序章
私の名はシンシア。
前世では、違う名前だったのだけれど、それは現状とは何の関係もないので置いておく。
問題は、私が暮らしている村には伝説の魔王を倒す運命にある勇者がいて、その子と幼馴染みの関係にあるということであろう。
そう、伝説の勇者とシンシア。これは、ひょっとしなくても国民的人気ゲームシリーズのドラゴンクエストⅣなのではなかろうか。
その事に思い至った時に私が思ったのは、「えー!? シンシアって天空界生まれのエルフじゃなかったっけ? それなのに私は、この村で生まれ育って勇者と同い年の幼馴染みっておかしくない?」というどうでもいいツッコミではもちろんなく、このまま成長すれば自分は勇者の代わりに魔王に殺されるんじゃないかというものであった。
そもそもが、シンシアの死因はデスピサロが村を攻めてきた時に、自分はモシャスで勇者に変身して討たれるという影武者の使命を全うした結果であり、最初から生き残る術など残されてはいないものであったと思う。よく覚えてないけど。
なんというか、すでに村の皆からモシャスだけを教え込まれている私は死亡フラグをコンプリートしていると言っても過言ではない状況なのだ。
なんか、勇者がデスピサロを倒した後にマスタードラゴンからのご褒美として生き返るとかいう話を聞いたことがある気もするが、本当に生き返られるのかどうかわからないし何よりも生き返ることができるからといって死んでもいいと思えるほど人生を達観していない。
もっとも、モシャスを使わなくてもこの村の人間はデスピサロの襲撃で勇者以外は死滅するはずであり、それが嫌なら早々に村を逃げ出すべきであろうが、それをやったところでエルフとして生まれてしまった自分がこの村以外で生きていけるかというと首を傾げざるをえないわけで、もう詰んだなと思うしかなく、なんとも救われない話ではないか。
「どうしたの?」
「人生の難しさについて考えていました」
などと言えるはずもなく、首を横に曲げて隣に座っている幼馴染みに顔を向けた私は、心配そうな顔をした、爆発したような髪型の緑色の髪の少女に言葉をかける。
「うん。私たち、ずっとこのままでいられたらいいのにね」
何の気なしの言葉であるが、考えてみればこれは心底からの本心である。
エルフである私を、人間と変わらずに扱ってくれる人たちのいる村での平和な生活。
優しくて寂しがりやな幼馴染みと過ごす穏やかな毎日。
いずれ確実に壊れると理解しているだけに、この貴重な日々が壊れないことを祈らずにはいられない。
そんな私に幼馴染みが、男が見れば「コイツ、俺に惚れてるんじゃないか?」と勘違いすること間違いなしの極上の笑みを返してくる。
「そうね。ずっとこんな毎日が続けばいいのにね」
ニッコリと笑う幼馴染みの少女の顔に影はない。
この村は勇者を育て守るために存在し、その事を知った魔物が攻めてきたならば最後の一人になるまで戦わなくてはならない。絶対に生き残らねばならない勇者だけを残し、それ以外の全員がだ。
そして、その事を本人だけが知らされていない。
だからこそ、こんな風に笑えるんだろうけれど、羨ましいとは思わない。
知らない事は幸せだと言うけれど、それは知らないままでいられればの話。
時が来れば、残酷な真実を無理やりに見せられるのであれば知らせないのは残酷なだけ。
だけど、村人はそれを話さない。話せない。
知ってしまえば優しいこの娘は村人を守ろうとしてしまうから。
伝説の魔王を倒す勇者として戦い抜けるように村人たちに鍛えられている最中のこの娘は、その力を村を守るため使ってしまうから。
それを村人たちは許さない。
伝説によれば、魔王を倒すのは勇者と、勇者の周りに集まった仲間たちなのだという。
つまりは、勇者一人では魔王を倒せない。最初から、そう決まっているの……ヴァ。
「あにやっへんろ?」
考え事をしている私の頬っぺたを両端に引っ張っている幼馴染みに言ってやると、彼女はなんだか怒った顔で睨みつけてきた。
「それは、こっちのセリフ。何よ、急に考え込んだと思ったら、人の話も聞かないで難しい顔して深刻ぶっちゃって。そんな顔、シンシアには似合わないんだから」
「ふぉんな……」
頬をつままれたままでは上手く喋れないので、幼馴染みの手首を掴んで引っ張り指を外す。
「そんな顔してた?」
「してた」
ぷっくりと、ほっぺたを膨らませて拗ねたように怒る幼馴染みは年齢以上に幼く見えて、ああ私が守ってあげなくてはと思わされる。
もっとも、勇者として血の繋がらぬ両親に鍛えられているこの娘は、何かあれば自分こそが私を守ろうと考えているのだろうけれど。
それが叶わない願いであると知っている私は、苦いものを噛み潰したような気持ちになる。
もちろん、顔には出さない。
さっき、それで幼馴染みを不機嫌にさせてしまったのだ。この上、また同じことを繰り返すほど私はバカじゃない。
「それで、何の話をしていたの?」
「それがね、父さんも母さんも酷いんだから。大きな岩の前まで連れて行ったと思ったら、これを剣で切ってみろ。とか言ってできなかったら素振り十万回をさせるし。母さんは、どんどん新しい魔法を教えてきて覚えられなかったら、滝に突き落とすのよ。あんなの鍛錬でもなんでもないわよ。虐待よ。私じゃなかったら死んでるわよ」
両手をブンブン振って愚痴を吐いてくる幼馴染みは、全身で私怒ってますよと訴えてくる。
前は素振り一日に一万回って言ってたのに、どんどん言うことが大げさになっていくわね、この子。
だいたい、本気でそんな虐待レベルの鍛錬を受けさせられていれば、こんな風に笑っていられるはずはないのだから。
「わたしも女の子なのに、ほら筋肉だってこんなについちゃった」
見せ付けてくる二の腕には、確かに力瘤らしきものがあるが、それでも男性が鍛えた場合に比べれば柔らかな少女の手だ。
手の平の方は皮が厚くなってるし、私がやれば血豆ができて更に潰しているだろう程には素振りをしているのだろうと思うのだけれど、やっぱり大げさな物言いに笑いがこみ上げてくる。
「あー、信じてないわね」
「やーね、信じてるわよ。 私が信じられないの?」
「笑いながら言われても説得力ないわよ!」
あらら、怒らせちゃった。
「ごめんごめん」
怒って立ち上がり、去って行こうとする幼馴染みに謝りながら追いかける。
まったく平和よね。本当に、こんな穏やかな日々がずっと続……。
ドーンッと、何かが爆発するような音が村に響く。
けばいいのにね。
って、何事!?
「魔物が攻めてきたぞー!!」
「ちいっ! ついに、ここを嗅ぎつけやがったか!」
村人たちの緊張感に満ちた声が辺りにこだまする。
ああ、そういうことか。
事態を把握した私は、驚き足を止めた幼馴染みの腕を取り、引っ張ると彼女の家に走る。
内心で、私も幼馴染みもまだ15歳なんだからフライングでしょとデスピサロに文句をつけながら。
「何? どうしたの?」
尋ねてくるが、答える余裕はない。というか、魔法は学んでも体は鍛えていない私には全力で走りながら話すような体力はない。
それどころか全力で走り続けられるだけの体力もないのだけれど、小さな村なんだから目的地は遠くない。
さして時間もかからずに着いた家の前には村人たちが集まっていて、私たちを見ると家の扉までの道を開けてくれる。
「わかってるな?」
問いかけてくる言葉に頷き、私は扉を開けて家の中に入っていく。
「ちょっと、本当にどうしたの?」
戸惑った声を無視して入った部屋には、幼馴染みの両親。剣を持ち鎧で武装した男性と魔法使いらしくローブを着てマントを肩にかけた女性がいる。
「父さん、母さん。どうしたの、その格好?」
何も答えない私に質問するのは諦めたらしく両親に問いかけるが、二人も何も答えず床の敷き布を捲り、そこにある小さな扉を指し示す。
言うまでもなくそこには地下室があって、だからこそ私は幼馴染みをここに連れてきたのだ。
そこからは話が早い。
私を含め、この村の住人の役目は勇者である彼女を守ること。
だから、私たちは彼女を地下室に閉じ込めた。
魔物たちとの戦いで、私たちが命を落としても彼女だけは助かるように。
この後、私はモシャスで彼女に変身する。そして、死ぬのだろう。
嫌だなあと思うのが正直なところだ。
私は死にたくなんかない。
世界を救う使命を帯びた勇者のためだからなんて理由で素直に死ねるものか。
それだけじゃない。私が死ねば、優しい幼馴染みは泣く。
優しいあの娘は、きっと親しい人たちの死に傷つく。
幼馴染みである私が、自分の身代わり死ぬという事実に耐えられずに壊れてしまうかもしれない。
でも、他にどうしようもない。
勇者がどうの、世界がどうのなんて話はどうでもいいけど、あの娘が死ぬのは嫌だ。
私には、大切な幼馴染みの死を乗り越える強さなんてない。
だから、その苦しみを幼馴染みに押し付けるしかない。
「モシャス」
呪文が唱えられ姿が変わる。世界を救う者たちを集め束ねる勇者の姿が、そこに現れる。
「では行くぞ」
「行きましょう」
告げられたおじさんとおばさんの言葉に、ちょっと待ってよと私は思う。
「どうした?」
どうしたも、こうしたも。
「なんで、二人がモシャスを使ってるんですか?」
「なんでって」
なあ、と顔を見合わせる爆発したような緑の髪の少女二人。って、声も同じだから、本気で見分けがつかないわね。服装は違うけど。
そう。さっきのモシャスは私ではなく、この二人が唱えたのだ。
「我々の役目は、あの子を生き残らせることだ。ならば……」
と開いた扉の向こうには、同じ顔をした緑の髪の少女たち。
「村人全員があの子と同じ顔をしていれば、魔物たちを惑わすこともできるとは思わないか?」
えーと、そうかもしれないけどモシャスって死んだら効果が切れなかったっけ?
そうなったら、魔物たちが村を捜索してあの娘を見つけちゃうんじゃないかしら。
「全滅すれば、そうなるだろうな。だが、生き延びれば問題ない!」
言われて見ればそうかもしれない。全員が散り散りに逃げれば誰か一人くらいは逃げ延びれるかもしれず、そうなれば魔物たちもそっちを追いかけることになって、あの娘を助けられる可能性が上がるかもしれない。
もっとも、その場合は敵は勇者を取り逃がしたと判断して捜索の手を広げ勇者の旅は困難なものになるのだろうけど、自分のせいで村人が一人残らず死滅したという罪悪感を背負い続けることに比べれば、あの娘にとっては軽いものに違いない。
「わかってくれたようだな。では我々も行くぞ!」
何を思ったか、逃げればいいのに魔物の群れに突撃していく他の村人たちに顔を向け、多分おじさんが変身したものであろう少女が気合の声をあげ、その全身からは闘気が立ち昇り吹き出し、額が輝いたと思うとなんだか竜の顔を簡略化したように見えなくもない紋章が浮かび上がる。
「ぬううぅぅんん。竜闘気全開!!」
雄たけびのような言葉と共に、闘気が鎧のように全身を包む。
「はい。ストーップ!!」
「今度は何だ?」
「ドラゴニックオーラって何?」
「知らないのかね? モシャスは対象の姿を写し取るのみならず、その能力もそっくりコピーするのだ」
「そっくりコピーって。つまり、できるの? あの娘も?」
「無論だ。勇者とは天空人の血を引く者だと聞くが、すさまじいものだな天空人とは」
違うよ。絶対それ天空人と違うよ。何か違う生き物の血を引いてるよ。
「もういいかしら?」
もう一人、多分おばさんに言われ、しょうがなく頷くと二人は家を飛び出し魔物の軍勢に向かっていく。
「ギガブレイクッ」
「紋章閃!」
「ドルオーラ!!」
叫び声と共に、爆音とモンスターの断末魔が聞こえてくる。
あと、首を飛ばされたドラゴンとか。
本当なら、私もモシャスを使ってあの中に加わらなきゃいけないんだろうけど、もうこのまま返り討ちにできちゃうんじゃない?
そんなことを思いながら、開いたドアから見える、形を変える山とか景色とかをみていたら、ひときわ大きな声が届いた。
「デスピサロの首、取ったどーっ!!」
って、ええぇぇーっ!?
ドラゴンクエストⅣ 導かれるまでもない者 完
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一発ネタのつもりで書きましたが、ドラクエ4なら他の章も書くべきじゃね?
と思ったので続きます。
今更ですが、ゲームのドラクエを知ってる読者の全てがダイの大冒険を読んでるわけじゃないだろうという当たり前の配慮がまったくない内容なことに反省。
反省しただけで、この続きもそういう配慮がない話なわけですが。