ようこそ異世界へ、ってか?
ここはモンハン世界に似た世界観を持つようだが、遭遇したマールブルグの話だけでは判断を付けることは危険だ。もしかしたら、彼女達とレウス以外はモンハンとは関係ないのかもしれない。
けれども、モンハン世界だと思えば周りの見え方も変わってくる。
例えば、目の前の蟲。形が変だ。ヤケに丸くて変な匂いを出してやがる。カクバッタか?
マールブルグに聞ければいいのだが、行動を共にしてきた重傷の少女は、別行動中だ。彼女への殺人容疑は外していいだろう。
当初の予定通り、最寄りの村を目指すことがベター。そのためにも合流せねば。
足を進めつつも思考は続く。
ベストは日本に帰ること。これは、あまり期待できない。三死、蒼レウス討伐のどちらかが条件かもしれないが、どちらにしても実行難易度は高い。
仮説の検証のために死ぬつもりはないし、蒼レウスを討つには火力不足。
三死すれば今度こそそのまま死体になるような気がする。
討伐した際には、どこかポッケ村に相当する場所に転送されるかもしれないし、東京への帰還もあり得る。
今の俺が所属しているギルド出張所はあるのだろうか。死ねば戻れるのか。
考えればキリがない。
「遠いなぁ。」
木々の切れ間から、遠くに煙が上がっていることが確認できる。今日中に到着はまず無理だ。
食料もない。水もない。現状のままでは餓死して三死目を体験するかもしれない。
日が沈む頃に、適当な場所に横たわる。
靴を脱げば足にできた血マメから出血。口に何も入れずに半日。一日中PSPで遊んでいる時とは、比べ物にならない疲労を心身に蓄積した。寝よう。
狼や熊は火竜に怯えて巣穴で震えていることだろうと楽観的に思い込まなければ、今晩はとてもじゃないが眠れない状況だ。
(恐怖体験は今日で打ち止めにしてくれ。)
三日目の夜はこうして過ぎていった。幸いにも、深夜に焼けただれた自分の死体を発見する悪夢に飛び起きた以外には異常もなかった。
第八話
翌朝。異世界4日目。(村では偵察隊が出発)
「み、みず…。」
日が昇るとただジッとしていても汗ばむほど熱く喉が渇く。森と丘より密林に近いのかもしれない。冬の東京とは気候が違いすぎる。
燃えたり焦げたりとボロボロの長袖Tシャツは、脱いでしまった。ボロキレとなった服を肩に引っ掛ける。
山火事にはならなかったのか煙が見えない。焦げた臭いがするから近いはずだ。
高校まで水泳をやっていて自信があった体力も、大学受験からはインドア派に転向した現在、衰えを感じる。
腹は減ったし、頭は痛いし、意識が朦朧としてきた。俺は不幸だ。
ノロノロと移動。沢はどこだろう。地形に見覚えがあるから、もう少し下ったところだろうか?
結論から言うと襲撃跡に捨てた食料を回収し、餓死という危機は当面去った。
食事を摂ると疲労が一気になくなった。
「ふぅ。」
今俺は真っ裸で水に浸かっている。
意味もなくバシャバシャと水を飛ばして遊ぶ俺は珍しくテンション上昇中。
(全く需要もない描写だろうとは思うが、これを逃すと矢薙の身体情報を記述する機会が永遠に失われそうだから、読者諸君は我慢してくれ。)
矢薙リョウ。都内の某大学に通う学生だ。彼は池のような場所にプカプカと仰向けで浮いている。
夏休みにはプール監視員のバイトをしていた彼はオフシーズンの今でも日焼けの後が消えていない。
だがコチラの世界では日焼けは常識だ。狩猟採集民族ばかりの場所ではモヤシカラーであることの方が問題となる。どこの牢屋から抜け出してきたのかと思われるだろう。
監視員をしようと思うだけあって肥満体系からは程遠いが、逆に神経質そうな細身。背丈は、スーザンよりも10cm以上高く、175cm前後。
水の上でプカプカと浮かぶ体に傷はない。焼かれた傷もなく、綺麗な肌をした手足を晒している。
連日のサバイバルで少しやつれていて、下がった目尻はさらに落ちている。
凡庸な容姿、裸で水に浮き、口を半開きにしている姿は酷く間抜けだ。
髭は元から薄いけれど、四日も剃ってないとさすがに延びてきて気になるところ。
講義とバイト、それ以外はネットにゲーム、漫画にアニメにラノベとで暇を潰しているだけの怠惰の毎日。独りでいる時間は思考遊びに耽ることが多い彼は、内向的な性格だ。
そんな独りを好む彼でも大学のモンハンプレイヤーとグダグダとしている時間は多かった。プレイ時間が700時間を越えたころ、やることも少なくなってきていて、最小最大金冠を求めた。それも終わったころにはMHFを始めた。
事故の日、MHP3発売前に前作を復習していた。早めに大学に行って、一狩りするつもりだった彼が、後1時間遅く家を出ていれば今もまったりと過ごしていたはずだ。
裸の身を起こし、Tシャツだったボロ布で水気を拭き取りトランクスとジーパンを身に着ける。
これからの行動方針は決定済みだ。待機、これのみ。
火竜に襲われ投げ出した食料を含む装備も回収した。
マールブルグと合流するにしても位置がわからない。彼女が生きていれば現れるだろう。介護者なしで村まで辿り着けまい。それまで精々体力温存に努めよう。
蒼レウスも多少は痛い目に会ったはずだ。痛んだ体を癒すために巣に帰って欲しいものだ。
巣?俺はヤツがPSPで討伐中のG級リオリウスと同じ可能性を感じていた。はなはだ、科学的ではないが。
マールブルグ達が優秀でもヤツほどの火竜相手にランポス戦を想定した装備で瀕死まで追い込むことは不可能だ。
…ん?誰か来た。
「やあ、無事で良かった。お互いにね。」
「…ヤナギ、死体が見つからなかったから生きているとは思っていたが心配したぞ。」
タイミングが良すぎる登場の仕方だな、スーザンよ。覗きでもしていたか?出てくるのが服を着替えた瞬間すぎるだろうに。
未だに包帯だらけ、具合が悪そうな彼女。
さっさと村へのルートを聞き出し彼女とは別行動を取ろう。彼女の血に反応して火竜は襲ってくるという仮説がある以上、見捨てるべきだ。
「ヤツはあれからどこへ?マールブルグさん達があのレウスを瀕死にしたのか?」
「いや、私たちは一瞬で二名を失ったし、私も離脱することが精一杯だった。」
その時点で蒼レウスは瀕死だった。そう零す表情には悔恨も恐怖も見えない。レウスは墜落した時、翼を傷めたのかフラフラと南へと飛んでいったらしい。
「私からも聞きたいことがある。蒼レウスとは一体なんだ?ヤツに心当たりがあるのか?」
この女はハンターとか言っていたくせに蒼レウスも知らんのか?いや、HR3とか名乗っていたし、それはない。レウスに遭遇することは稀なのか?
蒼レウス―――リオレウス亜種の通称。原種は赤いが、亜種は青い甲殻をしていることから、蒼レウスと呼ぶ。
モンスターハンターではメジャーでな飛竜であり、全火竜種の中で最も飛竜らしい飛竜の1つだ。雌火竜リオレイアとは対を成す火竜リオレウス。
亜種は硬く、切れ味が高くないと弾かれる等、攻略難易度が高い。
基本的には普通のリオレウスと同じく、ブレス、尻尾回転、突進、噛み付き等の攻撃手段を持つ。足の爪には猛毒。
中でも空中からの爪攻撃の攻撃力は脅威。空中に飛ぶことが多く、閃光玉で地面に叩き落して戦わなくては辛い相手だ。
ヤツはMHP2Gから現れたのだろうか。一瞬PSPを壊せばどうなるか?と考える。
「…あとは頭部への攻撃が弱点だな。こんなところか?」
「やけに詳しいな。そんなリオレウスがいるとは聴いたことがないぞ。」
訝しげな表情のスーザンが言う。
「俺も噂を聴いたことがあるだけだ。レウスとの戦闘経験は?」
「今回が初めてだ。HR3と言っただろう。私はクックを狩ったこともない。」
よくそれでハンターを名乗れるものだ…それともこれが普通なのか?
「HR(ハンターランク)とはなんだ?俺はギルドにも属してないんだ。説明してくれないか。」
「…めずらしい奴だな。」
スーザンは疑問が顔にでていたが説明してくれた。
ハンターランク(HR)――ハンターズギルドはハンターの能力・実績に応じてランクを認定している。
危険の伴うクエストは低ランク者の受注が禁止され、逆にギルドマスターから高ランカーへ名指しで緊急クエストを斡旋することもある。
ハンターの安全を配慮したランク制狩猟制限はギルド規則であると同時に、ハンターにとっては大切なステータスである。
数十年ほど前までは地方毎にランク認定が異なっており、ホームが異なるハンター間の連携に問題があった。ある自称皇族にHR150を認定した事件は今でも有名。
(その皇族はランポスすら見たことがなかった。)
改正ギルド法が施行され、国際的にもギルドが国家からの独立を認知されて久しい今、ランクはギルドが定めた駐屯地(大規模=駐屯地。例:リーベェル駐屯地)でなければ認定できない。村など小規模な場所には出張所が置かれる。
現在のハンターランク制度では最高ランクは9、最低は1。さらに、ランク認定を受けてないギルド登録者「ランク外」を合わせ、10段階。HR150などは昔の話となった。
ランク1~3は1年毎に昇段する。1年間でHR1、三年間でHR3。その年に数度のクエスト受注を行い、活動を行っていると認められれば、ホームの推薦状を得る。あとは推薦状とハンターカードの写しを近くの駐屯地に提出するだけでよい。
HR4以上への昇段は難しくなっていく。各種武装の使用に熟達し、調合、採集、採掘、運搬に精通していることが最低条件。これは年一回駐屯地で実地される演習・筆記試験を受験する。
識字率100%の日本と違い、辺境のハンターには筆記試験が意外と難問である場合が多い。
さらにはイャンクック討伐、もしくは、同難易度のクエスト達成が条件に盛り込まれている。クエスト達成が筆記試験の受験資格となる。
怪鳥討伐は有力猟団へ緊急クエストとして斡旋されることが多く、低クラスのハンターが受注するには猟団に籍を置かなければ、HR4は難しい。
クックを野良ハントするリスクを犯す者はおらず実質不可能と言ってもいい。
HR5以降の段位を持つ者はほんの一握り。HR9は引退後その功績を認められた名誉クラスであり、現役中に認定されることはほぼ皆無である。
「…つまり、ハンター暦3年、クック未討伐のマールブルグさんはHR3であると?」
「そうだ。文句でもあるのか。」
いやはやクック討伐未経験とは…よく最初の奇襲で4人中2人も生き残れたものだ。
「いや、君が無事で良かったと思っただけ。で今どこら辺まで進んだか教えてくれないか。」
「…」
「どうした?」
体調が悪そうだし、疲れたのだろう。悪いが俺が村までのルートを把握するまで休ませる気はない。その後は勝手にしてくれ。
「ヤナギは本当にギルド所属ではないのか?」
「違う。」
疑っているような様子がありありとみえた。
その後も会話を続け、彼女から話で大体の現在位置と村の関係は把握できた。
既に夕方、村へ向けて移動するのは明け方になる。
疲れたのか、彼女は草とツルで擬装して木の下で眠っている。
「マーブルグさん?」
起きる気配はない。
(一応離れて寝よう。血の匂いに誘われてくるかもしれないし。)
偵察隊の話。
「これってランポスの群れが通ったあとじゃないッスか?」
ハンターの一人が食い散らかされた草食動物とランポスのフンを見つけた。
小隊長ガッツバルトは追跡を指示。
キールがスーザンと別れた位置とは別方向である。
疑問に思ったハンターがその事を尋ねると、ガッツバルトは無感動に吐き捨てた。
「その女はとっくに死体になって獣の腹の中さ。生きてたとして怪我人抱えて戦えってぇのか。」
誰も助けちゃくれねェよ。自分の事も満足に出来ねぇヤツは死ぬだけだ。
(初稿:2010.12.13)
(誤字修正:2010.12.15)
モンハン日記
レッドウィング完成。
大剣はやはり良い。攻撃を喰らわせている感が良いです。どかばきぐしゃーっ!
しかし、レウスにもジンオウにも毎回殺されます。アロイ防具(防御41)ではそろそろ厳しいかも。一新すべきかなあ。