あたしはアリーナ。おてんば姫として広く知られているサントハイムの王女である。
ここがゲームの世界だという事実を理解したのは、物心ついてすぐにいわゆる前世の記憶を思い出したからで、その結果としてあたしが最初にしたことは寝なおすことであった。
や、だって夢だと思うわよね。常識的に考えて。
現実逃避だけど。
そんなわけで、寝る子は育つ理論ですくすくと成長したあたしは、更に数年経ってから現実を受け入れるしかないと諦観した。
どう考えても妄想が具現化したような夢の世界であっても、何年たっても覚めなければ現実と認めるしかないじゃないの。
たとえ、精神病院の一室でゲームの世界にいるんだと壁に向かってブツブツ言っている自分が想像できてしまっても、夢から覚めないんだから他にどうしようもない。
それはともかく、現実を受け入れたあたしには二つの悩み事がある。
一つは、前世の記憶によればサントハイムがモンスターに占領されたり、あたし自身は導かれし勇者一行としてデスピサロと戦わなくてはならないということ。
冗談じゃないわよね。自慢じゃないけど前世も現世も、あたしは格闘技の類には興味がない。
女の子だもの。なんで、わざわざ自分の体を痛めつけなきゃならないのやら。
とはいえ、それで大丈夫なの? 世界の平穏。と思わなくもないわけで、実に悩ましい。
あたしが導かれし者に加わっても役に立つとは思えないのだけれど。
そして、もう一つはおてんば姫という呼ばれ方。
前世はともかく、アリーナとしてのこれまでの人生で、おてんばだった事実などないのに、そんな呼ばれようをしているのだ。
自分の責任なら納得もできるけど、他の人間のせいなのよね。具体的には約二名のせい。
はぁ。と溜め息を吐いて腰かけたベッドの上からなんとはなしに部屋の壁を見ているとドタドタと騒がしい足音が聞こえてきた。
来たわね元凶。
「姫さまー!!」
「なにをやっているんですか? 待ちくたびれましたぞ!」
城内全体に響き渡る大音声で部屋に入ってきたのは、クリフトとブライ。
ゲームでもおなじみの、あたしのお付きの神官と魔法使いである。
と言っても、二人ともゲームのデザインそのものという姿はしていなくて、前世の記憶が蘇ったばかりの頃のあたしを混乱させてくれた。
なにしろ、二人ともにあたしの記憶にあるゲームのビジュアルとは大きく違っていて、筋骨隆々とした鍛えられた漢の体は魔法を得意としているようには見えないから。
クリフトは身長は二メートルを越え、服の上からでもわかる鍛え上げられた筋肉に覆われた肉体の持ち主で、腕の太さはあたしのウエストほどもあるし、ブライは少し体格に劣るけどそれでも二メートル近い身長はあたしより頭二つ三つ高く、ゆったりとした服から覗く筋肉は鋼のよう。ついでに言うと頭髪は一本もないスキンヘッド。
はっきりいって、二人とも就く職業を間違えたとしか思えない。そもそも、二人が魔法を使っているところを見たことなんてないんだけどね。
「で、待ってたって何を?」
「もちろん、部屋の壁を蹴破って家出をする事をですよ」
「しないわよ。なんで、あたしが家出しなきゃならないのよ」
「何故って」
二人は「なあ」と顔を見合わせる。
「我がサントハイムでは、王位継承権を持つ者は部屋の壁を蹴破って家出をして、旅をして見聞を広めるという風習がですね」
「知らないわよ。そんな風習」
ゲームにも、なかったし。
「しかし、すでに旅支度も整っておりますし」
「着替えに非常食に路銀。武闘家用の胴着や武具も各種取り揃えていますよ。陛下の命令で」
「ねえ。あんたたちは、父親公認の家出ってものに何か疑問を抱かないわけ?」
「特には」
ダメだ、この二人。なんとかしないと。
「はっきり申し上げて、姫様が何故に家出を嫌がっているのかは存じませんが、今のままでは王位を継げないと言うことを理解していただきたい」
「ブライ様の言うとおりです。姫様は、陛下のただ一人のお子でありますが、王家の義務も果たさないでは王位を継ぐことは許されません」
理詰めで来たわね。けど、そのくらいはこちらも考えてないわけじゃないわよ。
「その義務が間違ってるとは思わないわけ? その、たった一人の王女を旅に出して死んだらどうするつもりよ」
「その心配はありません」
「このサントハイムは、代々最強の武術家を輩出してきた武の国。その中でも武神の異名を持つ生ける伝説である国王陛下の一人娘であらせられるアリーナ姫が、そこらのモンスターに後れを取るわけがありません」
「取るわよ。武術の鍛錬なんかやってないんだから。って言うか生ける伝説って何? 初耳なんだけど」
「ブライ様の言うとおり。十を数える年の頃にはドラゴンを倒し、その後は連戦連勝の快進撃。何年か前にホイミスライムを連れてこの国を訪れた巨人のような戦士とは引き分けたものの、それ以外ではいかなる敵も一撃で倒してきた不敗の格闘王である陛下をして、才能では自分を上回ると言わしめた姫様が、エンカウントモンスターごときに負けるはずがないではありませんか」
「その才能は、いつ見出されたのよ。仮にそんな才能があったとしても、何の修行もしてない素人に何ができるって言うのよ」
「それに、何も一人で旅をしろと言うわけではありません。王族の義務といえど、うら若い娘一人で旅をしろというほどに、非常識ではありませんからな」
「もう、充分に非常識でしょ!」
「お供に選ばれた我ら二人も、陛下には遠く及ばないとはいえサントハイムの竜虎と呼ばれた使い手。姫様の足手まといにはなりません」
「あたしの話を聞いてる?」
「納得していただけたところで、この壁を蹴破っていただきましょう」
「会話をしろ!」
怒鳴ってみるが、馬耳東風。実にマイペースな二人は、今か今かとあたしが壁を蹴るのを待っている。
あれ? 考えてみたら、壁を蹴破らなければ家出をしなくていいって事じゃない?
どっちにしても、部屋の壁を蹴りで壊すとかあたしにできるはずないしね。
お父さまもそうだけど、この二人は人の話を聞かないし、あたしももう無視して寝ちゃおうか。
そんなことを考えて、黙り込んでいるあたしになにを思ったのか、二人は急に納得した顔になって目配せしあう。
「なるほど、この程度の壁は自分で破るまでもない。むしろ、ついて行きたければ我々に壊して見せろと言いたいのですな」
言ってないわよ。そんなこと。
「姫様がそういうのであれば、我らも実力を見せねばなりますまい。やれ、クリフト」
「はい!」
二人は勝手に話を進め、クリフトが壁に向かい猛禽の鳴き声のような呼吸音を立てて息を吐く。
「ほあたーっ!」
あたしの目には、クリフトの右足が霞んだようにしか見えなかったけど、その瞬間には足の裏が壁に突き刺さっていてドゴンッと轟音が響く。
壁の足がめり込んだ部分から亀裂が広がり、ガラガラと崩れていく。
怖っ。やっぱり、クリフト絶対に神官じゃないわ。武闘家だわ。
「ふむ。やはりな」
呟くブライが見つめるのはクリフトが割り砕いた壁で、しかしその向こうに見えるはずの外の景色はない。
何故かと言えば、壁の中には分厚そうな鉄板が入っていて、それがクリフトの足の形にへこんでいる。
「壁全体に厚さ30ミリの鉄板が仕込んであります。陛下は、よほど姫様に期待しておられるようですな」
何の期待よ。これはもう、家出なんてあきらめて花嫁修業でもしてろって意思表示じゃないの?
我ながら、説得力のない思いつきだけど。
「クリフトよ。これは、陛下が姫様に課した試練であると同時に、姫様が我らに課した試練でもある。姫様であれば、一撃で打ち抜いたであろう鉄壁、見事砕いて見せよ」
「応っ! あたぁっ!!」
鉄板から抜かれた右足が鞭のようにしなり、即座に強烈な一撃となり壁を蹴る。その足が何十本にも見えるような連撃が鉄壁を襲う。
足の形に陥没していく鉄壁は、しかし砕けない。
そもそも、硬度で宝石類に劣る鉄器が人の最強の武器であり続けたのは、曲がれど砕けぬ粘りゆえ。
岩をも砕く蹴りは、鉄を変形させても蹴り破ること叶わず。
それでも、クリフトの足は止まらない。その心が折れることなどないのだと言わんばかりに。
というか、ガンガンとうるさい。
文句を言おうにも、この轟音の中じゃ聞こえないんだろうけど。聞こえても無視されるけど。
鉄壁は砕けない。けれど、蹴りは鉄壁を陥没させ同時に震動させ、それにより固定のためのネジを緩ませていく。
そして、
「あーったたたたたたたたたたたたたたたたたたたたっ、ほあたぁっ!!」
ついに、固定用のネジの外れた鉄板がクリフトの蹴りで吹き飛んだ。
「ふーっ」
「うむ、見事じゃ。これなら姫様も満足してくださるじゃろう」
しないわよ。人の部屋に大きな穴を空けてくれて、雨が降ったらどうしてくれるのよ。
そんな文句を言う暇ものなく、ブライがあたしの右手を引っ張る。
「では、行きますぞ」
「ちょっ……」
「壁の破壊は、兵を呼ぶ合図にもなっています。急ぎましょう」
今度はクリフトが左手を掴んで、二人であたしを壁に空いた穴から外に連れ出そうとする。
「兵って、なんのことよ?」
「何と言われましても、旅は王家の義務ですが自分の身も守れないでは問題があるということで、最低限、部屋の壁を蹴り破る力と兵たちから離脱する能力が必要ということで科せられた試練ですが、存じませんでしたか」
「存じないわよ!」
「おかしいですね。姫様は陛下以上の武の才の持ち主ということで、城の皆も今日の日のために早朝から鍛錬を積んでいたのですが、気づきませんでしたか?」
ああ、あの鶏も鳴かないうちから大騒ぎしてたのはそういうことだったのね。
「大方、遅くまで寝こけていて兵士たちの姿を見てないんじゃろう。まったく、才能に恵まれているからといってそれに胡坐をかいていては、いずれ思わぬ不覚を取ることになりますぞ」
うん。前半はあたしの不覚だけど、才能に胡坐をかいてるとか言われるのは不本意。
そもそも、武術とか興味ないし痛いのも怖いのも嫌だから才能とか意味ないもん。
なのに、なんでそうあたしをお父さま譲りの武術の達人扱いするのよ。おかげで身に覚えもないのに、おてんば姫呼ばわりじゃない。
「それに、この話は陛下から聞かされているはずでは?」
「うむ。ここ最近はエンドールで武術大会が開催されることもあって、いつ家出するのかという話と共に毎日聞かされていましたぞ」
じろりと睨んでくるブライから目を逸らす。
ごめんなさい。お父さまの話は、いつも右から左に聞き流してたわ。
「って、武術大会!?」
「おっと、そうでした。今日を逃しては間に合わなくなりますし急いで脱出しましょう」
なに? ひょっとして、強引に連れ出そうとしているのは武術大会に間に合わせるため?
その大会って、ひょっとしなくてもデスピサロが出場してくるやつよね。対戦相手を殺したとか、それ以前にゲームのラスボスだとか、そんな物騒な相手の出る大会に出たくないわ。ゲームの通りなら決勝戦まで対戦することはないし、あたしじゃ一回戦で負けるだろうけど。
でも、やっぱり行きたくないなぁ。と思ってるのにグイグイ引っ張ってくれる二人。
うん。この二人に抵抗できるだけの腕力なんてあたしにはないわ。
嫌だって言っても聞かないし。というか、この二人は自分たちよりあたしの方が強いと思い込んでるから、本気で嫌がってたら力尽くでどうにかできると思ってるのよね。
でも、まったく鍛えてないあたしには、どうしようもないのであった。これって、誘拐じゃないのかなぁ。
◇
サントハイムを脱出して数日。
色んなことがあったわ。
テンペっていう村に行ったら、その近くに住み着いて生け贄を要求したせいで、そこに住むモヒカン頭の屈強な若者たちに退治されたってモンスターの話を聞いたり、あたしの名前を騙って豪遊しようとした三人組が、腕自慢の村の若者たちに手合わせを申し込まれて一方的にやられて偽者だとバレたり、その村人があたしたちにも勝負を申し込んできて、それをクリフトが一人で叩きのめして本物だと認められたりね。
ちなみに、鍛えに鍛え上げられた村人たちは十人近くいたのに、クリフトが一人で倒したわ。一度に相手してね。もちろん、魔法もなしで。
もっとも、今更クリフトが魔法を使ったらそっちの方が驚くわね。ゲームでクリフトが覚えた攻撃魔法はザキとかザラキだったはずだから村人相手に使われても困るけど。
「どうかしましたか姫さま?」
行きたくないけど、もうエンドールが見えてきそうなところまで来てしまってる徒歩の旅の途中のあたしにブライが尋ねてきて、クリフトも物問いたげな顔で見つめてくるけど、何と答えたものかしら。
帰りたいとかの言葉は通じないし、この二人を振り切って逃げるのも無理そう。
そもそも、ここまで来て一人で帰るのも無理だもん。モンスターとか普通に出るから。
そうだ。前々から、気になってることを聞いてみよう。
「ねえ、ブライとクリフトって、魔法使いと神官なのよね?」
「その通りですが?」
何を今更という顔をするけど、そんなことはあたしの知ったことじゃない。
「でも、普通は魔法使いや神官は魔法を使うものじゃないの?」
「そうですね。それが何か?」
うわっ、皮肉も通じない。
「そうじゃなくて、あたし二人が魔法を使ってるのを見たことないんだけど」
「そうでしたか?」
「うん」
「ならば、次にモンスターが現れたら魔法で倒して見せましょう」
えーと、別にモンスターが現れなくても魔法は使えるんじゃないかな。ルーラとか、ルーラとか、ルーラとか。
「噂をすれば影。モンスターが現れましたよ」
「うむ。では、まずはワシの魔法を披露いたしましょう」
そんな会話の直後に、草を踏みしめ、オレンジ色をしたタマネギみたいな形のモンスターが三体、シャベルを持った二足歩行する耳のないネズミみたいなモンスターが二体と半開きの口から長い舌をだらんと伸ばした猿に似たモンスターが現れる。
現れる前に気づくんだから、とんでもないわよね。この二人。
現れたモンスターの名前は『スライムベス』と『いたずらもぐら』と『つちわらし』。ゲームをやってた時はなんとも思わなかったけど、こんな緊張感のない見た目と名前なのに普通に人を襲うんだからシュールだわ。
「行きますぞ!」
宣言と共に、前に出した両手を開いた獣の口に、両手の指を牙に模したような構えを取る。
「ぬうぅん。見よ、我が泰山天狼拳の奥義が一つ天狼凍牙拳!」
常人では捕らえられない速度の突きが二体の『いたずらもぐら』を襲い、瞬時に両方の首の肉を削ぎ落とす。その速さは流血の間も与えず凍気すら感じさせるのか、『いたずらもぐら』は、それぞれ「さぶい」「つべたい」の断末魔の声を上げて倒れる。
「見ましたかな。我が魔法ヒャド」
違うよ。それ、絶対ヒャドじゃないよ! て言うか、泰山天狼拳って言ったじゃないの。それ絶対、魔法じゃなくて拳法でしょ。
「では、次は私の出番ですね」
次にクリフトが前に出たけど、もう期待しないわよ。
「行きますよ。南斗紅鶴拳奥義、伝衝烈波(!」
鋭く空を切った手刀から生まれた衝撃波が、『スライムベス』を真っ二つに分断する。
うん、やっぱり魔法じゃなかった。あと、バギは僧侶が覚える魔法だけどクリフトは使えなかったはずよね。
「伝衝烈波! 伝衝烈波!」
更に、残りの『スライムベス』を倒したクリフトに、残った『つちわらし』が襲い掛かる。
「マヌーサ」
『つちわらし』の攻撃が、クリフトをすり抜ける。
と見えた直後には、クリフトの姿は七つの残像を生む高速移動を果たし、それは『つちわらし』を中心に柄杓を思わせる軌道を描く。
それをマヌーサと言い張る気なのね。今度は。
そして、クリフトの手が霞み、次の瞬間には右手の上にドクンッドクンッと鼓動する心臓が乗せられている。それは、多分『つちわらし』の臓器なんだろうけど、見ても『つちわらし』の体に傷口らしきものは見えない。
「ザキ!」
クリフトが手の平の上の心臓を握り潰し、『つちわらし』が絶命して倒れる。
「どうですか、我々の魔法は?」
「み、ミキストリ……。じゃなくて、えーと、マジックポイントを消費しなさそうな魔法ね」
「言葉の意味はわかりませんが、賞賛をありがとうございます!」
褒めたことになるのかな?
もう、なんでもいいわ。エンドールが見えてきちゃったし。
◆
エンドールで開催されている武術大会に出場するために家出したというか力尽くで連れ出されたあたしだけど、現代日本人なら徒歩で旅をするなんて正気の沙汰ではないほどに遠く離れた土地であったために、その詳しい情報はサントハイムまで届いてなかった。
なにが言いたいかというと、この大会の優勝者はここのお姫様との結婚できることになってて、それはゲームのことを記憶しているあたしには今更な情報だったんだけど、サントハイムにいるお父さまやクリフトとブライは知らなかったのよね。
で、その話を聞いた二人はうろたえた。
「どうしましょう? 世継ぎの姫であるアリーナ姫を、婿にやるわけには行きませんよ」
「落ち着かんか! それ以前に、同性愛とか非生産的な行為に走らせるわけには行かん」
なんでこの二人、あたしが優勝するの前提で話してるのかしら。
それに、
「仮に、あたしが優勝しても女同士なら結婚の話はなかったことにされるんじゃない?」
『甘い!』
声をそろえて、大声で返してくる二人。あんまり顔を近づけてこないでよ。ちょっと怖いから。
「サントハイムの武神と呼ばれる陛下を超えることになるであろう、新たなる生ける伝説であるアリーナ姫を手放そうとするはずがありません!」
「いや、でも女同士だし」
「些細なことです!」
「世継ぎは……」
「危険なモンスターが徘徊し、世界のどこかには恐怖の帝王などというものが封印され、人類を滅ぼそうという魔王の存在が噂される現在、血の正統に意味などないのです!」
「そう、求められるのはパワー。モンスターを叩きのめし、恐怖の帝王をフォールし、大魔王を殺傷する暴力。それを得られるなら、王家の血が絶えるなど小さなこと!」
「えーと、褒められてないよね、あたし」
「というわけなので、この大会に姫様が出場することを認めるわけにはいきません!」
「それは別にいいんだけど。最初から、出る気ないから」
「なんと! そのように気を使っていただけるとは。このブライ、感動のあまり涙が止まりません」
「まったくです。あれほど楽しみにしておられた武術大会に出場するのを止められて、自分こそが落ち込んでおられるでしょうに、このクリフト一生姫について行きます」
気なんか使ってないし、楽しみにもしてなかったんだから泣かないで欲しいな、うっとおしい。あと、一生ついてこられても迷惑。
「わかりました。姫の無念を晴らすためにも、大会には我らが出ましょう。そして、姫様が出るまでもないことを証明して見せましょう」
「うむ、幸いにして我らは老骨と神に仕える者。しかも、アリーナ姫と違い無理に身内に引き入れるほど価値のある武術家ではない。優勝しても、結婚を断ることは難しくあるまい」
わー、もう優勝した気でいるよ。この二人。
なにを言っても無駄だから黙っておくけど。
でも……、この大会にはデスピサロが出てくるはずなんだけど、大丈夫かしら?
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
結論から言うと、この大会に魔王デスピサロは出場していなかった。
その理由はアリーナにはわからなかったのだけれど、なにもかもゲーム通りというわけではないのだろうということで納得することにした。
ついでに言えば、彼女の側近たる二人が大会で優勝することもなかった。
クリフトとブライは準決勝戦で当たり相打ち同然に疲労し、結果としてクリフトが勝ったものの決勝でリックと名乗る戦士に敗れた。
なんにしろ、アリーナの旅はここで終わる。
一応、その後サントハイムがモンスターに攻められたりもしたが、他国には修羅の国なんぞと呼ばれる武門の国を攻め落とせるような強力なモンスターはいなかったのである。
第2章 おてんば姫の冒険? 完