在大陸軍主力は、急速に再編・集結中であるが、西方戦線に来援するまでにはしばしの時間を必要とする。」その軍団概要は知悉している。なにしろ、急な事態だ。お上の狼狽具合は、教導隊まで動員して、とにかく西方防衛の確立を急ぐ姿勢が物語っている。95式も継続評価試験という名目で、実質的に戦力として計算されているほどだ。これは、規格外の演算宝珠であるとはいえ、正直、まともな神経なのか疑ってかかるべきだ。わかってはいるが、経営者がまともじゃない企業や集団がまともな結果を出せるわけがない。こんな、極めて自然の道理を恨む日が来ようとは。帝国軍の主攻として認識される、大陸軍は、その主力をひきつれて北方に配置され、再編には、軍事上あまりも長い時間を必要とする。現在の集結度合いは、望ましいものではない。そう聞いているが、では、どの程度遅れて、どんな影響が前線にもたらされうるのか。生き残るためには、全てを知らねばならない。「集結状況はどのようなものでありましょうか?」「芳しくない。北方に輸送車両が払底しているせいで、西方への再配置には想定より1~2週間ほど遅延するらしい。」本当に、2週間で収まるのだろうか?再配置というが、移動し、再編し、統制を回復するのは、容易ではない。軍隊は、進軍するだけで、消耗するのだ。燃料や、物資どころか、疲労という数値化しにくい要素も無視できない。「そこで、西方戦線では遅延防御を断念。機動防御に移行することが決定された。」・・・・・・・・そんなに不味い状況なのか。一部の突出部形成を許さざるを得ない程に、我々は、戦力において劣勢なのか?それとも、敵損耗を意図的に引き出すための方策か?後者ならば、本国は大陸軍の来援がスケジュール通り進められると考え、攻勢の前準備だろう。だが、意図せずに遅延防御を断念せざるを得ない状況に追い込まれているだけならば、楽しくない防衛線だ。楽しい防衛戦があるとすれば、マジノ線くらいだろ。なにしろ、戦うことなく無力化されたという戦略的失敗はともかくとして、内部環境はまともなのだから。正直、消耗抑制戦術で戦争するつもりならば、国境をきっちり全部要塞で固める程度の発想を用意すべきだろうに。なぜ、一部の要塞にドイツ軍がレミングスのごとく突っ込んでくると期待したのだろうか?果てしなく謎だ。世界の七不思議に数えるべきかもしれない。フランス人は、感情や理屈抜きの冷徹な情勢分析に関して、一言あるはずなのだが。まあ、御国柄か、そういう冷静な分析をなぜかいつも中央が理解できないという欠陥も大きい上に、プライドが強すぎる弱点も大きいとは言える。どこの国でも知識人もピンキリであるし、政治家がナショナリズムに流されたと判断するべきなのだろうか?だとすれば、帝国の首脳陣も情勢を理解したうえで流されている可能性はありえる。そうであるならば、明確な戦略方針によってではなく泥縄式に戦争だ。「我々の中隊はその機動打撃部隊に抜擢されている。貴官の奮戦に期待する。」救いは、配属された中隊の任務が機動打撃部隊ということくらいだ。戦場の点ではなく、面を任務地域とするだけで、生き残れる可能性はかなり広がる。動き回ることが、生き残る秘訣なのだ。だからこそ、それがどの程度可能であるかが極めて重要となる。「なにか、質問は?」「はい、中尉殿。我々の出撃地点は防衛拠点でありましょうか?それとも後方の拠点でありましょうか?」塹壕掘って拠点構築に追われつつ、ひたすら敵の襲撃に怯えるか、反撃要員として後方でぬくぬくできるかはあまりにも大きい。反攻部隊は、確かに最前線に突入するという意味では、被害を受けるが、基本的に反攻作戦ができる程度には優勢な戦力比を楽しめる。要するに、圧倒的劣勢な状況下で反攻ということはあまり考えずに良い。「喜べ少尉。最前線だ。」「光栄であります。」最悪極まる。前線で、機動打撃要員?つまり、拠点防衛兼反攻時の陽動ではないか。命がいくつあっても足りる気がしない。塹壕防衛ならば、手近な連中を盾とすればよいが、陽動で拠点から打って出るとなれば、それもできない。後方からの連中と、拠点からの出撃で敵突出部を挟撃するといえば聞こえは良いだろう。だが、実態は態の良い的だ。「貴官ならそう喜ぶと疑わなかった。場合によっては、我々も拠点防衛の支援に従事しうる。」予想的中を喜ぶべきだろうか?嫌な予感というものが外れなくなるのは、碌でもない経験だ。危機管理という点からすれば、まあ悪い能力ではないのだろうが、一生使う機会がない方がよっぽどましだ。「では、機動打撃を優先しつつも、防衛支援でありますか。」「其の認識で間違いない。」拠点に固定され、挙句機動打撃部隊として酷使される運命を甘受か。オーバーワークにもほどがあるだろう。労働条件の改善を要求するか、最低限ベースアップを希望したいところだ。もちろん、契約の範疇である以上、軍務に服することに異論はないが、これほど酷使されるのだ。相応の見返りが欲しい。「最悪ですな。よほど、大陸軍の集結は難渋しているようだ。」「ほう、わかるのかね?」「敵戦力の摩耗を狙った機動防御ではなく、純粋な遅延目的となれば、時間が如何に足りないか、間抜けな新任将校ですら悟りえましょう。」広範な戦線全てで遅延防御ができないのだ。敵戦力を消耗させることを前提とした機動防御線ではなく、抑えきれないがために、一部で敢えて突破させて叩かざるを得ない程に状況はよくない。一応、組織的な機動防御ということなので、末期の東部戦線ほどではないのかもしれないが、これは覚悟を決めざるを得ない。「・・・評判通りの毒舌だな。まあ、いい。我が中隊の状況は知っているな?」「はっ。当該方面軍全体で基幹要員が不足。すでに第205魔導中隊からも一個小隊抽出されており、我ら第三小隊はその補充と認識しております。」「問題ない。つまり、貴官の小隊は錬度不足も甚だしいのだ。拠点防衛を主たる任務として欲しい。」錬度不足なのは分かっているが、だから固定戦力とすると?機動戦に耐え得ないから、それを再教育し、訓練する間は拠点の防衛戦力とすると?つまり、無能に足を引っ張られろということではないか!いっそ、さっさと戦闘に耐えない状態にして、自由の身になってしまう方がまだ、安全かもしれない。機会があれば、それを狙うべきか。いや、さすがに、あってもいない小隊のことを判断するのは、さすがに速すぎる。「機動防御線にもかかわらず、小官は、拠点防御でありますか?」「予備戦力だ。」ならば、再教育する時間はありえる。だが、敵がどの程度の猶予を我々にもたらすかは完全に不明。必然的に、いつ敵が攻めてきてもいいような状態を維持しなくてはならない。機動打撃部隊ならば、ゆっくりと敵が攻めてきてから行動すればよいが、拠点防衛の任があると、そうゆっくりと英気を養う時間すらない。「了解しました。状況によっては、拠点の放棄は許されるのでしょうか?」「残念だが、これ以上の戦線後退は許容されていない。」「では、可能な限り固守せよと?」「上は、勝利かヴァルハラかを選ばせてくれるそうだ。」勝利か、ヴァルハラか?選べるとでもいうのだろうか。それは、要するに死守命令をオブラートに包んだ表現でしかない。死にたくないし、誰かのために盾となるのもごめんこうむりたい。何故、私が、他人のために、死なねばならない?勝手に他人が私のために死ぬのは、その方の完全な自由意思だ。だが、私が、他人のために死ぬのは、私の自由意思に完全に反する。自由こそ至高。民主主義もまあ、自由故に、肯定しよう。だから、お願いだから、戦時国債の発行をくい止めてくれ。帝国の勝利を前提とした戦時国債増刷による戦費調達など、勝敗に関係なく戦後はハイパーインフレ確定だ。勝っても負けても、楽しい未来しか想像できないのは、愉快極まる。「素晴らしい。どちらも大好きです。」「大変結構。では、さっそく中隊に貴官を紹介しよう。」さあ、ちっとも楽しくない戦争を一緒に頑張る仲間に挨拶だ。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~・欠陥兵器?いいえ、聖遺物です。・解除された実績 聖遺物の所有者 小隊長 MAD被害者会会員資格そろそろ、泥沼が完成。後は、人を配置し、突き落とすだけ?誤字修正orzZAP