ある日、俺は死んだ。
死因は交通事故。
その日は、前日に夜更かしをした覚えもないのに歩きながら意識を失うという離れ業をなしとげた俺は、登校途中に赤信号で車道に飛び出しトラックに撥ねられて死んだ。
しかも、狙ったようにブレーキが間に合わないタイミングで飛び出すという、実に作為的な臭いのする死に方をして魂だけの存在となった俺の前に、『神』を名乗る三つ首の竜が現れて言った。
「細かい説明は省くが、お前をドラクエ4の世界に転生させてやろう」
「いや、省くなよ。意味が分からん」
「むぅ、面倒な奴め」
「たった今、死んだばかりの人間にする説明を面倒臭がるな!」
思わず叫んだ俺だが、後から考えるとよく得体の知れないバケモノ相手にそんな態度を取れたものだと自分に感心する。多分、パニクってたんだろう。もう一度、同じ態度で話せとか言われたら無理と答えること間違いなしだし。
ともあれ、『神』の言うところによると、多くの人の想いが空想を具現化させ空想上の生物や器物を創り出すことは珍しいことではなく、同じように世界が生み出されることもあるという。
つまりは、『神』の言うドラクエ4の世界も、多くの人間に知られているために同じように人の想いから生み出された世界であり、そこの管理者であるそいつが気紛れを起こして、たまたま見かけた俺をそこに転生させる気になったらしい。
「気紛れって、そんないい加減なことでいいのか?」
「どうせ、人の妄想でできたいい加減な世界だ。人助けに使って悪い理由はない」
「人助けなのか?」
「死んだ人間に、第二の人生をプレゼントしてやろうというのだから人助けで間違いはないだろう」
そうかもしれない。けど……、
「転生した後で、即死ぬ可能性もあるんじゃないか?」
「その辺りは、お主の希望を叶える方向でフォローしよう」
「フォローと言うと?」
「勇者に転生して魔王を退治するのも、勇者の双子の兄に転生して一緒に旅に出るのも、ゲームには登場しなかったオリジナルなキャラになって勇者の手助けをするとかも思いのままだぞ」
「マジで?」
「ああ。なんなら、ゲームにはない特殊な能力も与えてやろう」
「至れり尽くせりだな。そこまでしてもらえるなら転生もいいかな」
なんて答えた俺は、望む希望を口にしてドラクエ4の世界に転生させて貰うことにした。
ただし、勇者やその仲間のポジションではなく、敵であるデスピサロとしてだったが。
勇者として魔王を倒す英雄になるというのも魅力的ではあるが、考えてみればドラクエ4の勇者は旅立つ時には住んでいた村の人間を皆殺しにされて、デスピサロを倒した後も特に何らかの報酬を貰ったという記憶はない。
ひょっとしたら、覚えていないだけで何かの報酬があったのかもしれないが、そんなもしかしてに賭けて命がけの旅をするなんて割に合わない。
勇者なんか、マスタードラゴンに弄ばれる道化だったような記憶もあるしな。
だから、逆にラスボスになって世界を支配する選択を俺はした。
どうせ、人の妄想から生まれたような世界なら、そこの住人を踏みにじっても罪悪感を覚えなければならない理由はないのだから。
ラスボスの役目は勇者に倒されることだが、ドラクエ4の知識を持っている俺ならゲームでは失敗している旅立つ前の勇者を倒すことも、それが失敗したとしても後のイベントを潰して回ることも可能なはずだ。付け加えると、『神』に貰った能力を持つ俺は、進化の秘法を使うまでもなく勇者を打倒する力があるしな。
◆
そんなわけで、デスピサロに転生した俺はデフォルトで持っている魔王の力と、『神』に貰った能力でモンスターたちをねじ伏せ忠誠を誓わせ軍団を作り、進化の秘法を手に入れて最強になれと煩かったエビルプリーストは追放して、次に勇者を倒すことにした。
ただ、ここで問題が起こった。
「で? その勇者はどこにおるんじゃ?」
ちゃぶ台を挟んだ向こう側で、座布団の上に胡坐をかいてトンカツを食っているオッサンが、ご飯をボロボロとこぼしながら言う。
身長は150センチくらいだろうか。猿のような言動で周囲を混乱させるだけしか能のない、スライムよりも弱い小男。
このオッサンが、魔王デスピサロの父親だと言われて誰が信じるだろうか? 少なくとも俺は信じたくなかった。
しかし、魔王と言えど木の股から生まれたはずもなく、両親がいるのは当然のことであるのだから父親の存在を否定してもしょうがないのだが、これは酷い。
きっと、俺の生まれついての容姿と戦闘力は母親から受け継いだに違いない。
俺が物心ついた頃には、父に愛想をつかして実家に帰ったとのことなので、どんな魔族(なのか知らないわけだが。
そもそも、この父のどこが良くて結婚する気になったのかの方が謎だ。
それは置いといて、俺は勇者がどこかの村に隠れ住んでいることは知っていても、それが具体的にどこだったかを覚えていなかった。
まあ、幼少の頃に一度クリアしたことがあるだけのゲームを何年も細かいところまで覚えているほうがおかしいし、まったく手がかりがないわけでもない。
「まあ、モンスターたちに探させてますし、そのうち見つかるでしょう」
ゲームだと手がかりなしに勇者を探し当てられたのだ。いい加減な記憶でも、手がかりがある以上ゲームより数年は早く見つけられるに違いない。
配下のモンスターに命じて捜索をさせてから十年以上の年月が経っているが、まだ慌てるような時間じゃない。
今にして思えば、捜索を始めた頃にはまだ勇者は生まれてなかったんじゃね? と思ったり、ここにはいないだろうけど念のためにと、ついでにライアンも倒しておこうかなという考えでバトランドに送った『おおめだま』なんかとは比較にならない強力なモンスターが結局倒されたと聞いて薮蛇だったかなと思ったりしたが、それもこれも勇者を倒せばチャラだ。
そういうわけで、くつろぎ味噌汁をズズッと飲む俺である。
なんでドラクエの世界に味噌汁があるのかは謎だが、『神』の言葉を信じるなら人の妄想で作られたいい加減な世界なんだそうだし、そのくらいは許容範囲だろう。
「ふむぅ。しかし、その勇者を倒さねば世界征服ができんのじゃろ?」
「そうですねえ」
自分の口の中からする、たくあんを噛むポリポリという音を聞きながら考える。
勇者の旅立ちは故郷の村が滅んだことが原因であり、実は放置していても問題ない気もする。
まあ、勇者なんだから何もなくても旅立つだろうけど。
「なら、さっさと勇者を倒して世界征服をして、ナオンとワシだけが住むことを許された神聖なる王国を建国するのじゃ!」
「はいはい。わかりましたから、早くトンカツ食べて寝てください」
この父は、生きていても何の役にも立たない男だが、逆に何をやらかそうと特に害にはならない無能であるので、その言動は常に聞き流される。
もちろん俺も聞き流す。
さて、夕食も食べたし風呂に入って寝るかな。
そんなことを思い立ち上がった時、四畳半の父子の憩いの部屋に配下のモンスターが入ってきた。
なんだ?
「デスピサロ様! 勇者の居場所が判明しました!!」
「なに!? よし、今日はもう遅いから、明日の昼から軍団を率いて攻めるぞ」
「はっ! しかし、なぜ昼からなのですか?」
「低血圧で、朝から起きるのが辛い」
「そうですか……」
◆
「さーて、ここが勇者の住む村だな」
魔王の宿敵たる勇者を探し求めてやってきた俺は、自分の野望(と平穏(を求める、ごく一般的な魔族。
強いて違うところをあげるとすれば、現役の魔王ってとこかナー。名前はデスピサロ。
そんなわけで、現在は勇者の隠れ住む村を前にモンスターの軍団を連れてきているのだ。
父も途中まで一緒に来てたが、途中の町でナンパしてくると言って軍団を離れて、その直後に野犬の群れに襲われて死んだので城に帰した。
今頃、ザオリクをかけてもらっているだろう。
関係ないが、俺の人生にロザリーという名前のエルフとの出会いはない。
考えてみれば、生まれたときから目標が決まっていて、それに向けて寄り道なしで邁進してきたんだからモンスターとは扱われていないエルフとの出会いがあるはずもないわけだが、なんと彩りのない人生であることか。
いいけどな。
「これより、勇者のいる村を殲滅する。猫の子一匹逃すなよ!」
右手を上げて宣言する。
皆殺しとか心が痛まないでもないが、モシャスで生き残られても困る。
世界を手に入れると決めた俺に、躊躇いはない。
「突撃!」
俺の掛け声と共に、この日のために選りすぐったモンスターの軍団が村に突き進み、無力な村人たちを蹂躙する。
「バギクロス!」
「マヒャド!」
「ベギラゴン!」
「メラゾーマ!」
「イオナズン!」
呪文の言葉とともに、吹き飛ばされたり凍らされたり燃やされたりするモンスターたち。
無力な村人……? 蹂躙……?
一応、ラストダンジョンにいるような強力なモンスターたちを連れてきたんで呪文の一発や二発で倒されることはないが、意外に強いな村人。
まあ、それも時間の問題だ……。
「ギガデイン!」
強力な雷が俺を中心に周囲の大地を舐め尽くし、モンスターたちを焼き尽くす。
ギャース!! なんだ今のは? 俺じゃなかったら全身大火傷レベルのダメージだぞ。
俺だから軽傷だけど、周りのやつらが吹っ飛んだわ。
「オイ! お前が、このモンスターたちの親玉だな?」
呼びかけられ、そちらを見るとパーマのかかった緑色の髪の少女が、棍棒を構えて俺を睨みつけてきていた。
どう見ても勇者だな。女勇者だったのか。
「なんで、このタイミングで俺の前に立ちふさがってきてるんだ? あと、額にあるダイの大冒険な紋章は何だ?」
「お前が、このモンスターたちの親玉かって聞いてるんだ!」
答えないと、こっちの質問にも答えないつもりか。まあ、いいけどな。
「そうだ。俺が魔族の王デスピサロだ。それで……」
肯定した途端、棍棒を振りかぶる勇者。こっちの質問には答える気なしかよ。
「ギガブレイク!!」
ってオイ! マジ物の竜(の騎士なのかよ。
「フェニックスウィング!」
炎を纏う掌底手が、稲妻を纏う勇者の棍棒を止める。元は対魔法用の防御技だが、魔法剣を防ぐにはちょうどいい。
「カラミティエンド!」
手刀を作った右手が勇者の胸を貫く。
「カイザーフェニックス!」
とどめに炎の魔法が、不死鳥と化して勇者を焼く。
これが、俺が『神』に貰った能力の一つ『天地魔闘の構え』。
正確には、大魔王バーンの使える能力を貰った。のだが、これは能力というより技だから使いこなすには時間がかかった。
そして、これを完全に体得したと自信を持った時から、俺はピサロからデスピサロに改名したのだ。
にしても、勇者が竜の騎士ってのはどういうことだ?
そういえば、俺に大魔王バーンの能力を使えるようにすることで、世界がそれを許容するように変質すると『神』は言っていたが、その結果がこれなのか?
まあ、勝てたんだから良しとするかな。
「って、ええ!?」
倒れた勇者を見下ろしたら、女勇者がもう一人いて膝を折り、倒れているほうの勇者の手を握っていた。
「大丈夫か、モコモコ!?」
「ああ……、アベルか……。俺は……、もうダメみたいだ……。だから……、ティアラのことは……任せたぜ」
「モコモコォォォー!!」
いや、ティアラって誰だよ。
そんな事を思いつつ見ていると、倒れている方の勇者の額にあった紋章が消えて、それが移動したかのように、しゃがんでいるほうの勇者の右腕に宿る。
なにそれ怖い。
「うおおぉぉー。モコモコの仇だー!! ギガブレイク!」
立ち上がり、こっちは棍棒ではない勇者の稲妻を纏った剣が振り下ろされる。
「フェニックスウィング!」
受け止めた俺の掌底手を剣が切り裂く。
大魔王バーンそのものではない俺では、『天地魔闘の構え』が使えても紋章二つ分のギガブレイクを完全に受け止めることは無理だったらしい。
だが、完全には無理だったというだけで、片腕を犠牲にして攻撃は止まった。あとでベホマを使おう。
「カラミティエンド! カイザーフェニックス!」
右の手刀が二人目の勇者の胸を貫き、不死鳥が焼く。
そして、
「大丈夫か、アベル!?」
現れた三人目の勇者が、倒れた二人目の勇者の手を握る。
「ああ……、デイジィか……。俺は……、もうダメみたいだ……。だから……、後のことは……任せたよ」
「アベルゥゥゥーっ!」
二人目の勇者は静かに息を引き取り、その額と右手の紋章が消えて号泣する三人目の勇者の両手に紋章が浮かび上がる。
無限ループって怖くね?
最終章 導かれなかった者 完
「かくして、モシャスで勇者の姿になり、竜の紋章を複数持った村人に魔王は倒され、世界は平和になりましたとさ……。デスピサロが真っ先に死ぬとは思わなかったな」
三つ首の竜の中央の首が困ったものだと呟きを漏らし、それに彼の従者であるはずの天空人たちが恐怖に身を振るわせる。
彼の名はカイザードラゴン。ある日、突然にやってきて天空界の神たるマスタードラゴンを倒し、この世界の神の座を奪い取った怪物。
そして、天空人たちに竜の騎士の紋章という力を与えたのも彼だ。
天空人は、彼を恐れるが敬いはしない。そんな相手に力を与えたのは、その竜の騎士の力を持ってしてでも彼には太刀打ちできないから。
右の首は過去を、左の首は未来を、中央の首は現在の全てを見通し、全能の力を併せ持つ彼に脅威など存在しないから。
それほどの力を持つ彼の正体を、誰も知らない。
そう。地獄の帝王やデスピサロやマスタードラゴンをはるかに凌駕するこの怪物は、マスタードラゴンに戦いを挑んだその日より以前には誰にも存在すら知られていなかったのだ。
もっとも、それは当然であったろう。彼は、そういう存在であることを望んだのだから。
この世界を創った者に、そうであることを望んだ人間。
元々は、デスピサロ、シンシア、ホイミン、アリーナ、スコット、オーリンと名乗る者たちと同じ世界に生きていた、この世界がゲームであると知る、ただそれだけ人間の一人であった者。
それが彼の正体であると、この怪物を知る者の誰が知ろう。
彼が怪物となったのは、ある存在との出会いが理由である。
◆
『そいつ』は、世界を見る存在であった。
それ以外には何も求めない、世界に干渉せず守りも滅ぼしもしない、しかし神の如く力を有した存在。
世界を見るためだけにあるそいつは、今ある世界がいずれは滅びるであろうと予想し、その日を恐れ今ある世界を守るのではなく、予備の世界を創り続ける選択をしていた。
予備の世界は人間の作った創作の物語を基に創られ、しかしそれが理由で幻想の如く儚さを持つ。
その幻想を強固にするための核として、創られた世界の基である創作を知る人間が必要とされており、ゆえに『そいつ』は予備の世界を創る毎に人の魂を抜き取り、そこに送り込んでいた。
そこに、魂を抜かれる人間の同意などなく最初は説明すらなかったのだが、予備の世界の存続には幻想が固定されるまでの長期に渡り核に生存してもらわなくてはならないのに、どれほど強靭な肉体を器として与えても新しい環境に戸惑い適応できずに短い期間で死に至る核が多いと気づいた。
だから、『そいつ』は予備の世界に送り込む魂に、事前に説明をすることにした。
もちろん、そんな世界に送らず元の体に戻してくれなどという願いは無視されるが、その説明を聞いた最初の一人がこう言ったのだ。
好きな能力を持って、好きな世界に送ってくれるのなら耐えられると。
そいつは、すでに作った世界に人の魂を送るという作業をしていたので、好きな世界というのは叶えられなかったが、好きな能力に関しては了承した。
どんな能力で何をしようと、創った世界が壊れなければ『そいつ』にはどうでも良かった。
自分の創った世界の中に限定するなら、たとえ全能の能力を持った器であろうとも用意するのは簡単なことだったのだから。
そして、カイザードラゴンと名乗るようになる彼も、同じ説明を受け全能の能力を貰ったのだが、もう一つの条件を突きつけた。
その条件とは、そいつの真似事。他者の命を奪い、その魂を自分が送られる世界に連れて行ける権利。
そして、そいつはその願いを受け入れた。『そいつ』は、人の命というものを作った世界を安定させるための道具としか見なさなかったから。
もちろん、有限であると知っていたし、あまり多くの人の魂を持ち去れば、こちらの世界の存続が危険にさらされるのだから、人数に制限はかけられた。
他者の魂を連れて行く権利を貰った彼は、別に神を気取りたかったわけではない。
ただ、一人だけで創られた世界に行くのが寂しくて怖い臆病者だっただけの話。全能の能力を求めたのも、そうでもなければ安心できないほどに臆病だったからにすぎない。
だから、魂を抜き取る相手も自分と同年代の少年少女を選び出していた。行った先の世界で仲良くなれるように。
だけど、事実だけを抜き出して言ってしまえば、後にデスピサロ、シンシア、ホイミン、アリーナ、スコット、オーリンとなる少年少女の六人は、彼に殺されてしまうのだ。誰が、自分を殺した者と仲良くなろうと考えるだろう。
最初に殺した相手の魂を前に、その事に気づいてしまった彼は嘘をついた。自身を偽るために口調まで偽った。彼には、自分を殺した『そいつ』のように、真実を伝えられるはずなどなかったのだ。
その時は、適当な嘘に騙されてくれたが、他の人間でも同じような嘘に騙されてくれるとは限らない。
だから他の人間は、かつての『そいつ』がしたのと同じように説明なしに魂を創られた世界に送り込むことにした。
そこまで悩むなら、止めておけばいいものを続けてしまったのが彼の弱さであろう。
自分のような人間でも、受け入れてくれる誰かがいるかもしれないという甘えが彼にそうさせた。
結局のところ、受け入れて欲しいと思いながらも、真実を伝えるどころか転生した彼ら彼女らと直接顔を合わせる勇気すら持てなかったわけだが。
そうして、自分を除いた六つの魂とともに創られた世界にやってきた彼は、まず自分に用意された器に宿り、次に器の持つ全能の力で一人目の魂を彼の望む通りに転生させて、次に他の魂の器を用意することにした。
一方的にではあるが、彼は同郷の魂たちに友情を感じていたので、理不尽な運命に落とされないようにしてあげようとも思っていた。
けれど、デスピサロとなった一人目の魂が願った事を考えると、退屈なだけの人生を与えるのも悪い気がする。
だから、ドラゴンクエストⅣというゲームにおける重要な立ち位置に器を用意し、彼ら、彼女らを守護する駒を用意した。
シンシアには、彼女を守れるよう周りに屈強な村人を集め、勇者には竜の騎士の力まで与えた。
ホイミンには、ライアンに規格外の力を与え、しかしわざわざ危険な旅に出たくないと考えてもいいように、もう一匹のホイミンを用意した。
アリーナには、少しの修行で規格外を超えられる才能と、しかし自分が戦わなくてもいいように、周囲の者たちにも強力な力を与えた。
スコットは、強大な組織という力を持つトルネコの近くに配置した。
オーリンには、本来は裏切り者のはずバルザックを、彼女だけは決して裏切らぬ存在とした。
むろん、用意した駒たちも自身の意思を持つ一個の生命なので、全てが彼の思惑通りに動いたわけではない。
全能の力は持っていても、彼に力を与えた存在が物語を基に創った世界であれば、そちらに流れが偏ってしまうこともある。
そもそも、同郷の魂たちに至っては、その行動は彼の未来を見通す首を持ってしても予測がつかない。
シンシアを守るために配した村人がモシャスで勇者に変身して戦うなど予想外の事態であるし、エドガンやその娘たちがオーリンの命を狙うなどありえないことが起こっていたが、全能では会っても全知には遠い彼にはどうにかできるものではなかった。
ただ、自分が勇者やその周りの村人に与えた力のせいでデスピサロが命を落としたことは、悪かったなと彼は思う。
だから思う。
「次は、ミルドラースにでも転生させてあげようかな」
それは、彼の知る別の物語の魔王。
世界観としては、この世界の基となっている物語の未来の魔王であると聞いたことがあるような気もするが、あくまでドラゴンクエストⅣという物語を基に創られたこの世界がその未来に繋がっているのかどうかは分からない。
というか、繋がっていたとしても自分や他の同郷の者の介入で、繋がらなくなっている可能性が高い。
ならば、自分が用意してやってもいい。
この世界の中に限っては全能の神である彼には、同郷の者たちが死んでも、その魂を保存し次の肉体に転生させることも容易い。
だから、思う。
「その時には、他の彼らも転生させてドラクエ5を再現してみるのもいいかもしれないな」
彼は、同郷の者たちを友だと思っており、しかし負い目から直接顔を合わせることができない以上、自分をゲームマスターと見立てるしか彼らと彼女らと関わる術を知らない。
それは彼ら彼女たちはもちろん、この世界に生きる他の生き物も、正しく自分の意思を持つ生命であることを考えれば、邪神もしくは悪竜と呼ばれるに相応しい行為であるのだが、全能の力を持ったがゆえに孤独となった寂しがりやで臆病な彼は、それにすら気づけないのだった。
最終章 導きし者 完