けむり玉の不発は俺の死を意味していた。
混乱することなく、次の行動に移すことができたのは僥倖だ。だがそこまでだった。
完全にレウスに補足された俺は回避動作の先に炎弾を叩き込まれた。弾速・タイミング・威力どれもが必殺。
「ッ!」
声にならない悲鳴を上げて、とっさに両手で顔を守る。直撃。
俺は地面にうつ伏せに倒れていた。熱い、痛い。前後の状況から直撃を受けたことを理解する。
体が燃えている。呼吸ができない。涙が出てきた。熱い。痛い。
体を動かすことができない。耳もやられた。
「くる…じい…」
苦しい。つらい。だが頭は多少冷静だった。混乱しつつも、動かない体を分析する。呼吸ができないのはなぜだ。
痛さで混乱しつつも一番最初に考えたことはどうやって助かるか。瞬間には不可能と判断。マールブルグへ救援を求めることも無駄だ。死んだら東京に帰れるだろうか。
もうすぐ死ぬ。何かできることはないか。考えることしかできない。既に生還することは諦めた。無駄な期待も行動もしない。
激しい苦痛と恐怖で涙を流しながらも、思考のみ続く。
マールブルグも逃げ切れまい。次にレウスに遭遇したらマールブルグは生き残れないだろう。
蒼レウスが俺たちを発見できた理由が判った。
彼女の流している血を吸った包帯と服だ。竜だろうと肥やし玉1つで広いエリアから完全に追い出されるのだ。嗅覚だって優れているはずだ。彼女の血の臭いを嗅ぎ付けられた。
でなければ、草木に隠れた俺たちを発見できただろうか。
強烈な光が瞳を焼く。閃光玉か?
何も見えない…これが死か。トラックに轢かれた時と似ている。くだらない人生だったな。父さん母さん、ごめんなさい。
第七話
何も感じなくなった途端に、体が軽くなった。直立していた俺は、尻餅をつく。
「…おいおい、今度はなんだあ?ははは」
傷はない。服には焦げた後が目立つ。ボロボロだ。けれど無傷。笑うしかない。
死んでも東京に帰る訳ではないらしい。いや東京の俺は死んだのだ。二回目の死を感じたから判る。アレが死なのだろう。
東京ではトラックに轢かれた時に、森では蒼レウスに殺された。次はどこだろうか。
木々が生い茂る傾斜ゆるやかな山中。ここ数日歩き回った光景そのままだ。
トンデモ体験を立て続けに経験しながらも、冷静な思考。いつも淡白だった俺だが、死の危険の只中でさえも取り乱すこともなかったのには少し感心する。
俺の家族ならば「ああ、やっぱりね」と言うのだろうか?俺からすれば、取り乱し、過度に感情的な人間の方が不思議だ。
喜怒哀楽を表現することが苦手であった性格は、緊急時には重宝するものらしい。
温い人生を歩んでいる時にあまり必要のないスキルは、今の俺の唯一の武器だ。先の一戦でそれを認識できた。
今もそしてこれからも考えることは幾らでもある。
ポケットから出てきたPSP、ここ数日ですっかりボロボロになってしまった。溶けた後もある。
電地メータはゼロ。辛うじて電源が入った。スリープから復帰させる。
知りたいことがあった。瀕死の蒼レウスの正体。二回死んでいるにも関わらず俺が何事もないのはなぜか?
クエスト進行状況を見る。報酬金額がさらに三分の一減っている。残り三分の一。覚えのないゲーム内の2死目。
討伐対象はG級蒼レウスが1頭。頭部、翼、尻尾は部位破壊済みで、さらに瀕死だったはず。
プレイヤーとキャラクターが同時に死亡した1死目。これが現在の状況へのなんらかの原因になったのだろうか?オカルトの分野だ。検証方法も保留。
非科学的だが、ホントに異世界らしいし。
突然の状況から三日目になって、やっと俺は認めることができた。
「あぁ、そゆことなんだろうな。」
上を見ても天井などない。ただ青空が広がっている。この三日間見上げ続けた空だ。
いつもと同じようだが、飛行機1機も目に付かず、代わりにドラゴンが飛ぶ空は確かに俺の知らない空だった。
ちょうどその頃。
木組みの家々が並び畑が広がるポット村。温暖期は冷たく寒冷期でも凍らない豊富な湧き水を自慢とする小さく長閑な村だ。クワを振る農民と猫?もいる。
皆素朴で大らかな人柄にみえる。
その日もポット村ではゆったりとした時間が流れていた。
しかし、この村のハンターズギルド出張所に、傷付いたハンターが駆け込んでくることで平穏が終わりを迎える。
彼の名前はキール。ボロボロの身なりを整えればヒゲの似合う美青年と呼べただろう。
彼は危険を伝えるために怪我に耐えて全速で駆けつけた。
(さては、群れランポスを相手に逃げ帰って来たのではないか?)
ギルドで働く者達は考えた。別に馬鹿にしている訳ではない。
これは何も珍しいことではない。竜種では弱い部類であるランポスとは言え、たった4名ではランポスが何十頭といれば勝ち目はない。
撤退することを恥じる必要はない。
敵戦力に対応できる人員と装備を整え、火力と人数で押し切ればいいだけの話だ。たった独りでモンスター相手に立ち回る者こそを馬鹿にすべきなのである。
「キールさん、そんなに慌てて何事ですか?」
村の小さな出張所のギルド長でもあるポット村の村長が騒ぎを聞きつけて現れた。
「報告します。群れランポス捜索中に飛竜に襲われました。2名が死亡。1名が重傷です。すぐに警戒態勢を取るべきです。」
「飛竜?発見報告がされておったイャンクックかのう。」
ギルド長は落ち着いている。ハンターが死ぬことなど日常茶飯事であるため驚嘆することではない。周りもそうだ。
それより飛竜の方が問題となる。
「クックとはまったく違います。クックよりかなり大きな見たこともない蒼い飛竜でした。」
キールは飛竜の火炎弾の恐ろしさ、尻尾を失うなど負傷していたことなどを詳しく説明した。怒りで人を襲っていることも伝えた。
「怒り人を襲う飛竜とは危険すぎますのう。火竜のリオレウスやリオレイアのような気がしますが色が違いますのう。」
地方よって生息するモンスターの種類はガラリと変わる。今回は遠くから飛んできたのかもしれないと村長は考えた。
しばし考え村長は決定を下す。
「狼煙を上げて周辺の村にも飛竜発見を伝えなさい。リーベェル駐屯地に伝令を出しなさい。」
今までののんびりした村長はギルド長としてハキハキと命令を出す。
「伝令は何を。」
「最低でもリオレウス級の正体不明の化け物を発見。損害3。緊急討伐クエストを出し、腕っこきをありったけ送れとな。」
ポット村は戦闘態勢を取り始める。
畑を耕す農民が腰に剣を刺し、赤子を抱いた若い母親が槍を背負う。
杖を突いていた老婆がタルやボールに薬等を入れる。
布団が干してあった屋根の上ではボーガンやら軽バリスタを若い娘が組み立て始める。
高台の上には弓を持った父親がまだ若い息子にボーガンの点検をさせている。そこへ子供達が鞄一杯の弾やら矢を持っていく。
長閑な村の素朴な村人に見えた彼らは皆ハンターだ。
辺境の村では日々モンスターの脅威にさらされている。一歩村を出れば、いつ命を落としてもおかしくない。
彼らは地球の忍びの里の民もびっくりの戦闘集団である。辺境の村々は対モンスター戦線の前線基地と同義なのだ。
「村の保有戦力ならば先に発見報告を受けていた怪鳥イャンクック程度、容易く殲滅できる。瀕死の飛竜一匹、追い返す程度ならば容易い。」
イャンクックを討伐したこともないベテランハンター達はしたり顔で言い合う。
村長達一部の怪鳥討伐経験者は素直に賛成できないが士気を下げる必要もないので黙っている。
村民一同、リオリウスを討伐どころか遭遇さえしたことがない。初見の敵ほど危険なものはいない。
ところで、この程度の戦力はこの世界の常識であり当然スーザンもキールも知っている。
あの一瞬の戦闘で二人は飛竜を脅威に感じた。そこまでは同じだった。
村がとるべき飛竜への対応策は?
キールは戦闘態勢を。スーザンは即時撤退を。
この場合どちらが正しいのだろうか。
しかし、戦闘態勢を整えつつある今それを言っても仕方がない。
狼煙を見て村外に出ていたハンター達が続々と戻ってきた。
戻ってきたハンター達の中にも蒼火竜なるモンスターの存在を知る者はいなかった。
「オイ、その火竜は光らねぇのか?」
帰還したハンターの中で一人が声を発した。
「火竜は光ったりしないでしょう。」
「そうか…まあいい。オレは火竜の偵察に出るぜ。ついでに瀕死の女の捜索ためにもな。」
彼の名前はガッツバルト。群れランポスの索敵を担当していた一人だ。
ギルド長とキールは危険を理由に反対したが、人命救助となると強く言えない。
この偵察小隊長のわがままによってクエストが成立してしまった。
臨時に組まれた捜索小隊は狼煙を見て帰還したもう一つの群れランポス捜索パーティである。
小隊長はもちろんガッツバルト。通称、ガッツ。
鷹の団と呼ばれる精鋭揃いの猟団に所属していた過去を持つ隻腕の大剣使い。ガンランスを改造した義手型竜撃砲を持つ。
キールは最後まで反対した。
(ヤツに遭遇すれば死ぬことはほぼ決定している。むざむざ死にに行くようなものだ。)
翌朝。
「ちょっと様子見がてら行ってくるだけだ。それよりホントにその火竜は光らねえんだな?」
「火竜は光ったりしません。それに危険です。街から援軍が来るまで守りに徹するべきです。」
「何度も言わせんな!そこを退けェ!オレはその火竜に用があるんだ!」
偵察小隊が村を出発する。
クエスト内容:仮称蒼火竜に対する威力偵察及びスーザンの救出。
(初稿:2010.12.12)
モンハン日記
ジンオウガ討伐。回復薬Gを現地調合してギリギリ。
強い。
そして楽しいスタッフロールでした。