翌朝は陽が昇りきる前の涼しい時間にトンネルを抜けた。
のだが、トンネルの掘られていた高台を降りるとまたすぐにむわっとした熱気が押し寄せてくる。朝もやに見えたものは昨日と変わらずに立ち込め続ける蒸気だった。
これがまた昼に近づけばどんどん蒸し風呂状態になるかと思うとすでに憂鬱満載である。風が吹いてくれれば割と改善されそうなものなんだが、入り組んだ場所柄ゆえか緩々としたそよ風が吹くばかりでそれも熱されてしまうため余計に暑い。
「サウナだよサウナ、畜生、何が悲しくて綿の入った服着てサウナはいらにゃいかんのか」
「何ぶつぶつ言ってるの」
なんて愚痴を零していたところで暑いものが暑くなくなるわけではない。
結局、じとじとと肌に浮かぶ汗をなるたけ気にしないようにしながらさして代わり映えのない景色が続く涸れ谷を歩き続ける。
やがて陽が天頂から照らしつけるころ、しかしうだるような蒸し暑さが徐々に引いてきていることに気づいた。
もうすぐ涸れ谷を抜けるのだ、とすぐに思い至った。もうどれほども歩かないうちに川にぶつかり、あとはそれを逆流していけば目的地に到着だ。
何事も起こらず。
何のハプニングもなく。
妙に静かだな、と思った。
何かいやな予感がするとも。
もう目的地までいくらもないというのに、神経質になっているのだろうか。
……神経質になる理由が分からない。ただ滝壺まで行って帰ってくるだけの、お使いみたいなものだ。なのに俺は何をぴりぴりしているのだろうか。
いや、1つだけ理由はある。
前日に見た戦闘の痕跡だ。あのあと結局ゴブリンには一度も遭遇しなかった。というか、まだ俺はゴブリンの実物を見たことがないのだが。
ヴァナ・ディールのゴブリンは、その名前から想像するような小鬼の姿とはかけ離れている。端的に言い表せばずんぐりとした二足歩行の子犬だ。顔を覆う革や鉄のマスクをしていて、素顔は誰も知らない。
前述の通り獣人たちの中でもアルタナの民に対して柔軟に接するほか、ともすれば人間に匹敵するほどの技術を有している。人間が彼らを雇うほどだ、手先の器用さでは群を抜いている。敵に回すとそれがまた厄介なのだが。
とはいっても今のところは見えない敵どころかいるかも分からない相手だ。無意味におびえる必要はないだろう。
さも今思いついたようにジジに声をかけたのは、気を紛らわせたかったからかもしれない。
「なあ、そういえばジジは石碑を写したらどうするんだ。すぐセルビナに引き返すのか?」
「え? そう、ね。どうしようかしら……」
俺はてっきり彼女が即答するものと思っていたが、何か思うところがあるのか彼女はしきりに考え込んでいる。
考えているうちにジジはなんとなく表情を曇らせ始めた。なんだ?
「…………ねえ、あのさ、あんたたちはどうするの?」
む、そう来たか。
「どうするも何もなあ。とりあえず装備を整えたい……というかその前に冒険者登録の受領がいつになるかだよな」
考えてみれば俺は今正確には冒険者じゃないんだった。野良冒険者とでも言うべきか。
「ってそういえば街離れちゃって平気だったのか?」
「ああ、ボクのところに手形が届くはずだから、あとでそれをもって受付に行けば大丈夫だよ」
1ヶ月や2ヵ月も帰らないわけじゃないからね、とのメルの返答に胸をなでおろす。
いやぁ、アイアンハートの石碑に興奮してすっかり忘れていた。
「そういえばまだ登録も済んでないって言ってたわよね。あたし、あんたがてっきり熟練の冒険者なのかと思い始めてたわ」
「んー、まあ、頭でっかちなのさ。お前のほうがぜんぜん先輩だと思うぜ」
野宿だってしたことがなかった俺なのだ。昔行ったキャンプは、あれは数えちゃダメだろう。
ところがメルまでジジに同意する。
「ボクも、時々リックは熟練の冒険者なんじゃないかと思うときがあるよ。本当はバストゥークもサンドリアも、ウィンダスやジュノにも行ったことがあるんじゃないかい?」
昨夜のこともあってか、いたずらっぽい目で問いかけてくるが……どう答えたもんだか。
確かに見方を変えれば俺はジジより、メルよりもずっと先達の冒険者ということになるのかもしれない。サービス開始からはじめて、もうずっと冒険者を続けてきた。
アルタナ四国に、辺境、かつて滅んだといわれている国、南方の大陸にだって足を伸ばし、やがては過去の大戦にさえ関ることになった。けどそれは全てゲームの中の話だ。俺自身の体験ではない。
まあそれに俺以上の冒険者……というか一級廃人はごまんといるし。俺はまだまだクリアしていないミッションもクエストもたくさんあるのだ。例えばプロマシアの呪縛はついにエンディングを見ることはなかったし。
「そうだな、それなりにいろんなことに詳しいとは思う。好きで色々勉強したからな、どの国のことも、獣人たちのことも。でも全部知識だけなんだ、メルやジジに比べたらぜんぜん身が伴ってないんだよ」
今までよりももう少し踏み込んで答えた。これくらいは、言ってもいいだろう。
ジジはまだ納得いかないように首をひねっていたが、対照的にメルは興味深そうな顔をしていた。そういえば俺の持ってる知識のことを言及するのははじめてか。でもここら辺ではっきりさせておいたほうがいいだろう、俺の持ってる知識はこの世界で生きるのに多分それなりに役に立つ。
けど、いつか全部話すときが来るとしても……どんな形で話すべきなんだかなあ。
「でもそう……それじゃあ、2人はしばらくバストゥークを離れるつもりはないのね」
「んー、どうなんだメル?」
「ボクはリックと一緒にいるよ?」
いやそういうことではなく。
「これからどうするのかってことなら、リックに冒険者生活に慣れてもらうつもりでいたんだけど……でも思ったより余裕綽々って感じだね」
「でもないけどなあ、硬い地面で寝るのはなかなか」
「寝れるだけ上等だよ。まあでもそうだね、リックの装備さえ整っちゃえばボクとしてはあんまりバストゥークにこだわる理由はないよ」
というのは、暗に俺にどこか行きたいところはある? と聞いているのだろうか。それならばまあ、一応考えはある。
「あー……そうだな、実を言うと俺もちょっとウィンダスにいきたいと思ってたんだ。行ってちょっと会いたい人がいてな」
以前から考えていた通りだがそれが一番無難な道だろう。元の世界に帰るために。
ならボクもそれに付き合うよ、メルはそう言って俺に笑いかけた。何から何まで付き合わせてしまって面目ない限りだ。
ジジは俺たちの話を聞きながらいかにも興味なさげにふぅん、と鼻を鳴らしていた。
「あんたもウィンダスに行くつもりなのね」
「今日明日にってことはないけどな。装備も整えなきゃいけないし、旅費もまかなわないと」
「リックの実力に会うものをそろえようと思ったらそれなりに値は張りそうだね。流石にボクの懐にも限界はあるし」
全部出しちゃったら逆にリックはその鎧を着てくれなさそうだ、なんて嘯くメルだが実にありえる話だ。メルの全財産かけた鎧とか渡されても着るに着れない。
「あんたたちってどういう関係なの……?」
「どういう……て言われると困るが……」
今の俺の状況はなんと表せばいいのだろうか。行きも帰りも分からず荒野でさまよってるところをメルに助けられて、飯と宿まで提供してもらっている。
……拾われた犬か、俺は。
今更のように気づいたあんまりな現状に愕然としていると、ジジが怪訝な顔でこちらを見ていた。流石にこれはいえない。
「色々あって俺も文無しでな……メルの世話になってるんだ」
正直それで冒険者になって返済しよう、と言うとあんまり褒められたものではないが、俺の立場で出来そうな仕事は他に思い浮かばない。それに全うな職について地に足つけてこの世界で生活しようと言うわけじゃない。登録前には迷いがあったが、結局俺が取れる選択肢は他にはなかっただろう。
「あんたってそんな博打で失敗するようにも見えないけれど……」
「まあ訳ありなんだ、聞かないでくれ」
今はこれでごまかすのが精一杯だ。メルにもまだ正直に全て話せているわけじゃないことを、ジジに話せるわけもなかった。
「とにかく俺たちはしばらくバストゥークにいると思うよ」
そう締めくくると、ジジはまたしばらく考え込んでから、
「あたしは、涸れ谷から戻ってから考えることにするわ」
とだけ言って、会話を切り上げた。
「ところでリック、誰に会いにウィンダスに行きたいんだい?」
「シャントット博士」
「シャ……ッ!?」
やっぱりウィンダス民には有名らしい。なんで? というメルの視線には内緒、と答えておいた。
歩き続けるうち、両側に聳え立つ崖は徐々に高くなり、その幅を狭めていき、俺たちの先に続くのは3人並んで歩けるかどうかという程度の細い谷間の道になってしまう。もう涸れ谷も離れてきたので、立ち込める蒸気で蒸し暑いというようなこともない。
そこまで来ると耳が変化を捉えた。
吹きぬける風の音に混じってノイズのような絶え間ない音が耳に届いてくる。
「聞こえたか?」
「うん、水の音だね。もうすぐ川にぶつかるんだ。そうしたらそれにそって遡っていけばすぐのはずだよ」
両手で広げた地図に顔を落としながらメルが答えた。
荒野をさ迷っていたあのとき見たとおり、北グスタベルグをかち割ったように走る大地の裂け目の底に川が流れているのだが、その両端には細い足場がある。そこを通って滝壺までいくわけである。
ただこの川、滝の圧倒的な美しさに忘れそうになるのだが実はあんまり綺麗じゃなかったりする。近くに鉱山があった影響か水に何らかの鉱物が溶け込んでるらしく、それがグスタベルグを荒野にしている一因でもあるのだ。魚も釣れないことはないのだが、あまりいいものが釣れるわけでもなく人気は低い。
ヤバイ魚ならいる。プギルと呼ばれる陸の上を泳ぐ妙な魚が生息しており、コイツがアクティブ……つまりこちらを見かけると即襲ってくるのだ。涸れ谷を抜けても一本道に陣取るプギルが邪魔するせいで、滝壺に行くのを無意味に面倒にしているわけである。
とはいえ俺たちのレベルなら問題ない、とは思うのだが。そもそもレベルって概念があるわけでもなければメニューでステータスを確認したりパーティメンバーのHPやMPが見れるわけでもないので、こういう場面でゲームの知識がどれほど意味があるのか分からないが。
先頭のジジにもうすぐだぜ、と声をかけようとして。
やめた。
横からのぞいたジジの顔は心なしか強張り、せわしなく黒い鼻をひくひくと鳴らしている。尻尾がぱたぱたと左右に振れ、ジジの苛立ちを表している。
「おい、どうした」
「……いやな感じがするわ。なんか臭う、でも鼻がバカになっててよくわからないのよ。涸れ谷の臭いのせいだわ、服に臭いがしみちゃってる」
歯がゆそうにジジが吐いた言葉に、俺はハッとして来た道を振り返った。
神経質になる理由。
ここまで何事もなかった。
なさすぎた。
戦闘がなかったのはいいが、ここに来るまで"何もいなかった"のはどう考えてもおかしいに決まってるじゃないか……!
「メル、デオードを」
「え、なに?」
「いいから早く!」
いきなりのことに面食らったメルだったがかける対象を間違ったりはしなかった、さすがだ。
魔法の光がジジの体を包み込み、ジジ自身の発していた硫黄の不快なにおいを消し去っていく。俺にはどれほど変わったものかわからないが、ジジにはそれで十分だったようだ。
ジジはすんすんと鼻を鳴らしながら何かを探すようにきょろきょろとあたりを見回している。
その視線が谷間の道の両側にそり立つ崖の岩壁に向くと、警戒しながら近寄っていく。一応俺もその後ろについていく。
「ここ、なんだかきな臭い……岩の間に何かある。これはなに……?」
一緒に覗き込んだ俺にも、最初それがなんだかよくわからなかった。
黒い……一見して黒い球体だ。鉄か何かで出来ているらしいそれは、手に取ったジジの様子からしてかなりずっしりと重い。
球体の一端からは麻縄のようなものが飛び出していて、その紐に火花が走って……。
ああ、くそ、そういうことかよ……!
「捨てろジジ!!」
「え、きゃぁ!?」
強引にジジの手からそれを奪い取り、遠くに放り投げる。けどそれだけじゃだめだ、岩の陰にはまだいくつも同じものが挟まっていた!
ジジを抱えて岩陰から思い切り飛びのく。近くにいたメルもまとめて押し倒すようにして、体でかばう。
大地が揺れたのはその直後だった。
思いのほか音はくぐもっており、どごん、と今まで感じたことのない衝撃が体を襲う。
雷が落ちたときに似ているかもしれないが、それでもそれをこんなに近くで感じたことはなかった。
俺の肩越しに背後を見たジジとメルが呆然とつぶやいた。
「今の何……?」
「爆弾……か……」
起き上がって振り向くと、もうもうと土煙が立っている。
徐々にそれが晴れてくると、そこに広がっていたはずの光景はずいぶんと様変わりしていた。爆弾によって吹き飛ばされた岩がもともと大して幅のなかった谷間の細い道をすっかり塞いでしまっていたのだ。
よくもまあ石の欠片が振ってくる程度の被害で済んだものだ。いや、あるいはもともとその程度の威力しかなかったのだろうか。
狙いが俺たちだったのか、道を塞ぐことだったのか分からないがともかく……。
「2人とも、何か来るよ……ッ!」
!?
ジジの張り詰めた声に振り向く。俺たちの来た道が涸れ谷に向かって伸びており、その道の先から。
────どす、どす、どす、どす。
重い足音が近寄ってくる。
いやな汗がにじむ手のひらをぐいっと拭って剣を構える。尻込みしてはいられない。たとえ何が出てきても、盾役は俺しかいないのだ。
ぬっ、と。
岩壁の向こうから姿を現したのは、3人ともよく見慣れたトカゲの褐色の鱗だった。
だが。
────で、かい……ッ!?
その体躯が今まで相手にしてきたトカゲとは比較にならない。
これまでトカゲといえばどれだけ大きくても俺の腹まで届くかどうかの身の丈しかなかった。それが今乾いた地面を踏みしめながら迫ってくるのは、ゆうにその二回りは大きい!
ぶっとい足は一歩踏み出すごとにだんっと鈍い音を響かせ、ごつごつとした硬い頭部はまるで大岩のようだ。トカゲはトカゲなので高原の雄羊族ほどのでかさがあるわけじゃないが、それでも普通の羊並みのトカゲが来たらびびるに決まってる。
(いや、普通の羊もそんなにでかくねえよ!)
だいぶヴァナの常識に毒されたよくわからない悪態をつきながらぐっと腰を落として衝撃に備える。野郎、なんだか知らんがこちらに向かって全力で突撃してきやがるッ。
「間欠泉トカゲだ、気をつけて!!」
メルの声とどちらが早かったのか、大トカゲの頭が盾に激突した。
重……ッ!!
腰を入れて受け止めたというのにまるで車に撥ね飛ばされたかのような衝撃が体を突き抜ける。どうにかこらえたものの、
ぶおん。
「ぐぉっ……!?」
不意を打たれた横殴りの衝撃に体がバランスを崩し、尻餅をついてしまう。
尾で強かに打ちつけられた、とわかったのは後でのことだ。とんでもない強さにくらくらと頭が揺れていた。
がら空きになった俺に再び突進しようとしたトカゲはしかし、その足元に打ち込まれた矢にたたらを踏んだ。
「リック、大丈夫!?」
駆け寄ってきたメルが抱え起こしてくれる。バカ、狩人が前に出てくるなよ。
「《プロテアII》!!」
メルの放った守護の光が俺たちの体を包み込む。いくらかはこれで衝撃をやわらげてくれるだろう。
しかし、NM……悪名高い怪物かよ。辺りが静かだったのはそのせいか?
NM。他のMMOじゃネームドモンスターとか言われるそいつらはいわゆるレアモンスターだ。大抵周囲のモンスターよりも強力な代わりに、ほかでは手に入らないアイテムをドロップしたりするほか、クエストの討伐対象になっていたりする。
ガイザーリザードもその例に漏れず、このエリアじゃ最高レベルの強さを誇っている。涸れ谷内の間欠泉が噴出したときにランダムで出現するというやや特殊なポップ条件が名前の由来だろう。
とここまでがゲーム知識だ。
ゲーム的な言い方をすればメルやジジの装備から類推するレベルだと若干きついが、俺のレベルが考えている通りなら苦もなく倒せる相手のはずだ。
だがそうは問屋がおろしてくれなさそうな気配である。正直今の一撃でさえ腕がじんじんとしびれてうまく力が入らなくなっている。下手な受け方をすれば骨を折られていたかもしれない。人間はHPが1になっても平気で動けるわけじゃないのだ。
「俺が引き付ける。ジジ、回り込んで仕留めろ。メルは援護を」
それぞれの得物を考えれば改めて言うことでもないが、あえて口に出して確認する。俺とメルはともかく、ジジと組んで戦うのは初めてなのだ。
「了解」
「わかった!」
背中で2人の返事を聞いて、振り返らずにうなずく。
大トカゲは警戒しているのか踏み込んでこようとはしない。剣を握りなおし目に力をこめて睨みつける。気で負けたら持っていかれる。
さて、仕切りなおしだトカゲ野郎。
たたっ、と意識していなければ聞き逃しそうな軽い音を立てて、最初に動いたのはジジだった。
それを視線で追おうとした大トカゲにわざと大上段で剣を振りかぶる。
「どこ見てやがる!!」
がつんと振り下ろした剣はしかし、相手の硬い鱗に阻まれて決定打にはなりえない。
けどそれでトカゲの目がこっちを睨んだ。そうだ、それでいい。
殴りつけてくるような大トカゲの頭突きを盾で受け止めながらこちらも剣を振るうが、鱗はなかなか刃を通そうとしない。さすが鎧にも使われるだけのことはあるな……ッ。
一方でジジの放つ矢が巧みに鱗の隙間をついてトカゲの体に突き刺さる。
流れるような動作で矢を番え放つと即座にその場を離れ、俺と大トカゲを中心に円を描くように目まぐるしく立ち位置を変える。そのたびにトカゲは煩わしげにジジを探そうと視線をさまよわせるが、そこにすかさず剣を振るえばトカゲも俺に集中せざるを得ない。
「《パライズ》!」
メルの呪文が完成し、大トカゲの体に纏わりついた痺れの光が繰り出そうとしていた突進を阻害する。
だがトカゲの視線は俺から離れない、放しはしない。それにしても、
「いい加減、タフすぎるんだよ!」
叫びながら斬りつけるがこの野郎、ふらつきもしやがらねえ。体に刺さる矢は5本6本とどんどん増えていくのに、まだまだ体力は有り余ってるといわんばかりだ。
その大トカゲが一歩引いて体勢を低くしたのを見て、すわ突進かと俺は衝撃に備えた。
だが。
────ゴオァッ!!
んなぁ!?
俺に迫ってきたのはトカゲの巨大な頭部ではなく、見るからに体に悪そうな色をしたトカゲの吐息だった。
思わず盾で防ごうとするがそんなもので防げるわけもない。
「ぅぐえほっ!? ごほ、ごほ……ッ!!」
「リック!!」
喉が焼ける……!!
ブレイクブレスが、肺に入り込んだ毒の息が体を内側から焼き尽くそうとする。
(しまった、TP技……ッ!!)
完全にヴァナの生き物を侮っていた、PCたちに必殺技が設定されているように、モンスターたちもそれぞれ種族ごとに強力な特殊技を持っていたのだ。なまじ前に邪視を食らわずに済んだことで油断していたのかもしれない。
俺の育てていたキャラのレベルじゃあこのあたりの敵から食らうスリップダメージなんて痛くも痒くもないからと、ほとんど自然に治るまで放置していたのがちょっと申し訳ない気持ちになる。彼らは毒やら病気やら食らうたびにこんな気持ちの悪い思いをしていたのか。
はじめて体験する毒の苦しみに浮かんだ涙で視界がにじむ。
前後左右が分からない。体を内側から犯されるあまりの気色悪さに胃の中のものが逆流してくる。
いたくて、きもちわりい。
膝から力が抜ける、足がすべる。
ぐるりと視界が反転しそうになり。
その端っこに、小さな白い影が見えて、俺は血がにじむほど唇をかみ締めて踏みとどまった。
痛みに体が崩れ落ちそうになるのをどうにかこらえる。倒れこみたいほどの苦痛を抑え込めたのは奇跡というべきか根性というべきか、これが元の世界にいたままの俺の体だったらとっくに撃沈していた。
いや、たとえこの体だったとしても。
俺の後ろにメルが、ジジがいなかったとしたら。
毒に動きの鈍った俺を無視した大トカゲが、魔法を放ったメルに憎々しい視線を向けてそちらに足を踏み出した。
行かせるかよ!!
俺はそのどてっぱらに、半分つんのめるようにして剣を突き出した。体当たりするような攻撃は、避けられることも、後の防御も考えないむちゃくちゃなものだったが、それが功を奏した。
完全に俺から意識を逸らしていた大トカゲはそれに対応できず、幅広の剣は深々とその体を突き破り、俺と大トカゲはもつれるようにして倒れこんだ。
────ギュァアァアアァ……!!
こいつ、それでもまだ暴れてもがきやがる。
「ジジ!!」
俺の声にすばやく駆け寄ったジジが、暴れる大トカゲの頭を踏みつけてぎりぎりと引き絞った弓の弦から手を離した。
ドスン。
重い音がして、トカゲは大きく痙攣してそのまま動かなくなった。
まだ尻尾がびくびくと動いているものの、大トカゲ自身はもう息絶えていた。それを確認して恐る恐る顔を上げる。
うわ、おっかねえ……。
ジジの放った矢はトカゲの眼球を貫き、その頭部を大地に縫い付けていた。これではひとたまりもあるまい……。
「リック、大丈夫?」
「あ、ああ……ぇほ! げほ、ぐっ!」
忘れてた、まだ毒は直ってないんだった。
すぐにメルが駆け寄ってきてポイゾナとケアルを唱えてくれる。あぁ、ぜんぜん楽になった。
「助かった。はじめて食らった、毒ってものすごい怖いんだな」
「むしろはじめての毒であそこまで踏ん張れるんだからすごいよ。こっちこそ守ってくれてありがとうね、リック」
にっこりとメルに微笑まれて俺は、ぶっきらぼうに「おう」とだけ返事をして立ち上がった。
タルタルはほんとにずるい種族だ。なんで男に微笑みかけられて照れなきゃいかんのか。
「そんな体で突進するなんて、なんて無茶なの」
手を差し伸べてくれるジジの顔には呆れの色がありありと浮かんでいる。
「はは……けどこっちこそ助かった。ありがとな」
よっこいせ、と。
立ち上がって見下ろすトカゲの体は、地に横たわっているというのに本当に巨大だ。そしてまだ尻尾が生きてやがる。トカゲの尻尾の生命力の高さが異常なのは地球でもヴァナでも同じか。
「にしてもガイザーリザードが何でこんなところに……もうすぐ北グスタに入るところだっていうのに」
「それは、多分だけど……」
次の異変が起きたのはそのときだった。
剣を引き抜きながらぼやいた俺の言葉に答えようとしたメルの体に、白い光が纏わりついてきたのだ。
これは……魔法の光か!?
「メル、おいメル大丈夫か!?」
「……~~~~ッ!」
メルは喉元を押さえて口をパクパクと動かしている。
まさか息が出来ない? いや、喋れないのか!
(サイレス、呪文封じか!? けど……)
誰に、なんて無意味な疑問だ。呪文をかけた奴なんてわかりきっている、そいつらは……。
「武器、捨テロ。荷物置く」
俺たちの後ろから姿を現した。
やっと本命のお出まし、というわけだ。
(ゴブリン……ッ)
ジジが咄嗟に弓矢を構えようとするが、矢を番えたところで動きを止めざるを得なかった。
ゴブリンのクロスボウが既に俺たちに狙いをつけていたからだ。
全部で3匹いた。
1匹は黒い鉄のマスクに鎧姿で手には斧を持っている。あとの2匹は革のマスクをかぶり、背中には大量に荷物を詰め込んだかばんを背負っていた。
鉄マスクのゴブリンが先頭に立ち、革マスクの2匹はその後ろに。1匹はクロスボウを構え、魔法を唱えたと思しきもう1匹は切れ味の悪そうなナイフを握っている。
全く、すっかり油断していたとしか言いようがない。
敵の気配を読むことに長けた狩人がいるからと俺は安心しきっていた。だがそのご自慢の鼻が、利きすぎるが故にこの土地にしみこんだ独特のにおいで狂わされているとは。
そうでなかったら、あるいは俺がもう少し警戒していれば話は違ったかもしれないのに。
きゅっ、と服の裾を掴まれる。ジジが弱々しい顔で俺の後ろに隠れている。仕方がない、狩人の防御力は紙同然だ。むしろ果敢にも俺の隣に立ってゴブリンを睨みつけてるメルがちょっとおかしい。かくいう俺の装甲も今はジジ以下なのだが。
逃げるにも後ろは岩で塞がれている。通れないことはないだろうが乗り越える隙に後ろから襲われるだろう。メルの静寂が解けない限り魔法も使えない……いやダメだ、魔法を使えるようになったとしてもメルは白魔道士、決定的に状況を覆すような魔法はないし、エスケプの魔法は使えない。
どうする?
考えろ、どうにか切り抜ける方法はないか。
このまま戦闘を仕掛けるのはかなり分の悪い賭けだ。まずメルの呪文が封じられているのが痛手だし、俺もさっきの大トカゲとの戦闘の疲れがまだ抜けていない。多分ガイザーリザードを連れてきたのはこいつらだ。俺たちを消耗させて、あわよくば倒されてくれればいいという魂胆だったのだろう。
ではいっそのこと大人しく従ったほうが、と囁く声がするがそれをかき消す。もし殺して荷物を奪うつもりならとっくにそうしているだろうから交渉の余地はあるかもしれないが、あいにくたいした手持ちはない。向こうが気に食わなければアウトだ。
「リック……」
ジジのか細い声が聞こえる。ちらっと見るとどうするの? と目で問いかけられている。
何だって俺に聞くんだ、メルのほうが先輩だろうに……いやまあ、今メルは口が聞けないから仕方ないのかもしれないけど。と思ったらメルもやっぱり俺を見ていた。
おおい、俺に状況の判断を一任するってか、ちと荷が重いぞ。っていうかなんかこの間からこんなシチュエーションばっかりだな。
ただ……。
実は単に2人にのせられてるのかもしれないぞ、俺。毒だのなんだので疲れてるって言うのに。
そんな目で見られるとムクムクと負けん気が沸いてくるのだ。こんなゴブリンどもに好きにさせるようで、俺は2人の仲間でいられるか? と。
手は、ないではない。
問題は今まで全く試していないからぶっつけで出来るのかどうかというのと、上手いことタイミングを合わせられるかということ……。
「捨テル、早く。捨てないの、撃つゾ!!」
ゴブリンたちも段々業を煮やし始めている。
仕方ない。物は試しだ。
失敗したら……そのときはそのときだ。
「ジジ、弓は捨てるなよ」
「え…………えぇ」
相手に悟られないようにそっと声をかけ、メルに俺の後ろに下がるように合図する。
剣をゴブリンたちの前に投げ捨てる。下手な動きは出来ない、クロスボウを構えたゴブリンが常に狙いをつけている。だが逆に言えば、今俺たちを牽制しているのはそいつだけだ。斧もナイフも、すぐには届かない。
それからゆっくりとかばんを下ろす……振りをして、何気ない仕草で口元を隠す。
詠唱は、ほんの一瞬。その使い方は体が覚えていた。
皮膚の下で、肉の中で、骨よりももっと深い部分にたゆたう魔力を意識的に動かしていく。氣のように溜め込むことはしない、体内を循環させ全身にいきわたらせるように流動させる。
その流れに元素が、精霊が反応するのを今まで持っていなかったはずの感覚が捉える。
忘れずに、心の中で付け加えた。
(女神アルタナよ、その恩寵に深く感謝いたします……俺はアンタの愛した人の欠片じゃあないかもしれないけれど)
右手を、クロスボウを構えたゴブリンに向かって突き出した。
「《フラッシュ》!!」
「!?」
突如として炸裂した目を焼きつぶすかのような光にゴブリンは泡を食ってクロスボウの引き金を引くも、ボルトは明後日の方向に飛んでいった。
俺はそれを見届けることなく、甲冑のゴブリンに向かってかばんを投げつける。
2匹の視界を塞いだその一瞬を見逃すわけにはいかない。フラッシュの魔法もかばんも、相手の目を奪えるのは一瞬だけだ。
低い姿勢で駆け出し……取った!
指先が投げた剣の柄に触れ、逃さずそれを握った。
「ギィッ!?」
頭の上で風を切り裂く音がして、ナイフのゴブリンが悲鳴を上げた。動き出していた元素が霧散していく。
それを意識の端で確認しながら俺は、剣を甲冑ゴブリンに向かって…………。
「形勢逆転だ! これ以上痛い目見たくなかったら大人しく消えろ!」
その喉元に突きつけた。
「ぐ、グゥ……」
悔しげな唸り声が聞こえる。
後ろではジジが弓を構えているはずだ。下手な動きをすればすぐに射抜くぞ、と睨みを利かせながら。
「引き下がらないなら女神の威光がお前たちを焼き尽くすぞ!」
「………………ッ」
それでもゴブリンはなかなか引き下がろうとしない。
振り上げないまでもその斧を手放そうとはしないし、まだ隙をうかがっているような様子さえ見せる。
こいつ……強情な奴……。
ガイザーリザードまでけしかけた手前引き下がれないのも分かるが、出来ればさっさとお暇して欲しい。でないと……。
「……っくぁ!」
後ろでメルの声が聞こえた。静寂が解けたのだろう。
だが奇妙なことにそのまま間髪いれずにメルは呪文を唱え始めたのだ。
「《バニシュ》!」
なんだ? と思っている間に、メルの放った光がゴブリンたちの後方の岩陰に走り、炸裂した。
悲鳴が聞こえた。
その向こうから姿を現したのは、クロスボウを持ったもう一匹のゴブリンだった。
あー……。
そういや昨日の話ではゴブリンは4匹いるって言ってたっけか……。いかん、完全に頭から抜け落ちていた。
と、とにかく。
「これで伏兵も使い切っただろ。さあ、どうする」
にらみ合いが続く。
甲冑ゴブリンはまだ諦める気配を見せない。斧を握る手に力がこもるのが分かる。やるつもりか……?
「デリクノクス、もう無理だ、やめヨウ。諦めヨウ」
ところがその均衡を破ったのは、なんとも意外な相手だった。
なんと甲冑ゴブリンを説得しようとしだしたのは、ナイフを持っていた革マスクのゴブリンだった。肩に刺さった矢はジジの射掛けたものだろう。
まさかゴブリンがゴブリンを説得するとは……。
それを聞いた甲冑ゴブリンはというと、今まで俺たちに対する敵意しか見せなかったのが今の革マスクの言葉に一瞬凍りつくと、ぷるぷると震えだした。
あー……これ怒ってるな。かなりぷっつん来てるのがわかるわ。
「ウルサイ! 黙れ、弱虫ダーダニクス!」
案の定甲冑ゴブリンは革マスクに向かって怒鳴り始めた。もう俺たちがいるのもお構いなしだ。
そっからはもうゴブリン語らしき言葉でまくし立て始めたので何を言っているのか分からないが、まあなんか、馬鹿とか、臆病者とか、そんなことを言い募っているのだろう。
クロスボウを持っていた2匹のゴブリンもあきれた様子でどこかに立ち去ってしまった。おおい、お前ら仲間じゃなかったのか。
「どうすんだこれ……」
「なんか妙なことになっちゃったね」
「あたしゴブリンが喧嘩してるのなんて初めて見たわ……」
すっかり毒気を抜かれた俺たちも全く目に入っていない様子で、甲冑ゴブリンは革マスクのゴブリンの襟首を引っつかんで責め立てている。なんというか力関係が明白と言うか。
しかしまー、なんつーか。
……まあ皆までは言わないでおこう。
やがて言うだけ言って満足したのか、甲冑ゴブリンはようやく2匹の仲間がいなくなってることに気づいたらしい。そろそろ放してやれよ、なんかもう涙目になってるぞそいつ。
「~~~~~ッ!!」
「いってぇ!?」
「ギャンッ!?」
で、あん畜生、八つ当たり気味に俺と革マスクに蹴りを入れて走って逃げ出していった。革マスクのほうも転がるようにそのあとを追っていく。
しばらくしてその姿が見えなくなって、俺たち3人はふかーくため息をついた。
なんか変なことになってはいたが、ともかくゴブリンたちを撃退できたことで一気に疲労が押し寄せてきた。いや、疲れたのは別の理由かもしれないけど。
けど……。
なんとなしに手のひらに目を落とす。
やっぱり使えちまったな、魔法。
本当は最初から、というよりモグハウスで剣を振ったときから気づいていた。強力な魔法の知識が、使い方の記憶が体に刻まれていることを。
それでも使わなかったのは……怖かったからなのだろう。
魔法を使えてしまうそのことが、まるで俺が根っからこの世界の人間になってしまうことのような気がして。
今までの、現代日本で平穏に暮らしていた俺が壊れてしまいそうな気がして。
情けないと言わば言え。こんな異常な事態になっても俺はまだ"普通の自分"にしがみついていたかったのだ。
けど、3人揃って窮地に立ったとき、俺は自然とその選択肢を選んでいた。
理由はひとつしかない。
それは半分は言い訳なのかもしれないけれど。ただ、踏ん切りをつけるタイミングを待っていただけなのかもしれないけれど。
「それにしてもあんた! 魔法が使えるならなんてそうと言わないのよ!!」
人が感傷に浸っているというのに、襲ってきたのはジジの怒鳴り声だった。もう少し自分のうちにこもらせて欲しかったのだが。
ジジは俺の肩を小突きながら小言を垂れるように捲くし立てる。
「知ってるわよ。さっきの魔法、修行を積んだナイトが体得できるものだわ。あんた、サンドリアの騎士だったの?」
「ボクも聞きたいね。どうして今まで黙ってたのさ。それにさっき女神の威光が、って言ってたけど、もしかしてホーリーの魔法まで使えるのかい?」
「悪ぃ。ちと色々あってさ、魔法が使えるかどうか不安だったんだ。それとサンドリア騎士じゃあないし、ホーリーはハッタリだ」
使える知識として刷り込まれていたのはもうちょい低いレベルの魔法までだ。
それがこの世界でどれほどの実力に匹敵するかは分からないが……少なくともどんな雑魚が相手でも気を抜けば死ぬということだけは確かだ。ここはゲームの世界じゃないのだから。
「で、何で話してくれなかったんだい? 仲間の実力を正確に把握しておくのも大事なんだけれど」
「同感ね、人にばかり自分のことを話させておいて。てっきりあんたはただの戦士だと思っていたわ」
「う、わ、悪かったって。歩きながら話すからさ、とにかく行こうぜ。もう目的地は目の前だろ」
2人をなだめながら岩でふさがった道を乗り越える。
俺の後ろには仲間がいる。
メルたちを護るために、魔法を使わない理由はなかった。
仲間を護りたくて護るんじゃない、護ってしまうものがナイト……だったっけか?
笑い半分で聞いていた言葉が真実味を持って迫ってくる。いやあれは改変だったかもしれないけど。
ともかく俺はナイトだからな。
8割がた思考を投げ出したようなものだったが、今の俺にはそれで十分だった。魔法を使えるその意味を深く考えないでいいその言葉で。
さーて、2人にどう説明したものだかなあ……。
谷間を抜けて川をさかのぼり、臥竜の滝の滝つぼにたどり着くまでそう時間はかからなかった。
この滝を訪れたのはこれで二度目になるわけだが、その威容は前回と変わることなく、むしろ間近で見るだけ圧倒されんばかりの迫力をそなえていた。
水しぶきがひんやりと空気を冷やし、これほどまでに轟音を浴びているにもかかわらずいっそ静謐な雰囲気さえ帯びているように感じられる。切り立った崖の上から差し込む日光がきらきらと乱反射し、小さな虹が浮かんでいる。
乾いて、枯れて、荒んだグスタベルグの大地にあって、ここだけはこんなにも色鮮やかだ。
ジジもメルも、そして俺も、目の前にそびえる自然の持つ圧倒的なまでの力強さに、ただただ呆然と眺めることしか出来なかった。
すごいね、と誰かが呟いた。
すごいな、と俺は答えた。
その滝の裏側にぽっかりと口をあけた小さな洞窟の奥に、俺たちの目指すグィンハム・アイアンハートの足跡はあった。
古びた石碑は土ぼこりに汚れ、しかし不思議と文字がかすれるようなこともなく泰然とした姿でたたずんでいる。
刻まれている言葉を挙げ連ねることはしない。もしも気になるというのなら、是非自分の足で確かめて欲しいと思う。
ただそれはもう飽きるほど読み返した言葉であったというのに、何故か生まれてはじめてそれを目にしたかのような鮮烈な衝撃を俺の心に植えつけた。
そっと指で石碑に触れたとき、俺は壮年の冒険者が高い丘の上に立って眼下に広がる世界を、いやそのもっと向こうに待ち受ける広い世界を挑むかのように見据える姿を幻視した。
「君は本当に不思議だね、リック。何もかもを知っているような口ぶりなのに、見るもの全てが目に新しいという。やっぱり君といると、今までにない冒険に出会えそうだ」
メルの言葉がいやに印象に残っている。
頬ひと筋の涙が伝っていた。
後日バストゥークに帰った俺のもとに、冒険者登録が受理されたという知らせが届いた。
さしずめ最初の称号は『物知りリッケルト』かな、と言ってメルとジジは笑っていた。
後の世。
クリスタル戦争終結後より始まったとされる新世紀を、冒険の時代と人々は呼んだ。
この頃世界を動かしていたのは、あらゆる国家、種族、組織、思想に囚われることのない、時が時であれば無頼漢とすら呼ばれたであろう冒険者たちだったからだ。
彼らが何を求めてその道を選んだのかを一概に語ることは出来ない。
ただ1つ共通していたのは、みな一様にまだ見ぬ何かを求めていたということだ。そのために彼らは全ての垣根を越えて、世界を駆け回った。
同時に、この時期は英雄の時代でもある。
数知れぬ混乱が、災厄が、大いなる謎が世界に降りかかり、多くの冒険者たちがそれに挑んだ。あるものは多大な功績を残し、あるものは儚くも散っていった。
冒険者リッケルトもまた、この時代を語る際に人々の口に上る数多の英雄の一人である。
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クロスのことについて触れたとたん超反応が返ってきて噴いた。
予想以上に残して欲しい、という意見が多かったため一考。とりあえずの結論としまして、ヴァナ編を本編としハルケギニア編は番外編として残すことにします。
本編中でのクロス要素は感想の中で頂いた「キャラだけ登場する」を採用しようと思います。っていうかそれで逃がしてください。
さて、あとミッションについて。
触れないかなーと思っていたのですがかなりのネタばれ含みます、いまさらですが。
「ミッションなぞるのはやめて欲しい」とコメントを下さった方には申し訳ないのですが、多分大々的に絡むことになるかと。どれとは言いませんが。
ただそのままゲームのイベントをなぞるのはぶっちゃけ私も面倒なのでやらないと思いますが……。出来るだけオリジナルに話を進めたいと思います……ってかだいぶ先の話なのでそもそもそこまで連載続くかどうk(ry。
>ルビタグの使い方が間違ってる。
え、マジすか。私のほうだと普通に表示されてるんだけどな……。
今回指摘していただいたとおりのタグにしてみましたが、直ってます?
あと04を修正しました。
モグハウスの設定をFF11従来のものに近づけました。なんか他国から荷物引き出せないって設定特に意味ないよな、と気づいたので……。
明日ちょっとおまけを書く予定。ゴブリンって可愛いよね。